卑屈な僕
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 最近の僕は卑屈だ。自分の性格が、これまでにないくらいに。

 車輌の揺れにあわせてつり革が揺れる。僕は椅子に座っていたけれど、それらは整えられているような挙動を描きつつ、しかし振動でお互いが少しづつばらばらな動きをしている。果たしていつも僕はこんな事を考えただろうか。そのつり革たちの動きは、まるで自分のように見えた。周りに流されながら必死に、誰かにとっての「唯一」になろうとしている自分に。

自分の好きな人に対して一喜一憂して、幾度の「もしかして」を想像し、そしてそれが叶ったり叶わなかったり。それが恋をするということなのではないだろうか。僕の場合、まったく持ってその通りだった。そもそも、自分の経験を通して語っているのだから、そうでない訳がないのだけれど。

 

さて、どうして僕がこんなに卑屈になっているかという話。単純に言えば、僕の恋は片思いに終わったということ。僕が好きだった相手は、僕の親友と、お互いに思いを伝え合ってはいないものの、とても親しい関係にあるということだ。しかもこのことを僕は最近まで気づいていなかった。

 

別段悪くはない二人だし、それに、その親友はどこから見てもいい奴だ。それこそ善意の塊のような人間で、真面目で勉強もちゃんとやる。話しやすいし、勉強ばかりしているわけではなく、ちゃんとした趣味を持っている。僕にも趣味はあるが、本当に趣味の領域を出ず、しかもそれを語らえる友達は周りには存在しなかった。誰にも分け隔てがない。面白いジョークがいえるとか、自分から笑いをとるようなことはしないけど、同じ空間に存在していて、不快に感じる事はまずない。

 

女の子のほうも、接しやすくて、普段は完璧人間のように見えるけれど、普通に笑うし、普通に怒るし、普通にミスをしたりする。そして彼女にも趣味はあり、それが偶然にも僕の親友と同じだった。多分そこから二人は話すようになったんだと思う。

 

彼女は、考える事が僕に近く、そしてなにより共感できた。今までそんな人間に出会ったことがなかった分、僕の心は彼女へ近づいていった。届きそうもないけれど。

 

僕らは、その女の子も含めて、みんな同じ部活だ。文化系のまったく成果を挙げていないわけではないというレベルの活躍をしている。同級生や先輩も数人いる。しかし、やはり文化部という事が響いているのか、部員は少ない。一年生の僕らは一ヵ月後に入学してくる新入生をどれだけ多く我が部に引き入れるかが、今後の活動の大きな要となっている。主に部費に関係あるのだけれど。

 

そんな感じなのだが、今日も休日だというのに部活に行って来た。特に何かをしたというわけではない。

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ここで冒頭の卑屈な僕に戻るとしよう。電車のつり革に自分の人生を重ね合わせながら、自宅への帰路についていた。どうやら卑屈のおかげで、帰りの電車の中での眠気が飛んでくれているようだ。もしも睡魔という悪魔が存在するのならば、僕はそいつが入り込めないほどのネガティブな思考をして、バリアをはっているような状況で、今頃どこかでせっせと働いているサラリーマンにでも取り付いているだろう。独りになるといつもこうだ。二人の仲が良く、そして彼女の眼中には僕の存在がないということに感づいてしまってから、以前はあった電車の中での眠気が吹っ飛んでしまっている。僕はどうしようもなく卑屈になってしまっているようだ。

次の日も休みで、部活があった。どうせ何もやることはないのだろうけど、部長曰く集まることが大事なのだそうだ。

 

卑屈な僕は、最近親友の顔を直視出来ていない。悪い奴ではないと分かっていても、正しく彼を見れる自信がないのだ。僕には恋に敗れても、しっかりと立ち上がっていられるような器の大きい人間ではない。とても小さい、小さい人間だ。嫌みを言われれば落ち込むし、面白い事があれば笑う。恋をすれば一日が楽しくなるし、負ければ、まるでこの世界には希望なんて物はどこにもないんじゃないかと疑う。そんな小さい人間だ。

 

冬の朝は寒く、今の僕の心を象徴するような気候だ。それらに冷やされた大気の中を、夏休みに買った変速ギアのついた自転車で、最寄のローカル線が止まる駅へと向かう。普段は寝起きの悪い僕も、この寒さに晒されればさすがに眼が覚める。

 

自転車をいつもと同じ、駅のすぐ近くの自転車置き場の奥のほうに、停めて鍵をかける。駅のホームに着いて、時計を確認。電車まではまだ時間があるようだ。

 

こういう開き時間には、英語の単語帳でも見ながら、少しでも勉学に励むのが学生としてのセオリーなのだろうけど、僕にはそんなことまで頭が回る気分ではないのだ。

 

またしてもあの二人の事を思い出す。彼女が俺には結して見せないような笑顔で笑っている姿が浮かぶ。その先は僕ではなく、僕の親友だ。分かりきっていることなのに、今更何を考えているのだろうと思う。早く電車が来て欲しい。寝たふりでもいいから、目を閉じていたい。出来ればそのまま眠ってしまいたい。卑屈な僕は、一秒でも長くこの現実から目を背けていたかった。

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それなら部活なんかには行かないで、部屋にこもっていればいいのにと、一瞬はそう思いもしたけれど、どうやら僕はこの一年間でどうしようもなくこの部活が、みんなが集まっている空間が好きになってしまったようだ。それに、そこに僕の見たくないものがあったとしても、一人でいるよりずっと僕は卑屈でいなくてすむ。なんだかんだで人と接するのが好きなのだ。

 

こんな片田舎に住んでいる僕は、ローカル線からローカル線に乗り継いで学校に行かなければならない。今では慣れたものだけど、初めは電車の折り合いの悪さに、心と体をひどく消耗さえられた。一時間待ちぼうけとかは良くあることだ。自宅から学校まで自転車で行くというのもなくはない選択肢なのだが、電車で向かうのと同じ時間だけ、ペダルをこぎ続ける行為を毎朝するのは、さすがに骨が折れる。それならば、多少乗り合わせが悪くたって、電車を利用させてもらう。結局は僕がへタレだということなのだ。

 

いつも通りに電車を乗り継いで着いた、学校に一番近い駅は無人で、駅舎の窓口はいつもシャッターが下りている。僕はいつもそこで親友に合流する。ここから毎朝歩いて二十分。やや遠いがいい運動になるという事にしておこう。

 

 

 

「おはよう。」

笑顔で僕に話しかける声。親友だった。

「おはよ・・・・・・」

卑屈な僕は、君を見て今まで通りの笑顔をうまく作ることが出来ない。

「どうした?最近なんか暗いけど・・・・・・何となくおまえらしくないぞ。」

「そんなことないよ、なんでもない。」

「そんなことないってなぁ、あんまり笑わなくなったって言うかんじかな。何か悩み事でもあるなら俺が力になるからさ。」

ああ、君は本当にいい奴だよ。どうしようもなくいい奴だよ。僕が君の事を知れば知るほど、君がいいやつだということが揺るがなくなってきたよ。でも、この悩みは君にはどうしても相談できないんだ。君には解決できないんだ。君は力にはなれないんだ。

「まあ、気持ちだけ貰っておくよ。」

「そうか?まあ元気出してな」

「今は暗い気持ちでいたいんだよ。天気もあんまり良くないし、ここから歩いて学校へ向かわなければならないというどうしようもない現実から、僕は一刻でもも早く目を背けたいんだ。」

 

僕が見たくないのは通学路の長さではなく、天気が悪いという事でもない。君と彼女の間にある感情だ。でもそんなの言えるはずが無い。僕はまだ卑屈なんだ。

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「そんなの今更言ったってどうしようもない事だろうよ。まあ確かに少し遠すぎるというのは分からんでもないけど、そんなこといってたら、将来メタボるぞ。」

「うるさいやい。僕は休みの日とかに自転車のツーリングとかしてるから、そんなこと心配しなくていいのさ。」

「そんなら、電車なんか乗らないで自転車で来ればいいしゃん。」

「もしも、僕が今みたいにくらい気分だったら、そもそも学校なんか来てないよ。僕には、強制的に運んでくれるようなほうがありがたいの。」

 

口からでまかせもいいところだ。でも、こうでもしていないと、今以上に卑屈になってしまう。

それからグダグダな会話をしつつ、学校に着いた。部室に入ると、既にそこには彼女がいた。そんな顔しないで欲しい。心底待ち望んだでいた様な表情をしないでくれ。

 

どうやら先輩は休みらしい。同級は僕らがやってきて、しばらくした後にやってきた。もちろん僕の親友も、そして彼女も、お互いとしか話さないわけではない。二人はもちろん俺とも話すし、その他の同級とも話す。今日はいないが、先輩とも話すし、笑いが絶えない空間だ。きっと僕が卑屈でなければきっと最高に心地の良い空間であるのだろう。今はとてもじゃないけどそんな風には思えないけど。でも家に閉じこもっているよりはマシだ。みんなの笑う顔を見ることが出来る。彼女の笑う姿を見ることが出来る。だから、僕はまたここに来てしまう。

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「結局俺ら、何もしなかったな。」

 

 

太陽が西の地平線と空の天辺の中間辺りに来た頃、「先輩もいないし今日はもう解散しよう。」という事になり、僕らは朝に歩いた道を逆に歩いている。

「僕もうすうす感づいてはいたけれど、言わなかったんだ。というか、そもそもそれは禁句だよ。」

「まあでも、あんま切羽詰った仕事はないし、いいと思うけどね。」

「そうだね。」

 

僕はそれから、しばらく無言で歩いた。親友も、疲れたのだろうと勘違いしたらしく、無言で僕の横に続く。

 

今日一日考えていて気づいた事がある。それは、僕はいまだに彼女の事を諦めることが出来ていないということだ。どうやら僕の深層心理は、いまだに挽回できるチャンスがあると考えているらしい。今日だけでも、幾度となく諦めようと試み、それを毎度の如く拒んでいたのは、どうやら自分自身のようだ。

 

もう絶対に勝ち目はないのに、もうどうにも動かすことは出来ない運命なのに。

 

 

 

 

だから僕は自分を騙す事にした。二人の恋を応援する事にした。主人公を引き立たせる脇役になる事にした。

 

卑屈な僕のその発想は、我ながら最高に卑屈だと思う。

 

自分が主人公であるが故に悩むのだと。ヒロインの事を思うが故に辛いのだと。ならば脇役になれば、ヒロインにあこがれる事はあっても、ヒロインと結ばれる事はない。主人公を助ける事はあっても、自分は主人公になる事はない、と。

「ねえ。」

「なに?」

「僕は君に今以上に幸せになってもらいたいと願っているんだ。」

「急に何を言い出すかと思ったら・・・・・・。さっさと気分明るくしろよな。そんなことよりも俺は、お前の悩み事をさっさと解消して、前みたいに馬鹿な話がしてぇよ。」

「そこまで、暗かったつもりはないなぁ。それに、今日一日で悩みは自己解決できたから、それでオッケーだよ。」

「そうだったのか。俺としたことが、すっかり気がつかなかった。まあ、自己解決出来たんなら、それに越したことはねぇよ。また明日から学校始まるし、何か悩み事が出来たら、いつでも相談しろよな!」

「朝も似たような台詞を聞いたような機がするけど、気にしないことにしておくよ。」

 

 

 

そこで一端息継ぎ。しっかり息を吸い、発音する。

 

 

 

「やっぱり君はいい奴だよ。」

「お前には負ける。」

 

君は笑顔で即答した。

 

 

 

やっぱり君はいい奴だよ。本当に。でも僕は卑屈なんだ。君よりも僕が、いい奴なはずがない。

説明
自分を整理するために書いた作品。
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小説 オリジナル 卑屈な僕 恋愛 親友 

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