【小説】しあわせの魔法使いシイナ 『春を迎えにいこう』
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 綾は、ごく普通の女の子。

 

 でも、綾の住む「央野区」は普通の街と少し違っています。

 

 街の中央には「魔法学園」があり、街には魔法使いが住んでいます。

 

 綾の家にホームステイしているシイナも、そんな魔法使いの一人です。

 

 

 もう何日かすると四月になる、そんなある日のことでした。

 

 朝、シイナはリビングの換気のために、ガラス戸を開けました。

 しかし、ぴゅうっと吹き込んできたのは、刺すように冷たい冬の風でした。

 

 「うう、寒い!」

 シイナはそう言って、すぐにガラス戸を閉じました。

 シイナは逃げ帰るように、暖房の効いたキッチンへ戻っていきました。

 

 キッチンでは、綾が朝ごはんを作っています。

 

 「なんだかへんな天気だね。もうすぐ四月なのに」

 綾が、シイナにそう言いました。

 

 「そうだよ! もう春じゃない? なのにこんなに寒いなんて!」

 シイナはぷんぷん怒りながらそう言いいました。

 

 しばらくむくれていたシイナですが、食卓に並んだできたての朝ごはんから、いい匂いがただよってくると、ご機嫌になりました。

 二人で朝ごはんを食べ始めます。

 

 綾はテレビをつけました。

 するとニュースが流れてきました。

 

 『全国的な異常気象が起こっています。もうすぐ四月なのに、ぜんぜん春になりません』

 ニュースキャスターが、テレビ画面の中でそう言っていました。

 

 『このままでは桜も咲きませんし、お花見もできません。寒いから電気代がたくさんかかって、困っている家が多いとのことです』

 ニュースキャスターはニュースを読み続けました。

 

 『それでは、専門家にお話をうかがってみましょう』

 ニュースキャスターがそう言うと、隣に座っていた有名な大学の学者が話し始めました。

 

 『こんなに春が来るのが遅いのはまったく異常です。原因は、現在調査中です』

 学者はそう言って、そのあといろいろと難しいことをしゃべりました。

 

 「例年は」とか「全国平均では」とか「統計的に」とか、難しい言葉を使っていましたが、ようするに春が来ないのがなぜなのかはわからないので、今がんばって調べている途中、ということでした。

 

 シイナは、

 「いま調べてるんだって! もう四月になるのに!」

 そう言って、がっかりした様子で食卓につっぷしてしまいました。

 

 綾もしょんぼりした気分で、食べ終わった朝ごはんの食器を片付け始めました。

 

 四月になったら、綾のお母さんとお父さんと一緒に四人で、お花見に行く予定だったので、それを楽しみにしていたのです。

 

 でも、このままでは桜も咲きそうにないし、お花見もできそうにありません。

 

 二人は途方にくれたような気持ちで黙りこんでしまいました。

 

 そのときです。

 シイナの目の前を、何か小さなものがひゅん、と通り過ぎました。

 

 「ん?」

 シイナはそれを目で追いかけました。

 

 それは小さな薄桃色の光でした。

 

 光は弧を描きながら空中を、ひゅん、ひゅん、と飛び回っています。

 ときおりコツン、と天井の蛍光灯のカバーにぶつかりながら、キッチンの中を慌ただしく飛んでいます。

 

 「なんだろう?」

 シイナはその正体が知りたくなって、飛び回る小さな光を目で追いかけました。

 

 光は、シイナのまわりをくるくる飛び回ってから、シイナの目の前あたりをふわふわとただよいました。

 

 シイナは目の前の小さな光を、目をこらして見つめました。すると…

 「あっ、妖精だ!」

 シイナが言いました。

 

 それは小指の先くらいの小さな妖精でした。

 米つぶよりも小さな羽根をふるわせながら、くりくりした丸い目で、シイナを見つめています。

 

 妖精の体からは淡い光があふれて、薄桃色に輝いています。

 

 「どこから入ってきたんだろ?」

 シイナはつぶやきました。

 

 「きっと、シイナがガラス戸を開けたときに入りこんだんじゃないかな?」

 綾はシイナに言いました。

 

 「あ、そうか。あの時かあ」

 シイナは納得して、妖精を見つめました。

 

 妖精はシイナの目の前を一生懸命、くるくると飛び回っています。

 

 「ねえ、シイナ。 もしかして、この妖精は何かシイナに伝えたいことがあるんじゃないかしら?」

 綾はそう思ったので、シイナにそう言いました。

 

 「私に伝えたいこと? なんだろう。 もしもし、妖精さん。私に何かご用ですか?」

 シイナは目の前の妖精に向かってそう言いました。

 

 すると、

 「ハル!ハル!」

 妖精は、小さな澄んだ声でそう言いました。

 

 「春? 春がどうかしたの?」

 シイナは聞き返しました。

 

 「ハルヲ、オコシテ!」

 妖精は言いました。

 

 「春を起こす?」

 シイナは首をかしげて言いました。

 

 「ハルガ、コナイ! ハルヲ、オコシテ! ハヤク! ハヤク!」

 妖精は必死な様子で飛びまわりながら訴えます。

 

 「シイナ、もしかして…」

 綾が、何かに気がついたようにシイナに向かって言いました。

 

 「うん、綾ちゃん。この妖精は、春が来ない理由を知ってて、助けを求めてるのかも」

 シイナもわかったような様子で、そう言いました。

 

 「この子はきっと、春の妖精だよ。私の魔法を頼りにしてここへ来たんだね」

 シイナは妖精を見つめながら言いました。

 

 「よーし、この魔法使いシイナにおまかせあれ! きっと春が来るようにしてみせるよ!」

 シイナは元気よく腕を振り上げて言いました。

 

 「コッチ! コッチヘ、キテ!」

 春の妖精は、シイナを導くように飛び立ちます。

 

 妖精はキッチンを抜けて、リビングへと飛んで行きます。

 リビングを横切ると、そのまま中庭に通じるガラス戸へ向かって行きました。

 妖精は外へ出ようとして、ガラス戸にコツン、コツンとぶつかりました。

 

 「あらら、これじゃ出られないね」

 シイナがガラス戸を開けてあげました。

 

 妖精は中庭へ出ていくと、今にも飛んで行ってしまいそうな勢いでくるくると旋回しながら、催促するように言いました。

 「ハヤク! ハヤク!」

 

 「わぁ! ちょっと待って!」

 シイナはあわてて玄関に走って行って、靴を持ってきました。

 

 シイナは、二足の靴を抱えていました。自分の靴と、綾の靴です。

 綾は、シイナに着いていくつもりだったので、シイナが綾の靴も持ってきてくれたことを嬉しく思いました。

 

 二人は急いで靴を履きました。

 その間も、妖精は「ハヤク! イソイデ!」と言いながら、くるくると空中を跳ね回りました。

 

 二人が中庭に出ると、妖精は待ちきれない様子で飛び立ちました。

 

 「あの子に着いて行こう、綾ちゃん!きっと春のいる場所に連れてってくれるはずだよ!」

 シイナは綾に向かってそう言いました。

 「そうね!」

 綾もそれにうなづきます。

 

 二人はかけ足で妖精のあとを追いかけます。

 

 妖精はすごい勢いでまっすぐ飛んでいきます。

 そして、道の曲がり角に出くわすと、やみくもに右や左へ曲がっては、またまっすぐ前へ飛んでいきます。

 シイナと綾は一生懸命、遅れないように走りました。

 

 ところが、妖精とシイナと綾は、いつのまにか近所の同じあたりをぐるぐる回っていました。

 「あれれ?」シイナはなんだかへんだな、と思いました。

 

 しばらくすると道が行き止まりになりました。

 すると妖精はくるりと引き返し、またあっちへ行ったりこっちへ行ったりしました。

 そして最後には、綾の家の前に戻ってきてしまいました。

 

 妖精は大あわてで、くるくるとその場ででたらめに飛び回りました。

 「ハルハ、ドコ? ハルハ、ドコ?」

 

 「まあまあ、ちょっと落ち着いて」

 シイナは妖精をなだめるように、そう言いました。

 

 「行き先がわからなくなっちゃったんだね。 まあたしかに、春の気配がぜんぜんないもんねえ」

 シイナはあたりを見回して言いました。

 

 外は相変わらず、冷たい風が吹いています。

 部屋着のままのシイナと綾は、肌寒さにぶるるっ、と体をふるわせました。

 

 「ちょっと待っててね」 シイナと綾は家の中に戻って、厚めの上着をもう一枚はおりました。

 そして、また外に出てきました。

 これで寒さも平気です。

 

 「ねえシイナ、春の妖精でも春のありかがわからなくなっちゃったのに、ちゃんと春が見つかるのかしら?」

 綾はなんだか心配になって、そう言いました。

 

 「そういうときこそ、魔法使いの出番だよ!ふふふ」

 シイナは得意そうな笑顔で言いました。

 

 シイナは大きく手を広げると、大空へ向かって呼びかけました。

 「魔法よ、私たちを春のところまで導いて!」

 

 すると、シイナの足元から、ふわりふわりと光の粒が湧き出してきました。

 

 光の粒は空へ向かって延びていきます。

 光の粒がたくさん集まって、どんどん輝きが増していきました。

 

 そうして、大空へと続く一本の光の道ができあがりました。

 

 「この先に春が待ってるはずだよ! さあ、行こう!」

 シイナは勇んで光の道を登っていきました。

 綾と妖精もそれに続きます。

 

 今度は妖精も急ごうとせず、おとなしくシイナたちの歩く速さに合わせてついていきました。

 

 光の道を進んでいくと、だんだんまわりの風景が変わっていきました。

 空に向かって歩いていたはずのシイナたちですが、進むにつれて踏みしめる足元の道が、やわらかい土におおわれた山道へと変わっていきます。

 

 さらに歩き続けると、いつのまにか、まわりはすっかり木々におおわれて、見覚えのない山の中を進んでいました。

 

 『不思議だわ。魔法の道なのね』

 綾はそう思いました。

 

 妖精は、きょろきょろとあたりを見回すように飛び回りながら、シイナと綾の後を着いてきます。

 

 「このまま道なりに進めば、きっと春のいるところへ行けるんじゃないかな」

 シイナは歩きながら、綾と妖精に向かって言いました。

 

 ざくざくと土を踏みしめて、シイナと綾は見知らぬ山の中を進みます。

 妖精もそのあとに続きます。

 

 山は冬景色のようです。

 あたりには葉を落とした木々が、枝をさらして並んでいます。

 ときおり見かける緑の木は、冬でも葉をつける常緑樹だけです。

 

 地面の草はまばらで、ところどころくすんだ色の下草がひかえめに生えています。

 地面の上の落ち葉もすっかり土になじんで、道を黒くおおっています。

 

 シイナは寒さを吹き飛ばす気持ちで、歩くリズムに合わせて歌を歌いはじめました。

 

 ♪〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪

  春はどこかな どこにいる?

  春よいずこか どこだろう?

  探そうよ春 見つけよう春

  どこにいるかな みんな待ってる

  ここにいるかな すてきな春よ

 ♪〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜♪

 

 歌いながら歩いているうちに、体も少し温まってきて、元気が出てきました。

 妖精も、なんだか喜ぶような仕草で、シイナと綾のまわりを飛び回っています。

 

 そうして三人は、しばらく山道を登り続けました。

 

 すると、道の先が開けてきて、そこに野原が広がっていました。

 野原は一面、枯れ草ばかりで、やはり春はまだ来ていないようです。

 野原の真ん中を、道がうねりながら続いています。

 

 シイナと綾と妖精は、道に沿って野原を歩いていきます。

 

 そのうちに、だんだんとあたりが寒くなってきました。

 上着を着ていても寒いくらいです。

 

 ひゅう、と冷たい風が吹くと、

 「ひゃあ、寒い!」

 シイナは身をすくませて、ぶるぶるっとふるえました。

 

 「おかしいなあ。 春に近づいてるはずなのに、なんで寒くなってるんだろ」

 シイナは不思議そうにつぶやきました。

 

 道の先に目をやると、ずっと向こうに人影らしきものが見えました。

 

 「おや、誰かいるのかな?」 シイナは人影に気がつきました。

 

 「もしかしたら春の居場所を知ってるかも!」

 そう言うと、シイナは人影に近づいて行きます。 綾と妖精もそれに続きます。

 

 すると、そこには見上げるほど大きな背丈の男の人が立っていました。

 ゴツゴツしたいかめしい顔にもじゃもじゃのひげ、そして戦のための立派な軍服を着ていました。

 

 大男は、行く手をさえぎるかのように道に立ちふさがっています。

 

 大男は三人に向かって、野原に響き渡るほど大きな声を出しました。

 『おまえたちは何者だ!?』

 

 すると声と同時に、粉雪が混じった強い冬の風が、三人に向かってびゅうびゅうと吹きつけました。

 

 「ひええ、寒い!!」

 シイナは両腕で自分の体を抱き込むようにして寒さに耐えます。

 

 「サムイ! サムイ!」

 春の妖精は小さな声で悲鳴をあげて、逃げるように飛び回ります。

 

 綾は、妖精の小さな体を両手のひらで包みこんであげました。

 手のひらを重ねて、胸のところで抱くように小さな風よけを作ってあげると、妖精はその中で身を縮こまらせて、おとなしくじっとしていました。

 

 大男は、妖精と綾をギロリとにらみつけると、綾に向かって言いました。

 「そいつをあまりわしのそばに近寄らせるなよ」

 

 「あまり近づきすぎると、そいつは消えてしまうのでな」

 大男は、少し困ったような顔をして、綾にそう言いました。

 

 綾は驚いて、風のこない所まであわててあとずさりしました。

 妖精は、ふるえながら綾の体にぴったりと身を寄せています。

 

 しばらくして冷たい風が収まると、大男は落ち着いた様子でシイナと綾に向かって尋ねました。

 「こんなところに人間が来るとは珍しい。 いったい何の用があって来た?」

 

 シイナは大男のことを怖がる様子もなく、三人の一番前に立って大男に向かって言いました。

 「私は魔法使いのシイナ。 この子は私の友達の綾ちゃん。 この春の妖精に頼まれてここに来たんだよ」

 

 それを聞いて大男は、少し興味が湧いたのか、あらためてじろりと三人を眺めました。

 

 「あなたはどなたですか?」

 綾は勇気を出して、大男に話しかけました。

 

 「わしは冬将軍じゃ。 冬を寒くするのがわしの役目じゃ」

 大男はそう名乗りました。

 

 「冬将軍!!」

 シイナと綾はびっくりして大男を見つめました。

 

 「そうか、ずーっと春が来ないのはあなたのせいだね! 冬将軍! 春をどこにやったの!?」

 シイナは問い詰めるように冬将軍に向かって言いました。

 

 「いやいや、そうではない」

 冬将軍はあわてて手を振って、シイナの言葉をさえぎりました。

 

 「今年はなぜか春が来ないのじゃ。理由はわしにもわからん」 冬将軍は困った様子でシイナたちにそう言いました。

 

 「そのせいで冬が終わる時期になっても休めんではないか。 わしの方こそ迷惑しておるんじゃ」

 冬将軍はぼやくように言いました。

 

 「ああ、なるほど。 そうなのかあ」

 シイナは拍子抜けしてつぶやきました。

 

 なんだか思ってもみなかった話になってきたので、シイナと綾はちょっと顔を見合わせて、どうしようか、と目と目で相談しました。

 そして、結局、目の前の冬将軍に聞いてみるしかないなあ、とシイナは考えました。

 綾はそんなシイナを見て、ここはシイナに任せたほうがいいと思い、後ろで妖精と一緒におとなしく待っていることにしました。

 

 「私たちは春を探しに来たの。 ねえ、冬将軍、ここには本当に春がいるの?」

 シイナは冬将軍に聞いてみました。

 

 「いるのは間違いない。 ここは季節の神様が住む山なのじゃ。 つまり、春の女神もここにおる」

 冬将軍はシイナにそう言いました。

 

 「春の女神!! そう、私たちはその春の女神に用事があるの! それで、その神さまはどこにいるの?」

 シイナはついに春の手がかりがわかったので、大喜びで冬将軍に聞きました。

 

 「わしは春の女神がどこにいるかはわからん。 そもそも会ったことがないんじゃ」

 冬将軍はちょっとばつが悪そうな調子でそう言いました。

 

 「えっ? ああ、そっか。 冬将軍だもんね。 春が来たらいなくなっちゃうんだもんね。 それじゃ会ったことないのは当然かあ」

 シイナは納得したような、ちょっとがっかりしたような顔でそう言いました。

 

 「うむ、そのとおりじゃ」

 冬将軍は神妙な顔つきでうなづいてみせました。

 

 「わしからもお前たちに頼みたい。 春の女神に会って、早く季節を春にしてくれ」

 冬将軍はそう言うと、数歩、脇にずれて、シイナたちに道をゆずってくれました。

 

 「うん、わかった。 いろいろ教えてくれてありがとう、冬将軍!」

 シイナは冬将軍にお礼を言うと、道の真ん中を歩きはじめました。 綾と妖精もそれに続きます。

 

 「頼んだぞ、魔法使いの娘と人間の娘、それに春の妖精よ!」

 冬将軍はシイナたちの後ろから励ましの言葉をかけました。

 

 シイナたちは振り返って冬将軍に手を振ると、また前を向いて歩き続けました。

 

 道はまだまだ続いています。

 シイナと綾と妖精の三人は、春の女神の居場所をめざして歩きます。

 

 野原の道をずっと進んでいくと、少しづつまわりが暖かくなってきました。

 

 そして、道の先へと目を向けると、あちこちにみずみずしい鮮やかな緑色の草が現れ始めました。

 

 『春が近づいているんだわ』

 綾はそう思いました。

 

 シイナもそう思ったらしく、早足で元気よく歩いていきます。

 

 「あっ」

 シイナが何かに気づいて、声を上げました。

 

 シイナの視線の先の地面には、小さな小さな、一輪の白い花が咲いていました。

 

 「花だ!」

 シイナは白い花に駆け寄ります。

 さらに道の先へ視線をやると、もうひとつ、今度は黄色い花が一輪、地面に咲いていました。

 

 「また咲いてる!」

 その向こうにはさらに、ピンクの花が一輪、咲いています。

 

 花に導かれるように、シイナと綾、そして妖精の三人は道を進みます。

 

 紫の花、青い花、赤い花、オレンジ色の花、と次々にたどっていくと、その先は森へと続いていました。

 

 三人は森の中に入っていきます。

 

 花の道しるべをたどって歩いていくと、森の外からは見えなかったけれど、森の奥へと通じるせまい道が続いています。

 

 だんだん、咲いている花は大きくなっていき、咲く間隔も密になっていきます。

 そして、心地よい暖かさが三人を包みはじめました。

 

 そのときー

 「ハル!」

 春の妖精がひと声小さく叫んで、前へ飛び出しました。

 

 シイナと綾は妖精の後を追いかけます。

 

 するとシイナたちは、大きく開けた場所に出ました。

 

 まわりは一面の緑におおわれています。

 上は高い木々の葉に包まれ、目の前には中木の葉が鮮やかに色づき、地面には下草や苔が生い茂ってしっとりとした暖かさをたたえています。

 

 妖精のゆく先に目をやると、奥の方のこんもりとなだらかに地面が盛り上がった場所に、一人の女の人が横たわっていました。

 

 女の人は、きれいな白い絹の衣をまとい、木々の葉の隙間から差し込む光を受けて、神々しい輝きを発していました。

 

 女の人のまわりには、地面をおおいつくすほどの、色とりどりの花々が咲いていました。

 きれいな白や黄色やピンク色をしたそれらの花はみな、春の花でした。

 

 女の人はすうすうと、寝息をたてて眠っています。

 

 妖精は、女の人の顔の近くをくるくる飛び回り、

 「オキテ! オキテ!」

 と言いながら、小さな手でペチペチと女の人の顔をたたきます。

 

 でも全然、力がないので、女の人は全く気がつかずに寝ています。

 

 妖精は駆けつけたシイナのもとに飛んでくると、

 「ハルヲ、オコシテ! オネガイ!」

 そう言ってシイナのまわりをくるくると飛び回ります。

 

 「なるほど、そういうことだったのかあ。 だから『春を起こして』って言ってたんだね」

 シイナは、目の前の人が春の女神だということがわかりました。

 

 シイナが春の女神のそばに行って顔を近づけると、すうー、すうー、と寝息がはっきり聞こえてきます。

 

 シイナは春の女神の肩を軽くゆさぶりながら、

 「もしもし、起きてください」

 と声をかけました。

 

 しかし、女神はあいかわらず寝息を立てたまま、起きる様子はありません。

 

 シイナは女神の肩を思いっきりがくがくとゆさぶって、

 「こらー! 起きろー!!」

 と大きな声で耳元へ叫びました。

 

 「んん…?」

 シイナの大声で、春の女神は目を覚ましました。

 

 「あら、いけない。 寝過ごしちゃったかしら?」

 春の女神は半まなこのまま、あくびをして、そう言いました。

 

 「寝過ごしちゃったかしら、じゃないよ。 もう春が来る季節なんだから、ちゃんと起きてくれなきゃ」

 シイナは春の女神に向かって文句を言いました。

 

 「ごめんごめん。 つい寝過ぎちゃった。 だってほら、寒いとなかなか寝床から起きる気になれないじゃない?」

 春の女神は悪びれた様子もなく、笑顔でそう言いました。

 

 「そりゃまあ、そうだけど。 春の神さまがそんなんじゃ困るなあ」

 シイナは呆れて怒る気にもなれず、そう言いました。

 

 「春の女神さま、早く季節を春にしてください」

 綾は春の女神にお願いしました。

 

 「おっと、そうね」

 そう言うと、春の女神はさっと立ち上がりました。

 すると、もうそこにいるのは寝ぼけた女の人ではなく、威厳のある雰囲気をまとった神秘的な女性でした。

 

 「さあ、急いで春の支度をしなくちゃ。 みんな! 手伝ってちょうだい!」

 春の女神は、大きな声で周囲にそう呼びかけました。

 

 すると森の四方八方から、たくさんの小さな、春の妖精たちが集まってきました。

 色とりどりの妖精たちが、春の女神を囲んで飛び回ります。

 

 白、黄色、ピンク、青、赤、紫、オレンジ、若草色、さまざまな色の妖精たちが宙を踊ります。

 

 妖精たちが描き出す色の渦を見ていると、シイナと綾は目が眩むような不思議な気持ちになりました。

 

 春の女神は、たくさんの妖精たちを引き連れて、森の外へと出ていきました。

 

 シイナと綾も、それに続きます。

 

 「さあ行って、妖精たち!」

 春の女神が一声かけると、まず先頭の妖精たちが目の前の野原へと、散るように飛んでいきました。

 

 白い妖精が地面に降り立つと、そこに白いデイジーの花が咲きました。

 

 黄色い妖精が地面に降り立つと、そこに黄色いパンジーの花が咲きました。

 

 紫色の妖精が地面に降り立つと、そこに紫色のすみれの花が咲きました。

 

 そして、若草色の妖精たちがいっせいに地面や木々の枝に降り立つと、地面はみずみずしい草でおおわれていき、木々の枝はみるみるうちに葉を茂らせました。

 

 色が広がっていくとともに、暖かな風がぶわっとすごい勢いで寒さを吹きはらっていきました。

 

 「春の妖精が、春の色をつけているんだ」

 シイナは驚いたようにそう言いました。

 

 綾は、目の前で春が広がっていく光景に目を奪われていました。

 

 そのとき、シイナと綾の間を一人の妖精が通り過ぎ、二人の前でくるりと一回転しました。

 「シイナ、アヤ、アリガト! ハルガ、キタ!」

 

 そう言ったのは、綾の家に来たあの妖精でした。

 

 妖精はあっという間に、自分と同じ薄桃色の妖精たちの群れに混じっていきました。

 

 薄桃色の妖精たちは桜の木に降り立ちます。

 すると、桜の木々は薄桃色の花びらでおおわれていき、花を咲かせた桜の木が山に広がっていきました。

 

 「あの子、桜の妖精だったんだね」

 シイナが言いました。

 

 綾はあの妖精の姿を探して、あちこちの桜の木を目をこらして見てみましたが、もうどこにいるかはわかりませんでした。

 そのかわり、一本一本の桜の木の美しさが綾の心に染みこんできました。

 

 しばらくぼうっとしたような気持ちで、綾とシイナは春の景色に見とれていました。

 春の色はなんて豊かなのでしょう。

 この小さな旅を経験したから、綾とシイナにはひときわそう感じられるのでした。

 

 どのくらいの間、春の草木を見つめていたでしょうか。

 

 ふと気がつくと、綾とシイナは、近所にある桜並木の丘に立っていました。

 綾の家から歩いて数分の場所です。

 

 あわててあたりを見回しても、春の女神も妖精たちも、その姿はもうありませんでした。

 

 ほんのさっきまで、神さまのいる山に立っていたはずの二人は、しばらくの間、ぽかんとした気持ちでとまどっていました。

 

 しかし、いる場所は変わっても、目の前に広がる春の景色の鮮やかな色合いは同じでした。

 

 「央野区に春が来たんだね」

 シイナがぽつりとつぶやくように言いました。

 

 「そうね、よかった」

 綾も静かにそう応えました。

 

 「あの桜の妖精のおかげだね」

 シイナは嬉しそうに言いました。

 

 「うん」

 綾も、笑顔でうなづきました。

 

 そのとき、シイナは何かに気づいたような表情を浮かべました。

 「あれ? 綾ちゃん、頭になんかついてるよ」

 シイナはひょい、と綾の頭に手を伸ばして、なにかをつまみ上げました。

 

 それは、薄桃色の桜の花びらでした。

 

 「あっ、シイナもついてる」

 綾は、シイナの長い髪についていた桜の花びらをつまんで手に取りました。

 

 「ふふふ。もしかして、あの桜の妖精からのお礼かもね」

 シイナは嬉しそうに言いました。

 

 「うん、そうかもしれないね」

 綾も、優しい笑顔でそう言いました。

 

 二人は、桜の花びらを大切にハンカチの間に挟んで、ポケットにしまいました。

 そして、家への帰り道を歩き始めました。

 

 道すがら、シイナと綾は街路樹や道ばたの草木を眺めました。

 それらは若草色の葉が茂り、美しい色の花やつぼみが鈴なりになっていました。

 

 きっと、他の街にも春が来ていることでしょう。

 

 そう考えると心がはずんで、二人はお花見の日が楽しみでたまらなくなってきました。

 

 春を彩る様々な色に囲まれて、暖かな陽気に包まれながら、二人は家路を歩いていくのでした。

 

 ―おしまい―

 

説明
普通の女の子「綾」と、魔法使いの女の子「シイナ」は仲良し同士。

何事もマイペースなシイナを心配して、綾はいつもはらはらどきどき。

でも、シイナは綾に笑顔をくれる素敵な魔法使いなんです。

今回は、いつまでたっても春が来ない日のお話です。
シイナと綾は、春を探しに出かけます。
春は見つかるでしょうか。
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