葛の葉との絆語り -冬-
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「うー寒い寒い……」

曇り空より時折吹き付ける冷たい風が、冬の到来を実感させるある日の昼間。

俺は身を縮こませながら廊下を早歩きで急いでいた。

居間の方には、厠に立つ前に用意してきた茶菓子と熱いお茶、そして冬の代名詞でもある炬燵が用意してある。

さっさと暖まりたい一心で居間の障子を開けると

「あら、おかえりなさい」

厠へ立つまで誰もいなかった筈の炬燵が、一匹の狐に占拠されていた。

戻ってきたら食べようと卓上に置いてあったみたらし団子とお茶のセットは、こちらも既に闖入者の手に渡ってしまっている。

むむむ、戻る部屋を間違えたか。俺はしばし呆然とその光景を眺めていたが、

「何してるのよ。早く閉めてよ、寒いじゃない」

と言う葛の葉の声にはっと我に返り、後ろ手で障子を閉めた。

もっちゃもっちゃと旨そうに団子を頬張る彼女に、悪びれた様子は一切ない。

俺は怒るべきか悲しむべきか迷った挙句、侮蔑を込めた視線を送ったが、残念ながらこの狐はその程度で動じるような式姫ではないのだ。

自室に戻ろうかとも考えたが、既に入り口を自分で閉めてしまった手前、それも気が進まない。

結局、ううんと唸りながら座布団をひっつかみ予備の湯呑みを茶箪笥から取り出すと、俺は無礼者の隣にやむなく腰を下ろした。

当然、主が隣に座っても茶を入れてくれるわけがないので自分で急須を傾ける。

「ふふ、美味しいわね」

葛の葉が独り言を呟く。……うるせえ、こちとら一口も食べてないのに分かるかっつーの。

俺とは対照的に彼女は上機嫌そうである。

「お客様、部屋を間違えてはございませんか?」

わざとらしく丁寧に問いただしながら、小皿に目をやる。みたらし団子、残り一本。

「何言ってるのよ。オガミが戻ってくるのを待っててあげたのに」

「ふん、誰が待っててくれなんて頼んだ。そもそも人の和菓子を勝手に食うんじゃない」

「だったら今度から名前でも書いておくことね」

「…………」

売り言葉に買い言葉である。

俺が何と言ったところで、既に彼女の胃袋に消えてしまった物は帰ってこないのだ。

とはいえ、それが分かっていても俺のイライラは簡単には収まらない。

そのまま恨めしそうに横目で葛の葉を睨んでいると、

「仕方ないわね。ほら」

と、最後の一本を俺の目の前にひょいと突き出した。

無言でそれを受け取ろうとすると、ぺしりともう片方の手ではたかれる。

「おい――」

「あーん、は?」

葛の葉が満面の笑みで促す。

「……は?」

「あーんよ、あーん」

「…………」

「…………」

「…………あーん」

ぱくっ。

「もぐもぐもぐ……」

ごくん。腹の中のイライラは、団子と一緒に嚥下されてしまった。

「どう、美味しい?」

「まぁまぁ」

ふん、と鼻を鳴らしながらお茶をすする。あーくそっ、もっと食べたかったなぁ。

完全な不意打ちで毒気を抜かれた俺は、ようやく平静を取り戻しつつあった。

団子の代わりに話し相手が得られたと思えば、まぁ……いいか。

「それで、俺に何か用か?」

気を取り直したところで、本題に入る。

意味もなく主の和菓子を横取りするような奴ではない。……はず。

人の困った顔を見て何故か喜ぶという困った性格ではあるが、食い意地を張るような狐ではない。

炬燵の対面に座らず、わざわざ隣へ腰を下ろしたのもその為である。

「何よ、用がなければ来てはいけないのかしら?」

「いやそういうわけじゃないけど」

「ふうん。つまり、用がなくても来て欲しいって事ね?全く素直じゃないんだから」

「…………」

俺は何も言い返せなかった。呆れていたのではなく、割と……当たっていたからだ。

葛の葉はどこからともなく櫛を取り出すと、沈黙している主の目の前にはいと差し出す。あぁ、やっぱりそういう事ね。

「お願いできる?」

「合点承知の助」

快諾し、葛の葉の背後へと回る。炬燵から離れるのは少々抵抗があったが、毛繕いの為ならば。

慣れているとはいえ、それなりに気を遣う作業を引き受けたのは、毛繕いが好きというよりも合理的に葛の葉の尻尾に触れられる良い機会だからである。

……まぁ葛の葉本人も、浅ましい俺の魂胆など見抜いているだろうが。

普段、尻尾を触っていいかと尋ねるとほぼ確実に首を横に振られるのだが、何故か毛繕いに関しては俺に頼んでくる事が増えた気がする。

信用してくれているのか、こき使いたいだけなのか。その真意は不明である。

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「そういえばさー、葛の葉って苦手な物とかあるのか?」

「何よ、急に」

「いや、なんとなく……」

あった所で彼女が口を滑らせるとは思えないが、そもそもこんな話題しか思い浮かばない。

「まぁあるにはあるのだけれど……」

葛の葉が言い淀む。

「けれど、なんだ?」

「少なくともオガミが用意できる物じゃないわね」

「なんだよそれ……答えになってないぞー」

「いつか教えてあげるわ」

「気になるなぁ」

はぐらかされると余計に気になってしまう。

が、彼女の口調からしてそれ以上の追及は許されないようだ。

俺は口を閉じると、毛繕いに専念しようとしたが

「ちょっと、何黙ってるのよ」

「うん?」

「私に訊くだけ訊いておいて、自分は言わないつもり?」

「えっ……」

咄嗟に訊かれて返答に詰まった。

こんな時はろくに頭が働かないので、つい正直になってしまう。

「んー、そうだなぁ。俺は葛の葉が苦手だよ――あてっ」

ぽふっ、と別の尻尾に頭をはたかれた。

「あらごめんなさい、尻尾が滑っちゃった」

「手じゃなくて尻尾が滑るのか」

「それ以上口を滑らせると、尻尾でぐるぐる巻きにするわよ」

それは大変嬉し――いや困る。

「あー分かった分かった、分かったからじっとしててくれ。せっかく綺麗にしたのにやり直しになっちまう」

 

 

 

葛の葉はお茶をすすると、ふうと息をついた。

「少し安心したわ」

「何が?」

「嫌いって言われなくて」

「……苦手と嫌いは別モンだ。というか、嫌われたくないならもう少しその態度を――あてっ。すまん」

やれやれ、自覚があるなら改めて欲しいものだ。あれ?ってか何で謝ってんの俺?

葛の葉との付き合いもそろそろ片手では数え切れぬ程になってきたが、それでも未だに彼女に対する苦手意識は完全には拭えない。

一体いつになれば完全に打ち解けられるのやら。単に俺の度胸がないだけかもしれないけれど。

「オガミ」

「んー?」

「私が私でなくなっても、貴方は苦手でいてくれるのかしら?」

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味よ」

「んー…………分からんよ、その時になってみないと」

意図を掴めないまま、俺は正直に答える。

頼りないわねぇと言われそうな返答だが、葛の葉は何も言わない。その表情は――こちらから窺い知る事はできない。

「変な事考えてないで、今は黙って毛繕いされてろ。それ以上口を滑らせると、こっちの手も滑っちまう」

「……それもそうね。任せたわよ」

「へいへい、任されましたよっと」

互いの会話が途切れ、櫛を動かす音だけが室内に静かに響く。

 

優しく、丁寧に。意識するのはそれだけだ。

ここから見えない葛の葉の顔が、少しでも喜んでいる事を祈りながら。

説明
葛の葉と過ごす日常の一シーンです。

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