やたのひめとの絆語り
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暖かいを通り越して、やや暑いという表現が相応しい午後の晴天。

陽の下を行き交う大勢の人で賑わっている江戸の町。

お馴染みの甘味処から、酒好きの式姫達御用達の酒屋。

ちょっとした洒落た小物から日用品までかなりの品が揃っている雑貨屋に、上物揃いの反物屋。

広場の隅には全国を渡り歩く旅の行商人や、奇術をメシの種にする芸人など。

「平和だな……」

この世には、まだまだ妖が跋扈しているというのに。

……いや、だからこそ、か。この喧騒こそ人々の日常であり、拠り所なのだ。

噂は風より早いと聞く。天下の江戸まで委縮してしまっては、日本全てが妖怪に屈したと勘違いする輩も出てくるであろう。

日の下を大手を振って歩くのが妖怪になってしまっては、そこに人の生きる余地などない。

 

俺自身、騒がしいのは好きではない。

だがこういった賑やかさもまた、静かな時を楽しむ為に必要なものである事も確か。

 

この町とうちの屋敷くらい、賑やかであってもいいんじゃないか。

 

 

 

さて、今回は食事に来たワケでも買い物に来たワケでもない。

ただ一人でぶらつきにきただけである。

「うーむ……」

諸君には、こんな経験はないだろうか。目的もなくやって来たはずなのに、何故か損をした気分になるのは。

今の俺がまさにそれだ。なんかこう、スッキリしない。

とりわけ興味を惹かれるような店もなく、結局手ぶらのまま帰ろうとする俺をもったいねぇと嘲笑する声がどこからか聞こえる。

いやもちろん幻聴なんだけど。

「うーん……」

顎に手をやって同じ呟きを繰り返す。もったいない、なんかもったいない。

ふと視線を前方にやると、俺と同じく顎に手をやっている人――ではなく、式姫がいた。

「あら、オガミ」

「こんな所で珍しいな、やたの――いや、漆黒の姫よ」

そう言うと、やたのひめはふっと笑みを浮かべ

「同じ形を持つ者同士が惹かれ合うのは、当然の理よ。そう思わない?共有者よ」

いやいやいや、同じ形って顎に手ぇやってるだけじゃねーか、と心の中でツッコミを入れる。

厨二病は嫌いではないのだが、長時間やろうとすると疲れる。

というか、疲れる疲れないは別として今の俺にはそんな戯れに付き合う気分ではなかった。

「……なぁ、これやっぱやめようぜ」

開き直って通常モードに切り替える。

「気分が優れないのかしら。瘴気に中てられたようね」

「いや瘴気じゃなくて、ただの人混みな」

「……残念ね。我が共有者となら、この扉の封印を解く事が出来ると思ったのだけれど」

やたのひめに連られて視線を移すと、すぐ傍にに黒い扉を備えた洋風の建物が。

「初めて見るな。なんだここ?」

暗色に彩られたその建物は、特別目立つというワケではないが俺の記憶にはない。

その辺の民家とは明らかに違う異様さを放っている。

なんだろう、この……建てられた、というより建物ごと異世界から引っ越してきました感。

振り返り、視線を謎の建物から大通りへと移す。行き交う人々は、足どころか目に留める様子すらない。

廃屋ならともかく、人は住んでいそうだが……。

一見して近寄りがたい雰囲気を醸し出しているそれに近付き、首を動かして観察してみたが看板らしきものはどこにもない。

「気色悪いな」

率直な意見を口にする。

お前はどうだ、とやたのひめの方を見ると

「そうね……ここからは闇の力を感じるわ」

俺と真逆に、目を輝かせていた。やれやれ、こいつこういうの好きだからなぁ……。

「オガミ、手を貸して」

「手?」

ほれ、と差し出した手をやたのひめは両手で包み込み、胸の高さに持ち上げる。

「底知れぬ闇に飲まれそうになっても、必ず私が助けましょう」

真っ直ぐに俺の目を見て、真顔でそう告げた。どうやら行く気満々らしい。

「いや、俺は遠慮したいんだが……」

「運命に逆らうというのね。それとも共有者には、勇者の素質がないのかしら?」

なんだと。誰が意気地なしだって?

「……ほう、随分と言ってくれるなぁ漆黒の姫」

「私には恐れも勇気もないわ。ただ、運命に従うのみ」

「でも好奇心はあるんだろ?」

……こくり、と少し照れた顔でうなずくやたのひめ。

こうも上目遣いでキラキラと見つめられては、そもそも断り辛いんだよな。

「分かった分かった。でも、気を付けろよ」

俺とて数多くの妖を討伐してきた身。その気配には、常人より敏感になっている。

だけど、この店――恐らく、店だろうと思われる――からは、それとは違うモノを感じ取っていた。

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ギィィと軋む扉を開く。

薄暗い店内に陽光が差し込むと、朧げだが見えてくる。誰もいないカウンター。椅子にテーブル。

壁面の棚には巻物や本、汚れた水晶玉らしきガラス細工、蝋燭のついていない燭台……雑貨がごちゃごちゃ。

壁面に立てかけられている布を被った絵画、いや鏡だろうか。下には封のされた箱。

店内に、陽光以外の光源はない。

当初俺の後ろを付いて来ていたやたのひめは、後ろ手を組んで物色を始めている。

「こんな店構えるとか、一体どんな神経してんのかねぇ……」

やたのひめのような余程の物好きでもない限り、ここを訪れる客などいるまい。

加えて店内の商品も胡散臭い物で溢れかえっている。となれば、商売っ気を疑うのも無理はない。

空気は思ったより埃臭くなかった。が、お世辞にも長居したくなるような快適な空間とは言えない。

売り物というより、これはむしろ――欲しいから仕入れただけのような。

「来店早々、店主を非難する君の神経もどうかと思うがね」

「!?」

やたのひめと揃ってビクリと飛びあがり、声のした方に顔を向ける。

とん、とんとゆっくりした足音が、ランタンの灯りと共に店の奥から近付いてくる。

着物にフード。背丈は俺と同じ位。年は……声の感じでは、おそらく向こうのが上。

素性を隠した気色の悪い店主は、カウンターにランタンを置くと小脇に抱えていた数冊の本を置き、椅子に座って読み始めた。

――言葉が出ない。得体が知れないといのもあるが、直感が関わりたくない人物だと警鐘を鳴らしている。

こちらには一瞥もくれず読書を始めた店主を見つめていると、

「何を突っ立っているんだ。君達、買い物しにきたんじゃあないのかね?」

「…………」

「泥棒に来たのなら早々にお帰り頂くが、見た感じそうではないようだね」

「…………」

「今日来た客は、君達が初めてだ。今なら多少は機嫌の良い僕が、直々に商品の説明をしてやっても良い」

何この上から目線。しかも今日初めての客って……。

先程の疑問は確信に変わった。やっぱり商売する気ないだろアンタ、と心の中で毒づいた。

入店早々気分を害した俺は店主を睨みつけ、やたのひめの傍まで歩いて行った。

「おい、もう帰ろうぜ」

耳元で小声で呟いたが、やたのひめは微動だにしない。

手に持っている装飾品をじっと見つめている。

「ん?……これ、欲しいのか?」

「え、いや……私は……」

おぉ、実に分かりやすい反応。

俺はやたのひめの腕を掴んでそのままカウンターへと引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと待――」

 

待たない。

この店主は嫌いだが、式姫の為なら迷う事はない。

「これ下さい」

「……毎度あり」

 

 

 

「どうかしら?」

椅子とテーブルを借りて、装備完了。

黒ネコミミ。

黒ネコ手袋。

黒ネコブーツ。

「……いい。似合ってる」

「あ、ありがと……にゃ」

「え?」

パッと口元を抑えて、真っ赤になりながらうつむくやたのひめ。可愛い。

尻尾がないのが残念だが、おかげで安く購入出来た。

店主はフードの下でニヤリと笑うと、引きだしから何かを取りだしてこちらに向かってぽーんと投げた。

「おっとっと……」

ゴムボール、か。

「これはオマケだ。また来てくれたまえ」

 

 

 

店を出ると、俺は振り向いてやたにゃんをまじまじと見つめた。

「な、何かしら?」

「いや、よく似合ってるなーと思って」

「それは嬉しいのだけれど……少し恥ずかしい……にゃ」

「恥ずかしがってる割にはノリノリじゃあないか」

「ち、違うのよ。これは、勝手に、その……」

……ふーむ、演技してるようには見えないな。

身に付けると、猫っぽくなる不思議な効能をもたらす装備一式。

「ほれ」

ためしにぽーん、とゴムボールを虚空に放り投げてやると。

「おお、お見事」

シュタッと空中でキャッチ。

「……なんか、天狗らしかぬ身のこなしだな」

「ふふふ、今ならどんなあやかしが相手でも負ける気がしないにゃ」

「いや、あやかしが出てきたらちゃんと外せよ?」

「わ、わかった……にゃ」

「とりあえず、帰ろうか。あ、俺がいいって言うまで外すなよ」

店主の評価を星一つから星二つへと格上げする。

なかなか面白いモン売ってくれるじゃないか。

 

 

 

そんなこんなで帰路に就く。

やたのひめは恥ずかしいのか、少し後ろを歩いている。

「うう……やっぱりこれ、恥ずかしいにゃ」

「大丈夫だって。誰もそんなにジロジロ見てないから」

一般人にとって身近な存在とは言えないかもしれないが、それでも江戸の町において式姫達が奇異の目で見られる事はない。

ましてやケモミミを生やした式姫など一人や二人ではないのだ。今時珍しいモノでもない。

「そう言いながら、どうしてオガミはそんなにまじまじと見ているの……にゃ」

「可愛いからに決まってんだろ」

おしとやか、という表現とは少し違うか。

照れているのか、うつむき加減で歩くやたのひめには普段と違う魅力を感じる。

あぁ、あれだ。猫を被っている、ってヤツ。多分それが一番しっくりくる。

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「んで、何で俺の部屋にまで付いてきてるんだ?」

「外して」

「それは嫌だね」

「じゃあ、このままオガミの部屋に隠れるにゃ」

「別に心配しなくても、皆笑ったりしないって」

「…………」

むー、と頬をふくらませるやたのひめ。

「大体、そんなに嫌なら自分で外せばいいのに」

「これ、自分では取れないのにゃ」

「あマジで?」

「全く、とんだ買い物に付き合わされたにゃ!」

そう言ってるけどさ、お前もの欲しそうに見てたろうが。

「もう嫌にゃあ……」

「可愛いのになぁ。あ、そうだ。ちょっとこっちに来てくれ」

「何にゃ?」

 

「いいこいいこ」

なでなで。なでなで。

やさふろひめやくらかけみやなど、ウチの猫系式姫とはそれなりに付き合いが長い。手なずけ方は心得ている。

「ふにゃあ……」

目がとろーんとしている。これで少しは機嫌が直ったかな。

ついでに首の下をカリカリ、カリカリ。

「くすぐったいにゃぁー」

おぉ喜んでる喜んでる。尻尾がついていれば、左右にブンブン振れていただろうか。

「はぁ……」

ひとしきり弄り終わると、満足のため息をこぼして俺の膝を枕に寝転んできた。

普段のやたのひめなら絶対にしないであろう行為。

そのまま優しく頭を撫でてやると、徐々に瞼が重くなっていき……。

「すー、すー」

あっという間に可愛い寝息を立て始めた。

主によって慣れぬ衣装を着せられた挙句呪いに振り回され、疲れていたのだろう。

 

やたのひめが寝静まったのを確認し、俺はそっとネコミミを外してやった。

「ふう。名残惜しいが、今日はこの辺にしといてやるか」

手近な座布団を二つに畳んで、俺の膝の代わりにやたのひめの頭の下に敷いてやる。

手袋とブーツを起こさないようにそーっと外し、とりあえず部屋の隅っこに。

やたのひめは……当分は起きないだろうから、今しばらくはその可愛い寝顔を間近で堪能させてもらうとしよう。

 

残念な美人、なんて言うと怒るかもしれないけれど。

その濃い紫色の髪とか結構好きなんだぜ。

説明
やたのひめが呪われた道具に翻弄されるお話です、にゃ。

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