いずれ天を刺す大賢者 1章 1節
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一章 熾天の書

 

1

 

「さて、ウィス君についても触れておこうか」

 ユリルとエルラさんとの話し合いに決着がついて、俺たちは食堂で夕食を摂ることになった。……とはいえ、エルラさんは食事をできない体だから、俺とユリルのためだけの食事だ。そして、料理ができない俺に代わって、ユリルがすると申し出てくれたのでそれに甘えておく。食材は俺がいなかったので、もちろん消費はされていなくて、また、肉や魚といった足が速いものも、腐らずにあるのは全て魔法のためだ。エルラさんはこの世界の文明レベルを魔法によって大きく引き上げ、冷蔵庫のようなものまで作ってしまっている。

 そして、全員で食卓を囲みながら、その話題は俺へと移ったという訳だ。

「ユリルちゃんも、彼と接していたのであれば、彼が普通の人間じゃないことはわかったことだろう。率直に言って、どう思った?」

「……なんというか、王侯貴族みたいな人と思いました。体力がなくて、明らかに旅慣れていなくて。それに、変わった物を持っていますし」

「うんうん、君からすればそう思うことだろう。だが、彼はあくまで一般庶民だ。ただし、生きる世界が異なっているけど、ね」

「それは、どういう意味なんですか?別の国の育ちなのかと、理解していたのですが」

「別の国とはいえ、世界は同じだよ。広義ではなく、狭義の“世界”。たとえば魔法の世界、剣士の世界、なんて言い方をすれば世界はいくらでもあるが、彼は広義での別世界から来た。ふふっ、理解が難しいだろう。だが、生きていればいくらでも不可思議な出来事には直面する。私は死んでいるが、消えてはいないから、彼と出会えた。聞いて驚きなさい。彼はどうやら、この世界とは千年というレベルで文明の開きがある世界からやって来たらしい。ただし、そこには魔法がないがね。代わりにこの世界においては古い時代の遺産としか残っていない機械が、一般的な物として使われている。その動力は魔力ではなく電力で、人は魔力を用いずに電気を操る術を確立しているらしい」

 別世界の魔法を操る人間からの、俺と俺の世界の表し方に、いくらかの違和感を覚えながらも俺は、目を白黒させるユリルを見ていた。

 当然、彼女は理解できない、と愕然としている。まあ、この世界で今まで真面目に勉強してきた子が、いきなり別世界から。それもこっちからすれば遠い未来の世界から人間が来ただなんて、信じられはしないよな。俺だってしばらくは信じなかったんだし。

 でも、それはまぎれもない事実であって、エルラさんに拾ってもらった俺はかなりの幸せ者だった。

「これは魔法使い見習いに聞かせる話ではないのかもしれないが……実は、この世界はもう行き詰まっているのではないか、というのが百年も前から言われ続けていることなんだ。魔法は確かに人の暮らしを豊かにして来たが、人があまりに世界全体の魔力を消費しているがゆえに、いつか世界の魔力は枯渇し、魔法が使えない時代が来てしまうのではないか、とね。無論、それは百年、あるいは千年という単位で見た場合の話だ。君が生きている間にどうこうなる、という話ではない。だが、部分的に世界の魔力が薄くなるという現象は起きているようで、その場所はすごく世界の境界、とでも言うのかな。とにかく、別世界とこの世界との“仕切り”が曖昧になってしまう時期、場所が生まれてきてしまっていて、そこからひょい、と突発的に別世界の人間がやって来てしまうことがあるようだ。無論、本人にその自覚はなく、ウィス君は学校の帰りだったな」

「はい。下校中なんで、まだまともな格好をしてましたけど、部屋でくつろいでる時だったら、ロクに物も持ってないし、酷い状態で来てましたよ」

 今から二ヶ月ほど前のことだ。

「まあ、今の君も私が期待していたほど、面白い物も知識も持ってはいないがね。どうせならもっと歳のいった技術者ならよかったのに」

「ははっ……持ってた携帯とかはすぐに充電切れで全滅するし、学校のテキストは、もちろんこっちの世界の人は読めないし、一番役立ったのが普段は使いもしないライターですからね。初めて異世界に来たと知った時は、もっとこう、こっちの人に尊敬されるかなー、とか思ってたんですけど」

 現実では創作の世界にあるような主人公補正も効かないから、まあこんなものなのかもしれない。

 それに、これはあくまで俺の基準だけど、この世界には美人が多いと思う。エルラさんは大人の姿も、今の可愛らしい姿もどちらも、白髪のためか儚げな雰囲気のある美人だし、ユリルだって金髪に赤い瞳という、温かく派手な色合いが目を引く美少女だ。体型も、スレンダーなエルラさんに対し、小柄ながらもしっかりとした凹凸があって将来有望に思える。……彼女が男を嫌っているらしいということも、頷ける。十五歳でこのスタイルなら、自然と男を引き寄せてしまうだろう。

 それに、普通に街を歩いていてすれ違う人も、老若男女を問わず美しく見えるのは、俺が外国人コンプレックスを発揮しているからではなく、本当にこの世界の人の美しさの平均が、俺の世界に比べて上なんだと……思いたい。そして、じゃあ俺が不細工に見えているのかと言えば、とりあえずエルラさんは「普通じゃないかな」と言ってくれているから、安心しているのだった。

「別世界の、人……」

 ユリルは呆気にとられた表情で、俺のことをじっと見ていた。

「そう、俺の世界では長距離を移動する場合、一般庶民でも自動車っていう……馬のいらない馬車みたいなものに乗るんだ。それから、料理するにせよ、洗濯をするにしろ、機械がやってくれる。だから体力がないし、覚えることは機械の操作ぐらいでいい。そうしてどんどん、人間ダメになっていくんだなぁ……って、こっちに来て痛感してるよ。あんまりに俺、ダメダメだから」

「つまり、誰でも魔法のようなことをできるということ……?」

「だいぶ形は違うけど、まあそういう認識でいいと思う。空を飛ぶのも、飛行機っていう大がかりな機械を使えばなんとかなるし、物を運ぶのにも、トラックっていう荷物をたくさん運ぶための自動車が使える」

「じゃっ、じゃあ、魔法の究極……不老不死も!?」

 ユリルは俺の話を聞くほどに興奮して、身を乗り出して聞いてくる。元々、こういう好奇心は強いみたいだ。なんというか、エルラさんとの出会いの日を思い出す。魔法使いというのは、誰でもこういう感じかもしれない。

「いや……さすがにそれは。一応、ロボットっていう、機械で作られた人型のものはあるから、そこに人間の意識を宿らせる、みたいなことができれば不可能ではないかもしれないけど……機械の体になってまで生きようっていうのもアレな話だし、実現できたのは寿命を伸ばすぐらいかな」

「……何年まで生きられるの?この世界の平均寿命は六十ぐらいとされているけど」

「八十ぐらいまでは普通で、長生きなら九十、百も。これからどんどん伸びていくと思う。薬や手術といった治療技術も発展し続けているから」

 ユリルは完全に絶句し、その後、なぜか頭を抱えてしまった。

「え、えっと……?」

「……エルラさん、悪い冗談ではないんですよね?」

「もしも冗談だったら、本当にタチが悪いね。ただ、これが今時の本当のことだったりするから、事実は小説より奇なりというものだ。いや、そういった空想小説は既に書かれているな。では、小説が現実となってしまったことを、喜ぶべきか頭を抱えるべきか。私は前者として受け取った方が、人生は楽しいものと思うよ」

「…………冗談じゃ、ないんですね」

「ああ。そもそも私は、人をからかうのは好きじゃないんだ。人にウソを話すということは、その時点で相手を裏切るということだ。私は人を裏切ってまで自分の楽しみを追求したりはしないよ。だから私の言葉は信頼してくれていい。できるなら、君も私には真実だけを話して欲しいけどね」

「これから教えを請う方に、ウソをつくつもりはありません。……それが真実なら、受け入れます。確かに彼の特異性は、そうでもない限りは説明がつかないと思います。それで、ステラさんが彼を住まわせているのは――」

「まあ、私には実体がないからね。小間使い兼、純粋な善意からだよ。そしてもちろん、研究対象としても興味深いと思っている。まあ、物に触れられないとはいえ、魔法でいくらでも物は動かせるから、そこまで人の手は必要じゃないんだけどね。しかし、弟子を取るにあたってそれを補佐してくれる存在がいるのは助かるよ。――よかったね、ウィス君。君にもきちんとした存在意義が生まれた訳だ」

「今まで存在意義なかったんですか、俺……?」

「ははっ、必要ではなかったからね。でも、うん、本当に今回の件で、私の君への評価は大きく上がったよ」

 純粋に喜んでいいのか、今までの自分があんまりにあんまりだったことを嘆くべきなのか。

 でも、そうだ。これから全く新しい生活が始まる。初めてこっちに来た時もそうだったけど、明確に俺にも役割が与えられ、しかもそれがこの世界特有の魔法に関するものだから、きっと楽しい毎日のはずだ。退屈な大学生としての生活とは、雲泥の差だな。

 ……ちなみに、もう二度と元の世界に戻れないのかもしれない、ということに関しては、あまり考えないようにしている。

 もちろん、あっちには未練が多い。卑近なところでは、食べ物は間違いなく日本の方が美味かったし、こっちにはゲームもパソコンもない。暇さえあればネットサーフィンをしていた俺にとって、ネットを取り上げられるのはきつい。でも、これから先に待っているのがそれ以上に刺激的な生活なら、きっともうどうでもよくなるだろう。

 こっちに骨を埋めることになっても、きっとそう悪いものじゃないと思う。まあ、いつまでもこの屋敷にはいられないから、なんとか職を見つけないといけないだろうが。

「そう言えば、ユリルちゃん。いつまでその暑苦しい服を着ているのかな?私服も持っているのだろう、それを着なさい。中々その魔法使いの正装も可愛らしいがね」

「あっ……そうですね。あの、というより、まだきちんと弟子にしてもらえていないと思うのですが、本当にいいんですか?」

「うん?もう言っただろう、君を弟子にすると。まさか、学食証明書を受け取って、それにサインでもしろと言うのかい?霊体である私に?」

「そ、そうですね。でも、魔法でペンを操れるなら――」

「ユリルちゃん」

「は、はい」

 こほん、と息もしていないのに咳払いをする。すると、一気に周囲の空気が変わった気がした。

 いや、俺に魔力なんてものは感じられないけど、そうじゃなくて空気が張り詰めるような緊張感が俺にまで伝わってくる。

「君の真面目さはよくわかった。しかし、君は教科書の通りにやって、魔法をきちんと使えたことがあるのかい?得意な火の魔法以外について、だ」

「…………あまり、ありません」

「それなのに、君は教科書に頼り続けた。そこに書いてあるのが絶対の真実であると盲信していた。……十五歳の少女に言うべきじゃないとは理解している。だが、私は今の君の歳の五年後にはもう、今の存在になった。それに倣えとは言わないが、学校を卒業した以上、基本や正統といった言葉は疑い、壊してかかるようにしなさい。少なくとも君に教科書通りの方法は適さない。ならば、自分自身で考えるんだ。因習に囚われず、常に未来を。それも明日ではなく、明後日の方向を見ていなさい」

「はい…………」

 ユリルはがっくりと項垂れて。でも、それが自分に足りないものである、という自覚はあったんだろう。すぐにエルラさんを見返して言った。

「それが、あたしの学ぶべき魔法なら、もう今まで勉強してきたことは忘れるつもりで取り組みます」

「決めつけてかかり、思考を放棄してしまう、というのも危険ではあるが、君がまずすることはそれで正しいと言わせてもらおうか。急に全てを変えろとは言わないけども、それまで当たり前だと思っていたことを見直す、新たな発見はそこから生まれるものだからね」

 今更のことだけど、改めてエルラさんは大魔法使いなんだな、と思った。まだ未熟な魔法使いであるユリルに教える姿は、偉大な仙人のようで、俺のような門外漢オブ門外漢が見ても、彼女が師として優れた人物なんだとわかる。それにユリルも、いい生徒に思えた。

 こうして客観的に先生と生徒を見ていて思うのは、俺がどういう学生だったのか、ということだな……。授業は真面目に受けていたし、課題もちゃんとやっていた。更に深めたいことがあれば、ネットで検索していたから、意欲的な学生ではあったと思っている。でも、先生との関わり合いは授業でしかなく、そこは淡白だったな。

 とはいえ、別に先生を尊敬していなかった訳じゃないけども、そこまで親しくなるのもまた違うと思っていたし、あれぐらいでよかったはずだ。

「ともかく、だ。今日は旅の疲れもあるだろう、しっかりと休んで、明日からがんばろう。ウィス君も、明日からは間違いなく忙しくなる、よく休んでおくようにね」

「はい、わかりました」

「うん、いい返事だ。では、私はもう部屋に戻っておくから、食事の後、彼女に屋敷の案内をしてもらえるかな?まあ、まともに機能している部屋は少ないから、大して時間もかからないだろう」

「そうですね。じゃあ、おやすみなさい」

「お、おやすみなさい!」

「うん、おやすみ。ふふっ、それにしても、死者がおやすみなどと言うとは、傑作だな。もう私の体はとっくに休んでいるというのに」

 エルラさんは笑い、風のようにいなくなってしまう。あれは魔法というより、霊体ならではの移動法らしい。なんとなく、日本の幽霊というと動きがゆっくりしているものという印象があるけど、こっちの幽霊はびゅんびゅん飛び回るのが標準なのかもしれない。

「…………えっと、ウィス」

「うん?」

 少しの間、エルラさんの消えたところを見ていたユリルが急に俺に向かって言った。

「今更な気がするけど、あたしをステラさんに会わせてくれて、ありがとう。なんだか、すごく感謝したくなったの」

「いえいえ。でも、お互いに認め合える関係になれたみたいでよかったよ。エルラさんがユリルを拒む気はしてなかったけど、ユリルの方がエルラさんはダメかも、って思ってたからさ」

「……正直に言えば、あまり得意なタイプの人ではないと思うわ。今の会話を聞いていればわかる通り、あたしは融通が利かない方だし、教科書に従わないと気が済まないような、型にはまった人間だから。でも、そんな現状を打破しないといけないな、とはずっと思ってた。全く自分とは違う人に教えてもらうことで、それが実現できるなら、あたしは恐れずにそうしたい。それだけよ」

「そうか……ユリルにとってもこの出会いがいいものなら、よかったよ。俺に自覚はなかったとはいえ、エルラさんの計画に巻き込んじゃってたんだし」

「まあ、さすがになんというか、狐につままれた感じはしたけどね。……ところで、あなた、別世界から来たのに言葉は通じるのね?それに、名前もこの世界のものとよく似た感じだけど」

「ああ、それか……」

 このからくりについても、きちんと話しておかないといけないな。

「言葉に関しては、これもエルラさんの魔法だよ。最初はお互いに何を言っているかわからなかったんだけど、俺に“言葉ではなく心で話す”感じの魔法をかけてもらったんだ。だから、今の俺たちがこうして話しているのも、実際は言葉ではなくて、テレパシーで話している感じで……あっ、この表現はわからないかな」

「心で話す、というのは理解できるわ。そんな魔法を使える辺り、さすがステラさんだけれど、それを断続的にかけているの?まさか、一度かけただけでずっと、とはいかないわよね」

「それに関しては、これ、魔石のネックレスをもらってるんだよ。これがあれば、永続的に魔法の効果を得られるっていう」

 できるだけ地肌に接している方がいいというから、普段は服の中に隠しているネックレスを取り出して見せる。でも、このままだとユリルの言葉がわからないかもしれないので、すぐに戻した。

「なるほど……でもその魔石って、ぱっと見た感じかなりの高級品みたいね。本人は裕福ではないと言っていたけど、あたしとあなたの二人を養ってくれるというんだし、かなりのお金持ちよね」

「一応、世間的にはエルラさんが亡くなっていることは伏せられていて、今も仕事を受けているから、お金は稼げているんだと思う。正直、屋敷の大部分を使ってないのも、機能を果たせないからというより、一人プラスアルファで暮らすには広すぎるからじゃないかな」

 逆に言って、つい最近までは何十人という使用人と共に暮らしていたなんて、一般庶民の俺にはちょっと想像できない話だ。エルラさん自身も、なぜそうしなければいけなかったのだろう、と疑問に思っていた。

「後、俺の名前か。これはエルラさんに付けてもらったこっち風の名前で、本名じゃないんだ。本当の名前は大月賢人っていうんだ。賢人のケンっていう音の字が、賢いっていう意味だから、こっちの言葉で賢いを意味するウィスって付けてもらったんだよ。なんか俺には一番縁遠い言葉な気がするけど、どうせなら元の名前から連想される名前の方がいい、って」

「なるほどね。あたしも、最初聞いた時は賢そうな名前だと思ったわ。……それに、あなたに縁遠いこともないでしょう」

「恐れ多いよ、賢いだなんて。本名もだけど、名前負けしているって思われるのはイヤだなぁ、って」

「謙虚と言えばいいのかしら、それ。……ごちそうさま」

「あっ、俺も終わってた、ごちそうさま。美味しかったよ、本当、こっちに来てからお店のもの以外で、初めてまともな食事ができた」

 鮮度も調味料も、現代日本のそれには及ばないけど、今夜の食事はユリルが作ったと知っているからか、いつもより美味しく感じた。

「どれだけ劣悪な状態だったのか、あまり想像したくないわね……。さ、それじゃあ、片付けの後は案内をしてくれる?正直、自分の部屋と食堂さえわかれば、もうそれで事足りると思うのだけど」

「まあ、一応他にも機能している部屋はあるから、そこに案内するよ。使うかどうかはともかくとしてね」

説明
最初で最後の異世界転移要素

※毎週日曜日(時刻不定期)に更新されます

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