真・恋姫無双紅竜王伝B〜燃え上がる敵陣〜
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「あれ?廬植先生まだいたんすか?」

舞人が陣地を見回って天幕に戻ると、廬植が椅子に座っていた。

「えぇ。少し質問したい事があってね」

廬植は顔を上げて舞人の顔を見つめた。

「副将の私ぐらいには真実を教えてほしいなって思ってね」

舞人はキョトンとした顔をするが―――やがて顔に笑みを広げた。

「さっすが先生。お見通しってわけね・・・」

彼は彼女に近づいて息を潜めた。

「作戦はこうだ・・・」

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曹操軍の本陣では、天幕の中で曹操が一人で考えをめぐらしていた。夏候姉妹は撤退の準備の指揮を執るため天幕を離れている。

「なるほど・・・。織田舞人、なかなかの策士ね」

結論に至った彼女は、人を使って夏候姉妹を呼び戻した。呼び戻された彼女らはそろって不思議そうな顔をしていた。

「いかがなさいました、華琳様?」

夏候淵が不思議そうな顔を主君に向ける。姉の夏候惇も同様の顔をしていた。彼女らの顔を面白げに見つめて曹操は愉快そうに笑った。

「そろそろ本来の指示が本陣から来るわ」

「申し上げます!ただいま本陣から軍使が到着いたしました!」

彼女の言葉を待っていたかのように兵が本陣からの伝令が到着した事を告げた。

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曹操の天幕に入ってきたのは漆黒の四角形の旗を背負った兵だった。総大将直属の兵らしく動きが精錬されている。

「撤退は今宵のうち・・・と?」

「は。御意にございます」

彼は頭を垂れたまま撤退の手順を説明した。すなわち本陣が殿(しんがり)として敵軍を防ぎ、曹操軍は第3陣として順次撤退していくという事だった。

「報告は以上?」

「はい。失礼いたします」

立ち上がって一礼し、立ち去ろうとした兵の背に曹操は告げた。

「まだ報告はあるのでしょ?・・・今宵の奇襲の手筈はどうなっている?」

その声に兵はピタリと止まった。

「さすがは曹操将軍。お気づきでしたか」

「当たり前よ。この私を誰だと思っているの?」

曹操が泰然と告げると、振り返って兵は一礼をした。

「大変失礼いたしました。では奇襲の手筈について説明させていただきます」

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兵が曹操の陣に入る少し前、織田軍本陣ではちょっとした騒動が起こっていた。

「なんか外の方がうるせぇな・・・」

「私が見てきましょうか?」

「頼むわ、先生」

作戦の手順を確認しつつ茶をすすっていた舞人と廬植だが、本陣の外から聞こえる喧騒に廬植が立ちあがって何事か確かめるべく天幕を出て行った。

「騒がしいぞ!何をしている」

「あっ、廬植将軍!」

門の内で対応をしていた兵が心底ほっとした顔を彼女に向けた。

「義勇軍の将と名乗るこの娘がさきほどから総大将閣下に会わせろとさきほどから―――」

「先生!」

押し問答をしていた方は廬植にとって見覚えのある人物だった。

「劉備か!」

「はい、玲先生!」

少女は廬植の名を呼んだ。この少女―――劉備は玲の教え子だったのだ。

門番を下がらせて、玲は桃香に向き合った。

「劉備、何をしているのだ、お前は・・・」

「だって、民のみんながあの黄巾党のせいで苦しんでるっているのに撤退なんて出来ないですよ!」

劉備は民の為を思ってか、必死に食い下がる。やれやれと溜息をついた玲は、閂を外して門を開いた。

「先生・・・?」

「わかったわかった。とりあえず織田将軍に会わせてやろう。着いて来い」

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「おぅ、早かったな先生・・・ってなんだその小娘」

足を組んで行儀悪く茶を飲んでいた舞人は玲が連れてきた桃色の髪の少女に訝しげな眼を向けた。

「舞人殿、紹介します。私の教え子だった劉備です」

「織田舞人だ。んで?お嬢さん、俺に何の用だ?」

劉備は舞人の睨みに少々怯んでいるようだったが、毅然とした態度で舞人に向き直った。

「撤退命令を撤回してほしいんです」

「なんだと?もう一度言ってみろ」

舞人はさらに凄みを利かせて劉備を睨む。

「このまま撤退したら、民達はどうなるんですか!何か策があるんじゃないですか、例えば夜襲とか・・・」

舞人は最後まで言わせなかった。

「小娘!義勇軍の大将ごときがこの俺に意見とはいい度胸だな!」

「!!」

とうとう舞人は刀を抜いて劉備の首に刀を突き付けた。彼の気迫に思わず劉備は怯え、目に涙が浮かぶ。殺されるかもしれないとも思った。死ぬことは怖くないと言えば嘘になるが、志を遂げる前に死ぬのは嫌だと思った。

「将軍、申し訳ございません!」

激怒する舞人に頭を下げて謝罪したのは彼女の師・玲だった。

「私の教育が至らぬばかりに将軍のお怒りを招いた事を、この子に代わってお詫びいたします!ですから命だけは勘弁していただけませんでしょうか!」

弟子に代わって必死に頭を下げる玲。舞人は黙って刀を鞘に戻して足音高く天幕を出て行った。

「・・・ふぅ」

肩を怒らせて出て行った舞人の背を見送って玲はため息をついた。気まずそうにたたずむ劉備の肩をポン、と叩いて笑った。

「桃香、貴女もなかなか成長したわね・・・」

「えっ?」

てっきり怒られるものかと思っていた劉備は師の優しい言葉に顔を上げた。玲は弟子に勝るとも劣らないたわわな胸に劉備を抱き寄せた。

「ひゃわわっ」

「桃香、私は誇らしいわ。あなたの様な弟子を持って・・・」

師と弟子の抱擁はしばらく続いた。

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その頃、天幕を出た舞人は厩舎の壁にもたれかかっていた。

「・・・んで、敵の密偵は敵陣に辿り着いたか?」

「はい。敵総大将の波才は大いに喜び、夜明けを待って我が軍の後方を襲うようです」

「ゆっくり眠っていざ出陣〜!って訳か。愚将、ここに極まれり。アホだな、波才とやらは・・・ネズミども(敵の密偵)の監視を引き続き頼むぞ」

「御意」

密偵が音も無く去ると、舞人は一頭の馬に近寄って行った。黒色の体をした馬で、気性が激しそうな眼をしている。

「よぅ、舞月(まいつき)。元気にしてたかー?」

この馬は舞人の愛馬である。かつて仕えていた主人が別れの際に彼の為に選びに選んで下賜してくれた名馬である。何人にも乗りこなせぬと思われていた荒馬だが、舞人だけが乗りこなせる事が出来た。

「もう少しで出番だからなー」

ポンポンと舞月の背を撫でて優しく声をかける。その姿は普段の粗野な姿とはかけ離れたものだった。

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陽は落ち、すでに世界は闇に包まれた。天幕の中で武装した舞人は、同じく武装した玲と共に作戦の最終段階の打ち合わせをしていた。

「ネズミどもの駆除も終わったそうだ。玲先生、そっちはどうだ?」

舞人は人目のないところでは廬植の事を真名で呼ぶ。打ち合わせをして担当を振り分けていたのだ。

「袁紹・鮑信・孔融・曹操・義勇軍の各部隊の配置も済んだそうだ。役に立ちそうにない諸侯らは囮として帰らせた・・・これでいいんだな?」

「ああ。これで我が軍は6万・・・数の上では不利だが、奇襲がばれるよりはこのほうがいい」

舞人の作戦は総勢6万の軍のうち義勇軍を除く約5万4千を自らが率いて敵陣に切り込み、1千を玲が率いてこれは本陣待機させて全軍の指揮を執らせる。

「我が軍は偃月の陣を敷き、先陣は本陣が、左翼第二陣に曹操軍、第三陣に鮑信軍を。右翼第二陣に孔融軍、第三陣に袁紹軍がそれぞれ布陣します」

偃月の陣とは、軍をΛの形にし、大将を先陣として切り込む陣形で、士気も上がりやすく本陣の精鋭部隊が合戦当初から切り込むため攻撃力も高い陣形だが、その反面大将が戦死しやすい陣形でもある。少数部隊を率いる舞人の為に玲はこの作戦を起用した。

「さぁて、ちょっと行ってくる。玲、本陣は任せた」

「ええ。行ってらっしゃい、舞人」

深紅の髪をなびかせながら出陣していく彼の後ろ姿を見送って、玲は瞳を陰らせた。

「無事に帰ってきて・・・舞人」

彼女は祈る様に呟いた。舞人が無事に帰って来るようにと・・・

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兵が曳いてきた舞月の黒い巨体に跨り、騎乗した舞人は右手をさっと上げた。その合図と共に牙門旗が掲揚される。漆黒の旗に金の刺繍で大きな蝶が描かれているもので、彼が初めて軍の指揮を執った時に当時の主君から贈られたもので、それ以来指揮を執る時には掲げる事にしている。

「いいかお前ら!敵は先の戦で偽りの勝利を得た後で油断して眠りこんでやがる!これはまさに天運、俺達が負ける要素はどこにもない!この戦で真の勝利を手にし、末代までの誉れとしろ!・・・突撃!俺に続け!」

『オォォォォォォ!』

馬上で刀を抜いた舞人は、闇が覆う大地に勝利の栄光を求めて舞月を駆けさせた。兵もそれに続き、闇の中に駆けだした。

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「・・・これは」

左翼第二陣を率いて敵陣に切り込んだ曹操は、敵陣の惨状に息を飲んだ。いたるところから黒煙が上がり、敵兵たちは焼きだされて右往左往していた。

(火の回りが早すぎる・・・)

すでに敵本陣は火の海に包まれ、他の陣も炎上している。織田舞人率いる先鋒部隊が突入して火を点けてまわった割には、彼女が不審に思っていた通り火の回りが早すぎるのだった。

「華琳様!」

思わず馬上で呆然とする曹操のもとに、出していた偵察の報告を受けた夏候惇が駆けよってきた。

「この炎は織田将軍が練った氣から発せられたものだそうです!」

「氣の使い手だったのね・・・でもこの炎は?」

氣の使い手ならば華琳も見た事がある。しかし氣の使い手である事とこの燃え広がる炎の説明がつかない。

「舞人は炎の氣を操るのじゃよ、曹操殿」

「鮑信殿?」

答えを教えてくれたのはいかにも好々爺然とした男性。自軍の後ろ、左翼第三陣を率いる済北国の相・鮑信だった。この老人と曹操は旧知の仲である。

「わしも短期間ではあったがあの男を雇っていた時期があってな・・・」

黄巾の乱が起こる数ヶ月前、人材に乏しい鮑信軍は領内で起こった反乱を鎮める事が出来ずに手を焼いていた。

そこで鮑信は諸侯の間で評判になっていた凄腕の武人を将軍として招いた。その武人が舞人だったのだが、彼の戦ぶりはいまでも鮑信の脳裏に焼き付いている。

炎を纏った氣を彼の得物―――刀に乗せて放ち、敵軍を打ち砕く。鮑信も曹操同様、いや長生きしている分様々な氣の使い手を見てきた。しかし彼のような氣に炎を纏う、それでいて強大な使い手は見た事が無かった。

「わしは彼に領地を与えて正式に雇おうと思ったよ。だが・・・どうもわしは彼に見切りをつけられてしまったようでな」

残念そうに苦笑する鮑信老人。曹操も彼に同意であった。

(敵軍の隙を突く知略、そして個人で敵軍を潰走させる炎の氣の使い手・・・素晴らしい・・・素晴らしいわ!)

彼女は思わず唾を飲んだ。

(欲しい・・・!あの男・・・織田舞人を!!)

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ドクン・・・ドクン・・・

劉備は己の鼓動が緊張で高鳴っているのを感じていた。はるか向こうにあるはずの黄巾党軍の陣は激しく炎上しているのが見える。となりで自分と同じように息を潜めている長く美しい黒髪を持つ義妹が囁いてきた。

「・・・織田殿の作戦通りのようですね」

うん、とうなずくだけで彼女に返答する。劉備が本陣に押し掛けて織田将軍の怒りを買い意気消沈して自軍の本陣に戻った後、彼女のもとに師である玲が訪れて今回の作戦における義勇軍の役割を合戦場周辺に広がる道の一つを指さして告げた。すなわち―――

「敗走してきた敵軍主力を待ち伏せし、討ち取れ」

こちらと対峙した敵軍が逃げる道はいくつかあるが、大軍が通る事が出来る道は劉備達が待ち伏せするこの大きな道だけであるため、舞人と玲は数が少なく、目立たない劉備達をひそかに陣から外して敵軍の背後に陣取らせたのだ。

「お姉ちゃーん!」

劉備目掛けて息を潜めているという表現から程遠い感じで元気良く駆けよってきたのは、彼女のもう一人の元気の塊のような赤毛の義妹だった。

「あの赤髪の恐いお兄ちゃんの言うとおり敵軍の多くはこっち目掛けて逃げて来てるのだ!」

『赤髪の恐いお兄ちゃん』という彼女なりの総大将への表現に劉備はクスリと微笑み、となりで駆けよってきた赤毛の義妹を睨む黒髪の義妹に声をかけた。

「愛紗ちゃん、やっと私たちの出番だよ!」

愛紗と呼ばれた黒髪の少女は立ち上がり、勇ましく後ろに控える兵たちに告げた。

「みなよ!武器を取り、立ち上がる時は今ぞ!逃げる賊徒どもを討ち、我らが主・桃香様の理想を実現させる第一歩とするのだ!・・・我に続け!」

「鈴々達も行くのだ!」

『オォォォォォォ!』

美しき黒髪の戦乙女と万夫不当の少女に続いて兵たちが雄叫びを上げて坂を駆け下り、潰走する敵軍の横腹に突撃していく。

「な、なんだ!?」

「よ、横から敵軍が!うわぁぁぁ!?」

逃げる敵軍は数が多くとももはや軍として機能しない、ただ逃げまどう集団にすぎない。少数とはいえ統率のとれ、勇将に率いられた義勇軍に敵うはずもなかった。

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義勇軍は総大将・波才の首こそ逃したものの数多くの敵将の首を上げ、敵本陣に突入した本隊に勝るとも劣らぬ戦果を挙げた。勝鬨を上げる自軍を見下ろして劉備は呟いた。

「あの夢に出てきた紅き竜・・・あれは織田さんの事だったのかな・・・?」

彼女には知る由もないが、曹操が見た夢を実は彼女も見ていたのだった。自らを乗せて天に昇る紅色の竜の夢を。

「織田さんって雇われの将軍さんって話だったよね・・・私達のところに来てくれないかなぁ」

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曹操と劉備が今朝見た夢に想いを馳せている頃、その当人―――舞人は単騎、馬を駆けさせていた。彼の顔には普段の飄々とした感じは失せ、焦燥している様子がありありと見えていた。

「クソ十常侍どもめ・・・無事でいろよ・・・おっさん・・・協・・・!」

深紅の青年と黒き馬は駆ける。帝都・洛陽へと。

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〜曹孟徳の私的な日記より抜粋〜

彼を見た初めての印象はいいものとは言い難かったとはっきり言える。しかし私は倍以上の敵軍を相手に大勝利を収めた彼の将軍としての用兵の妙と炎を纏う氣を行使する武人としての才を欲した。私は彼を従え、天下を平らげたあかつきには『紅竜王』の称号を授けようと考えた。

しかし、私と彼が再び会うのはしばらくの時を擁した。都で―――(後略)

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登場人物紹介

廬植(ろしょく)

洛陽で私塾を営む女性。真名は玲(れい)。劉備・公孫賛の師でもある。舞人とは旧知の仲で冀州への援軍に赴く彼の援軍に軍師として参陣する。容姿としては周喩より肌を白くして胸をほんの少し控え目にした感じ。服装も周喩の物がベースだが色は緑で露出は控えめ。武器は大きな戦斧。

説明
第三弾です!
この作品には毎回頭を悩ませられます・・・
近いうちに『蜀の日常』も更新したいと思っています!更新された際にはよろしくお願いします!
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コメント
もう一度行ってみろ⇒もう一度言ってみろ(車窓)
すでに争奪戦は始まってますね。(ブックマン)
いずれ三国に狙われそうだな、織田。(キラ・リョウ)
この流れだと、孫策も見ていそうだな。(hall)
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真・恋姫無双 紅竜王伝 

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