結城友奈は勇者である〜冴えない大学生の話〜 最終話
[全2ページ]
-1ページ-

最終話〜懐かしい人〜

 

 

 

「うぅ、さっみぃ」

 

ビュゥッと冷たい風が吹き付けてくる。

周りの気温も低いため、コート越しとはいえ一層寒く感じる。

 

「明日には雪でも降るんじゃないか?」

 

時期的に、いつ降ってもおかしくはないしなと思いながら、寒さに少し体を震わせる

時間は5時半を少し過ぎたところ。

11月も終盤になってますます日の暮れが早くなり、周りは大分暗くなっていた。

現在俺は仕事帰りにどこかで一杯ひっかけてこうかと、近くの商店街に向かっているところだ。

 

駅前の商店街に来ると、クリスマスに向けて飾りをつけている店がチラホラ見える。

クリスマスはまだ先なのに、少し気が早いようにも感じてしまう。

それだけ商売っ気が旺盛なのか、そういう季節のイベント事を心待ちにして準備しているのか。

まぁ、クリスマスも普通に仕事で、プレゼントを渡す相手がいるわけでもない俺にはあまり関係のないイベントだけど。

 

「……銀ちゃん、今年ももうすぐ終わっちまうよ」

 

ふと、一人の女の子の顔を思い出した。

それはかつて、一緒に楽しい夏を過ごした年下の女の子の顔だ。

とはいっても10日もない本当に短い付き合いでしかなかったが、それでも本当の兄妹のように仲が良かったと自信を持って言える。

銀ちゃんがいたら、きっと今頃は何をプレゼントしようかと頭を悩ませていたことだろう。

 

「……2年か。結構あっという間に過ぎるもんだよなぁ」

 

2年。

そう、銀ちゃんがこの世を去ってから、もう2年の月日が経っていた。

あれから俺は何事もなく大学を卒業し、今は大橋市の隣にある讃州市のとある会社で働いている。

社会人になり最初は色々戸惑うことが多かったが、流石に2年もすればある程度慣れたものである。

残業もあるが基本的には定時に帰れるし、休日の出勤もそう多くはない。

忙しいには忙しいが、結構気楽にやれているところもあり、なかなか悪くない職場だと思う。

仕事に関しては今の所、特に文句も悩みもなく行えているだろう。

 

……悩みがあると言えば、俺の交友関係についてだな。

以前から付き合いのあった三好や安芸先輩についてだけど、2人とは大学を卒業してから疎遠になってしまった。

別に喧嘩をしたり仲が悪くなったというわけではなく、仕事上、仕方のないことである。

 

三好が大赦の人間だと知った後に聞いたことだが、大学を卒業したら大赦の幹部になることが決まっていたらしい。

元々能力のあった三好のことは大赦も評価していて、大学に入らずにそのまま大赦の仕事をしないかという話しもあったそうだ。

それをもう少し学生としての時間を大切にしたいからと、待ってもらっていたのだという。

大赦側としては面白くないことかもしれないが、そのおかげで三好と知り合えたのだから俺はよくやったと褒めてやった。

大赦の幹部になるというと、仕事量もそうだがそれこそ秘匿されるべき情報も今までより多く抱えることになる。

必然的に関係者以外との交流も制限され、それこそ家族でさえおいそれと連絡を取ることが出来なくなってしまうそうだ。

家族でさえ連絡が中々取れないのに、血の繋がりもなく友人でしかない俺ならなおの事だろう。

高い地位を約束されているというと少し羨ましくも感じたが、中々不便も強いられることを思えばそう良いものでもないのかもしれない。

 

次に安芸先輩はというと、正直分からない所が多い。

銀ちゃんが亡くなった後から、少しずつ交流が減ってきていたから中々情報が入ってこないのだ。

気になって三好に聞くが「仕事が忙しいんだろう」と、そのことにはまったく取り合わなかった。

そっけない態度をしていたが、その表情は少し険しさも見えていて、知ってはいるがあまりいい話ではないのだろうと思えた。

 

目に見えて二人との交流が激減したのは、まだ在学中の事だ。

切っ掛けとして思いつくとすれば、それはあれしかない。

2年前の10月11日に起きた、あの大きな災害。

それまでも地震なり大雨なりは起きていたけど、その時の災害はそれまでの比ではなかった。

大きな地震に始まり、山火事が起きたり、地面が陥没したり、それにより交通事故がいくつも起きたり。

全体的に負傷者は多かったものの、死者は少なかったことが不幸中の幸いだっただろう。

ニュースではその時の事をかつてない未曽有の大災害だと取り上げていた。

 

ニュースを見ていて俺が驚いたのは、あの瀬戸大橋跡地が修復が難しいレベルまで壊れてしまったということ。

あれは壁ができる前まで、四国が本州とつながっていた名残だ。

今でこそ通行はできないが、昔はそれを通じて沢山の人が行き来していた。

そんな情景を大橋を通じて、四国の人々は想いを馳せるのだ。

それが壊れてしまったことには、俺だけでなく四国の人々にも少なくないショックを与えていた。

 

……とまぁ、そんなことはさておきである。

その災害が起こった直後からだ、安芸先輩の様子が変わったのは。

何も知らなければ災害のせいで動揺しているくらいにしか思わなかったかもしれないが、安芸先輩が勇者の指導をしていたことを知っている身としては色々と嫌な予想もしてしまう。

安芸先輩があの子達のことを大分可愛がっていたのは知っていた。

それだけに銀ちゃんが亡くなった時は、大赦のこと関係なしにかなり落ち込んでいた。

その事もあり、もしかしたら今回も皆に何かあったのではないかと思ったのだ。

 

俺に何か出来ることがあればいいのだが、安芸先輩も三好も何も言わないということは俺に出来ることはないということだろう。

元々大赦に関わりのない、ただの一般人故に仕方のないことだけど、何もできないというのはなんとも歯がゆいものだった。

 

それから安芸先輩と会ったのは、俺と三好の卒業式の後にした飲み会の時。

その日、久しぶりに3人そろって飲み会を開くことが出来た。

……それが俺達3人が揃ってした、最後の飲み会だった。

 

安芸先輩とはメールのやり取りをすることもあるが、それもたまにでしかない。

声も、もう1年以上聞いてなく、三好に至っては2年になる。

なんだかどんどん俺達の距離が開いていくように思えてしまう。

このままもう会う事も無くなり、関係が途切れてしまうのではないだろうか。

昔の友人ともそんなふうにして少しずつ関係が途切れていった経験があるため、ここ最近、俺はそんな不安をよく感じていた。

三好と安芸先輩との関係、できれば途切れてほしくはないのだけど……。

 

「……あれ?」

 

商店街を散策していると、一人の女の子が目にとまった。

どことなくボーっとしていて、ほんわかとした柔らかい空気を纏っている可愛い女の子だ。

この近くにある讃州中学の制服を着ている。時間的に部活帰りだろうか。

その子は店に飾り付けられているクリスマスの飾りに、顔を綻ばせて眺めていた。

その横顔を見て、どことなく見覚えがある気がした。

 

しかし俺には中学生の知り合いなんていない。

流石に話したことのある相手なら多少は覚えているだろうが、彼女のことは見覚えがある程度。

多分どこかですれ違ったか、彼女が何かをしているのが目に付いたとかそんなところだろう。

 

(いつ見たんだっけ。最近か? うーん、多分違うと思うんだけど……)

 

少なくともここ最近の記憶で、彼女を見た覚えはない。

とすると昔、どこかで見たことがあるということになるのだろうが、昔ということは彼女も更に小さかった頃ということになる。

……というか、仮にどこかで見覚えがあったとしても、そこまで気にするようなことではないはずなのだが。

 

(なーんか、気になるんだよなぁ)

 

小さい子が気になるなど、まるでロリコンみたいではないかと失笑しながら記憶を思い返す。

もちろん俺はロリコンではないけど、普通に大人の女性が好きだけど。

 

(……あれ? “俺はロリコンじゃない”?)

 

それは決して名誉な単語ではなく、むしろ圧倒的に不名誉な単語でしかないのだけど。

それでもその単語に、どこか既視感を覚える俺がいた。

 

(……あぁ、そういえば俺もその事について悩んでた時期があったな)

 

記憶の隅から思い起こしたのは、懐かしい思い出の欠片。

正直そのことに関しては別に忘れていても良かったかもしれないが、おかげでどこで見たのかも一緒に思い出すことが出来た。

 

(確か銀ちゃんと一緒にあの喫茶店でバイト……じゃなくて、職場体験だっけ? してた友達の一人だったっけ)

 

銀ちゃんが学校でも特に仲のいい友達だと、楽しそうに話していたのを思い出した。

 

(えーと、確か鷲尾ちゃん? は、あの胸の大きい子だっけ)

 

確かあの喫茶店で、俺の注文を取りに来てくれた子がそうだった気がする。

あの時は不覚にも小学生ながらもたわわな果実を持ったその子に、一瞬目を奪われてしまったのを思い出す。

まぁ、もちろん俺はロリコンではないから小さい子に惚れる理由はなく、ただそのたわわな果実に一瞬目を奪われただけだけど。

何度でもいうが、俺はロリコンではないのだ。

 

(てことは、もう一人いた子がそうだよな。えっと、何て名前だっけ?)

 

鷲尾ちゃんのことを思い出したのは、あの出来事が少し印象に残っていたからというのもある。

しかしもう一人の子は、確か言葉も交わしていなかったはずだ……あれ、少しは話したんだっけ? そんな程度だ。

 

(なんだっけかなぁ〜。ほんと、喉のところまでは出てきてるんだけど……)

 

一度気になり出したらそれがはっきりしないと、なんだかモヤモヤしてしまう。

俺はその場で立ち止まって、頭を悩ませる。

 

(確か……の? ……のー……)

 

「……乃木ちゃん、だっけ?」

 

「はい〜?」

 

「……あ」

 

思わず口に出してしまった。

それは本当に小さく呟く程度の大きさでしかなかったのだが、どうやらそれは彼女の耳に届いていたらしい。

彼女は間延びした声でこちらを振り向くと、きょとんとした表情を浮かべる。

どうやら乃木ちゃんで合っていたようだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「あぁ〜! お兄さんがわっしーに一目惚れしたっていう!」

 

「……だから……なんで話す人みんな、そんな勘違いを……」

 

「勘違い、なんですか〜?」

 

「そうだよ、勘違いだよ。だって俺と鷲尾ちゃん、10歳近く年が離れてるんだよ? それに当時は鷲尾ちゃん、小学生だったじゃないか。小学生に一目ぼれする大学生とか、在り得ないだろ」

 

2年過ぎた今でも鷲尾ちゃんは中学生で俺は社会人。

普通にアウトである。

 

「恋愛に歳の差は関係ないって言いますし、全然問題ないですよ〜」

 

「……問題しかないんだよなぁ」

 

あれから少し歩いて、駅前の広場のベンチに腰かけて俺達は話をしていた。

ちなみにどう対応しようか悩んでいた俺に、「お話しませんか?」と乃木ちゃんの方から誘ってきたのだ。

警戒心がないのだろうかと少し心配になるが、不審者扱いされなかったのは僥倖だった。

 

それからなぜ俺が乃木ちゃんのことを知っているのか簡単に話したところ、以前店長や銀ちゃんで見たことのある様な反応をされた。

店長や銀ちゃんに続き、その友達にまでそんな受け取られ方をされていたことに少し肩を落とす。

仮に鷲尾ちゃんにもこんな感じの認識を持たれていたら、そう考えただけでゾッとする。

あの子はものすごく真面目な子で、そういう異常性癖的なものには拒否感を示しそうというのが容易に想像できるからだ。

もし会ったら、絶対変質者を見るような目で見られることだろう。

 

(そんな機会はないだろうけど、なるべく会わないようにしよう)

 

内心、俺はそう決意する。

あれからだいぶ時間も経ったし、流石に今更わざわざ会ってあの頃の謝罪をしようという気はもうなかった。

それに鷲尾ちゃんの方だって一度きりしか会っておらず、少ししか話していない俺の事なんて忘れてるかもしれないし。

忘れてなければただ気まずいだけだし、忘れてるならばわざわざ思い出させることもない。

どうかそのまま記憶の彼方に忘却しておいてくれ。

 

そして話の流れで、俺が銀ちゃんと仲良くしていたことについても話した。

銀ちゃんの名前を出すと、乃木ちゃんは驚いたように目を見開かせる。

 

「ま、まさか……ミノさんに、すでに彼氏がいたなんて〜!」

 

「いや、彼氏じゃないっての。よくて仲のいい兄妹みたいな感じだって」

 

わなわなと振るえて、変な勘違いをする乃木ちゃんに突っ込みをいれる。

 

「で、でも、ミノさんとわっしーの両方なんて、ちょっと欲張りすりじゃないでしょうか? 二人とも確かに魅力的だけど、やっぱり一人に絞るのが男らしいと思います!」

 

「うん、お願いだから俺の話聞いてくれな? いやほんとマジで」

 

こちらの話を聞かない乃木ちゃんに、俺は溜息をついて頭を抱えてしまう。

どうやらこの子は、自分の世界に入りこんでしまう性質らしい。

呆れる俺をよそに、更に妄想を広げて独り言を呟いている乃木ちゃん。

ここは人通りもあるし、そういうのはせめて一人の時にしてほしいものだ。

とにかく話題をずらす。

 

「えっと……そうだ。もうあれから2年も経ってるのに、よく覚えてたね」

 

「えへへ〜、ミノさんかっこいいよ〜、ほんとイケメンだよ〜……はっ! あはは、忘れるはずないですよ〜。だって一緒に働いたことも、ミノさんやわっしーとの大切な思い出ですから。でも、ほんと懐かしいなぁ〜。久しぶりにあの喫茶店にも行ってみたいかも」

 

妄想の世界から戻ったばかりだというのに、しっかりとこちらの話に返答してくるのは素直にすごいと思うけど。

……銀ちゃん、いったい妄想の中でどうなっていたのだろうか。

 

「機会があれば、友達と一緒に行ってみればいいよ。店長さんだって、きっと喜ぶと思うし。もしかしたら、またウェイトレスをやってくれって言われるかもな」

 

「そっか〜。それなら今度は勇者部の皆と一緒に、ウェイトレスをやってみるのも楽しそうだな〜」

 

「勇者部? あぁ、讃州中のか。なんかボランティア的なことやってる部活だっけ。ウチの会社でも、なんか君たちのファンみたいなやつがいてさ、結構話題にしてるよ」

 

「え、そうなんですか? な、なんだか、ちょっと照れちゃうなぁ〜」

 

(……勇者、か)

 

少し頬を染めて照れている乃木ちゃんを見つつ、俺は“勇者”という単語に少し眉を顰めてしまう。

勇者とか、英雄とか、昔は結構憧れるものではあったのだけど。

今ではそれは銀ちゃんが亡くなった時の辛い感情を思い出してしまう、忌々しい単語になっていた。

 

(そう言えば、乃木ちゃん達も神樹様からのお役目を受けて、勇者ってのになってたんだよな)

 

見るからにのんびりしていて、銀ちゃんとは違い活発な動きが苦手そうな印象を受ける乃木ちゃんが勇者……。

三好が言うには肉体的な力が重要ではなく素質がものを言うらしいけど、とても乃木ちゃんが勇者なんていう重大なお役目を受けていたようには見えなかった。

 

(だけど、本当なんだよな。乃木ちゃんも鷲尾ちゃんも、死が隣り合わせなお役目を神樹様から受けて……)

 

そして銀ちゃんはこの世を去ったのだ。

お役目自体がどういう内容かはわからないけど、それでもこの子達は銀ちゃんと一緒に命がけのお役目を頑張ってきたんだろう。

 

(俺より辛いはずだよな、苦楽を共にしてきた大切な友達がいなくなったんだから。短い付き合いの俺なんかよりも、ずっとずっと銀ちゃんを想ってるはずだ。

きっと銀ちゃんだって……)

 

それを考え、俺はバッグの中を漁る。

 

「……乃木ちゃん、君に渡したいものがあるんだ」

 

「私に? なんですか?」

 

「えっと、ちょっと待ってね……あ、あったあった。はい、これ」

 

バッグの中には仕事の書類が詰められていて、探し出すのに少し手間取ってしまったが何とかすぐに見つけることが出来た。

 

「あ、これ……」

 

「見たことあるの?」

 

「はい。前にミノさんが大事そうに身に付けていたのを見たことあります。気になって聞いてみたことはあるんですけど、秘密だよって教えてくれなかったんですよね〜」

 

そう言って、俺から受け取ったもの手にのせて、懐かしそうに目を細める。

それは最後に会ったあの日に、銀ちゃんからお守りとして預かった本の形をしたロケットである。

あれからお守りとして、出掛ける時はいつも持ち歩いているのだ。

 

「でも、なんでお兄さんがこのペンダントを?」

 

「最後に銀ちゃんに会った日にね、お守りとして渡してくれたんだ。

俺が大学の時に入ってたサークルの試合がある日、せっかくだから銀ちゃんにも見学に来ないかって誘ったんだけど。丁度その日は学校の行事で、行くことが出来ないからその代わりにって」

 

「……学校の行事」

 

「あぁ、確か遠足だって言ってたっけ」

 

その次の日に返す予定だったんだけど、そう続けて口を閉じる。

乃木ちゃんを見て、彼女が少し辛そうな表情を浮かべていた。

同じ勇者をしていた乃木ちゃんは、きっと銀ちゃんの最期を直接見たのだろう。

その時の事を思い出しているのかもしれない。

 

「でも、そっか〜。これをミノさんから預かったってことは、お兄さんは本当にミノさんと仲が良かったんですね」

 

「……あ〜、もしかして、やっぱり信じられてなかった感じ?」

 

「8割は信じてましたよ? それが今、このペンダントを見て10割になっただけです」

 

「……それでも8割は信じてたんだ。後で言おうと思ってたけどさ、初対面の男を簡単に信用するのはどうかと思うよ?

俺としては助かったけど、そもそも知らない男と一緒に話をしようとするなんて……。もし相手が悪いことを考えてるような奴だったら、大変なことになってたぞ?」

 

「あはは、心配してくれるのは嬉しいですけど、でも大丈夫ですよ〜。一応、ちゃんと人目がつく場所を選んでここにしましたし。それに、これでも私って結構強いですから〜」

 

「はぁ、そうなんだ」

 

相変わらず柔らかい笑みを浮かべる乃木ちゃんは、グッと握りこぶしを作りながら言うけど、それでもやはり強いようには見えなかった。

多分小学生時代の俺でも、中学生である乃木ちゃんには負けないんじゃないかとすら思える。

 

(……いや、少なくとも勇者なんてやってたんだ。多少の護身術くらいは覚えがあるんだろう)

 

予想でしかないが命がけの荒事なんてのを経験してる子なのだ、本当は俺より強かったとしてもなんら不思議ではない。

そう俺は自分の考えを改めた。

 

「まぁ、取り敢えずだ。きっと、乃木ちゃん達が持っていた方が銀ちゃんも喜ぶと思ってな」

 

「……うーん、そうなのかなぁ?」

 

さて、どうだろうか。

正直なところ、俺にだってそんなことはわからないけど。

 

「あ、ちなみにそれはロケットになってるんだ。多分、中には写真が入ってると思うんだけど」

 

「多分? お兄さんはこの中、見てないんですか?」

 

「中は見ないって約束しちゃったからな。なんでも恥ずかしいものが入ってるらしい」

 

「恥ずかしい?」

 

「……いや、ただの予想なんだけどな。でも、中に何が入ってるのか気になって見ようとして、すっごい必死に止められたことがあってな。あの時の反応、何かしら見られたら恥ずかしいものが入ってる反応と見たね」

 

実際、恥ずかしいものでも入ってるんじゃないかとからかってみたら、滅茶苦茶顔を真っ赤にしていた。

約束がなければ、今頃俺も気になって中を覗いていただろう。

 

「えっと、それって〜、私が見てもいいんでしょうか〜?」

 

「いいんじゃない? 約束をしたのはあくまで俺で、乃木ちゃんがしたわけじゃないんだし」

 

「……う、うーん、いいのかな〜」

 

「いいっていいって。別に約束を破ったわけじゃないんだから、文句を言われる筋合いはありません。実際さ、乃木ちゃんだって本当は中身、気になるんだろ?」

 

「……実は、すっごく気になってました」

 

「やっぱり」

 

乃木ちゃんの目は若干の迷いを含みつつ、ずっとロケットに釘付けになっていた。

それを見たら、仮に乃木ちゃんが気にならないなんて言っても信じなかっただろう。

 

「そ、それじゃぁ、見てもいい、ですか?」

 

「お好きにどうぞ〜」

 

「……ごめんね、ミノさん!」

 

律儀にもそのように一言、謝罪を入れてからロケットを開く。

 

「……」

 

乃木ちゃんは無言で中を見ていた。

そのロケットは見た目通りページが開けるようになっているらしく、乃木ちゃんは1ページ、1ページをゆっくりと開いていく。

 

「……そっか、ミノさん」

 

その大きさからして大体3ページくらいだろうか。

ゆっくり見ていてもすぐ見終わってしまうだろうページ数のはずだが、それでも5分くらい無言で見続けていた。

そして見終わった乃木ちゃんは、どこか納得したような表情を浮かべていた。

 

「お兄さん、お兄さんもどうぞ」

 

「え? いや、俺は約束があるし」

 

「これはですね〜、私がお兄さんに無理やり見せてるだけなので〜。お兄さんが自分で見たわけじゃないから、大丈夫ですよ〜」

 

どっちにしろ見たという事実は変わらない気がするが、乃木ちゃんは気にしていない様子だ。

そういう乃木ちゃんは俺に手渡すのではなく、さっきより近くに座ってきて一緒に見れるような位置にロケットを寄せてくる。

あくまで自分が見せているだけだという、そういう屁理屈は通すつもりらしい。

 

「……まぁ、乃木ちゃんがそういうなら?」

 

そして、俺はその屁理屈に便乗することにした。

乃木ちゃんの手の中にあるロケットに視線を落とす。

そこに映っていたのは、可愛らしい洋服を着た銀ちゃんだった。

 

「うわ、なにこれ? こんな服着てる銀ちゃん、初めて見た」

 

「これは皆でファッションショーした時のですね〜。うーん、ミノさんほんと可愛いよ〜」

 

「銀ちゃんって、自分では可愛いのなんて似合わないとか言ってるけどさ、普通に似合うよな」

 

「うんうん! 元々の素材もいいですし、このちょっと頬を染めてるところとか、自然と上目づかいになってるところとか! もうほんと、可愛さ増し増しですよね! こんな目で見つめられたら、ちょっとドキッとしちゃいますよね!」

 

「あ、あぁ、そうだな……」

 

少し興奮気味に乃木ちゃんが力説してくる。

まぁ、実際銀ちゃん可愛いし、乃木ちゃんの言葉には俺も納得するけど。

多分こういうのを見られるのが恥ずかしいから、銀ちゃんは見せたくなかったのだろうな。

 

次のページには3人の女の子が写っている写真。

真ん中の子、この子は鷲尾ちゃんだな。久しぶりに見たけど、確かにこんな感じの子だったというのを覚えている。

鷲尾ちゃんを真ん中にして、その両側から二人でギュウッと抱き着いているところだ。

突然の事だったのか、鷲尾ちゃんは驚きと照れが合わさって、結構面白い表情をしている。

そして上の空きスペースには、手書きで「ズッ友!」と大きく描かれていた。

 

「これはゲームセンターに行った時に、3人で撮ったやつですね。ふふ、わっしーの吃驚した表情もやっぱりかわいいな〜。実はミノさんと一緒に驚かせようって、事前に相談してたんだ〜」

 

「これってもしかして、イネスのゲーセンのやつ?」

 

「そうですよ、よくわかりましたね」

 

「まぁ、今度3人で撮るとか言ってたし。それに銀ちゃんって、イネスが好きだからな。3人で撮るなら、他のゲーセンよりもイネスだろ」

 

「なるほど〜。でもミノさん、毎日行かないと落ち着かない、なんて言うほどイネスが好きでしたからね〜」

 

「……ほんと、どうしてあんなにイネス好きだったんだか」

 

何やら強い思い入れでもあったのだろうか。

今更ながら、あの時に聞いてみればよかったと少し後悔する。

 

そして最後のページ。

そこに写っていたのは俺にとって見飽きるほど見て、もはや見慣れたものだった。

 

「……これは」

 

「2人とも本当に仲がよかったんですね〜。まるで本当の兄妹みたい」

 

最後のページの写真、それは俺と銀ちゃんが最初にゲーセンに行った時に撮った写真だった。

お互いがお互いの顔を押しのけるように映っていて、見ていて思わず吹き出しそうになるような可笑しな顔になっている。

それでもお互いにすごく楽しそうに笑いながら写っているそれは、俺と銀ちゃんが義兄妹になった時の思い出の写真。

 

「実はこれが一番最初のページなんですよ? ふふ、最初のページに貼るってことは、それだけ大切な写真だってことなのかな〜?」

 

「いや、ただ撮った順番的にそうだったってだけじゃないか? もしくは張る時になって、偶然最初に取ったのがそれだったとか」

 

「そうかもしれませんね。でも、そうじゃないかもしれません。真実はミノさんのみぞ知る……うーん、色々と妄想が広がるな〜!」

 

「止めてあげなさい」

 

「あた〜」

 

軽く頭にチョップを入れて、再び妄想の世界に入り込もうとした乃木ちゃんを現実に引き戻す……というか自然とチョップしてしまった。

年下のほとんど初対面の女の子に突っ込みを入れてしまい、一瞬「あっ」と固まるが、当の乃木ちゃんは気にしてない様子で、頭をさすりながら「てへへ」と可愛らしく笑っていた。

それを見て俺は静かに胸をなでおろす。

 

「きっとミノさんはこの写真を入れてる事を知られたら恥ずかしいから、お兄さんに見せたくなかったんでしょうね。ミノさん照れ屋さんだから」

 

「……そうなんかねぇ?」

 

俺は疑問の声を洩らす。

この写真は俺も持っているし、そのことは銀ちゃんだってわかっているはずだ。

それを考えると、これを見られるのが恥ずかしかったからというのは少し納得できない所がある。

 

「ふふ、これは私の想像ですから本当のことはわかりませんけどね〜」

 

そう言いつつも、乃木ちゃんは自分はわかってるというような、どこか確信めいたものを感じさせる表情を浮かべていた。

本人から聞いているわけではないだろうし、きっとそれは感覚的なものなのだろうけど。

友達同士だからこそ、わかることがあったのかもしれない。

乃木ちゃんは微笑まし気な笑みを浮かべながら、しばらくその写真を眺めていた。

そして少しすると満足したのか、乃木ちゃんはロケットを閉じて両手で優しく握りしめる。

 

「……それじゃこのペンダント、少しの間、貸してもらってもいいですか? こんなミノさん見たことないし、わっしーにも見せてあげたいから」

 

「? いや、別にそのまま君か、もしくは鷲尾ちゃんが持っていてもいいけど」

 

「それは駄目ですよ〜。これは多分、お兄さんが持ってないといけないものだから。その方がきっと、ミノさんも喜ぶと思います……あ、あとわっしーは名前が変わって、今は東郷美森(とうごうみもり)っていいますので」

 

「俺が? そんなことないと思うけど……ていうか今、さり気に名前変わったって言った? え、そう簡単に名前って変わるものなの?」

 

「そんなことありますよ〜。そこはミノさんの親友である、私の言葉を信じてほしいな。あと、名前に関してはお家の事情ですので、そこら辺は深く突っ込まないでくださいね〜」

 

「……うーん。まぁ、そうまでいうなら、とりあえず了解したよ。両方な」

 

ここまで自信たっぷりに言うからには、何かしらの根拠はあるのだろう。

だったら俺は、銀ちゃんの親友である乃木ちゃんの言葉を信じることにしよう。

 

「それじゃあ、連絡先の交換もしましょう。今度返す時に連絡しますので」

 

「あぁ、わかった。それじゃぁ、赤外線でいいか?」

 

「はい、大丈夫です〜」

 

そう言って携帯を取出し準備する。

 

「……ふっ」

 

「? どうかしましたか?」

 

「あぁ、いや。銀ちゃんともこんな感じのやり取りして、連絡先の交換をしたなぁって」

 

突然の出会い、場所を移動して仲良くなって、そして別れ際にまた会う約束をして連絡先の交換をする。

この流れは何ら特別なことではないだろうけど、ふいに銀ちゃんとのやり取りを思い出して思わず笑ってしまった。

 

「そっか〜……あの、今度会う時はお兄さんとミノさん、2人だけの思い出を色々聞かせてくださいね?」

 

「ん? 別にいいけど、そんな大層な思い出なんて特にないぞ? 普通に駄弁って、普通に遊んだりしてただけだし」

 

「それでもいいです。きっと私達の時とはまた違った、ミノさんの意外な一面が見つかる気がするな〜。あ、もちろん私達とミノさんとの思い出も、たくさん教えますから〜」

 

「ふーん、まぁ、いいけどな……と、終わったな」

 

話しながら携帯を操作していたら、いつの間にか終わっていた。

試しに『送れてる?』といった感じに、簡単にメールを送ってみる。

数秒後、乃木ちゃんの携帯が振動する。

どうやら、ちゃんと送れたようだ。

 

「……うーん」

 

乃木ちゃんがそれを見ると、少し考える仕草をみせてから携帯を操作する。

 

「ん?」

 

俺の携帯が振動する。

見ると、登録された乃木ちゃんの名前が付いたメールが届いた。

 

『(o´▽`)ノ゙ 届いてま〜す♪』

 

顔文字付きである。

のほほーんとしてそうなところが、なんとも乃木ちゃんっぽい顔文字だ。

 

「……くふっ……よ、よし、大丈夫みたいだな……ん?」

 

それが地味にツボって、見てて少し吹き出してしまった。

取り繕いつつそう言っている最中、また携帯が振動する。

 

『(*´ω`) 急に笑って、どうかしました〜?』

 

隣を見ると携帯を持ち、ニコニコ顔でこちらを見ている乃木ちゃん。

 

「ぷっ……くっ……〜〜〜っ!」

 

それが一瞬この顔文字とかぶって見えて、俺はさっと顔をそらす。

込み上がってくる笑いを、肩をプルプル震わせてこらえる。

わざとかどうかは知らないが、ここで笑ったらなんだか負けのように思えて必死でこらえた。

 

「……ふぅ。えっと、それじゃあ……あぁ、時間もそろそろあれだな」

 

ようやく笑いの波が落ち着いた頃。

携帯の時計を見ると、もう少しで7時になるところだった。

 

「そうですね……うわぁ、結構話し込んでましたね〜」

 

ほんと、時間が過ぎるのはあっという間である。

 

「時間、大丈夫か? もしあれだったら送っていくけど」

 

「私の家すぐそこですから。それにさっきも言いましたけど、私って結構強いんですよ? だから心配しなくても大丈夫ですよ〜」

 

もちろん覚えてはいる。

だけど見た目からとてもそうは見えないから、つい心配してしまった。

 

「……そう、だな。じゃあ、気を付けて帰るんだぞ」

 

「はい。それじゃあ、また〜」

 

「あぁ、またな」

 

そう言い、乃木ちゃんは小さくお辞儀をしてから帰って行った。

俺も手を振り返すと、去っていく乃木ちゃんの後ろ姿をしばらく見続けていた。

 

「……」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……誰もいねぇなぁ」

 

俺が今いるここは讃州サンビーチ。

有名な海水浴場の一つで、時期が時期ならば水着を着た人たちで賑わっているだろう場所だ。

だけど今は、見渡す限り人っ子一人いない。

それもそうだろう。

なにせもうすぐ12月になるという時期で、今にも雪が降るかもしれないと思うほど寒いのだ。

しかも時間も時間で、すでに8時近い。

この時間ではここらを通るバスも、もうないだろう。

こんな季節、こんな時間に、わざわざここに来るような物好きはそうはいない。

……ここに一人いるけれど。今更ながら帰りどうしようかなと、少し悩み中である。

 

先程、乃木ちゃんと話をした後、俺はなんだかそのまま家に帰る気にはなれなかった。

気の赴くまま当てもなく歩き、バスに乗って、そしていつしかここにたどり着いていたのだ。

ここは2年前、銀ちゃんと最後に一緒に遊んだ思い出の場所。

きっと乃木ちゃんと一緒に銀ちゃんの話をしていたせいで、懐かしくなってここに来てしまったのだろう。

コートを着ているとはいえ、寒風と潮風のダブルパンチで俺の体を冷やしていく。

誰もおらず静まり返っているせいで、なんだか余計寒く感じてしまう。

 

「うぅ、さっむぃ。やっぱり季節外れ過ぎだよなぁ。せめてもっと暑い季節だったら、人もいたんだろうけど」

 

そう、以前来た時のように。

銀ちゃんと来た時、ここは沢山の人で賑わっていた。

 

 

 

―――それでは兄ちゃん軍曹! 不肖この三ノ輪銀、いざ突貫してまいります!

 

―――待て、銀ちゃん二等兵

 

―――放して兄ちゃん! 海が、海があたしを呼んでるんだ!

 

―――大丈夫だ、海さんは広い心の持ち主だから。少しくらい待たせても許してくれるさ

 

―――……兄ちゃんと違って? って、いたたたたた!!!?

 

 

 

なんとなしに浜辺に座り、月明かりを反射する水面をボーっと眺める。

冬の澄んだ空気のおかげか、なんだかとても綺麗に映っている気がする。

そうしているうちに、かつてここで銀ちゃんと遊んだ時の記憶が脳裏によみがえってきた。

 

 

 

―――……くっ! ……あ、頭が!

 

―――兄ちゃん、一気に食べ過ぎだっ、くぁ!?

 

―――……ふっ、銀ちゃんも……かき氷の洗礼を……受けたようだな……っ!

 

 

 

「……楽しかったなぁ」

 

 

 

―――ほら兄ちゃん! いっくぞぉ!

 

―――いや、二人だけでビーチバレーってどうよ……って、おっとぉ!?

 

―――来たッ! チャンスボール!

 

―――ちょ、ま、ぐぼぁ!!!

 

 

 

「……ちょっと強引で、振り回されることも多かったけど」

 

 

 

―――あ、そう言えば

 

―――ん? どした?

 

―――あたしさ、まだ兄ちゃんに水着の感想聞いてないんだけど?

 

―――……え、今更?

 

―――来た時は海に夢中で忘れてたんだよ!

 

 

 

「……ほんと、楽しかったな」

 

 

 

―――それで、どうなんだよ?

 

―――ん〜、まぁ、そうだな……可愛いと思うぞ?

 

―――……へへ、そっかぁ!

 

 

 

「……」

 

 

 

―――ねぇ、兄ちゃん

 

―――なんだ?

 

―――また来年も、一緒に海に来ようね!

 

 

 

「……また、見たかったなぁ……銀ちゃんの、笑顔……」

 

あれから2年の時が過ぎ、色々と忘れてしまったものもある。

だけどあの時の満開の花が咲いたような笑顔は、今でも忘れることなく鮮明に思い浮かべることが出来た。

 

「……あ、あれ?」

 

ポツリと頬から雫が流れ落ちる。

雨、ではない。

見上げれば空はこんなにも雲一つなく、綺麗な星々が輝いているのだから。

雨は降っていないのに、また一粒雫が流れ落ちる。

一粒、二粒、三粒……止まることなく、次々と流れ落ちていく。

 

「……あぁ、ったく……泣かないって、決めたって、いうのに……っ! ぅ、くそっ……っ!」

 

その雫は雨ではなく、俺の流した涙だった。

ここには俺以外は誰もいないというのに、誰にも見られないようにと手で顔を覆い隠す。

俺はここで我慢の限界を迎えた。

2年前に自分で決めた誓いを破り、俺は初めて銀ちゃんのことを想い涙を流した。

 

久しぶりに流す涙だからか、涙腺が限度を忘れてしまったらしい。

いつまでもいつまでも、止まることなく流れ続ける。

いくら拭っても、目元を押さえても、それでも止まることなく流れ続ける。

涙と共に、悲しみの感情が嗚咽となって口から零れ出る。

こんな俺をもし銀ちゃんが天国で見ていたら、絶対心配してしまうだろう。

そんなのは嫌なはずなのに、それでも涙を止めることは出来なかった。

 

 

 

 

 

月明かりが差し、心地いい小波の音が流れる夜の浜辺。

そこで俺は、何時までも何時までも泣き続けた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

それから一週間後。

俺はいつもと変わらない日々を送っていた。

 

「……はぁ〜。今日も疲れたなぁ」

 

大切な人が亡くなっても、どれだけ悲しみに暮れて涙を流しても、世界は何も変わらない。

変わらずに日々は巡っていく。

そんな当たり前で厳しい現実に挫けそうになるも、俺は何とか踏ん張って歩いている。

そしてその変わらない日々が、今日もまた終わろうとしていた。

 

「明日は休みだし、今日はビールでも買っていくかな」

 

そう思い、行き先を少し変更していきつけのデパートに足を向ける。

基本的にいつも買うものは決まっているのだが、そこは他よりも安く売っている物もあり、買い物をする時にはよく利用しているのだ。

少し歩いたところで、横断歩道に差し掛かった。

 

(……横断歩道。そう言えば銀ちゃんと知り合ったのも、こんな感じの所だったな)

 

ここの隣の街、大橋市での出来事が思い返される。

それがまたとても懐かしく、そして少しだけ辛かった。

 

「っと、青か」

 

思い出に浸っていると、いつの間にか信号が青に変わっていた。

赤に変わらないうちにさっさと渡ってしまおう。

俺は少し早足で横断歩道を歩きだす。

 

「まって〜!」

 

「ははは! 早く来ないと置いてっちゃうぞ!」

 

「もう、そんなに走ったら危ないわよ!」

 

反対側から横断歩道を歩く人の間を抜けて、俺の隣を3人の子供達が通り過ぎていく。

下校時間だろうか、学校の制服らしきものを着ているのが見えた。

 

(……あれ、あれってここらの学校の制服だっけ?)

 

ふとした疑問が頭を過る。

もちろん讃州市の全ての学校の制服を知っているわけではないが、ここらではあまり見ない服装に思えた。

というか、それはどこか懐かしさを感じさせるもののようにも……。

 

 

 

 

 

「……あれ、もしかして……兄ちゃん?」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

後ろから声が聞こえてきた。

それはやはりどこか懐かしく、そしてこの状況にはデジャビュを感じさせる。

まるであの時の出会いのようで……しかしそれは在り得ないことだと頭を振って浮かんできた僅かな希望を振り払う。

在り得ないことだ、まったくもって在り得ないことである。

なぜならそれは……。

 

「ねぇ、兄ちゃんだよね?」

 

俺が固まっていると、再び背後から声が聞こえてきた。

そして同時にスーツの裾を引っ張られ、別の人ではなく俺が声を掛けられていると確信させられる。

 

(ウソ、だろ? まさか、そんな……)

 

俺は恐る恐る後ろを振り返った。

 

「やっぱり、兄ちゃんだ! もう、全然振り向いてくれないから、人違いかと思ったよ!」

 

そこにいたのは見覚えのある学校の制服を着た3人の少女達。

しかし俺は今、自分の裾を引っ張っている少女に目が釘付けであった。

目を見開き、震える指でその少女を指差す。

 

「……ぎ……銀、ちゃん?」

 

あの時とまったく変わらない姿をして、満面の笑みを浮かべた銀ちゃんが俺の目の前にいた。

 

 

 

 

 

「いやぁ、まさかこんなところで兄ちゃんに会えるとは思わなかったよ! にしても兄ちゃん、何だかすっごい大人びた感じがするなぁ」

 

「……」

 

「須美や園子もそうだったけど、流石に2年も経てば皆そうなっちゃうのかな?」

 

「……」

 

「兄ちゃんって、もう社会人だっけ? 兄ちゃんのスーツ姿なんて初めて見たけど、結構似合ってるじゃん!」

 

「……」

 

「……? あれ、兄ちゃん? おーい、どうしたんだよ〜?」

 

「……」

 

「銀、その人がどうかしたの? ……あら、なんだかどこかで見覚えがあるような」

 

「え? あぁ、えっと、元の世界にいた時からのあたしの知り合いなんだけど。なんか動かなくなっちゃって」

 

「あれ? ちょっと待ってミノさん。この人……」

 

「え?」

 

「そのっち、どうかしたの?」

 

「……えっとね。この人、多分……気絶してるんじゃないかな〜?」

 

「「……え?」」

 

この時、俺の意識は完全に飛んでいた。

具体的には、銀ちゃんの顔を見た時から。

……ホラーとかの類は、子供のころから大の苦手なのである。

 

「って、信号が赤になっちゃう!」

 

「と、とにかくこの人を連れて、早く渡りましょう!?」

 

「わ、わかった! うんしょっ! ……に、兄ちゃん、重いぃ!」

 

「あわわ〜、流石に変身もしてないのに、一人で男の人を運ぶなんて無茶だよ〜!」

 

「もう、銀! 私が足を持つから、貴女はそのまま抱えてて! そのっちは腰の下あたりを支えて!」

 

「う、うん!」

 

「わかった! ……もう、折角会えたってのに。このバカ兄ちゃん! さっさと起きてよぉ!」

 

 

 

 

 

夢か幻か、はたまた神樹様が起こした一時の奇跡か。

俺が真実を知るのは、もう少し先の事だ。

 

 

 

 

 

〜Fin〜

 

 

-2ページ-

 

これで”結城友奈は勇者である〜冴えない大学生の話〜”は終了となります。

最後まで見ていただいた方は、どうもありがとうございました。

これを書き始めて半年くらいでしょうか、我ながらここまでほんと時間がかかったものです。

それでも短編屋にして完結させた作品も多くないことから、どうにか完結にまでこぎつけることが出来たことは、自分でもよかったと思っています。

 

さて、これで本編の方は終了となりますが。

後1、2話ほど、番外編という形で載せたいと思います。

本編に入れようかと思いましたが、思いついたのが執筆後半になってからで番外編という形にしようと考えました次第です。

番外編の方はまだ執筆中ですので、もう少し時間がかかりそうです

そちらの方も投稿の際には、ぜひ見ていただければ幸いです。

 

 

説明
最終話です。
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
613 613 0
タグ
結城友奈は勇者である 鷲尾須美は勇者である 樹海の記憶 ゆゆゆい 冴えない大学生 鷲尾須美 三ノ輪銀 乃木園子 

ネメシスさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。


携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com