真・恋姫無双〜魏・外史伝〜 再編集完全版16
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第十六章〜道化芝居の果てに〜

 

 

 

  ・・・それは、今から約二年前の事。

 時期を見ると、桃香達が益州に入り、入蜀して間もない頃・・・。桃香達は後方の憂いを絶つべく、南蛮に

 軍を進めていた(なお、この時同時に定軍山にて魏軍と衝突していた・・・)そんな時であった・・・。

  蜀のとある山間の目立たぬ所にあった一つの村がこの世から消えた。村の名は八珂村(はっかむら)。

 他の村町ともさほど交流の無かった小さな村。その村の異変に彼女達が気付いたのは、その報告が届けられた

 からすでに三日が経過していた・・・。そして、その報告の真偽を確かめるべく、愛紗、星、朱里が八珂村に

 急行した。村に着いた彼女達の目に映ったのは、変わり果ててしまった村の姿であった・・・。家々はその

 ほとんどが全焼し、田畑は荒れ、作物の多くが焼けてしまっていた。村の所々に血の跡、争った痕跡が確認

 できた。しかし、何処を探しても、村人の姿は見つからなかった。見つかったのは、村の真ん中に立てられて

 いた数十近くの十字の形を取った木の棒達であった・・・。そしてその全てに、手作りの花の輪が掛けられていた。

  調査の結果、その村はある武装集団に襲撃された事が分かった。村の真中に立てられていた数十近くの十字の

 形を取った木の棒達は、村人達の墓であると判断された。この近く通りかかった者が親切に作ってくれたのだろう

 と、彼女達は結論づけた。また、村より少し離れた林の中、そこにもまた墓と思われる積まれた土が発見された。

 さらにその積まれた土の上には数本の剣が刺さっており、そして劉の文字が入った布が剣に引っ掛かっていた。

  つまり、こういう事である。とある晩に、この八珂村を益州攻略の際に敗走した劉璋軍の残党が襲撃した。

 恐らく、飲み食いに困った故の行動であろう・・・。彼等は村に火を放ちさらに、村人達を殺害したのである。

 村の食糧、金品にあまり手が出されていなかった事と林の中で発見された恐らく軍の残党の墓、村に残っていた

 争いの痕跡から、その残党と村人そこにさらにこの近くを通りかかった第三勢力が介入した事で、そこで戦闘が

 起きた。戦闘の結果、村人、残党は全滅。そして残った第三勢力が彼等の墓を作った。その第三勢力が何なのか

 までは最後まで分からなかった・・・。

  調査を終えた愛紗、星、朱里は部隊を引き揚げ、成都へと帰還する。その後、朱里が村での調査結果の詳細を

 桃香に報告した。そして報告の後、王宮から少し離れた廊下にて・・・。

  「朱里!さっきの報告は一体何なのだ!?」

  「・・・・・・」

  愛紗は朱里に先程の報告の内容に対する説明を求めていた。愛紗の追及に、朱里は困った顔をしながら

 沈黙を通していた。

  「村人の火の不始末による山火事だと・・・!?我々の調査結果のどこにそのような事が書かれているんだ!」

  「・・・・・・」

  「桃香様にあのような嘘偽りの報告等して・・・!朱里、お前はそれでも我々の軍師なのか!?」

  「我々の軍師だからこその嘘偽りの報告なのだろうさ・・・」

  「星・・・!」

  二人の、愛紗の一方的な会話に水をさすように、星が何処からともなくその場に現れる。

  「それとも愛紗は、本当の事を報告するべきだったと・・・?」

  「そ、それは・・・!?」

  星の言葉に、愛紗は言葉を失う。

  「お主も知っておろう。今、我等がどのような立ち位置におるのか?今ここで悪評が流れれば、民達の我等に

  対する信頼は地の底を割りかねない。にもかかわらず、八珂村での真実が明るみになれば・・・、どうなるか

  ぐらい容易に想像つくだろう?」

  「入蜀まだ間もないこの時期に、そのような不祥事が公になれば、私達を歓迎してくれた益州の民の人達の

  信頼は失れ、蜀は瞬く間に崩壊するでしょう・・・」

  「そうなれば南蛮侵攻だけで無く、魏、呉との戦にも大きな支障となる。我等と民達が国を起こして

  一致団結しなくてはいけない時に、そんな報告を桃香様に出来るようはずも無かろう・・・」

  星と朱里は交互に意見を交わし、愛紗に言い聞かせる。

  「だからと言って、桃香様にも事実を伏せなくとも・・・!」

  「桃香様の人間性はお主が一番よく知っておろうに・・・」

  「・・・っ!?」

  そこで愛紗ははっと吐き出そうとした言葉を喉の奥に押し込めてしまう。

  「桃香様は、優しい、いえ優し過ぎる御方・・・。そのような御方がそれを知れば、責任を感じ、その歩みを

  止めかねません・・・」

  朱里はその一言一言に苦心を滲ませるかのように紡ぎだす・・・。

  「今、桃香様に迷いを持たれては困る。蜀の王として、皆を導く存在でなくてはいけないのだ。

  天下を統一するため、あの方の理想の実現のためには、止むを得ない事だと・・・お主も目を瞑れ」

  「しかし・・・!」

  「しかし・・・、何だと言うのだ?では聞くが、お主は報告の際、何故沈黙を通していたのだ?

  意見を述べる訳でもなく、ただ黙って朱里の報告を聞いていたのは何故?」

  「く・・・っ!?」

  愛紗は自分の最も痛い所を突かれたような顔をする。その様子を見て、星は呆れた顔をする。

  「それで、軍師殿を一方的に責めるのは筋違いでは無いかな、関羽雲長殿?」

  「・・・・・・・・・」

  返す言葉が無かった・・・。悔しい事ではあるが、星の指摘通りなのだから。

  「全く・・・、あのような甘ちゃんな御方が王だと、配下の我等は苦労するな」

  やれやれと溜息をつく星。

  「星さんっ!」

  「星・・・、貴様ぁっ!!」

  「ふっ・・・、たかが冗談にそういきり立つものでは無かろう」

  はははと笑いながら、星はその場を立ち去った。その後ろ姿を見送る愛紗の手は、強く握りしめられ

 ぶるぶると震えていた・・・。

 

  八珂村に関する報告は、山火事として片づけられ、それ以後・・・八珂村の名が表に出てくる事は無かった。

 八珂村の事実は、ごく限られた少数の人間しか知らない。それから二年後・・・、この八珂村の真実は意外な

 形として再び表に浮上する事となる。

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  『お前達はいつもそうだ!何が理想だ!何が大徳だ!何が民のためだ!!そんな綺麗事を並べやがって!

  お前等が言うと虫唾が走るんだよ!!俺達の時は何もしなかったくせしてっ!正義の味方ぶってんじゃねぇ!!』

  『さっきから好き勝手な事を・・・!お前は一体何様のつもりでそのような事を言うのだ!?先に仕掛けて

  きおったお前達が正義だとでも言うのか!?』

  『あぁ、そうさ!!俺はそう信じている!少なくとも、劉備みたいな無能者を都合の良い偶像の様に祀り

  上げているお前達なんかよりずっと信用できる!!』

  『貴様・・・、桃香様を愚弄する気か!?』

  『あいつだけじゃない!お前も同類だ、軍神関羽!!』

  『何ぃっ!』

  『偽善者の言葉なんか信用できるか!その偽善者の仮面ごとお前をぶった斬ってやるっ!!

  死んでいった皆の・・・仇だぁぁぁあああっ!!!』

  『な、なに・・・消えたぁっ!?』

  『死いぃぃぃねぇぇえええっ!!!』

  『・・・っ!?』

  ブゥオンッ!!!

  ガゴォオオッ!!!

  だが姜維の一撃は、愛紗の青龍偃月刀の柄を叩き折り、その斬撃はそのまま愛紗に襲いかかる。愛紗は

 偃月刀が叩き折られた瞬間、とっさに後ろに身を引こうとした。ここまではあの時と同じ・・・。

  『なっ!?』

  だがあの時は違い・・・どうしてか、自分の足が動かない。

 自分の足が金縛りにあった様、否何かに捕まれて動かせない。愛紗は自分の足を見る。

  『・・・っ!?』

  その光景を見た瞬間、愛紗は恐怖に駆られる。地面から生える数十本の黒い手が愛紗の両足を掴み、離さない。

  『どうして守ってくれなかったんだ・・・』

  違う・・・。

  『痛いよ・・・。痛いよ・・・、死んじゃうよぉ・・・』

  や、やめて・・・くれ。

  『人でなし・・・』

  私のせいでは、ない・・・!

  『うそつき・・・』

  違う・・・!

  『お前も、この苦しみを知るべきだ・・・!』

  愛紗の全身を冷汗が止めどなく流れ落ちる・・・。

  ザシュゥウウウウウウッッッ!!!

  姜維の一撃は身動きが取れない愛紗の体を切り裂く。傷口から大量の血が空に向かって噴き出し、愛紗の

 目の前を赤く染めていった・・・。

  『うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

  ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!』

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  「・・・はぁっ!?」

  混乱する愛紗・・・。今、自分の目の前に広がる光景を理解出来ずにいた。自分は今・・・、姜維の一撃を

 受けて大量の血が目の前赤く染めていたはず・・・、だが、そこに広がるは何の変哲もない天井。天井のみが

 視界に入っていた。

  「・・・・・・」

  愛紗は自分が横になっている事にようやく気が付く。

 そこで横になっている自分の上半身を起こす。どうやら、何処かの宿の一室にいるようだ。愛紗はその部屋に

 常備されている寝台の上で横になっていた事が分かる。自分の体を確認する。自分の流した汗が染み込み、

 べったりと肌にくっつく、病人が身に着けているような白い寝巻きに、胸に巻かれた包帯・・・。自分の服は

 寝台の左横にある椅子の上に畳まれて置かれていた。さらに寝台近くの壁には叩き折られてしまった無残な

 姿の青龍偃月刀が掛けられていた。

  「今のは・・・、夢か?」

  愛紗は先程の現実味のあったそれが夢である事に気が付くと、安著の溜息をつく。

 しかし、愛紗は自分が置かれている状況が分からずにいた。自分は確か麦城にいたはずなのに

 何故、このような所に・・・。

 

―――・・・そうやって、・・・建前作って・・・、都合の悪いものを全部葬る

  つもりかよ・・・。俺の村の様に・・・!!

 

―――お前達はいつもそうだ!・・・何が理想だ!・・・何が大徳だ!何が民のためだ!!

  そんな綺麗事を並べやがって!

 

  愛紗の頭に、あの時の姜維の言葉が思い返される。あの時は、愛紗は彼の言葉の意味が理解出来きなかった。 

 だが、彼が桃香、自分達に恨みを持っている事はあの雰囲気からでも十分に分かった。しかし、彼に恨まれる

 ような覚えが愛紗には無かった。彼の村・・・、村・・・。蜀領内に村は何十、何百と存在する。一体どの村の

 事を言っているんだ?そして彼が自分達を恨み募らせる理由は・・・、愛紗は自分の記憶を探る・・・。

 そして、愛紗の頭に一つの村の名が浮かび上がる。

  「八珂村・・・」

  二年前・・・、訪れた村の名前。今その村は存在しない。

 劉璋軍の残党に襲われ、全滅したからである。しかし、その事実を知るのは愛紗を含めごく少数に

 限られている・・・。公には、山火事として処理されたからだ。

 

 ―――・・・そうやって、・・・建前作って・・・、都合の悪いものを全部葬る

  つもりかよ・・・。俺の村の様に・・・!!

 

  再び、彼の言葉が蘇る・・・。彼の言う村が八珂村だと言うのならば、全てに納得がいく。

 何故なら、八珂村での出来事は自分達にとって都合の悪いものであった。だからこそ朱里、星と共に情報を

 隠蔽し、真実を闇の中へと沈めた・・・。

  「まさか、あの村の生き残りがいたとは・・・」

  そして何より、八珂村の生き残りがいたという事実・・・。当時、生存者は確認出来ず、村人は全滅した

 と思っていた。彼がその村の生き残りだと言うのなら、どうして今まで名乗り出てこなったのだろうか。

  ガチャ―――ッ!

  そんな事を考えている時、部屋の戸が開く。愛紗は反射的に迎撃の態勢をとる。

  「お、気が付いたか?」

  部屋に入って来たのは、見慣れない男・・・。その手には水の入った桶と塗られした手拭い。

 少なくとも敵で無い事は愛紗にも理解できた。

  「お主は・・・?」

  愛紗は恐る恐るその男に名を尋ねる。

  「俺は華陀。この大陸から病魔を討ち払うため、旅をするしがない医者だ」

  「華陀・・・、噂で聞いた事がある・・・。伝説と謳われる究極医術、五斗米道(ごとべいどう)継承者の

  ・・・、あの華陀か!?」

  「違うっ!!!」

  「な、何っ!?」

  突然怒られる愛紗。今、自分は失礼な事を言ったのだろうかと自分が言った台詞を思い返す。

  「『ごとべいどう』では無い!『ごっとべいどう』だ!」

  「ご、ごと・・・?ごっとべいどー・・・?」

  「発音が違う!『ごっとべいどう』だ!」

  という具合に華陀に『五斗米道』の発音を矯正される・・・、周囲の迷惑を知る事も無く。

 それから数刻後・・・、愛紗はようやく華陀が納得する『五斗米道』の発音を習得した。

  「・・・それで、華陀。私は何故にここに?」

  愛紗は自分が今知りたい事をようやく華陀に聞いた。

  「今から七日程前、俺はここから少し離れた道を歩いていたら、突然、俺の前にあんたを抱えた男が

  現れたんだ」

  「私を抱えた・・・?」

  愛紗の脳裏に、一人の男の後ろ姿が浮かび上がる。朦朧としていたせいで、その姿形はあやふやでは

 あったが・・・、その血の様に赤いその姿ははっきりと覚えていた。

  「そうだ。・・・で、彼は彼女を頼むと言ってあんたを俺に渡して、そのまま何処かへと行ってしまった」

  「その者の名は聞かなかったのか?」

  「聞こうとした時には姿が無かったんでな。ただ・・・」

  「ただ・・・?」

  「俺にはまだやるべき事があるって言っていたな」

  「やるべき事・・・」

  その言葉を呟いた瞬間、愛紗は自分がやるべき事を思いだす。

  「華陀!私はここでどれほど寝ていた!?」

  「ん・・・?さっきも言ったと思うが・・・、七日程だ」

  「何と言う事だ・・・。早く、桃香様の元へ・・・!」

  愛紗は寝台から慌てて起き上がると、それを華陀が静止した。

  「待て、関羽!その体で何処へと行く気だ!」

  「離せ、華陀!私にはやらねばならぬ事がっ!!」

  愛紗は自分を静止する華陀の腕を振り払おうとする。しかし、それでも華陀は愛紗を静止し続ける。

  「やらねばならない事は俺にもある!それは、あんたの傷をちゃんと治す事だ!

  いいか!あんたが受けたその胸の傷・・・、頸動脈からわずかばかりに逸れていた事・・・、あと彼が

  施したであろう適切な応急処置・・・、それのどちらかが欠けていたらあんたは確実に死んでいたんだ!!」

  「・・・くっ!」

  「まだ傷口も完全に塞がってはいないそんな体で、外出を許すわけにはいかない。傷がまた開いて、道中で

  死なれては、あんたを頼むと言って俺に託した彼に合わせる顔が無い!今は体を休め、その傷を治す事に

  専念するんだ!」

  「私ならもう大丈夫だ・・・!この程度の傷、どうという事は無い!そして何より、私はあの少年に

  今一度会わなくてはいけない!!」

  実際の所、愛紗は傷の痛みに耐えていた・・・。体を動かすたびに胸の傷が開く様な感覚に襲われ、

 医者である華陀はそれが見て取れた。だからこそ、華陀は愛紗に絶対安静を促すのであった。無論、それが

 分からぬ愛紗では無い。それでも、その傷ついた体に鞭を打ちつけても、先を急がなくてならない理由があった。

 そんな愛紗を見て、華陀は彼女に改めて確認する。

  「お前達と、蜀内の情勢は・・・俺も一応は知っている。それでも行くと言うのか?」

  「無論だ」

  愛紗の言葉に迷いや躊躇いは無かった・・・。

  「・・・・・・」

  華陀は愛紗から手を離し、しばし考え込む・・・。そして、何か諦めたような表情になる。

  「・・・言うだけ無駄か。分かった、どうしても行くと言うのなら俺も同行する」

  「お主が同行するだと・・・?」

  「当然だ。さっきも言ったが・・・、道端で死なれては、あんたを頼むと言って俺に託した彼に合わせる

  顔が無い。だから、ついて行くんだ。それが駄目だと言うのなら、力づくでもあんたを止めるしかない」

  「・・・・・・」

  今度は愛紗が考え込む・・・。

  「承知した。華陀、あなたの条件を飲もう・・・」

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  所変わって・・・、魏の洛陽の城の王宮・・・。

  「全員、揃ったようね」

  そこには華琳を筆頭に、魏の主要が集まっていた。

  「あの、華琳様。まだ北郷と真桜が来ておりませんが・・・」

  そう言いながら、周囲を見渡す春蘭。確かに、そこに一刀と真桜の姿は無かった。しかし、華琳は怒る

 様子も無く、むしろ何だそんな事と言いながら。

  「問題無いわ。あの二人は後から来るから」

  「後から・・・?・・・はっ、ま、まさか!?う、うぬぬぬ北郷め!この一大事になんと破廉恥な・・・!!」

  何を思ったのか、春蘭は顔を赤く染め、慌てふためき始める。

  「姉者、一体を言ってるのだ?」

  「全く。あの変態男もそうだけど、すぐそっちの方に考えを持っていくあなたも相当な破廉恥のようね?」

  「何だと!」

  「止めなさい、二人とも。今は軍議中のはずでしょう?」

  華琳に注意され、自粛する二人。

  「稟、説明の方お願い出来るかしら」

  「はっ」

  華琳に呼び出され、稟は前に一歩出る。

  「今から二刻前、洛陽より西方の長安付近にて五胡の軍勢、約五万が出現したと、先程早馬にて

  報告が来ました」

  「長安だと・・・?どうしてそこまでの侵攻を許したのだ?!」

  「はっ・・・、報告によると、突如として長安に出現したと」

  「どういう事だ?」

  「残念ながら、それ以上の事は。恐らく言葉通りではないかと」

  「何や連中、妖術でも使ったっちゅう事か?」

  「ですかね〜?」

  「連中が如何にして侵入して来たか、それは今ここで議論すべき事では無いわ。稟、それで五胡の動きは

  どうなっているのかしら、ここ洛陽に迫って来ているの?」

  「それなのですが・・・、監視の報告では五胡の進路方向はここ洛陽では無く西・・・、蜀のようです」

  「蜀?それは確かなの、稟」

  「はい。まず間違いないかと・・・」

  「何だそれは!?我々の国に現れておいて、蜀に軍を進めるとは・・・!一体何を考えているのだ?」

  と、春蘭は桂花に振る。

  「そこで私に聞かないでよ」

  どうやら桂花でも分からないようだ。

  「連中が蜀に軍を進めているのは、まず間違いないようね。そうなると、蜀領の現状が気になるわね。

  秋蘭、そちらについてはどうなっているの?」

  「蜀に放っていた間諜での話では、どうも真偽が不確かな情報が錯綜し、蜀内はかなり混乱が広がっている

  ようでして、どうやら・・・正和党の猛攻に蜀軍は劣勢に立たされているようです」

  「何や、正和党ってそない大きな組織やったんか?」

  「確かに正和党はここ最近、急激に大きなった組織だが、戦力で言えば蜀軍のそれにはるかに劣るだろう」

  「正和党は飽くまで傭兵集団。一国の軍隊ではありませんしね〜」

  「しかし、その戦力差を逆に利用し、奇襲や攻城兵器をなどを使って蜀各地の拠点を襲う事で、

  ほぼ五分五分の戦況を展開していたようですが、ある時を境に戦況は一変、正和党のが優位に立ち、

  蜀軍は敗走を続け、現在劉備達は首都成都まで下がっているようです」

  「な、何と・・・!愛紗達がいながら、どうしてそのような事態に・・・!?」

  秋蘭の報告に、思った事が言葉が出る春蘭。

  「姉者、その関羽の事なのだが・・・」

  そんな姉を見て、秋蘭は思い立ったように口を挟んだ。

  「ん・・・?」

  春蘭は秋蘭の方に顔を向ける。

  「どうやら、蜀の拠点・麦城にて正和党に討たれたらしい」

  「んなっ!?」

  「何だと!?確かなのか、秋蘭!!」

  秋蘭の言葉が信じられないのか、霞の顔は驚きに変わり、春蘭はその真偽を秋蘭に確かめる。

  「確かだ、姉者。何でも正和党の姜維という者に真正面から斬られたらしい。その後、関羽の姿を見た者は

  いないそうだ」

  「何と・・・、正和党にはそれほどの豪傑がいると言うのか・・・!」

  秋蘭の言葉を聞いてもなお、春蘭は愛紗が討たれたという事実が信じられなかった。そんな姉を余所に、

 秋蘭は話を続ける。

  「それに加え、蜀北部から侵攻してきた五胡、呉から侵入してきた正体不明の集団の対処による戦力の分断、

  加えて軍を脱退する者の続出・・・それらが重なり、蜀の戦力は大幅に削られ、結果蜀軍は劣勢にたたされて

  しまったものかと・・・」

  「泣きっ面に蜂とはまさにこの事ね。桃香も随分と苦労しているようね」

  秋蘭の報告を聞き終えた華琳は、皮肉気味にそう言った。

  「華琳様、ここは我々も救援に・・・!」

  春蘭は華琳に迫る勢いで進言する。

  「あら春蘭、救援に行くってどちらを助けるというの?」

  「勿論、蜀軍を!」

  「駄目よ」

  「な、何故ですか!」

  「春蘭・・・、蜀軍と正和党の戦はあなたが思っている以上に根が深いものなのよ。劣勢だからという

  理由で蜀軍に手を貸すと言うほど、単純ではないの」

  「そ、そうなのか、秋蘭?」

  「うむ、後で説明してやろう」

  「確かに目に余る事態だけれど、所詮は蜀内の問題、救援を求められたのならともかく、私達が好き勝手に

  介入する訳にはいかないわ。それに私達は他人の心配をしていられる余裕も無い事だし・・・。まずは

  そちらを最優先に対処しないといけないわ」

  「は、まずは五胡を叩き斬る!ですよね、華琳様?」

  と、春蘭は華琳の様子をうかがう・・・。そんな彼女の姿を見て、華琳は楽しそうな顔をするのであった。

  「その通り。何が目的なのか・・・、それは私にも分からないけど。私達の国を許可なく素通りするような

  無礼者達をにはそれ相応の報いを与えなくてはいけない、でしょう?」

  そう言って、華琳は王宮にいる彼女達に不敵な笑みで問いかけた。ちょうどそんな時であった。

  「華琳様ぁ!!お待たせしましたでぇ〜〜〜!」

  王宮に一人、真桜が大声を出して入って来た。華琳達は皆、真桜に注目する。

  「真桜!!貴様、この神聖な軍議に遅れて来ておいてなんだその態度!」

  真桜の態度に、春蘭は怒りを露わにする。だが、肝心の真桜は悪びれた様子も無かった。

  「遅かったわね、真桜・・・」

  「いやぁ〜、隊長がちぃ〜とごねるんで、ちぃ〜とばかし」

  「ふふっ・・・、そう♪」

  真桜の話を聞いて、華琳はくすくすと笑う。しかし、春蘭達には何の事がまるで分らなかった。

  「真桜、一刀は?」

  「王宮の外で今か今かと待っとるでぇ〜」

  「そう。なら、入れなさい」

  「はいな〜。隊長、もうええで!華琳様達にその姿をご披露してや〜♪」

  真桜がそう言うと、王宮に一人・・・ゆっくりと照れ臭そうにしながら入って来る。

 その人物に彼女達は釘付けとなる。

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  「ほ、北郷・・・、何だその姿は!?」

  春蘭は一刀の姿を見て、驚きながらも目を丸くして彼の姿を舐め回すように見る。

 この後、秋蘭に見過ぎだと言われる・・・。

  「ほぅ・・・」

  秋蘭は一刀の姿を見て、感嘆の声を出す。

  「おぉ〜・・・」

  風は一刀の姿を見て、呆けた声を出す。

  「成程・・・、これは中々・・・」

  稟は一刀の姿を見て、一人納得する。

  「へぇー・・・」

  桂花は一刀の姿を見て、若干気に喰わなそうな顔をしながらも彼の姿を見ている。

  「めっちゃかっこえぇやん、一刀!」

  「すっごーい!兄ちゃんかっこいい!」

  「お似合いですよ、兄様!」

  「すごくかっこいいのー、隊長!」

  「とてもお似合いです、隊長!」

  「当然やでぇ!ウチが腕によりをかけて作った自信作なんやからな〜!」

  王宮内は、新たな鎧を身に纏った一刀の品評会が繰り広げられていた。皆の視線に恥ずかしさからどうも

 落ち着きがない一刀。それに対して、華琳は王宮の座に座りながらまるで自分の事のように嬉しそうな顔を

 しながら一刀を見ていた。

  「どうかしら、一刀?私が真桜に特注で作らせた鎧は・・・」

  華琳は一刀に尋ねる。一刀はまだ着慣れていないのか、一刀は腰をひねったり、肘を曲げたりと鎧を身に

 纏った自分の体を動かしながら、華琳の問いに答えた。

  「・・・まだ慣れていないせいか、少し着付けがきつい感じがする・・・かな。でもどうして、わざわざ

  俺のために・・・?」

  「戦場に立つ以上、それ相応の恰好というものが必要になる」

  「そのための、これなのか?」

  「えぇ」

  華琳はそれ以上の事は言わなかった。恐らく、華琳は一刀がその異能の力を使ってでも戦わなくてはならない

 理由があるのを知り、その上で彼の身を案じて特注の鎧を作らせたのだと、一刀はおぼろげながらに感じた。

  「真桜、一刀の鎧について説明をしてくれないかしら?」

  「はいな。まぁ・・・、見ての通り、隊長の象徴ともいえる白い上着の下に鎧を身に着ける事で、

  極力隊長らしさを損なわないようにしてみたんや。ちなみに上腕の防具は華琳様のそれとお揃いで

  作ってみたでぇ〜。後、機動性を重視して鎧を軽量化したんやけど、代わりに防御面が弱くなっとるのが

  難点ってところやな」

  「だ、そうよ一刀」

  「つまり無茶はするなと」

  「そう言う事ね」

  「俺は別に無茶はした覚えは・・・」

  「無い?」

  「有ります、はい」

  「・・・さて、一刀の品評会もこの辺にして、行動に移りましょう。皆出撃準備!」

  そして華琳達は軍を率いて急ぎ長安に出現したという五胡の軍勢を追いかけるのであった。

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  「おい、祝融。魏に現れた五胡の軍勢はお前の仕業か?」

  「いいえ、私はそのような指示を出した覚えはありません」

  「覚えが無い?じゃあ、何で魏に現れたんだ!!」

  「勘違いしないで下さい」

  「勘違いだとぉ!」

  「そう勘違い・・・、魏に現れたのは五胡の姿を模した人形。北郷一刀を真実に導こうとする、

  彼等の所業・・・」

  「・・・そうかい、奴か?干吉の仕業か?」

  「彼等の中で、そのような真似が出来るのは彼だけですからね」

  「ちぃっ!南華老仙がいなくなったってのに・・・、まだ邪魔してくるかよ!ふざけんなよ!

  ただでさえ、女渦が余計な事をして孫策達が蜀に来ているってのに!」

  「・・・女渦の件は上手く事が進んでくれたので何ら支障は出ませんでしたが・・・、今回はどうもそうは

  いかないようですね?」

  「ふざけんじゃねぇぞっ!!」

  「どちらに?」

  「俺も成都に行く。折角ここまで順調だってのに、最後で頓挫させられるかって!」

  「脚本家が表舞台に立つのですか?」

  「俺が書いたシナリオを勝手に書き換えようとしている奴がいるんじゃ、脚本家が出しゃばらざるを

  得ないだろ?」

  「・・・そうですか。では、無理をなさらぬように」

  「はいよ!」  

 

  魏領の長安より西、蜀と魏の国境付近を流れる黄河の支流の一つ、渭水の南岸の台地またの名を

 五丈原。正史では三国時代後期、第5次北伐の時、諸葛亮率いる蜀と司馬懿率いる魏が戦った地である。

  五胡の軍勢がこの渭水を渡河する前に、俺達は接敵する事が出来、この五丈原にて両軍が激突した。

 最も春蘭達が五胡に遅れを取るはずも無かったが・・・。そして俺は魏軍本陣にて・・・。

  「なぁ・・・、華琳」

  「何、一刀?」

  俺はふと思いついた疑問を側にいた華琳に話しかけた。

  「いや、俺達が戦っている五胡の目的って何なのかなって思ってさ・・・」

  「そうね・・・、あなたはどう思っているのかしら?」

  華琳に逆に問われる俺・・・、もちろん俺も何も考えていないわけでは無いが・・・。

  「最初は・・・、蜀の北部から侵攻してきている五胡の動きに呼応して・・・とも考えていたけど、

  それにしては少し対応が遅いというか」

  五胡といっても、それが1つの国としてではなく、複数の外国の総称であり、必ずしも涼州の部族連合の

 様に同盟を組んでいるわけではない。だから、次に考えたのは蜀に侵攻している五胡に先を越されまいと、

 別勢力の五胡が動いたのかとも考えたが、わざわざ魏を横切って蜀に侵攻する必要性がない。俺達の警戒網を

 くぐり抜けて、魏領のど真ん中に出現したのだから、そのまま洛陽に軍を進めた方がメリットがあったはず。

 俺達に背を向けて蜀に侵攻する事自体に何のメリットも無い気がした。

  そんな俺の思考を読んでいるかのように、華琳は口を開く。

  「となれば、数多ある利を捨ててでも蜀に入らなくてはいけない理由があるんでしょう」

  「今の蜀にそれだけの価値があるのか?色んな勢力が入り込んでかなり混乱しているのに?」

  話を聞くだけでも、蜀には蜀軍、正和党、五胡、正体不明の武装集団の勢力が集中している群雄割拠の

 縮小版状態、そんな中に割り込んでいってもさらに混乱するだろうに・・・。

  「・・・例えば、私達の目を蜀に向けさせるために・・・とか?」

  「それって、おかしくないか?」

  華琳の言っている意味が分からなかった。五胡がそんな事する必然性は無いだろう。確かに結果的にみれば、

 五胡の動きを知るために、蜀の情勢にも目が向けられてはいたけど・・・。

  「あなたがここに戻って来てから、おかしな事が立て続けに起きたのだもの。もう何が起きても驚きは

  しないわ」

  「順応性の高い事で・・・。仮にそうだとして、向こうの利はどこにある?」

  「そうね、腑に落ちないわね」

  おいおい・・・。自分で言っておいて腑に落ちないとか・・・。

  「腑に落ちないといえば・・・、正和党の反乱も腑に落ちないわね」

  そして話題の切り替えですか・・・。でも、確かにこの件も腑に落ちないのは確かだ。

  「戦況は終息に向かうどころか、どんどん泥沼化している。しかも劉備さん達に劣勢な形で・・・」

  「桃香達の相手は今や正和党だけでなく、五胡に正体不明の集団と増えてしまったのた上に愛紗という

  主戦力の損失、こうも立て続けに起これば彼女達も対応しきれていない、けれど逆に正和党からすれば、

  この状況は好機以外のなにものでもないわ」

  混乱しているって事は隙が出来るって事だ。それは攻めやすい状況を作り事に他ならない。

  「後ろから吹いてくる風に乗らない手はないからなぁ・・・、偶然にしては出来過ぎだけどな」

  とはいえ、この状況あまりにも一方的過ぎる、そこに何か悪意を感じる、というか何というか・・・。

 どれも偶然の類でしかないけど、ここまでタイミング・・・時期が重なって起きているとなると、それは

 もはや偶然じゃなくて必然としか思えない。意図的に劉備達を陥れようとする誰かがそうなるように仕組んで

 いる・・・、そんな気がしてならない。

  「華琳・・・」

  「あなたが言いたい事は分かっているわ。偶然の重なり・・・、そんな言葉で片づけるには、

  この戦い・・・浅はかなものでは無いわ」

  華琳の奴・・・、本当に俺の心を読んでいるんじゃないか?

 とそこに一人の兵士が陣に入って来る。稟がその兵士の話を聞き、その内容を華琳に報告しにきた。

  「華琳様、五胡の軍勢が撤退を開始したようです。既に夏侯惇隊、張遼隊、楽進隊が追撃の準備をしている

  ようです。このまま追撃させますか?」

  「追撃の必要は無いわ。そのまま陣に帰還するよう伝えて頂戴」

  「はっ!」

  稟は報告に来た兵士にその指示を伝える。兵士は俺達に一礼すると急いで陣を出て行った。

  「華琳様、この後は如何なさいますか?」

  桂花が今後の行動について華琳に尋ねると、

  「その事だけど、私は成都に向かう事にしたわ」

  華琳はさらりとそう答えた。

-8ページ-

 

  蜀・・・、北では五胡の侵攻を食い止めるべく、馬超、馬岱、黄忠、公孫讃が奮戦し、南では

 正体不明の武装集団に対処するべく、追撃する孫策達と合流しようとした趙雲、呂布、陳宮は消息を断った・・・。

 そんな中、劉備率いる本隊は主戦力を失い、さらに軍神・関羽が正和党に敗北したという結果は蜀軍内に浸透、

 関羽将軍を倒した連中に自分達が勝てるはずが無いと言った、不安が高まり、軍を抜ける兵士が後を絶たない。

 遂には正和党に寝返る者も現れる始末であった・・・。その結果、蜀軍本隊は敗走を繰り返し成都まで撤退して

 いた。・・・そして、正和党は成都より数里先の広漢の防衛拠点にて成都攻略の態勢を整えていた。

  

  「ここまで来てしまったか・・・」

  拠点の一室・・・、恐らく拠点の一番偉い人間が使うような大きな執務室に廖化が一人、部屋の椅子に腰を

 掛け、執務用の机に両肘を乗せていた一人溜息交じりに呟いた。

  「正直・・・、ここまで戦況をひっくり変わろうとはな」

  最初は自分達の言い分を通すため、逆賊の汚名を着せようとした蜀、そして劉備達に自分達の所業を認め

 させるために反乱を起こした。戦力ではこちらが圧倒的に劣勢であった。奇襲を中心に各拠点を落としてきたが、

 大した戦果とはならなかった。とはいえ、このままでは戦力差に押され、自分達の敗北は火を見るより明らかで

 あった。そうなっては、それこそ逆賊として葬られてしまう・・・。それでは本末転倒だ。

  「一か八かの賭け・・・、樊城に陣を張った関羽を討ち取るという作戦。まさかああも上手くいくとは

  思いもよらなかった」

  形勢を押し返すための関羽を倒す・・・、そのために樊城衆周囲の地形を徹底的に調べ、天侯の流れ、

 防衛拠点に陣を張った関羽隊の数も調べた。その結果からあの水攻めの策を提案した。しかし、この作戦は

 関羽をいかに水攻めを悟られないかが重要な点であった。そのために拠点前に大きく展開し、舌戦、攻城戦と

 注意を背後の河川からこちらに向けさせる。そして関羽は見事、こちらの術中にはまった。水攻めによって

 関羽は部隊の大半を失い、撤退を余儀なくされた。

  そして麦城での撤退戦、関羽一人が自分達の前に立ち塞がり兵達の撤退の時間を稼ぐため、殿を務めた。

 それはあまりにも愚行、たった一人で自分達を相手にする・・・軍神と謳われるばかりに生まれた彼女の過信

 から出た行動。とはいえ、彼女の武はまさに軍神が如く。党員達の一斉攻撃にひるむ事無く、果敢に立ち

 向かって行った。関羽雲長の実力は本物だった・・・、過信するだけのことはある。そんな彼女を倒したのが、

 あの姜維であったのだから驚きだ。

  姜維は幼いながら、その武を開花させ、今では党の主戦力になる程までに成長した。とはいえ、

 あの関羽に致命傷を与えるまでに成長していようとは思ってもいなかった。しかし、一方で不安である。

 あの時、姜維は自分の過去の事を、その怒りの中に混じらせていた・・・。

-9ページ-

 

  俺が姜維と初めて出会ったのは、二年前・・・蜀の八珂村だった。偶然にもその近くを通りかかった俺と俺を

 慕って付いてきた仲間達は山間を赤く染めているのを見つけた。急ぎ、その方向に足を速めると俺達の目に映った

 のは、あまりに悲惨なものであった。小さな村が何処かの軍の残党に襲われ家々が燃え盛っていた、そして地面に

 転がる村人達。残党の人間達の手には金銀財宝・・・とまではいかない金目になりそうなものを持っていた。

 俺は迷う事無く剣を取り、残党共を斬り捨てた。俺達は村の中を駆け回り、村の生き残りを探したが、見つかる

 のは死体のみ。村の人間は皆、奴等の手に・・・と思いかけた時だった。残党の兵士二人に襲われていた少年を

 見つけたのだ。その少年こそ、姜維だった。彼を助け出した俺は腰を抜かしている彼に手を貸そうとしたが、

 それを振り払ってどこかへと走り出すので、俺も急いでその後を追いかけたが姿を見失うが、すぐに彼の居所は

 分かった。少年の叫び声が聞こえたからだ。その声を辿って行き着いた先は、一件の家。その家の中に彼はいた。

 その腕に幼い少女の死体を抱きかかえながら、大粒の涙を流し泣す彼の姿が・・・。その少女が彼の妹で、彼の

 家族も殺されていたのだった。

 

  数刻後、闇夜から太陽の光が射し込み、朝になった事を俺達に教えてくれた。燃え盛っていた火が

 鎮まった頃、俺達は村人の死体を村の中央の地面に埋めて埋葬した。姜維もまた自分の家族を埋めた、

 その手で・・・。その姿に俺達は掛ける言葉が無かった。これからこの少年はどうしていくのだろうか・・・、

 俺はこの時そんな事を考えていた。因みに、残党の兵士達は近くの林の中に埋めておいた。その際に、奴等が

 劉璋軍の人間であった事が分かった。確かあの時期、劉備殿が入蜀して間もない頃だったはず・・・。

  村人達を埋葬した後、俺達はその村を後にした、姜維と共に・・・。

 行く場所を失くした彼は俺達と共に行く事を選んだのだ。俺は彼に生きる術、戦う術を教えた。

 最初は家族と家を失って間もないせいもあり、欝状態に陥っていたが、俺達と触れ合う度に彼本来の元気な姿を

 取り戻していった。だが、その一方で、劉備殿を憎むようにもなった。彼女が入蜀したせいで村は、家族が死んだ

 と・・・、そう思い込む事で彼は自分の中の怒りに対処しようとしたのだ。そしてその思いは今回の戦いでさら

 に大きくなっているのが遠くから見ても分かる。俺はこのまま憎悪に身を任せて戦い続ける彼の姿を想像すると、

 不安で仕方が無い。

  「果たして、このまま・・・成都に向かうべきなのか。それとも現状を考え、彼女達と共闘して外敵と

  戦うべきなのか・・・」

  俺とて、この国の現状を知らない訳では無い、劉備殿達がどのような状況にあるのか・・・。

 しかしそれは俺達にとっては好機である事もまた事実。党内でも、徹底交戦を推す者と、現状を考慮して

 停戦を推す者と二分している。今の所は前者の方で話を進めているが、俺はまだ決断出来ずにいた。

  「あなたが廖化って人かい?」

  「っ!?」

  突然、後ろから声が掛かる。一体いつの間にこの部屋に入って来たのだ。

  「貴様、何者だ」

  俺は取り乱さないよう自分を落ち着かせ、そして背後に立つ男に聞いた。

  「僕の事なんかどうでもいいじゃない?」

  「では、俺に何用だ?」

  俺はそこで質問を変えた。

  「別に僕はあなたに用があるわけじゃないよ。伏義があなたを連れて来てくれって頼まれただけさ」

  「何だと・・・」

  あの男が俺に何の用だと言うのだ。巴郡の一件から姿を現さなくなったあの男が今更・・・。

  「奴は何処にいる?」

  「今からそこに連れていくんだよ?」

  そう言って、男は俺に左手を伸ばしてくる。

-10ページ-

  

  「一体何があったんですか!?」

  「姜維か!奇襲だ、蜀軍が奇襲して来た!!」

  広漢の拠点・・・、そこに陣を張っていた正和党は蜀軍と思われる伏兵に奇襲を受けていた。

 突然拠点前に姿を出したため、対応に遅れた。党員達は急ぎ攻城戦に入る。姜維は他の党員達に混じって、

 城壁の上で伏兵の対処に協力していた。

  「この事を廖化さんは!?」

  「今、別の党員に知らせに向かっている!」

  「分かりました!」

  そう言って、姜維は慣れない手つきで弓を引き、城壁下の兵士達に矢を放った。城壁の上下共に矢の

 撃ち合いが展開される。しかし、数は圧倒的に正和党の方が上であった。伏兵達だけでは相手の虚を突く

 事は出来ても、攻略までは難しい・・・。

  「おい!連中の増援の様子は!?」

  「成都方面から増援が来る様子はまだありません!!」

  「攻城兵器を所持していない所を見ると、この後増援として来るか・・・、もしくは時期を見計らって

  撤退するか・・・、そのどちらかになるが・・・」

  とそこに、一人の党員が息を切らしてやって来る。

  「た、大変だ!廖化さんが・・・、廖化さんが・・・!!」

  「落ち着け!廖化さんが一体どうしたというんだ!」

  「・・・廖化さんが何処にもいないんだ!全部の部屋を探したんだが、何処にもいないんだ!!」

  「何だって!それは本当なんですか!?」

  近くにいた姜維がその党員に確認する。

  「ああ、間違いない!それと、廖化さんの部屋にこれが!!」

  そう言って、党員は手に持っていた二つに折られた紙を姜維に手渡すと、姜維はすぐさまその紙を開く。

 そこには文字が書かれていた。姜維はその内容を読んでいると・・・。

  「おい!蜀軍が撤退していくぞ!!」

  攻城戦に参加していた党員が大声でそう言うと、他の党員達も城壁下を見る。その言葉通り、伏兵の兵士達

 は撤退していく。

  「一体・・・、連中の目的は何だったんだ?」

  伏兵達が撤退していく方向に目をやるが、砂塵は見えない。

  「増援の様子は無い・・・。となると、俺達が成都に行くのを遅らせるためか?それとも・・・」

  「奴等は目的を果たしたんだ・・・。だから撤退した」

  「何を言っている、姜維?」

  突然、姜維が話が分からない事を言い出す。党員は姜維に聞き直す。すると、姜維は手に持っていた紙を

 手渡した。党員はその紙に書かれた内容を見る。

  「奴等の狙いは、俺達じゃなかった・・・。狙いは廖化さん一人だったんだ!!」

  周囲にいた党員達は姜維の言葉に驚く。そして、手紙にはこう書かれていた・・・。

  『廖化は預かりました。返してほしくは成都まで来て下さい。待っています』

  ただそれだけが書かれていた。頭領の無き正和党はその頭領を取り戻すべく、急ぎ成都へと向かった。

-11ページ-

  

  その頃、成都の街。

 つい数日前まで多くの人達で賑わっていたはずが、今ではその面影はなく、戦に巻き込まれまいと街の人間の

 多くは別の土地へと避難し、街には人の姿はほとんどなかった・・・。耳を澄ませば、家々の隙間風が聞こえ

 てくる。今、街の中は蜀軍の兵士が来るべき戦いに備え、闊歩していた・・・。

  そして城内の王宮では、今後の対策を立てるべく、桃香、朱里、鈴々、桔梗、焔耶がいた。なお、桔梗と

 焔耶は成都の留守を任されていた・・・。

  「戦況は・・・、余り芳しくないようですな・・・」

  桔梗は朱里達から現状を聞き、溜息をつきながら答えた。

  「くっ・・・、私が戦場に出ていれば、こんな事には!!」

  握り拳を震わせながら、声を荒げる焔耶。

  「お前がいたって、たいして変わらないのだ」

  その横で口を尖らせて付け加える鈴々。

  「何だとぅっ!!」

  「はわわ!二人とも喧嘩しないで下さいよ〜!」

  鈴々と焔耶が喧嘩しないよう、朱里が間に入って仲裁する。敗走に敗走が重なり、彼女達に余裕が

 ない証拠である。

  「翠ちゃん達の方は・・・まだ戻ってこれないのかな?」

  桃香は別行動を取っている翠達の動向を朱里に尋ねる。

  「まだ五胡の攻勢が緩まないようでして・・・、やっぱり戦力差が響いているんだと思います」

  「そっか・・・、それじゃあ星ちゃん達は・・・?まだ連絡は取れない?」

  朱里は首を横振る。

  「残念ですが・・・」

  「そっか・・・」

  そして俯く桃香。

  「お姉ちゃん、大丈夫なのだ!あの星のことなのだ!きっと、大丈夫なのだ・・・」

  「・・・そうだね」

  鈴々の励ましに桃香は笑って返したが、その笑顔には元気は無かった。まだ愛紗の事を引きずっている

 のがだだ漏れしている。愛紗の生死は未だに確認出来ない事が、その不安は一層強くさせていた。

  「桃香様・・・」

  桃香の身を案じる朱里。

  「うん、大丈夫・・・」

  その朱里の言葉に答える桃香。

 

  『不様だなぁ・・・、劉備!関羽が今のお前の姿を見たら、さぞかし失望するだろうなぁ』

 

  「えっ・・・!!」

  「な、何なのだ!?」

  王宮内に響き渡る聞こえる男の声・・・、その姿を探すべく王宮内にいる桃香達と兵士達は武器を構えて

 周囲を見渡す・・・。

  

  『だが・・・、それが現実だ。所詮貴様はそこまでの器だったと言う事だ。大した器でもないくせに虚勢

  を張るから、人の怒り憎しみを受け止めきれず、器から溢れ出ちまう・・・』

 

  「何処に隠れている!姿を出せぇ!!臆病者が!!」

  焔耶も自慢の大金棒を振り回し、声の主の姿を探す。そして、王宮の一本の柱の陰からぬっと出て来る。

  「・・・そして大事なものさえもだ」

  桃香達はその男の姿を捉える。兵士達は武器の切っ先をその男に向け、牽制するが男は怯える様子も無く、

 何事も無い様に桃香達に飄々と近づいて行く。

  「貴様、何者だっ!!」

  男に名前を聞く焔耶。男はニヤッと笑った。

  「悪いが俺に名前は無い。仲間内では伏義・・・と呼ばれているがな」

  歩みを止めない伏義。そんな彼の行動に耐えかねた焔耶は自分の得物を振り上げようしたが、それを桃香

 に止められる。そして桃香は兵士達より一歩前に出る。

  「伏義さん・・・、あなたはここへ何をしに来たんですか?」

  「何をしに・・・、舞台の進行を早めるためだ」

  「進行を?」

  「早める、だと?」

  「うにゃぁ?」

  「だが、まだ肝心の役者が揃っていない」

  「ぐはぁっ!」

  突然、伏義の背後で男の叫び声が聞こえる。そちらに目を逸らすと、そこには何故か廖化が倒れていた。

  「おっちゃんっ!?」

  「廖化さん、どうしてここに!?」

  彼の姿を見て、鈴々と桃香が反応する。その声に気が付き、廖化が首を上げる。状況が理解出来ないのか、

 その目を大きく見開いて驚きを隠せない。彼の視線は桃香達から伏義の方にずれる。

  「劉備殿、張飛殿。・・・伏義!貴様、何を企んでいる!!」

  廖化の言葉が聞こえていないのか、伏義は顔を後ろに向けない。

  「仕事が早いな、女渦?」

  伏義がそう言った瞬間、さらに後ろから男が突然現れる。

  「仲間想いだからね、僕。君の力になりたくてさぁ♪」

  「ふんッ、お前が言うなよ・・・!」

  「じゃあ伏義・・・僕、忙しいからここで帰るね、ばいばーい♪」

  そう言い残して、女渦は左手で自分の胸を触ると、その姿が一瞬にして消えた。その怪奇現象に、その場に

 居合わせる者達の間に動揺が走る。

  「き、消えたのだ・・・!」

  「奴は妖術でも使ったのか?」

  「妖術・・・か。まぁ、言った所で・・・お前達には到底理解出来ない事さ」

  「はわわ・・・」

  「さて・・・舞台の役者が揃った事だ。そろそろ話を始めるとするか」

  「あの・・・、さっきからあなたの仰っている事が分からないんですが・・・」

  そう桃香が答えると、伏義が面倒臭そうと言いたげな顔をする。

  「茶番だよ・・・」

  「え・・・?」

  伏義の言葉に困惑を隠せない桃香。そんな彼女に気を掛ける事無く話を続ける。

  「お前達は踊っていたのさ」

  「踊っていた・・・とな?」

  困惑する桃香に代わって、桔梗が聞き返す。

  「そう、お前達は俺が作った舞台の上で踊っていたってわけだ・・・!俺が書いた脚本の通りにな・・・」

  「脚・・・本・・・だと?」

  焔耶は伏義の口から出た言葉の中で最も気になった単語を口に出す。

  「お前はおかしいとは思わなかったのか・・・?街一個が焼失する程の大火災!正和党がお前達に喧嘩を

  ふっかけてきた事!関羽の敗北!五胡と謎の武装集団の同時侵攻!これだけ見ても、これらがただの偶然の

  出来事だと・・・、そう思っているわけじゃないだろ?」

  くくく・・・と喉を鳴らして笑う伏義。そんな不真面目な態度が桔梗の癪に障った。

  「聞き捨てられんなぁ。それではまるで、自分がそうなるように仕向けたと、そう言いたいのかのぅ?」

  「あぁ、そうだ。そう言ってるのさ、俺は!」

  桔梗の言葉をそのまま返す伏義。つまり、この男がこの戦いを裏で糸を引き、戦いを起こした張本人

 だと自ら認めた瞬間であった・・・。

  「そんな・・・!そんな事、出来るはずがありません!!」

  「はっ・・・!ありえない?それは貴様の常識での話だろう!?伏龍といえどその知謀ってやつもお前等

  の常識の範疇でのもの・・・。それ以上の事になれば測る事など出来ないってことさ・・・」

  そう言って、伏義は朱里を睨みつける。

  「はわわ・・・」

  その睨みに、朱里は蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう。

  「だが、俺としてもここまで上手く踊ってくれるとは思いもしなかった。序幕である巴郡での一件、

  ここでの結果次第で、最悪脚本を大きく書き換える羽目になるだろうと覚悟していたが・・・」

  「えぇっ!?」

  「何だとっ!?あの一件に貴様が関与していたというのか!」

  桃香と廖化が同時に驚く。そんな二人を声に出して笑う伏義。

  「街に火を付けただけだけどな・・・。後、あの街にいた兵士達を使って混乱するようにした程度だがな」

  「兵士達を使って?どういう事・・・」

  「兵士達に街の人間を襲わせるように仕向けたのさ。それを正和党の連中に目撃させ、兵士を殺させる。

  そして今度はそれを後から来た蜀軍が目撃して、また戦いがおこる。そんで中途半端に終われば、今度は

  互いを犯人だと疑い始める」

  「そんな計画、上手くいくはずがない!!皆が街の人を襲うはずが無い!」

  伏義の言葉を頑なに否定する桃香。しかしその反面、廖化の顔は浮かばない・・・。

  「だが、事実蜀軍の兵士が街の人間を襲っていたのを見た者がいた・・・」

  「そんな事・・・!何かの見間違いです!!」

  先程から否定してばかりの桃香にククッと笑う伏義。

  「見間違い?それを言うなら、馬岱が見たって言う、正和党が兵士達と街の人間を殺していたっていうのも

  見間違いだろう?」

  「え・・・?」

  桃香は廖化から伏義に急いで視線を変える。

  「そしてその見間違いからお前達は正和党が犯人だと断定したんじゃないか?」

  「ですが、そんな行き当たりばったりで一か八かな計画が上手くいくはずは・・・」

  蛇睨みからようやく解放された朱里は伏義の計画に反論するが、伏義はそれがどうしたと言わんばかりの

 顔をする。

  「だが、事実上手く行っただろうが。馬岱と姜維の馬鹿な餓鬼達の活躍で予想以上の良い結果を残してくれた。

  奴等の勘違いのおかげで、お前達は疑心暗鬼に陥った。犯人は向こうだと指し合ってな」

  「そ、そんな事・・・!」

  「無いってか?本当にそうかぁ?微塵も感じなかったのか?一度疑ると、そこから抜け出せなくなる・・・。

  劉備、お前だってひょっとしたらって・・・、思ったりしていたんじゃないか?」

  「うぅっ・・・」

  言葉を失う桃香・・・。伏義の言葉を否定できない自分がそこにいるからである。

  「あの一件で・・・蜀、正和党の間に疑心暗鬼が芽生えた・・・。後もうひと押しをすれば、それは戦いと

  いう花を咲かせる事が出来る程までに」

  「でも、それじゃあ・・・私が送った書状が正和党の人達を怒らせたって言うの?」

  「その書状って・・・、これの事かい、劉備?」

  そう言って、伏義はどこから取り出したのか・・・、竹簡を朱里の前に投げ捨てる。朱里はその竹簡を

 拾い上げると、その中身を確認しようと広げる。そして中身を見た朱里の顔色が青ざめる。

  「こ、この書状は・・・!?どうしてあなたがこれを持っているのですか?」

  その竹簡は桃香が廖化宛てに書いた書状であった。それを何故この男が持っているのか朱里はそれが理解

 出来なかった・・・。

  「どうしても何も、お前が俺に渡したからだろうが?」

  「っ!?私はあなたに渡した覚えはありません!!私が渡した人は・・・」

  「こんな顔の奴か?」

  そう言いながら、伏義は自分の顔を手で隠す。そして手を顔から離すと、そこには伏義でない、別の顔があった。

 その顔を見て、朱里は驚愕する、彼女が竹簡を渡した人物の顔がそこにあったのだから。

  「そ、その顔は!?」

  「つまりお前が渡した相手はこの俺だという事さ・・・」

  そして再び伏義の顔に戻る。

  「ど、どういう事ですか!?」

  「どういう事もなにも・・・そう言う事だ。この顔に変えた俺がお前から書状を承った、そして別の書状と

  すり替えてそれを廖化に渡したって、そんな単純な話って事だ」

  「・・・・・・」

  自分の知らない所でそんな事になっていようとは朱里も予想外であった。すり替えられた竹簡の内容は

 分からないが、少なくともその竹簡が廖化達の怒りを買った事は容易に分かった。

  「それを見たこいつは大激怒ってわけだ」

  伏義の言葉に廖化は歯軋りを立て、睨みつける。

  「つまり、俺は・・・、貴様の思惑通りに動かされたと言う事か!?」

  「今更気付いたのか?俺がお前に近づいたのは、全てはお前等が戦い合うように仕向けるだったのさ!

  そしてお前は俺の言葉に惑わされ・・・、そして蜀に宣戦布告なんてしやがった!!」

  「ぐぅっ・・!」

  「可笑しいよなぁ、廖化。所詮はお前も俺の言葉に踊らされていたんだからなぁっ!

  あっはははははははははっはははははははははッ!!!」

  「・・・・・・っ」

  伏義の言葉に返す言葉も無い廖化。

  「廖化さん・・・」

  項垂れる廖化を見て、言葉を投げかけようとするもその言葉が見つからない桃香。

  「お前達が戦いをおっぱじめた後も、俺は裏で色々と手を加えてやった。麦城の連中を血祭りに上げたり、

  その後時期を見計らって五胡だの何だのを侵攻させたりと・・・」

  「それもあなたが・・・!」

  「さっきからそう言ってんだろうが。話ちゃんと聞いていたのか・・・?そして今・・・、正和党は頭領

  を奪還するために、ここに向かって来ている。そして怒りに狂った奴等とお前達は殺し合うんだ!!!

  この成都の街の中で!!そしてお前達は終わる事の無い、血で血を洗う戦いに身を委ねる!!これが、俺が

  書いた脚本の結末だぁッ!!」

  伏義は上半身をのけ反らせながら大笑いする。まるで全てを成功させ、勝ち誇るかのように・・・。

  「何処までふざけた男だ!!」

  「そうよのぅ!そして、わしらはこのふざけた男に踊らされていたというか・・・」

  「だったら、もう鈴々たちはおどらないのだ!!」

  「もう遅いんだよ!お前等はもう舞台から降りる事は出来ない!死ぬまで踊り続けるしかないんだよ!」

  「そんなこと無いのだ!皆に本当のことを教えれば、戦いは終わるのだ!!」

  「果たしてそう上手くいくかな?」

  「鈴々たちが上手くいかせるのだ!おっちゃん!!」

  伏義に食い下がる態度を示す鈴々。鈴々は伏義の横をすり抜け、廖化の傍に駆け寄る。

  「張飛殿・・・っ!」

  「こんな奴に好き勝手言われていいのかなのだ!こいつの言った通りになっていいのかなのだ!」

  「・・・・・・」

  「こんな戦い、しちゃいけなかったのだ!この事を正和党の人たちにも教えてやるのだ!」

  「・・・そうですな!」

  鈴々の言葉に動かされる廖化。

  「おいおい・・・、それを俺が黙っていると思っているのか?」

  そこに伏義が割って入って来る。そしてその手には鋭利な刃先をもった鉈が握られていた。鈴々は自分の得物、

 八丈蛇矛を構え、庇うように廖化の前に立ち塞がる。

  「黙らせるのだ・・・、鈴々たちがお前を黙らせるのだ!!」

  ブゥオンッ!!!

  八丈蛇矛を伏義に振り下ろす。が、その一撃は伏義が後ろに下がる事で避けられてしまう。

  「てえぇええいっ!!」

  「でやぁあああっ!!」

  焔耶と桔梗が伏義の背後から攻撃を仕掛ける。

  ブぉウンッ!!!

  ゴゥウンッ!!!

  二人の放った一撃は床の石畳を破壊する。

  「おいおい・・・、後ろから攻撃するなんて、義を重んじる人間のすることか?」

  砕け散った石畳の破片を踏みつけ、伏義は鉈を手の中でくるくると器用に回す。

  「今なのだ!おっちゃん行くのだ!」

  「うむ!」

  鈴々は廖化を連れて、王宮を急いで出て行く。

  「桔梗様!こ奴の相手は自分がします!!鈴々一人では心許ない!」

  「うむ!では任せるぞ!焔耶!!桃香様をしっかりと守るのだぞ!」

  そう言い残し、桔梗は鈴々達の後を追いかけて行った。

  「どうやら貴様の狂言もこれで終幕の様だな!」

  大金棒を構え直す焔耶。伏義の周囲はすでに兵士達に取り囲まれていた。

  「・・・・・・。くくッ・・・、くはははは・・・、あははははははははっははははは・・・!!!」

  絶体絶命の中・・・、伏義は腹を抱えて笑い始める。そんな彼の姿に兵士達は困惑する。

  「貴様・・・、何が可笑しいっ!!」

  「くくく・・・、そりゃおかしいさ・・・。お前等が勝ったつもりでいるんだからなぁ!」

  「まだそんな戯言を・・・!貴様はどうやら今自分が置かれている状況が分かっていないようだな!」

  「何言ってやがる・・・、分かっていないのはお前達の方さ」

  「どういう事だ・・・?」

  「どうして俺がわざわざ自分からネタばらしをしたと思っている?親切心からでた行動だとでも思っているのかよ?」

  「・・・しまった!?」

  伏義の言葉の意味に気が付いたのか、朱里ははっとする。

  「朱里ちゃん!?」 

  「はッ!!気が付くのが少し遅すぎたな!!」

-12ページ-

  

  一方・・・成都の街。

 そこに正和党の軍勢が押し迫って来ていた。彼等は自分達の頭領を取り戻すべくやって来たのだ。

  「城門が開いている!!」

  「良し!そのまま街に入るぞ!!進めぇえええっ!!!」

  「「「応ぉぉぉおおおおおおおおおっっっ!!!」」」

  正和党の軍勢が城門を突破しようとしているにもかかわらず、城壁では何ら動きが無い。そもそも兵士の

 姿が見えないのだ。何故なら、既に城壁の兵士達は屍と化していたのだから・・・。何ら抵抗も無く、城門を

 突破していく正和党の党員達・・・。あっさりと抜け過ぎて、逆に不信になる者も少なくなかった。

  「・・・!全軍、停止!!停止ーーー!!!」

  前を走っていた党員が全軍に向けて停止命令を出す。停止命令は人を伝って最後列まで伝わる。

  「あ、あれは・・・!廖化さんだ!」

  前方を走っていた姜維が前方に乗馬する廖化の姿を捉えた。そして彼の後ろには蜀軍の将二人と大勢の

 兵士達がいた。廖化は一人馬に乗って、正和党の方に近づいて行く。

  「廖化さん!無事だったんですか!?」

  「ああ・・・、皆には心配をかけたな・・・」

  「でも・・・これは一体?何が起きているんですか?」

  「その事なのだが・・・、我々は・・・」

  ビュンッ!!!

  「・・・っ!?」

  急に喋るのを止め、廖化は馬から落ちる。姜維と党員達は落馬した廖化の傍に駆け寄る。

  「廖化さん!どうしたんですか!?・・・こ、これはっ!」

  姜維は廖化の背中に一本の矢だ刺さっているのに気が付く。

  「おのれ!蜀軍!!!卑劣な真似をっ!!」

  近くにいた一人の党員が、怒りの表情で前方の蜀軍を睨みつける。それに釣られるかのように、

 他の党員達も廖化の言葉で鎮まったはずの怒りを再び露わにする。彼等にはもはや迷いは無かった。

 蜀軍は自分達の敵、卑劣にも後ろから廖化を撃った、と・・・。

  「お前達は・・・、お前達はっ!!こんな時まで、自分の身が大事なのかよ!!!」

  その怒りは姜維にも伝播していた。あの時の記憶が彼の脳裏を過る。全てを奪われたあの日の記憶を・・・。

  「誰だ!今、矢を撃った愚か者は!?」

  桔梗は声を荒げながら、廖化を撃った人間を軍内から探し出す。が、兵士達は困惑するだけで、

 名乗り出る者は現れなかった。

  「桔梗、まずいのだ!!正和党の人達が物凄い怖い顔でこっちを睨んでいるのだ!」

  鈴々は正和党の党員達の様子を後ろを振り返っている桔梗に慌てて言う。

  「自分達の頭領を後ろから撃たれたのだ!!それは至極当然の事だ!桃香様を後ろから撃った者を

  お前は許せるか、鈴々?」

  「許せるわけないのだ!!」

  何を当たり前の事を言わんばかりに答える鈴々。

  「そう言う事だ」

  「あ・・・」

  そして桔梗に諭される鈴々。だが、それが分かったとしてももうどうする事も出来ない状態になっていた。

  「全軍、突撃ぃいいいいいいいいいっ!!!」

  誰が言ったのか、いやそんな事は彼等には関係なかった。その誰かが言った言葉に呼応するように、

 正和党の党員達は武器を手に取り、鈴々、桔梗達率いる蜀軍へと突撃していく。

  「ま、待て・・・、ち、ちが・・・違うのだ・・・」

  もはや廖化の言葉すらも彼等に届かず、蜀軍と正和党の戦いは今、最悪の方向へと進んでいた・・・。

-13ページ-

 

  ザシュッ!!!ザシュッ!!!ザシュッ!!!

  王宮内に風が吹く・・・。否、それは風では無かった。

 伏義を囲んでいた兵士達はその風が吹き抜けた途端、血を流しながらその場に崩れ去る。

 兵士達はすでに命が絶たれていた・・・。

  「なっ・・・!」

  焔耶の目には何も映らなかったのだ。今の目の前で何が起きたのかが、理解出来なかった。

 唯一理解出来たことは、囲まれていた伏義の手に握れらていた鉈が血で濡れていると言う事だ。

  「俺を追い詰めたと思っていた様だが、それは逆だ・・・。追い詰められているのはお前達の方だ」

  「・・・した」

  「あ?」

  小声で聞き取れなかったので、伏義は焔耶に聞き直す。

  「何をしたのだと聞いているのだーーーっ!!」

  今度は怒声を出して答える焔耶。伏義はそんな彼女を見ても動じる事無く、むしろ呆れた風に顔を

 手で覆い隠した。

  「はぁ・・・、何を言うかと思えば・・・。周りにいた連中を殺しただけだってのに・・・。

  何をそんなにむきになっているのだか・・・」

  「き、貴様ぁあああっ!!!」

  そんな態度に、焔耶は怒りを露わにし、怒りの一撃を伏義に放とうとした瞬間、伏義の頭が上がる。

  「と、桃香様・・・!?」

  それを見た焔耶の動きが止まる。自分の目の前にどういうわけか、桃香がいるのだ。焔耶は状況が

 理解できず、堪らず思考が停止してしまった。そして焔耶の左首筋に伸びた右手。その手には伏義が

 持っていた片手用の鉈が握られ、その刃は焔耶の首筋に当てられていた。

  「馬鹿が・・・」

  桃香の顔が豹変する、普段では有りえない笑顔・・・、あの桃香がこんな顔をするのかという毒々しい

 笑顔・・・。ゆっくりと右手が引かれる。そして、焔耶の左首すじに鉈の刃でついた一文字の傷・・・、

 その傷はみるみると広がり、赤くに滲んできたと思った瞬間、綺麗な弧を描いておびただしい鮮血が飛び出した。

  「なっ・・・・・・!」

  目の前にいるのが桃香でない事に気付いたのは、桃香の顔が豹変した時であった。だが、何故桃香の顔が

 自分の目の前にあるのか、それが今だ理解出来なかった。振り上げられた大金棒は彼女の手から離れ、その

 先端は石畳を砕いて、突き刺さる。その持ち主である焔耶は、足元から崩れさるようにその場に倒れた。

 その首筋から飛び出す鮮血はその勢いは衰える事無く、王宮の床を赤く染め広げていった。

  「焔耶さ・・・!」

  「焔耶ちゃん!!」

  朱里が彼女の名を叫ぶより先に、桃香が彼女の名を叫びながら、側に駆け寄っていく。血の池の中で

 倒れる焔耶、桃香は広がる血など気に留める事無く、焔耶の横にしゃがみ、焔耶の背中を揺する。

 まだ意識があるのだろう、虚ろな目で桃香を見ていた。

  「と・・・う、・・・か・・・さま・・・」

  かすれた声で桃香の名前を言う焔耶。

  「焔耶ちゃ・・・、あぐっ!?」

  まだ焔耶に意識があった事に安著した桃香だったが、そこで伏義の手が桃香の前髪を乱暴に掴んだ。

 乱暴に掴まれた桃香は痛みに顔を歪める。

  「まだ終わりじゃねえぜ。・・・折角だ、舞台のクライマックスを特等席で見せてやる」

  「いや・・・!いやぁ!!離して・・・、離してぇ!!!」

  桃香の前髪を掴みながら、伏義はそのまま中腰の桃香を展望台へと引きずっていく。焔耶の血で濡れた

 桃香の足跡がひきずった跡として残る。前髪を乱暴に引っ張られる痛みからか、桃香は両手でその手を掴み、

 握られた手を開こうとするが、彼女の握力では到底無理な事、泣き叫ぶ事しか出来なかった。

  「とう・・・、か・・・さ・・・」

  朦朧とする意識の中、焔耶は泣き叫ぶ桃香を見送る事しか出来なかった・・・。

 そして街の全景を見渡せる展望台・・・。伏義は引きずっていた桃香を前方へと放り投げる。

  「きゃあっ・・・!」

  放り投げられた桃香は展望台の手すりに背中からぶつかる。整えられていた前髪は伏義が乱暴に掴んだ

 せいでくしゃくしゃになっていた。ぶつかった衝撃に苦痛に顔を歪めていた桃香の耳に色々な雑音が入って来る。

 人の叫び声、金属音、肉を切る音・・・。桃香は手すりの隙間から街の様子をうかがう。彼女の目に映った光景

 は、彼女が望んでいなかったもの・・・、戦いはすでに始まっていたのだ・・・。蜀軍と正和党が成都の街で

 殺し合い、街に残っていた住民達は逃げ惑う。桃香にとって、まさに悪夢以外の何物でもなかった。夢である

 ならば今すぐに目覚めて欲しい・・・、だがこれは紛れもない現実であった。

  「うぅっ・・・!」

  その光景から背く様に、桃香は目を閉じる。が、伏義はそんな事を許すはずが無かった。

  「おらッ、何目ぇ背けてんだ?ちゃんと見ろってんだよ!」

  「ぐぅっ・・・!」

  伏義の両手は桃香の顔を横から掴み、無理やりその閉じた瞼を開かせ、再び地獄絵図を見せつける。

  「いや・・・、いやぁぁあああ!!やめて・・・、やめてええええええええええええええええ!!!」

  桃香の目から涙を零す。そんな桃香を見下ろす伏義は逆に笑いを零す。

  「はっははははははははッ!!!泣け泣けぇ!!そして自分を恨め!何もできない、ただ見ている

  しかない愚かな自分をぉッ!!あっははははははははは・・・、はっははははははははッはははッ!!!」

  桃香の叫びが成都中に響き渡る・・・。だが、その叫びに誰一人気付かなかった。彼女の言葉に耳を傾け

  ようとする人間は、もはやここにはいなかった。そんな惨めな桃香を見て、伏義は笑う事を止めない。

  もう何もかもがこの男の思惑通りに進んでしまったのだった・・・。

 

  この悲劇と喜劇は、もう誰にも止められない・・・。

-14ページ-

 

  「・・・ッ!?」

  伏義の顔面に足が食い込む、真正面から堂々と。伏義の視線は目の前の自分の顔に

 全体重を乗せた蹴りを放つ人物に注がれていた・・・。

  「・・・!」

  「ほ、北郷ぉ・・・!」

  伏義はその人物の名を呼ぶ、と同時に勢いよく、後ろへと吹き飛んでいく。その体はまるで水面を跳ね返る石の

 ように地面に何度もぶつかり、何度も跳ね返る。そして後ろの壁に激突。壁は激突した衝撃で破壊される。

 伏義はその崩れた壁の下敷きになり、伏義を蹴り飛ばした一刀は桃香の前に身を屈めて、着地する。

 そしてゆっくりと立ち上がりながら・・・。

  「伏義・・・、お前に・・・、これ以上好き勝手な事はさせない。悲劇と喜劇は・・・これで終幕だ!!」

  一刀は怒りにその顔を染め上げていた。温厚な彼に似つかわしくない、怒りの表情がそこにあった・・・。

説明
 こんばんわ、アンドレカンドレです。

 正和党編もここでようやく佳境に入る章。お話が一気に加速しますので、注意して下さい。

 この章で一番の見どころは、やはり最後のシーンだと思います。このシーンはこの話を書き始めた時からずっと考えていて、挿絵も早い段階で描いてました。この続きが気になるどんでん返しの展開は熱い少年雑誌的なものを感じたりします。一刀君、カッコよすぎだよ・・・。
 
 今回はさほど修正はありません。挿し絵は一部を綺麗に修正、一刀君の立ち絵は改訂前と殆どそのままです。
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コメント
主人公補正による救出イベントですね。(永遠の二等兵)
一刀と伏義の絵、ズームの一刀の顔がすごく怒り狂っている感じが以前に増して非常に伝わってきました!伏義の顔も足が深くめり込んでいる感じが増しているし、驚いた表情の感じも非常に増して伝わってきます!それに蹴りの威力も強く見えます!(スターダスト)
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