堅城攻略戦 第三章 坑道の闇に潜む者 16
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「突撃ッスーーーーーーーー!」

 雄叫びを上げた式姫が、恐れる色もなく一番層の分厚い中央に突入する。

 暴風の如く槍を振り回す狛犬、板切れでもあるかのように重厚な鉄斧を振り回し、眼前の敵を縦に横にと引き裂く悪鬼、体当たりや鉄甲で固めた腕の一振りだけで弱妖を弾き飛ばしつつ、悠然と自分が斧を振るうに足る敵を探し求める紅葉御前、それら一騎当千の式姫のあたるべからざる勢いに押され、妖の大群が左右に大きく裂ける。

 冗談じゃない、あんな奴にまともにぶつかって滅ぶのは真っ平だ。

 水に棲まうモノは川に、野に潜むモノはかつて人の田畑があった方に駆けだしていく。

 その妖の流れの前に巨大な姿が立ちふさがった。

「なん?」

 それを見上げようとした、先頭を走っていた小妖の体が消し飛んだ。

 後に続くモノらの体に生暖かい何かが降りかかる。

 彼らの前に立ちふさがる長い体が、さながら小さな竜でもあるかのように身を起こし、鋭い鉤爪を備えた手を翳した。

 直立した大鼬。

 その長い胴を一杯に伸ばした姿は優に十尺を超える、全体の重量感はともかく、高さだけならあの赤入道をすら凌ぐ巨躯の威圧。

「この先は行き止まりだ、戻って戦え」

 その眼光と、鉤爪にぶら下がる妖だった肉片と周囲に飛び散った血肉が、逃走しようとする彼らの足を止めた。

 だが、その爪が指し示す先には、式姫達が居る。

 どちらに行っても死が待つ選択。

 行き先を定めかねて視線だけが右往左往する弱妖達の様子を冷たく見ながら、それは低く言葉を続けた。

「早くいけ、それとも尻を叩かれねば動けぬか?」

 あんな手と爪で叩かれた日には、尻と胴体が永の別れとなるのは必定。

 絶望的な状況に、慈悲を乞うように上げた哀れっぽい目を、冷ややかな金色の目が見返した。

「生き延びたければ式姫を倒す事だ」

「わっちらを倒したいなら自分でやりゃ良かろう、逃げたい奴は逃がしてやるのが戦陣の作法というもんじゃぞ」

 似合わぬ軍隊もどきをやるなら、陣法もそれに倣ったらどうじゃな?

「式姫っ!?」

 慌てて声の方に視線を転じるも、そこには誰も居ない。

 当然だ、多少の身を隠す茂みはあるが、奴らが接近すれば自分なら匂いで判る……なのに何故。

「そ奴はわっちらが引き受けてやる、おぬしらはその隙に逃げるが良いぞ」

 また近い所から声が上がる、それを聞いた小妖共の気配が明らかに変わる。

 今にも決壊せんとする川面の如く、小妖たちの敵意が自分に向けて満ちてくる気配を感じ、それは苛立たしげに周囲を見渡し、怒りの声を上げた。

「どこだ、姿を現せ式姫、卑怯だぞ!」

「何が卑怯じゃ、戦場に隠れ潜むのも、その相手の姿を見出すのも実力の内よ、わっちの影も捉えられん程度の輩がツワモノでございと大きな顔をしとるのは如何なものじゃ?」

 部下をけしかけてふんぞり返っておるが、さてはお主、実は大したことないな?

 その声と共に、飛来した矢が大鼬の背に突き立つ。

「そっちか!?」

 位置さえ判れば相手が式姫だろうが恐れる物では無い、先ほどから好き放題ほざいた雑言を後悔させてくれる。

 敵に対処するべく大鼬は背後に体を向け、駆けだそうと身を低くした。

「ほう、奴めは矢を受けて逃げるようじゃぞ、ヌシらも一緒に逃げたらどうじゃ?手傷一つで逃げるような腰抜けに脅されて死ぬ義理はあるまい」

 絶妙と言って、これ以上は無かったろう、大鼬が矢の飛来した方向に駆けだそうと、直立していた身を低くしたまさにその時、その声が戦場に響いた。

 逃げようとしていた小妖の集団を押しとどめていた、壁の如き大鼬の威容が視界から消えた事で、その恐怖の箍が外れた。

 ここでグズグズしていては、背後に迫る式姫に殺される、その脅威にさらされ続けていた後方の一団が我勝ちにと動き出す、そして、それらに押される形で一気に集団が動き出した。

「な……馬鹿共が!止まれ!止まらぬか!」

 慌てた大鼬が、振り向きざまに周囲の小妖を薙ぎ払うが、動き出した集団の勢いは多少の個の力ではそうそう止められる物ではない。

 逃げる小妖を威圧しようとして再び伸び上がろうとした長い体を、傍らを駆け抜けようとした妖樹の枝が叩く、怒声を発そうと上げた顔に、ちょうど飛来した雑巾の妖怪がよけ損ねてべちゃりと被さり視界と声を奪う、姿勢が崩れた所に小さき石くれのような妖怪が転がっていくのに足を取られ態勢が大きく崩れる、そこに後から後から逃げようと押し寄せた集団に押され、その長い体が抗しきれず地面に転がった。

 式姫と直接干戈を交える事も出来ず、雑魚共を抑え込むことも出来ず、無様に地に転がされ、集団の圧力の前に起き上がる事すら儘ならない。

(小妖の集団など、何の役に立つ?)

 皮肉なことに、そう嘯いた大妖が、身を以てその答え合わせをさせられた。

「こんな、こんなバカな事が有ってたまるかぁ!」

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 敵集団から大きく距離を取った藪の中から、その様を見ていた仙狸が上空に顔を向ける。

「どうじゃ?天狗殿」

「いい感じですわね、逃げる流れに釣られて周囲の小妖も動揺し始め、それを抑えるために大妖達は紅葉御前たち前衛部隊に掛かるのが難しくなってますわ」

 統制の取れてない部隊は怖いですわね。

 すっと傍らに降りてきた天狗の言葉を聞いて、仙狸はふむと頷いた。

「まぁ、その有象無象を御して力にするのも将の腕前じゃが、そういう経験が薄い連中では中々厳しかろうよ。それにしても見事な天狗声の術じゃった。山中に大音声を響かせるだけの術かと思うておったが、ここまで繊細な使い方が出来るとは」

「昔、都で地鎮の祭儀を兼ねておつのさんやかるらさんと歌舞の披露をしていた事がありましたの、その時に、なるべく大勢に私たちの声をそのまま届けたくて、三人で天狗声の術を色々使えるように研究したものですわ」

 天狗の言葉に、ほう、と仙狸が小さく感嘆の声を上げる。

 かるらという存在は知らないが、彼女とおつのが磨いた術なら、なるほどあの洗練も頷ける。

 武術も呪術もそうだが、本当の意味での術者の腕の巧拙というのは、小難しかったり大がかりな技をいくつも使えるなどという所より、こういうちょっとした術の細部に宿る物。

「戦が終わったら、祝いの宴でその本領を確かめたいもんじゃな……さてこちらは良さそうじゃ、別の所に向かおうかの」

「あれ、あのイタチと戦わなくていいの?」

 遠矢の神技を示した白兎が可愛く小首を傾げるのに、仙狸は人の悪い笑みを返した。

「何、あんな楽しそうなお祭り騒ぎに敢えて飛び込むのも野暮じゃ、奴が踊り疲れた後にお相手してやるとしよう」

 そう口にしながら、仙狸はぐるりと戦場を見渡した。

 紅葉御前達、先鋒部隊の勢いは、流石に当初の勢いを減じつつあるが、それでも自分たちの後ろに敵を行かせまいと敵陣を縦横にかき回している。

 それは、余りの破壊力と速さで前に鋭く切り込みすぎて、かえって敵陣奥深くで孤立する事を避ける動きでもある。

「三人とも流石に戦慣れした動きじゃな、鳥の目を持たぬに、よく戦場が見えておる」

 さて、その彼女たちに対処しようと動く奴は。

 一つ頷いた仙狸が、白兎たちをさし招く。

「次はあちらじゃ、行くぞ」

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「見事としか言いようが無いな」

 上空から一連の流れを見ていた鞍馬が、珍しく感服した様子で称賛の言葉を口にした。

「生徒に及第点を出すとは珍しいじゃない、鞍馬先生」

 こちらに弓を構えた妖の顔に砂礫交じりの突風を叩きつけた烏天狗が、からかうような言葉を掛けて来たのに、鞍馬は苦笑を返した。

「天狗声一つで戦う事なく大妖一体を無力化しただけでなく、こちらに向かっていた敵集団の流れを逃走方向に誘導するなんて妙技にケチをつけた日には、私の過去の戦績の大半が笑い者だよ」

 仙狸の観察眼と洞察力の鋭さは、軍略の相談を持ち掛ける折々に感じていたが、その心理の綾目を読み切る力は、味方ながら空恐ろしいと感じる。

(猫の目という奴だな)

 人の社会と付かず離れず数百年、愛憎と希望と諦観をない交ぜにしながら、その営みを見続けてきただろう彼女の眼は、意思持つ存在が個の時と集団の時でどう心の動きが変わるのかという事も、冷徹に見定めているのだろう。

 その意味で言えば、人間に絶望して隠棲していた自分などより、彼女の意志あるモノ達への洞察は強靭で深いのかもしれない。

 紅葉御前達の突撃で生じた動揺。それを無理に力で抑え込もうとした大妖と烏合の衆である小妖の集団のせめぎあいの徴が見えた所に、天狗声で流言を割り込ませ、集団の不満を大妖に向かうように誘導し、その緊張が臨界に達した所で最後の糸を切る。

 こうやって言葉にすれば容易そうだが、実戦の中でそのせめぎあいの兆候を見出し、最適の手段を選び、最小の労力で達成するのは尋常の手並みではない。

 やはりこの集団がここまで戦い抜けたのは、単純な式姫の力頼みや、運や偶然ではない。

 ただ、そういった駆け引きや工夫で何とかしてきた少人数の精鋭集団だからこそ、心なき骸骨兵団のような心理的な駆け引きの介在しない、極めて単純な数と暴力の前にその限界を露呈した。

 この戦いに最終的に勝利するためには、やはりあの骸骨兵団の無力化が必要。

 そのためにも、敵の自由に動ける戦力をこの戦いで極力削いでおきたい……こちらが主導権を取って仕掛けられる状況が増せば、選択肢も自ずと増える。

 眼下では、狛犬が巨大な女郎蜘蛛に押されていた所に、仙狸たちが背後から襲い掛かった事で多少の優位を得始めている、一方では烏天狗と吉祥天の加勢を得た悪鬼が大蛇を相手に、こちらも有利に立ち回りを進めている。

(とはいえ、こちらの勢いも頭打ちか)

 敵の動きは止められたが、こちらもこれ以上の前進は難しい拮抗状態。

「軍師殿、戦況はどうだい?」

 鞍馬が術で足止めした大山犬の背に戦斧の一撃を入れて止めを刺した紅葉御前がこちらを見上げている。

 その傍らにすっと降り立った鞍馬は、ふむ、と一つ息を吐いた。

「敵前衛部隊には壊滅的な打撃を与え、足は止めた、だが敵も然るものだ。態勢を立て直し、継続的に小妖とそれを指揮する大妖が前に出てきている。仙狸君が良い感じに小妖共を逃がす流れを作ってくれたんだが、そこから一気に決壊とはならなかったね」

 赤入道と言ったか、一番後ろに控えていたあの大妖の威迫と統率力、大したものらしい。

「なるほど、もう一押し要るってとこかい……とはいえねぇ」

「そう、こちらもこれ以上の余裕はない。後は……」

 鞍馬が、戦場の先を見晴るかすような眼を向ける。

「かやのひめ君達次第だな」

説明
「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい

ワイルズが一段落付いたので……アセンダンスまでは
くコ:彡 ライズ始めちゃいました
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コメント
>>OPAMさん ありがとうございます、今回はどっちかというと状況纏め編で、次に繋ぐ意味合いが強い回でしたので、全景把握する感じで読んで頂けたら作者的には嬉しいです(野良)
肉弾戦の直接戦闘と(脅しと腕力で従わせていた)小妖たちを誘導しての敵陣の崩壊が同時に描かれていて一つの戦場の中での緩急がありました。それを俯瞰で眺める軍師の味方に対する好評価と敵の赤入道に対する高評価が戦況を俯瞰で見ているようで、戦場の細部から全景まで把握しながら読んでいる感じでした。(OPAM)
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式姫 式姫の庭 堅城攻略戦 鞍馬 紅葉御前 仙狸 天狗 白兎 

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