魔法幽霊ソウルフル田中 〜魔法少年? 初めから死んでます。〜 黒幕登場!な37話
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「田中あぁぁぁぁ!!!」

 

吹き飛ばされていく田中に向かって叫ぶ花子さん。

しかし、いくら叫んだところで今の花子さんではどうすることもできなかった。

花子さんの人魂では、田中の勢いを相殺できないからだ。

 

「そんなに叫ばなくても大丈夫だよー。ちょーっと面倒だったから吹き飛んでもらっただけだってー」

「くっ……!」

 

ネムノキの言葉に歯噛みする花子さん。

花子さんもまた、田中と同じように油断していたのだ。

いくらジュエルシードを使って強くなったとはいえ、これまでの暴走体と大して変わらないだろうとたかをくくっていた。

だが実際は違った、ネムノキは都市伝説級クラスにまで強化され、現に花子さんすら気づかないほどの速度で間合いを詰めていた。

リニスが視認できたのも、偶然にすぎなかった。

 

「花子さん!」

「落ち着きな、リニス。……アイツもああいってる通り、田中はやられちゃいない。すぐには戻って来れないだろうけどね」

 

唯一幸運だったのは、向こうには田中を殺す気がなかったらしいということ。

しかし都市伝説級の人魂をくらったのだ、当分の間は吹き飛んだままになっているだろう。

数の上では2対1、こちらの戦力が減り、相手は大幅に強化された。

圧倒的不利には間違いなかった。

 

「リニス、ここから先は絶対にアイツの攻撃に当たるんじゃないよ。今のアイツの攻撃は、アタイらが一発でも食らえばおしまいだ」

「わかりました……しかし太郎さんは――――

「やられてなきゃ大丈夫だ。目の前の敵に集中しな」

 

基本的に、幽霊は自分より霊格が上の相手には勝つことが難しい。

現に、花子さんとリニスの攻撃はネムノキに通用しない。

そしてネムノキの攻撃は、一発でも致命傷になりうる。

しかし二人は迷うことなく戦うことを選択した。

それを見てネムノキは面倒くさそうな顔をする。

 

「ええー……それでもやるつもりなのー? 田中君もいないし、正直そっちに勝ち目がないと思うんだけどー?」

 

田中は確かに三人の中では一番弱いが、サポートに回るとかなり厄介な存在である。

その田中がいない状態で、この先自分の攻撃を一度も受けないなんてことができるのだろうか。

 

「ふんっ、それで勝ったつもりになるなんて、まだまだ甘いね」

 

だが、花子さんはにやりと笑う、その頼もしい姿にネムノキは油断はできないと表情を引き締める。

 

「流石太郎さんの師匠ですね……。こんな状況でも、諦めないなんて」

 

田中が吹き飛ばされ、正直不安を感じていたリニスだったが、花子さんの姿を見て持ち直す。

フェイトと同じくらいの年頃に見えるのに、その佇まいにはベテランの魔導士すら敵わない気迫があった。

田中と同じように、策があってのこの自信なのだろうと確信する。

 

「それに、アンタは何か勘違いしてるようだね……」

「? 勘違いってなにさー」

 

きっ、と花子さんはネムノキをまっすぐ見据え、啖呵をきる!

 

「田中がいないってことは! こっから先アタイらがアンタに ど れ だ け の 事 を し て も 止めてくれる奴なんていないってことだよっ!!!」

「ちょちょちょ!? 何!? 何する気なのー!?」

「いくよっリニス! こいつにアタイの弟子を攻撃したこと、即成仏したくなるぐらい痛い目に遭わせてやる!!!」

「え、えええー!?」

 

全く違った。

策があるとかそんなものではなく、単純に田中に手を出されてブチ切れているだけであった。

しかしその殺意は霊格など関係なしにネムノキをビビらせ、とりあえずリニスは花子さんの方こそ落ち着けと言いたくなるのであった。怖いから言えないけど。

 

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―――――あぁぁあぁあ!!?」

 

廻る廻る、ぐるんぐるんと世界が回転していく。

ネムノキの人魂で吹っ飛ばされた俺は、いまだに勢いが収まらず、体を回転させながら飛び続けていた。

早くみんなのところに戻らなければ、そう思って人魂を爆発させてみたものの、吹っ飛ばされた勢いを殺すことに失敗して回転力まで追加してしまった次第である。

 

最初はいけると思ったんだけど、人魂を作った瞬間に体が建物を通過して人魂が暴発した。

挙句の果てに目が回って上手くイメージが作れなくなってしまった。

 

というかホントにどうするんだ!?

花子さんたちとはどんどん離されてしまっているし、ネムノキだって都市伝説級の力を手に入れている。

このままだと二人が危ない。

異次元さんに助けを呼ぶにも、ここがどこで八神家がどこにあるのかを把握してなきゃラップ音もならせない!

 

おまけに上下左右が全く分からないこの状況、自分がどっちに向かって吹っ飛ばされているのかはなんとなくわかるが。

くっ、地味だけど、自分が飛んでる逆方向に移動するイメージで少しずつ勢いを殺していくしかないのか……。

 

「〜〜っ。早く止まってくれ!」

 

目をこれ以上回さないよう、しっかりと閉じてひたすら踏ん張る。

とまれ……と、ま、れ!!!

 

ズンっ! ザザザザザッ!

 

―――――っぐはっ!?」

「……派手に飛んできたな」

 

思いは通じるとはこのことなのか、俺の空中飛行は唐突に終わった。

やわらかい何かにぶつかって数メートルすすんだものの、完全に勢いは殺しきれた。

どうやら、幸運にも誰かに受け止めてもらえたらしい。

 

「はぁ……はぁ……ありがとう、ございます……!」

 

がっくりと膝をついて、荒く呼吸をする。

いったい、どこまで飛ばされたんだ?

ひび割れた床や、明かりがついていないところを見ると、どうやら使われていない廃ビルのようだった。

しかし、これだけじゃ自分がどこにいるのかが分からない。

早く外に出て、自分の位置を確認する必要がある。

 

ただ、受け止めてくれた人には感謝をしないといけない。

本当に助かった、このままだと地平線のかなたまで吹っ飛んで行ってしまうところだった。

 

「結局、戦うことになったか」

「……っはい! いま、向こうは戦闘で危ないんで、しばらく近づかないでください! 俺は行きますんで!」

 

受け止めてくれた親切な人に警告しつつ、俺は花子さんたちのもとへ向かおうとする。

なんせ都市伝説級の幽霊が暴れているのだ。

一刻も早く、俺も加勢しなければ何が起きるかわからない。

そう、俺を受け止めてくれたこの親切な人も巻き込まれてしまうかも……。

 

 

そこまで考えて、漸くおかしな点に気付いた。

『俺を受け止めてくれた』?

物理法則に縛られない、壁だってすり抜けれる、幽霊の俺を?

 

「ちょっとまて、まさか――――っ!?」

 

振り向いた瞬間、俺は受け止めた人間の顔すら見ていなかったことに思い当たる。

なぜかって?

ソイツの外見は一度見たら決して忘れないだろう、それほどまでに『異質』だったからだ。

 

立っているにもかかわらず、地面に触れそうなほど長い白髪。

着飾るなんて意思が感じ取れず、ただ伸びるのに対して無関心を貫いたような、そんな乱雑さが見て取れる長髪。

しかも声色と背格好から察するに、男だ。

白い髪とは対照的に黒いコートと長ズボンで身を包み、そのコートと同じ……いや、それ以上にどす黒い、真っ黒な瞳で俺を見つめている。

本来あるはずの白い部分すら黒く塗りつぶされたその眼は、幾層の闇が重なっているようにも見えた。

 

「お、お前も……!?」

「ようやく気付いたか。このまま向こうに行かれたらどうしようかと思ったぞ」

 

これまで見た誰よりも、幽霊らしい恰好をしたソイツは。

 

「初めましてだな、田中太郎。俺は斎賀(さいが) シュウ。『レギオン』のリーダーだ。そしてお前と同じ幽霊でもあり、『転生者』でもある」

 

はっきりと、自分が『転生者』であることを告げたのであった。

 

 

 

「転生者……!?」

 

一度に入ってきた情報に、対処しきれなくなる。

目の前の男は、確かに、自分が転生者でありレギオンのリーダーである、そう告白した。

しかし、俺と同じ転生者だって?

 

「ああ、そうだ。……お前は思い当たらなかったのか? あの地震で全世界の生物は死んだんだ。その中でお前だけがこの世界に転生するわけがないだろう。この世界は有名だったからな」

 

あの地震……前の俺がいた世界が滅んだ原因だ。

それを知っているということは、俺と同じ世界にいた人間ということになる。

 

俺以外の転生者。

それについては、考えたことならある。

なのはちゃんに出会ったばかりの、まだ孤独だった頃だ。

転生先を自由に決めれたとはいえ、俺たちの世界で死んだ命はあまりにも多い。

ならば、俺と同じようにリリカルなのはの世界に転生している人間がいるのではないか?

そして、そいつなら、神様にもらったチートな力で俺が見えるのではないか、そう期待して、探していた時期があった。

 

しかし、『いなかったのだ』。

転生者なら、物語の主役であるなのはちゃんに近づいてくる、そう考えてなのはちゃんの周辺を探ってみてもそれらしい人間は一人もいなかった。

何十億という人間が死んだ前の世界だ、そこから一体何人がリリカルなのはの世界に転生してくるかは予測できないが、それでも一人もなのはちゃんに接触しないというのは余りにも不自然すぎる。

じゃあ俺と同じで転生に失敗しているのかと思えば、花子さんに会うまで俺は一度も他の幽霊を見かけることがなかった。

そしてとうとう原作通りの展開が始まってしまい、俺は他に転生している人間など居なかった……そう考えていたのだ。

目の前の、斎賀と名乗った男が現れるまでは。

 

「そもそも、『レギオン』とは転生し、そして『再び死んで幽霊になった』者たちの集団だ。お前たちが今戦っているネムノキも、俺たちと同じ世界出身の転生者だ」

「ネムノキも……!?  ちょ、ちょっと待ってくれ!?」

 

こんな大変な情報をいっぺんに喋るから、頭がこんがらがってきた。

えーと、斎賀が転生者で、レギオンも転生者、ネムノキも転生者でみんな幽霊で……!

 

「……っ! みんな転生者なら、なんで今まで何も……。いや、それより、ネムノキにジュエルシードを使わせて、どういうつもりなんだ!」

 

そうだ、レギオンのリーダーだということは、今回のネムノキもコイツの差し金ということになる。

そしてレギオンのメンバーが全員転生者ということなら、原作通りの展開を知ってて、ジュエルシードを強奪しに来たのだ。

 

「それについてはこっちがどういうつもりだと聞きたいな。確かにジュエルシードを奪って人質にするようには言ったが、それは田中……お前と交渉するために行ったに過ぎない。ジュエルシードを使って戦うのはあくまで最終手段、交渉が決裂し、戦闘になった場合だと決めていた」

「えっ……交渉?」

 

しかし、想定していない答えが返ってきた。

ネムノキは俺と交渉するつもりだった?

しかし、そんなことは一言も……一言も……。

 

「一言も言わせず攻撃してた……」

「……道理ですぐにジュエルシードを使ったわけだ。案外過激なんだな、お前」

 

そういえば、ネムノキが現れた瞬間から三人がかりで襲い掛かっていたことを思い出す。

確かにあの時ネムノキは何か言おうとしていた、けれども有無を言わさず戦闘に入ったのは俺たちの方だった。

呆れた表情で斎賀はため息をつく、しかし、あれは仕方ないだろう!

 

「だ、だっていきなり地面から火柱立てて現れるんだぞ! それに、レギオンの『板張』って奴は俺と戦うつもりだったって聞いてるし、普通は容赦しないだろう!」

「そういうことか。ちっ、板張め……やはり余計な誤解を……」

 

そう、忘れてはいない、リニスさんと戦っていたあの日、花子さんはレギオンのメンバーである板張という男と戦っていたのだ。

その目的は、ずばり俺と戦う事。

何の理由があるのかはしらないが、それだけでも十分に敵とみなしてもおかしくないじゃないか。

それを言うと、斎賀は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「その件については、すまなかった。板張はどうにも戦っている奴をみると、そいつと戦いたくなる性分なんだ。本来なら俺ではなく板張がここにいる予定だったんだが……謹慎しておいて正解だった」

「お、おう……戦闘狂なのかそいつ」

「ああ、間違いなくここにいたらお前と戦うつもりだっただろう」

 

なんだかよくはわからないが、板張というやつがやったことはレギオンにとっては独断だったらしい。

果たして幽霊を謹慎できるのかは知らないが、今回は板張も来ないとのこと。

ただ、こうも素直に謝られるとは思ってもみなかった。

 

「ようやく状況が飲み込めた。ネムノキは交渉すら出来なかったから、こっちにお前を飛ばして交渉を俺に丸投げするつもりらしい」

「交渉って……、というかそれどころじゃない! お前も知ってるんだろう!? 俺たちの早とちりのせいなのは謝るけど、向こうにいる花子さんとリニスさんが危ないんだ! 話なら後でいくらでも聞くから、一緒に行ってネムノキを止めてくれ!」

 

そうだ、こうしている間にも花子さんとリニスさんはネムノキと戦い続けているんだ。

斎賀の見た目はおっかないが、話の通じる奴だということはわかった。

レギオンが、俺に話があって今回現れたというのも、信じよう。

まだまだ聞きたいことは山ほどあるが、それは後回しにして余計な争いを鎮めるのが最優先である。

 

「……それは、原作通りに事を進めるためか?」

「それもあるけどっ、余計な争いは無いに越したことはないだろ!」

「そうか……」

 

俺は自分が飛ばされた方向へ向き直る。

斎賀も来てくれれば、ネムノキも戦いをやめるだろう。

花子さんたちは俺が呼びかければ大丈夫。

そう思いながら、俺は廃ビルの窓をすり抜けていこうとして――――

 

 

――――なら、まだお前とここで話をする必要があるな」

「ぶべっ!?」

 

思いっきり窓に頭を打ちつけた。

頭を強打して、痛みにうずくまる。

そんなばかな、最初俺はこの窓をすり抜けて来たんだぞ!?

 

「いつつ……お、お前……なにを!?」

「この建物全体にポルターガイストをかけている」

「ポルターガイストだって!?」

 

 

見れば確かに、俺がぶつかった窓は地震が起きたように小刻みに震えていた。

ポルターガイストによって力が加わっている物体は、幽霊にも触れる事ができる。

小さく、軽いものほど素早く動かせて、大きく、重いものほど動きが鈍ってしまう。

そして、自分の霊格に不釣り合いな重量のものは力を加えることすら出来なくなるのだ。

この建物が何階建てかはわからないが、それ全部にポルターガイストを使えるなんて、それこそ都市伝説級の幽霊しかいない。

 

「これで分かったと思うが、俺の霊格は都市伝説級に匹敵している。無駄に抵抗しようとは思うな」

「……くっ」

 

だめだ、今はこの場を切り抜けて脱出するには分が悪い。

既にポルターガイストをかけているものには、他の幽霊がポルターガイストを使って動かすことは出来ない。

この建物全てにポルターガイストがかかっているなら、俺はこの場でポルターガイストを使う事ができないという事でもある。

人魂で窓ガラスを破ることは出来そうだが、それらしい動きをしたら即座に攻撃されるだろう、建物ごと握りつぶされるとか。

 

「何のつもりなんだ。元々俺と話し合う予定で、戦闘は最終手段だったんだろ」

 

仕方なく、この場で話し合うことにした俺はまずポルターガイストまで使って俺を引き止めた理由を聞く。

斎賀は、花子さん達とネムノキの戦いを止めるつもりがないのか?

まさか、俺には用があって他の二人はどうなってもいいと?

 

「そう怒るな。俺達も無駄な戦いは避けたい、だが……『お前はジュエルシードをどうするつもりだ?』それを確認したい」

「ジュエルシード?」

 

ジュエルシードをどうするつもりなんて……あれは俺がどうするもなにも、人が扱えるような代物じゃない。

そりゃあイレギュラーな暴走体が現れたら、なのはちゃんに危害を加える前に戦うつもりではあるが……。

 

「基本的にジュエルシードは、なのはちゃんやフェイトちゃんに封印してもらうのが安全だろう? 原作通りでもあるし」

 

もっとも、プレシアさんが次元震を起こさないように少しばかり調節する必要はありそうだが。

しかし、斎賀は……レギオンは何を考えているんだ?

 

「残念だが、それはさせない。今あるジュエルシードは、全て俺達が集める」

「な!?」

 

返ってきた答えは、俺が考えもしないものだった。

斎賀は冗談を言っているのかと疑ってしまうぐらいに。

 

「ジュエルシードを全てって……なのはちゃんやフェイトちゃんが持ってるのも奪うつもりか!? そんなことしたら、プレシアさんや時空管理局まで敵に回すことになるぞ!?」

「その通りだ。だがジュエルシードがあれば、誰であろうと敵じゃあない」

「敵じゃないって……まさか」

 

ジュエルシードがあれば誰であろうと敵じゃあない、斎賀のその言葉に、俺はある可能性に思い当たった。

まさか、ネムノキが躊躇いなくジュエルシードを使ったのは……!

 

「ジュエルシードを、制御できるのか?」

「そのまさかだ。俺達はジュエルシードを暴走させずに使う方法を知っている」

 

俺の予測は当たっていた。

どんな方法かは分からないが、レギオンはジュエルシードの正しい使い方を知っている。

ネムノキは、ジュエルシードを『正しく使って』あの強さを手に入れているのだ。

ジュエルシードの数は二十一個、それら全てが都市伝説級の幽霊になるとしたら確かに敵はいないだろう。

 

 

「そして、ここからが本題だ。田中、『俺たちと一緒に来い』。俺たちの仲間になれば、ジュエルシードを使って、始まる前に終わった俺たちの命をやり直すことだって不可能じゃない」

「な――――!?」

 

斎賀が持ちかけてきた交渉、それは、初めから死んでいた俺にとって、十分すぎるほどの衝撃を与える内容だった。

『生き返ることができる』?

ジュエルシードを使えば……レギオンの仲間になれば、始まるはずだった第二の人生を、もう一度やり直すことが、できる?

 

「そんな、でもどうやって……」

「『ジュエルシードは発動者の願いを叶える』特性を持っている。ネムノキは単純に『強くなりたい』という願いを叶えてああなった。ならば、ジュエルシードを正しく使えば、『生き返る』願いすら叶えることができる。俺たちは、生き返れるんだ」

 

声が震える。

とっくの昔に醒めてしまった夢が、ぶり返すようだった。

そういうことなのか、それで、ネムノキはあそこまで強くなったのか。

生前に見た、原作アニメの展開が頭をよぎる。

自分もあの中に飛び込んでみたかったのではないのか。

 

「俺たちとお前は、同じ境遇の幽霊だ。理不尽に奪われた人生を取り戻したくて仕方ない。だから、俺たちとお前は仲間にだってなれると思う」

 

そう言ってこちらに手を差し出す斎賀には、敵意は感じられなかった。

ここでレギオンの仲間になれば、花子さんたちの戦いもすぐに終わることになるだろう。

俺は好き好んで戦いを望んでいるわけではない。

だからこの提案は悪いものではなかった。

 

 

「…………ごめん、斎賀。確かに生き返れるのは魅力的だけど、俺には、なのはちゃんやフェイトちゃんを襲ってジュエルシードを奪うなんて、絶対にできない」

 

 

ただ一点、なのはちゃん達と対立することを除けば。

 

確かにこの世界に転死する前は、リリカルなのはの世界で生きていくことを楽しみにしていた。

でも、俺はもう死んで、なのはちゃんの守護霊なんだ。

生き返れたとしても、なのはちゃんの敵になるなら、俺は死んでもなのはちゃんの味方でいたい。

だから、レギオンのやり方を全部肯定するわけにはいかない。

 

「……なに?」

「あ、でも『生き返る』ことを否定するわけじゃないんだ。そりゃあ、ジュエルシードを使って生き返れるなら、生き返るべきだと俺も思う。だから、なのはちゃん達がまだ回収してないジュエルシードを、先回りして回収すればいいんだ。それなら俺も協力できる」

 

眉を顰める斎賀に対して、俺は慌てて妥協案を提案する。

そう、あくまでなのはちゃんと対立するのは御免なだけで、ばれずにジュエルシードを使うのなら反対はしない。

なにせジュエルシードは暴走するから封印しなければならないのだ、それを安定して使うことができるのなら、使える奴が持っていた方が良いと思うし。

なにより、せっかく生き返れる希望があるのに、それを潰されるなんてあんまりじゃないか。

 

「それに、俺はプレシアさんを助けたいんだ。そのためにある程度は原作通りの展開になってもらう必要があるって考えてる。だからジュエルシードを全部っていうのは勘弁してほしいんだよ」

 

これなら、レギオンとも争う必要はないだろう。

そう思っていたのだが……。

 

 

「お前は、まだ『原作』なんて下らない筋書きを優先するつもりか?」

「え?」

 

斎賀は禍々しい目つきで俺をにらみつけてきた。

そこには明らかな苛立ちの感情が含まれていて、俺は焦る。

 

「いい加減にしろよ田中、お前はどこまでお人好しなんだ。原作の連中にいちいち気を使って、ジュエルシードを集められないなら、俺たちの願いは叶わないかもしれないんだぞ!」

「ちょ、ちょっと落ち着けよ!? 何も一つも取るなとは言ってないだろ!?」

 

ついには激怒する斎賀に、俺は違和感を感じた。

なんでだ?

レギオンの目的は、失敗した転生をやり直すことじゃないのか?

まさか、レギオンの全員が蘇るにはジュエルシードが一つや二つじゃ足りないのか?

いや、そうだとしても……どうして斎賀はあんなに殺意と憎悪に溢れた顔をしているんだ。

あれじゃあまるで、復讐に憑りつかれた怨霊みたいじゃないか。

 

 

「数個で足りるものか……! ただ生き返るだけで、納得できるはずないだろう! お前は、俺たちを殺した元凶に復讐したいとは思わないのか!!!」

「――――え」

 

俺たちを、殺した?

この世界に転生するはずだった人間を、殺した奴がいるのか?

 

「殺したって……!?」

「どうやら本当に忘れているらしいな、9年前のあの忌まわしい事件を……!」

 

9年前? なんか、どこかで聞いたような気がする。

しかし思い出す暇は残されていない。

斎賀が何かをしようと、右手を俺に向けている。

やばい、何をするのかはわからないが、斎賀が怒った辺りから悪寒が止まらない。

いよいよ戦闘を回避するなんて言えない状況になってしまった。

 

しかし俺の打てる手段は少ない。

ポルターガイストはダメ、ラップ音じゃ攻撃にならない、血文字では何もできない。

くそっ! 一か八か人魂で攻撃するしか……!

 

「タナカァ! ミミヲフサゲェ!!!」

「!」

 

パリン! とガラスをぶち破る音と共に黒い影が飛び込んできた。

黒い影――――ティーの声にとっさに反応し、俺は耳をふさぐ。

 

 

「破ァ!」

「ぐっお……! ちっ、カラスどもめ!」

 

ティーが一喝した瞬間、斎賀は見えない何かに突き飛ばされたように後退する。

耳を塞いでなかったら俺まで吹っ飛ばされていただろう、直前の忠告のおかげだ。

 

「ティー! 助かった!」

「ソノママフサイデイロ! コイツハ、ココデジョウブツサセテヤル! 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空――――」

 

しかもそのまま般若心経に繋げるコンボをお見舞いする。

かつて俺も食らったことがあるからわかるけど、あれは幽霊に対して必殺ともいえる技だ。

心が洗われる素晴らしい詠みっぷりに、戦意は喪失し、無抵抗のまま成仏させてしまうのである。

 

しかし、これでいいのか?

斎賀にはまだまだ聞きたいことが山ほどある。

それに、いまここで成仏させてしまったら、斎賀はジュエルシードを使う事すらできなくなる。

生き返れるチャンスが、やり直せるチャンスがなくなってしまうのだ。

 

「ぐっ、ぬおおお……!」

「ティー! す、少し待って……!」

 

斎賀の体から、黒い霧状の粒子が舞い上がって行く。

成仏が進み、体を構成しているエクトプラズマが抜け出ているのだ。

俺はティーのお経を途中でやめるように説得するが、無駄に終わる。

 

「っ……ふん!! これしきの技が、俺に効くとでもおもったか!」

「「!?」」

 

そう、他でもない斎賀自身が、抜け出るエクトプラズマなど意に介さないようにこちらへ迫ってきたのだ。

俺とティーはそろって驚愕する。

そんなバカな、あの般若心経がまるで効かないだと!?

どんな幽霊だろうと、あのお経を聞けば力が抜ける筈なのに!?

 

「――――ッ、度一切苦厄 舎利子」

「ティー! もういいっ!!!」

「グエッ」

 

なおも般若心経を唱えようとするティーを庇うように抱え込む。

斎賀は、普通の幽霊じゃない。

都市伝説級だからとか、そんなものじゃない、俺とは決定的な『違い』がある。

これ以上の攻撃も、恐らく無駄骨になるだろう。

最早、なかよく話し合いなんて言ってられない状況だ。

 

「悪いけど、話し合いはここまでだ!」

 

だからここは、とっとと逃げる!

右腕を自分の背後、ちょうど斎賀がいる方向にむけて人魂を作る。

このままティーが割ってくれた窓から脱出だ。

 

「逃がすか!」

 

斎賀は右手のこぶしを握りこむ。

すると、建物はミシミシと轟音を立て始めた。

ポルターガイストで建物を瓦礫にして、俺たちを閉じ込めるつもりだろう。

だけど、こんなに大きなものをポルターガイストで動かすより、俺の人魂が爆発する方が断然早い!

 

「爆発飛行ッ!」

 

ドンっ! と俺の人魂は爆発し、腕に抱きかかえたティー諸共窓の外へ吹っ飛ぶ。

その加速をつけたまま、一気にトップスピードで離脱。

後ろから、瓦礫の崩れる音が聞こえたが間一髪抜け出すことができた。

 

「タナカ! モットテイネイニカカエロ! クルシイ!」

「ごめん! でも念押しに何発か爆発させるから耐えてくれ!」

「グェェェ……!」

 

さらに4個ほど爆発飛行用に人魂を作成する。

流石にたった一個の人魂を爆発させただけでは、この場を完全離脱というわけにはいかない。

相手は都市伝説級、つまり俺より早く飛んでくる可能性だってある。

なら、思いっきりこいつを爆発させて、あわよくば爆風で斎賀も吹っ飛んでくれれば追いつけられないだろう。

 

ドンドンドンドン! と連続で爆発音が響き、さらに吹っ飛ばされる俺たち。

後ろを見ていないから確認できないけど、斎賀が崩した建物の瓦礫も逆方向へ吹っ飛んだはずだ。

相手は都市伝説級だから直撃させることは無理だろうけど、瓦礫を当たらないようにポルターガイストで操作する必要があるから、さらに時間を稼げるはず。

 

「―――――っ、こ、ここまで吹っ飛べば大丈夫だろう」

 

ティーを抱えているので建物をすり抜けられないから、かなり上空まで飛ぶよう調整するのに苦労した。

しかし、斎賀がいた建物も見えなくなったし、俺を探すことは出来ないだろう。

 

「タ、タナカ……ハナセ……クエッ」

「うわぁ!? ごめん! と、飛べるか?」

 

虫の息っぽいティーを恐る恐る開放すると、ふらふらと危なっかしく飛び出す。

ちょっと手荒に抱えてしまったかもしれない。

いや、でも爆発飛行の衝撃って相当なものだから、しっかり抱えないとカラスの体じゃあ耐えられそうにないんだよなぁ。

 

「フゥ、ヤットマトモニイキガデキル」

「本当に悪かったって……。ところで、良くあそこが分かったな。ありがとう」

「グウゼンダ、テッタイシテイルトキニ、フキトバサレテイルオマエヲミツケタ」

 

運が良かった。

あそこでティーが来なかったら、何をされていたかわかったもんじゃない。

ただ、あの様子じゃあレギオンと和解するのは絶望的だろう。

ネムノキは、力ずくで止めるしかない。

 

「タナカ、オマエトタタカッテイタ、アイツハナンダ?」

「あいつは斎賀シュウ。ティーは花子さんから『レギオン』の話は聞いてるか?」

「アア」

「なら話は早い、斎賀はそのレギオンのボスで、今回は俺を仲間に行き入れるつもりだったらしい」

「オマエヲ?」

 

事情を知らないティーは首をかしげている。

正直、詳しく話してしまっていいのか判断ができない。

俺以外の転生者のこと、ジュエルシードを正しく使えること、転生者が……殺されていたこと。

俺自身も、いまだに信じられないような事ばかりで、頭が混乱しているのである。

 

「ごめんな、話すと長くなる。兎に角あいつの話は断ったから、今は敵だ。早く花子さんたちのところへ戻ろう」

「ワカッタ、アトデハナシハキコウ。トコロデ、オレモカセイシテイイノカ?」

「ああ、事情が変わったからな。ティーが来てくれれば心強い」

 

結局、説明を後回しにすることにした。

実際、ここでうだうだと説明している時間はない。

そういうことは全部が終わってからやるべきだ。

都市伝説級が二人いる以上、こちらも手加減はしていられなくなった。

ジュエルシードを使った幽霊にティーのお経が通用するかは不明だが、やってみる価値はある。

成仏とまではいかなくとも、弱ってくれればそれでいいのだ。

 

「よし、いくぞティー! 爆発飛行でいけばあっという間だ!」

「ヤメロ! カカエヨウトスルナ! オレヲコロスキカ!」

 

えー、絶対こっちの方が速いんだけどなー。

断固拒否の姿勢を見せるティー、そこまで嫌がらなくても……。

 

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ユーノが張った結界により、人っ子一人いなくなった街の上空。

そこは、黄色い雷光と、青白い閃光、橙色の炎が飛び交う戦場と化していた。

 

「おりゃっ! こいつも食らっときな!」

 

ビュン! と花子さんがレーザーを撃ちだす。

レーザーといっても、人魂を変化させて撃っているものだが、それは本物とそん色のない速さを誇る。

 

「ひぃぃっ!?」

 

しかし、ネムノキは首を振り、間一髪でそれを躱す。

ジュエルシードによる強化の賜物だ、並の幽霊なら反応することすらできずに命中しているだろう。

 

「スキありです!」

 

そこからさらに、リニスの追撃が繰り出される。

二人はネムノキを挟み撃ちの状態にして戦っており、先ほどの花子さんの人魂を躱したネムノキは、それを躱すことに集中しすぎていた。

後ろから放たれる雷撃を躱しようがなく、背中に被弾する。

 

「いだだだ!?」

 

リニスの雷撃も人魂を変化させたものなのだが、魔法を使う感覚で放つためにその性質は雷に近い。

当然、こちらも花子さんのレーザー並みに躱しづらい。

しかも、当たれば見事に感電するイメージが叩き込まれ、たとえ都市伝説級の幽霊でも痛いものは痛い。

 

都市伝説級にまで強化されたネムノキと、田中が脱落した花子さん達の戦いは、一方的なものとなっていた。

ただし、圧倒的な戦力差にも拘わらず、一方的に攻めているのが花子さん達の方という結果になっているのだが。

 

「んもー! 人魂ビームっ!」

 

ネムノキもされるがままというわけではない。

花子さんとリニスにそれぞれ左右の腕を向け、極太の砲撃を放つ。

なのはの砲撃に勝るとも劣らないそれは、並の幽霊に向けるには過剰ともいえる威力をもっていた。

 

「爆発飛行!」

「アークセイバーッ!」

 

しかし二人には届かない。

花子さんは爆発飛行で素早く射線から退いた。

リニスに至っては人魂を剣の形状に変化させ、砲撃が来る瞬間に横から叩き込み、わざと勢いに弾かれて回避するという神業を見せる。

ネムノキの砲撃は、二人の向こう側にあったビルを貫通するだけになってしまった。

 

「むむむ〜……!」

 

当たらない。

先ほどからいくら狙いをつけていても、ネムノキの攻撃は二人にかすり傷一つつけられなかった。

もっとも、今のネムノキの攻撃がかすりでもすれば、二人は大きなダメージを負うことになる。

当たりさえすれば、の話だが。

 

「いくら力が増しても、攻撃は直線的です。それでは私達には通用しませんよ」

 

そう、ネムノキの攻撃は確かに強力だが、単調だった。

余りにも強い力の代償ゆえか、細かい制御がままならないらしい。

予測も偏差もない素直に放たれる砲撃など、手練れの二人は容易に回避できてしまうのだ。

 

「そらどうしたんだい? アタイらの攻撃は痛くもかゆくもないんだろう?」

 

そして、先ほどからネムノキは、食らっても大したダメージのない二人の攻撃を躱そうと必死になっていた。

ジュエルシードで強化された直後は躱しもしなかった攻撃を、今さら避けているのである。

 

「だっ……だって痛いんだもんー! ていうかさっきからひどすぎないー!? 目とか鼻とか足の小指とかばっかり狙ってきてさー!? 痛いもんは痛いんだよー!? あと電気も普通にビリビリくるんだからねー!?」

 

それもそのはず、花子さん達の攻撃が割とえげつない箇所に集中しているからであった。

普通に攻撃しても効き目がないと分かるや否や、徹底した急所狙いが始まったのである。

確かに二人の攻撃はネムノキを倒すことは出来ない、都市伝説級の幽霊に対して格下の幽霊のイメージは通りづらくなってしまう。

 

しかし、だからといって体が鋼鉄のように固くなるわけではない。

寧ろ実体化している分、火に触れば普通に火傷はするし、目にレーザーなんて撃ち込まれれば、たとえ撃った側がそれをイメージしていなくとも、熱量によって眼球の水分が沸騰するという地獄のような痛みを味わうことになる。

もちろんそれで死ぬわけではないし、再生も容易なのだがわざわざ食らいたくはないだろう。

 

「な? 都市伝説級になったって効くもんは効くだろう? というわけでリニス、もっときついビリビリをお見舞いしてやりな」

「なるほど、確かに……。じゃあ、威力に割いた分をもっとビリビリに振って、できるだけ指先に被弾するように調整します♪」

「ぴいいぃー!?」

 

にっこりと聖母のような笑みを浮かべるリニス、掲げた右手にバチバチと雷光が迸っていなければ見惚れる絵面ではある。

対するネムノキはもう涙目である。

先ほどから散々痛い目にあわされているのに、さらにきつくなるのだから仕方がない。

 

「うあああー! くるな、くるなぁー!!!」

 

兎に角二人を近づけさせまいと、腕をぶんぶんと振るうネムノキ。

ポルターガイストを使い、瓦礫まみれとなった地面から、ひときわ巨大なビルの残骸が浮かび上がる。

それも一つだけではない、複数だ。

 

「! リニス、逃げるよ。ついてきな」

「はいっ」

 

迫る残骸をみて、花子さんはすぐさま撤退する。

二人ではどう頑張ってもあのサイズの瓦礫を破壊することは出来ない。

一見優勢に見えても、ネムノキが攻勢に入れば回避に徹するしかないのだ。

 

逃げる二人に、それを追う残骸。

花子さんもリニスも、飛行が苦手なわけではない、だが。

 

「だめですっ! このままじゃ、追い付かれますっ!」

「ちいっ! あんな馬鹿でかいもん動かしといて、アタイらより速いのかいっ!」

 

 

ネムノキのポルターガイストは想像以上に強力になっていた。

二人の飛行速度をわずかに上回り、確実に距離を詰めてきている。

速度にそれほど差がないため直撃してもダメージはないかもしれないが、一度捕まると他の瓦礫も集まって押しつぶされてしまう危険がある。

何としてでも当たるわけにはいかなかった。

 

「ん!? ふ、ふふふー……そっかポルターガイストで追いつめれば手も足もでないんだ〜? ならー、それそれー!」

「向こうも気づいたみたいだね……! よし、このまま真っすぐ突っ切るよ!」

 

それでも花子さんは、そのまま飛び続ける。

迫る残骸にリニスは危機を感じるが、花子さんを信じて隣を飛び続けた。

 

「はっ、花子さん! 前! 建物が!?」

「避けなくていい! そのまま飛びな!」

 

真っ直ぐ飛び続けていると、目の前にはビルが立ち塞がる。

このままでは激突すると慌てるリニスに対して、花子さんは冷静に人魂を撃ち出し、ビルの窓ガラスを割った。

 

割れた窓ガラスから、二人はそのままビルの中へ飛び込む。

その瞬間、花子さんは叫んだ。

 

「リニス! 下に潜り込めッ!!」

「ええっ!?」

 

ビルの内部に入り、そのまま床を通り抜ける。

リニスは自分の体が物質をすり抜けることを忘れているのか驚愕しているが、迷っている暇はない。

花子さんは迷っているリニスの頭上で爆発飛行用の人魂を作成、そのまま爆発させて下に吹っ飛ばすことにした。

 

「ひぃゃああぁぁぁ!?」

「ったく、世話のかかる!」

 

上では何度も衝突音が響いている。

ネムノキのポルターガイストがビルに衝突しているのだ。

幽霊の体はすり抜けられても、ポルターガイストは抜けられない。

だからこうして、建物を盾にしてしまえば簡単に防ぐことができる。

 

二人はそのまま下へと潜っていき、暗く、広い空間に辿り着いた。

どうやら、この建物の地下にある駐車場のようだ、人払いの結界のおかげで車は無いが。

 

「アタイらは普通にすり抜けられるんだから、いちいち躊躇するんじゃないよ。まったく……」

「うう……ごめんなさい……。あれ? でも最初にこの建物に入る前に窓ガラスを割ったのはどうしてですか?」

「万が一、あの窓にポルターガイストを使われてたら通り抜け出来なくなるからね。試しに割ってみて、ポルターガイストがない事を確認したのさ」

「なるほど……」

 

ネムノキがどれ程強化されたのか計り知れないが、あの瓦礫群に踏まえ、この建物にすらポルターガイストを使っている可能性は捨てきれなかった。

だから花子さんは人魂を撃ったのだが、あの一瞬でそこまで判断できる花子さんにリニスは感心する。

 

「それで、どうしてここに来たんですか?」

 

リニスは花子さんに、この地下駐車場へ逃げ込んだ理由を聞く。

自分をわざわざ人魂で吹き飛ばしてまでここへ連れてきたのだ、当然なんらかの意図があっての事だろう。

 

「こうやって下に潜れば時間が稼げる、向こうはアタイ達がこの建物を通り抜けたと思い込むだろうからね。んで、その間にちょいと情報共有。あのネムノキって奴に一発かましてやるのさ」

「なにか策があるんですね」

 

ニイっ、と不敵な笑みを浮かべる花子さん。

傍から見れば、年相応のいたずら好きな少女の顔に見えるが、こういう顔をしている花子さんは思った以上にえげつないことを考えているのだ。

 

「作戦の前に、まずは話しときたいことがある。都市伝説級の幽霊についてね」

「都市伝説級……というと、花子さんや、この間集まっていた方たちのことですよね?」

「ああ、今のアタイは普通の幽霊だけどね。ともかく、今のネムノキは都市伝説級に近い強さになってる、だから都市伝説級の『特性』って奴をアンタに教えといた方がいいだろ?」

「お願いします」

 

リニスは幽霊歴こそ長いが、幽霊の知識には詳しくない。

だからこうして説明をしなければ、今から話す作戦についてこれないだろうという考慮だった。

 

「都市伝説級になった幽霊は、並の幽霊とは格が違う。飛ぶ速度も、人魂もポルターガイストも、今のアタイらが競り合っても絶対に勝てないぐらいにはね」

 

田中を吹き飛ばすために迫った時、反撃で放った超威力の人魂、そしてついさっきまで自分たちを追いかけていたポルターガイストの瓦礫群、今の自分が同じことをやろうとしても決してできないことを見せつけられてきたリニスは、すんなりと納得できた。

 

「そして向こうには、アタイら普通の幽霊の攻撃はほぼ通らない。これはさっきから攻撃してみてわかっただろう?」

「はい、初めに『急所を全力で攻撃しろ』と言われて、ずっと全力を出したつもりでしたけど……どれも多少痛がるだけで、決定打にはとてもなりそうにないです……」

「その通り。アタイらがいくら本気を出しても、今のアイツは仕留められない。これは絶対だ」

 

向こうに攻撃は通らず、スペックも完全に上。

つまり、普通にやりあっても今のネムノキに勝つ事は不可能だと花子さんは告げる。

 

「何か弱点はないんでしょうか?」

「向こうが普通の都市伝説だったら、対処法はある。『怪談の舞台から逃げる事』、例えばアタイは学校のトイレに出てくる幽霊だから、そこから出れば今みたいに普通の幽霊まで弱体化する。でもアイツは普通じゃないから、きっと通用しないだろうね……」

 

ネムノキはジュエルシードの力で都市伝説の幽霊並みの霊格になっている。

怪談の舞台もそもそも存在しないのだ。

つまり、どこまで逃げてもネムノキが弱体化する可能性は低いだろう。

 

「でもそれじゃあ……私達ではどうしようも……」

 

説明を聞けば聞くほど、勝ち目がないことを思い知らされるようだった。

いくら戦闘技術が上回っていたとしても、片方がダメージを与えられてもう片方がダメージを与えられないのでは勝敗など決まっているようなものだ。

 

 

「まあ待ちな、アタイらが直接戦うのがダメなだけさ」

 

しかし、それでも花子さんは笑っていた。

その表情にリニスは軽い既視感を覚える。

それは、あの夜、田中が再び自分に挑んできた時の、自信にあふれた不敵な笑みだ。

 

 

「都市伝説になったって、いい事ばかりじゃないって事を教えてやる」

 

-4ページ-

 

数分後、二人が隠れているビルの地面から、ひょこっとリニスは首を出した。

そのままきょろきょろと辺りを見回して、周囲を見渡す。

 

(成る程、こうやって地面から様子を見てたんですね……。えっと、ネムノキは……見つけました!)

 

最初にネムノキが潜んでいた方法を、そのままやり返す。

地面から生首が出ている姿は、側から見れば異様な光景だ。

しかし、空を飛ぶカラス達からはその頭は小さく見えるために見落としてしまったのだ。

これが、ネムノキがカラスの監視に引っかからなかった理由である。

 

そしてその方法は、空に浮かぶ今のネムノキにも通用する。

 

「あっれ?? おかしいなぁー……? 反対側に通り抜けたと思ったのに、どこに逃げたんだろー?」

(花子さんの狙い通り、私達を探してる様ですね。これなら……)

 

上を見上げると、ネムノキは二人がビルを通り抜けたと勘違いし、ビルの向こう側まで探しに行っていた様だった。

 

「ま、まさかさっきのポルターガイストで潰しちゃったのかなー……!?」

 

慌てた様子で瓦礫がめり込んでいる側へと戻ろうとしていた。

リニスから見れば、自分の方へ飛んで来ている構図となる。

それが、千載一遇のチャンスだった。

 

(……いまです!)

 

ネムノキが瓦礫の側へと回り込む直前、飛ぶスピードが一番速くなったそのタイミングをリニスは狙う。

 

「ライトニング・チェーンバインド!」

 

取り出した杖から放たれるのは、雷を帯びた金色の鎖。

バインド系の魔法をイメージした、捕縛用の人魂である。

 

金色の鎖は、目にもとまらぬ速さで無防備なネムノキのもとへ飛んでゆき――――

 

「いぢぢっ!?」

「かかりましたねっ!」

 

バヂッ! とネムノキの足をとらえる。

ビルの方にばかり意識を向けていたネムノキは、下から伸びてくる鎖に気付けない。

 

「せぇ、のっ!」

 

そしてそのまま、力いっぱい引っ張った。

元々リニスの方に向かって飛んでいたネムノキは、さらに勢いを増して下へ引きずり落とされる。

 

「ちょ!? え!? うわわわわー!? と、とまらないよー!?」

 

ネムノキはその場に留まろうと必死になっているが、思うように動けずに引っ張りまわされてしまう。

混乱しているのか、バインドそのものに攻撃を加えれば容易に脱出できることにすら気づいていない。

 

しかし、例えそのことに気付いたとしてもネムノキは実行することが出来ないだろう。

こちらの思惑通りにバインドにかかるネムノキを見て、リニスは花子さんから聞いたことを思い出す。

 

『普通はね、都市伝説級になりたての幽霊ってのは『力を持て余す』。経緯はどうであれ、アイツも間違いなく自分の力を制御できてない。初めに撃ってきた人魂だって威力の調節もろくにできて無かったのがその証拠さ』

 

『そして制御できてないのは人魂だけじゃあない。ポルターガイストも、飛行も、ラップ音もすべてにおいて力の加減が分からなくなっちまってる。ポルターガイストが苦手なアンタみたいにね』

 

そう、花子さんから教えてもらったネムノキの弱点。

ネムノキは、力を全く使いこなせていない。

仮にネムノキが人魂をつかってバインドから脱出しようとすれば、間違いなく自分もろとも自爆して、大ダメージを負ってしまうのだ。

 

今まさにバインドで振り回されているのも、飛行速度を全く制御できないために、下手をすれば遥か彼方まで吹っ飛んでしまうからである。

 

『そこでリニス、アンタの人魂の腕前を見込んで頼みがある。ネムノキをこの建物に引きずり込んでほしいんだ。なるべく、地面に近い階層にね。今のネムノキ相手なら造作もないだろう?』

 

リニスが花子さんに頼まれたのは、ただそれだけ。

しかし、人魂を使ってバインドなんて芸当ができるのは、リニスだけでもある。

だから絶対に失敗するわけにはいかない。

 

「やあぁぁぁぁあっ!」

 

リニスは気合を入れ、チェーンバインドを巻き上げるスピードを加速させる。

ネムノキは真っすぐビルへと突っ込む軌道に入った、あとは花子さんの要望通り、できる限り地面に近い、ビルの一階の窓ガラスに叩き込む。

 

 

「あぁーれぇーーいぶっ!!?」

 

がっしゃらぁぁん! と見事に一階の窓ガラスへネムノキは突っ込んでいった。

それと同時に足をつかんでいたバインドも解除する。

 

「よしっ!」

 

自分の役目を果たしたリニスは、勝利を確信した笑みを浮かべて、ビルへと向かうのであった。

 

 

 

 

「ううっ……ひどい、ひどいよぉぉー。ガラスは刺ささるし、普通に痛いしぃぃー」

 

ビルの中へ呼び込んだリニスが聞いたのはネムノキの泣き言だった。

見てみるとボロボロになったネムノキが床に這いつくばっている。

 

「よくやったリニス。さーて、ネムノキとやら。悪いことは言わない、アンタが使ったジュエルシードを今すぐ手放しな」

 

そのネムノキの目の前で仁王立ちをしている花子さんは、これが最後の警告だと言わんばかりに告げる。

 

「あたたた、頭にまでぇ……。っていうか、何か勘違いしてないかなー。確かに痛いことは痛いけど、私はこれくらいじゃっ、ちっとも応えないんだよー? 」

 

自分の身体に刺さっているガラス片を抜きながら、ネムノキは苛立った様子で立ち上がった。

ガラス片が刺さって出来た傷は、それが取り除かれた途端に橙色の煙が漏れ出し、しばらくすると無傷の状態に戻っていく。

 

「それにー、ジュエルシードはこのとーり。もう完全に取り込んじゃってるから手放しようがないんだよねー」

 

そう言ってネムノキは、自分の着ているパジャマの一番上のボタンを外した。

見れば首元、ちょうど鎖骨の間に青い宝石が埋め込まれている。

 

「リニス、こいつは」

「ジュエルシードの暴走体と同じ状態です、こうなったら魔法が使えない私達には、引きはがすことは出来ません……」

「アンタがそういうなら、本当だろうね……」

 

今のネムノキを弱体化させる術は無い、改めて二人はその事実を確認する。

それと同時に、二人は『勝利を確信した』。

 

「残念でしたー。っていうか、私をここに引き寄せたって、状況は何も変わらないんだよー? 追い詰めたって顔してるけどー、むしろそっちからのこのこ顔を出してくれるなんて好都合――――

「いや、ちゃんと追い詰めたよ」

 

両手に人魂を作成し、戦闘態勢に入るネムノキの言葉を遮って、花子さんは話す。

ネムノキをこのビルに誘い込んだ目的を。

 

 

 

「アンタ、ビルの爆破解体って見たことあるかい?」

 

 

ちゅどっ! という複数の爆発音が一斉に鳴り響く。

何事かとネムノキが辺りを見渡した時には、既に手遅れだった。

 

「---え」

 

轟音と共に落ちてくる天井。

その場にいた全員が、崩壊するビルに巻き込まれる。

 

抵抗する暇すらなく、ネムノキはビルだった残骸の奔流に飲み込まれた。

 

崩壊の音と瓦礫が支配する空間に、リニスは思わずぎゅっと目を瞑った。

 

ただ一人花子さんは、してやったりといった顔で笑っていた。

 

ほんの数秒にしか満たない時間で全てが破壊しつくされ、崩落の音は消え、辺りは砂けむりで埋め尽くされる。

 

「ごほっごほ……あれ? 全然煙たくない?」

「アタイら普通の幽霊が煙たがるかい。でも--

「実体を持ってるネムノキなら、ですよね?」

「その通り、わかってるじゃないか」

 

ビルが崩壊し瓦礫の山と化したが、それでも花子さんとリニスは無傷で浮かんでいた。

ネムノキの姿はどこにも見当たらない、落ちてくる瓦礫に押しつぶされてしまったようだった。

 

「都市伝説級の幽霊は実体を持つ。だからこそ、普通の幽霊よりも物理法則に縛られる。アタイも都市伝説に成り立ての頃は良くものにぶつかったもんさ」

 

昔を思い出しながら、花子さんはつぶやいた。

そう、ネムノキをビルの中に誘い込んだ目的は、このビルの崩落に巻き込むことだったのだ。

 

「でもすごいですよ。一体どうやってこの建物を崩壊させたんですか?」

「そりゃあ、このビルの柱を一つ残らず爆破したのさ。ちょいと爆破する順番とか方向とか考えなきゃいけないけどね」

「ええー……」

 

それってちょいと考えただけでできてしまうものなのだろうか。

少なくとも自分にはできそうにないと思うリニスであった。

 

「さて、さすがに都市伝説級とはいえビルの下敷きになっちゃあ耐えきれないだろう。アタイ達の勝ちだ」

 

瓦礫の山を見下ろし、花子さんは勝利を宣言する。

これほどの質量に圧殺されずに耐えられるのなら、既に幽霊なんて域を超えた化け物に違いない。

 

しかし、この場に田中がいればこう言っただろう。

『花子さん、それ死亡フラグです』と。

 

ゴ、ゴゴゴ……!

 

「……あれ?」

 

地面から聞こえてくるかすかな異音に、リニスがいち早く気づいた。

決して聞こえるはずがない、瓦礫が押し上げられていく音を。

 

「花子さん! 今すぐここから離れましょう!」

 

その音に嫌な予感を感じたリニスは、顔を青くする。

ありえない、そう頭で理解できても、最悪の事態が迫っているような気がしてならなくなった。

 

「はぁ? どうしてだい? とっくに勝負はついてーーーーわぷっ!?」

 

花子さんが怪訝な顔をするも、焦っているリニスはそのまま花子さんを抱き抱えて無理やりその場から退いた。

 

「むぐっ、で、でかい……じゃなくて! 何すんだい!」

 

花子さんが胸元で何か言っているが、構わずリニスは飛び続ける。

先程の音が耳から離れないのだ。

いや、これはどんどん大きくなっているような……。

 

ドッ!

 

先程までビルだった場所に、同じぐらいの大きさの橙色をした火柱が燃え上がった。

 

「うそだろ……!?」

 

目の前の光景に二人は呆然とする。

まるで、この戦いの始まりが繰り返されているようだった。

地面からいきなり上がる火柱、規模は最初と比べ物にならない程大きくなり、そしてその中から

 

 

「今のは、本気で死ぬかと思ったよー」

 

ネムノキが姿を表すのであった。

 

 

「ったくもー。リーダーから死なせちゃダメだって言われてるのにさー、こっちが死にそうになるしさー、っていうか建物一つ壊すなんて危険ってレベル超えちゃってるんだと思うんだよねー」

 

ボロボロに破れたパジャマに、頭からは流血の跡も見られ、決してノーダメージというわけではない。

それでもネムノキは、倒せなかった。

口調こそ間延びしているが、その声音には確かな怒りがにじみ出ている。

 

「だからさー……。死んじゃえばいいと思うよー」

「「ッ!?」」

 

ネムノキの手が一瞬だけ光り、そこから極太のビームが発射された。

花子さんとリニスは光が見えた時点で二手に分かれて逃げる。

直線状にしか飛ばない砲撃なら、今まで通り躱せる、その筈だった。

 

「にがさない、このままなぎ払っちゃうもんねー」

「そ、そんなっ……!?」

 

ネムノキは砲撃を放ったままの右手を、リニスを追いかけるように動かしていた。

巨大な剣の如く振り回されるビームの柱が、逃げるリニスに迫る。

 

「こうなったらっ、アークセイバーっ!」

 

このままでは押し潰されると判断したリニスは、わざと弾かれるためにアークセイバーを生成、そのまま鍔迫り合いへ持ち込む。

 

つもりだった。

 

「ーーーっあ、あぁあぁああああ!!?」

「リニスぅっ!!」

 

リニスのアークセイバーは、ビームの柱に一瞬だけ拮抗したものの、そのままジリジリとビームの中に飲み込まれていく。

アークセイバーを握る両手が焼け、悲鳴をあげるリニス。

真っ向から押し付けられたビームの圧力を弾ききれなかったのだ。

 

「このまま地面まで、押しつぶしちゃおー……っ!?」

 

ネムノキが腕を振り下ろそうとした時、その腕の真下に青白い炎が出現した。

ボン! と花子さんの人魂が弾ける。

 

「ホント器用だよねー。私の腕にピンポイントで攻撃するなんてさー。効かないけどー」

「ちぃっ!」

 

舌打ちする花子さん。

その程度の攻撃ではネムノキを止められない。

動きが止まったのも、突然の出来事に硬直しただけに過ぎず、次に同じ事をしても無駄だろう。

このままではリニスがやられる。

爆発飛行も使い、全速力で花子さんは救出へ向かう。

 

「今助けてやるから、持ち堪えるんだよ!」

 

 

ビームに押されるリニスの元に辿り着くと、花子さんはリニスの体を掴んで軌道から逸らそうとする。

 

「は、花子さん……! 駄目です、逃げて……!」

「くうっ……! バカ言うんじゃないよっ! ここでアンタを見捨てたら、アタイは田中に見せる顔がないっ!」

 

弱音を吐くリニスだが、花子さんは諦めない。

身体を焼かれながら、必死に爆発飛行を繰り返す。

 

「だから無駄だってばー。このまま二人ともつぶれちゃえー!」

「っぐ、あああぁぁっ!?」

「も、もうっ……保たない……!?」

 

ぐんっ、と遂にネムノキは腕を振り下ろした。

圧力は更に増し、いよいよ2人はビームに飲み込まれるか、そのまま地面に叩きつけられるかの二択が直ぐそばまで迫ってくる。

 

「う、あああぁぁっ!」

「まに、あえぇぇっ!!」

 

ズザン! と光の柱が地面へ叩きつけられた。

超長距離まで放たれたビームは、その直線上にある全ての物を消しとばす。

 

 

「これだけやってもまだ生きてるなんて、しぶといっていうか幸運っていうかー。でもま、ここまでだよねー」

 

「ぐっ……!」

 

それでも、二人は消えていなかった。

間一髪、叩きつけられる直前で抜け出すことが出来たのである。

しかし無事とは言い難い、叩きつけられたビームの柱は、爆散し、二人に小さく無いダメージを与えていた。

 

「はなこ、さん。あ、足が……」

「リニス……! リニスっ! しっかりしな、アタイ達は大丈夫だ、多少手足がもげたって、直ぐ治る。兎に角意識を保ちな……!」

 

リニスは両腕の肘から先が吹き飛ばされてしまっていた。

それを庇った花子さんも、背中は焼かれ、両足は足首から先が無くなっている。

 

 

「治す暇があると思うー?」

 

そして目の前にはトドメを刺すべくネムノキが舞い降りていた。

その右手は既に橙色の光が輝いており、ビームが放たれる寸前で留められている。

 

「はぁっ、うぁ、治れっ……なおれっ……」

「……っ! リニスっ、自分の手がどんなだったか思い出せっ。く、あ、アタイも、これしきの怪我……なんてことないっ……!」

「あははー、強がっちゃってえー。でも、もう遅いんだってばー」

 

必死に負傷した箇所を修復するが、受けた傷は深く、痛みのせいでろくにイメージができない。

リニスも同じような状態で、無くなった腕から血のようにエクトプラズマが流れ出ていく。

そんな二人が傷をいやすには、余りにも時間が足りなかった。

 

(くそっ! アタイとしたことが、とどめを刺したとばかりにっ……! いや、それより早く逃げないと!)

 

傷が治らないままでも爆発飛行で吹っ飛べば時間を稼げるかもしれない。

それでも稼げる時間は一瞬で、負った傷を治すにはあまりにも短い。

あらゆる策を考える花子さんだが、万策尽きた状況であった。

 

「それじゃあ、ばいばーい」

 

本当に何事でもないような気の抜けた声で、ネムノキは光を解き放つ。

その光は、あらゆるものを焼き尽くす業火。

いくら百戦錬磨の二人でも、抗うことは出来ない絶対的な力の奔流。

花子さんとリニスがなすすべも無く光に飲み込まれる、その間際。

 

「――――え?」

 

花子さんは見た、自分達の目の前に白い少女が割り込む姿を。

 

「――――お願いっ! レイジングハートっ!」

〈プロテクション〉

 

その少女は、眼前に迫りくる破壊の力に真正面から立ちふさがった。

白い少女、高町なのははプロテクションを展開し、ネムノキの砲撃を防がんとする。

 

ギャガガガガガッ!

 

遂に放たれた橙色の獄炎と桃色の防壁が競り合う。

近づくだけでも焼け死ぬだろう超高温の炎に、なのはは一歩も引かずに踏ん張り続けた。

 

「っ、く――――。えーーーいっ!!!」

 

しばらく拮抗が続き、ブンッ、とレイジングハートを力いっぱい振り上げるなのは。

その動作に合わせて、プロテクションが傾き、炎の軌道が上にそれる。

 

「え、えっ……?」

 

その光景をみたネムノキは、驚きと、それ以上の戸惑いで固まっている。

自分の渾身の一撃が防がれたことではない。

今この場に高町なのはが現れること、それだけは絶対にありえないと、思いもしていなかったからだ。

 

「はぁ……はぁ……。すぅぅ――っ」

 

流石にあの威力の人魂はきつかったのか、なのはは呼吸をととのえる。

最後に大きく息を吸って、きっ、とネムノキをまっすぐ見据えた。

 

(え、な、なんでなのはちゃんがこっちきてるのー……? ていうか、なんだか怒ってるよーなー)

 

対するネムノキは、怒りの表情のなのはにたじろぎ、思考がまとまらない。

本当に理解ができない。

高町なのはは幽霊が見えない、それなのにどうして後ろにいる花子さんとリニスを守るように立ちふさがったのか?

確かに自分たちはジュエルシードを影から集めているが、そのことを原作のキャラには気取られてはいないはずなのだ。

どうして目の前のなのはは、初対面であるはずの自分に敵意を向けている?

 

「……よし、傷は大体治った。リニスっ、しっかりしな、今がチャンスだ」

「あ、ありがとうございます。その、傷を治すのを手伝ってくれて……」

「これくらい当然さ。ほら、どうしてかは知らないが田中のご主人様がアイツの気を引いてる。こっから離れるよ」

 

突然降って湧いた好機を花子さん達は逃さなかった。

ネムノキがなのはを見て固まっているうちに、傷を完全に修復する。

このまま自分達二人が戦っても勝ち目は無い。

恐らくこの場で一番強いなのはに任せて、田中と合流する事を優先するべきだと判断した。

 

「あっ、ま、まて

「あのっ!」

「ひぇっ!? はっ、はい!?」

 

逃げる花子さん達に気が付いたのだが、唐突になのはが呼びかけてきた。

声が裏返りながら返事をするネムノキは、完全に出遅れてしまった。

 

ネムノキは悩む。

このまま無視してでも追うべきか?

しかし、なのはは自分に用がある様子だ、今の自分は果たして力尽くでも突発できるのだろうか?

 

そうこうしているうちに、花子さん達はどんどん離れてしまう。

はやく決断しなければ、そう思いネムノキは二人を追いかけようとした瞬間。

 

 

「やたらめったら砲撃して、周囲の建物を壊すのはやめてくださーいっ!!!」

 

高町なのは、渾身の叫びである。

 

「「「いや、それをなのはちゃん(アンタが)(あなたが)が言うの(かい)(ですか)!!?」」」

 

そしてその場の全員が突っ込むために一時停止することとなった。

 

 

説明
遂に今までのイレギュラー騒動の黒幕が登場します。
ジュエルシードによって強化されたネムノキに、花子さんとリニスは田中抜きで大丈夫なのか!?
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感想ありがとうございます! そうですね、登場人物のほぼ全員が暴走なのはちゃんを目撃してるので「なのは=怪獣王」みたいな認識になってます。なのはちゃん自身は優しくて頑張り屋な女の子なんですけどねー……(タミタミ6)
そういえばゴジラ扱いされてましたね。(ノッポガキ)
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