Nursery White 〜 天使に触れる方法 8章 5節
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「うっ、あぅっ……まだ、ちょっとくらくらします……」

「ほら、アイス。う、うぅっ……私も、頭がぼやーってするぅ…………」

 二人仲良くのぼせて、今に至ります。

 アホだ……私たち、ザ・アホだ……お風呂でのキスに熱中し過ぎて、ずっと湯船に浸かってのぼせたなんて。

「アイス、アイス……あっ、バニラ好きです。あむぅっ……」

「そうだよね。悠里、バニラ好きそうな雰囲気だったから。私は正直、アイスクリームよりも氷菓系の方が好きなんだけどね……家族が苦手だから、箱アイスはクリーム系なんだ」

「実は、ボクもシャーベットとかかき氷とか、そういうのは苦手で……」

「頭痛くなるの?」

「むしろ、お腹を下しやすくって」

「ああ……それは無理しない方がいいね。というか、出したのがアイスクリームでよかったよ」

「でも、ゆたかのくれたものなら、なんでも食べましたよ」

「こら、無理しないで。それで夜、トイレ通いとか大変過ぎるでしょ?」

「……ひ、人のお宅でそれは色々ときついですね」

 なんて言いながら、二人でアイスに口を付ける。火照った体に冷たさと甘さが染みていくみたいだ。

 ただ、どうしてもちょっと口に粘りつく感じがアレだなぁ、と思ったりする。どうせならシャリシャリ氷を食べたいって言うか。

「ゆたかはどういう氷系が好きなんですか?」

「うーん、宇治抹茶金時とか、そういう系の和風なのもいいし、棒アイスだと果汁のやつとかいいよね。色々な味が入っているやつだと、飽きないし」

「なるほど……ボク、食べるのは苦手ですけど、レモンのシャーベットとか好きです」

「あー、わかるわかる。やっぱり夏はレモン系でさっぱりしたいよね。グレープフルーツも好きだけど」

「グレープフルーツはちょっと苦いですよね。炭酸水とか、グレープフルーツのフレーバーも好きです」

「意外と悠里、炭酸も飲むんだ」

 なんというか、全体的に弱いイメージがあるから、炭酸も苦手かな、と勝手に思ってた。

「一度に飲むときついですけどね。なので、細かく何度も飲んで……最後の方に炭酸がかなり弱まっているのも好きです」

「なるほどね。気の抜けかかったのを一気に飲むのって、ちょっと特別な感じがして好き。私も、最近は炭酸ジュースってよりは、甘みがなくて香りだけの炭酸水がトレンドかな。たまに思いっきり甘いやつも飲みたくなるけど」

「ゆたか、栄養ドリンク系の炭酸のって大丈夫ですか?」

「嫌いじゃないかな。ただ、第二手芸部時代に、貫徹してドール衣装とか作ったりよくしてたから、その時に飲みすぎた感はある……本当、命を削ってやってたなぁ…………」

 まあ、今ももちろんやっていることではあるんだけど、前までほどは必死にはならなくなった気がする。

 ……私は、間違いなく楽しんでいた。それはウソじゃない、思い込みじゃない。だけど、どうしても部活のみんなが待っているとか、部長としてしっかりとした成果を出さないと、とか、色々と考えることが多すぎて、頑張り過ぎていたんじゃないか、と今は冷静に回想することができた。

「そうだったんですか。ボクは全然飲まないんですよ。なんとなく体に悪い気がして」

「まあ、常飲するようなものじゃないだろうね。後、甘味料もよくないって言うし」

「そうなんですか?」

「いや、詳しくはないけども。まあ、甘いものでもカロリーの高いものでも、食べた分動いて消費すればいい、って私は思ってるから、あんまりヘルシーとかカロリーがどうとか、気にしてないからね。がんがん甘いジュースも飲む方なんだけど」

「ゆたかは走るの、好きなんですよね」

「割りとね。というか、別に走るのに限らず、何も考えずに体を動かすのが好き。……手芸とかゲームとか、頭をすっごい使うでしょ?その分、無心になりたいんだよ。そうやってバランスを取る感じ」

「なるほど。それなら、ボクにもわかります。ボクは運動が苦手なので、何も考えずにぼーっとしているだけですけど」

「あははっ、それが悠里にとってのリラックスなら、それでいいんだよ。音楽も大変だよね。ただ楽譜通りに指を動かせばいい、っていうものじゃないだろうし」

「結構、譜面通りにやっているだけ、ってところはありますけどね。でも、それでもやっぱり頭は結構使ってると思います」

 悠里はそう言いながら、残ったアイスも口にした。私もそれに続く。

 少し溶けてきたアイスは、甘みも増しているようで、より口の中にべったりと残るような気がした。……うん、やっぱりちょっとこの感じは苦手だ。シャーベットの方がいい。

「もうすぐ夏休みですよね」

「そうだね。その前に期末試験があるけど」

「う、うぅっ……なんでそんな厄介者が立ちはだかるのでしょう。夏休みはいっぱいゆたかと遊びたいのに……」

「そんなにテスト、不安?一年生の時の内容って、どんな感じだったか割りと忘れてるところあると思うけど、勉強会でもする?」

「い、いえっ……!同学年ならまだしも、学年が違うのにそれって、ボクがゆたかに一方的に教えてもらうだけじゃないですか!それでゆたかの成績が落ちてはいけませんし、一人でがんばります。……ただ、具体的な勉強を教えてもらうのはナシでも、効率のいい勉強のやり方とか、そういうのは教えてもらえませんか?」

「ああ、それならあんまり時間がかからないね。莉沙もそうだけど、勉強が苦手っていう人は、やり方がわからない、っていうケースだと思うから」

「はい……単純に単語を覚えればいい英語や社会はいいんですけど、数学や国語が苦手で。応用力がないっていいますか……」

「応用力っていうか、経験が不足しているんだろうね。数をこなせば、なんとなく見えてくるものだよ。でも、暗記系ができるなら、きっと勉強法さえわかれば、どんどん成績よくなるよ。安心して」

「はい……!ゆたかにそう言ってもらえると、すごく安心できます……!!」

 そう言って笑顔を見せる悠里を見ていて……私まで、表情が緩んでいた。

 やっぱり悠里、めちゃくちゃ可愛いな……今日一日、ずっと傍にいて、そのことばっかり考えている気がする。

「……悠里は、やっぱり音大とか行くの?」

「うーん……まあ、そうなるんだとは思います。というか、既になんとなく進路は決まっていて……なので正直、進級さえできれば、あんまり普通の勉強って意味ないんですよね。……でも、学生としてそういうのもどうかな、と思っていまして」

「ある意味、勉強できるのって学生の内だけだもんね。きっと、社会人になったら新しく何かを学ぼうとしても、そういう余裕がなくなっちゃう。時間もそうだし、勉強ってつまりは、お金を払って知識を得る行為じゃない?たぶん、お金を稼ぐのに時間をかけるようになったら、その逆のことなんて気分的にできなくなるんだと思う」

「……そうですね。そう思います。だから、せめて今だけは勉強をしておきたいんです」

「偉いね、悠里は」

「いえいえ、それにゆたかの方がずっと成績がいいじゃないですか。成績がいいということは、それだけ勉強をがんばってる、ってことですよね。すごいです。すごく立派です」

「そんなことないよ。他にすることがないだけ。――後はやっぱり、不安があるから、かな」

「不安、ですか?」

「そう。悠里は絶対、演奏家としてやっていける。でも、私は……わからないから。わからないからこそ、大学に答えを見つけに行くのかもしれないけど。それでも見つからなかったら……本当に、学校の成績だけで勝負をするしかない。その時に不利にならないように、誰でもできる勉強をやっているんだと思う」

「……ボクは、勉強をしっかりできるのも才能だと思いますけど」

「そうかもね。でも、私も悠里みたいにこれ、っていうものを見つけたいな、っていう話。――ばしっと、ドール、もしくは服飾だ、って言い切れればいいんだけどね。そういう勇気はないよ、私には」

 でも、もう高校二年の夏。……そろそろ、せめてどういう方向性かだけでも決めておきたい。仮に服飾で行くというのなら、それ相応の学校じゃないと、それを仕事にはできないだろう。……私は、手先が器用な方だとは思うけど。でも、きっともっと才能ある人はいる。才能の差を埋めるのが努力だというのなら、あらかじめその専門の学校に通って、付け焼き刃だったとしても、技術を磨いておかないといけない。……そうじゃないと、結局普通の仕事でなんとかやっていかないといけなくなる。

 そして、私が思う“普通の仕事”というのは、たとえば事務とか、営業とか、そういう「サラリーマン」と言われて最初に思いつくことなんだけども、それってそんなに悪いことなんだろうか……とも思う。

 いや、でもやっぱり、仕事は大変なんだ。それと趣味を両立するのは、きっとものすごく難しい。結局、どっちつかずになるかもしれないし、そうなるぐらいなら、やっぱり好きなことを。少なくとも納得できる仕事を選びたい。それしか働き口がないから、でそれを一生の仕事にするなんてことは……したくない。

 悠里と一緒にいることで、私はなんとなく将来の不安を感じてしまうところもある。

 それは間違いなく、彼女の将来がはっきりとしているから。私のような、おぼろげな未来ではないから。

 ……今度、常葉さんとちょっと話ができないか、と思った。

 元芸能人とはいえ、それまでのノウハウがほとんど活かせない声優の世界に、あの人は飛び込もうとしている。

 その人並み外れた行動力、決断力は、どこから湧いてきたんだろう。……それが彼女の個性なのかもしれない。でも、それにしたって、その源流を知ってみたい。……私は、そう考えていた。

「あの、ゆたか」

「……うん?」

「えっと、ボク、上手く言えないんですけど……ゆたかはすごいと思います!」

「ほんとに上手く言えてないね」

「ご、ごめんなさいっ!!」

 ……でも、こういう時に下手に「大丈夫」とか「もっと気楽に考えていいよ」と言うのではなく、すごいと言ってくれる。

 それはたぶん、悠里なりにどう言えばいいのか。どう言えば、私を一番傷つけないのか。そう考えてくれた結果なのだと思う。

 ……だから私は、そんな悠里の優しさが嬉しくて、無意識に手を伸ばしていた。

 その手で、奇麗な銀髪をくしくしと撫でる。

「ありがとう。……真剣に考えてくれて」

「い、いえ……ごめんなさい。いいことを言えなくて」

「ううん、そんなのいいよ。……言葉より、悠里が私を慰めようって思ってくれたことが一番嬉しい。……それだけで十分だよ」

「でも、もっと何かしてあげたくって……ゆたか、何かほしいものってあります?それをあげられたら、元気が出るんじゃないかなって……」

「んー、悠里がほしい」

「……もうあげてますよ、それは」

「お、おおっと……こ、これはまた思わぬ反撃で」

「ふふっ。ボクの心と時間は、もう既にゆたかのものですよ。他の誰にも渡しません」

「じゃあ、物理的にも、もう離さないよ。それで、ついでにこんなこともしちゃったりして」

「んっ、ふぅっ……!?んふぅぅっ…………」

 悠里の体を抱き寄せて、そのまま唇を奪う……。

 甘く、柔らかい。悠里自身が、甘いバニラアイスになっているみたいだ。

「んっ、ふぁっ……。こういうことも、いくらでもしていいんだよね」

「も、もちろんですっ……。あ、ははっ……なんかちょっと、びっくりしちゃいました。今日もう何度もしてるのに、不思議ですよね」

「キスという行為は同じでも、シチュエーションは毎回違うもんね。毎回、飽きさせないよ」

「な、なんだかすごくエッチな感じですよね、それ……」

「そうかな?まあ、逆に慣れすぎて、息をするようにキスできるような関係になっちゃってもいいかなー、なんて思う訳だけど」

「そ、それはさすがにっ……!」

「おやおや、悠里ちゃんは自分からあんなこと言っておいて、意外と押しに弱いのかな?もっと押して、いじめたくなっちゃうなー」

「や、やめてくださいよっ……!ゆたかのこと、嫌いにはなりませんけど、ボクだってリードしたいんですっ」

「ふふっ、かーわいいっ」

「ゆ、ゆたかぁっ……んっ、ふぁぁっ…………」

 また唇を重ねて……悠里の甘い匂いと柔らかさを堪能し続けた。

 ……もう今は、将来への不安はない。幸せな時間が、それを忘れさせてくれる。

 それは同時に、二年後の避けようのない別れの後、私がどうなってしまうのかをも暗示させるのだけど――。

 今はもう、そんなことはどうでもよかった。

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