忘却の新大陸
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 ―― その名を呼んではいけない それに触れてはいけない それを解き放ってはいけ

ない この禁を犯す時 再び世界は大いなる災いに包まれるであろう ――

 

 ――海上に浮かぶ、小さな遺跡を探索していたはずの研究者助手のその男は、激しい揺

れを感じた後、飛び出して見た、そこから海が見えるはずの目の前のその景色に目を疑っ

た。

「……せ、先生……こ、これ……」

 助手は声を震わせ、足もガクガクと今にも崩れ落ちそうに震わせながら、助けを求める

ように、研究者に振り返る……

「……こ……れは……」

 後から遺跡を出てきた研究者も、助手に促され覗き込んだその景色を見た瞬間、顔を青

く染め上げ、声を失ってしまう……

 ……二人はまるでそのまま時が止まってしまったかのように、その場で景色を眺めた態

勢のまま、いつまでも立ち尽くすのだった……―― 

 

 ――長旅が出来そうなしっかりとした帆船が停泊している海岸沿いに、何かの集団が集

まっている。

「さて、早速探索を開始してもらう訳だが……」

 どうやら探索の為に上陸したばかりらしく、その中の一人の男が集団の前に立ち、全員

に向けて指示を出し始めている。

 中肉中背という辺りだと思われる背丈、だが引き締まった筋肉の鎧を装備した、ダーク

ブラウンの短髪で、顎鬚を生やし、左耳に銀のリングのピアスを付けた、好戦的な目つき

の……ガラの悪そうな男。

 この男が集団のリーダーのようだ。彼らは悪党集団……という訳では無い。

 ガラの悪そうな男がリーダーではあるが、彼らは世界各地から集められた、四大陸合同

の『大陸調査隊』。

 ――……大陸調査隊。……そう……それは、突然の出来事だった……――

 この世界には、おもに、東西南北それぞれに一つずつ、四つの大陸が存在するが、その

中心、全ての大陸から向かって、丁度真ん中あたり。

 その、海以外に小さな遺跡しか存在していなかったはずの海域に……突如、海底から浮

き上がってきたかのように、『もう一つの大陸』が出現したのだ。

 ……その大陸は……まるで元々そこにあったかのような、存在感があり、川が流れ、草

木が生い茂り……そればかりか、明らかに生物のものと思われる鳴き声や、物影も確認さ

れたという……。

 四大陸の各主要国は、この謎の新大陸についての緊急の国際会議を開催。早急に全大陸

合同の、新大陸対策委員会を設置した。

 対策委員会は協議の結果、満場一致で早急に、この新たに現れた大陸に調査隊を派遣す

る事を決定した。

 隊員は全世界に一般公募されたが、突如現れた、何があるかも判らない未知の大陸……

一般人に名乗りを上げるものは、ほとんどおらず……

 かろうじて集まった面子は、腕は確かだが一癖ありそうな者ばかり……

 裏組織の用心棒、腕利きの冒険家、トレジャーハンター、妖しげな魔術師、等々……

 ――……そして……俺――ウェルウィン……

「……なんで……採用された……?……」

 ……は……『一般人』、である……――

 ――……いや、一般人は言い過ぎだったかもしれない……。

 俺は、実は……つい先日、勤め先で大きなミスを犯してしまい、勤め先の主人に見つか

り怒りを買う前に……『逃げ出した』……。

 そうして、晴れて住む場所と、職を失い……路頭に迷い、当てもなくフラフラとさ迷い

歩いていた……――

 ……そんな時だった。フッと、風に飛ばされた一枚のチラシが、ウェルウィンの顔にへ

ばり付いたのは……。

「なになに?……新大陸調査隊、隊員募集……?まあ……俺とは無縁の話……採用される

訳も無いしなあ……」

 自分は何の経験も無いただの一般人。そんな何があるかも解らない不気味な場所になど

行ける訳が無い。

 職を求めてはいたが、さすがにこれは無い、と、チラシを横目に、鼻で笑うウェルウィ

ンだったが……

 ――某所、施設、会議室。……翌日……なぜか、ウェルウィンはそこに居た……――

「まさか……応募しに行ったら……即、面接とは……こ、心の準備が……」

 冗談半分に、なんとなく書いた履歴書を持ち、応募場所の大きな建物の前へとウェルウ

ィンが向かうと……予想に反して、前で立ち止まっただけで、半ば強引に建物に押し込ま

れた……

 訳もわからず、胃をキリキリさせながらウェルウィンが会議室で待つ事、数十分……ウ

ェルウィンが、窓から逃げ出そうかと考え始めた……その時、

「おう!わりい!!待たせちまったか?」

 ――ダァン!―― と、勢い良く、扉を開けて、一人の男が会議室に現れた。

 ――な、なんだ!?扉が壊れそうな勢いで突然入って来たけど……なんだ!?この、ガラの

悪そうな人は!?……面接官?……目つきが悪い……え?俺、睨まれてる?俺、何かしたっ

け!?――

 ウェルウィンはその男の外見と行動……そして言動に、恐れをなし、ビクビクとしなが

ら男をチラ見する。

 その行動がまずかったのか、男は威嚇するように、斜め下からウェルウィンを無言で睨

み付けている。

 ……その態勢のまま、ウェルウィンには数時間とも思える一瞬が過ぎたが、やがて男は

ウェルウィンから視線を外し、何事も無かったかのように椅子に座ると、話しを始めた。

「初めまして。俺は大陸調査隊、『隊長』のコルテスだ。お前がウェルウィンだな。」

「え?あ!ど、どど、ども!初めまして!は、はい!俺がウ、ウェルウィンです!」

 以外にも普通に自己紹介をされ、慌てたウェルウィンが、かみながらもなんとか言葉を

返す。

 ……だが、そんなウェルウィンの言葉を聞いているのかいないのか……コルテスはウェ

ルウィンを見ずに、履歴書に視線を落とし、被せ気味で話を続ける。

「お前の経歴は、この履歴書通りで良いんだな?……ふむ……フム……ああ!ひでえな!

こりゃ。……戦闘、探索等の経験は特になし。仕事でヘマやらかして、現在、住居、職、

共に無し……見たまんまか……」

 ――わざわざ、声に出して読まなくても……。――

 コルテスはだめだこりゃ、的な表情で履歴書を読み上げている……。

 馬鹿正直に書いた履歴書を読み上げられ、アタフタするウェルウィン……おまけに見た

まんま認定までされてしまう……。

 ――……これは確実に落ちたな……いや、まあ……そもそも受ける気もあまりなかった

んだけど……――

 不合格、が頭をよぎったウェルウィンだったが……だが、そんなウェルウィンに、コル

テスは意外な言葉をかける。

「そうか!なら、丁度いい!調査隊の船にゃ、個人の部屋がある。まだ、出航まで時間は

あるが、お前、このまま乗っちまえ!呼びに行く手間、省けるしな!」

「……」

 ……船に乗れという事は、つまり、晴れて大陸調査隊、隊員に合格、という事……。

 ウェルウィンの履歴書にひでえな、とまで言い放っておきながら、質問や説明もろくに

せず、突然の、コルテスの予想外の発言に、ウェルウィンはあっけにとられ、ぽかあんと

口を開けたまま、押し黙っている……と、

「あ?なんだ?なんか文句あんのか?てめえ?」

 返事をしないウェルウィンに気分を害したのか、因縁をつける血気盛んな不良のように

恐ろしい形相と言葉で、コルテスが睨み付けてくる。

「い……いい、いえええ!……滅相も無い……!」

 その視線だけで、ウェルウィンは失神してしまいそうだ。

 泡を吹き気を失いかけているウェルウィンに気付いた……かどうかは解らないが、ウェ

ルウィンを暫く睨んでいたコルテスは、だが、少し考えるような表情を見せた後、今度は

ウェルウィンに白い歯を見せ、笑顔で優しい言葉をかける。……相変わらず、ガラは悪そ

うではあるが……

「大丈夫だ!必要なもんはこっちで用意してやるし、出航まで出入りも自由にして問題ね

え。決まりだな!」

「う?え?あ?……ええっと……」

 なぜかとんとん拍子に進んで行く、ウェルウィンの大陸調査隊、入隊話。

 話にも、コルテスの態度にも付いて行けず、ウェルウィンが言葉を濁し、態度を決めか

ねていると……再びコルテスの目つきは厳しいものに変わり、唸るように声を響かせる。

「おい!ウェルウィン!……必ずしも、って訳じゃねえが……未知の地で必要なのは、瞬

時の判断と決断だ!決めきれねえで迷ってっと……その間に、命を落とす!……事もある

……ウェルウィン!お前は行くのか?行かないのか?……どっちだ!?」

 

 ――……その勢いに押され、流されるままにウェルウィンは船に乗り……そして、今に

至る。

 ウェルウィンが後で知った話によると、この面接は、応募する事、健康である事、後は

本人が行くと言えば合格だったらしい……。

 ……四大陸の真ん中、この海域には、恐ろしい伝承が伝わっており、さらに昔から悪い

噂が絶えない。

 そこに現れた気味の悪い、未知の大陸……。応募者は『一般人以外』からもほとんど現

れず、思うように隊員が集まっていなかったらしい……そこへチラシと履歴書を持ってや

って来たウェルウィン……。

「……だからって……俺を入隊させるか……」

 ……一応、一通りの武器や道具の扱い方、それにコルテスから戦闘訓練を受けはしたウ

ェルウィンではあるが……。

「……ハア……」

 明らかに場違い……強面の猛者どもが立ち並ぶ、辺りを一度見回した後、ウェルウィン

は俯き、深いため息を吐く。

「……一先ず、この海岸周辺一帯の探索だ。」

 そんなウェルウィンを無視して、コルテスの話と共に、調査隊の活動は進んで行く。

「基本、お前ら、勝手にやりやがれ!どうせお前らみたいなのは、纏めようとする方が悪

い結果になんだろうし……但し!探索に設定した範囲外には行かねえ事!誰かしらとは連

絡が取り合えるようにして、一人にはならねえ事!これだけは守れ!守れねえ奴は、俺が

海に沈めてやるから覚悟しとけ!!」

 そう言ってコルテスが探索開始を告げる。……なんとも乱暴で無茶苦茶だが……。

 ……だが、その言葉に皆、疑問すら感じていないのか、探索開始を告げられると共に、

皆、思い思いに行動を開始する。

 一人、アタフタしていたウェルウィンは、皆がはけていき、取り残されそうになってい

るのに気付き、海に沈められてはたまらない、と、慌てて皆の後を追うのだった……――

 

「おう!ウェル!何か見つかったか?」

 目についた隊員の見よう見まねで、探索しているフリをしながら、近くの草原をブラブ

ラ歩いていたウェルウィンに、後ろから、元気よく、という表現がぴったりの大声で声を

かける一人の男。

 身長の低さを気にしているのか、長めの金髪を上方にツンツンと立てた特徴的な髪形、

腰ベルトに武器や道具等は装備しているが、ハーフパンツに上はベストだけという軽装

で、少し小狡そうな顔をした、小柄な、声だけはでかい男。

 この男の名はレン。古物商を名乗ってはいるが……遺跡などから金目の物を物色して売

り捌く……まあ、言ってしまえばいわゆる『盗掘師』、だ。

 強面の、他の隊員達と比べて、若干力が劣りそうなレンは、それを自分でも理解してい

るのか……おそらく、一番話し掛けやすかったのだろう。

 船の中からやたらとウェルウィンに話し掛け、以来、元々他に知り合いもいなかったレ

ンとウェルウィンは、なんとなくそのままの流れで、良く行動を共にするようになってい

た。

「いいか!ウェル!俺はこの大陸で大発見をして、世界に俺の名を轟かせてやる!そして

大会社を設立するんだ!……そうだな!本社はこの大陸に建てよう!デッカイやつ!ウェ

ル!そん時はお前も重役で雇ってやるよ!」

 声だけでなく、夢もでかかったようだ。当然のようにウェルウィンと並んで歩きだした

レンが、そんな事を言ってくる。

 ――……会社って……なんのだよ……――

 そう出しかけた言葉を飲み込んで、ウェルウィンは「はあ……そりゃどうも……」と、

大人の対応で返しておく。

 そんな不毛なやり取りを繰り返しながら暫く歩いていると、

「!!」

 ガサッガサッと、背の高い草むらを掻き分けて、一人の男が現れた。

 船の中で見た事のある、隊員の一人だ。この大陸には大陸調査隊しか上陸していない。

 当然の事だが、その男を見てウェルウィンは、一瞬身体をビクッとさせた後、知った顔

である事を確認して、安心したように、ホッと胸を撫で下た……が

「……?」

 なにか様子がおかしい……?その男は酔っぱらったようにフラフラと歩き、息も絶え絶

え、今にも倒れそうだ…… ――ドサッ!!――

 いや!!倒れた!?

「……に……げ……ろ……」

 倒れ際に、その隊員はやっとの事でその言葉を絞り出した……。

 ……そのまま、その隊員は微動だにしなくなる……

「え??お、おい!?ちょっと!?」

 慌ててレンと……少し、遅れてウェルウィンが駆け寄ろうとした…… 

 ――ガサッガサッ!!―― とその時、再び草むらから……なにか大きな物影が飛び出

してきた!!

「な……なんだ!?……蜘蛛!?」

 ――……いや、蜘蛛というにはあまりにも……――

「でかすぎる!!」

 ……それは……人間四、五人分位はゆうにありそうな、体躯と思われる岩……長い……

脚と思われる太い棒が八本……さらに、口と思われる谷底からは、牙と思われる鋭い刃物

が二本突き出し……頭頂部と思われる山頂には、眼と思われる、赤黒く不気味に光るガラ

ス玉が埋め込まれている……

 ……その『化け蜘蛛』は……グオオッ!という、鳴き声と思われる騒音を響かせながら

明らかにウェルウィン達に敵意を示し……今にも襲い掛からんとしている!

「ば、ばば……化け物……!……」

 腰を抜かして、しりもちをつき、立ち上がれないまま、ズリズリと後ずさろうとするウ

ェルウィン…… ―― ドウッ!ドウッドウッ!――

「くらえ!!化け物!!」

 と、そこへ、近くにいた隊員が、持っていた銃を何発か化け蜘蛛に撃ち込む!……が

「!?」

 効かない!?……銃弾は全てその堅そうな脚で弾き飛ばされてしまう!

「うらあ!!」

 もう一人いた隊員が、その間に、勇敢にも化け蜘蛛に特攻をかけ、剣で斬りかかる!

「……う……そ……だろ……」

 ……その刃は、化け蜘蛛の体躯を捉えている……当たってはいる……が……その刃は化

け蜘蛛の体躯の表面で、宙に浮いたように止まってしまっている!?……化け蜘蛛には、傷

一つ付いていない……。

「……攻撃が……効かない……!?」

 周りに複数人いた強面の猛者達が……示し合わせたかのように、顔を青く塗り上げ、驚

愕の表情を浮かべている……。 ――ガサガサッ!!ガサガサッ!!――

「!?」

 追い打ちをかけるように、さらに数匹、草むらから化け蜘蛛が飛び出してくる!?

「……く!!そがあ!!」

 果敢にも……それともやけくそか……化け蜘蛛に向かい駆け出し、攻撃を仕掛ける隊員

達……だが……

「ぐは!!」「がは!!」「ぐわあ!!」

 ……なすすべも無く、まるで紙屑のように次々と吹き飛ばされてゆく……ウェルウィン

以外は、皆、腕に覚えのある猛者揃いのはずなのに……

「うあぁ……」

 悲鳴とも溜め息とも取れぬ声を漏らし、立ち上げれぬまま、何とか逃げ出そうと、ズリ

ズリ後ずさるウェルウィン。

「おい!ウェル!」

 ……の前に、レンが現れ声をかける。……逃げ出そうとしているウェルウィンを窘める

為……

「ここは俺が抑える!!お前は早く立ち上がって、この事を隊長に報告に行け!!」

 ……ではなく、化け蜘蛛の前に立ち塞がり、ウェルウィンを『逃がす』為!

「え?あ!う?……そんな……で、でも……」

 どうしていいか解らず、オドオドと口籠るウェルイン……

「早く……いけえぇい!!」

 「うひぇ!!はいぃ!!」

 そんなウェルウィンを鬼の形相で睨み付け、大声で怒鳴りつけるレン。

 大声で叱られ、慌ててなんとか立ち上がったウェルウィンは、その声に弾き飛ばされる

ように、一目散に駆け出す……――

 ――……そ、そうだ!誰かがこの事を皆に知らせないと!!大変なことに!!……そうだ…

………いや…………ちがう……俺は……恐くなって……皆を……レンを見捨てて、『逃げ

出した』んだ……それを『解っていて』……レンは……――

 

「ハア……ハア……あれは……!!」

 自己嫌悪に陥りながらも、ウェルウィンが暫く走っていくと、やがて前方に人影が見え

てきた。

 顔がはっきり認識できるまで近づくと、ウェルウィンはホッと胸を撫で下ろす。

「コルテス隊長!!」

 その人影はコルテスだった。コルテスである事を確認し、安堵したウェルウィンは駆け

寄り声をかけようとした……が、

「来んじゃねえ!!ウェル!!どっか行ってろ!!」

 ウェルウィンに気付いたコルテスが、ウェルウィンを見もせずに怒鳴りつけるように叫

ぶ。

 ……その視線は……空を睨み付けている。額には大粒の汗が滲み、緊張感を漂わせなが

ら、険しい表情で……。

 怒鳴られてビクビクとしながらも、その視線につられて、ウェルウィンも恐る恐る空を

見上げようとする。……と

「アハハハハ!アハハハハハハ!」

 コルテスの言動や表情とはうって変わって、場違いな……とても陽気な笑い声が響いて

くる。

 音の正体を確認しようと、音源――空を凝視するウェルイン。

「……?」

 ……何かが浮いている?

 ……やがて、再びその『なにか』から、音が響きだす。

「ねえ?もっと遊ぼうよ?ねえねえ!次は何を見せてくれるの?アハハ!アハハハハ!ア

ハハハハハハ!」

 ……そのナニカ……いや……人!?

 よく見ると……いや……よく見なくても、それは、可愛らしい女の子のようにみえる!?

 『それ』は、ぱっちっりとした大きな瞳を、パチパチとさせて、人懐っこい、可愛らし

い笑顔を浮かべながら、こちらを見ている。

 鳥のように毛先が少しはねたピンクの髪を風に靡かせ、そのおおきな胸を見せつけるか

のように、鳥の尾のように後ろが長く伸びたコートを一枚、前を閉めずに羽織り、腰の辺

りでベルトで止めているだけ。

 下も、小さいふんどしのような布を一枚申し訳程度に着けているだけで、後はネックレ

スなどのアクセサリーとブーツ……

 ……だが、『そんなもの』を鑑賞している余裕は、ウェルウィンやコルテスには無かっ

た……

 ……明らかに……『異常』!

 『それ』は、空に浮かび、辺りに小さな『竜巻のような風』を従えて、たまにその風を

周囲にピュンピュンッと飛ばしている。

 輪をかけて、異常さを際立たせているのは、何が面白いのか、『それ』は満面の笑みで

終始笑い続けている。

 ――ドゥン!ドゥンッ!―― 音が響く。空を睨み続けていたコルテスが、『それ』に

向けて、発砲した!

 『それ』は動くそぶりも見せず、全弾命中!……のはずが……弾は、当たらない!?

 まるで、『風の壁』のようなものが『それ』の前に出来たかと思うと、銃弾は全て、飲

み込まれ弾き飛ばされていく……。

「アハハ〜!それはさっきも見たよ〜♪もっと違うのないの〜?」

 『それ』は憎らしいぐらい可愛い声で、歌うようにそう言うと、おもむろにコルテスの

元まで飛んで行き……そして……無造作に銃口に顔を寄せる。

 ――ドウ―ゥンッ!!―― 近付かれたコルテスが反射的に発砲する!間違いなく顔面に

クリーンヒット……の、はずなのだが……

「アハハハハハハ!」

 ……『それ』は……何事も無かったかのように、満面の笑みをコルテスに向け、再び笑

い出す……

「外海の〜?兵器♪面白そうな道具だけど〜?このままじゃあ、私達には通用しないかな

あ?ちょっとみ〜せて♪」

 そして再び歌うようにそう言うと、コルテスの銃を掴み、取り上げようとする。

 ――バキャッ!!―― 破壊音が響き渡る。

「あっれ〜?壊れちゃった?アハハハ!ごっめ〜ん♪」

 ――銃を……素手で握りつぶした……!?しかも、ちょっと触っただけで……!?

 見た目は……女の子のように見えるけど……『これ』は……人間じゃない!?

 ……さっきの……化け蜘蛛といい……なんなんだ!?この大陸は!?この生物は……!?――

 圧倒的な力の前に、ただ茫然とし、絶望が押し寄せて来るウェルウィン……それを尻目

「うらあ!!」

 好戦的な視線を『それ』に向けて、剣を抜き、果敢に攻撃を仕掛けるコルテス。その表

情は一ミリも闘志を失ってはいない。

「ん〜?アハ!アハハ!じゃあ!今度は私のバ〜ン♪」

 だが、『それ』は、コルテスの剣を受けても微動だにせず、やがてふわりと浮き上がる

と、その両手を広げた、瞬間、 ―― ブワッ!! ――

「ぐわっ!」

 辺り一面を、巨大な竜巻が襲う!

 竜巻に飲み込まれたコルテスは吹き飛ばされ、そのまま『それ』の手元付近まで打ち上

げられ停止する。

 打ち上げられたコルテスは『それ』の手元で止まり、そこでそのまま……宙に浮いたま

まになっている。

 ……どうやら『それ』がつくり出した、『風』の上に乗っているようだ……

 一瞬殺されたのかともウェルウィンは思ったようだが、微かに動いているところを見る

に、気を失っているだけで、生きてはいるようだ。

「……う……ああぁ……」

 本当に恐ろしいと、大声は出せないようで、ウェルウィンはまた、悲鳴とも溜め息とも

取れぬ声を漏らし、ガタガタと震えながら、なんとか後ずさり、逃げ出そうとしている。

 そんなウェルウィンを『それ』が一瞥する。

「……うひぃ……」

 くりくりとした可愛い瞳に見つめられるという、『羨ましい』状況に、ウェルウィンは

短い悲鳴を漏らし、立ち尽くす。

 ……おそらくウェルウィンは『拷問』のように感じているだろう。永遠に感じられる一

瞬の間、『それ』はウェルウィンを見つめていたが、やがて視線を外すと

「ウェル?だっけ〜?ん〜?君はよく解んないから後でいいや♪コルテス♪これ〜面白そ

うだから貰っていくね〜♪アハハハハハハハハ!」

 そう言ってまた笑い声を響かせながら、コルテスを連れて、どこかへ飛び去っていって

しまった……――

 ――……た、助かった…………いや!違う!コルテス隊長が!……助ける?……どうや

って?……早く俺だけでもこの大陸から……いや!いやいや……いや……でも……『逃げ

たほうが』……――

 今すぐ逃げ出したい気持ちと、良心の呵責に、暫く立ち尽くし、グルグルと思考を巡ら

せるウェルウィン。そのせいで気付くのが少し遅れた。 ――ガサッ!ガサガサッ!――

 ……もっとも、気付いても、ウェルウィンが逃げられたかどうかは甚だ疑問だが……。

「!?ひぇっ!!」

 草むらから、『それ』が飛び出してくる!

「ば、化け蜘蛛!!」

 それも、一匹や二匹では無い。 ――ガサッ!ガサッガサッ!―― 気が付けば、ウェ

ルウィンは化け蜘蛛に取り囲まれていた。

 やがて化け蜘蛛達は、グオオ!と、ひと声鳴き声を上げると、一斉にウェルウィンに襲

い掛かってくる!

「うひいぃ!!」

 目の前には金棒のような化け蜘蛛の太い脚!――もうだめだ!!――倒れ伏したウェルウ

ィンが死を覚悟した、その時だった。 ――ザシュッ!!――

「グギャ!!」

 ――呻き声のような、化け蜘蛛の……鳴き声……?

 下されるはずだった激痛を感じず、代わりに聞こえてきた異音に違和感を感じたウェル

ウィンが、そっと見上げてみれば……何かの衝撃が化け蜘蛛を襲い、化け蜘蛛達が悶絶の

声を上げている。

「え?な、なんだ……?」

 ウェルウィンは何が起きたのかを確認したい所……ではあるが……恐ろしくてしっかり

と視線を向ける事が出来ない……

 恐る恐る、目を細めて覗き見た光景は……

「……人……?影……が……?」

 なにやら人のような生物が、化け蜘蛛達と戦っている……?

「グギャ―!!」

 怒った化け蜘蛛達が標的をその『なにか』に変え、襲い掛かっているが……??

 ――これは……死の間際の幻でも見ているのだろうか……?――その『なにか』は、い

とも容易く化け蜘蛛達を打ち倒していく……――

 やがて、辺りが静寂に包まれ、化け蜘蛛達が目の前から一掃された事を告げる。

 だが、まだ恐ろしくて顔を上げられず倒れ伏したままになっているウェルウィン……

 ……に、――ザッザッ!――足音が近づいて来る。

 足音はウェルウィンの頭の前で止まり、影が落ち、『なにか』がそこに立っている事が

解る。

「……」

「……」

 化け蜘蛛達は一掃したが、ウェルウィンを助けたのかどうかも解らない。そもそも、そ

れが『なんなのか』も解らない……。倒れ伏した態勢のまま、身動きを取らず……いや、

取れず、ウェルウィンは額に汗を滲ませ、心音が早く大きく聞こえてくるのを必死で堪え

ながら押し黙る。

 ……やがて……『なにか』が動く。

「……え?」

 ウェルウィンの目の前に『何か』が差し出された。すぐには理解できず、一言声を漏ら

すと再び静止するウェルウィン……。

「……動けるか?」

 そんなウェルウィンに、この大陸に来て……いや、もしかしたら生まれて初めて聞いた

と言っても過言ではないくらいの、優しい声が降り注ぐ。

 そしてようやく、ウェルウィンは理解する。

 ――ああ!そうか。これは……俺を助け起こそうとしてくれている、優しい、『人の手

』だ!――

「え?あ、ああ!ありが、とう!」

 ようやく理解したウェルウィンは、その手を握り、起き上がりながら慌ててその人物に

答えると、目の前の女性は、ホッと息を吐き、安堵した表情をウェルウィンに向ける。

 この大陸の住人だろうか?少し気が強そうな目つきの、美しく、若い女性。

 目つきと同じく気の強さの証明か、炎のように暴れるワインレットの長髪を、額に付け

たカラフルなバンダナで無理やり押さえつけ、上に長めのマントを一枚、腰辺りに大きく

長めの帯を捲いて垂らしただけで、後はアクセサリーとサンダルという軽装。

 一応、肩から首に回され、垂れたマントの裾が、かろうじて胸を隠してはいるが、その

スレンダーで健康的な、瑞々しい赤褐色の肌を、惜しげも無く晒している。

 この大陸に来て初めて味方と思える相手に出会い、一気に気が抜けたウェルウィンが、

思わず鼻の下を伸ばして、目の前の女性を眺めていると……目の前の女性が少しきつめの

視線をウェルウィンに送り、尋ねてくる。……ドキッとするウェルウィン……

「私はテスマ。このセンタ大陸の、アスーの民だ。君は……何者だ?……どこから……こ

の地へやって来た?」

「え?あ!ごめん!俺はウェルウィン……――」

 一瞬冷や汗を掻いたウェルウィンだったが、目つきはきつめで口調もぶっきらぼうっぽ

くはあるが、とても優しい声と優しさが滲み出ている瞳の奥に、ジロジロ見ていた事に気

分を害した訳では無い事が解り、心底胸を撫で下ろしながら質問に慌てて答える。

 特に隠す事でもないし、そもそも助けてくれた相手に隠し事はしたくなかったウェルウ

ィンは、テスマがセンタと呼んだこの大陸が、突然現れた事や、大陸調査隊の事など、こ

れまでの経緯を、知っている限り、包み隠さずテスマに説明するのだった。――

 

 ――テスマは暫く腕を組み、黙ってウェルウィンの話を聞いていたが、やがて険しい表

情をつくり、首を傾げながら何やら思案し出す。

「あれ?……ごめん……俺の話し方……解りずらかったかな……」

 テスマが悩んでいるように見えたウェルウィンは、話が伝わっていないのかと思い、何

とか解りやすく説明しようと口を開くが

「……やはり……『外海の民』……か……ある程度、覚悟はしていたが……」

 テスマが独り言のように呟く。どうやら話は理解しているようだ。外海の民とは、おそ

らくウェルウィン達、このセンタ大陸以外の人間を指す言葉だろう。

 テスマはどうやら、話が解らず悩んでいるのでは無く、今、起こってしまっている事象

について悩んでいるようだ。

「……覚悟?って……」

 テスマの言葉が気になり、何か聞きかけたウェルウィン……を、テスマの言葉が制す。

「……ウェルウィン。一先ず君を安全な……私達アスーの民の町、ティトランへ案内しよ

う。どうやらこの辺りの魔物は『目覚めて』しまっている。君が一人でいるのは……あま

りにも危険だ。」

「え?この大陸に、安全な場所なんてあるのか!?」

 ……この大陸に来てから……化け蜘蛛に襲われ、空を飛ぶ『なにか』に出会い……

 安全、という言葉に反応して、何か尋ねようとしていた事も忘れて、躍り上がるウェル

ウィン。

「そんなところがあるなら、ぜひ……」

 安全な場所があるなら、ぜひとも連れて行って頂きたい!さっき化け蜘蛛達を一掃した

テスマが案内してくれるのであれば、これほど心強い事はない!

 喜び勇んでテスマに案内して貰おうとするウェルウィンだったが

「……い、いや!だめだ!ちょっと待って!」

 ふと何か思い出したように、視線を泳がせ顔を斜め上に上げると、テスマを制止し、立

ち止まってしまう。

 そんなウェルウィンを、指を顎に当て、小首を傾げて不思議そうに見ていたテスマだっ

たが……やがて答えに辿り着いたようにハッと眼を見開き、口を少し開けると

「心配するな。別に怖がらなくていい。私たちはウェルウィンを襲ったりはしないぞ?」

 安心させる為か、少し目尻を下げ、ぎこちない笑顔をつくってそんな事をウェルウィン

に言ってくる。

「え?襲う……?ああ!いや!違う!違う!……そんな事、考えてもいなかった……そう

じゃなくて……」

 そもそも、テスマが助けなければ、ウェルウィンは化け蜘蛛に殺されていただろう。わ

ざわざ助けた後に、町まで連れて行き襲い掛かる、というのは何だかおかしい。

 それに、化け蜘蛛を一掃したことからも解る通り、明らかにウェルウィンよりテスマの

ほうが強い。その気があるなら、当の昔にウェルウィンはやられているだろう。

 『助けの手』を差し伸べられた瞬間から、完全にテスマを信じきっていたウェルウィン

は、襲われるなんて事は思いつきもしていなかった。

 ウェルウィンが立ち止まったのは別の理由……ウェルウィンは、少し真剣な表情をつく

り、テスマに助けを求めるように語り出す。

「そんな事じゃなくて……大陸調査隊は……この大陸に来ているのは、俺だけじゃないん

だ。……レンや……他の皆が心配で……出来れば皆も……」

 ――助けて欲しい。俺だけ……安全な場所へ行く訳にはいかない……ずうずうしいお願

いかもしれない……それに、俺は……逃げ出してしまった……合わせる顔も、無い……け

ど……――

 ……ウェルウィンの願いは……だがウェルウィンが語っている最中に、テスマの顔は下

り坂の天気のように、どんどんと曇り模様となっていき、やがてウェルウィンの言葉を遮

り、降り出した雨のようにポツポツと呟く。

「ウェルウィン……落ち着いて聞いてくれ……私も……『目覚めたばかり』で……行動が

遅れた……」

「?」

 何の事を言っているのか解らず、頭にはてなマークを浮かべるウェルウィンに、テスマ

が苦しそうな表情で、しかしウェルウィンの眼をしっかりと見つめながら、告げる。

「私が来た時にはもう……この辺り一帯で、『生きて動いている人間』は……『ウェルウ

ィン一人』だった……」

「……」

 ――……????イキテウゴイテルヒトガイナイ??……あれ?それってどういう意味だった

っけ……?……えーと……それは……つまり…………――

「……!!調査隊……『全滅』……!?」

「……海岸に停泊していた船も……破壊されていた……すまない……私が、もう少し早く

来ていれば……」

 頭が付いて行かず、暫く口を開けたまま少し頭を整理して、やっと言葉を理解したウェ

ルウィンが……やはりそのまま口を開けて絶句していると、テスマが沈痛の面持ちで、ウ

ェルウィンに謝罪の言葉を呟く。

「……え……あ……い、や……テスマが、謝る事じゃない……け、ど……」

 ――……調査隊は、それなりに腕に覚えのある猛者ばかりだったはず……それが……こ

の短期間で……全滅!

 ……つまり、この大陸は……『そういう場所』、という事……船が無ければ、大陸から

脱出する事も……『不可能』……――

「……まだ、全滅と決まった訳では無い……どこかに隠れたり、逃げのびている者もいる

かもしれない!後日、アスーの民で捜索隊を編成して、改めて捜索しようとは思うが……

私達もまだ、本調子では……」

「!!……」

 ウェルウィンに気を遣ってか、励ますように語るテスマの言葉に、他の隊員の事よりも

まず、自分の今置かれている状況を憂い、絶望していた事を恥じ、ウェルウィンは逃げの

びられそうな状況や、隠れられそうな状況を思い返してみるが……化け蜘蛛に襲われ、成

すすべも無く倒れていった隊員達の光景が頭をよぎる……。

 ――……あんなものに襲われれば……生き残りなんて………………あ!!――

「そうだ!!テスマ!!聞いてくれ!!飛ばされて、気を失ってはいたけど、あの時、確かにま

だ生きていたんだ!!早く助けないと!!」

 コルテスの事を思い出し、捲くし立てるウェルウィンだが、焦っているのかその説明は

いまいち要領を得ない。

「お、落ち着いてくれ!ウェル!あの時?飛ばされた?すまないがもう少し私にも解りや

すく教えてくれないか?」

 困惑しながらも、ウェルウィンの話をなんとか理解しようと、テスマは優しい声でウェ

ルウィンを落ち着かせながら耳を傾ける。

 その声にハッとなり、少し冷静さを取り戻したウェルウィンが、すまなそうな顔を浮か

べて、一度深呼吸した後、再びおずおずと語り出す。

「あ、ああ。ごめん……そう。さっき、この辺りで、なんだか異常に陽気で……ずっと笑

っている、女の子?と、コルテス隊長……俺達の隊長が戦っていて……隊長は竜巻?に呑

み込まれたけど、まだ生きていて……だけど、そのままどこかに連れて行かれて……」

 こんな説明で解るのだろうか……ウェルウィンは不安を覚えながら、なんとか説明しよ

うとするが、途中で、テスマの反応を確認しようと自信無さげに、テスマの表情を覗き見

る。

 だが、その表情は……

「え?ご、ごめん!なんか俺、悪い事いったかな!?」

 ウェルウィンの話を聞きながら、テスマの表情は、どんどんと険しいものに変わってい

く。

 テスマを怒らせてしまったのかと、ビクビクするウェルウィン……

 ……だが、それはウェルウィンに向けられたものでは無かったようだ。最後にテスマは

ウェルウィンから顔をそむけると、射殺すような視線で空を見つめ、一言、

「……ケツァ!!……」

 怒気の籠った口調で、そう『その名』を呼んだ。

「……けちゃ……?」

 一瞬、テスマが何を言ったのか解らず、思わず聞き返すウェルウィン。

 その声にテスマは、ハッと我に返ったように振り向き、戸惑っているウェルウィンに気

付くと、少し表情を和らげ、答える代りに、優しい声でコルテスの現状を告げる。

「……話は……なんとなく理解したが、その話が確かなら、コルテスという者はおそらく

……いや、むしろ、『無事』だ。」

「ほ、本当か!?」

 無事。久しぶりに聞いたような気さえする、希望の言葉。ウェルウィンは思わず声を大

きくして、身を乗り出す。

「……ああ……いや、すまない……無事、と言うのは語弊があるかもしれないが……間違

いなく『生きてはいる』だろう。」

 ウェルウィンが予想以上に喰いついてきた為か、少し困った顔で無事、については言葉

を濁したテスマだが、生存に関しては、自信ありげに言いきり、さらに話を続ける。

「異常に陽気で絶えず笑っているおかしな奴など、この大陸に一人しかいない!その女の

名はケツァ!……かつて……遠い昔、全世界が恐怖し、『災い』と呼んだ一族……『シン

族』!ケツァはその一人だ!」

「……災い?シン族?……」

 突然のテスマの発言に付いて行けず、目を白黒させ、大きく口を開け開いたまま、混乱

するウェルウィン。

 ……だが、突拍子もない話……とは言えない……ウェルウィンはもう、見て、体験して

しまっている。……この大陸の……恐ろしい化け蜘蛛を……そして、明らかに異常な『そ

れ』を……。

「……え!?いや!でも待って!!それなら、むしろ、コルテス隊長は!?」

 無事でいる訳が無い!そう言いたかったであろうウェルウィンの言葉を、テスマが制止

する。……少し、なんだか困ったような、微妙な表情を浮かべてはいるが……。

「……いや……シン族であるにはあるが、ケツァに『殺戮の趣味は無い』。ケツァはシン

族の中でも『はみ出し者』。ケツァの興味は、只々、『楽しむ事』。……連れ去ったとい

う事は、コルテスという者がケツァの興味を引いたのだろう。ケツァが飽きるまでは、ま

ず、死ぬような事は無い。」

 そう言ってテスマが『無事』、の根拠を説明する。

 それが事実ならば、確かにとりあえず生きてはいるだろう。ウェルウィンは少し胸を撫

で下ろすが……テスマが少し厳しい表情をつくり、付け加える。

「……もっとも、ケツァにしてみれば、コルテスは『面白そうな玩具』。早急に救出する

必要性はあるが……」

 そこまで語り終えると、テスマは腕を組んで少し黙って斜め下を向き、なにか考え事を

し始めた。

 彫刻のように美しく凛々しい顔で、暫く真剣に考え事をしていたテスマだったが、やが

て顔を上げ、まるでわが子を心配する母親のような顔を浮かべてウェルウィンをじっと見

つめると、

「コルテスには悪いが、それよりも、今はまず、ウェルの身だろう?外海の民が、この、

センタ大陸に一人で放り出されれば、それは困難を極める。ウェルの身も心ももう、極限

状態のはずだ。そんな状態では、コルテス救出以前に、ウェルのほうが参ってしまう……

ケツァとコルテスの事は、私も調べておく。大丈夫だ。だから今は、ウェルはティトラン

でゆっくりと疲れを癒やせ。」

 聞いているだけで癒やされそうな声で、そう、優しくウェルウィンに語りかけながら、

不器用な笑顔で微笑むのだった――

 

 ――こうして俺、ウェルウィンは、テスマに案内されるままに、アスーの民が暮らして

いる町、ティトランへと赴いた。

 町に着いた時は見慣れない俺を警戒してか、ジロジロと見てくる者もいたが、テスマが

王議連(アスーの民のお偉いさん達らしい)に話を通し、俺が紹介されると、アスーの民

は温かく俺を迎え入れてくれた。

 テスマを見ていてなんとなく想像は出来ていたが、打ち解けてみれば、アスーの民は皆

良い人ばかりで、俺はこのセンタ大陸に来て、初めて、心が安らぐのを感じていた。

 ――彼らは何者なのだろう……。なぜ、突如現れたはずのこの大陸に人が……?それに

ケツァは?シン族とは?……?……――

 聞いてもいいものか?俺は頭を悩ませたが、それは長くは続かなかった。

 なにか聞きたそうにしている俺に気付いたテスマが、優しく教えてくれたからだ。

 ――アスーの民は、昔からこのセンタ大陸に暮らす一族で、昔は、他の四大陸とも交流

があったらしい。

 ……一部の地域では、彼らを崇拝の対象にしている者達もいたらしい。もっとも、本人

達はそれを望んではいなかったが……。

 ……崇拝の対象になる要因。その原因と思われるのは、アスーの民……いや、アスーの

民に限らず、世界の始まりに出来たといわれるこのセンタ大陸の生物全般は、他の四大陸

とは明らかに一線を画する、『特別な力』を持っている事。

 それは、『マナ』と呼ばれる、魔法のような力。

 風等を発生させて、操る技。外部からの衝撃を無効、または緩和する障壁。体力や怪我

を回復させる治癒術。魔物を遠ざける結界。それに、驚異的な身体能力や戦闘力。……そ

して、『封印術』。

 ……そんなセンタ大陸の生物の中でも、一際、能力が高く……センタ大陸に限らず、世

界中を我が物顔で、勝手気ままに暴れ回り、人々に『災い』と呼ばれ、恐れられていたの

が……『シン族』。

 センタ大陸に住んでいた他の部族は立ち上がり、他の四大陸の勇士達と共に、力を合わ

せ、シン族を止める為、戦いを始めた。

 ……戦いは熾烈を極め長期に及んだが、能力の高いシン族に対し、形勢は……不利……

 共に戦う仲間もどんどんと減って行き……いつしか、シン族に抵抗する勢力はアスーの

民だけになっていた。

 ……だが、アスーの民は、水面下である『計画』を進めていた。

 ……そして……その日……長らく、水面下で進められていた計画を実行に移す。

 大勢の封印師達が、長い時間をかけて造り上げた、センタ大陸全てを包み込める程の、

『封印装置』。

 アスーの民は、シン族を挑発して、一族全てをセンタ大陸に留まらせた上で、センタ大

陸を、魔物、シン族……そして、『アスーの民』諸共、『海中深くに封じ込めた』……。

 最終的な封印は、外から掛ける必要があった為、センタ大陸でもっとも高い山の頂上だ

けが、封印から外れ、海面に飛び出していた。

 そのため、当初はセンタ大陸の外に残り、封印と伝承を守っていたアスーの民もいたら

しいが……。

 ……やがて……平穏と、時の流れの中で、世界と同化し……世界は、センタ大陸の存在

を『忘れ去っていった』……。

 ……平穏が続くのであれば、それも構わない。……だが、封印の中で『夢を見る』よう

に、世界の流れを感じ取っていたアスーの民は、『それ』を危惧していた……。

 ……アスーの民の思い虚しく……『それ』は起こる……。

 ……時が経ち……長い、長い、時が経ち、全てを忘れてしまった外海の民の『何者か』

が、センタ大陸の『封印を解いてしまった』。

 ――センタ大陸。シン族。アスーの民。それは、遥か昔の伝説。神話。叙事詩……――

 ……いや!!それらは全て、遠い昔に起こった『真実』!!そして、今……――

 

 ――ドッシーンッ!!――

「痛っ!!」

 何かに激突して、頭を押さえながらウェルウィンが我に返る。

「……あー……テスマの話を思い返しながら歩いてたら、随分遠くまで来ちゃったな……

町の外れまで来ちゃったかな……?」

 そうブツブツ独り言を言いながら、ウェルウィンはぶつかった物の正体を確認しようと

顔を上げ、目の前の石で造られた自分の背丈程の置物を眺める。

「何だろう……?これ……?」

 それは、何かの装置だろうか?所々ひび割れ、壊れてはいるが、それは少し小さい門の

柱のようにも見える。

 上部には何かを接続できそうな穴の開いた突起があるが、今は何も繋がっていない。

「……ああ。そうだ。テスマがなんか言ってたな。……えーと、町の外れには……そうだ

った。結界?の装置があるって。これが、そうか……」

 結界と言われてもいまいちぴんと来ていなかったウェルウィンは、初めて見る目の前の

装置を、興味深そうに身を乗り出してしげしげと眺めている。

 アスーの民の力の事は、説明されてもよく解らない。要は、外の魔物が、町に近寄らな

いようにする何かだろう。その程度の認識だ。

 よくは解らないが、これがあの恐ろしい化け蜘蛛等から、自分を守ってくれていると思

うと、ウェルウィンはありがたさと、貴重な物を拝見した感動で拝みたくなるくらいの気

分に駆られ、思わず見惚れてしまう。

 だが、暫く眺めているうちに、その後にテスマが付け加えていた言葉が脳裏に蘇ってく

る。

「あれ?……そういえば、まだ何か言ってたな。えーと、たしか……今、結界は……壊れ

て……いる、から……町の中心部は良いけど……あまり……一人で……町の……外れに…

…近づく……な……と……」

 別に忠告を無視した訳では無い。ただ、予想以上にティトランという町が安全で居心地

のいい場所だった事、さらに普段は大概、テスマが傍にいてくれている為、町の外に対す

る警戒感が、甘くなっていた。

 まさか一人で町の外れまで来てしまうとは、ウェルウィン自身も思ってはいなかった。

 それは、おそらく、テスマも同じだったのだろう。

 結界の事をウェルウィンに伝えるには伝えたが、話のついでに、付け足すように一度ち

ょっと言っただけ……。

 ウェルウィンは夜中にふと目が覚めて、少し散歩のつもりで歩いていただけ。辺りを一

周したら部屋に戻るつもりだった。

 それが、考え事をしながら歩いていた為、いつのまにか、町の外れまで来てしまってい

た……ウェルウィンの過失ではあるが、色々な条件が重なった結果ともいえる。

 何はともあれ、ここまで来てしまった後にテスマの忠告を思い出したウェルウィンは、

少し冷や汗を掻きながら、恐る恐る、辺りを見回してみる。

 ……ティトランの外にはちょっとした森が広がっていたが……森の奥から微かに聞こえ

る、猛獣らしきものの鳴き声……闇夜に光る、妖しい眼……

「……うあ、まずい!早く戻らないと!」

 一度、ブルッと身体を震わせると、ウェルウィンは囚人のように慌てて回れ右して、駆

け足で町の中心部へと戻ろうとした……が

「……ん?……なんだ?あれ?」

 ふと、遠くの空に浮かぶものを、ウェルウィンの目が捉える。

 『それ』が気になってしまったウェルウィンは、思わず足を止めて、空をボウッと見つ

めてしまう。

 『それ』は、どんどんと大きくなっていく。どうやら近付いてきているようだ。

 さらにウェルウィンが眺めていると、やがて『それ』は音を発し始める……

「……?」

 初めは良く聞こえなかったその音は、だが、どんどんと大きくなっていき……やがて聞

き取れるようになったその音は……

「ウェ〜ル〜♪」

 ――……音楽……?……歌?……いや……しゃべっている?……いや、俺の名前を呼ん

でいる!?……いや!?あれは!?―― ――ブワッ!!――

「うわあ!!」

 ウェルウィンが『その名』を思いだし、呼ぼうとする……その前に、辺りに風が巻き起

こり、ウェルウィンは空へと打ち上げられる。

 打ち上げられたウェルウィンの目の前には……とても可愛らしい、『無邪気な笑顔』が

浮いている。

 ……その笑顔を、驚愕の表情で見つめながら、口を微かに震わせ、上下に波打たせてい

るウェルウィンに……やがて、笑顔が口を開く。

「み〜つけた♪」

「……ケ、ケツァ!?なんで……」

 やっとの思いで、音を絞り出したウェルウィンの口が、その名を呼ぶと、ケツァは、一

瞬、きょとんとした顔で静止した後、その大きな目をさらに大きく見開き、さも嬉しそう

に叫びだす。

「うん!ケツァ!そう!私!ケツァ!アハハハハハハ!」

 自分の名前を呼ばれた事が、よほど嬉しかったのか、ケツァは嬉しそうに叫んだ後、さ

らに楽しそうに、辺りをブンッブンッ!と飛び回る。

「うあぁあ!!ちょっ!!やめて!!目が、回るぅ!!」

 ケツァが飛び回るのに合わせるように、ウェルウィンも、ブンッブンッ!と、空を振り

回される。……攻撃された訳ではないが……これはたまったものでは無い……――

「何の騒ぎだ?」

 暫く……といってもそれ程時間は経ってはいないが、ケツァとウェルウィンが空で踊っ

ている間に、地上がにわかに騒がしくなる。

 どうやら、騒ぎに気が付いたティトランの住人が、集まってきているようだ。

「……な!?ウェル!!」

 その中にいた一人が、やがてウェルウィンに気付き、驚愕の表情を浮かべながら、慌て

てウェルウィンの名を呼ぶ。

 珍しく、オロオロと心配しながら、困った表情でウェルウィンを見つめていたその人物

は、やがて視線を横へとずらすと、鬼でも乗り移ったかのように目をつり上げ、射殺すよ

うに睨み付けながらその名を叫ぶ。

「ケツァ!!」

「ん〜?」

 名前を呼ばれたケツァは、その声に反応し、飛び回るのを一度止めた。

 それから自分を呼んだ人物を捜すように振り返ると、少し小首を傾げながら、はてな顔

で地上を眺めていたが、やがて自分を呼んだ人物に気が付き、まるで無二の親友にでも会

ったかのように、嬉しそうに手を振る。

「あ〜!テスマちゃんだ〜♪ひっさしぶり〜♪テスマちゃんも起きてたんだ?これでまた

いっぱい遊べるね♪」

「ナニが久しぶりか!!ケツァ!!ウェルを離せ!!」

 それに対し、テスマは優しそうだった声を荒げ、その美しい唇を苦々しげに歪め、整っ

ていた眉間にしわを寄せ、親の仇を見つけたように叫ぶ。

 ……だが、テスマのその反応にもケツァはどこ吹く風……親しげな表情と満面の笑顔を

浮かべたまま……やがてそのまま少し首を斜めにして

「ん〜?」

 と呟きながら、ウェルウィンとテスマの顔を交互に見回し、暫し鑑賞する。

 それから暫し、気の抜けた顔を浮かべてなんか考え事をしていたが……やがて、何か面

白い事でも思いついたのだろうか……目を見開き、いたずらっ子のような笑顔をつくった

後、おもむろに、

「んべ〜!アハハハハハ!」」

 テスマに向かって、可愛らしく舌を出し、……その後、回れ右してテスマに背を向ける

と、追いついて見ろとでも言わんばかりに、軽くお尻を叩きながらまた楽しそうに笑いだ

し、この場を飛び去ろうとする。

「あ!待て!!ケツァ!!」

 慌てて制止しようと、テスマが手を伸ばすが……空高くを飛んでいるケツァには、届く

訳は無い。

「アハハ!鬼ごっこ〜♪」

 ケツァは楽しそうにそう言いながらも、どんどんと遠ざかっていく。

 テスマは遠く、米粒のようになったケツァを睨み付けながら、後を追おうと走り出す。

 ……が

「ちょっと待て!テスマ!一人で乗り込むつもりか!?相手はあれでもシン族……まだ封印

の影響から、完全に目覚めきっていない身では危険だ!!しっかり準備をしてから……」

 走り出しかけたテスマを、アスーの重鎮と思われる、一人の男が引き止める。

 白髪で長い髭を蓄えた、精悍な顔立ちでガタイのいい男。

 彼の名はテモク。一応、ティトランの国王らしい。

 もっとも、アスーの民に厳格な階級制度は無いようではあるが……。

 だから、そんな無礼も許されるのだろう。引き止められたテスマは、だが、テモクのほ

うを振り向きもせず、険しい目つきで空を睨み付け続けながら、テモクの言葉に被せ気味

で、力強く言い放つ。

「ては、討伐隊を編成して、後で向かわせてくれ。私は先に向かう。ケツァを見失う前に

後を追わなければ!」

 テスマの意志が固そうな眼差しと、言葉に、テモクは心配そうな顔でテスマを見つめて

いるが、見つめるだけで、それ以上は何も言えない。

「……なに、目覚めたばかりなのは、ケツァも同じ。それよりも、私には『安全な場所』

に連れて行くと、ウェルをティトランに連れてきた責任がある!『安全』、は嘘になって

しまったが……連れて来た者の責任として、せめて、何としてでもケツァからウェルを救

い出さなければいけない!」

 テモクの視線を受けながら、テスマは少し勝ち気な笑みを浮かべ、一度安心させるよう

な言葉を言った後、再び目つきを鋭くして、宣言するように力強くそう言い残すと、流星

のように加速し、一気に森を駆け抜けていった……――

 

 ――ゴツゴツとした、背の高い岩山に囲まれている、少し開けた岩の窪地。

 その片隅で、岩の窪みに溜まっていた雨水が滴り落ち、頬を伝う。

「……!?……つめたっ!!」

 頬を伝う、冷たい違和感に気付き、ウェルウィンは意識を覚醒させる。

「……?……んー?……ここは、どこだ……?……えーと……」

 まだ、しっかりとは覚醒していないのか、寝ぼけ眼で、ぼんやり辺りを見つめるウェル

ウィン。

 ……もっとも、覚醒していたとしても、ウェルウィンにはここが、センタ大陸のトーラ

と呼ばれる場所だとは解らないだろうが……。

 暫くボケッと、アホッぽい顔で辺りを見つめていたウェルウィンだが、徐々に記憶が蘇

ってくる。

「……そうだ!俺、ケツァに捕まって……?……その後……どうなったんだっけ……?」

 ……ウェルウィンは、ケツァに振り回されているうちに、目を回して気を失ってしまっ

たのだろう……。

 どうにも、捕まった後の記憶がハッキリしない……。

 ウェルウィンは一応、自分の身体を確認してみるが、気を失っていた事以外は、特に外

傷も無く、何か危害を加えられた形跡も無い。

 所持品も、失った物は特に無く、それどころか、目の前に、ウェルウィンの持っていた

武器が、ご丁寧に、揃えて置いてある。

「いったい……なんなんだ……?」

 ――いったい、ケツァは何がしたかったのだろう?――

 怪訝そうに顔を顰めながら、ウェルウィンはとりあえず、目の前の武器を装備して、立

ち上がろうと顔を上げた……

「……?」

 いや、顔を上げようとした、その時、ふと、目の前の岩山に、『なにか』の影が映り込

んでいるのに気付く。

 ……その影は……蠢き、徐々に大きくなっていく……――

 ――ガサッ!ガサッ!―― やがて、辺りから、不気味な足音と共に、低く唸るような

化け物の息遣いが……

「……う……そ……だよ……ね……?」

 ウェルウィンは自分を落ち着かせるように、少し目を閉じた後、深呼吸しながらそーっ

と後ろを振り返る……

「……うあぁ……や、やっぱりぃ……」

 残念ながら、ウェルウィンの思いは届かず……確かに、『化け蜘蛛』がウェルウィンの

後ろに控えている……

 確実に仕留めようとしてか、動きはゆっくりではあるが……明らかにウェルウィンを狙

って……

 小さい悲鳴を漏らし、ズリズリと後ずさるウェルウィン……なんとか立ち上がり、後退

して逃げ出そうとするのだが……

 ――だめだ……!!岩山に囲まれたこの場所では……逃げ道が……無い……!!――

 岩山が背中を叩き、完全に行き詰ってしまった……

「グガァッ!!」

 地獄の入り口のような恐ろしい口を、ガバアッ!!と開け、満を持して襲い掛かってくる

化け蜘蛛! ――ダァン!ダァン!―― 

 やけくそ気味に、ウェルウィンが発砲する……が…… ――キン!キン!――

 銃弾は化け蜘蛛の太い脚に弾かれてしまう……

「……う、うおおお……!」

 小刻みに震えながら……今にも涙が溢れ出しそうな表情を浮かべて、へっぴり腰にでは

あるが、ウェルウィンが化け蜘蛛に斬りかかる…… ――ガギンッ!――

「……だ、だめだ……やっぱり……」

 ……解っていた事だが……ウェルウィンの剣は、化け蜘蛛の脚の前で宙に浮き、かすり

傷すら付けられない……

 化け蜘蛛の前で剣を握りしめながら、ウェルウィンはどうする事もできず立ち尽くし、

呼吸を荒くし……その顔には、少し涙が浮いているのだろうか……岩山の間から射す太陽

の陽射しを受けて、目元が微かに光っているようにも見える。

 ……化け蜘蛛が……やがて……その金棒のような太い脚を振り上げる。

「……う、ああぁあ……!」

 ……ウェルウィンは、掠れた、小さな悲鳴を絞り出すのが精いっぱい……

 ――もう、だめだ!!――

 ウェルウィンが死を覚悟した、その時だった。 ――ズダァンッ!!――

「グ、ギィ!?」

「!????」

 ――……今度こそ……死の間際の甘い夢……だろうか……?――

 ウェルウィンに振り下ろされるはずだった目の前の凶器は、どこかから飛んできた『銃

弾』に、弾き飛ばされたように、ウェルウィンとは逆方向に振り下ろされている。

 さらに驚いた事には、銃弾は化け蜘蛛の脚を貫き、その脚からは、体液と思われる、ど

す黒く濁った、不気味な液体が流れ落ちている。

「グギギィ!?」

 化け蜘蛛は自分を攻撃したものの正体を確認しようとしたのか、振り返るように回転を

始めるが……すでにそこには何も無く……代わりに、振り返ろうとした際、無防備になっ

ていた頭上から声が響いてくる。

「『眼』だ!生意気に赤黒く光らせてやがる、その、気味わりい眼を狙え!!」

 化け蜘蛛がその声に反応し、頭上の『物体』に気が付き慌てて対処しようとするが、一

瞬『それ』が早かった。 ――ズドンッ!!――

 上空から落下してきた『何か』が、化け蜘蛛の鈍く光るその眼を……突き刺している!?

「グギャアァッ!!」

 眼から不気味な液体を吹き上げ、悲鳴のような鳴き声を上げ悶絶する化け蜘蛛。

「……攻撃が……効いてる……!?」

 目の前の光景に、自分の目を疑うように目をパチパチと瞬かせ、あっけにとられて、呆

然と立ち尽くすウェルウィン。

 そんなウェルウィンに構わず……驚きは止まらない。

「うらあ!!」

 ――ズバンッ!!―― 化け蜘蛛の頭上から飛び降りてきた『それ』は、化け蜘蛛に休

む暇を与えず、間髪入れずに突進すると、一気に化け蜘蛛を切り裂き……

「グ、ギャ……アァ……!!」

 倒してしまう!

「……あの、化け蜘蛛を……倒しちゃった……!?いったい……あ!」

 ウェルウィンは、恐る恐る顔を上げ、化け蜘蛛を倒したものの正体を確認すると……

「よう!ウェル!まだ死に損なってるみてえだな!」

 良く知っている、なんだか懐かしくさえ感じてしまうガラの悪そうな顔が、少し口の端

をつり上げ、悪そうな笑みをつくり、そこに立っていた。

 相変わらずガラの悪そうな態度ではあるが……気のせいか……ウェルウィンを見つめる

その瞳は、心底安堵しているようにも見える……。

「コ、コルテス隊長!!無事だったんですね!?」

 調査隊の生き残り、コルテスの無事を確認できたウェルウィンは、喜びが溢れ出し、嬉

しそうに大きな声でコルテスに声をかけ、駆け寄ろうとする……が、無事という言葉にコ

ルテスが反応し、不機嫌そうに目をつり上げ、少し声を荒げながら不満を漏らす。

「ばーかやろう。無事じゃねえよ!あの変な女に連れて来られたと思ったら、この化け物

共の巣に放り込まれてずっと戦わされてたんだ!ドジってもあの女、変な力で俺を回復さ

せてまた戦わせやがる。その繰り返しだ!何がおもしれえのかあの女!それを眺めてずっ

と笑ってやがる!……まあ、おかげでまだこうして生きてるみてえだし……」

 ――ガサッ!ガサッ!―― 話の途中で辺りから化け蜘蛛が数匹、コルテスとウェルウ

ィンに今にも襲い掛からんと、飛び出してくる。

 だが、コルテスに慌てる素振りは無く ――ドウッ!ドウッ!――

「ギ!?」

「こいつ等とも少しはまともに戦り合えるようになったがな!!」

 そう言いながら、化け蜘蛛に発砲し、銃弾を当てていく。

 そのまま化け蜘蛛に向かって駆け出したコルテスは ――ドッ!ズバッ!――

 ……確かにコルテスは、化け蜘蛛達と渡り合っている。……まったく効かないと思われ

た銃や剣での攻撃も、コルテスが振るうと効いているようだ。

「いいか!ウェル!こいつらの身体は、俺達の攻撃が効きにくい、硬い体毛で覆われてる

が……」

 コルテスはウェルウィンに戦い方を教えるように、話ながら戦っているが……

「あ!隊長!!危ない!!」

 ――ガシッ!!―― 意識を集中させていなかった為か、コルテスは横から伸びてきた化

け蜘蛛の前脚に、絡み取られてしまう。

「……毛のねえ部分……あの、剥き出しの眼には、俺達の攻撃も効く!」

 それでもコルテスは、まったく慌てる素振りも見せずに、何事もないかのようにウェル

ウィンに向けて、話を続ける。

「そ、それより、前!前!!ああ……」

 淡々と語るコルテスに対し、ウェルウィンのほうが血相を変え、ワタワタと慌てだし、

叫ぶ。

 どうやら丸呑みにするつもりらしい……コルテスを捉えた化け蜘蛛が大きく口を開き、

今、まさに、食い掛かろうとしている……!

「……眼を狙え、って言ったが、最悪、眼じゃなくても問題ねえ。要は、毛のねえ所、薄

い所……脚の継ぎ目や……」

 地獄への穴が眼前に迫っているのに、いたって冷静に話を続けるコルテス……

 ……やがて…… ――グゥバンッ!!―― 化け蜘蛛の口が、コルテスを頭から丸ごと

飲み込み、閉じられる!

「……た、食べられちゃった……!?」

 ウェルウィンが真っ青な顔で立ち尽くし、そう呟いた、瞬間、――ズドゥンッ!!――

「グギャウアァ!!」

 一閃!化け蜘蛛の頭から、閃光が迸る!化け蜘蛛は吹き飛び、拘束が解かれ、無事、地

獄の口から生還したコルテスがウェルウィンの側に華麗に着地し、得意げに笑う。

「その口の中、なんてのも『弱点』だ!」

 見事に化け蜘蛛を退治して、胸を張り、腰に手を当てて自慢げにウェルウィンを覗き見

るコルテス……

 ……だったが……

「アハハ!すっごい♪すっご〜い♪外海の民なのにもう、蜘蛛さんの一匹や二匹じゃ〜相

手にならないね♪さっすがコルコル!アハハハハハハ!」

 一息つこうとした矢先……場違いな笑い声を響かせながら、『それ』は現れた。……コ

ルコルとはコルテスの事だろう……。

「出やがったな!」

 勇ましく、好戦的な眼差しで睨み付けるコルテス。

「ケ、ケツァ……!」

 ……逃げ腰で、泣きそうな顔のウェルウィン……。

 コルテスはケツァに向き直り、睨み付けながら恨みつらみを吐きだそうとした……が、

それより先にケツァが動き、コルテスは制止せざるを得なくなる。

「ん〜……じゃあ!どんどんいってみよ〜♪」

 そう言いながらケツァが、その瑞々しく可愛いらしい指をパチンッと鳴らすと ――ガ

サッ!ガサガサッ!―― その合図に合わせるかのように、岩山の奥からさらに数匹の化

け蜘蛛が現れ、襲い掛かってくる!

「……くっ!そがああ!!」

 苦々しげに一言吐き捨てると、コルテスは化け蜘蛛に向かって駆け出し、戦いだす。

「……あ、ああ……あああ……」

 それを眺めながら、ウェルウィンは、ただアタフタとするばかり、だった……――

 

「ん〜?」

 暫く笑顔でその光景を眺めていたケツァだったが、何やら考え事を始め、可愛らしく人

差し指を顎に当て小首を傾げる。

「ん〜……そうだ!」

 その後、何か思いついたようで、ポンッと一度手を鳴らすと、ケツァはコルテスに向か

って飛び立っていく……――

「うらあぁ!!」

「グワァオオ!!」

 丁度その時、化け蜘蛛とコルテスは熱戦を繰り広げていた。

 やがて、化け蜘蛛がコルテス目がけて脚を振り上げ、コルテスが銃を構え、迎撃の為発

砲しようとした……

「ねえ♪ちょっといい〜?」

「うお!?」

 状況が見えていないのだろうか……突然、その間……化け蜘蛛とコルテスの間に、ケツ

ァが無邪気な笑顔を割り込ませ、コルテスに話し掛ける。

 突然の事態にコルテスは何か考える間もなく……ケツァの顔面に向かって銃弾が発射さ

れる!

「あ……」

 ――ドゥンッ!!―― ――ドッ!!―― 顔面に銃弾をもろに受けたケツァは、衝撃

に、頭が後ろに傾く……――

 ―― グリンッ!! ―― 

「!!?」

 一瞬、後ろに傾き沈黙した頭が、まるでホラー映画でも見ているかのように、反動をつ

けて再び、コルテスの前に戻ってくる!

 ……ホラー映像は続く……そのまま腕がコルテスの元へと伸びていき、コルテスの銃を

奪い取ると、その頭は何事も無かったかのように、笑いながら、恐ろしいほど陽気な声を

響かせ始めた。

「ちょっと貸してね〜♪大丈夫〜!もう壊さないから〜♪」

「……」

 あまりの事に、さしものコルテスも咄嗟には反応出来ず、声を失っていたが……

「あ……」

 ふと、ケツァの後ろに視線を移すと、なにかに気付いたように短く声を上げる。

「ん〜?」

 コルテスの声に反応し、ケツァが後ろを振り向こうとした……その顔面に再び ――ズ

ドッ!!―― 今度は化け蜘蛛の振り下ろした脚がまともに入る……――

 ……一瞬、辺りを沈黙が支配したが……

「も〜!うるさいな〜……」

 沈黙の支配は長くは続かない……顔面に化け蜘蛛の脚を受けた態勢で笑顔を浮かべたま

ま、ケツァが溜め息交じりの声を漏らし、動き出す。

 そして、おもむろに化け蜘蛛に向かって腕を突きだすと ――ブワッ!!――

「ギ!?」

 そこから風が溢れ出し……

「ちょっと〜黙ってて……」

 ―― ドッッ!! ――

「ね♪」

「グギャアァァ!!」

 それは大きな風の塊となって、化け蜘蛛を問答無用に吹き飛ばす!

 ……いや……それは吹き飛ばすなんて生易しいものでは無い!

 岩山を破壊し、風が通り抜けた辺り一面を、化け蜘蛛諸共、粉々に消し飛ばしてしまっ

ていた……

 さしものコルテスも、さすがにこれにはあっけにとられ、吹き飛んだ一面を見つめなが

ら、ただ、立ち尽くすのみになってしまっていた……。

 だが、その事態を巻き起こした当の本人は、何事も無かったかのように、聞き惚れてし

まいそうな程、可愛い鼻歌なんかを歌いながらガチャガチャと銃をいじり出す。

 ケツァの扱いに耐え切れなかったのか、やがて銃はバラバラになってしまった……壊さ

ないと言っていたはずだが……

「ん〜……一度直してあげたけど〜……やっぱりこのままじゃな〜……」

 ブツブツと、そんな事を呟きながら、尚もバラバラになった銃をいじくりまわしている

ケツァ……

 ケツァの発言が確かならばどうやらその銃は、以前握りつぶしたコルテスの銃を、ケツ

ァが直したものらしい……壊さないというよりも、直す事は出来るという意味なのだろう

か……疑わしい発言……が……

 暫く銃をいじくりまわしていたケツァは、やがて飽きたのか、確かに再び銃を組み立て

直すと

「はい♪」

 と嬉しそうに言いながらコルテスに銃を投げ返してくる。

 ……確かに見た目、元の状態で戻ってきた訳ではあるが、結局、ケツァは何がしたかっ

たのか?

 ……訝しげにケツァを睨みながらも、とりあえず受け取るコルテス。

「ねえ♪撃ってみて♪撃ってみて♪」

「あ?」

 そのまま少しの間、ケツァを睨んでいたコルテスだったが、ケツァはお構いなしにコル

テスの周りをブンブンと楽しそうに飛び回り、化け蜘蛛を指さしながら、コルテスにしき

りに撃つよう促してくる。

 何だというのだろうか……?良くは解らないコルテスであるが、そのまま放置する訳に

もいかず、しかたなく、促されるまま化け蜘蛛に向けて発砲する、と

「!?」

 ――ドゴォンッ!!――

「グギャアァッ!!」

 ……その銃弾は……化け蜘蛛の身体を貫き、吹き飛ばしてしまった……。

「こ……れは……!?」

 ――銃を……化け蜘蛛に効くように『改造』した……!?――

 その状況を遠巻きに眺めていたウェルウィンが、『それ』を悟り、驚愕と絶望感で立ち

尽くす。

 それはコルテスも同じだろう。目を見開き、ケツァを見つめたまま、固まってしまって

いる。

 そんなコルテスを全く無視して、ケツァは嬉しそうにコルテスの周りを飛び回る。

「だ〜いせ〜こ〜♪私の力を『付加』してみたの〜♪」

 キャッキャとはしゃぐように飛び回りながら、ケツァはそんな事を言ってくる……

 ――……冗談じゃない……銃弾や剣、それに化け蜘蛛の攻撃をまともにくらっても、ビ

クともしない防御力……化け蜘蛛を『ちょっと邪魔』と、手をかざすだけで吹き飛ばして

しまう攻撃力……それだけでも絶望的なのに……。

 ……唯一、センタ大陸外の、外海の民が、このセンタ大陸の生物に対抗出来うるかもし

れない力……『文明の利器』。……銃の組み立て、さらには改造が出来てしまうのであれ

ば……それすらも……――

 ……少女のような姿をしているが……もし、こんな化け物とまともに戦り合えば……

 そんな考えを見透かしたかのように、やがて飛び回るのを止めたケツァが、コルテスの

前に降りてきて、笑顔で『恐ろしい』言葉を投げかける。

「よ〜し!じゃあ!そろそろ〜……私と『遊ぼう』か♪」

 それからおもむろに両手を広げ ――ブワッ!!―― 両手から風を発生させる……

「……」

 ……最悪な気分だろう……一番恐れていた事が……それは圧倒的絶望を紛らわせる為の

ものか、はたまた己を奮い立たせる為か……コルテスは血が滲むほどに、グッと唇を噛み

締めケツァを睨む……。

 それに気付いてか、気付かずか……荒野に咲いた一輪の花のように異彩を放つ、可愛ら

しいその笑顔からは判別できないが、ケツァは楽しそうに笑いながら告げる。

「だ〜いじょ〜ぶだよ〜♪私の銃もあるんだし〜ちゃんと手加減するから♪……壊れちゃ

ったら〜もう遊べないもんね♪……『飽きるまで』は〜……ね♪」

 花畑で楽しく歌うように『恐ろしい』言葉を響かせるケツァ……。

 ……だが、コルテスは、己を奮い立たせるように一度全身にグッと力を籠めると、好戦

的な瞳でケツァを睨み付け、勇ましく突っ込んでいく!

「アハハハハハハハハ!」

 ケツァは心底楽しそうに笑い声を響かせながら、コルテスの攻撃をいとも容易くヒラヒ

ラと飛び回りながら躱している……。

 もっとも、コルテスの攻撃が当たったところで、ケツァに効果があるのかは、甚だ疑問

ではあるが……――

 ……やがて、躱すのに『飽きた』のか、ケツァはコルテスに向かって両手をかざすと

「ぐわあ!」 

 ――ドゴッ!!―― と竜巻のような風が発生し、コルテスはそれだけで吹き飛ばされ

てしまう……。恐らく、ケツァが言っていたように、死んではいないと思われるが……

「……じ、冗談じゃない……!」

 ――早く逃げなければ……殺されてしまう!――

 ……アタフタと、逃げ道を探して、逃げ惑うウェルウィン……と、

「うわあ……!」

 ――ブワッ!―― と、突然辺りに風が巻き起こり、ウェルウィンは空へと打ち上げら

れる。

「あ、ああ……」

 目の前には、若干、抑え気味な笑顔のケツァが……!

 何も出来ずに、ただ言葉にならない音を、喉から漏らすだけのウェルウィン……

「ん〜……」

 ケツァはそんなウェルウィンを……笑顔ではあるが、少し面白くなさそうにジッと見つ

めてくる……

 暫く、そのまま何か考えるように小首を傾げながら、ウェルウィンを見つめ続けていた

ケツァが、やがて一言……ぽつりと呟く

「ねえ……ウェルは……『逃げてばっか』だね〜……」

「……ぁ……」

 ――ズキンッ!!―― 攻撃された訳でも無いのに、ウェルウィンに『なにか』が突き

刺さる……。

 ……ウェルウィン達を、玩具程度にしか思っていない、『化け物』の一言……だが……

その一言は、なぜか、ウェルウィンの心に深く突き刺さった……

 ――……俺は……――

 状況も忘れ……深く考え込んでしまうウェルウィン……――

「アハハハハハハ!」

 だが、その思考は、けたたましい笑い声に、中断を余儀なくされる。

「アハハハハ!ねえ?ウェル?もっと遊ぼうよ!アハハ!もっと!もっと!アハハハハ!

も〜っと!アハハハハハハ!」

 狂ったように笑いながら、ケツァの手からはブワッ!!と風が迸る!やがて風は大きな塊

となっていき……

「……!!」

 ――……殺られる……!!――

 塊がウェルウィンに向けられ、ウェルウィンの頭に死がよぎった…… 

 ――ドッ!!―― 

「あ……」

「!?」

 塊がウェルウィンに襲い掛かった訳では無い!刹那!!『何か』の衝撃がケツァを吹き飛

ばす!

 衝撃を喰らったケツァは、ウェルウィンをそのままに、岩山の向こうまで吹き飛ばされ

ていく。

 おかげで風から解放され……落下して少しダメージを受けたが……解放されたウェルウ

ィンが、這う這うの体で、なんとか見上げると

「そんなに『遊びたい』なら、私が相手をしてやるぞ!ケツァ!!」

「テ、テスマ……!?」

 そこには、まるで後光が差したように岩の隙間から漏れる陽射しを浴びながら、勇まし

く槍を構える、女神のように美しいテスマが立っていた!

 険しい目つきでケツァが吹き飛んだ方向を睨み付けていたテスマは、ウェルウィンを見

つけると、元々きつめではあるが、ケツァに向けていたものとはうって変わった、優しい

眼差しでウェルウィンを心配そうに見つめてくる。

「ウェル!無事か?」

「あ、ああ……助かったよ。ありがとう。」

 起き上がり一先ず、礼の言葉を述べるウェルウィンに、少し胸を撫で下ろしていたテス

マは……やがて、申し訳なさそうに眉を顰め、謝罪の言葉を述べてくる。

「……すまない……ウェル……安全な場所に連れて行くと言っておきながら……こんな事

に……」

「え?……ああ、いや!……これは町の外れに近付いた俺の自業自得だし……むしろ、忠

告を聞かなかった俺を助けに来てくれるなんて……俺のほうこそ……」

 ――……俺がテスマに文句を言う資格は無い。元々全ては俺の責任……むしろ迷惑をか

けてしまった……ましてや助けに来て貰うだなんて……――

 俯きブツブツ何かつぶやくウェルウィン……だが、テスマは

「?何を言ってる?ティトランに踏み入り、アスーの民と交流を交わした時点で、ウェル

はもう、私達の仲間だ。責任の所在はともかく、『仲間を助けに来る』のは『当然』だろ

う?」

 テスマにとっては当然の事だったのだろう。ウェルウィンを助けに来た事は。

 当たり前と言わんばかりに、テスマが来た事に戸惑うウェルウィンを少し不思議そうな

顔を浮かべて、覗き込むテスマ。

 ……その言葉が、ウェルウィンの胸に突き刺さる。

 ――仲間を助けに来るのは『当然』……会ったばかりの俺なんかを助ける為に……自ら

ケツァの元に乗り込んでくる……それに比べて……俺は……逃げて……逃げて……また逃

げて……――

「アハハハハハハ!」

 岩山の向こうから響き渡るけたたましい笑い声が、ウェルウィンを現実に引き戻す。

「アハハ!思ったより早かったね〜♪テスマちゃん♪ん〜……鬼ごっこは〜私の負けかな

あ〜?アハハハハ♪」

 ……相変わらずの、陽気なケツァの笑い声に、テスマが深いため息を吐く。

「そんな勝負の勝敗はどうでも良い……『二人』は返してもらうぞ!!」

 溜め息を吐いた後、そう言いながら、岩山の向こうを険しい目つきで睨み付け、臨戦態

勢を取るテスマ。

「え〜!だっめだよ〜!私はまだウェルとコルコルで遊ぶんだから〜!」

 駄々っ子のように言いながら、ガラガラッと岩を砕き、ケツァが近づいて来る気配がす

る。

 テスマはウェルウィンと……いつの間にか助け出し、近くに来ていたコルテスを守るよ

うな配置を取り、二人が逃げられるような進路をつくり出そうとする。

「ウェル!それと……コルテスか……ケツァは私が抑える。その間に二人はティトランま

で逃げてくれ。中心部まで行けばケツァもそう簡単には手出し出来ないはず……」

「あ、ああ……」

 その言葉にウェルウィンは頷き、逃げる為に少し駆け出した……が……何を思ったか、

立ち止まり……顔を伏せ……やがて……ポツリと呟く。

「……いや……だめ、だ……」

「?」

 ウェルウィンの行動と言葉の意味がよく解らず、テスマが不思議そうに小首を傾げ、ウ

ェルウィンを見つめてくる。

 見つめられてもウェルウィンは顔を伏せたままだったが……やがてなにか決断したよう

にテスマに振り返り、ボソボソと小さな声で話し出す。

「……テスマ……なにか……俺に出来る事は……ない、かなあ……」

 出来る事?テスマはウェルウィンの真意を測り兼ね、さらに不思議そうに、ウェルウィ

ンを覗き込む。

「いや!……解ってるんだ……俺なんかがいても……何も出来ない……なんていう事は!

……だけど……」

 ウェルウィンの頭に、過去の光景が鮮明に蘇る……――

 ……大きなミスを犯し、主人の怒りを買う前に、『逃げ出した』……化け蜘蛛と戦うレ

ン達を尻目に、『逃げ出した』……ケツァに見逃された事に胸を撫で下ろし、コルテス隊

長を見捨てて、『逃げ出そうとした』……ケツァの言葉……ねえ。ウェルは『逃げてばっ

か』だね……

 ――……逃げて……逃げて……また逃げて……だけど……もう……――

 ウェルウィンは……やがて、俯いていた顔をグッと上げ、しっかりとテスマの眼を見つ

め返すと、精一杯の力強さで、言葉をつくりだす。

「もう……『逃げるのは、嫌』、なんだ。」

「……ウェル……」

 ウェルウィンの思いを感じ取ったのか、テスマは真剣な表情をつくり、暫く黙って、そ

の彫刻のように美しい顔をウェルウィンに向け、見つめ返す……――

 ――バシッ!!―― 

 そんな空気をコルテスの一撃がぶち壊す。

「なんだぁ?ウェル!ちょっと見ねえうちに少しは成長したか?お?」

 少しいじるように、にやけた顔をしながら、コルテスはウェルウィンの頭をバシバシと

叩く。

 困ったような、それでいて少し恨めしそうな顔でチラ見しながら、なんとかコルテスの

腕から身を守ろうと、両手で頭を押さえながら屈み込むウェルウィン……を無視して、コ

ルテスはバシバシウェルウィンの頭を叩いたまま、テスマに向き直る。

「おい!テスマっていったか?ウェルの言う通りだ!俺も散々やられて、後はお前に任せ

てさよなら!ってのは、どうにも納得いかねえ!なに。俺達でも援護射撃くれえ出来る!

『改造銃』もあるしな!……メインはお前に任せちまうってのは……本意じゃねえが、ウ

ェルもいるしな……ここは共闘といかねえか?……それとも、やっぱ俺達は邪魔か?」

 メインは任せるような事を言っておきながら、胸を張り、首を少し斜めにして睨み付け

るような視線でテスマを覗き込み、なぜか少し上から目線な態度で、共闘をもちかけるコ

ルテス。

 寛大なテスマは、そんなコルテスの話を、真剣な表情で見つめたまま黙って聞いていた

が、やがて、静かに口を開く。

「ウェル……それと、コルテス。私は、『勇気を振り絞って』、共に戦おうとしてくれる

『仲間』を、邪魔だなどと感じた事は一度たりとも無い!」

 静かに語り出したテスマは、やがて思いの籠った瞳を二人に向け、感情を表わすように

言葉に力を籠める。

「……その思いが、存在が、私に力を与えてくれる!仲間が傍にいてくれる……それは私

の力となる!」

 その言葉に嘘は無い、と示すように、真っ直ぐに、澄んだ瞳で力強く見つめてくるテス

マ。

 暫し、静寂が辺りを包み、何とも言えない空気が流れる……――

「アハハハハハハ!」

 ……そんな空気を切り裂いて、上空から狂ったように陽気な笑い声が響き渡る。

「お話はまとまったかな〜?ん〜じゃあ〜そろそろ〜いっくよ〜♪」

 ――ゴウッ!!―― とても楽しそうな音を響かせながら、上空から、『笑顔』が落下

してくる。

 テスマが『笑顔』に向かって走り出す……途中、ふと一瞬振り返り、優しい眼差しでウ

ェルインを見つめると、

「……無茶はするなよ……」

 そう、一言、言い残し、やがて再び走り出したテスマは、急降下して接近してくる、満

面の笑顔のケツァに向かって、槍を突き付けるのだった――

 

「ハアアアッ!」「アハハハハハハ!」 ――ドッ!ゴッ!ガッ!――

 ……その戦いは……とても人間同志のものとは思えない……そもそも、センタ大陸の住

人が人の定義に当てはまるのかは解らないが……――

 心底楽しそうな、場違いな笑い声と、気合の籠ったテスマの声、そして爆撃のような激

しい破壊音は次々とひっきりなしに聞こえてくるが……

 ――……目の前で何が行われているのだろうか……?――

 ……ウェルウィンは全く付いて行けない……

「……えーと……援護って言われても……」

 暫く、あほみたいに口を開けて、どこを見ているのか解らない虚ろな視線で、呆然と立

ち尽くし……やがてウェルウィンは、溜め息交じりにボソボソと呟く。

 ――やっぱり俺、いても意味ないんじゃ……――

 そんな思いがウェルウィンの頭をよぎる……その思いに拍車をかけているのが、コルテ

スの存在。

「ガラは悪いけど……やっぱりコルテス隊長は凄い人だな……」

 コルテスはしっかりと……いや、かろうじて、か……だが、二人の戦いになんとか付い

て行き、要所要所でテスマの援護射撃を効果的に入れている。

 テスマやケツァは、センタ大陸の人間……だが、コルテスはウェルウィンと同じ外海の

民……それなのに……

「……俺は……頑張って、テスマを応援しよう……」

 ――……それに比べて……逃げ出さずに留まったものの……結局は何も出来ない……た

だ見ているだけ……俺は……――

 自分に嫌気がさし、憂鬱そうな顔で、項垂れるウェルウィン……――

 ……と、その間に事態が急変する。

 コルテスの銃弾に気を取られたケツァが、テスマから視線を外した……その一瞬の隙、

それを逃さず、テスマがケツァに槍を突き立てる!

「あ……」

 ――ドゴォオンッ!!―― 高速で突き立てられた槍が眩い光を放ち、凄まじい破壊音

を上げてケツァを捉える!

 ――ドガッ!!ドッ!!ゴッ!ゴガンッ!!ガラガラッ!!ドッ!!ドオン!!―― 

 テスマの攻撃をまともに喰らったケツァは吹き飛ばされ、周りの岩にぶつかり破壊しな

がら、岩ごと遠く向こうの岩山まで吹き飛んでいき、埋もれて見えなくなった所で、よう

やく辺りに静けさが戻る……――

「……やったか!?」

 ……静寂が辺りを包み、暫く沈黙が続いていたが、やがて沈黙を破って、コルテスがテ

スマに駆け寄り尋ねる。

「……」

 ……だが、テスマは険しい表情で、ケツァが吹き飛んだ方向を睨みつけたまま、なにも

答えず……臨戦態勢を崩さない。

 ……その態勢のまま、暫く無言で岩山の向こうを睨み続けていたテスマだが、やがて鍵

が掛かったように重たかったその唇を、ゆっくりと開く……眉間にしわを寄せ、緊張感を

漂わせながら……

「……いや……これは……むしろ、状況が『悪化』してしまったかもしれない……ケツァ

の『マナ』がどんどん膨れ上がって……」

 ―― ドッガァーンッッ!! ―― 

「!?」

テスマが話終える前に、突然、テスマの睨み付けていた岩山がまるで噴火したかのように

弾け飛ぶ!!……それだけでは終わらない……

 ――ゴゥォオオッ!!―― ……さらに、その中心からは……辺りを破壊し、塵のよう

に吹き飛ばしながら、巨大な竜巻が現れる!!

 竜巻からは、エネルギーのような何かが迸り、辺りの岩をさらに破壊している……!

「アハハハハハハハハ!アハッハッハッハッハッ!!」

 ……竜巻の中心部から響き渡る、けたたましくも、可愛らしい声が……『その存在』を

知らせてくれる……

「な……んだ!?これは!?」

 圧倒的な……巨大な『力の塊』、とでも言い表すべきか……辺りを破壊しながら、巨大

な竜巻がゆっくりと近づいて来る……

 その光景に、さしものコルテスも、思わず戸惑いの声を漏らし、眼を見開き驚愕の表情

を浮かべたまま、呆然と立ち尽くしている。

「……『風の障壁』……」

 テスマがその美しく整った顔を、歪めながら呟く。

「……あの障壁は、鉄壁の防御力を誇り、近付くものを容赦なく弾き飛ばし、また切り刻

み……何者の侵入も許さない、攻防一体の『動く要塞』だ!……あの竜巻の中……中心に

……ケツァはいる……」

「……鉄壁って、んなもんどうすんだよ!?」

 渋い表情でポツポツと語るテスマに対して、珍しくコルテスが、青い顔をして弱気なセ

リフを投げ付ける。

「……いや……逆にこれはチャンスでもある……風の障壁は確かに強力だが、その強力さ

ゆえに、ケツァは今、そのマナのほぼ全てを、この障壁を展開する為に使っている……つ

まり、この障壁を『抜けさえすれば』、その先にいるケツァ本人は全くの無防備……ケツ

ァの防御力は今、『ほぼゼロ』に近い!」

 ……つまり、今のケツァならば、『外海の民』でも倒せる、という事だろうが……テス

マのその言葉を聞いても……一向に希望は湧いてこない……

「本体は防御力ゼロっつったって、あんなもん、どうやって抜けんだよ!?」

 テスマ本人が言っていたように、『鉄壁』の障壁、を、そう簡単に抜けられるのであれ

ば苦労はしない……。

 八つ当たり気味にその方法を問いかけるコルテスに……だが、テスマは何の迷いも無く

力強く障壁を見つめると、あっさりと答える。

「突き破る。」

 ――……突き破る?あの障壁を……?――

「出来んのか!?そんな事!?」

 ウェルウィンが思わず、にわかには信じられない、とでも言いたげな表情を浮かべ、コ

ルテスがテスマを問い詰める。

 その問いかけにテスマは……コルテスとウェルウィンの手前、少し強がりもあるのかも

しれない……一瞬困った顔を浮かべたようにも見えたが、だが、すぐに凛々しい目つきで

竜巻を睨み、静かに、だが力強く

「当然だ。」

 そう言うと同時に、静かに目を閉じる。

 ……やがて、瞑想するように目を瞑っていたテスマから、なにか、エネルギーのような

眩い光が迸り……ゆっくりとテスマは目を開け、槍を構えると、宣言するようにその優し

い声を、しかし力強く響かせる。

「我こそは、原初に生まれしヒカリの化身、ヨウシン・テスマ!私の槍に……」

 ――ズドッ!!―― そこまで言うとテスマは流星のように光を放ちながらロケットの

ように弾き出され、テスマ自身が大きな槍にでもなったかのように、障壁に向かって突撃

していく。

「貫けぬものなど無い!!」

 ――ズドンッ!!―― 『テスマという槍』が障壁に激突する!

「う……お……!」

 コルテスが思わず感嘆の声を上げる。

 テスマを排除しようと、障壁から風が迸り、テスマを攻撃しているが……テスマは全く

意に介さず、そのままズブズブと障壁に穴を穿ちながら進んで行き、テスマを中心に、障

壁には大きな穴が出来上がっていく!……やがて ――ブワッ!!――

「う……おお!!すげえ!!ほんとに貫通しやがった!!」

 テスマの開けた穴の先には、コルテスやウェルウィンからでも、無防備なケツァを覗き

見る事が出来る!

 グングンとテスマの持つ槍が、ケツァに接近して行く!……一メートル……五十センチ

……やがて槍はケツァを捉え、突き刺さる!

「……くっ!!……」

 ――……いや……その、僅か手前で……テスマは停止してしまった……

 なんとか腕を伸ばそうとするテスマだが……障壁突破にかなりのマナを費やし、勢いを

失ったテスマと槍は、少し浮いているケツァまで辿り着く事が出来ず……

「……くうっ……!」

 テスマが悔しそうに一言、声を漏らす……

 ……やがて、ツーッと一筋、ケツァの額から血液が流れ落ちるのと同時に

「アハハ〜!ざ〜んね〜ん♪」

 憎らしい程陽気な、ケツァの笑い声が響く。

「ん〜?少し〜お手手が短かったね〜♪テスマちゃん♪」

 ……テスマの槍は……確かに障壁を突き破りはした……ケツァにも……触れていた……

が……後ほんの少し……ケツァを貫くまでには至らなかった……

「アハ!ま〜たお〜いで〜♪」

 心底楽しそうな笑顔で笑い、可愛い声で歌うようにケツァがそう言うと、風が集まり、

すぐには動けないのか、静止したままになってしまっているテスマに、ドッ!と襲い掛か

り……吹き飛ばしてしまう……

 ――……テスマにも……どうにも出来ないのか……――

 絶望的な状況に悲観するウェルウィン…… ――ズダッ!!―― ……の横を、一陣の

風が駆け抜けた!!

「まだだ!!障壁に風穴は開いてんだ!!テスマの言う通りなら、俺の攻撃も効くはずだ!!テ

スマの攻撃を『繋げてやる』!!」

 ――ドウッ!ドウッ!―― 一陣の風……もとい、コルテスが走りながら飛び上がり、

障壁に出来た穴めがけて発砲する!

 ……ポカーンと、口を開けながら眺めているケツァ……反応出来ていない!もらった!

そうコルテスは思っただろう……だが……徐々にケツァの顔が『薄く』なっていく……?

 ……いや、違う!……これは……障壁の穴が『塞がって』いっている……!――

 ――バチンッ!!バチンッ!!―― やがて、ケツァの顔は完全に見えなくなり、コル

テスの放った銃弾は、ケツァに届く事無く、虚しく障壁に弾き飛ばされてしまう……

「アハハ〜♪さっすがコルコル〜♪いい狙いだったけど〜これは建物じゃないんだよ〜♪

これは風〜!風に穴があいたって〜♪すぐにふさがっちゃう〜の〜♪」

 ケツァはそう言って笑いながら合図を送る(と思われる)と、障壁からブワッ!と突風

が吹き出し、コルテスを吹き飛ばす……

「……コルテス隊長……!……こ、こんなの……どうにもなんない……早く逃げ……」

 ――…………――

「……無い!!」

 ――コルテス隊長もいる!テスマもいる!――

「俺はもう……仲間を見捨てて逃げたりなんか……しない!!」

 ――……逃げるのは二人を助け出した後……――

 ウェルウィンは震える足を黙らせ、ググッっとなんとか力を入れると、ケツァのいる障

壁に向き直り、顔を上げる。

「……だけど……こんなの……どうしよう……ん?」

 見上げた態勢のまま、ふと、なにかに気付いたように首を傾げ、静止したまま空を見つ

めるウェルウィン。

 ……眼だ、眼を狙え…………付加してみたの〜…………障壁を抜けた先の…………攻撃

を繋げてやる……――

「あ、れ?……もしかして?……」

 ……突っ立ったまま、ブツブツなにか呟いていたウェルウィンに、人影がフラフラと近

づいてきて、弱々しく声を絞り出す。

「ウェル……無事か……?」

 開口一番、ウェルウィンの身を案じるその人物……だが

「……いや……テスマのほうが……」

 長時間に渡りケツァと戦っていた上に、障壁にまで突っ込んでいき、傷つきボロボロの

テスマ……

 ……それを少し遠巻きに観戦していたウェルウィン……

 ――どう考えても立場が逆!――

 ……そんな突っ込みを無視して、テスマは話を続ける。

「ウェル。聞いてくれ。必ずしも勇敢に戦う者だけが偉いとは限らない。戦いの場では、

時に勇気をもって引く、という選択が必要な場合もある。……ケツァは私が抑え込む。だ

から……ウェルはその間に、『逃げて』くれ。」

 ……ウェルウィンの身を案じてだろう、テスマのその言葉に、一瞬、いや……暫く、心

が揺れるウェルウィン………だが、思い直し、精一杯力強くテスマを見つめる。

「テスマ……それは……」

 テスマに何か伝えようと口を開くウェルウィン……だが、テスマはウェルウィンの言葉

を遮り、さらに続ける。

「これは私の我儘だ。全滅してしまえば、全てはそこで終わってしまう。だから、ウェル

に生き残り、この状況……そして、私の思い、私の意志を、次に繋げて欲しい。……これ

は、『消極的な逃走』では無い!ウェルに私の思いを、意思を託し、『受け継ぎ伝えて貰

う』為、ここは撤退して欲しい!」

 ……熱く語るテスマ……

 ――……だけど……そう……解ってる……俺は……いつも、そうやって、自分を『正当

化』して……『逃げてきた』……これは……とってつけたようなこの言葉は……テスマが

与えてくれる、俺が『逃げ出す為の口実』!――

「……ずるいよな……強い人達っていうのは……いつもそうやって……守ってくれる……

言い訳をくれる……俺が、弱いから……すぐ逃げ出そうとするから……だけど……」

 ウェルウィンの反応に、少し困った顔を浮かべて「ウェル……それは……」と言いなが

ら、なんとかフォローしようとするテスマ……

 ……を、ウェルウィンは、真っ直ぐに見つめ、テスマの言葉を遮る。

「……解った。だけど、逃げる前に、少し確かめたい事があるんだ。」

「……?」

 突然、、手のひらを返したように方針転換し、逃げる事を了承するウェルウィン。

「少し、聞いてもいいかな?」

 テスマは少し面喰い、不思議そうな顔を浮かべてウェルウィンを見るが、どんな心境の

変化が有ったにせよ、ウェルウィンが助かるのならばそれでいい。

 油断している間にそのままの流れで尋ねられ、つい、ウェルウィンの話に耳を傾けてし

まうテスマだった……――

 

「……なるほど。確かに……だが……本当にやるつもりか?」

「……うん……俺の事は信用できないかもしれないけど……」

「そんな事は!……解った……本当に、良いんだな?」

 ……暫く、なにやら二人で話し合っていたウェルウィンとテスマ……に

「も〜!お〜そ〜い〜!ま〜だ〜?待ちくたびれちゃったよ〜!」

 お行儀よく、二人の会話が終わるのを待っていたケツァが、しびれを切らし、駄々っ子

のように喚き立てる。

「今、終わったところだ。」

 それに気付いたテスマが、鋭い視線を竜巻に向ける。

「それで〜?とっておきの作戦でも思いついた〜?」

「ああ!そうだな!……ウェル……やるんだな?」

 ケツァに答えながらも、ウェルウィンを少し心配そうにチラ見して、『いいえ』の返答

を待つように最後の確認をするテスマ。

「うん……覚悟は出来てる……はず……」

 いまいち頼りない返答……だが、答えは、『はい』。ウェルウィンにしては上出来だろ

う。

「ん〜?ウェル?とっておき?ん〜?……ウェルは役に立たないと思うけどな〜?ま♪い

っか♪やって見せてよ♪テスマちゃん♪」

 ……ケツァにまで役立たず認定されてしまった可哀想なウェルウィン……しかし、そも

そも作戦会議を黙って待っているほど、余裕綽々なケツァの事……それも致し方ないのか

もしれない……

「……ああ。覚悟は良いか?ケツァ!!」

 ……一瞬、ウェルウィンに顔を向けかけたが、思い直して、ウェルウィンの役立たず認

定には敢えて触れず、テスマがケツァのいる障壁を険しい目つきで睨み付けた後、静かに

眼を閉じ槍を構える。

「……我こそは、原初に生まれしヒカリの化身 ヨウシン・テスマ!……」

 テスマが宣言するように声を響かせ、やがてテスマから光が迸り出す……が

「ん〜?あれえ?アハハ!だめだよ♪テスマちゃん♪それはさっき届かなかったやつだよ

〜?」

 テスマの動きを障壁の向こうから確認したケツァは、小首を傾げて、少し不思議そうな

顔を浮かべた(と思われる)後、間違えを指摘するように笑いながら、ダメだしする。

 だが、テスマはケツァの言葉を完全に無視して、尚も続ける。

「我が槍に……」

 無視されたケツァは、フグのように頬を膨らませ(と思われる)、少し拗ねたような声

をつくって、テスマに抗議の声を上げる。

「む〜!少しがっかりだよ!テスマちゃん!テスマちゃんなら、もっと凄いもの見せてく

れると思ったのに〜!……これじゃ〜さっきの繰り返し〜……」

 だが、しゃべっている途中でケツァは、ふとある違和感に気付く。

「ん〜?あれ〜?ウェル?」

 テスマが槍を持っている手の反対側に、ウェルウィンが抱えられている?いったい?

「貫けぬものなど無い!」

 ――ドッ!!―― ケツァがその行動に答えが出せぬままに、テスマが光を放ち、飛び

上がる……。

 ……飛び上がる……?ここでもう一つ、違和感。

「あれ〜?角度が〜?」

 テスマは真っ直ぐ障壁には突っ込まずに、上方へと飛翔している。

 ケツァはおそらく、不思議そうに首を傾げて、それを眺めているのだろう。「ん〜?」

と、一言発したまま、暫し押し黙っている。

 障壁に沿うように、上方へと飛翔していき、やがてテスマが飛び上がれる限界、最高地

点へと到達したテスマは

「行ってくれ!ウェル!後は任せた!」

 思いを込めるようにウェルウィンにそういうと、おもむろに、そこからさらに上方へと

槍を投げ上げ、そして

「うああああ!!」

 ……さらに続けて、ウェルウィンを上方へと打ち上げる。

 今にも泣き出しそうになりながらも、必死の形相で空を飛ぶウェルウィン……

 やがて槍に追いつき、死に物狂いで腕を伸ばし、なんとかその手に掴み取る事に成功す

る。

 その状況がよく飲み込めず、ボケッと見つめていたケツァだったが、やっと、一つの事

に思い当たり、声を発する。。

「もしかして〜!?」

 その声を聴いたテスマが、正解、とでも言わんばかりに、ニヤリと笑みを浮かべ、ケツ

ァに教えるように語り出す。

「この障壁は、分厚く、とても強力なものだが……」

 そこで最高地点まで到達したウェルウィンは、下へと落下していくのだが

「よし!越えられた!上手くいった!」

 ウェルウィンが落下している場所は分厚い障壁を超えた、中心……『ケツァの真上』!

 テスマはそれを確認すると、勝ち誇ったような顔で話を続ける。

「その性質上、障壁の高さを超える上空と、中心部は何も無い!トンネルのように穴が開

いた空洞だ!」

 話している間にも、ウェルウィンは槍を突き立て、空洞の中心、ケツァめがけて落下し

ていく。

 ケツァがテスマだけを警戒していた事に加え、そもそも内側に入り込まれる事は想定し

ていなかったのだろう。障壁からの攻撃は……無い。

「私一人では、この障壁を超える程の跳躍は難しい……槍に力を付加して投げ上げたとし

ても、制御が出来ない……が」

 重力も手伝い、ウェルウィンはグングンッとケツァに接近して行く!

「ウェルがいれば、それは『可能』だ!」

 あと少し……ここまで来れば、ケツァももう、躱す事は出来ない……そう思った、瞬間

「アハ!」

 ――グリィッ!!―― と、音が聞こえる程無茶苦茶な態勢で、ケツァがウェルウィン

に体を向け、手をかざす!

 風が、ケツァの手から迸りだす……!

 薄くなった障壁越しに、それを確認したテスマが血相を変え、叫ぶ。

「障壁が薄れている!?強引にマナを使う気か!!ウェルを狙って……いや、違う!槍に風を

ぶつけて私のマナを相殺するつもりか!?」

 うまく、槍に付加されたテスマの力を減らす事が出来れば、ダメージは受けても、致命

傷は免れる……そう考えたのだろう。

 テスマの見立て通り、ケツァは槍に向かい、風を放出する!

「うあああ!」

 もう何が何だか解らず、それでも必死の形相でケツァに向かっていくウェルウィン。

 ケツァも、笑顔を浮かべてはいるが……額には汗が滲み、無理な態勢の為か、身体を小

刻みに揺らし、ミシミシと異音を上げ、余裕が無く、必死である事を窺わせる。

 ―― ズドオォッ!! ―― 

 互いが衝突し、一瞬、辺りが激しい光と音に包まれる!……――

 

 ――……やがて、辺りは景色を取戻し、テスマから、ウェルウィンとケツァが立ってい

るのが確認できる。……障壁は消えている……が

「うあああっ……!」

 やがて、少し間を置いた後、ウェルウィンが悲鳴を上げ、弾き飛ばされる……

「ウェル!!」

 慌てて、ウェルウィンが飛ばされた方向へ駆け出すテスマ。

 ……攻撃が相殺された……!?……いや……違う……

「ウェルが……ケツァに『押し負けた』!!……」

 ……やがてウェルウィンを見つけ、いつもは凛々しいその美しい顔に、泣き出しそうな

表情を浮かべて駆け寄るテスマ。

「ウェル!無事か!?」

 一瞬、意識を失っていたウェルウィンは、テスマのその、引き締まっていながらも、要

所は柔らかい、魅力的な肉体に抱き寄せられ、堪らず、意識を覚醒させる。

「うあぁ!……いたいぃ!……死ぬぅ!……やめてぇ!……し……て……え?あれ?」

 ……どうやら無事だったらしい……ウェルウィンが目覚めたのを確認して、ホッと胸を

撫で下ろし、安堵の表情を浮かべたテスマは……だが、やがて眼をつり上げ、険しい顔つ

きに変わり、説教を始める。

「まったく!……なんて無茶を!無事だったから良かったようなものを……」

 テスマの説教は止まらない。だが、それは心底ウェルウィンを心配してのもののようで

はあるが……

「ケツァが障壁にマナを使っていた上に、無茶な態勢だったから良かったが……もし、十

分な態勢であんな事をすれば、今頃ウェルは跡形も無く、吹き飛んでいたぞ!!」

 ――……確かに……あんな行動に出るとは……自分でも驚いてる……――

「……いや……まったく……もう、完全に死んだと思ったよ……」

 テスマに怒られて、少しシュンッとなりながら、俯いて、ポツポツと語るウェルウィン

に、少し言い過ぎたと思ったのか……テスマは勢いを弱め、今度は少し、笑顔をつくり、

ウェルウィンを褒めるように言う。

「……まったく……だが、おかげで……」

 そこで同時に、ケツァを見るウェルウィンとテスマ。……ケツァは先程の態勢のまま沈

黙している……

 だが、ウェルウィンとテスマが、振り返るとほぼ同時に、自分を見た事に気が付いたよ

うに、『変化』を始める。

 ケツァは……シューッと、空気が抜けるように、闇と風を身体から放ちながら……薄れ

ていく!?

 その間も、あの楽しそうな笑い声は響かず、珍しく何も言わず沈黙していたケツァだっ

たが……

 やがてウェルウィンとテスマに振り向くと、やっと笑い声を小さく響かせた。

「アハ!……こ……れは……よっそうがい〜……♪ウェルも……あんがい……やるもんだ

〜♪……わたし……いっぽん……とられちゃったよ〜♪アハ……」

 ……ウェルに一本取られた……そう……あの時……――

 

 ウェルウィンに向き直り、マナを相殺させようとするケツァ。

 それに気付いたウェルウィンは、咄嗟に、テスマの槍を放り投げた。……槍がケツァに

届くのを『遅らせる』為に……。

 ……そして、死を覚悟したように、眼を瞑ると、

「うああああ!!」

 半狂乱になりながらも……ケツァの攻撃に、『自分』をぶつけた。

「ぁ〜……私の風が……」

 ウェルウィンと衝突した風は、テスマの槍と衝突する事は無く、テスマの力を削る事す

ら出来ずに……遅れて現れた槍が、グングンとケツァに迫る。

 ケツァは攻撃を解除し、なんとか躱そうと試みたようだが……

「アハ!……これは無理♪躱せな……♪」

 全て言い終えるが早いか ――ズドォオッ!!―― テスマの槍がまともにケツァを捉

える!……そして……――

 

 ウェルウィンが上空から障壁内部に入り込んで来た事に気付き、完全な無防備ではなく

なっていたケツァだが、そもそも障壁を展開しながらウェルウィンに向き直り、風を放て

た事すら離れ業、テスマの槍を耐えられる程の防御力は無かった。

 ケツァは尚も、闇と風を放ちながら、どんどんと薄れていく……

「アハ……ハハ……ハ……せっかく……ひさしぶりに……おきたのに〜……まだ……あそ

びたりない……よ〜……」

 少し寂しそうな笑顔で、ケツァが駄々っ子のように叫ぶ……が、その声はいつもより小

さくなっている……

「けど……まあ……それなりに……たのしめたし〜……まあ……いっか〜……♪」

 やがて、その姿はほとんど視認出来ないほどに薄れていき、名残り惜しむような声だけ

がまだ響く……

「じゃあね……テスマちゃん……コルコル……ウェル……バイバイ……またすこし……ね

むるけど……おきたら……また……いっぱい……あそぼうね……アハハハハ……♪……」

 ……言いたい事を言い終えたのか……いつしか声も聞こえなくなり、最後まで残ってい

た、儚くも、可愛らしい笑い声も、ついには……途絶え……ケツァは完全に、その姿を消

した……――

 

 ――……ケツァとの戦いからどれくらいの月日が経っただろうか?

「ハア!」

 センタ大陸、海岸近くのとある草原。……この地の名をウルアと呼ぶらしいが……

 ……そこでウェルウィンは手に槍を持ち、目の前の人物と戦闘を繰り広げていた。

「とったあ!」

 一瞬、しゃがみ込んだその人物の背後から、ウェルウィンは槍を振り上げ踊りかかる!

……が、

「甘い……」

 槍がその人物に届くことは無く、逆にいつの間にか間合いを詰められていたウェルウィ

ンの喉元に、手刀が迫る!

「うげっ!」

 手刀は当たっていなかったように見えたが……ウェルウィンはその勢いに押され、手刀

を受けたような悲鳴を漏らしながら、その場にドサッとしりもちをつく。

 そんなウェルウィンの前に、その人物は仁王立ちすると、ウェルウィンを見下ろしなが

ら、窘めるように口を開く。

「どうした?ウェル?帰るまでに私に一太刀浴びせるんじゃなかったか?……稽古を付け

始めてから暫く経つが……私はまだ、一太刀も喰らってはいないぞ?」

 ウェルウィンは挑発するようなその言葉に乗り、やる気を出す……事は無く、少しふて

腐れて、その場に胡坐をかき、座り込んでしまう。

「……無理だよ……そんなの……テスマは強すぎるし、それに……やっぱり俺……全然成

長してないなあ……」

 初めは意気込んで、そんな事を言ってはみたものの、現実は厳しい……

 ウェルウィンがテスマに一太刀浴びせるなど、夢のまた夢……

 ――……そもそも自分は少しでも強くなっているのだろうか……いや、まったくそんな

気がしない……――

 自分の成長の無さに自己嫌悪し、落ち込んだウェルウィンはやがて、俯き、黙り込んで

しまう……

「いや!ウェルは十分成長しているぞ!うん!それに、私は知っている!ウェルはよく頑

張っている!大丈夫だ!胸を張れ!」

 ウェルウィンが落ち込んでしまったのを見て、慌てたテスマが、ウェルウィンを慰め、

励まし、勇気づける。

「……いや、実際ウェルは強くなろうとする心がある。それがあるなら大丈夫だ。ウェル

は成長しているし……これからも、もっと強くなれる。私が保証する。」

 テスマは自分のその言葉が、その場凌ぎの適当なセリフになってはいけないとでも思っ

たのだろう。

 言った後に思い直すように一度間を置き、少し考え込んだ後、真剣な表情でウェルウィ

ンを見つめ、心を籠めるように力強く、もう一度ウェルウィンを勇気づける。

「はは。ありがとう。テスマ。……それに、なんかごめん。」

 テスマの言葉に、ふて腐れた態度をとっていた自分を恥じ、ウェルウィンは顔を上げ、

笑顔をつくると、テスマに感謝と謝罪を述べる。

 暫くそのままテスマを見ていたウェルウィンだったが、見ているうちに思わず、ふと思

った感想を、そのまま口にしてしまう。

「……だけど、テスマって、近寄り難そうなオーラ出してるのに、ホント、美人でお人好

しだよなあ……」

「な!?」

 ウェルウィンの……どの言葉にかは解らないが、テスマは反応し、少し口を開け、眼を

見開いた後、急速に顔を赤く染める。

 ――!!……テスマの赤面……一太刀は無理だったけど……なんか、良いもの見れた、か

も……――

 顔を赤く塗り替えたテスマを、しげしげと眺めるウェルウィン……だが、少し眺めてい

るうちに、テスマはその表情をつくり変え、異議ありげに口を開く。

「いや!ちょっと待て!私は近寄り難そうなのか!?誰に対しても、常にフレンドリーに接

しているつもりだが……?……例外がいない訳でも無いが……いや、しかし……」

 ――……フレンドリーて……だけど、こんなに狼狽えるテスマも珍しいな……もう一つ

良いもの見れた……――

 近寄り難いのは、外見。その少し気の強そうな目つきと、堂々とした態度、ぶっきらぼ

うな話し方……

 実際、初見でウェルウィンに手を差し伸べ、労わる言葉をかけたり、偉そうなコルテス

にも、特段嫌な顔をせず、普通に接していたり……

 言われてみれば、常にフレンドリーに接しているというのも、あながち間違いではない

のかもしれない……――

 ……ウェルウィンが、暫くテスマを観察していると、草むらの向こうから聞きなれた声

が聞こえてくる。

「おー!こんなとこに居やがったか!ウェル!そろそろ行くぞ!」

 声に続いてどうやらウェルウィンを呼びに来たらしいコルテスが、あいさつ代わりに軽

く片手を上げながら現れる。

 草むらを掻き分けて、ウェルウィン達の前までやって来たコルテスは、ウェルウィンの

前で立ち止まると、ふと、なにか疑問を感じたらしく、腕を組み片手を顎に当てながら思

案しだすと、やがて目を細め首を傾げ、ウェルウィンを覗き込むように見ながら問いかけ

る。

「……しっかしまあ……こんな日まで稽古しねえでも……ウェル、お前……そんな熱血だ

ったか……?」

「え?……い、いや……まあ……やっぱり少しは……強くならないと?……」

 コルテスの問いかけに対し、ウェルウィンは……目を宙に彷徨わせ、何とも歯切れ悪く

途切れ途切れの言葉を返す。

 訝しげな顔でウェルウィンを覗き見るコルテス……

 だが、そのコルテスの顔は、やがて徐々に片方の口の端が上がっていき、最後には、ニ

ヤリ、といやらしい笑みを完成させ、ウェルウィンをいじるような声を出す。

「八ハーン?さてはお前……出来るだけテスマと一緒にいてえからって、稽古に託けて誑

かして……」

「うわあー!!いや!ち、ちがいまっ……!俺はじ、純粋にっ……!!」

 邪推するコルテスに、ウェルウィンは図星をつかれたような表情で、慌てて叫ぶ。

 どうやらコルテスの言葉を掻き消したかったらしいウェルウィンは、叫んだ後に、反応

を確認するように、恐る恐るテスマをチラ見する……

「……?」

 テスマは……近くにいる為、おそらく今の会話を聞いていたとは思われるが、会話の意

味を理解していないのか、ポカーンっとしながら、ウェルインを見ている。

 ちょっと残念そうな表情で、ホッと胸を撫で下ろすウェルウィン……

 なにか面白い事が起こるのを期待して二人を見ていたコルテスは、テスマの反応とウェ

ルウィンが胸を撫で下ろしたのを確認すると、面白くなさそうな顔をつくり、再び口を開

こうとした……

「おーい。準備終わったぞ!いつでも出航出来る。」

 天がウェルウィンに味方したのか、コルテスを遮り、新たに草むらの向こうから声が響

き、どこか職人気質を漂わせる数人の男達が現れる。

 彼らは、アスーの民。その中のとある集団。

 コルテスがウェルウィンをいじるのを中断し、その声に振り返って片手を上げ、返事を

する。

「おう。わりいな。ほんと、助かった。……しっかし……お前らアスーの民ってのは、何

でも出来んだな……恐れ入った……」

 返事をしながらコルテスは、珍しく感服したような顔を浮かべアスーの民を見ている。

 ――あの後……ケツァと戦ったその後、ケツァを倒したのは良いものの、化け蜘蛛に船

を破壊され、帰る事も出来ないウェルウィンとコルテスは、アスーの民の町ティトランに

身を寄せる事になった。

 元々すでにウェルウィンは打ち解けていたが……ティトランで過ごすうち、アスーの民

と親しくなったコルテスは、知れば知るほどアスーの民のその能力の高さに驚かされてい

た。

 戦闘能力やマナという力の事は言うに及ばず、なんと彼らは、短期間の間に破壊された

はずの船を、再び使えるように造り直してしまっていた。

「あれは専門の技術者達だ。私が戦い専門であるように。誰でも何でも出来る訳では無い

……実際、私はこういう事はからっきし、だ。」

 と、謙遜するテスマであるが……。

 ……驚かされるのは能力だけでは無い。船の修理に加え、調査隊の生き残りの捜索や、

ティトランにいる間の衣、食、住、等々……

 ――……テスマは言うに及ばず……アスーの民とは、元来、お人好しの一族なのだろう

か……――

 

 ――……船に乗り込む大陸調査隊を、わざわざ見送りに来たティトランの住人達が海岸

に集まっている。

「本当に、世話になった。この恩は忘れない。」

 いつもはガラの悪そうなコルテスが、珍しく神妙な面持ちで、一応国王らしいテモクに

感謝の言葉を述べている。

 テモクはその精悍な顔に、柔らかな笑みをつくって答える。

「何も恩に感じる必要は無い。お前たちは我々の仲間、ティトランはお前たちのもう一つ

の故郷だ。何かあればいつでも言ってくるがいい。」

 優しくそう答えるテモクに、コルテスが少し悪そうな顔で笑みを浮かべながら意外な答

えを返す。

「そうか?なら、またすぐセンタに来っけど、そんときゃよろしくな!」

 ……またすぐに来る?テモクがコルテスの真意を探ろうとするように、コルテスの顔を

覗き込む。

「一度本国に報告しねえとなんねえが、すぐまた部隊を編制してセンタに乗り込むつもり

だ!……仲間……いや、いつ目覚めて海越えてくるかもしれねえんだ!シン族の事、お前

らだけに任せて置く訳にはいかねえ!その戦い、俺も参戦させて貰うぞ!」

 ……そう……シン族とは、ケツァだけでは無い。幸い……と、言って良いのかは解らな

いが、センタ大陸の中心部、奥地のもの達はまだ目覚めてはいない。

 だが、封印はもう解かれている。放って置けば、目覚めるのは時間の問題だろう……

 センタ大陸に掛けられた封印は、有能な大勢の封印師達が、長い時間をかけてやっと完

成させたもの。目覚める前にまた掛けましょう。という訳にはいかないだろう……

 そもそも、有能な封印師達や、多くの屈強なアスーの戦士達は、前線、センタ大陸の奥

地にいた為、どれだけ生き残りがいるかも解らない上に、シン族と同じく、まだ目覚めて

はいない。

 今、ティトランに残っている者達は、何かあった時、たとえば封印が解かれてしまった

等……の時の為の、最後の防衛ライン。だからすぐに目覚める事が出来た。

 ……ケツァは……イレギュラーだろう……はみ出し者ゆえに……

 ……テスマ達、ティトランの住人は、封印が解かれた今、その役割を全うすべく、覚悟

を決めていた。……目覚めてしまった魔物やシン族と戦い……出来れば目覚める前に対処

法を見つけ出し、外海の民を何としても守る、と……

 つまり、コルテスは、少し解りづらい物言いと態度ではあるが、アスーの民と共に、シ

ン族と戦おうとしていた。……それは、コルテスの好戦的な性格故か、それとも……

 コルテスの心の内は解らない……が、コルテスの言葉を受け、暫く無言でじっとコルテ

スを見つめていたテモクが、やがて真剣な表情で口を開く。

「……我々と共に、シン族と戦うつもりか……?」

「あ?だから、そう言ってんだろ!なんだあ?てめえ!邪魔だって言いてえのか!?」

 テモクに厳しい眼差しで尋ねられ、コルテスは、少し前に神妙な顔で礼を言っていたの

もどこへやら……どこぞのチンピラのようにテモクを睨み付け、今にも飛びかかりそうな

勢いで船から身を乗り出す。

「……フフ。相変わらずだな。だが、お前らしい。……テスマが言っていなかったか?我

々アスーの民に、仲間を邪魔などと思う者は一人もいない!共に戦おう!コルテス!仲間

を思うその心が、大いなる力となる!」

 コルテスを制し、コルテスの思いを汲み取り語られるテモクの言葉に、周りのアスーの

民達までもが、ワッと盛り上がる。

「いや……別にお前達を思って戦う訳じゃあ……て!おい!聞け!コラ!!」

 照れ隠しか、少し斜め上を向いてふて腐れ気味になにか発したコルテスの声は……アス

ーの民達の歓声に掻き消されていくのだった……――

 

 ……そんな盛り上がりを一人、片隅で暫くおとなしく眺めていたテスマ……

 やがて歓声の中を掻い潜り、いつの間にかウェルウィンの側へ現れ、オズオズと声をか

ける。

「……その……なんだ……ウェルは、どうするつもりなんだ?」

 なんだか引っ込み思案の子供のように、少し困ったような顔を浮かべてチラチラと、ウ

ェルウィンの顔を伺いながら、ぼんやりとした質問を投げかけるテスマ。

 テスマの問いかけの意味を、自分なりに理解したウェルウィンは少し真剣な、それでい

てなんだか落ち込んだような表情で俯くと、ボソボソと呟く。

「……また、来たい気持ちはあるけど……こんな……逃げてばかりで、何の役にも立たな

い俺なんかが……来ても良いのかな……」

 ウェルウィンの呟きを聞いたテスマは……気の強そうな……だが、聖母のような優しさ

を内に秘めた眼差しでウェルウィンを見つめ、静かに、だが、心を籠めて口を開く。

「何の役にも立たないなんて事は無い。……少なくとも私は、自分と向き合い、前へ進も

うと努力するウェルに……勇気と、力を貰っている。……あの時も……」

「……?あの時?」

「……あの時も……本当は、こんな危険な事はさせるべきでは無いのかもしれない。そう

悩みもした……だが、ケツァを倒したのは、……ウェル。紛れも無く、『君の勇気と力』

だ。……『力を持たない者』を、こんな危険な地へ来させるべきではない……だが……私

は、ウェルと『また会いたい』、と、そう、思っている……」

「!!」

 ……テスマの役割り的には、力を持たない外海の民が、センタ大陸に近付いてしまうよ

うな発言はするべきでは無いのかもしれない……

 だが、テスマは素直な気持ちをウェルウィンに告げる。

 ……それは、ウェルウィンを『守るべき対象』では無く、『共に戦う仲間』として認め

ているから……

 真剣な表情でそう語るテスマに、ウェルウィンは目を見開いて、石像のように一瞬固ま

った後、叩き割れたような勢いで宣言する。

「来る!!テスマに会いに!!絶対に!!」

 力強くそう宣言するウェルウィン……だったが……我に返ったのか、ふと何か思い出し

たように、急速に勢いを失うと、やがて項垂れながら弱々しく呟く。

「……ああ……でも……俺がいたら足手纏いなんじゃ……魔物だって……」

 移り変わるウェルウィンの表情……それを暫し黙って観察していたテスマだったが、何

を思ったか、その整った美しい顔にニヤリ、と悪い笑顔をつくり上げると

「なに。もしまた来ることがあればその時は、私が身も心もみっちりと鍛え上げてやる!

心配するな。」

「……!!……」

 ――……な、なんか……別の意味で心配なんだけど……――

 テスマの言葉に顔を上げたウェルウィンは、その悪い笑顔に、なぜか少しの喜びを感じ

ながらも、戦々恐々とするのだった……――

 

 ――兎にも角にも、「必ずまた来るよ。」俺はテスマにそう言い残し、センタ大陸を後

にして帰路に就く。

 ……気のせいだろうか……?それを聞いたテスマの顔は……少し嬉しそうに微笑んだよ

うにも見えた……

 ……こうして俺の初めての大冒険は終わりを迎えた。

 失ったものは多い……だが、この冒険で得られたものを、しっかりと胸に刻み生きてい

こう……

 ……そう誓いながら、俺は暫しの休息へと落ちていくのだった……――

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突如現れた新大陸に調査隊が乗り込み、その地の生物と戦う話。
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