たかが布一枚で。
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何が何やら、わけのわからないうちに牢屋に入れられた。しかも身包み剥がされて。

学ランから何から、それこそ手帳まで取られてしまってショックがデカい。草薙さんからもらった大切なグローブが無事だったことだけが救いだ、ヤサカニさんって人は、八神さんを真似ているのか何なのか雰囲気まで似ていておっかないものだから無暗に逆らうのも躊躇してしまう。俺は仕方なく着せられた薄手の着物の端をきゅっと握って俯くしか出来なかった。

……しかし、だ。仕方がないと諦めたくないことがひとつある。手帳、それもそうだけど、もっと根本的な、生活必需品とも言えるものについてだ。俺は意を決して面を上げてヤサカニさんに声を掛けた。

「あの」

「何だ」

ギロリと俺を睨む目つきが怖い。怒っているわけではないようだけど、俺を不審者だと思っているから警戒するのは当たり前か。言い出しにくいけど、捕まってる俺にだって基本的人権はあるはずだ。そうだこれは人権問題なんだ、もぞもぞと内股をよじりつつ意を決してヤサカニさんにお願いをする。

「えっと、そのですね、あの」

「だから何だ、言いたいことがあるのならはっきりと言わないか」

「はい!パンツ!……パンツ、返してもらえませんか?」

恥ずかしい、パンツ返せだなんて、俺何言ってんだろう。いや元はと言えばパンツを取ったほうが悪いに決まってる、ヤサカニさんが俺の服どころかパンツまで取ったりするから俺の下半身は今スースーして非常に心地が悪いのだ。ヤサカニさんだって男の人なんだし、この収まりの悪さは理解してくれるだろう。じっと彼を見つめて、パンツ返して、と念を送る。だけどヤサカニさんは思い切り俺を訝る顔をして口を開いた。

「は?」

「いやだから、パンツですよ、俺の」

「ぱんつ、とは何だ」

嘘だろ……。ヤサカニさんは絶句する俺を益々不審がるものだから、一旦視線を逸らせて口元を覆う。考えてみればメモもボールペンも知らなかったんだ、パンツを知らない可能性もあるにはある。いや、あるか?だってパンツだぞ?ヤサカニさんパンツ履いてないのか?そんな、まさか。

ヤサカニさんは相変わらず眉間に深い皺を作って俺を睨んでる。マジで知らないのか、パンツのことを。俺は深呼吸の後で立ち上がると、自分の股間辺りを指差しながら何とかパンツ≠わかってもらおうとして必死に声を上げた。

「つまり!その!!かっ、下半身を覆う布というか!!あ、下着!!下着です!!」

下着なら通じるかと思ったけど、やっぱり駄目みたいでヤサカニさんの視線は俺の顔と股間とを行ったり来たりしている。いや、恥ずかしいなコレ!!

するとようやく何かを察したのか、彼はぽん、と手を打ってから俺の股間を指差してきた。

「ああ、あの妙な布地と形の下帯か」

「そうです……多分ですけど……」

下帯ってのが多分パンツに相当するものなんだろう、お互い聞き慣れない言葉の応酬ばかりで疲れてくる。でもこれでやっとパンツが戻ってきそうだ。ウェルカムバックマイパンツ。そう思っていたのに、ヤサカニさんは無慈悲にもそれを拒否してきた。

「いや、これ以上貴様が身に着けていたものを返す訳にはいかん。その小手を着けたままにしてやってるだけ有難く思わないか」

「何でぇ!?」

「怪しい者が身に着けていた何処の何ともつかん織物だぞ、易々と返すと思うか?」

「どうしてぇ!?」

うわん、と思い切り泣きそうな声が出てしまう。パンツ一枚くらいで何だってんだ、炎が出せるのにパンツが怖いのか。このままノーパンで過ごさなくてはならない事実は高二男子にとってはあまりにも重い。失ってわかるパンツの重み、俺はがくりと肩を落として恨めしくヤサカニさんを睨んでやった。

「……少し待っていろ」

そのまましばらく彼をじっとり睨んでいたら、根負けしたのかヤサカニさんは屋敷の方へ戻っていく。もしやこれは、パンツ返却のチャンス到来ではなかろうか。やった、戻ってくるぞパンツが、今度こそリターンオブマイパンツだ。よかったあ、と深く吐息して冷たい座敷牢の床に腰を下ろしていたら、間も無くしてヤサカニさんが手に布地を携えてやってきたから立ち上がって迎え出る。やったパンツだ……いや、よく見たらそれは俺のパンツじゃない、何かしらの布だった。布、布?いやパンツも布っちゃ布だけど、ガチの布じゃん。

「……あの、これは」

「下帯だ」

牢屋の格子越しに差し出された白い布。素直に受け取って広げたら、何かこう、見たことはあるけど触ったこともましてや身に着けたこともない布だと察しがついた。

「ふんどしじゃないですか!?」

「そうだが?」

「当然みたいな顔してェ!!」

ふんどし!!ふんどして!!今何時代だと思ってるんだこの人!!信じられない、と顔を赤くしたり青くしたりしていたら、ヤサカニさんこそ信じられないものを見る顔をして俺に言い放ってきた。

「もしや貴様、締め方を知らんのか!?」

「知りませんよ!!大体ふんどしなんて時代劇かお祭りでしかみたことないですし……」

現代社会でふんどしなんて過去の遺物どころか歴史上の着衣だ。そりゃあ普段から着けてる人もいるだろうけど、一般家庭じゃまずお目に掛からない。そんなものをさも当たり前のように差し出されたって困ってしまう。ふんどしを握り締めてまんじりとその場に立ち尽くしていたら、かたん、と格子扉が開いてヤサカニさんが入ってきた。一体何を、と俺が言うより先に、腕組みして仁王立ちの彼が口を開く。

「脱げ」

「は?」

「脱げと言っている」

「何で!?」

「脱がなければ締められんだろう」

「だから何でです!?エッチ!ヘンタイ!!」

この人、俺にふんどしを締めてくれようと、いや、無理矢理締めさせようとしてる!?ウッソだろちょっと、そんなの無理無理、絶対無理!!

ジタバタと狭い牢の中を走り回りながら彼の魔の手を逃れようとする。しかしヤサカニさんは長い手足を使って俺をむんずと羽交い絞めにすると、するりと着物の帯を解いて着物を脱がしてきた。いや、いやちょっと待って、待って俺全裸!!

「締められんのなら締めてやるしかあるまい」

「いやっ、あのっ、いいです!俺別に下着なくても平気です!!平気になりましたから!!」

「大方、使用人か何かにやらせていたんだろう、全く世話の焼ける貴族様だな……」

ヤサカニさんの低く掠れた声が溜息と一緒になって耳をくすぐる。ゾクゾクしたものが脇腹を這い上がってきて、俺の手に握り締められていたふんどしは再び彼の手に戻り、そしてするりと解かれた。

「大人しくしていろ……貴様を傷付けたくは無い」

「ひぃっ……」

白い布地が太腿の間を潜って股間に宛がわれる。思わず妙な声と一緒に背を反らせたら、彼がくすくすと笑った気がして一気に顔が熱くなった。

 

……

…………

 

着けてみれば、意外としっくりくる。収まるべきものはきちんと収まり、ケツもあまり違和感がない。だけどあんまりにも恥ずかしい。何で昔の人ってこんな下着でいいと思ったんだろう、いいわけないんだよな。

「ほら、出来たぞ」

「ううっ、うう、草薙さん、俺……知らない人にふんどしを締められてしまいましたあ……」

「何を言っているんだ……」

彼の手から着物をふんだくって雑に羽織ると、俺は牢の隅っこで、少しだけ泣いた。

説明
大騒ぎ。2話の真吾くんと勾依さんの話です。下着も脱がせたんだろうなコレ……と思ったので……
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