彼女のとある休日
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今日、学校行きたくない気がする。

お腹も痛い気がする。

だから、わたしは生まれて初めて学校をサボることにした。

 

だけど、いざとなるとやることも行く場所も思いつかない。わたしはしばらくコンビニで立ち読みしていたのだけれど、

思いついた。そうだ、引越しする前に住んでいたあの町へ行ってみよう。

わたしは学校とは逆方向にある、駅へと歩き出した。

 

わたしが引っ越してきたのは一ヶ月くらい前。

今住んでる町は大きなスーパーが何個もあったり便利だけど、わたしは賑やかな商店街のある元の町の方が好きだった。

なんとなく「人」を身近に感じられるから、とわたしは思っている。

 

学校だって今より元の方が好き。

それは転校してきてまだ一ヶ月で慣れないということもあるのかもしれない。だけど理由はどうあれ、学校にいて「さみしい」と思うことが多くなっていた。

それがあの町に行ってみようと思った理由。

 

そしてもう一つの理由。

わたしはあの町に大事なものを落としてきてしまった。

 

ハルくんとは小4の時、初めて一緒のクラスになって、あたしはすぐに彼のことを好きになった。

それから中3の今までずっと好き。

ハルくんは背はクラスでも中ぐらい、くせっ毛で少し猫背。

だけど穏やかな声で発せられる彼の言葉はわたしの心を震わした。

わたしと彼は比較的仲が良かったと思う。

だけどわたしが転校してしまうその日まで、わたしは「比較的」を抜け出すことは出来なかった。

 

どれくらい電車に揺られただろう。

見慣れた風景が近づいてくる。

あの日、どうして何も言わなかったんだろうと後悔していた。

もし、今日、あの町で彼に会えたら

今度こそ。

 

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駅のホームに降り立ったのはお昼過ぎ。わたしは、昼食を駅の売店のパンとパックの紅茶で適当に済まして歩き出した。

中学校の下校時刻まではまだ時間がある。その時間まで、わたしは懐かしい場所や思い出の場所をあれこれ散策することにしたのだ。

 

やっぱりここはいい。本当にそう思う。

子どもの頃よく遊びに行った小山とか河川敷とか。コロッケのいい匂いのする商店街とか。彼とよく買い食いしたコンビニとか。雨宿りしたバス停とか。

この町には「わたし」が息づいている。わたしの思い出が息づいている。

この町が「わたしの町」なんだなぁって思う。

 

陽が少し傾きかけてきた。

鼓動が速くなってきた気がする。なんだか胸が苦しい。

会いたい、だけど怖い。

そんなことを思いながら中学校へ向かって歩く。

 

「好きなんだ」

自分にしか聞こえないようにつぶやく。「想い」で喉を震わせ「言葉」にする練習。今まで誰にも言ったことのない言葉だ。

ハル君。わたしが世界で一番好きな男の子。

「どうか、どうか、彼に会わせてください」わたしは誰にでもなく祈った。

 

ちょうど下校時刻で、多くの帰宅部の生徒が校舎から流れてきていた。ハル君もそんな帰宅部の一人だった(美術部だったのでサボりが正しい)。

彼もこの群れの中にいるはずなのだ。

わたしは物陰に隠れて彼を待つ。知り合いも見つけたけれど、悪いけど眼中にない。まるで私の体の全ての神経が彼に向けられているみたいだ。

 

一つのピークが過ぎ、帰宅の足はまばらになった。

次第に焦りと不安が大きくなる。わたしはこぶしを合わせギュッと目をつぶった。そしてもう一度校門を見た時。

 

見慣れた歩き方。仕草。クセッ毛。少し猫背。

 

彼だ。

 

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彼を見つけた。

世界がパッと明るくなって、胸が高鳴った。

「行かなきゃ、言わなきゃ」彼に駆け寄ろうとした、その時。

わたしの足は止まった。

 

校門から駆けてくる一人の少女。彼女は彼に体当たりを決めると、甘えたような仕草で彼と腕を組んだ。彼もそれを拒むこともなく少女に微笑みかけた。

そして二人は並んで歩き始め、わたしの視界から消えた。

わたしは二人を追わなかった。追えなかった。

 

「なんだ、付き合ってる人、いるんだ」

 

 

 

 

 

しばらく立ち尽くしたあと、私は家路に就くことにした。

帰り道、見慣れたはずの町の景色が知らない町のように思えた。

あの光景を見る前と後では世界の見え方が変わってしまったようだった。

電車の中でわたしは今更ながら学校をサボってしまったことを後悔し始めていた。

 

家へ着いたのは夕食時を少し過ぎたあたり。学校をサボったことも親にばれており、わたしはひどく叱られた。

今日は疲れた。早めにお風呂に入って、もう寝てしまおう。

 

裸でお湯につかることがこんなに気持ち良いなんて知らなかった。

いつものお風呂が今日は体に沁みる。

 

バスルームを出ると自分の部屋へ直行。ベッドへ崩れ落ちた。

明かりは消して、イヤホンを耳につけ音楽を流しながら眠りに落ちようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、ダメだ。。。

泣かないと思ってたのに、やっぱり一人になるとダメだ。

もう、溢れて、溢れて止まらない。

ひどいよ、こんなのないよ。せっかく会いに行ったのに、顔も見れたのに。

わたしは、また何も言えなかった。

 

 

 

 

ハル君。好き。

たとえ遠くにいても、わたしと違う時間を生きていても、わたしじゃない誰かのことを見ていても。

わたしは明日も明後日もきっとあなたのことが好きなんだと思う。

 

世界はきっと、こんな私のことは放っておいて、これからも変わらず流れていって、きっと明日も今日と変わらない明日がやってくる。

またいつかわたしは学校をサボってしまう日が来るかもしれない。

だけど、きっと、

 

もう、あの町へは行かないのだ。

 

 

説明
昔書いた短編なり。
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コメント
華詩さん、コメントありがとうございます!励みになります! 今回書いたお話は、彼女がこれから経験する恋の最初の一つにしかすぎません。けれど、今の彼女にとってはかけがえのない一つなのです。(田中融)
彼女が一つ大人の階段を上がった出来事。この先、無数の出会いと別れを経験し本物を見つけるんでしょうね。(華詩)
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