夜摩天料理始末 66
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 藻……藻や。

 妾がこの世界に残せし九尾に託した呪詛の化身よ、尾の三よ。

 藻を名乗り、世界を混沌の渦に叩き込むべく策動してきた。

 可愛い可愛い妾の分身、尾裂妖狐よ。

 聞こえるかや?

 おお……おお、何と。

 無論にございます、我が主。

 お久うございます、玉藻の前様。

 黄泉に封じられた、貴女様からの御声が聞こえなくなり、幾星霜。

 その復活の為に、我らは常に動き続けておりました。

 今、そのお声を耳にし、感無量にございます。

 愛い奴じゃ……真に、お前は愛い……。

 如何なさいました、そう聞き返そうとして、その声音の弱々しさで、藻は悟った。

 主の敗北と消滅を。

 例え意識一かけらなりとはいえ、絶大な力を誇る主が。

 人如きに……敗れたというか。

 たとえ、意識一かけらなりと、現世にありさえすれば、それを梃子にして、その大いなる力の全てを現世に呼ぶ事も、容易になったでしょうに。

 ああ、何とご無念だったでしょう。

 

 藻や、可愛い妾の分身よ、妾の無念を、恨み……を。

 

 あの男を。

 危険極まる、この式姫の庭の主を。

 妾の最後の憎悪と無念を糧として、必ずや奴を。

 それを最後に、主の気配が消えた。

 この現世から、完全に。

(……心得ました)

 わが全てに代えても。

 あの男だけは。

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 変わった。

 蜥蜴丸は、目の前の敵の気配の変化を感じていた。

 ピリピリした、触れれば切れそうな程に気配が殺気を帯び、泥に塗れた金色の毛が威迫するように膨れ上がる。

「しゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 その身裡に渦巻く、悪意と呪詛の全てを世界に吐きだすような、鋭い呼気。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 それに応じるかのように、蜥蜴丸もまた、勁烈な気合を込め、呼気を振り絞り刃に力を込める。

 超絶の力を持つ式姫と大妖の気力がせめぎ合い、庭木の枝が爆ぜ、大地が鳴動する。

(くぅ……)

 今の主の祖父が、軍神建御雷に滅ぼされた時、主を庇おうとして、その神威の雷光に撃たれ、一度は黒焦げになった刀身が軋みを上げる。

 この庭の巨大な力の加護により癒され、再び式姫の姿を取る事は叶うようになったが、神の力によってその刀身深くに刻まれた傷は完全には癒えず、妖刀たる彼女本来の力に、未だ、その刀身が耐え切れない。

 僅かに均衡が崩れる。

 じゃりっと、獣の足が砂利を踏む音が、極限の集中の中、耳に大きく響く。

 奴が前に出た。

 更に強まる相手の圧力に、蜥蜴丸が押される。

 それに力を得て、奴が更に一歩踏み込む。

 互いに見えている、死命の間合いまで、後一歩。

 大上段の構えは、気力で負けた時に、破れる。

 私は、また。

 主を守れず、敗れるのか。

 今度こそ守ると……再びそう思える人に巡り合えたというのに。

 わが身を砕いてでも、守ると誓ったのに。

 ……わが身を、砕いても?

 

 違う!

 

 砕けてでも、そう思う事自体が、敗北を内包する、私の弱さ。

 限界に阻まれ、砕けるのではない。

 今度こそ私は、折れない、砕けない。

 耐えて、あの方とこうめ殿の進む未来に、お供する為に。

 その為に、私は、この身をひたすらに練磨して来たんだ。

 今この時、限界の先に一歩踏み出す為に。

 

 じゃり。

 

 蜥蜴丸の足許で、砂利を踏む音が響く。

 無意識に、彼女の足が踏み込み、死命の間合いを破った音。

 

 獣が跳躍した。

 紫炎の如き闘気を帯びた刃が大上段から振り下ろされる。

 

 ぎゃんっ!

 

 絶鳴が響いた。

 黒い獣が空で二つに裂ける。

 左の肩口から入った蜥蜴丸の刃が、獣の体を袈裟懸けに両断した。

 

 勝てた……。

 刀を振り切った姿で、蜥蜴丸がその場に膝を付く。

 安堵し、倒れそうになる、その背後で、切迫した声が上がった。

 懐かしくすら感じる、待ち望んだ声が。

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「こうめっ!」

「主殿?!」

 慌てて巡らせた蜥蜴丸の目に、信じられない光景が見えた。

 宙で半分になった獣が、地に落ちようとした時、一本残った右の腕で、大地を叩き、更に跳ねた。

 彼女の主の下へ。

 その刃の如き牙を光らせて、彼を噛み裂かんと。

 何という執念か……。

 主が慌ててこうめをその背に庇い、膝立ちでも迎え撃とうと構えを取ろうとする。

 だが、まだその動きがぎこちない。

 こうめを放り出して逃げ出すような主では無い。

 このままでは……!

 立ち上がろうとした蜥蜴丸の足がもつれ、倒れる。

「……駄目!」

 その光景を、駆けて来たかやのひめと熊野も見た。

 二人もその足を更に速めながら得物を構える、だが、それも。

 誰も、間に合わない。

 

 キサマダケハ、ミチヅレニ!

 

 その時、こうめを背後に庇った男の胸から、淡い光が飛び出した。

「……これは」

「何じゃ?」

 冥王のくれた札。

 それが彼を庇うように、二人の前で空に浮かぶ。

 

 ナンノマネジャ!

 如何なる術か知らぬが、たかが札一つで、我と主の執念を宿す、この牙は阻めぬ。

 

 札を見上げる二人の心に、綺麗な声が聞こえた。

 

 私を呼びなさい。

 

「呼ぶ?」

 

 方法は、知っていますよね。

 貴方達が、世界の諸力と誠実に向き合い、その力を借りて来た。

 あの術を。

 

 その声に二人は頷き、導かれるように、目の前に浮かぶ札に、手を伸ばし。

 

シネ!

 

強い願いと力を込めて叫んだ。

「「式姫よ!」」

 二人の声が重なり、それに呼応するように、札に記された、冥王の種子が光を放つ。

 

「「あれ!」」

説明
式姫の庭の二次創作小説です。

前話:http://www.tinami.com/view/995409

次回、完結です。
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コメント
OPAMさん ありがとうございます、式姫シリーズの中には、主人公自身がかなり強くて、式姫と一緒に最前線で戦う物もあるんですが、庭は乱暴な事言うと式姫の大家さんみたいなもんで、一切戦いません。 その辺は言われてはっとしましたが確かにカルドの主人公の立ち位置ですね、だから好きだったのかなぁ……(野良)
次回で完結ですか。全く式姫の知識無く読んでいましたが、主人公は(精神の強さは有っても)普通の人で式姫の力を借りて戦う部分がカルドに重なって思えて、自分のカルドのマンガでもそういう展開にしたり心情の表現アリだったなぁと何度も思いながら)野良さんの話の持って行きかたの上手さとストーリーの面白さでここまで楽しませてもらいました。(OPAM)
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式姫 こうめ 蜥蜴丸 

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