濡女子との絆語り
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「あ、あのー……ご主人様、入ってもよろしいでしょうか」

夜も更け式姫達が寝静まる頃、遠慮がちな声が廊下から聞こえてきた。

ついでに、ゴトッという何やら重そうなモノが置かれる音。

読み物に耽っていた俺は、本から目を離さずに答えた。

 

「こんな時間にどちら様かな?」

「あの、私です……」

あぁこの声は多分――濡女子、かな。

「私じゃあ分かんないなー。名乗れない無礼者は部屋へ戻りたまえ」

「は、はいっ。失礼しました……」

 

そのままスタスタと部屋から足音が遠ざかっていくのを聞きつけ、俺は慌てて本を放り出して襖を開けた。

「おーい、ちょっと待て!」

廊下に顔を出すと、振り返った濡女子が何やら大きな桐の箱を抱えているのが目に入る。

俺が引きとめなければ、本当に帰ってしまうところだったに違いない。

「本当に帰る奴があるか」

苦笑しながら手招きすると、困惑しながらも戻ってくる濡女子。

式姫を追い返したんじゃあ俺の方が無礼者になっちまう。

「あの、えっと……」

「すまんすまん、俺が悪かった。さぁ入って」

 

部屋の中央にはいつでも眠れるよう既に布団が敷かれている。

こんな時間に俺の部屋へやってくるという事は、勿論……ふふふ。

期待に胸を躍らせながら、先に布団に潜り込む。

いや待てよ、この子と交合うとなると布団がびしょ濡れになっちまうな。まぁいいか。

「こっちはいつでも構わんぞ」

「えっ?」

「え?」

 

え?

 

「いや、夜這いに来たんじゃあないのか」

「すみません、違います……」

夜這いという言葉に、濡女子の頬が赤く染まる。

「あっ、あー……うん、ごめんごめん、俺が悪かった」

何回謝ってんだ俺は。まだ本題にも入っていないのに、空気が気まずい。

少し考えれば分かるだろうが阿呆。夜這いに来るのに、こんなでかい箱を持ってくるワケがない。

 

「えっと、ご主人様、ちょっとだけ待っててもらってもいいですか?」

「お、おう」

視線を合わす事ができないまま頷くと、そのまま濡女子は慌てた様子で出て行った。

あれ、これはもしや逃げられたのでは……。

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ただ待っているのも退屈なので、こっそり箱のフタを開けてみる。

中から現れたのは新品とおぼしき綺麗な手ぬぐいが数枚と、液体の入った透明な瓶が数本。

一本を取り出して間近で見ると、気泡が見える。軽く振ってみると、粘着質がある事が確認できた。

「ローション……なワケないよなぁ」

じゃあ塗り薬か何か?いや、怪我をした覚えはない。

瓶を元に戻してフタを閉め、再び布団に潜り込む。とりあえず寝ながら待ってよう。

 

やがて、濡女子が戻ってくる足音が響いてきた。

「すみません、ただいま戻り――ご主人様?」

俺は目を瞑って布団で狸寝入りをしている。

 

「寝ちゃったんですか」

傍まで寄って、小声で問いかけてくる。勿論、俺は答えない。

「うーん……」

濡女子の困惑する顔が目に浮かぶ。面白そうだからもう少し続けていよう。

 

頭の下の枕がぐいぐいと引っ張られる。おい、どこへやる気だ。

そのままするっと引き抜かれると、今度は頭が持ち上げられる感触。

「よい、しょっと」

後頭部に感じる、枕とは違う柔らかい感触。ほんのり温かくて良い匂いがする。膝枕、か?

 

カタン、コトッ。蓋が開けられ、中の瓶を取り出して……。

 

「わっ!」

「ひゃあっ!?」

頃合いを見計らって狸寝入りを解くと、濡女子の手から滑り落ちた瓶が鼻に直撃した。

「痛ってぇ!?」

「ご、ご主人様、起きて――?あ、す、すみません」

「ひや、こっちこそすまねぇ……」

幸い瓶の蓋はしまっていたようで、中身が飛散する事態は避けられた。

 

それなりに重量のある一撃を食らった鼻がヒリヒリする。

濡女子をからかいすぎたバチが当たったのかもしれない。

 

お互いに謝りあった後、俺は再度来訪の目的を確認する。

「最近、ご主人様がお疲れのように見えたので、私なりに考えてみました」

「マッサージ?」

「お顔のマッサージです。全身は、その……濡らしてしまいますので」

「なるほど。じゃあ、続きを頼めるか?」

「はい。力を抜いて、楽にして下さいね」

 

これ以上、騒ぎを起こすのは忍びない。俺は言われた通り、大人しくする事にした。

濡女子の膝枕は初めてだったが、あまり後頭部が濡れている感じがしない。

きっと、手ぬぐいを太ももに敷いてあるのだろう。

 

「あ、あの、ご主人様」

「ん?」

濡女子の顔が逆さに見える。

「えっと、目を瞑っててもらってもいいですか?私、少し恥ずかしくて……」

「あ、あぁ、すまんすまん……」

今夜だけで、俺は一体何度謝罪の言葉を口にすればいいのだろう。

 

じゃぶじゃぶと水の音が聞こえ、続いてギュッと絞る音。

瞑っている俺の目の上に、熱く絞った手ぬぐいが置かれる。

「どうですか?熱すぎませんか?」

「あぁ、丁度良いよ」

「良かった。それじゃあ、続けていきますね」

なんだか、美容室に来ているような感じだ。

 

「んーと、この位……かしら」

何やらクチュクチュと薬品を手にすり合わせている。

「まずは、お耳から失礼しますね」

スリスリと耳たぶを指先でほぐされる。

「ひっ!?」

「あっ、あの、大丈夫ですか?」

「すまん、その、慣れない感覚で驚いただけだ」

「痛かったら、遠慮なく仰って下さいね」

「痛いもんか。全然気持ちいいよ」

耳の外側を満遍なく濡女子の手が愛撫していく。

ただそれだけなのに、顔全体がじんわりと温まっていくようだ。

 

「自分の耳を洗う機会って、あまりないですからね。こうやって誰かに洗ってもらうだけで、結構気持ち良いんですよ」

会話の合間に聞こえる、パチパチと泡の弾けるような細かな音。

「私の手、普段より温かいでしょう?さっきまでお風呂に入っていたんですよ」

あぁなるほど。道理で、良い匂いがするワケだ。

 

「お耳、拭き取っていきますね」

熱い手ぬぐい越しに、再び耳を愛撫される。少しくすぐったい感触が、これまた気持ち良い。

「あー、このまま寝ちゃいそうだわ」

「えっ、まだダメですよ?お顔のマッサージが終わるまでは、我慢ですっ」

ごしごし、ごしごし。ごしごし、ごしごし。

「はい、綺麗になりました」

「十分」

「えっ?」

「あと十分位続けてくれ……」

「ふふっ、もう、ダメですって。またいつかしてあげますから。ね?」

「金なら倍出そう」

「ワガママなお客さんには、お仕置きです」

ぺちん、と優しく頬を叩かれた。

 

耳のマッサージが終わると、聴力が普段の倍程に覚醒した気がした。

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「手ぬぐいが冷めてしまったので、交換しますね」

じゃぶじゃぶ、ぎゅううぅ。ぱさっ。

「もう少し暖かい季節になれば、すぐに冷めなくて済むんですけどね」

「じゃあ、暖かくなってきたらまた頼むよ」

「しょうがないですねぇ」

カチャカチャと別の瓶を取り出している。

「〜♪〜♪」

おやおや、ゴキゲンに鼻歌なんて歌っちゃって。

 

「それじゃあ、お顔、失礼しますね」

濡女子の手が頬に当てがわれ、そのまま掌の腹で円を描くように揉みしだいていく。

時折力加減が雑になるが、まぁそこはさして気になる程でもない。

何より主を癒したいという彼女の気持ちが、その手からしっかりと伝わってくる。

「ご主人様のほっぺ、柔らかいですね」

「んー?そうかな」

 

言われてみれば、式姫達と過ごしていくうちに随分笑うようになった気がする。

 

「式姫達のおかげかもな」

「えへへ、そう言ってくれると嬉しいです」

その中には勿論言うまでもなく、キミも含まれているんだがね。

 

「次は、顎の下を」

手が離れた頬の部分は、今だに熱を持っている。上等な薬でも使っているのか、それとも濡女子の技術が優れているのか。

疑問に思ったが、口に出そうとは思わなかった。今はただ、この快楽を享受していたい。

力強くも優しい濡女子の手つきに意識が蕩けそうになる。あぁ、お前がいてくれて本当に良かった。

 

ゆっくりと指が往復する度に、ぬちゅぬちゅと音を立てるのを鋭敏な耳が聞き逃さない。

けれど、情欲を煽るような卑らしい感じは全くしなかった。

 

撫でる位は俺でも出来るが、ほぐすとなると全く別。

整体に関する知識は皆無だが、骨格の構造やツボの位置の把握、そして何より絶妙な力加減こそが要だろう。

討伐においては基本、全力で得物を奮えばいいだけ。しかしマッサージとなれば、それ以上の集中力が求められる。

 

頭上の鼻歌は途切れる事なく続いていたが、俺には手ぬぐい越しでも見える。

真剣な面持ちで全神経を手先に集中させている濡女子の顔が。

あるいは、その口元に慈母のような微笑みを浮かべているのだろうか。後者であれば、なお良いな。

 

 

 

慈母で思い出した。あぁそうか、この鼻歌は――慈愛の旋律か。

 

 

 

そう言えば、居たな。絶妙な力加減を得意とする白い狐が。

いつか葛の葉にも……いや、無いな。彼女がマッサージする所など想像できない。

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「はい、終わりました。後は、顔全体を拭いていきますね」

ごしごし、ごしごし。あーこれもまた気持ちいい。

「最後に、手ぬぐい越しに軽く揉んで……」

すーりすーり、すーりすーり。

 

「はい、お疲れ様でした」

そっと目の上の手ぬぐいが持ち上げられる。

「あー……」

「ご主人様?」

「生きてて良かった」

「ふふ、すっかり気に入ってもらえたようで、私も嬉しいです」

 

上半身を起こして、軽く首を回す。新しく顔を替えてもらったアンパンマンのような気分だ。

これなら今夜はぐっすり安眠――。

「わっ!?」

急に濡女子が背中に被さってきた。

「ど、どうした?」

「痛たた……すみません、立ち上がろうとしたら足が痺れてしまって」

そういえば、ずっと正座してたもんな。

 

「よし、お礼に部屋までおぶって行ってやるよ」

「えっ、ですが、それだとご主人様の背中が」

「気にするな。それに、今のでもう濡れちゃったし」

「あっ……」

 

その後、少々押し問答が続いたが、どうにか俺は自分の意見を押し通した。

道具箱を抱えた濡女子を背負って部屋を出る。

 

部屋の外は少々寒かった。道すがら、背中の濡女子がぽつりと呟く。

「ご主人様の背中、温かいです」

「ははっ、ありがとう」

俺にとっては、その一言が十分温いよ。

 

「おんぶされるって、不思議な気分ですね。……私、こういうの恥ずかしいんですが」

「夜だし、誰も見てないって。――それともお客様、途中下車なされますか?」

「い、いえ!」

ぎゅう、と俺を掴む濡女子の手に力が篭る。

 

「しゅ、終点までお願いします……!」

説明
濡女子に気持ちいい事をしてもらうお話です。

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