今夜も雨が降る
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《今夜も雨が降る》

 

 

 今夜も雨が降る。しかしただの雨天というわけではない。この街の雨は変わっている。何と言っても『紅茶』が降ってくるのだから……

 

「今夜もこの地域には紅茶注意報が出ています。洗濯物などは色がついて落ちなくなってしまう場合がありますので、できるだけ外干しは行わない方がよいでしょう」

 

 テレビの中では一般人に比べればいくらか美人かな、という程度の地方局のアナウンサーによる棒読みの天気予報が流れている。

 

「なんで紅茶かなぁ、どうせならビールにしてくれたらみんな大喜びなのに」

 

 彼女は外を眺めてオヤジ臭いことを呟く。

 

 すでに窓の外ではぽつりぽつりと、雨のしずくが窓ガラスを濡らし始めている。窓にはいくつもの茶色い筋が残る。

 

「ビールなんか降ったら、そこいら中べとべとになって余計大変だろう。街中ありだらけになるぞ」

 

 あきれ顔で僕は答える。お酒に弱い僕にとって、彼女の望みはあまりに理解しがたいものだった。

 

「そうね、確かに。炭酸もぬけちゃってるだろうし。でも私あんまり紅茶好きじゃないからなぁ。どっちかっていうとコーヒー派?ほら今月のこの雑誌でも特集組んであるでしょ、『流行のコーヒーを格好良く飲もう』って。」

 

「その雑誌、先月は『これからは紅茶がトレンド』って言ってなかったか?別にどっちでもいいけど、空から降ってくるものなんか飲むなよ。空気中の埃とかたくさん溶けてて結構汚いんだから」

 

 政府も空から降る紅茶を口に入れないように注意勧告を出していた。現在のところ原因は不明。一説には台風で巻き上げられた茶葉が上空で醗酵して、雨雲の中にたまったためとか、環境汚染の影響で上空に上った化学物質が、たまたま紅茶のような味になっただけとか、さまざまな意見が取り交わされたが、どれも決定的な原因とはならなかった。

 

「これは陰謀よ」

 

 唐突に彼女が言う。「悪意ある意思をびんびん感じるわ」

 

 彼女はちょっと思いこみが激しいところがある。僕はため息をつき、ひとまずどういうことか尋ねてみる。

 

「いったい誰が好き好んで紅茶なんて降らせるっていうんだよ」

 

「それは、東インド会社よ!」

 

 ずばりと決めつける彼女。

 

「紅茶といえばインド、インドといえば東インド会社よ。東インド会社は日本の紅茶販売の利権をすべて掌握するために、コマーシャルとして紅茶の雨を降らせているのよ」

 

「別に紅茶の雨が降っても、東インド会社とやらがもうかるわけでもないだろう。だいたいその会社今もあるのか?ずいぶん昔に歴史の教科書で見た気はするけど」

 

「うっ」僕の突っ込みに彼女は言葉を詰まらせる。「と、とにかく、いんぼーなのよっ」

 

 強引に話をまとめる彼女。僕はハイハイと聞き流す。いつものことだ。

 

 この紅茶の雨もそのうち止むだろう。そしてその他の事件のように謎の自然現象として次第に忘れ去られていくのだ。

 

 窓の外の雨はまだ降り続いている。ただ少し、雨の色が濃くなった気がする。

 

「え、なに、どうかしたの?」

 

 立ち上がり、窓を開けようとする僕に口をとがらせていた彼女が話しかけてきた。

 

「あ、うん。なんか雨の色が気になってね」

 

 窓を開けると外からは芳しいコーヒーの香りが漂っていた。

 

「おい、お前の祈りは天に通じた見たいだぞ」

 

 笑いながら振り返ると、彼女は険しい表情で外を眺めていた。

 

「これは…ブラジルのプランテーションの陰謀ね」

 

 

 

 

 

 同じころ高度五百メートルの雨雲の上。

 

「あんれ、おめぇ今日は『コーシー』の雨降らせてんのけ?この前は『紅茶がとれんでぃ』とか言ってなかったけか?」

 

「何言ってんだべさ、今ナウイのはやっぱ『コーシー』だべ。これで、俺たち雷様も地上のおなごにモテモテだべさ」

 

 大きな如雨露で地上にコーヒーの雨をまき散らす雷様たち。

 

 その足元には地上の情報誌のページが広がる。特集は『流行のコーヒーを格好良く飲もう』

 

END

 

 

説明
 部屋でテレビを眺めるカップルの家の外は今日も雨が降っていた。
 しかしそれはただの雨ではなかった……
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コメント
次はどんな雨が降って来るんでしょうか。最後思わずふいてしまった。(華詩)
あはは、可愛い雷様たち!素敵なオチに思わず笑ってしまいました。(まめご)
タグ
紅茶 東インド会社 ビール コーヒー ブラジル 

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