カッティング〜Case of Shizuka〜 Prologue
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 視界が明るくなる。

 今まで暗くてぼんやりとしか見えなかった周りの様子がはっきりする。

 少しまぶしいがそれが少し心地いい。

 映画を見終わった達成感と長時間同じ姿勢からの開放感、それがこの心地よさにつながっているのだろう。

 まだ半分ぐらい映画の中にいるような夢見心地のまま僕はゆっくりと立ち上がり、出口へと向かう。

 平日の昼間の上映で出入り口付近も人はまばらだ。

 自分のペースで歩けるのは少し得をした気分だ。

「よお、久しぶり」

 一瞬、自分に声をかけられているのに気がつかなかった。

 しかし、聞いたことのある声だと気づき振り返る。

 カーディガンにジーンズ、手には上着を持ち肩から鞄を提げている僕と同年代の少女だ。

 僕の後ろにいたのは、一年ほど前まで毎日のように見ていた人物だった。

 要するに、中学の時のクラスメイトだ。

 多分、中学のクラスメイトで僕のことをもう忘れている人がいても、彼女のことは覚えているだろう。

 絵画の世界から出てきたような整った顔立ちに長い髪、少なくとも僕の知る範囲では校内で一番の美人だった。それでいてどこか少年のような印象を受けるのは、とても無邪気な笑みとそのしゃべり方のせいだろう。

「久しぶり、鈴木さん」

 僕は返事をする。

「平日なのに何でこんなところにいるの?」

「それはお互い様だと思うけど」

「それはそれ、これはこれ。というか、今日は私学校ないし」

「偶然だね、僕もだ」

「じゃあ、この後ヒマ? 一緒にお茶でもどう。映画の感想でも語り合おうよ」

 

 

 僕らは映画館のそばにある喫茶店に入った。

 窓際のテーブル先に二人で向かい合って座る。

 僕はブレンドコーヒーを、鈴木さんはカフェオレを注文する。

 映画の感想で会話は弾みお互いに一通り話し終えたところで、鈴木さんが聞いてきた。

「そういえば、福井って下の名前なんていうの?」

「ケイジだけど」

「じゃあ、これからはケイジって呼ぶから。あたしもシズカでいいよ。一緒に喫茶店に入ったんだしもう友達だ」

「わかった。シズカさん」

「シズカでいいよ」

 なんだか僕はとてもシズカに気に入られたようだ。

 中学の時はほとんど会話をしたことがなかったけれど、教室での印象そのままの気さくな人だ。こういう風にほかの女子と楽しそうに話しているのを何度かみたことがある。

 そこで気になっていたが少し聞きづらかったことを聞くことにする。

「シズカはどうして今日は休みなの? やっぱり、金持ちの多い学校って休みが多いの?」

 シズカは元々私学の学校に通っていたのだが、なぜか公立のうちの中学に転校してきた。前の学校で問題を起こしたという噂もあったが、真相は不明だ。

 そして高校は別の私学に進学した。金持ちの子女が通う有名な学校だったためクラスでも話題になった。

「あぁ、そこはやめた」

 まだ一年もたっていないにもかかわらず、すでにやめたのにはやはり理由があるのだろう。やはり、私学の中学で問題をおこしたといううわさはほんとうかもしれない。うちの中学では特に問題もなかったし、金持ちの子女に囲まれた環境が苦手なのかもしれない。本人が金持ちの子女であるにもかかわらず。

「今は通信制の高校に通ってる。そういうケイジはどうなの?」

「僕も全日制じゃないからこうやって平日に映画を見に来てるんだよ」

「ふーん、まあその方がケイジには合ってるんじゃない。中学の時もよく一人でいたし、友達少ないんだろうなって思ってた」

 シズカが僕の中学時代をバッサリと切り捨てる。

「一つ訂正がある」

「何?」

「僕は中学の時、友達が少ないんじゃなくて、いなかったんだ。一人も」

「そうか、じゃあ私がおな中の友達第一号だ」

 そう言ってシズカは笑う。まるで少年のような無邪気な笑みで。

 その言葉と笑みに僕は少しだけ救われたような気がした。

 義務教育だからいく、それ以上の意味が今更僕の中学生活でできた。もう、卒業してずいぶんたつというのに。

「また二人で出かけよう。平日の昼間に」

「それはいいね、人も少ないし」

 シズカの提案に僕は喜んで賛成した。

 それから互いの連絡先を交換して二人で喫茶店を出た。

「それじゃあ、私はこっちだから」

 シズカが帰ろうとした方角は中学の校区とは違う方角だった。

「引っ越したの?」

「うん、それじゃあ」

 シズカは僕に背を向け歩き出す。

 僕は少しだけ寂しさを覚えた。

 

 

 僕が家に帰ると、妹の光がリビングでおやつを食べていた。

 ボブカットが中学の制服のセーラー服によく似合う。

「お帰り、どこに行ってたの?」

「映画を見た後に喫茶店に行ってた」

 僕の返事に光が驚き目を見開いてこちらを見つめる。

「兄さんがわざわざ喫茶店に! 一体何が」

「たまたま映画館で中学の時のクラスメイトに会った。それでそのまま喫茶店で感想を話し合ってた」

 度を超した驚愕にヒカルの顔面から表情が消える。

「中学に友達なんていなかったよね、どういうこと?」

 声からも抑揚がなくなっている。

「本当にたまたま会って、向こうから声をかけてきたんだよ」

「無理矢理おごらされたりしてないよね。まさか、その場でカツアゲされたりとか」

 中学の時のクラスメイトと会っただけで、そこまで心配するのは過保護すぎるのではないだろうか。それも親ではなく妹にだ。

 一体僕のことをどう思っているんだ。

「大丈夫だよ。本当にただ映画の感想を話し合って、その後に連絡先を交換しただけだから。心配するようなことは何もなかったから」

 光の顔面に表情が戻り、目つきが急に厳しくなる。

「連絡先を交換。これは仲良くなったと見せかけて後から金をむしり取るパターンね。相手は一体どんな野郎なの?」

 どうやら光の僕に対する評価は果てしなく低いらしい。

 心配してくれるのはありがたいが、ここまで来るとさすがに傷つく。

「野郎って、女子中学生がそういう言葉遣いは感心しないな。それに相手は女性だよ」

「おお、女ぁ。これはやっぱり懐柔してから―――」

 ますます、光の悪い想像はひどい方へ向かっているらしい。

「大丈夫だよ、少なくともお金を取られる心配はないよ。鈴木さんの家は結構お金があるらしいから」

「そんな。じゃあ、どうして兄さんに声をかけたの。本当に偶然だっていうの」

「さっきからそう言ってるだろ」

「そ、そう。それならいいわ」

 光の表情は未だに半信半疑といったところだが、少しは納得してもらえたらしい。

 世の妹というのは、皆光のように兄に対して過保護なのだろうか。

説明
翅田大介著/『カッティング』シリーズの二次創作です。
シリーズ完結十周年ということで投稿します。

世界設定のみ利用してキャラクターはオリジナルです。
オリキャラはNGという人はブラウザバックでお願いします。

え、十周年は半月前だって。
九月中だからいいんだよ!

2019/04/20
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