夜摩天料理始末 33
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「物わかりが良くて結構ですね」

 二人の斧を拾い上げ、それを改めて奥に放り出した都市王が、二人をあざ笑う。

「さて、では先代冥王のお二人は、その職位をこちらに譲って戴きましょうか」

 無言で冠を外し笏と共に、閻魔と夜摩天がそれを差し出す。

 それを手にして、にんまり笑う都市王に、閻魔は声を掛けた。

「こんな形で冥王になるのが、そんなに満足?」

「満足ではありませんよ……」

 夜摩天の冠を頭に付けながら、思ったより静かに都市王は呟いた。

「あるべき姿に落ち着くのが遅すぎたのです、皆もいつも苛々していたでしょう、あんなのろのろと審判を行う愚鈍な女が夜摩天を名乗って冥王の位に座すなど」

 冥府の恥です……そうは思いませんか?

 

「思わねぇな」

 

 恐怖と緊張に静まり返る法廷の中で、ただ一人だけが昂然と声を上げた。

「何?」

「早けりゃいいとか、茶屋の蕎麦切りか?テメェの言う冥府の法廷とやらはよ?」

 安っぽいもんだな。

「物事の見極めの速さが違うからこそ、私はあの女よりも余程に早く正しく審理が終えられるのですよ……実際その速さと正確さは、そこの十王含め、皆が認める所」

 いくつか、頷く頭があるのを見つつ、男は肩を竦めた。

「速いのは南瓜頭にも判りやすい能力さ、あんたが彼女よりさっさと物事を片付けたのは事実だろうよ、ちょいと見の判断の正確さって奴もな。だが、本当の意味で下した判断の正確さを担保できるのは、時間経過と、その結果だけだ」

 

 彼女の審理を受けて来た男には、夜摩天がその審理に込めている願いが朧げだが理解できていた。

 その、慎重な歩みは迂遠な物に見えようが。

 在るべき場所に、あるべき魂を送り届け。

 輪廻の輪を回す中で、少しでもこの世界が良くなる事を。

 それは、目に見えない程度の変化かもしれないが、その小さな何かを、積み重ねて。

 自らの寿命が尽きる時にも、その変化は見えない程度の歩みかもしれないが……それを次代に繋いでいく。

 夜摩天のそれは、自分の器という物を静かに、かつ冷徹に見据え続けてきた人だけが持てる、世界の広さの中の自分の役割を見出した人が持つ、賢明さなのだと。

 

 男の言葉に、隣の領主が何処か皮肉に笑って頷く。

 小細工に乗ったが故に、式姫の怒りを買い、ここに来る羽目になった彼の耳には痛いが、頷ける言葉ではあった。

「さっきからの自己愛に満ちた言い種こそが、てめぇが数歩先までしか視界がない、小賢しい生き物だと露呈してんだよ。そこのせこい恐喝野郎もそうだが、その辺で帳面づら誤魔化す小役人でもやってりゃ有能かもしれんが、お前らは、そもそも何かの上に立つ器じゃねぇ」

「君は……自分の立場が判っているのか?」

「上品ぶった猫なで声出しても、その言い種が、そもそも安っぽいってんだ、冥府の王の裁きを待ってる無力な人間だから、お前みたいな野郎にへいこらしろってか?生憎それ程お利巧な生き物じゃねぇんだよ、俺は」

 テメェが言う程利口なら、理知を以て冥王の位を窺ってみやがれってんだ、せこい真似して人を陥れて置いて、何が冥王だ、この卑怯者が。

「……言うわねー」

 怒りに震える都市王をちらりと見ながら、閻魔は呆れたように呟いた。

 この男、想像以上に、かなりの激情家らしい。

 個人的には好ましい類の男だが、彼もまた、余り人の上に立つべき器では無いのかもしれない。

 彼の帰りを待つ式姫が大勢いる事を考えれば、ここは我慢して雌伏しても良い筈の所ではある。

 

 尤も、男としても、怒りは確かにあるが、感情に任せて喧嘩を売っているわけでは無い。

 妖狐と手を組んだあの二人が、冥府の権力を手中に収めた以上は、あの手紙の文面から見ても、彼の運命は、地獄行きでほぼ定まったも同然。

 ならば……危険な賭けでも打ってみる価値はあるという物。

 宋帝という、あの男と遣り合った時の感触。

 彼らは、その自尊心の高さ故か、人を虫けら程度の存在に見ている。

 逆に言うと、まともに相手をする対象として見てはいないという事でもある。

 つまりそれは、彼の挑発に対して、まともな怒りを見せられない事も意味する。

 その虫けらからの理に、挑発に、怒りを発した時、衆目に、その虫けらの言葉が胸に刺さったのを認める事となる。

 そして、怒りに任せた行動という奴は、その人物の器という物を露呈する。

 自らの能力を誇り、上品ぶった様子を崩さない、この都市王という男に、それは出来まい。

 だが、内訌する怒りは、どこかにはけ口を求める。

 まともに感情を発する事が出来ない時、ねじくれたそれは、人を誤り、判断を誤らせる。

 それが吉と出るか凶と出るか……それは判らないが、とにかく状況を動かすしか、今の彼に出来る事は無い。

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 しばし、怒りに肩を震わせていた都市王が、蒼白な顔を上げた。

「そうですか……君はあくまで、私よりそこの愚鈍な女の方が夜摩天に相応しいと言うのですね」

「おう、何処からどう見てもな」

「そうですか、そうですか」

 どこか嗜虐的な喜びを隠しきれない声の後、悪戯を思いついた子供のような邪悪さを湛えた。忍び笑いが暫し続く。

 

「では、私の夜摩天就任の最初の審判として、二つの事を同時に片づけてご覧にいれようか」

「同時に?」

 睨むように、その都市王の様子を見ていた夜摩天の目を見返して。

「そう、彼女が夜摩天に相応しい存在では無かったという証明と、そこの人間の判決をね」

 なんと私の有能なるか。

「一体何を!」

 何か言いかけた夜摩天を無視して、都市王は悠然と裁判長の席に座り、男を見おろした。

「では、そこの人間に判決を言い渡す」

「はん、地獄送りか?」

「そんな安っぽい事はしませんよ」

 そう口にして都市王は、密やかな楽しみを抱いた人らしく、また暫し含み笑いをしてから口を開いた。

「君の希望を叶えてやろう」

「俺の望みだと?」

「そう、人界への帰還を望んでいた、君のな」

 信じられん、と言いたげな顔を向ける男に、都市王は冷笑を返した。

 

「ただし、条件がある」

「そんなこったろうと思ったぜ……で、どんな無理難題だ?」

「別段難しい事では無いさ、何……人なら生きる上で常にやっている、至極簡単で、罪深い行為だ」

 そう、至極簡単。

 その笑みが、更に邪悪に歪み、蒼白な顔の中で、妙にぬらぬらと赤い口がぱかりと開いた。

 

「そこの元夜摩天の造りし料理を平らげる、それが条件だ」

 

説明
式姫プロジェクトの二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/946061

ようやく今話で料理始末ですよ奥さん くコ:彡 いつまで掛かってるンや……
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コメント
>>OPAMさん ですよねーw 今からもう暴れる予感しかしませんが、何とか終局に向けて収束させるよう頑張りまーす。(野良)
判り過ぎるほどに判ります。こっちが悩んだ末にしぼり出したアイデアと全く違う、思いもつかなかったことを登場人物がやり出す瞬間ありますよね。そしてそれが自分の出したどのアイデアよりも面白い場合がほとんどだったりwこれからの盛り上がりにかけてさらにキャラが暴れそうで楽しみです(本音)無理をせずに書いてくださいね。(建前)(OPAM)
>>OPAMさん ありがとうございます。作者が言うなって感じですが、ほんとに、ようやく来たなぁ、という感じです。 OPAMさんには判って頂けると思いますが、本来この半分くらいで到達する予定だったのが、キャラ共が暴れに暴れてこの有様でしたw(野良)
ついにタイトルに関わる展開まで来ましたね。初回からずっと読ませてもらっていました。これまでの出来事が繋がり集約され盛り上がりに続きが楽しみ・・と32話のときに書こうと思っていたら次の日に続きが上がっていたw(OPAM)
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夜摩天 閻魔 式姫 

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