真・恋姫無双〜魏・外史伝46
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第十九章〜還らぬ日々・後編〜

 

 

 

  「敵兵達が撤退していくぞ!!」

  城内にて冥琳と共に王宮までの道を死守していた親衛隊の一人がそう叫ぶ。

 先程まで絶え間なく攻撃を仕掛けていた敵兵達は何かを感じ取ったかの様にその場を引き上げ、その姿を

 消した。これは街の中にいた敵兵達もまた例外では無かった。敵軍の撤退・・・、呉の兵士達は自分達の

 国を取り戻す事が出来た事に歓喜した。だが、冥琳はそれがまた別の意味を持っている事をすぐさまに理解

 した。

  「・・・やったのか。」

  一人ぼそっと呟く冥琳。そこに親衛隊の兵一人が近づく。

  「周喩様、我々はこれより周囲に敵が潜んでいないか、確認して参ります。」

  「ああ、頼むぞ。」

  「御意。では失礼します。」

  冥琳に一礼すると、兵士は他の者達と共にその場を離れていく。そしてそこには一人、冥琳が佇む。

  「・・・・・・祭、どの・・・。」

  彼女の目から一筋の涙が頬を伝わった・・・。

 

  そして王宮内・・・、祭の血にその身を濡らし立ち尽くす朱染めの剣士であったが、祭の消滅に伴い、

 その血も黒い「血」という文字に姿を変え、跡形もなく消滅していった。そして南海覇王を鞘に収めると

 その後方、床に突き刺さったもう一つの南海覇王を抜き取った。

  「姉様、気をしっかりして下さい!」

  一方で、蓮華が雪蓮の身を案じていた。祭によって腹部に重傷を負った雪蓮は顔を青ざめ、蓮華に抱き

 かかえられていた。朱染めの剣士は南海覇王を手に握ったまま二人の傍に歩み寄ると片膝をつき、蓮華に

 雪蓮を横に寝かせる様に促した。

  「どうするつもりなの・・・?」

  蓮華は不安気に彼を見上げる。すると、朱染めの剣士は雪蓮の腹部に刺さっていた矢を引き抜く。

  「ぐっ・・・!?」

  いきなり矢を引き抜かれたせいで顔を歪める雪蓮。そしてそこからまた血が湧き出てくる。朱染めの剣士

 は出血を止めようと傷口に右手を添える。

  「・・・・・・・・・。」

  両目をつむって、集中する・・・。すると、手の隙間から青白い光が零れる。それはとても温かく安らぎの

 与える、そんな優しい光であった。

  「ぅ、うう・・・。」

  「姉様!」

  先程まで蒼白であった雪蓮の肌にいつもの褐色が戻ってくる。手の隙間から光が消え、彼が手を離すと

 雪蓮の腹部に出来ていた傷口が完全に塞がっていた。

  「傷が・・・!良かった・・・。」

  目の前で起きた現象に蓮華は目を驚きながらも、姉の無事に安著する。

 朱染めの剣士は雪蓮の横に彼女の南海覇王を置くと二人の元から何も言わず離れていく・・・。

  「・・・待って!」

  蓮華の声に朱染めの剣士は足を止め、後ろを振り向く。そこには彼と対峙する様に立つ蓮華がいた。

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  「・・・そうだったか・・・。お主達には随分と迷惑を掛けてしまったようだな。」

  愛紗から事情を聞いた星は頭を抱えながらそう答える。先の戦闘で被害の無かった家の中・・・、助け出す

 事は出来たが、衰弱していたために星をこの家で休ませていた。

  「気に病む事はない。それよりも、だ・・・。恋と音々を連れ、雪蓮殿達の元に向かっていたはずの

  お前が何故にあのような恰好で?」

  「・・・私は恋と音々達を途中で拾った後、孫策殿達の元へと急いでいた・・・。その道中で、得体の知れ

  ない物に阻まれた。」

  「得体の知れないもの・・・?」

  星の説明の中で気になる単語を尋ねる愛紗。

  「上手く言えないが・・・、まるで全身黒の、蛸のような・・・ものとでも言うのだろうか?」

  「黒い蛸・・・。」

  そう言われ、愛紗は一つ思い当たる事があった。それは先の戦闘で、星の体から引き剥がされる様に光の

 中へと消えていった影であった。

  「兎に角、私達はそれに襲われた・・・。そしてそこに新たに現れたのが・・・、女渦という、男だった。」

  「何だとっ!?星、お前はあの男に出くわしたと言うのか!」

  星から女渦という名前を聞くや否や、大声を出す愛紗。星は思わず耳を塞ぐ・・・。

  「・・・愛紗、あまり大声を出すな。体に響く・・・。」

  「す、すまん・・・。」

  星に言われ、しゅんとする愛紗・・・。

  「しかし、・・・そうか。お前のその反応からして、お前達もあの男に出くわしたのだな?」

  「あぁ・・・、奴のせいで成都が滅茶苦茶になってしまった・・・。」

  「・・・そうだったか。でだ、先程言った蛸らしき物、どうやら女渦のものであったようで、奴はそれを

  探しに来て、そこで私達に遭遇したようだ・・・その後、色々と悶着があって、恋は何処かへと消され、

  私も奴と戦ったが、私も恋と同様に・・・。」

  「音々はどうした?」

  「あやつには兵達を引き連れ、先を急がした・・・が。」

  星は話を止める。音々の事を聞くと言う事は、音々達は雪蓮の元へと辿り着けなかったのか、とそう解釈

 した。星の解釈は正しかった。愛紗から兵士達その後を聞くと、悔しそうな顔をする・・・。

 

 ―――いや、そう言う意味じゃぁ無いさ。仮に、君が僕を負かして後を追ったとしても・・・生きている

   あの兵士さん達と合流できないかもって話さ。

 

 ―――さて・・・何のつもりだろうね・・・。僕を倒して彼等の後を追いかけてみれば、僕がした事も・・・

   わかるかもねぇ〜。

 

  「そうか、奴が言っていたのはそう言う事だったか・・・。」

  一人納得する星、愛紗は何の事かさっぱりであったが・・・。

  「だが、音々の遺体だけは見つからなかったようだ。・・・となれば、もしかするとあ奴もお前や恋同様

  に奴の元に・・・。だが、問題はその後だ。女渦に捕まったお前達は、その後何をされたのだ?」

  「・・・・・・・・・。」

  愛紗の問いに、星は彼女からそっぽ向き、黙ってしまう。

  「星・・・?」

  急に黙ってしまった星に声を掛ける愛紗。そして星は軽くため息をつく。

  「駄目だ・・・。先程から思い出そうとしているのだが、やはり記憶があいまいで・・・上手く思い

  出せん。」

  「そうか・・・。まぁ、少なくともあのような恰好にさせられたのは、まず間違いなさそうだがな。

  ・・・もしかずれば、他の二人も同様に?だとすれば、今後、また我々の前に現れる恐れもある。

  そうなれば彼にまた協力を・・・。」

  顎に手を当てながら唸る愛紗。

  「彼?彼とは誰の事だ?」

  そんな彼女に彼について聞く。

  「お前も聞き憶えがあろう、朱染めの剣士を・・・。」

  そう言われ、あぁ〜と声を漏らしながら、軽く頷く。

  「朱染めの剣士?私に許しも無く、巷を騒がせているという、あの謎の剣士の事か?」

  「そうだ。お前を助けられたのも、彼の協力があったからこそだ。今度会った時は礼の一つでもする

  のだな。」

  「う〜む・・・。私も如何な人物なのか。一度会ってみたいとは思・・・。」

  「愛紗ちゃん、星ちゃんの具合は・・・あら、もうお気づきになったのかしら?」

  星の口を挟むように家の中に入って来る紫苑。二人は紫苑の方に目をやった。

  「紫苑、・・・すまぬ。私が不甲斐無いせいで、お主に危害を加えてしまった。」

  そう言われ、紫苑は自分の腕を見る。星によって負った傷はすでに治療を終え、包帯で巻かれていた。

  「事情は私も理解しているわ・・・。あなたのせいでは無いなら、あなたが頭を下げる必要は何一つ

  無いわ。」

  「紫苑。」

  「それよりも、あなたが生きて私達の所に戻って来た。私はそれが一番嬉しいわ♪」

  星に微笑みながら、紫苑はそう答えるのであった。

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  一方、城から街に戻って来た雪蓮達、だが肝心の雪蓮は傷が治ったにも関わらず、眠ったままであった

 ため、担架に乗せられ、兵士達に運ばれていた。

  「雪蓮姉様・・・!」

  担架で運ばれる雪蓮を見つけるや否や、彼女の元へと駆け付ける小蓮。

  「ねぇ、雪蓮姉様・・・大丈夫なの?」

  小蓮は蓮華に不安気に尋ねる。

  「大丈夫よ、傷はすでに塞がっているから・・・。ただ少し休ませる必要があるの。」

  蓮華は妹に心配かけさせまいと説明すると、小蓮は安著の表情を浮かべる。

  「そっか、・・・良かった。」

  そう言って、蓮華と一緒に雪蓮を見送る。雪蓮は星が休んでいる家の中へと運ばれていった。

  「蓮華様、祭殿は・・・。」

  蓮華達の後ろに思春が現れ、蓮華に何かを尋ねようとした。

  「・・・・・・・・・。」

  「・・・そうですか。」

  だが、気まずそうな顔をしながら黙りこむ彼女を見て、思春はそれがどういう事かを理解したのであった。

  「・・・致し方の無い事だった。ただそれだけの事・・・でも、本当にそうするしか術がなかったのか。

  他にもまた違う方法があったかもしれない・・・のに。私は・・・、ただ彼のする事を・・・。」

  「蓮華様・・・。」

  両腕を組みながら、腕を力の限り握り締める蓮華に、思春は何か声を掛けようとするが、何も思い浮かば

 ない。それが歯痒く、もどかしく思う。そしてそれは他の呉の将達も同様であった・・・。そんな蓮華で

 あったが、組んでいた両腕を外す。

  「冥琳、悪いのだけれど姉様と後の事を任せて良いかしら?」

  そして突然、冥琳に話しかける。急に態度が変わり、さすがの冥琳もすぐに対応が出来なかった。

  「え・・・、はぁ・・・それは構いませんが・・・、蓮華様、どちらへか?」

  「えぇ、・・・母様の所に。今回の事を、報告しておこうと思って・・・。」

  「では、私も御同行を・・・!」

  一人で行かせるのは危険だと思い、自分も同行する事を進言する思春。

  「いいえ、その必要はないわ。思春、あなたは冥琳の指示に従って頂戴。」

  だが、蓮華はそれを拒んだ。

  「・・・承知しました。」

 口ではそう言ったが、何処か納得のいかない顔をする思春。蓮華もそれは分かってはいたが、どうしても

 一人で行きたかったのだった。

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 ―――・・・君達のお母さんが、眠る所で待っている。・・・聞きたいのなら、そこに・・・。

 

  蓮華が口を開こうとする前に、先に言う事を伝えた朱染めの剣士。彼女がこれから言おうとした事を

 知っていたかのように・・・。それを言うと、すぐに姿を消す。今度は蓮華の静止を聞かずに・・・。

 

  蓮華は一人、母親と祭が眠る場所へと向かう。先程、冥琳達に言った事はその場をごまかすための口実。

 本当の目的は、そこで待っている彼に会いに行くため・・・。彼に会いに行くと言うのなら、思春達も連れて

 来ても、問題は無かっただろう・・・。だが、蓮華はそうしなかった。彼女自身、上手く言葉で説明出来なか

 ったが、それは彼のためにならない、そう思ったのだった・・・。

  建業から少し離れた森の中、その小道を歩いて行くと、見晴らしの良い場所へと出る。さほど

 高くない崖、その下は山から地下を通って崖の隙間から出て来た湧水によって出来た底まで透き通った水の

 溜まり場ができ、そこから複数の小川へと繋がっていた。二人の墓はこの上の、今、蓮華がいる崖の手前に

 立っているのであった・・・。

  「・・・ぁ。」

  そこには先客がいた。自分達の母親と祭の墓前で片膝をつき、合掌している彼がいた。さらに墓前には、

 何処からか採って来たのだろう・・・、白い百合の花束が飾られていた。

  「・・・・・・・・・。」

  蓮華は彼の後ろ姿を、その寂しい背中を見つめながら・・・、ただ黙っていた。

  「・・・この外史は、俺のいた外史と違う物語を綴って来たみたいだ・・・。」

  「え・・・?」

  蓮華がそこにいるのに、気付いたのか・・・彼女に背中を向けたまま朱染めの剣士は一人語り出した。

  「俺がいた外史は・・・、祭さんは死んでいなかったけど、代わりに雪蓮と、冥琳が死んでいた・・・。」

  「・・・・・・!」

  彼の口から放たれた衝撃の告白に、蓮華は驚愕する。だが、朱染めの剣士は語り続ける・・・。

  「・・・ついでに言えば、君のその、長い髪も切ってしまって・・・。まぁ・・・、短い方もそれで

  良かった・・・がな。」

  そう言いながら、けらけらと笑う。ひとしきり笑うと、朱染めの剣士はゆっくりと立ち上がった。

  「・・・俺の事は、奴から・・・干吉から、大方は聞いてはいるのだろう?」

  「えぇ・・・、でも、肝心な事はまだ・・・。それはあなたから聞けと言われたわ。」

  「・・・そうか。」

  「・・・私も、薄々は気が付き始めている・・・。あなたの外史、女渦との関係、あなたが何のために戦う

  のか・・・。でも、私はあなた自身からそれを聞きたい・・・。」

  「・・・どうして?」

  「・・・分からない。どうしてそんな事を聞きたいのか、自分でも分からない。ここに、一人で来たの

  かさえも・・・。」

  「・・・思春辺りを、連れてくれば良かったのに・・・な。」

  「そうね・・・。でも、そうしなかった・・・。」

  「・・・・・・・・・。」

  「・・・・・・・・・。」

  二人は黙り、沈黙が流れる。

  「・・・聞いた所で、君にとって何一つためにならない・・・。ただ、つらいだけだ。」

  「そうだとしても・・・。」

  そこまで言って、またしても口が止まり、また沈黙が流れる。この流れの無い会話・・・、だが蓮華は

 どう言えばいいのかが分からず、一方で朱染めの剣士は、彼女の言いたい事が手に取るように分かっていた。

  「おかしな事ね。」

  「・・・?」

  「私はあなたに何を言えば良いのか、分からないというのに。あなたは私が言おうとする事が自分の事の

  様に分かっている。やっぱり、あなたは私を・・・。」

  そう言って、蓮華は彼の方を見る。朱染めの剣士は黙っている。そして何か意を決したように、口を開いた。

  「・・・・・・俺が、発端として開いた外史・・・。俺がその外史に降りて、最初に出会ったのは

  ・・・雪蓮達だった。」

  蓮華は驚かなかった。ああ、やっぱりと一人で納得していた。

  「雪蓮は・・・、俺を天の遣いとして呉に・・・、俺の血を入れる、それを条件に俺は彼女達の元で

  共に生きていた・・・。」

  「あなたの血を入れる・・・、姉様ならやりかねないわね。」

  「だが、雪蓮は・・・天下を統べるという、志を半ばに、毒矢を受けて、死んでしまった・・・。

  俺が・・・側にいたのに・・・、俺の目の前で・・・だ。」

  「・・・・・・・・・。」

  今度は黙って聞く蓮華。

  「彼女の死後・・・、後を継いだのが、蓮華だった・・・。・・・俺は、彼女の側で必死に支えた。

  それが、彼女のためになり、自分のためになり、そして、雪蓮の想いを継ぐ事になると・・・。」

  朱染めの剣士は空を見上げる。その先に何を見ているのか・・・。

  「その後、・・・赤壁で、魏軍を倒した直後に、冥琳も・・・不治の病で・・・、死んだ。・・・

  だからこそ、この外史で二人が生きているのには、驚いた・・・。祭さんが、死んでいる事も。」

  空を見上げるのを止めた朱染めの剣士は今度は蓮華の方に顔を向ける。

  「魏を倒した事で、天下二分という形で、大陸から戦いが無くなった・・・。ようやく平和が訪れた、

  日々を俺は、皆と過ごしていた。・・・それから数年後・・・、俺の前に、奴が現れた。」

  朱染めの剣士から穏やかな表情が消え、顔に影が入り込む。蓮華は彼の様子が変わった事を理解した。

  「・・・あれは、丁度・・・蓮華の誕生日だった。・・・俺は、彼女との間に生まれた娘と一緒に、

  彼女のための贈り物を、買うために、城下街に出ていた・・・。」

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  俺は今、孫登と一緒に城下街を歩いている。今日は蓮華の誕生日で、彼女に誕生日プレゼントを買う約束

 を前からしていた俺は娘と一緒に蓮華にばれない様に城から出て来ていた。服、靴、装飾品・・・、街中の

 店を回って、どれにしようかを孫登と一緒に考える。そんなこんなしているといつの間にか昼を過ぎていた。

 孫登がお腹を空かした音を鳴らすまで気付かなかった。

  出店で桃まん二つを買い、2人で一緒に食べながら店を回っていると、孫登がしゃがんで何かをじっと

 見ていた。俺もその視線の先を見ると、そこは店で無く、店と店の間に布を敷いてその上に、装飾品を

 並べた、旅商人の質素な出店だった・・・。孫登はその数ある装飾品の中の一つを指さして俺に教える。

 それは桃色で先端が青く染まった、幻想的な花を模した髪飾りだった。

  「これがいいのか?」

  そう聞くと、孫登はうんうんと大きく頷く。確かに綺麗な髪飾りだ、きっと蓮華の髪の色に良く似合う

 だろう。そう思った俺はこの髪飾りをプレゼントとする事にし、お代を店主に渡した。

  この髪飾りに使われいる花・・・、名前はしょうきずいせんと言う彼岸花の仲間で、花言葉は

 『悲しい思い出』。まるでこの後、俺の身に起こる事を如実に語っているかのように・・・。

  だがこの時の俺がそんな事を知っているはずも無く、ただ見てくれで判断してしまった。今思えば、

 もう少し考えておくべきだったのかもしれない・・・。

 

  「・・・?変だなぁ、皆・・・何処に行ったんだろう?」

  孫登と一緒に城に戻って来た俺は、すぐに違和感を感じ取った。異常なまでに静寂な城内・・・。

 見渡しても人の姿は無く、そこには俺達しかいなかった。心配そうに俺を見上げる孫登。大丈夫だよと

 頭を優しく撫でると、娘の手を握りながら城の中へと入っていった。

  「・・・おかしい。ここまで来ても誰も会わないなんて・・・。」

  城の中を歩き回っても、未だに誰とも会わない。部屋の中を覗いても、誰もいない。今日は何か

 あったっけと思い出そうとするが、思い当たる節が無い・・・、せいぜい蓮華の誕生日だというぐらいしか。

 それとも、今日は他に何かあるのだろうか・・・。そんな事を考えていた時だった。

  ガタッ!

  廊下の先の曲がり角の方から音が聞こえる。

  「・・・ぐぅ・・・。」

  今度はくぐもった声が聞こえてくる。誰かがいるようだ。俺は孫登を連れながら、曲がり角に顔を出す。

 そこには思春がいた。やっと誰かに会う事が出来た・・・、そんな悠著な事を言っていられる場合では無か

 った。

  「ッ!!思春、その血・・・どうしたんだ!?」

  壁にもたれながら腰を下ろし、腹部を手で押さえながら肩で息をする血まみれの思春。彼女の上の壁には

 引きずった様な血の跡が残っていた。俺は孫登を自分の背中に隠すように片膝をつき、思春の横にしゃがむ。

  「・・・北郷か・・・。」

  思春は苦しそうに俺の名前を呼ぶ。よく見ると、顔色がはっきりと青ざめているのが分かる。腹部を押さ

 えるその手は血で染まり、指の隙間から血が流れ続ける。恐らく、腹部に大きな傷を負っているのだろう。

 だが、どうして彼女がこれ程の重傷を、しかもこの城内で・・・。

  「しっかりしろ、思春!その傷はどうしたんだ!一体何があったって言うんだ!?」

  俺自身も動揺しているのか・・・、一度に複数の質問をしてしまう。

  「わ、私は・・・どうでもいい!そ、れよりも・・・、蓮華様、を・・・!」

  「蓮華が・・・?蓮華が一体どうしたって言うんだ!?」

  「突、然・・・、奴が、現れて・・・いきなり、襲いかかって、来た・・・。

  捕らえよう、と・・・したが、どうして・・・か。皆・・・、奴に・・・。がぅ・・・っ!」

  「思春ッ!!」

  喋っている途中で吐血する思春。奴って誰だ・・・、俺がいない間に、城の中で何が起きたって言うんだ。

  「い、いけ・・・北郷。・・・早く、れん、ふぁ様を・・・!こ、このままだと・・・、奴に・・・!」

  「だが、お前をここに残してはいけない!!」

  「・・・ばか、者・・・が!私の・・・、心配する暇が、あるなら・・・!蓮華さまを!」

  「思春・・・。」

  「行けぇっ!・・・ぐはぁっ!」

  無理に大声を出したせいで、また吐血する思春。俺は意を決し、立ち上がる。

  「・・・分かった。なら、孫登を頼むぞ。」

  俺はとりあえず孫登を思春に任せ、蓮華を探しに向かった。

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  「蓮華!蓮華ーーー!!何処だ、何処にいる!!!」

  俺は蓮華の真名を叫びながら城内を走り回る。所々の壁や床、天井に赤い血が飛び散り、天井に

 飛び散った血はぽたぽたと雨漏りの様に滴り落ちて来る。人の姿が無いのに、どうして血が・・・。

 そんな事を考えていると、何かを踏みつけたのに気が付く。何を踏みつけたのかを確認するため、俺は足

 をどかす。

  「これは・・・、亞紗の!?」

  俺はそれを拾い上げると、それが亞紗が身に付けているはずのモノクル、さっき俺が踏みつけてしまった

 せいでレンズが割れている。どうしてこんな所に・・・、そう思う一方で不安が一層大きくなる。

  「まさか・・・、いや!そんな、そんなはずは!!」

  一瞬、最悪の事態を想像しかけた俺は頭を振り打ち消す。俺は再び蓮華を探し始めた。

  「蓮華!蓮華ーーー!!」

  声が枯れるくらいに大声を出して彼女を呼ぶが、返事がない。一体どこにいるんだ。

  「―――があああああっ!!!」

  「・・・ッ!?」

  向こうの方、王宮のから叫び声が聞こえて来た。俺は急ぎ、王宮へと向かった。

 王宮に近づくにつれ、壁や床、天井に飛び散る血の量が増えているのが分かった。王宮前は血の海と

 化していた・・・。俺の服もだいぶ血で汚れてしまったが、今はそんな事を気にする時では無い。

 俺は大きく開かれた扉の先に続く王宮に足を踏み入れた・・・。

  

  「蓮華ーーーッ!!!」

  俺の叫び声が王宮内で何重にもなって響き渡る。王宮内は灯りがともされていないせいか薄暗く、

 奥の方がよく見えなかった。

  「蓮華ーーーッ!!!」

  もう一度、蓮華を呼ぶ。

  「一、刀・・・?」

  「蓮華!」

  掠れた声だが、間違いなく蓮華の声だった。俺は彼女の姿を探す。蓮華は暗闇の中からふらふらと

 揺れながら現れた。

  「蓮華・・・!さっき、思春に会ったぞ。」

  疲れているのか、彼女の顔には疲弊の色が色濃くあった。

  「一体何があったんだ?他の皆は・・・、どうした蓮華?」

  俺は蓮華にこの城の中で何が起きたのかを聞こうとしたが、彼女の様子が明らかにおかしい・・・。

  「一刀ぉ・・・。」

  俺の名前を悲しそうに言う蓮華。目から涙が流れ、頬を伝った・・・。

  「・・・・・・ッ!!!」

  あまりにも予想外の出来事に、俺は一瞬思考が止まってしまった。

 蓮華の腹部から突然、剣や槍、戟といった武器が飛び出してきた・・・。その武器の中には、南海覇王の

 姿もあった。そしてその武器によって出来た穴から大量の血が、俺に向かって噴き出す。蓮華の腹から飛び

 出した武器達はその勢いを失い、床へと音を立てて落ちた。

  「・・・蓮華ぁあああッ!」

  前に倒れそうになった蓮華を前から抱き締める様に支える。ゆっくりとその場にしゃがむと、俺は胸の

 中に倒れた蓮華を揺する。

  「蓮華・・・、蓮華・・・?おい、しっかりしろ・・・。」

  蓮華の瞳孔が完全に開き、いくら揺すっても反応がない・・・。腹部の穴からとめどなく血が流れ、俺の

 白い制服を赤く染めていく。人の温もりが蓮華の体からみるみると消え、冷たくなっていくのが分かる・・・。

  「蓮華・・・。な、何だよ・・・?これは冗談、なのか・・・?なぁ・・・、冗談だって、言ってくれよ

  ・・・、蓮華・・・!」

  明らかに分かり切った事実・・・、だが俺にはそれを受け入れる事が出来なかった。受け入れてしまえば、

 それは・・・、蓮華が死んだ事を認める事になってしまうのだから。

  「ふ〜ん・・・、中々良い絵になっているね〜。この放心しているのが、また良いよ〜。あははははあは♪」

  「・・・?」

  顔を上げると、両方の手の親指と人差し指をそれぞれ合わせて、四角形を作りながら、その中から俺達を

 見ている男が立っていた。俺と視線が重なったのに気が付くと、その男は四角形を作るのを止めた。

  「ふっふふふふ・・・!二人の世界から戻って来たようだね?あぁ、でも・・・孫権ちゃんは死んでいる

  から・・・、一人の世界・・・って言った方がいいのかな?」

  何が楽しいのか・・・、男は俺達をじろじろと、笑いながら見ている。

  「お、お前・・・、何をした!今彼女に何をしたーーーーッ!!!」

  俺は反射的に奴に向かって怒りをぶつける。しかしそれでも奴はへらへらと笑っていた。

  「僕なりの愛の形ってやつを彼女のはらわたにぶち込んであげただけさ。

  ・・・君も見たでしょぉ?彼女・・・とても素敵な死に方をしていたじゃぁ無い!?」

  何・・・だと?こいつは・・・、何を言っているんだ?何でそんな事を笑いながら言えるんだよ!!

  「何がそんなに可笑しいんだ・・・。」

  「へッ・・・?」

  「何がそんなに可笑しいんだって聞いているんだよ!!」

  へらへらと笑う奴に、何が可笑しいのかを聞く。

  「あ、れぇ〜?君でもそうやって怒るんだ〜ね〜♪あっはははははははははははははは!!!」

  だが、奴はそんな俺を見て、俺の質問に答えず、大声を上げて笑い続ける。奴のその笑い声を聞いている

 と・・・、俺の中で何かが切れた。

  「ッ!!!殺す!!」

  俺は咄嗟に床に落ちていた血まみれの南海覇王に手を掛ける。

  「ふふふ・・・、殺す?この僕を?君が?!あははははははははあはは!!!まさか君の口から

  そんな言葉を聞けるなんて思いもしなかったよ〜♪」

  「うおおおおおッ!!!」

  俺は笑っているそいつに南海覇王を振り落とす。

  ブォウンッ!!!

  だが、その斬撃は空を切る。そこに立っていたはずのあいつがそこにはいなかった。

 どうしてなのか、奴は俺の後ろに立っていた。

  「はっははぁあ!!いいねいいねぇ〜、その眼ぇえ!涙流しながらに、僕を殺す気満々のその眼!

  ゾクゾクしちゃうよ〜!!!この外史でまさか君にそんな眼で睨みつけられるな〜んて・・・、

  思ってもみなかったよ〜!!!」

  「うるさい!黙れ!!黙れーーー!!!蓮華を、皆を返せえええええ・・・!!!」

  再び奴に斬撃を放つ。

  ブォウンッ!!!

  だが、またしても空を切る。

  「あっはははははっはぁあああ!!無理無理ぃ、そんなんで僕は殺せ無いって、一刀くぅ〜ん!」

  「馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶなぁッ!!!」

  俺は怒りに身を任せ、南海覇王を振り上げながら奴に飛びかかった。

  「あらあら・・・。」

  溜息をつきながら、首を横に振るそいつはズボンのポケットからおもむろに右手を取り出す。

  ザシュゥウウウッ!!!

  「ぐ・・・ッ!?うぐ、ぅう、ぁあああああああぁぁぁああぁああッッッ!!!」

  突然、一体何が起きたんだ。あいつが右手をポケットから出して・・・、そこまでは見ていた。

 だが、その後何をしたのかが分からない。気付くと、顔左側に激痛が走り、視界の左半分が見えなく

 なっていた。左手で押さえると、そこから大量の血が噴き出ている事が分かった。

  「あれ?どうしたの、一刀君?もうお終いなのかな〜?ははッ!そんなんじゃ、孫権ちゃん達の仇

  なんて・・・取れやしないよ〜!」

  「ぅうぅ・・・、うぐ、ぁああッ!!・・・はぁ、・・・はぁ!」

  俺は痛みに耐えながら、顔左を手で押さえ、右手で南海覇王を握り締める・・・。

  「あー、見ててつらそうだ・・・。ここはひと思いに・・・。」

  パチンッ!!!

  そう言って、奴は左手で指を鳴らした。

  ドシュッ!!!ドシュッ!!!ドシュッ!!!ドシュッ!!!ドシュッ!!!

  「ごぶ・・・!?・・・ぼ、ご・・・!?」

  奴が指を鳴らした瞬間、腹の奥から何かが外へと突き破るように飛び出し、口から血を吐きだした。

 俺の腹を突き破って、飛びだして来たのは・・・、剣、槍、戟と言った武器だった。俺の血と一緒に

 勢いよく飛び出した武器達は床に金属音を立てながら落ちる。もはや痛みなど感じなかった・・・。

  「ぁ、・・・ぁあ・・・!」

  俺の体から力が消える・・・。平衡感覚を失った俺の体は、俺の意志に関係なく倒れた。その際、ポケット

 からさっき街で買って来た髪飾りが落ちた。何故か意識だけはまだはっきりとしている・・・。だが、体の

 全ての部分が、まるで無くなってしまった様に動かなかった。体から大量の血が流れ、床は俺の血で染まる

 ・・・。その血は生温かく、だがすぐに冷たくなる。

  「孫権ちゃんと同じ殺し方だよ〜♪僕も気が利くでしょ?って、もう聞いていないか!あっははははは

  ははははははは!」

  「・・・・・・。」

  奴の笑い声が、俺の頭の中に響く。だが、俺はそれを聞く事しか出来なかった・・・。もう、怒りも

 悲しみも何も無かった・・・。自分という存在が空っぽになる事が、分かり始めていた・・・。

  「一刀君の死亡を、確認♪これより、この外史の削除を開始します、と!」

  奴は何か楽しそうに言った後、その姿を消した。その時、あいつは俺を見て・・・、笑っていた。

  「れ、・・・ん、ふぁ・・・。・・・れ、れん・・・、ふぁ・・・。」

  俺は向こうで横になっている、蓮華の死体に手を伸ばす。先程まで指一本も動かせなかったが、今は

 右腕がかろうじて動いた。必死に彼女に手を伸ばすが、届くはずも無かった。でも、それでも俺は手を

 伸ばした・・・。

  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

  何か・・・地震の様な音が聞こえてくるが、揺れている訳でもなく・・・。異変に気付いたのはすぐだった。

 その音に合わせ、周りの景色が鏡やガラスの様に割れ、何か・・・黒いものへと変わっていく。割れた景色の

 向こうに白、黒、赤、青、緑、黄色・・・色々な色が入り混じったような不思議な空間が見えた・・・。

 次々と消えていく景色・・・。何が起きているのか、そんな事はどうでも良かった・・・。

  「れ、・・・ん、ふぁ・・・。」

  俺は全ての意識を蓮華に注いだ・・・。

 だが・・・、異変は蓮華の死体にも及んだ・・・。

 蓮華の体が、周囲の景色同様に、黒いものへと変貌していく・・・。

 それが文字であるという事が、ようやく分かった・・・。

 どう言う事なのか・・・、蓮華の体は文字に変わっていく・・・。

 そしてついに・・・、蓮華はそこから完全に・・・、消えてしまった・・・。

  「・・・!うおおおおおぉおおおおぉおぉぉぉぉおおおおおお・・・・・・・・・っ!!!」

  俺の意識は・・・、そこで途切れた・・・。

-7ページ-

 

  「次に意識を戻したのは・・・、干吉に無双玉を、埋め込まれた後のことだった・・・。奇跡的に

  外史の削除から、逃れ、生と力を手にした・・・俺は、女渦を殺すために、干吉と行動を共にした。

  全てを失った、俺には・・・、それしかなかった。」

  「・・・・・・・・・。」

  二人の間を風が吹き抜けていく。彼から彼の身に起きた事の全てを聞いた蓮華・・・。想像を絶する

 彼の歩んできた過去に、彼女は何を言えばいいのか・・・分からず、ただ彼を見ている事しか出来なかった。  

説明
 おはようございます、アンドレカンドレです。
今日は徹夜で書き上げました。今回でやっと第十九章が終了。次はいよいよ第二十章となります。・・・というかこの第十九章、章としては今までで一番長いお話になってしまった。原因はやはり星を応竜にして登場させた事ですね。あれが加わった事で、話がかなり長くなってしまったと思います。
 というわけで、真・恋姫無双 魏・外史伝 大十九章〜還らぬ日々・後編〜をどうぞ!!
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コメント
スターダストさん、調べてみたら確かにそうでした。報告感謝します。(アンドレカンドレ)
一刀・・・・・・・女渦を殺す日を待ってるぜ!(スターダスト)
2p「愛紗さん、星ちゃんの」・・・さん?紫苑はさんでは呼ばないっしょ(スターダスト)
なんとも言えない・・・・・(キラ・リョウ)
そうだったのか……くそうっ!女渦め!(乱)
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