双子物語85話
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双子物語85話

 

【雪乃】

 

 私が父が経営しているゲーム会社で働けるかどうかを判断してもらうため、

基礎の部分を比較的余裕のあった早矢女さんに教えてもらっている私。

 

 担当は違うけれどもう一人私と同じように教えてもらっている子が一人いた。

昔、彩菜が高校の時に美術部にいた不思議な雰囲気を出していたという一つ年上の先輩。

眞凍時雨さん。夏休みの時に遊びにきた時以来なのでどんな人が把握できなかったけど

関わった人がみな口にする通り、不思議な感じがした。独特なマイペースというか。

言葉にし辛い雰囲気が漂っている。

 

「私も毎日の通勤が辛そうだから在宅にしようと思ってるの…」

「そうですか…」

 

「ゆきのんとおそろいだね」

 

 そう言ってニコッとする時雨さん。だけど目がちっとも笑ってなくて少し怖い。

会社の中にある休憩スペースで自販機で買ったお茶を飲みながら二人で話をしていると。

 

「ねぇ、私ね。ゆきのんと同じように仕事したいなぁって思ってるんだ」

「はぁ…」

 

「私と一緒に暮らさない?」

 

 ぶほっ!

 

 話がいきなり飛んで驚いた私は思わず口の中に入っていたお茶が少しだけ出して

しまった。それから残った液体は器官の方に向かい盛大にむせたのだった。

 

「ごほっ…。いきなりなんですか…」

 

 常に真顔で言うものだから冗談か本気かがわからない。

 

「彩菜から聞いてた通り、魅力的だから…。私、魅力的な子が気に入ってるの。

見た目じゃなくて中身の方が面白くて綺麗でまるで宝石のような子が…」

 

 私がその中に入ってるとは思えないけれど、まぁ…褒めてくれてるのだろうから

そこは素直に受け取っておくことにする。

 

「あ、ありがとう…」

「だから、私と一緒に住まない?」

 

「ごめんなさい。もう私にはずっと一緒にいる相手がいるもんで」

「彼女?」

 

 何の抵抗もなく彼女という言葉を口から出す時雨さん。女同士というのは全く

気にしていないようだ。

 

「はい」

 

 言われて叶ちゃんの笑顔が脳裏に浮かんで少し幸せそうな顔をして返事をすると。

 

「いいな」

 

 小さい声で羨ましそうに言い、一瞬だけ笑顔で私のことを見ていた。

 

「私にはそういうの…ないから…」

「え?」

 

「私のことを見てくれるような大事な人」

 

 一つため息を吐いて買ったお茶を飲んでからもう一度私の方へ目を向ける。

 

「そういう関係になろうと近寄ってくる男たちは多いけど、私自身を見てくれる人が

誰一人いないの…。ゆきのんや彩菜たちはちゃんと私を見てくれるけど…。

 そういう人に限って大事にしてる子がいるし…。これで…二度振られたわ」

「あ、あはは…」

 

 言い方が重い割にはいつものことと特に気にしてはなさそうにしている時雨さん。

私はつい苦笑いをして少し間を空けてから私が声をかける。

 

「こうして話をする分には何度でも付き合いますよ」

「ほんと?」

 

「だって時雨さん面白いし」

「へぇ」

 

「何?」

「私のこと面白いなんて言われたの彩菜以来だわ。大体の人は気味悪がったりするのに」

 

 軽く言うけれど、そういう空気っていうのは味わってる本人が一番きついんだろうなと

想像するのは容易かった。多分、両親からも少し距離置かれてるのだろう。

それでこんな独特な雰囲気が出てるのだろうか。

 

「今度は彩菜も一緒にまた話をしたり遊びにいったりしましょうよ」

「いいの?」

 

「はい」

 

 勝手に約束してしまったけれど彩菜の方も時雨さんのことを気にかけていたことが

あったのでちょうどいいだろう。私はそう思いながらお茶を飲み干すとちょうど休憩の

時間が終わったのでそれぞれの仕事場へと戻った。

 

 すると廊下で電話しながら笑いながらもちょっと悩んでそうな反応をしている

早矢女さんの姿があった。

 

「うん…うん…。あっ」

 

 頷きながらふと視線を横に流すと私と目があって、何か浮かんだような顔をしていた。

 

「うん、大丈夫そう。うん、頼んでみるね。じゃあ…また後で」

 

 ピッ

 

「ねぇ、ちょっとお願いがあるんだけど」

「何でしょう」

 

「私の彼女から電話があって、今度保育園で紙芝居をするらしくて。

どうせならってその辺にある話のじゃなくて手作り感のあるオリジナルが欲しいって

ことになったらしいの」

「そうなんですか…」

 

 そこでちょっと笑みを浮かべる早矢女さんを見て少し嫌な感覚がよぎった。

 

「これも仕事の一環ということで、貴女がやってみない?」

「え、もしかして私が紙芝居を!?」

 

「えぇ。まぁ、でも絵も必要だからもう一人つけないと…」

 

 そう言って辺りを見回していると、早矢女さんが少し離れた場所の人に

声をかけていた。

 

「ねぇねぇ、アオギリさん!ちょっと相談が!」

 

 呼ばれたショートの髪型で眼鏡をかけた、ちょっと弱々しく見える女性がこっちに

来ると一緒に行動していたらしい時雨さんがアヒルの子が親の後ろについていくみたいに

歩いてきた。

 

「な、何でしょうか…」

「あのさ、ちょっと眞凍さんも借りていいかな。協力してほしいことがあって」

 

 すると私たちには聞こえないように少し離れてぼそぼそ話始める二人。

取り残された私と時雨さんは目があって首を傾げた。

 

「まぁ…後でその内容を確認して実力を見ることはできますし…」

「あの二人も勉強になると思うし」

「…わかりました」

 

 話を終えたアオギリさんは時雨さんの前に立って少し言いにくそうに話始めた。

 

「あの、眞凍さん…。澤田さんと二人で仕事してほしいことがあるの」

「わかりました。いいですよ」

 

「え!?」

 

 内容も聞かずに受けたことに私もアオギリさんも驚いた声を上げていた。

 

「ゆきの…澤田さんとやれるなら何でもいいです」

「え、えっとね…じゃあやってもらうことを教えるね」

 

 すんなり話が進んだことにアオギリさんはちょっと戸惑いながら時雨さんに

説明をするアオギリさん。

 

「ふふっ、ちょっとしたテストね」

「緊張するんですが…」

 

「まぁ、気負い過ぎると変なものができることもあるし。ほどほどにね」

「はい…」

 

 その間、早矢女さんは私を見ながらにこやかにしてそう言ってきた。

これから二人で作るものによっては合格か不合格か決まってしまうのか。

 

「ちょうど課題ができてよかったわね。こういう仕事してると好きなものだけ

作るというわけにはいかないから、いい経験だと思うわ」

「…そうですね」

 

 言われてみればそうだ。売れなければいけない世界だ。自分たちよりも世間が

望むものを作らないといけない。その上で自分たちの拘りをどれだけ入れられるか。

言葉にすると簡単かもしれないけど、個人ではない会社全体のことだから。

全員の意見が合うことなんてないだろうし、まとめるのは大変そうだ。

 

 早矢女さんもアオギリさんも会社の中ではけっこう重要な地位にいるらしく

こうやって笑顔で接してくれていても相当な苦労をしているのはわかっていた。

そのために少しでも私たちに時間を割いてくれたお礼は作品にして返したかった。

 

***

 

「ただいま〜」

 

 家に戻ると先に帰ってきていた叶ちゃんが玄関まで走ってきて私に抱きついてきた。

 

「おかえりなさい、先輩!」

 

 叶ちゃんの温もりが今の私にはいつもの数倍は心地良く感じた。

多分、作品作りへのプレッシャーで心が疲れているのだろう。

 

「あ、そうだ。叶ちゃん」

「なんですか?」

 

 しばらく抱き合ってから離れてリビングへ歩いていく途中で私は叶ちゃんに

仕事について話し始めた。

 

「これからしばらく同じ立場の人と共同で作業すると思うから今より時間とれないかも」

「良いですよ。でも…その相手って男の人!?」

 

「いやいや、女の人だよ」

「良かった…。先輩に悪い虫がつくと困りますから」

 

 ホッと胸を撫で下ろしてから私に可愛い笑顔を見せてくる。

疲れてる時、気持ちが昂りやすくなるのか何か今の私は無性に叶ちゃんを

抱きたくてたまらなくなっていた。

 

「ねぇ、叶ちゃん…」

「何ですか?」

 

「ちょっと…しない?」

「え…あ、いいですよ!」

 

 一瞬きょとんとして何を言ってるのだろうという顔をしてすぐに気づいて

顔を赤くして何度も縦に首を振って激しく頷いていた。

 

 昂った気持ちを抑えきれない私はそのまま叶ちゃんと寝室へ向かい

着替えた後にベッドに入り互いに見つめながら体中を触れ合い、愛の言葉を交わしながら

抱き合った。

 

 しばらく二人で激しく愛し合ってから寝室を出ると消耗しすぎたのか私は少し

ふらつくと、叶ちゃんが心配そうに見つめてくる。

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」

 

 叶ちゃんの手を取って、リビングへ戻ると私が帰ってきた時には既に用意されていた

山盛りの食事を温めなおして二人で食べた。10人分以上を超えていた量を軽く

たいらげてからソファに二人で座りくっついて心地良い時間を過ごした。

 

 眠そうな顔をしながら叶ちゃんは何かを思い出したような顔をして私に視線を移す。

 

「そうだ、私もプロになるための道筋が見えてきた気がします…。

みんな私のために考えてくれて、嬉しいです」

「そう、よかった。一緒に頑張ろうね」

 

「はい…先輩…」

 

 手を握って擦り寄るように体をくっつけて目を閉じた。

 

***

 

「ただいま」

「おかえり先ぱ…っ」

「やぁ、少女。初めまして? じゃない?」

 

 翌日も同じように作品の内容を時雨さんと考えていたのだけどまとまらないから

また次の日にしようかと思ったのだけど、少しでも時間を無駄にするのは惜しいと

時雨さんの強引さに負けてここまでついてきてしまったのだ。

 

「はい、お茶です」

「ありがとう。叶ちゃん」

「ありがとう…少女」

 

「その少女っていうのやめてください!」

 

 帰ってからのイチャイチャする時間が取れないからか、ちょっと拗ね気味の叶ちゃん。

出ていく前にちょっと聞いてみたいことがあって私は叶ちゃんに声をかけた。

 

「そうだ、叶ちゃん。今、子供向けの話を書いてるんだけどどういう話がいいと思う?」

「えっ、いきなりですか。うーん、私は先輩の普段書いてる話が好きだから

ああいうのはどうですかね」

 

「あれはあんまり子供向けっぽくない気が…」

 

 自分の経験をもとに背景をファンタジー世界にしたものだけど。

 

「見せて…」

「え、うん。わかった」

 

 時雨さんが何か閃いたのか私にそう言ってきて私は自分で書いていた小説を

持ってきて時雨さんに見せた。

 

 速読というのだろうか、けっこうな量があるページ数をあっという間に

読み終えて頭の中で整理しているようだった。そして…。

 

「うん、いいね」

「え?」

 

「これを子供向けにしてみよう…」

「どうやって?」

 

 視線を外していた時雨さんが私の疑問に視線を合わせてきた。

 

「絶望から立ち直れなかった少女が周りの力を借りて立ち上がって。助けてくれた人、

助けを必要とする人に少しずつ恩返ししていく。そんな感じ」

「ほ、ほほう」

 

 もうちょっと暗い話だったけど時雨さんが言うと思ったより明るい方向へ

持っていけそうだった。

 

「私が子供に受ける絵が描けるかどうか…、まぁ…がんばってみるよ…」

 

 自分のことになると途端に興味をなくしたみたいでやる気を失っていた。

だけどやはり彼女は天才だと感じられたのは、子供を意識して簡単にさらさら描いて

私に見せてくれたのはすごく魅力的なイラストだった。

 

 しかも描くのも早く、数時間で私の書いた内容の9割くらい描き終えていた。

 

「こんな感じ…?」

「すごい…まさに思い描いてた感じに」

 

 頭の中で浮かんでいたものがそのまま目の前に現れたような、そんな不思議な気持ち。

これなら、二人でがんばれば大丈夫かもしれないと。そう思えた。

 

***

 

 後日、早矢女さんの紹介で保育園で働いてる彼女さん。東雲紅葉(しののめ・くれは)

さんに私たちが作った紙芝居の作品を怖い顔をして見つめていた。

 

 緊張している私を見て、笑顔で私の耳元で囁いてくる早矢女さん。

 

「あの子、いつもあんな感じだから気にしないで。楽しんでる時でさえああなんだから」

「あれは…楽しんでるのでしょうか」

 

「目を見ればわかるわね。あれは楽しんでいる顔よ」

 

 目だけでわかるのか…すごいな。私も叶ちゃんとそのくらいわかるようになりたい。

と思ってすぐ考えを切り替えた。それよりも今は作品のことに集中しなければ。

 

 渋い顔をしているようにしか見えない紅葉さんが作品を置いて一息吐くと

私たちに視線を移した。

 

「すごくいいよ」

 

 表情とは逆の評価が口から出てきて、一瞬何を言っているのか理解できなかったけど

もう一度、同じ表情で同じ言葉を私たちに向けて発してくれた。

 

「今度、みんなにこのお話するとき。良かったら見にきてね」

 

 表情とは違い、最後に誘ってくれた言葉はすごく優しくて心に沁みる感じがした。

その後、すぐ会社に向かって早矢女さん含む、時間に余裕のあるスタッフの方たちが

それぞれ私たちの作品を見ると驚いていた。

 

「うん、色々気になるところはあるけど。十分合格点だよ」

 

 早矢女さんは嬉しそうに笑顔を浮かべながら言った。

 

「ありがとうございます」

 

 その言葉を聞いて私はホッとする。隣を見ると時雨は終わったことだからか

興味がなさそうに髪を弄っていた。

 

「少し落ち着いたら仕事について話があると思うから、これからは大学のことにも

集中していってね」

「はい」

「私は勉強より作品作りしたい…」

 

 退屈そうな顔をしながら時雨が言うと早矢女さんは楽しそうに笑っていた。

 

 家へ帰る途中、私は時雨の顔を見て話しかける。

 

「今回はありがとう。また一緒にできるといいね」

「まぁ…うん。楽しかったよ。…こうして好きなことを形にできるのは…」

 

 バス停で待ちながら時雨は昔のことを考えているのかつまらない表情をしながら

少しずつ話しているとバスが来て二人で乗って話の続き。

 

 どれだけ乗っても景色が変わらなくて場所がわかりにくいが最寄りのバス停の名前が

近づいてきたとき、時雨の手を軽く握って伝えた。

 

「もう着くから、また一緒に仕事しよう」

「うん…」

 

 時雨が薄い笑みを浮かべて嬉しくなった私は手を離すタイミングが少し遅れて

バスの扉が閉まってしまう直前に慌てて降りた。そしてバスが見えなくなるまで

見た後、私は自宅へと戻った。

 

「ただいま」

 

 今日は叶ちゃんも遅くなって私一人なのはわかっていたけど、ただいまって言うのが

もう癖になっていて自然と出てしまう。でも、ただいまと自然に言えるような環境。

好きな人と一緒に住んでるということが一人でも寂しく感じさせなかった。

 

 そして今日は仕事のことについても嬉しかったから二倍嬉しい。

私は部屋着に着替えずそのままリビングに向かって座ってテーブルに顔を

伏せるようにして声が漏れた。

 

「ふふふっ」

 

 おそらく合格点ギリギリなのだろうけど、それでも認められたことが嬉しくて

変な声が漏れてしまう。しばらくその余韻に浸りながら私は立ち上がって

遅く帰ってくるであろう叶ちゃんのために美味しい料理を作って待つことにするのだった。

 

 エプロンをつけて準備をして気合をいれる。

 

「よしっ、もう一つの仕事も頑張るぞ〜」

 

 誰もいない中で一人やる気を出してその気持ちを声に出して家の仕事を始めるのだった。

 

続。

 

説明
最近暑すぎてバテてます。書きたいのあってもなかなか続かないですね(´・ω・`;)みなさんもお気をつけて…。
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