結城友奈は勇者である〜冴えない大学生の話〜 その4
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第4話〜約束〜

 

 

 

「海に行こう!」

 

「……え、海ぃ?」

 

唐突に銀ちゃんから放たれた声に対して、俺は力のない気怠い声で返す。

今俺達はイネスの外に置かれているベンチに座り、イネスで買ったアイスを食べながら涼を取っていた。

本来なら涼しい店内で寛ぎたかったのだが、皆俺達と同じ考えだったらしくすでに店内の座れるスペースは一杯だったのだ。

どこか座れる場所を探しはしたが結局どこも先客がいて座ることが出来ず、仕方なく暑い外の世界に舞い戻って来たというわけだ。

……今更ながら店内で立ち食いでもよかったかと思わなくもないけど、あの時は座って食べたい気分だったのだから仕方ないだろう。

 

今座っているここは丁度木陰になっていて、強い陽射しをいい感じに遮ってくれる絶好の休憩ポイントである。

とはいえ今は昼時で、一番太陽が高く昇っている時間帯。

いくら木陰で日差しを遮っていてもその熱気までは遮ることはできず、さっき買ったばかりのアイスもどんどん解けていく。

それを負けじとなめとる作業に勤しんでいた。

 

今日は気分を変えてサイダー味、こんな暑い日にはバニラの濃厚な甘さよりもこういうサッパリとした甘さがうれしい。

銀ちゃんはというと、いつもの如くしょうゆ豆ジェラートである。

味は微妙だけど、汗をたくさんかく今日みたいな日には塩分補給的に良いのかもしれない。

 

俺と同じく銀ちゃんも額に汗を流しながら黙々と食べていたのだが、ちょっとした拍子に手が滑って地面に落下させてしまった。

そこが我慢の限界だったのだろう。

落ちたアイスを見ながらワナワナと震える銀ちゃんだったが、ガバッと勢いよく立ち上がるとさっきの言葉を言い放ったわけだ。

 

「……海、海かぁ。まぁ、確かに暑いもんなぁ」

 

「暑すぎだよ! 見てよこれ、落ちたアイスがあっという間に溶けちゃったよ!」

 

「……そりゃ、アスファルトの上は半端ない熱さだろうし。靴履いてなきゃ、絶対火傷するだろ、これ」

 

半ば解けかけだったアイスだが、下に落ちて10秒もしないうちに液体に変わったそれを見て俺は確信する。

そういえばさっき店内の電光掲示板で見た外の気温は、確か33度だっただろうか。

午後からは38度くらいまで上がると朝の天気予報で言っていたのを思い出し、ここからまだ暑くなるのかとウンザリする。

 

「こう暑いと、なんもやる気が起きないよ! だから海! 近くの海に行って、めいいっぱい泳ごう!」

 

「近くねぇ。ここらだと讃州サンビーチあたりか?」

 

讃州サンビーチ、それは四国でも指折りの海水浴場で有名な場所だ。

広い砂浜に綺麗な海、夏のこの時期だと海の家も建っていて、そこそこな味に割高な値段の定番なメニューを楽しむことが出来る。

正直自分で作っていった方が安上がりだが、そういう場所特有の味わい深さというものがあるから嫌いになれない所がある。

 

「いいねサンビーチ! この前合宿で行ってきたけど、綺麗なところだったよ!」

 

「合宿? 銀ちゃんって、なんか部活でも入ってたっけ?」

 

「え? あー、えっと、部活には入ってないけど……まぁ、合宿っていうか友達と泊りがけで行ったみたいな? そんな感じ?」

 

「いや、そんな感じ? って俺に聞かれてもなぁ……」

 

さっきまでの饒舌は何処へ行ったのやら、目を泳がせてごまかしを入れてくる。

銀ちゃんは時々こんなふうに言いよどむことがある。

何か言えない理由でもあるのか、言い辛い内容なのか。

まぁ、なんにしろ、銀ちゃんが言いたくないのならば聞くつもりはないけれど。

 

「とにかく! いざ、讃州サンビーチ! さあ行こう! すぐ行こう! 海があたしたちを待ってるよ!」

 

「ちょ、こらっ、急に引っ張るなって! 俺のアイスまで落ちちまうだろ!?」

 

わざとなのか、アイスを持っている方の腕をグイグイと引っ張る銀ちゃん。

こんな暑い中でせっかく買ったアイスを落としてなるものかと、一気に頬張り残ったコーンを口の中に放り込んで咀嚼する。

……一瞬、銀ちゃんが「チッ」と小さく舌打ちしたのは、聞かなかったことにしておこう。

 

「というか、別に今日じゃなくてもいいんじゃね? また今度にしないか?」

 

近いとは言ったが、それでも電車に乗ったりバスに乗ったり歩いたりと、行くまでにそこそこ時間はかかる。

それに世間的には夏休みも、大体折り返し地点に突入したくらいの時期である。

まだまだ海に遊びに行く人も多い時期だろうことを考えると、満員電車、満員のバス、暑い中での徒歩、そして極めつけは芋洗い状態の浜辺が次々と脳裏をよぎる。

もはや疲れるためだけに行くようにしか思えない。

 

「大丈夫だって! それに、そう言って何もしないでいたら夏休みなんてあっという間に終わっちゃうよ? 作ろうぜ、一夏の思い出!」

 

「一夏の思い出ねぇ……ちなみに、宿題の方は大丈夫なわけ?」

 

夏休みなんてあっという間、それは銀ちゃんにこそ言いたい言葉である。

以前、一日中勉強に付き合った日のことを俺は忘れてはいない。

ジト目で見る俺に、しかし銀ちゃんは自信満々に答える。

 

「ふっ、モチのロンってやつよ。あれから時間がある時には、少しずつやるようにしてるからね!」

 

「また古い言い回しを。まぁ、銀ちゃんが大丈夫っていうならそれでいいけど」

 

ここまで自信満々なのだから、とりあえず嘘ではないのだろう。

そもそも銀ちゃんは嘘がそこまで上手いわけではなく、それはさっきの誤魔化しを見るだけでも十分にわかるというもの。

 

「よっしゃ! それじゃ、一端解散して、1時間後に駅前集合ね!」

 

「あ、結局行くのな……はぁ。はいはい、1時間後な」

 

結局、俺はしぶしぶ頷いた。

こうしてやる気になった銀ちゃんは勢いがすごく、俺では止めるのに一苦労なのだ。

 

「というか、2人だけで行くのか?」

 

「え、ダメかな?」

 

「いや、別にダメってわけじゃないけど。銀ちゃんは二人だけだとつまらなくないか? なんだったら友達とか誘ってみたらどうだ?」

 

「んー、と言ってもなぁ。あたしは別に兄ちゃんと一緒なら、ボーっとしてるだけでもつまらなくはないし。暑いのは勘弁だけどね」

 

「お、おう、そうか?」

 

それはまるで付き合いたての彼女が言うような言葉にも聞こえて、何だか少し照れてしまう。

……まぁ、それを言うのが小学生の銀ちゃんなわけだけど。

 

(せめて同じ大学生くらいの可愛い子に言われたかったなぁ、それ)

 

「須美と園子は今日、用事があるって言ってたからなぁ……というか、須美が来たら兄ちゃんがまた変な目で見そうだし?」

 

さっきの俺と同じようにジトーッとこちらを見てくる。

最初に会った時から何度も訂正しているのだが、喫茶店の店長同様まったく信じてくれる気がない。

そもそも鷲尾ちゃんと会ったのなんて、初めて喫茶店に行った時くらいだというのに。

近頃はこの話になると、妙に銀ちゃんがつんけんするからやり辛い。

 

「だ〜か〜ら〜、んな目で見てねぇっつってんだろ?」

 

「どーだか。海に行って他の女の人の胸ばかり見てたら、銀さんの必殺跳び膝蹴りが炸裂するからね?」

 

そう言いつつこちらに見せつけるように、ローキックの振りをする。

跳び膝蹴りはどこいったと突っ込もうと思ったが、ビュンッと風を切る鋭い音が聞こえ、当たったら実際痛いだろうなと顔をしかめる。

 

「と、とにかく。さっさと家に帰って用意して来いよ、早くしないと時間がどんどん過ぎていくぞ?」

 

「むぅ……まぁ、そうだね。それじゃ、ちょっと行ってくるよ」

 

そう言ってまだ少し不満そうにしつつも、銀ちゃんは早足で去って行った。

 

「……さて、水着なんて久しぶりだな。どこにしまったっけ」

 

 

 

 

 

そんなこんなで、やって来た大橋駅前。

去年買って一度だけ使ったっきり仕舞いっぱなしだった海パンを押し入れから探しだし、なんとか約束の1時間丁度に駅に着くことが出来た。

そして銀ちゃんはというと。

 

「……なんで、もういるの?」

 

汗をかいたからか新しい上着に着替え、気が早くもビーチサンダルを履き、少し大きめの水着袋をもって、やってきた俺にこっちこっちと手を振っていた。

そんな銀ちゃんに、俺は結構本気で怪訝な表情を向ける。

 

「なんでってなにさ! あたしだって、ちゃんと時間通りに来ることくらいあるやい!」

 

「……今日、何分遅刻したっけ?」

 

「マジスンマセンっした!」

 

さっき集まった時は確か30分ほどだったろうか。

そのことを暗に告げると、銀ちゃんは素直に頭を下げて謝ってくる。

それは綺麗な90度角だった。

 

「……はぁ。今度から遅刻したら罰ゲームでもするか?」

 

「え、罰ゲーム? ……えと、ちなみにどんな感じでしょう?」

 

「そうだなぁ、遅刻10分ごとにデコピンかしっぺ1回ってのはどうだ?」

 

「……10分」

 

罰ゲームの内容を聞いて思案気な表情を浮かべる。

 

「そうそう。10分だったら1回、20分だったら2回って増えていく感じな。これは俺も適用するから、俺が遅刻したら同じようにやっていいぞ」

 

正直、まず俺が銀ちゃんよりも後に来ることなど想像できないが……まぁ、だからさっきは結構驚いたわけだけど。

きっとあれは、一生分の奇跡が起きた出来事に違いない。

割とひどいことを考えている自覚はあるが、銀ちゃんだから仕方ないだろう。

 

「……あの、ちなみに10分以内だったら?」

 

「1回」

 

「20分以内だったら?」

 

「んー、そうだなぁ。5分超えたら繰り上げ方式で行くか? 5分以内だったら前の回数ってことで」

 

「そ、それなら、最初の5分以内も0でいいのでは?」

 

「 ダ メ 」

 

恐る恐る聞いてくる銀ちゃんに、俺は満面の笑みを浮かべて即答する。

反面、予想はしていたのだろうけど譲歩を引き出せなかった銀ちゃんは、乾いた笑みを浮かべていた。

 

「ダメっすかぁ〜」

 

「うん、ダメ。最初の10分間は総じて1回な。だって遅刻は遅刻だし、罰ゲームは受けてもらう。今みたいにお互い遅刻しなかったら、両方罰ゲームは無しでいいから」

 

「うぅ、了解っす」

 

とほほと言ったように肩を落とす。

以前のヘッドロックからのぐりぐりを思い出しているのだろうか、銀ちゃんは頭に手を当てている。

……いや、別に本気でやるわけではないのだけど。

 

「よし、それじゃいくか。電車の時間はいつだっけ?」

 

「もうすぐだよ。さっき少し早く来たから見てきたんだ」

 

「……そっか、それは偉いな」

 

銀ちゃんが少し早めに集合場所に来た。

これはきわめて普通のことのはずなのに、改めてそのことに感動してしまう俺がいた。

俺にできることは数少ないが、せめてものご褒美に銀ちゃんの頭を撫でてあげよう。

 

「……いやぁ、普段から遅刻ばかりするからあれだけど。このくらいで感動されても、ちょっとどう反応すればいいかわからないのですが、兄ちゃん?」

 

「笑えばいいと思うよ」

 

「う、うん? ……うん」

 

俺の返しによくわからないといった感じで、銀ちゃんは引きつったような笑みを浮かべつつナデナデを受け入れる。

 

「……って、そんなことしてる場合じゃないって! もうすぐだって言ったでしょ!? これ逃したら、次来るのはしばらく後なんだからね!」

 

時間を思いだした銀ちゃんがハッと我に返ると、撫でていた俺の手をつかんで引っ張っていく。

今から行ったら帰るころには夕方になりそうだなぁと思っていた俺としては、電車に乗り遅れて今回はお流れになっても別にいいかと内心考えていたのだが……。

 

「兄ちゃん! 急いでってば!」

 

「はいはい、わかったわかった」

 

この分だと、時間がずれても行くと言いだしそうだ。

あまり遅くなり過ぎるのもあれだし、俺は銀ちゃんに引かれるままに少し早足でついて行った。

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで! やってきました讃州サンビーチ! 来たよ来たよ、来ちゃったよ兄ちゃん! 夏の海、白い砂浜、そして漂ってくる香ばしい食べ物の香り! くぅ〜っ、どれもこれも“THE・青春!”って感じで胸が弾むね!」

 

「……テンションたっけーなぁ。てか、やっぱり多いな、人」

 

電車に揺られて讃州市に入り、そこからバスと徒歩でやってきた讃州サンビーチ。

暑さのせいかはたまた海に来れたからか、銀ちゃんのテンションは普段より高めだ。

 

浜辺を見ると、どこを見ても人だらけ。

浜辺で追いかけっこなどというベタなことをするカップルのような人もいれば、ビーチパラソルの下にビーチチェアを置いて寝そべっている女性もいて、砂浜で砂山を作って遊んでいる子供もいれば、目隠しをしてスイカ割りに興じる学生のようなグループもいる。

想像していたほど人の山でごった返してはいないが、開放的という気分を味わうには少し人が多いかという微妙な多さであった。

 

「えっと、とにもかくにもまずは着替えだな。着替えできる場所はっと……」

 

「へへっ、もう我慢できないぜ!」

 

「は? って、ちょっと、銀ちゃん!?」

 

着替えする場所を探していると、銀ちゃんがいきなり服を脱ぎだして焦る。

しかし俺の焦りなど知ったことかと言わんばかりに、銀ちゃんは上着を勢いよく脱ぎ捨てた。

 

「じゃじゃーん! 実は中に水着を着て来たのでしたー!」

 

止めようと手を伸ばしていた俺はその状態のまま止まり、銀ちゃんの準備の良さに頬を引きつらせる。

 

「……じゅ、準備いいんだな」

 

「少しでも早く、海に入りたかったからね!」

 

そう言いつつ今度は短パンも脱ぎ、履いていたビーチサンダルもヒョイヒョイと放る。

上下水着になった銀ちゃんは、子供にしては少し大胆なビキニタイプの水着だった。

買う時に恥じらいが勝ったのか、下の方は短めのスカートタイプになっているが、銀ちゃんにしては中々に思い切った水着を選んだものだと思う。

 

とはいえ、本来ビキニというと大胆な大人の色気を感じさせるが、全体的にふりふりのフリルが施されている銀ちゃんの水着は、大人の色気というよりは子供らしい可愛らしさの方が引き立って見えた。

オレンジ色を基調としていることで、夏らしい元気で健康的なイメージが湧いてくるところとか、正しく銀ちゃんに似合っていると思う。

 

「よっし、準備完了! それでは兄ちゃん軍曹! 不肖この三ノ輪銀、いざ突貫してまいります!」

 

「待て、銀ちゃん二等兵」

 

ビシッと敬礼を決め、颯爽と駆け出して行こうとする銀ちゃんの頭をわしづかみして止める。

 

「放して兄ちゃん! 海が、海があたしを呼んでるんだ!」

 

「大丈夫だ、海さんは広い心の持ち主だから。少しくらい待たせても許してくれるさ」

 

「……兄ちゃんと違って? って、いたたたたた!!!?」

 

グッと掴んでる手の力を強めてやった。

 

「やかましい。というか、海に入る前にやることあるだろ?」

 

「や、やること? それって準備運動?」

 

「それもあるけど、まずはこれだろ」

 

銀ちゃんの頭を脱ぎ捨てられた衣服、置きっぱなしになった荷物の方へと向ける。

 

「あっちにコインロッカー付きの更衣室があるみたいだから、まずは荷物を閉まってくるのが先だ」

 

「えー、後でいいんじゃない? 今は少しでも早く海に入りたいんだけど?」

 

「だめだっつうの、学校のプールとかじゃないんだから。ちゃんと管理しとかないと、無くしたり誰かに盗られても知らないぞ?」

 

人の多い浜辺で荷物を放っておくなど、盗ってくれと言っているようなものだ。

浜辺に荷物を置いていくなら、誰かを見張りに立てなければ安心して遊べやしない。

俺だってせっかく来たわけだから海に入りたいし、こんな暑い中でずっと荷物の見張りなんて遠慮したいところだ。

 

「んー、確かにそれはヤダなぁ」

 

そういう銀ちゃんの視線が向けられたのは、脱ぎ捨てられた衣服や貴重品が入ってるだろう水着入れではなく、脱ぎ捨てた時に一緒に外した本の形をしたペンダントだった。

……まぁ、視線の先なんて中々読めないから予想でしかないけど。

だけど、もしそれが当たっていたらなんだか少しうれしい。

 

「だろ? 俺も着替えてくるし、その間に銀ちゃんも荷物を閉まって来いよ」

 

「そだね。じゃあ、行ってくるよ!」

 

聞き分けがよくて大変よろしい。

 

「……えっと、だからさ……頭、放してくれない?」

 

「……悪い」

 

少し涙目の銀ちゃんの頭を放して、軽く謝る。

開放してやるのをすっかり忘れていた。

 

「悪いと思ってるなら、今日はいっぱい銀さんを楽しませることを要求する!」

 

そう言いビシッと指を突き付けてくる。

目をキリッとしているが、涙目なのがまた可愛いくて少し吹き出してしまう。

 

「ははは、わかったよ。今日はいつも以上に、銀ちゃんを楽しませてやろう!」

 

「うむ、よろしい。期待してるからね、兄ちゃん!」

 

「おうよ!」

 

この後、俺達はめちゃくちゃ海を満喫した。

 

 

 

 

 

「……つ、疲れた」

 

「そうだね〜」

 

ぐったりとしながら呟く俺に、隣を歩く銀ちゃんはどこか満足気に返してきた。

空を見れば少し前まで透き通るように青かった空は、いつの間にか綺麗な茜色に変わっている。

帰りは夕方近くなると思っていたら、本当に夕方になってしまった。

2人だけで海に行ったにしては、結構長く遊んでいたものだ。

 

海を満喫した俺達は大橋駅に戻った後、家への帰り道を歩いているところだ。

俺と銀ちゃんの家は別方向ではあるが、途中までは同じ道を行くことになる。

だから銀ちゃんと遊んだ日は、特に用事もなければこうして一緒に帰るのが俺達にとっての当たり前になっていた。

 

「でも、楽しかったでしょ?」

 

「ん〜、まぁ、そうだな」

 

海で泳いで、銀ちゃんが持ってきたビーチボールで二人だけのビーチバレーをして、海の家で焼きそばとかき氷食べて、少し休憩した後に最後にまた泳ぐ。

体はクタクタだったが、銀ちゃんの言うように楽しかったことに違いない。

最初は来るのを渋っていたが、今思えば来て正解だった。

 

「……それにしても」

 

「ん?」

 

「なんか夏休みも、あっという間に半分過ぎちゃったからさぁ。ほんと、楽しい時間が過ぎるのはあっという間だなぁって」

 

「確かになぁ」

 

「まだまだやりたいことだって、一杯あるっていうのに。この分だと、全部やりきる前に夏休み終わっちゃいそうだよ」

 

両手を頭の後ろで組んで、銀ちゃんは溜息を洩らす。

小学生の夏休みも長いことには変わらないけど、多分あと半月もないくらいだろう。

 

「まぁ、俺はまだ1ヶ月以上あるけどな!」

 

「くっそぅ、そのドヤ顔が腹立つな〜!」

 

元々、銀ちゃん達よりも1週間くらい遅く始まった俺達大学生の夏休み。

ただでさえ大学生の夏休みは長いのだ。

銀ちゃん達より後に始まれば、終わるのもまた銀ちゃん達よりもずっと後になってくるのは当然だろう。

「ドヤァ〜」と、ワザと口に出して言うと、銀ちゃんは頬を膨らませて憎たらしそうに睨んでくる。

その様子に若干の優越感に浸りながら、その膨らんだ頬を人差し指でぐりぐり押し付ける。

 

「うりうり〜……あ、そうだ。銀ちゃんさ、来週の土曜日って暇?」

 

「むぅ……ん? 来週の土曜日?」

 

「そうそう。実はさ、来週の土曜日に俺が入ってるサークルで試合があるんだけど。もし暇だったら銀ちゃんも見に来てみないか?」

 

「サークル? えっと、確か部活動みたいなものだったよね。へぇ、試合かぁ。そう言えば、兄ちゃんってなんのサークルに入ってるの?」

 

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

「うーん、聞いてなかったと思うけど……」

 

記憶をたどっているのか、目をつむって唸りだす銀ちゃん。

そう言えば、俺も言った覚えはなかった気がする。

態々サークルの話題を出すこともなかったし、それも仕方ないかもしれない。

 

「そっか。俺はな、サバゲーのサークルに入ってるんだ」

 

「サバゲー?」

 

何それ? というように首を傾げる。

流石に小学生には馴染みのないものだったか。

 

「サバイバルゲームの略でサバゲーな。簡単に言えば敵味方に分かれてエアガンを撃ち合って戦う、リアルのガンシューティングゲームって感じかな。銀ちゃんって、そういうの好きだろ?」

 

サバゲーの見学とか、女の子に対して誘うことではない気がしなくもないけど。

だけど参加者の中には女性も少なくないし、銀ちゃん自身もゲーセンに行った時に結構そういうゲームは好きそうだから誘ってみたのだが、果たしてどういう反応が返ってくるか。

銀ちゃんの方を伺ってみると、どうやら興味を持ってくれたらしく目を輝かせていた。

 

「へぇ! なんだか面白そう!」

 

「だろ? 流石に小学生をゲームに参加させるわけにはいかないけど、いろんなエアガンの試し打ちとかできるし、会場の空気を味わうだけでも結構楽しいからな。もし何か用がなければ来てみるか?」

 

「行く! そんな面白そうなの、行かないわけないよ! ……って、来週の土曜日? ……あっちゃあ〜。ごめん、兄ちゃん。その日は学校の行事で、遠足があるんだった」

 

行く気満々という様子だったのが一変、しまったと頭を掻きながら表情を歪める。

 

「遠足?」

 

「うん。夏の遠足で、運動公園に行く予定なんだ。本当は夏休み前に行くはずだったんだけど、色々ごたごたがあって時期がずれちゃったんだって」

 

「そっか、それじゃ仕方ないな」

 

学校側の都合というやつなのだろう。

それにしても夏休み中に学校行事で遠足とは、今日みたいに人が多くて大変そうだ。

 

「うん。折角誘ってくれたのにごめんな、兄ちゃん。サバゲー、興味あったのになぁ。ほんと、なんでこんなタイミング合っちゃうんだろうね」

 

「うーん……神樹様のお導き?」

 

「そんな有り難くないお導きはいらないよ〜!」

 

銀ちゃんが唇を尖らせて不満を口にする。

それには完全に同意しよう。

 

「まぁ、また次の機会に誘うさ」

 

「絶対だからね!」

 

「あぁ、わかったって」

 

そう念を押して言ってくる。

ここまで楽しみにしてくれたら、誘った俺としても嬉しくなってくる。

次にサバゲーの試合があるのは来月の末。

その時には銀ちゃんの方の用事とかぶらないことを祈るとしよう。

 

「……あ、そうだ。兄ちゃん、これ持って行ってよ」

 

「ん?」

 

銀ちゃんは首にかけているペンダントを外して俺に渡してきた。

 

「お守り代わりってやつだね。あたしが行けない代わりに、これをあたしだと思って試合頑張ってくれよ!」

 

「……お守りねぇ」

 

手渡されたペンダントを夕日にかざしながら見ると全体的に色合いが濃く見えたり、銀色の装飾が光を反射して輝いて見えて中々渋い雰囲気を感じなくもない。

……まぁ、それでも花柄が少し可愛い感じのペンダントに変わりなく、俺が持つのは似合わないんじゃないかと思ってしまうのだけど。

 

「ちなみに! 絶対に中は見ないでよね!」

 

「中?」

 

中とはいったいどういうことだろうか、俺は疑問に思い首を傾ける。

 

「……あ、もしかしてこれ、ロケット?」

 

ロケット、それはペンダントの中に写真や小物を入れておくことが出来るものだ。

ペンダントなのに中という言葉を考えて、その存在に思い至った。

軽く振ってみても特に何の音も聞こえないから、多分写真でも入れているのだろうと予想する。

 

「え、もしかして知らなかったの?」

 

「そりゃ知らないさ。このペンダント取った時、すぐプレゼントしただろ?」

 

「……あぁ、そういえば」

 

ゲーセンのクレーンゲームでこれを取った時、俺は特に確認もせずにすぐに銀ちゃんにプレゼントした。

目的の景品ではなかったけど、それでもこのペンダントは銀ちゃんにきっと似合うだろうなと思ったのだ。

今思えば勉強が苦手な銀ちゃんに本というのはあまりマッチしていない気がしなくもないけど、見た目的にはちゃんと似合っているのだから問題ないだろう。

その時のことを銀ちゃんも思い出したようだ。

 

「にしてもそっかぁ、これロケットだったのか。普通のペンダントかと思ってたけど、そう考えたらあれだけ金を掛けた価値はあったかな?」

 

「うーん、それはどうかなぁ。結局はクレーンゲームの景品だし、値段自体はそんなでも……って、だから見ちゃダメだって!」

 

「チッ」

 

自然な話の流れで自然とロケットを開こうとしたら、慌てた銀ちゃんにすぐに止められてしまった。

 

「ほんと絶対見ないでよ! 約束だからね!?」

 

「わかったわかった……ったく、なんでそんなに見せたくないかねぇ。何か恥ずかしいもんでも入れてんじゃないのか?」

 

「はずかっ!? そ、そんなの入れるわけないだろ!? に、兄ちゃんのスケベ!」

 

一体何を想像したのだろうか。

夕焼けの下でもわかりやすいほど顔を赤らめる銀ちゃんは、ポカポカと俺の腹を叩いてくる。

……訂正、ポカポカなんて軽い表現ではない力で叩いてくる。

 

「ぎ、銀ちゃん、痛い! 結構痛いから止めてくれ!」

 

「もう、バカバカッ! このエロバカ兄ちゃん! 絶対見たら許さないから! 破ったら兄妹の縁切ってやるから!」

 

「お、おう、わかった、わかったからとりあえず落ち着こう?」

 

兄妹じゃなくて義兄妹の関係なのだけど、しかも俺達だけの認識で。

結構な剣幕で言い寄られたから思わず頷いてしまったけど、そこまで恥ずかしがる中身というのはそれはそれで気になってしまう。

……まぁ、銀ちゃんとの縁は切られたくないから見ないけど。

 

銀ちゃんはひとしきり叩いて満足したのか、一先ず叩くのは止めてくれた。

一応手加減はしてくれたのだろうけど、叩かれたところが地味に痛い。

気心が知れた相手とはいえ、やっぱり女の子相手にセクハラ染みたことはもう言わないようにしようと心に決めた。

 

「はぁ、はぁ……よし! それじゃあ、この話はこれで終了! それでだけど、その次の日の日曜日は兄ちゃん空いてる?」

 

「あ、あぁ、大丈夫だぞ。試合は土曜日だけで終わるし」

 

「だったら、その時にお互いの報告をし合おうよ。ペンダントはその時に返してくれればいいから」

 

「オッケーだ。大丈夫だと思うけど、はしゃぎ過ぎて怪我とかするんじゃないぞ?」

 

「大丈夫、心配ないって。なんたってこの三ノ輪銀様は運動神経抜群だからね、ちょっとやそっとのことじゃ怪我なんかしないから!」

 

ヘヘンと胸を張る銀ちゃん。

それは知ってるけど、少し前に転んで擦り傷作ってたことを考えると少し不安だ。

銀ちゃんはなんだかんだで調子に乗りやすい所もあるし、本当にちょっとやそっとのことでも怪我しそうで心配になる。

 

「それよりも、兄ちゃんも怪我とかしないで頑張って来てよね? ちなみにあたし、兄ちゃんの勝利報告以外は聞く耳は持ちません!」

 

そう言って耳をふさぐ様は以前書物で見た、“見ざる聞かざる言わざる”の聞かざるのポーズを思いだし、結構似てるかもと笑えてくる。

こんなこと口にしたらまた痛い思いしそうだし、当たり前ながら口には出さないけれど。

 

「これは中々に責任重大だな。それじゃ、いい報告できるようにしっかり頑張ってくるよ」

 

「うん、期待してるからね!」

 

そんなやり取りをしながらしばらく歩いていると、分かれ道に差し掛かる。

ここが俺と銀ちゃんがいつも別かれる場所だ。

 

「それじゃ、今度会うのは来週の日曜日だね」

 

「いつも通り、イネスの前に集合でいいんだよな?」

 

「もっちろん! 店の中でアイス食べながら話そう!」

 

「あぁ、そうだな」

 

注文するのは当然、しょうゆ豆ジェラートなのだろうな。

本当に何度食べても飽きないものだ。

 

「それじゃあ、またな」

 

「うん、またね」

 

俺達は互いに手を振り、それぞれの帰り道を歩き出した。

 

 

 

 

 

「……はぁ、今日は楽しかったなぁ」

 

一人になったからか、今日の出来事が頭の中に思い浮かんでくる。

ちょっとした些細な事すらも楽しくて、時間が過ぎるのがあっという間だった。

そんなことを考えていると、なんだか無性に名残惜しくなってくる。

さっき別れたばかりだというのに、もう銀ちゃんに会いたくなってきてしまった。

それだけ今日が楽しかったということなのだろう。

 

「次は何をして遊ぼうかな」

 

 

 

 

 

 

(あとがき)

これで4話目終了です。

サバゲーは大学時代にサークルで「こんなのもあるんだ」と入学当時驚いたものです。

TRPG同好会とかもありましたね、あれはあれでなかなか楽しそうでした。

まぁ、当時は特に興味もなかったんでどちらにも入らず、高校の時から続けている柔道に入ったんですけどね。

最近になって色んな動画を見て、なんか楽しそうだなぁと思ったので冴えない大学生さんに入ってもらいました。

少しコミュ症気味な私は、仲間内で集まって全力で楽しむって中々なかったので、そういう事が容易にできる人たちのことは本気で尊敬します。

さて、残りは2話ほど。

その他に番外編も1話くらい入れてみようかなと思っていたり。

そちらは今執筆中なのでまだ時間はかかりますが、時間に余裕がある方はどうか一読してやってください。

 

説明
4話目です。
見直しを入れれば入れるほど、各所に訂正を入れたくなってしまう自分の文章に頭を抱えてる毎日です。。
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