堕落_エピローグ:唯一の矛盾
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「・・・・・・。」

 亜麻はベットの上で目覚めると、ぼんやりと天井を見つめる。そこには、白一色で統一された壁が、まるでそこだけぽっかり空間が引き裂かれたようにも見える。

 ぼーーっとしていては何も始まらないので、亜麻はとりあえずベットから出て冷蔵庫へと向かう。だんだんと頭が覚醒し、自分が何をするべきかなのかを理解してくる。

「・・・・・・げ。」

 今日は平日。当然亜麻は出勤の日である。

 10月9日。なんでもないカレンダーがそこに記されていた。

 ふと壁にかかる時計に視線を向ける。

「・・・・・・。」

 そして視線を戻した。

 ・・・・・・この世界は、堕落している。

 その考えは今でも変わらない。いや、今の状況からすればそれは以前よりも強く心に刻まれているのかもしれない。

 ともかく、急いでも大遅刻には変わりないので亜麻はもそもそと布団から這い出るとシャワーを浴びて軽く化粧をしてから家を出た。

 そこには10月だというのに太陽が嘲笑うかのように亜麻の身体を蒸す。

「・・・・・・。」

 とりあえず、やっぱり亜麻はこの世界が嫌いだった。

 こんな粗末な亜麻だが、せめて戸締りぐらいはする。うんざりしながら鍵を刺す。すると、そんな最低な自分を呼ぶ人間が現れた。

「亜麻さん。一緒に登校しましょう。」

 それは亜麻がこの世界に感情を抱いた始めての少年。その少年は昔、亜麻の胸を鋭利で抉った経歴もある。

「・・・・・・不良学生。」

 ならば当然、文句のひとつも言いたくなる。

 けれど少年は笑顔を向ける。この世界を救ったヒーローである彼女に文句を言うなんてとんでもない愚か者だ。

「それでもいいです。」

 亜麻はため息を漏らして歩き始める。

 そこには、当然のように隣に少年がくっついてくる。

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「・・・・・・暑い。」

 掴まれたというより固定されたに近い腕の拘束に、ショウの体ごと引き離す。

「えへへ。」

「・・・・・・。」

 何を照れているのかも理解できないが、とりあえず目の前にいる子供は上機嫌らしい。「・・・・・・。」

 それから二人は無言で歩く。

 片や不機嫌さと諦めを胸に。

 片や今の幸せと希望を胸に。

 15分ほど経ち、やがて駅が見えた。隣を振り向く。そこにはまだ嬉しそうに少年が尻尾を振って着いてきている。

「・・・・・・ショウ君。いい加減付いて来ないで。」

「亜麻さん。今から公園行きませんか?」

「・・・・・・。」

「あ、ジュース代ぐらいなら出しますよ。それともやっぱりビールですか?」

 何が悲しくて出勤前に仕事を放棄してまでアルコールを求めなければならないのだろうか?

「いいじゃない。今日はこの世界の新たな支配者の記念日ですから。」

「――――――。」

 その言葉は目の前にいるショウではなく、背後から聞こえた女性の声。

 そこに、金髪の髪を靡かせる過去の自分がいた。

「オミャリジャ・・・・・・っ!」

「・・・・・・。」

 敵意を向けるショウとは対照的に、亜麻は冷ややかに訪れた人物を見下す。

 もうあの時のような憎悪は沸いてこない。

「アエリヒョウ。今日は亜麻さんに感謝の言葉を送りにきただけよ。そう睨まれては怖くて動けないわ。」

 黄金の彼女は、髪を掻き分けながら優雅に語る。

「感謝の言葉だと・・・・・・!そんなもの、僕がいるからいいんだよ。僕が亜麻さんを幸せにしてあげることが、お前の呪縛から開放してもらったことの最高の恩返しだから。」

 ・・・・・・この子、すごい被害妄想。

「・・・・・・はあ。」

 何も言う気がせず、思わず大きなため息が出た。

 この二人は、何か大きな勘違いをしているらしい。

 二人を見つめると、そこには本当に仲の悪い兄弟のように睨み合っている姿があった。まあ、元々二人は本当に兄弟なのだが。

「オミャリジャ。ショウ。勘違いしないように私の気持ちを教えてあげるわ。」

 二人の視線が亜麻に注がれる。その当事者の亜麻は、宣言したにも関わらず、二人に背を向けると駅のホームに足を出した。

「こんな堕落した世界、私が認めるはずがないでしょ。」

「・・・・・・え?」

 それはショウの声なのかオミャリジャの声なのかは判らないまま、人ごみの雑音でいつのまにかかき消された。

「・・・・・・さて、今日から稼ごう。」

 その後に待っているのはアルコールに溺れた堕落した生活。

 そう。

 こんな下らない世界を、亜麻が容認するはずなどないのだ。

 人がまばらな日中。電車に揺られながらため息を漏らした。

 ・・・・・・ま、今更後悔しても遅いしね。

 ならば何故この世界は未だ保持されているのか?

(・・・・・・いつまでも駄々捏ねてる年齢じゃないしね。)

 窓の外を見る。

 そこにはお世辞にも綺麗とは言えないビルが大中様々な大きさで亜麻の視界に飛び込んできた。

 それに呆れ、ゆっくりと目を瞑る。

 

 それは、諦めという言葉が希望であると理解した瞬間であった――――――。

 

 

〜エピローグEND

 

-3ページ-

 パッチリとした瞳に、黒い髪を靡かせながら彼女はデパートの屋上にいた。平日の昼下がりだというのに、この女性はただそこから見える人で埋め尽くされた景色をただ眺めていた。

「・・・・・・。」

 何をするわけでもなく、ただ街を見下ろす。何かを待っていると捉えるだろうが、そうではない。そこで景色を見渡すことが、彼女にとって絶対の意味を持っているのだ。

「・・・・・・確かに、あれは我であった。」

 そうでなければ、あんなふざけた発言などするはずがない。

「――――――フ。」

 それが的を射てるのであれば、なおさら気に食わない。

 ゴギヌは今までの自分を冷笑するように目を瞑る。

 

-4ページ-

 あの時、ゴギヌと瓜二つの外見である亜麻は言い放った。

「なら、ここは多数決でしょ。」

 その答えに、この物語にピリオドが打たれたと確信した。

 欲望の女神と恐れられた彼女は、その名称とは間逆。欲しい物などなにもない空っぽな神であった。

 どんな大切な宝物も、大切な人の命も、そこらに転がる石ころも、さらには己の命さえも。ゴギヌの前ではすべては無価値だった。

 だが、オミャリジャだけは違った。

 もし、自分が何かに興味を示せていたら。

 その願望が、構成の女神オミャリジャであった。

 彼女は自分で、自分は彼女。

 ・・・・・・考えてみれば、これまでの果てしない時間。ゴギヌは一つだけ欲しいものがあったのだ。

 

 ―――それが、答え―――

 

 意思を持たないゴギヌは、次に生まれ変わるオミャリジャが輝かしく見えた。同じ魂であり、同じ親を持つ二人は、完璧なる相対であった。

 だから待った。

 千年。

 二千年。

 永久に続く時間をひたすら待った。

 そしてその答えが来たというのに、目の前にいる最後の自分はうんざりしながらこう言ったのだ。

「それじゃ、多数決によって保留ね。」

「・・・・・・?」

 言葉の意味が、理解できなかった。

 この世界を崩壊させたい自分。この世界を心から愛しているオミャリジャ。ここまででイーブン。なら、この堕落している世界に気づいていた遠い未来の自分の答えは決定する。

「・・・・・・貴殿は本当に、この世界を維持させるのか?」

 そこにゴギヌの意思はない。ただ、自分という人間、もとい神の3/2がこの世界を保持したいというのならば、それに従うしかあるまい。

 ここで単独で判断を決断しては、それこそ遠い未来で自分が後悔することになる。

「そうするしかなさそうね。・・・・・・本当、こんな世界、今すぐにでも崩壊すればいいのに。」「・・・・・・?」

 意味が分からない。

 亜麻が世界を拒むのなら、そう志願すればよい。だが、彼女はこの世界を憎んでいるにも関わらず、世界の命運の保留を求めている。

「・・・・・・どういうつもりだ?」

 既に二人以外の人間は無と化したこの世界。それでもまだこの空間に残っているのはゴギヌの力と二人の意思の強さであろう。

「それはこっちの台詞よ。・・・・・・貴女はまだこの世界の醜さを判っていない。」

 その答えにむっとなってゴギヌは反論する。

「何を口走る。我は数千年という時間を用いてこの世界を眺め続けた。故に・・・・・・、」

「故にこの世界を崩壊させる?・・・・・・ふふっ、おかしい。あ〜、今始めて知った。私って笑えたんだ。」

「・・・・・・。」

 ゴギヌが押し黙ると、亜麻はため息を漏らしながらしぶしぶ言う。

「その数千年。しかし、たったの数千年。貴女はそれだけの膨大な時間を使ってもまだ自我が作れていない。」

「・・・・・・つまり、オミャリジャは世界を愛し、貴殿は世界を憎む。最後の我は、」

「そう。貴女はまだ答えを出し切れていないわ。」

「・・・・・・。」

 答えを出し切れていない。

 そんなこと、当の昔に気づいている。

 だが、オミャリジャも亜麻もゴギヌである。ならばここで自我というどうでもいい要素は亜麻とオミャリジャに任せることで、ゴギヌの自我という概念は成立していることになるのではなかろうか?

「・・・・・・本来、私がどの時代でどんな経験を積もうとも、確立した信念があればそもそもこんな結末にはならない。しかし、私は私が理解できず、あろうことか私とは両極端な思考を持ってしまった。」

 つまり、保留というのはこの世界の継続ではなく、

「そう。欲望の女神であり、一番初めの私。ピリオドを打つのには、貴女が相応しいわ。」

 そういうこと。

 幾度となく考え、見守り、その全てに興味を抱けなかった数千年。

 それらの集大成。

 それは、未だ訪れない自我であった。

「ならば、我に自我が生まれるその日まで――――――我に答えを考え続けろ、と?」

 時の流れを待ち、

 答えが出ずに待ち続け、

 ついに変化が見られなくなり独断できっかけを作り、

 それでもまだ答えられない。

「当然でしょ。……まあ、所詮貴女の来世はオミャリジャなんだから、世界を残すって言うと思うけど、それでも貴女が決めるべきことだと思う。」

 保留。

 それは再び時間の牢獄に閉じ込められることになるが、

 ・・・・・・考えてみれば、それも仕方がない。それだけの時間を用いて欲しいモノや理想像の一つも描けられない愚か者は、確かにそれだけの罪を背負うのも当然であろう。

「・・・・・・もし我がこの世界を今この場で破壊すると言ったら?」

 その問いに、亜麻は嬉しそうに答えた。

「大歓迎よ。でも、それはオミャリジャの前世である貴女には無理よ。でも、それでもこの世界を崩壊無に還すというパラドックスを造ってくれるなら、私はもう大歓迎よ。」

 不適に微笑む自分は、まるで我が子を見守る母親のような温かみがあった。

 それに、ゴギヌは感謝するしかないだろう。

「幸田亜麻。未来に生きながら我と同じ時間を平行するモノよ。」

 もはや身体が所々歪んでいる亜麻が過去の自分を直視する。

「礼を言おう。」

 その答えに亜麻は一気に表情を曇らせ、ゴギヌを下らなそうに見下すと、一言。

「ふん」

 不機嫌で、失望した瞳。そんな彼女だが、ゴギヌの自我が芽生えるまでこの茶番劇に付き合ってくれる優しさに心から感謝した。

 ゴギヌは両手を広げ、空間を掴む。

 そして、一つの世界が崩壊し、

 

 ――――――構成された。

-5ページ-

 

 つまるところ、そういう話。

 これは世界(物語)の内容も判らないで結果(オチ)を求める、ただの愚考なだけのストーリー。

「・・・・・・ああ、なるほど。」

 矛盾に気づく。

 それは残念ながらゴギヌという人間のことではなく、我らが母が記した聖書の内容。

闇の時代。

 これはまだ統べてが無で統一された混沌。そこから我らの両親が生を授かる。

ダギダトロンの時代。

 我の父であるダギダトロンが世界を制覇した。・・・が、父は無力故に命を落とす。

 そう。ここまではただの事実に過ぎない。矛盾が含まれるのは次の時代からだ。

 

 オミャリジャの時代。

 ゴギヌの時代。

 アショウマの時代。

 

 この三つの時代。

 オミャリジャが世界を構成し続ける限り、ゴギヌがこの世界を不要と断言できたのなら世界は再び無に還るだろう。

 だから次の時代であるアショウマという未だ知らぬ世界。

 それは絶対に来るはずはないのに聖書に記された矛盾。

 だが、それは誤植でも矛盾でも何でもなかった。

「亜麻はショウの能力を使ってこの世界を繋ぎとめた。」

 すなわち、それはショウの願望をアマが包み込んだということになる。 

 その名を、母であるラヌンアルはアショウマと名づけた。

 ならば、ここに矛盾は消え去る。

 今。この時代はオミャリジャの支配であり、ゴギヌの支配であり、アショウマの支配でもある。

 このまま答えが出ないのであれば、この世界は今度こそ永久にループし続ける。だが、もしゴギヌに答えを見出せれば、その瞬間に世界は崩れ去る。

「・・・・・・。」

 我は確信した。

 あとどれだけの時間が流れようと、それは確実に変化している。

 ならば、ゴギヌにもいつかこの世界の意味を見出せる日が必ず来る。

「・・・・・・そうだな。」

 人間と触れ合うのもいいかもしれない。それで何か考え方が変わるというのであれば、アエリヒョウみたいに自らの足を運ぶのも悪くないと思う。

 

 ゴギヌはデパートの屋上で空を仰ぐ。

 ―――そこに、意味を見出すために。

 もう夕方になったオレンジ色の夕日が一日の終わりを告げ、そして新たなストーリーの幕開けを演出していた。

説明
諦めは、一つの希望とも捉えられるーーー
前へ→最終章『世界の選択』:http://www.tinami.com/view/138859
最初→プロローグ『リアル』:http://www.tinami.com/view/121970
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