ガンパレードマーチ 報われない反旗
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「ふふふ……」

 森の含み笑い。

 前回、原の罠――と森は思っているが、実際は森の自爆に等しい――にかかってしまい、地雷を踏んでから数日が経っていた。しかもそのときの怪我はまだ完治しておらず、森は体中包帯だらけになっている。それでも地雷の火薬量が減らされていたので命に別状はなかったのは救いであろう。

「こちらがいつまでも手を出さないと思ったら大間違いですよ……」

 そんな状態であるにもかかわらず、いや、そんな状態だからこそ、森は復讐に燃えていた。

「みてなさいよ! 原……」

 ビシッと彼方を指さし、ポーズを決める。

 ここが野外ならバッチリ決まっているところなのだが、室内のベッドの上、しかも寝込んだままなので全く決まっていない。

「……せんぱい」

 小声で付け加える。

 意気込みだけはあるのだが、きっぱりと呼び捨てに出来ない森であった。

 

 ビキィッ

 

「――イタタタタッ」

 体中を押さえてのたうち回る。

 先ほどのポーズは無理があったのか、痛みが体中に走っていた。

 復讐ができる日は来るのであろうか。森自身そう思ってしまったのは当人だけの秘密である。

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「まずは情報収集よね。敵を知り、己を知れば、百戦危うからずってね」

 結局、森が行動に移ったのは一週間ほど過ぎてからである。包帯をする必要もなくなり、動いても体に痛みは感じなくなるまでそれだけかかったのである。

 ペンと手帳を手に、森はプレハブを動き回る。そう、原の情報を入手するために。

 教室はもちろんのこと、階段の下に隠れて盗み聞きをしたり、お昼にそれとなく会話をふってみたりと、その行動は非常に活発であった。

「これぐらいでいいかしら……」

 夕暮れどき、ある程度の情報が集まったところで森は手帳に書いたことをまとめはじめる。

「今日入手した情報によると……整備士のみんなには好かれているわね。まぁ、原先輩だもの、当然よね」

 うんうんと頷きながら、それもにこやかに笑みを浮かべながら、森はページをめくっていく。

「パイロット、オペレーターにも原先輩のことを悪く思っている人はいない……か」

 結局、一日かけて集めた情報は原の評価を上げるものしかなかった。それも調べないでもわかっていたことばかりである。

 森は手帳を閉じると考え込む。どうしたら原に復讐ができるのかを。

 いくつかの考えが、頭に浮かんでは消えていく。しかし、それらは全く有効性のないような考えばかりだ。

 それらの考えは主に、前に付き合っていた善行に対して何かを行い間接的に原にダメージを与えるというものが多かったのだが、前回、原自身が善行をナイフで刺すという事態が起こっている。だから、そんなことをしても原にダメージを与えられるとは思えない。むしろ喜ばれる可能性があるのではないか、と森は慌ててその考えを頭から振り払う。

「原先輩の調子が悪いときに奇襲でもしないとどうしようもないってことかなぁ……」

 調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、原に死角がないことを思い知らされる。

 もう諦めるしかないのか、森がそう思った瞬間、近くに人の気配を感じて慌てて隠れる。

 ――あれは……速水君と滝川君――

 もちろん隠れる必要はないのだが、今日一日情報収集をしていた自分の行動に後ろめたいものがあるのだろうか、森は無意識のうちに隠れてしまっていた。

 速水と滝川は士魂号の操縦訓練に行くところらしい。二人でバンガローに向かって話ながら歩いている。

「どうかしたの?」

 速水が滝川に尋ねる。滝川がお腹をさすっているのが目に入ったからだ。

「今日は朝から腹の調子が悪いんだよなぁ」

 ――原先輩の調子が悪い? もしかして今がチャンス?――

 普段だったらこんな聞き間違えはしないのだろうが、藁にもすがりたい気持ちというものであろうか、森は一目散にバンガローへと駆け出す。。

 ――前回の屈辱、晴らさせてもらいます――

 決意を胸に、森は前から用意してあった物を取りにバンガローへと消えていった。

「あれっ、森さんだ。あんなに慌ててどうしたんだろうね?」

 走り去っていく森の姿を見た速水がつぶやく。

「トイレじゃないのか? 少なくとも俺はトイレに行きたい――」

「それとは違うと思うけどなぁ」

 ちょっとだけ苦しそうにしている滝川に対して、苦笑しながら答える速水であった。

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「ついに来たんだわ、このときが」

 プレート状の物を手に、森は小躍りしている。その声はまるでオペラのように高らかだ。

「前回不覚をとった対人地雷。それが今この手に!」

 対人地雷を高々と上げてピタッとポーズを決める。

 もちろん、今は地雷は起動しない状態になっている。起動する地雷を手に持って踊るほど無謀ではない。そんなことをしたら、まさしく自爆である。

「それにしても、これが裏マーケットで売っているなんて……まさに灯台もと暗しよねぇ」

 またも小躍りを始める。よほど嬉しいのだろう。

 森の持っている地雷は、前回、原が持っていた物と同型の物である。

 その地雷は、先日、森が裏マーケットに行ったときに見つけた物だ。買うときに裏マーケットの親父がなにやら嫌そうな顔をしていたが、構うことなく買った一品である。

 もしかしたら、森は復讐のことしか頭になかったので、親父の表情の変化に気付いていなかったのかもしれない。

「これであんなことや、そんなことまで……うふふふふっ」

 今度は地雷を抱きしめ、くるくる回り始める。

 どこから見ても怪しいとしか言いようがない。

「あら、楽しそうねぇ、森」

 原がバンガローに姿を現す。整備主任なのだからバンガローに現れるのは当然とも言える行動である。

「せ、先輩……」

 慌てて地雷を後ろに隠す。

 ――見られてないわよね――

 後ろを気にしながらも、森は一歩ずつ原に近づいていく。原の近くまで移動して強制的に地雷を起動させるつもりなのだ。

 一歩、また一歩。原との距離が近づくにつれて、森の心臓はその鼓動を速めていく。

 ――あと三歩――

 心臓が口から飛び出しそうなほどの勢いで暴れている。森は一生懸命それを押さえつける。

「あっ、その辺にはまだ前回の地雷残っているから気を付けてね」

「えっ!」

 不意に原にそう言われて、森は足を止める。

 

 カチッ

 

 森は、何かを踏んだ感触と、何かのスイッチが動作した音を感じた。

 タラーッと頬を汗が伝う。

「・・・今、カチッて音しませんでしたか?」

 足元にゆっくりと視線を向ける森。ギギッと、まるで錆びた機械のように動作がぎこちないものになっている。

「あっ、アタリね」

 前回と同様のセリフ。違うのはすでにその衝撃を身をもって知っていることと、原が掴まえられる距離にいないことであろう。

 しかも、前回の教訓をふまえてか、原はすぐに森との距離を取る。

 足下と原の顔を交互に、何度も見比べる。何度確認しても地雷を踏んでいる事実は変わらないというのに。

 ――まずい――

 森の顔には滝のように流れる汗。踏んでいる地雷だけでは死なないのは経験済みだ。だが、今自分の手にはもう一つ地雷があるのだ。

 森の頭の中には、今までの楽しかったこと、苦しかったことが走馬燈のように映しだされては消えていく。

「そうそう、最近裏マーケットで売っている対人地雷はバッタ物だから気を付けた方がいいわよ」

 クスッという微笑みとともに、原は告げる。

「えっ?」

 一瞬、何のことを言われたのか理解できない森。地雷を踏んでいるということも忘れて呆然と原を見つめている。

「だから、イミテーションなのよ。今あなたが背後に隠し持っている地雷は。買うときに何か言われなかったの?」

 それを知ってから知らずか、原は言葉を続ける。

 買ったときの状況を記憶から呼び起こす。

 ――そういえば何か言いたげだったかも――

 今更ではあるが、裏マーケットの親父が何か言いたげだったことを思い出す。このことが言いたかったのだろうと気付いてもすでに後の祭りである。

「……それじゃ、最初から知っていて……」

 ハッとした表情を見せる森。その森の見つめる先には、不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめている原の姿があった。

 絶句する。もう絶句するしかなかった。

「先輩、しばらく私の担当している整備のことをよろしくお願いします」

 そう言って、静かに足を上げる。その表情は、どこか悟りきったような、全てを超越した平穏さをかもし出していた。

 

 チュドーーーン!!

 

 バンガローから轟音とともに爆炎が舞い上がった。

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「今回は前回よりも火薬の量を減らしてあるから復帰は早いわよ・・・」

 いつの間にか、バンガローの外まで避難していた原の一言。

 このセリフからもわかるように、森が今回踏んだ地雷もつい先ほど原が仕掛けた物であった。そうでなければ森が休んでいた間、危なくてバンガローで士魂号の整備などできるわけがないのだから。

「私を出し抜こうなんてまだまだ早いのよ……」

 原のその言葉が森に届くことはなかった。

 

 数時間後。体中を包帯で覆われ、ベッドの上で目を覚ました森が、また原に復讐をしようと思うのかどうか、それは神のみが知ることである。

 

説明
アルファ・システム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」の二次創作。
これも2001年に書いたものですね。『原様ご乱心!』の続きだったと思います。
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