二重想 第一章 参
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また、夢を見ていた。

いや、夢というよりも、もっと、そう幻想世界。そんな言葉がぴったりな、空間を見ていた。

ピンクの靄が掛かった、掴みどころの無い世界。平面のようで、実は三次元で………。そしてそこにはまた、彼女が立っていた。長い黒髪の、優しそうに笑う女性。今度の私は、彼女の名前を知っていた。

霧下耀子。……それが彼女の名前だ。だが、出てくるのは名前だけで、他のことは基礎知識ほどのことも、覚えていなかった。

彼女との出会い、彼女の趣味、彼女の好物、彼女の性格、そして、彼女と共有していたはずの全ての時間……。何一つ覚えて……いや、そういうわけでもない。彼女のことに関して一つだけ覚えていることがある。……もう彼女は、現実世界に存在していないということだ。

……彼女は死んだんだ。

死という概念が漠然と私の心内に広がっていくと同時に、矛盾を覚える。彼女はどうしてここにいるのかと……。

「それは、あなたが、望んでいるから」

目の前の彼女は不意に、私の心を読んだかのように話し掛けてきた。

「かのように、じゃなくて、その通り。だって、ここはあなたの意識が作り出した空間。いわばあなたの心の中なんだから」

また私の心を読む。まあ、なんだかよくわからないが、彼女がそう言っているのだから、真実なんだろう。……だが、私は、考え込む。彼女の答が必ずしも真実を述べているとは限らない。彼女がなんと言おうと、ここは私の意識の中なのだから。

「……私のこと、信じられないの?」

「……」

彼女は実に悲しそうな顔をした。それはそうだろう。彼女の言っていることが本当ならば、私は彼女を信じていないのだから。そう、恋人である彼女を。

「正確には恋人であった、ね」

「そう、だな……」

「でも、あなたが、このまま目覚めなければ、私達は恋人同士に戻れる。この世界でずっと、一緒にいられる。人類の夢の一つである不老を得て、ね。どう? 面白い話でしょ」

彼女はいたずらっぽく笑い、冗談半分に呟いた。

「確かに実に興味深いが、つまりそれは、意識の中で生き続ける、ということか?」

「簡潔にするとね。……それにしても、相変わらず、とんちんかんな所に気付くのね。で、どう? 乗らない?」

彼女の言葉は、私を良く知る者の言葉としてよく響く。私はそれに苦笑しながら、せっかくの申し出ではあったが、断った。

「残念だが、魅力的な話ではあるが、……それは無理だな。今の私には君との記憶が、一切ない。申し訳ないことだが。……だから、このままでは君と一緒に生きることは出来ない。それに、私は、今の君に恋していない、から。このまま一緒にいても、君にとってもプラスではないだろ?」

「……そうね。悲しいことだけど」

彼女もその辺の事情は察してくれているらしい。

「だから私は、もう一度記憶を取り戻すことにするよ。……君は私のことを全て知っているけれど、教えてくれるわけではないのだろう?」

「……」

彼女は黙り込む。私はそれを肯定と取った。それなら、もうこの世界に用はない。彼女の表情が、その心を察したため、雨雲によって翳りを帯びた。だが、そんなことは、今の、私にとってはどうでもいいことだ。

彼女は所詮、夢の中のまやかしでしかない。

「私はっ!」

「また会えるだろうか?」

彼女の言葉をさえぎるように、私は話を切り出した。

「……あなたさえ、それを望む、なら。」

「わかった。……それでは、また会おう」

彼女の声は沈んだままだったが、私は彼女の表情を全て見ることなく、瞼を閉じた。

この夢から覚めるために。

私の意識は少しずつ、現実世界へと流れていった。

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眼前には、見知らぬ木目の天井が広がっていた。額には、ひんやりとした布の感触を、傍らには、人の温もりを感じる。背中には敷布団があった。腹部にはタオルケットが引っ掛けてあるようだ。

神経系と共に思考回路が、復興作業を開始し始める。私は、最近、根付き始めた、新しい記憶の糸を少しずつ辿っていった。

そして、自分が気を失っていたという事実に気付く。

……で、この場所は一体何処だ? 当然の如く疑問が湧きあがった。

「気が付きましたか? 雪村さん。……今度は一体、どうしたんです?」

傍らにいた人が帯びた音色の声を発した。見ると、そこには、霧下冴子の姿があった。黒のショートカットに若草色のワンピースを着ていた。その姿は、気絶する前に見た私の記憶と合致する。

「君は……、霧下冴子か?」

「そうですけど、フルネームで呼び捨てはやめてください。私そういう呼ばれ方、嫌いなんです。」

「……ああ、わかった。以後、そうする。」

なんだか厚かましい願いだな、と思ったが、口にはしなかった。幾らなんでも、そこまで私は礼儀知らずではないし、わざわざ険悪な雰囲気になる必要もない。それに彼女は、これからも必要となる人間なのだから。

とは彼女の表情には、安堵の色が現れていた。もしかしたら、また、記憶喪失に、と不安を抱いていたのかもしれない。

「……ここは?」

「私の家です。病院に戻ろうとも思ったんですけど、家のほうが近かったし、脈は正常だったみたいなので、ここへ。でも、……」

冷静に彼女は対処していた。私は寝たまま、彼女のほうに視線を向け、謝罪した。

「そうか。……迷惑をかけた」

「いえ、いいんです。でも、あれからもう、丸一日も眠ってたんですよ。……あの時、何があったんですか?」

彼女は、問いただすような目で、真っ直ぐとこちらを見続けていた。私には隠す必要もないし、彼女には知る権利もある。が、その視線からはどうしても顔を背けたくなり、実際、顔を横に向けた。

でも、私は素直に話すことにした。あの時見た幻像のことを。

「君の姉が死ぬ直前のことを、思い出した。確証はないが」

「!」

彼女の顔が急に強張った。横目で見ながら、私はその映像を思い出すように、再び虚空に目をやる。

「たぶん間違いないだろう。君の話を聞いた直後の出来事だったし、場所も歩道橋の上だった。彼女が階段を下ろうとしたところで、記憶は途絶えたからな。最初にそれが記憶に戻ったということは、……おそらくそれが、記憶喪失になる前の私にとって、一番鮮烈な出来事だったのだろうな」

そう、それが一番、納得のいく説明だろう。戻ってきた記憶は、ほんの少しだったものの、私には、そのことが大きな収穫に思えた。なんと言っても、何もないよりは、何かあったほうがましというものだ。そう、分析した私は、介抱してくれた、彼女に目を移した。

すると驚いたことに、その彼女の目には、怒気が映し出されていた。そして、その顔が急速に私へと近づく。

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「……何で、何で、そんな他人事みたいに言えるんですか!」

その怒りの質は、彼女が先程、といっても実際は一日前だが、車内で、私に向けた叫びと同じものだった。

だから、彼女は自分でもわかっているはずだ。それが、意味のない怒りであることに。だが、やりきれないのだろう。目の前にいる男は、間違いなく、自分と同じく姉に好意を持つ存在であった。それなのに、今その男は、姉とは、もう無関係という顔をしている。そのことが許せないのだ。

まあ、当然の感情と言えるが、だが、だからといって、私に向かってこられても、困るのだ。私はそのことを気付かせるために、彼女に語りかける。冷たい言葉ではあるが、しょうがない。これが、私の思いつく限りでの、精一杯の説得なのだから。

私は身体を起こしながら、彼女の肩に手を掛けた

「それは他人事だからだろう?」

「そんな……、雪村さん、まさか、それ、本心じゃないですよね」

彼女が信じられないといった目でこちらを見つめてくる。そんな目で見て欲しくはなかった。

「いや、至って本心だが」

無感情の私の言葉に、案の定、彼女の瞳から怒りが出て行き、代わりに絶望にも似た悲しみが宿った。私は言葉を続ける。この辺で一度はっきりさせておいた方が、いいのだ。しかも、このままでは、私の人格を誤解されてしまう。

「……冴子さん。君は、私の精神状態を、何か取り違えている。私は記憶をなくす、以前の私ではないんだ。だから、今の私には君の姉に対する恋愛感情なんてものは存在しない。現在の私は、過去の私とは全くの別人なんだ。わかってくれ。……他人事なんだよ。今の私にとって、過去の私のことは」

「だからって……。そんな言い方しなくても」

食い下がる彼女に私は、ため息をついて追い討ちをかける。

「それじゃあ、君は、どうして欲しいんだ。私が悲しい思い出を取り戻したら、その度に心を沈めて欲しいのか? ……悪いが、そんな気は毛頭ない。私が、これから思い出すことは、どれもマイナスのことが多いに決まっている。プラスのことを思い出すのは、ほとんどないだろう。そんな生活をこなす中で、私は毎回毎回落ち込んでいなければならないのか? そんなことでは、はっきり言って私の体は持たない。……まあ、確かに、私の言い方が、あまり良くなかったかも知れな……」

彼女の目つきが鋭くなり、私の言葉を途中で打ち消す。

「何でマイナスのことの方が多いなんていうんですか! あんなに幸せそうな二人だったんですよ。マイナスのことなんか、少ないに決まっています」

「そういうことじゃない。これは、人間の性質上の問題だ。例えば人間の記憶はどうして、悪いことのほうが、より深く鮮明に残るのだろう、とか考えたことはあるか? その答は簡単だ。なぜなら、それは刻印だからだよ。二度と同じ過ちを繰り返させないための、傷痕なんだよ。そして、そのための記憶なんだ」

私は少し語調を強くし、そして速めた。黙ってはいるものの、それがなんの関係があるのかと、ずいぶん強気な顔を彼女はこちらに向けている。私は気圧されながら、彼女を諭す。

「……だから、想い出も同じなんだよ。推測といえば、推測だが……。印象に残った記憶から次々に思い出していく。……どうしても、それは悪いことの方が多い。……決まっていることなんだ。人間の性質上……」

私は結論へゆっくりと達した。その言葉に少し諦めのようなものが、混じっていたかもしれない。

だがそれにしても、あの激痛はなんだったのだろう。

記憶を取り戻すたびに、私はあの激痛に襲われるのだろうか? あれが、精神の痛みを肉体のものに変えているとするならば、その可能性は高いが……。そんなことが有り得るのか? 普通では考えられない。

私は彼女を尻目に、自分の右手を確認する。甲には一本の縦に入った傷痕。

これは一体何なんだ?

私は痛みを思い出し、それに恐怖した。あれは尋常なものではない。第一に人を内部から気絶させるほどの痛みだ。ショックで心臓がよく止まらなかったものだ。

もう一度彼女を横目で見る。彼女の目には涙が光っていた。罪悪感が自分を楔に縛り付ける。

そう、だな。私は知らなければならないのだ。必ず、自分の過去を。……私が私になるために。この想いは同情だろうか?

雰囲気が暗くなっていった。私達の間には気まずい空気が漂い始めていた。けれど、彼女はどうやら、私の言ったことを理解してくれたようだ。理解のいい人間で助かる。

彼女は涙をこらえるようにして、口を開いた。

「すみません。……そうなんですよね、もう、雪村さんは、あの、お姉ちゃんといた時の、雪村さんとは……、違うんですよね。ごめんなさい、私、体育会系だから、どうしても感情的になっちゃいがちで……」

「いや、気にする必要はない。私も、ちょっと辛い言葉で言いすぎてしまった。本当に済まない」

とりあえずの謝罪。窓から入ってくる日光が赤く変わっていた。夏の今ではまだ、六時半頃だろう。時間が経つのが速かったのか、遅かったのか一概にはなんとも言えない気分であった。……そうか、でも、もう、一日経ったのだったな。

「それに、本当にすまなかったな。家にまで泊めてもらって」

「いいんですよ、そんなこと。……やっぱり優しいですね、雪村さんは。お姉ちゃんが好きになったのも、わかる気がします」

不意に発した彼女の言葉。それには、先程のようなとげとげしさはなく、いたって柔らかいものへと変化していた。だが、……今の彼女の言葉は本心だろうか? 少なくとも、私だったら、こんな自分を見たら、とても好きにはなれないが。というか、どこが優しいというのだろう?

そんなことを思いつつ、それでも私は、その言葉に心中で、安堵の息を吐き、気分を変えるために、彼女に少しだけ角度を変えた疑問を投げてみた。

「そうだろうか? 私は随分と、自分のことを不器用な人間だったと、記憶している。彼女がいたというのも、自分では信じ難いくらいなのだが」

「記憶しているって、思い出したんですか!」

彼女は驚きを含めた声を上げた。しかも僕の意図とはまるっきり別のところで。が、流れ出した会話が止まることはない。私はその流れに自然と従った。

「いや、まあ、半分というか、……君の姉と付き合っていた頃より以前の記憶は、何となく思い出したんだが」

「そんな……」

「そのせいか、今自分は何処に住んでいるのかも記憶にない。実家の場所は記憶にあるのだがな」

そう言いながら私は、横にしていた体を起こした。

「大丈夫ですか? もう起きても」

「平気だろう。別に風邪を引いたわけでもない。単に、古傷が痛み出しただけのことだからな」

「古傷?」

彼女は首をかしげて不思議そうに、私の身体を、足の先から顔まで簡単に眺めた。

「ああ。ここだ」

私は彼女に良く見えるように、右手の甲を差し出した。中指のライン上に、何かで刺したような大きな傷跡が残っている。だが、縫った跡のようなものは見当たらない。一体何の怪我だったのだろうか? 医者でも刑事でもないはずだから、私にわかるはずもなかった。

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「この傷は、前からあったのか?」

今のところ唯一、知っていそうな人物に尋ねる。

「さあ? ……私も初めて見る気がします。……葬式の時も、そんな傷は見なかったような……。すいません、曖昧で」

「いや、いいんだ。記憶が戻れば、わかることだから」

言いながらも、私はある一つの結論を導き出していた。きっとこれも、彼女の死によって生みだされたものだろう、と。

これだけの傷だ。幾らなんでも彼女が気付かなかったということはあるまい。となれば、この傷は、彼女と最後に会った、確か、五年前と言っていたか、……それ以降に付けられたと考えるのが、妥当だろう。

もしかしたら一度、自殺を試みたことがあるのかもしれない。ふと、自分が首を括ろうとしているシーンや、リストカットしようとしている画が、目に浮かび、ぞっとした。私はそれらを振り払おうと、彼女に話し掛ける。

「それでなんだが。明日からは、……記憶を取り戻すために、ちょっとここの周辺を歩きたいのだが、構わないか?」

「ええ勿論。……でも、それよりまず、雪村さんの家を探しませんか? ご自宅にも連絡が必要だと思いますし……。役場に行けばわかりますよね?」

「それはどうだろうか? 身分を証明するようなもの、何一つ持っていないからな。戸籍を見たいといっても、見せてくれるかどうか……」

「多分、大丈夫ですよ」

多分がつくのだから、やはり、確証はないのだろう。でもまあ、行ってみればわかることだ。何事も動き出さなければ始まるまい。

「そうだな、とりあえず、行ってみるだけ、行ってみればいい」

「はい」

彼女も嬉しそうに笑顔で答えた。

我が家に連絡……、あ、そうか、そうだったな。私は一つの古い、思い出を掘り起していた。

「いや、役場はいい」

「え、どうしてですか?」

「思い出した。……意味がないんだ。私には、……両親がいない」

「……えっ、そ、その、ごめんなさい」

嫌なことを思い出させたとでも思ったのか、冴子は謝罪した。

「気にしなくていい。もう、そのことは吹っ切れているから」

全て過去の出来事として、吹っ切ることが、いや、諦めをつけたのだったかな。確か……。別に、自分の運命だとかを、語るつもりはないが……、やはり、当時は辛かった気がする。

それはともかく、彼女はとてもいい人間だ。私は、先ほどと打って変わり、漠然とそんな感情を抱いていた。幾ら姉の恋人だからと言っても、もうそれは五年も前の話のはずだ。そんな過去の人間のことを覚えていてくれるばかりか、こうして世話までしてくれるとは……。

……それだけ、姉のことを強く想っていたのか。……だが、それが彼女にとって、何よりも辛い、足枷になっている気がする。まだ、吹っ切れていないのだろうな。

短いようで長い、五年という月日。私はその間に、彼女のことを吹っ切っていたのか?それとも……。

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そこで私の腹が礼儀もわきまえず、急にゴロリ、と音を鳴らした。それとともに、自然と私の口元もほころんだ。間がいいのか、悪いのか、私は気恥ずかしさを覚えた。もちろん彼女も、その音を聞いて、にっこりと目を細めた。

「……今日は、ここに泊まっていきますか?」

だが、そんな雰囲気とは、九十度違う申し出が彼女の口から飛び出した。私にしてみれば有難い話だったが、さすがにそれは道徳上問題があるだろう。若い二人が、一つの密閉空間で一夜を過ごす。私はそういう風聞には、影響されない性質だから、問題ないが、彼女の世間体のことを考えると、さすがにそれはいただけない。私は即座に却下を出した。

「いや、どこかその辺りのホテルにでも……泊まる方が、いいだろう」

慌てて否定しつつ、私は彼女に答を促すように目をやった。そこで一つ、気がつく。

「そういえば、私の持ち物は?」

部屋の中を見回しながら、私は彼女に尋ねた。

「えっ? 荷物ですか。それなら、そこにありますけど」

彼女の視線の先に身体を向けると、確かにそこには地味な色の登山用のバッグがあった。

そう、だったな。確かに私は家出をしたかのような格好だった。そして、彼女と出会ったのだ。

「……一体、何しようとしてたんですかね?」

その疑問は、直接私への疑問となってかわった。……私は一体何をしていたのだろうか?私は一人呟きながら、答を模索してみた。

「……あんなところで、一人、何を……。まさか自殺なんかじゃないだろうな。実は私は多額の借金を抱えていたとか、……もしそうだとしたら、洒落にならない」

冷や汗が全身から噴き出した。もし、自分が財力のない人間ならば、この社会にどれだけ不適合か、考えるまでもない。犯罪にでも手を染めなければ、生きていくことなど、私には到底、無理だ。……今の私では……。

「……それじゃあ、これからの方針は決まりましたね」

「えっ?」

「だって、雪村さんお金、あまり持ってないんでしょ。……だったら、泊まっていってください。私は別に……、構いませんから」

その口調からは、一向に嫌悪感など感じられず、むしろ頼んでいるような印象を受けた。それは私の、身勝手な解釈だろうか。しかし、なんにせよ、私にとって有難い申し出であることにかわりはなかった。金がないなら、しょうがない。ホームレス生活でも構わないが、記憶も無い私が、そこへ出て行っても明らかに不利だ。

私はゆっくりながらも、承諾の言葉を紡いだ。

「……済まない。迷惑だと思うが、お願いする。私の家が見つかるまでの間、しばらく、ここに泊めて欲しい」

「ええ、喜んで。……それに私、雪村さんのこと、信用してますから」

そう言って彼女は笑った。今までに見た彼女の笑顔の中では、最上級のものであった。その頬は、夕日のせいで、ほんのりと赤く染まって見えた。

「……えっと、それじゃあ、夕飯の買出しに行ってきますので、……あ、忘れてました。一応、お姉ちゃんのこと確認したほうが良いと思って。お姉ちゃんの写真、持ってきますから、ちょっと待っていて下さい」

「ああ、ありがとう」

どこか彼女は慌てて、この部屋を出て行ったように見えたが、まあ、心配する必要もあるまい。……それにしても、あんなに私のことを信じきっているが、普段からあんな調子なのだろうか? だとしたら、少しばかり素行を、改めた方がいい。

仮にも私は、男なのだから、もう少し、自分が女であることを考えて……。

……私は、彼女の父親か?

苦笑しながら、私は再度、部屋全体を見渡した。

部屋全体が黄金色に輝いている。畳もふすまも、天井も。

これは、絵の具では出せない、輝きであり、人には決して作り出すことの出来ない輝きである。

だが、それを人はもっている。私が、他の誰でもなく、今の私でしかないように。しかし、いつかその輝きは、ふっと消える。まるで何もなかったかのように、消えてしまう。私も……。そう、彼女も、そうやって……。

突如、その思考が寸断される。

右腕にあの感覚が、走り始めた。私の記憶が取り戻される兆しが現れる。

「ぐっ、がっ、ああ、あああああ」

脳に流れ込むイメージ、私の記憶。

階段から、彼女、霧下耀子が落ちていく。私は焦った表情で、右腕を伸ばしていた。彼女もそれに対し、腕を伸ばしている。だが、その腕は届かずに、彼女は笑みを浮かべながら……。彼女の後頭部が、階段に打ちつけられた。短い彼女の悲鳴。そのまま彼女の身体は階段を転がっていく。私はそれ以上、動くことを躊躇い、立ち尽くした。このまま、時の静止を望んだのだ。しかし、虚しくも、私の髪を風が撫で、彼女の身体から血が、広がり始めた。そう、彼女は、死んだ。

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右腕が、叫び声を上げる。

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「が、がああああああ。づ、づぁぁぁぁぁぁ」

受け入れたくない現実。が、そこにはそれがある。

私が愛した人、しかし、今は、記憶にない人。だが、そこには確かに、愛は存在していた。有り得てはならない矛盾。

「が、が、が、が、があああああ……」

死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死、死。

残酷なイメージのリフレイン。真っ赤に染まる階段。私は、私は、私は……。

交錯する自我。破壊される心。……そして、私は……。

「雪村さん!」

その霧下冴子の呼び声を最後に、私の体は重力に流されていった。

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あの、私の生誕初の告白から数ヶ月、私と霧下耀子の付き合いは、今もなお順調に続いていた。幾度となくデートを繰り返し、出来るだけ、お互いの距離を縮めようと、……少なくとも私は努力していた。……互いの時間を共有し、相手の事を知り、また自分のことを相手に教えた。互いを好きになっていくために。証拠に、出会った時と比べれば、私の口調も随分と柔かくなった。私はもう、あの頃の私とは違っていた。現にこうして自分の変化を好意的に見つめられるようになった自分が今ここにいる。

レポートに関して、やたらに口うるさい教授の講義をノートに取りつつ、窓の外を見た。光差す窓の外では、桜の枝から新芽が顔を出していた。もう一ヶ月もすれば見事に花をつけることだろう。

満開の桜。白桃色に染まった架空の庭園を、頭の中に描く。桜の花びらを布団にして眠ると、案外気持ちいいかもしれないかな。こんな空想は珍しいことではないのだが、その空想の中で私の隣に誰かがいることは、今まででは決して考えられなかったことだった。

外から内に視界を戻した。時間を確認する。机に落ち着けていた左腕に目を落とした。このだだっ広い階段教室の中にも、時計があることはあるのだが、少し遠くて正確に見えない。それに、こちらの方が私としては気分がいい。

もう、終わりか。

彼女から贈ってもらったアナログ時計の長針は、約束の時刻五分前を指し示していた。講義も終盤へと向かっている。教授の話も雑談に近くなっている。

さて、今日はどうするか。

先ほど生まれた白桃庭園の桜並木の花びらをバックに舞う、彼女の姿を思い浮かべながら、そんなことを考え始めた。

と、秒針が十二のアラビア数字を指し、延長することなく講義は終了した。学生達が次々に席を立ち始める。皆、昼食にするのだろう。それぞれ気の合う仲間同士のグループが生まれ始める。私の今日の講義はこれで最後、午後は何も取っていない。私はさっさと帰り支度を終わらせ、ショルダーバッグを引っ掛けた。教室の出口へと向かう。

いつもより足取りが軽い。それが今日これ以上講義がないことだけではないのも、私は理解していた。というより、むしろこっちが本当の理由であることも。そう、私が彼女に恋していることが。だが、今の私にとってそれが少し気がかりなことでもある。私はまだ、彼女にそのことを告げていないのだ。

いつも通り、今日も教室の外で、彼女は待っていた。日常品を入れている、ハンドバッグを片手に持っている。

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「雪村君、今日、お昼どうするの?」

朗らかな調子の声で、彼女は尋ねる。彼女は私のことを、君付けで、私は彼女のことを、苗字で呼ぶようになっていた。校内の廊下を歩き始め、会話は続く。

「うーん。そうだな。特に考えてないんだけど……。霧下は?」

「私? 私は……決めてないから、聞いたんだけど」

「そうか、悪い悪い。そうだな。昨日はイタ飯だったから……。今日は……和食で……蕎麦なんかいいかもな。……霧下、それで、いいか?」

「うん、いいよ。でもこの辺りにそういうお店、あったっけ?」

「これが、あるんだな。近くに穴場がさ」

私達は、先ほどまで楽しみしていた桜並木を通り過ぎて、学校の敷地外へと出た。この近くは、大学を意識しているせいか、むやみやたらと飲食店が多い。だが、そのため、当たり外れも必然的に増える。しかも、麺類に関しては、それがさらに激しい。安いからといって、入ったはいいけれども、味が全然など、噂では良く聞く話しだし、私も実際に体験している。だが、勿論その逆もあるわけだ。私は彼女を、裏路地にある、小さな蕎麦屋へと案内した。実に質素で、良く見なければ、とてもじゃないが、蕎麦屋とは気付きもしないだろう。というか、店があること自体、気付かないに違いない。

「え、ここなの?」

案の定、彼女は、私が最初にこの店を発見した時と、全く同じ反応を示した。

「そうだよ。ほら、そこにちっちゃく、『蕎麦屋』って、書いてあるだろ」

私が指差した方向、つまり『鹿野 仁』とある表札の下段に、目立たないように黒く、『蕎麦屋』と書いてあった。まるでわざと目立たないようにしているかのように。

「ホントだ……。雪村君、良くこんなお店見つけたね」

「まあね、偶然、たまたま、かくかくしかじかと、ね」

説明が面倒なので、私は言葉を省いて、説明しなかった。といっても、たまたま、駅の近くで六十代くらいの女性が、重たそうな荷物をもって、ひいこら、ひいこら、していたから、助けた。そうしたら、彼女の家はここで、蕎麦屋を営んでいた。で、お礼にということで、蕎麦を一杯、ご馳走してもらったら、それがとんでもなく、おいしかった。と、それだけのことなのだが、過去の事実を説明するのが苦手な私は、彼女への言葉をかくかくしかじかで省いてしまっていた。

「ふーん……。中、入ろっか」

「ああ」

私は蕎麦屋の引き戸を開けた。

屋内はお世辞にも、広いとは言えない。何しろテーブルが二つっきりしかないし、椅子もそれに応じた総計四つきり。座敷なんてものも、ここには存在しない。私も最初は、これじゃあ、拡大版屋台だろうと思ったくらいだ。明りも小さい。路地裏だから、日光も入ってこないため、明りはそれだけなのだ。

「暗い、……ね」

「まあね、でも、しばらくすれば慣れるよ」

そう、要するに慣れなのだ。私も初めてここに来たときは、緊張して重苦しさを感じさせられたのだが、不思議なことにしばらくすると、知らないうちにとても身体がリラックスしてくる。そのうえこの薄暗さに、やがて親近感が持てるようになる。その雰囲気が好きで、私は今ではもうこの店の常連だ。

薄暗くも、そういう効果を持った不思議な空間に霧下が馴染んできた頃、私が助けた女性、鹿野晶子さんが店の奥から現れた。今日もいつものように和服姿である。何かの花をあしらった柄で、灰緑の色合いがとても店のイメージに合っている。今日もあの時と同じように化粧はしていない。

「はいはい、いらっしゃいませ……。あら、雪村さん……。毎度、毎度すみません。こんな辛気臭いところに足、運んでもらっちゃって」

彼女は、いつもそう言って頭を下げる。とても控えめで、私としては好感が持てる。

「いや、いいんですよ。こっちは好きで来てるんだから……。あ、今日は二名ね」

「そうですか……。二名様ですね。わかりました。十分ほどかかりますので、少々お待ちくださいね」

そう言って、彼女はまた奥へと、音という音も立てずに、引き返していった。

「じゃ、座ろうか」

「え、ええ」

私達は向かい合うように、椅子に腰掛けた。この木製の椅子はいつも座ると、なぜかとても心地よい。私は大きく伸びをした。

「……あの方、奇麗な方だね。結婚してるの?」

彼女は奥を見ながら、急に丁寧語を使った。

「しているみたいだよ。指輪してるときもあるし。……ああいう人、好き?」

「うん、どこか、『お母さん』、みたいな感じがして……」

成る程、彼女の言いたいことは、なんとなくわかった。あの和服姿といい、控えめな姿といい、日本古来の女性像を、思い出させるものがあるのだろう。まあ、それが男女差別の原点になっている、といってもいいんだが……。ああっと、この際、そんなことはどうでもいい。

「うん、わかるよ」

私は素直に同意した。

「……奇麗な方だよね……」

彼女は、もう一度、誰も見えないはずの奥に、視線を向けつつ、しみじみと呟いた。

「そう言えば、雪村君のご両親って、どんな人なの?」

彼女はまた、私のほうへと視線を戻した。

今まで聞かれたことがなかったから話さなかったし、……正直言って、あまり話したくない話題だ。が、いつか話さなければならないことだ。過去を見つめたところで、何も生まれないのだから。

「……父は、女好きだったが、母と結婚してから、その癖はぴったりと直り、それからも私にとって、いい父親だった。母は、……いつも哲学的なことばかり言っていたけど、だからか、とてもいい母親だった。二人とも叱る時には叱り、褒める時には褒めてくれた。今まで生きてきた中で、一番私の心中を察してくれる存在だった」

「そんな過去形に、わざわざしなくても……」

彼女はそう言って微笑んだ。……そう、この笑顔に他意は、ない。

「いいんだ、過去の出来事で。……彼らはこの世に、……いないから」

「えっ」

彼女の身体が強張るのがわかった。

私は言葉を続けた。ここで止めてしまっては何の意味も無い。それに、もう振っ切ったことだ。

「……二年前の話だ。一緒の旅行中、交通事故でだった。二人とも即死ではなかったんだが、重態で、生と死の狭間をさまよった挙句、……事故から三日後に息を引き取った」

あの訃報を受け取ったときの気持ちが蘇り、私はそこで一息ついたというか、続けるべき言葉を見失った。やはりこの話題は私の心にまだ、少なからず傷を負わせている。

「ご、御免なさい」

「謝らなくていい!」

彼女の深謝に、私は少し声を荒げた。

「いつか話さなければ、ならなかったことだし、霧下が責任を感じる必要もない。むしろ私は感謝しているんだ。こうして話すきっかけを作ってくれたことに……」

「でも、……」

「懺悔と思って聞いてくれ。霧下。お前だからこそ頼めること、なんだ」

何か言いたそうにした彼女から、私は言葉を一方的に奪った。こういう時、たまに、彼女のことを、『お前』と呼ぶことがある。いつも勢いでなんだが……。まあ、それはともかく、私が、彼女と付き合うためには、必ずこういった壁を乗り越えなければならない。自分の隠してきたことを告げなければならない。辛いことも、苦しいことも、恥ずかしいことも。全てを知ってもらわなければ、私は常にびくびくしながら、霧下と付き合っていかなければならなくなるんだ。

私は、自分にそう言い聞かせた。

「霧下、いいか……」

「……はい」

彼女の同意を得、私は語り出した。

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「今でも私はこのことを、心に引きずっているんだと思う。まだ、時もそんなに経っていないし。……そもそも、両親が旅行に行くことになったのは、何者でもない、私に原因があるんだ。……丁度、二人の結婚記念日が近かった。だから、結婚記念日をはさむ形で、旅行にでも行ったらと、私は提案したんだ。そんなことになるなんて思いもしないでな。それが、全ての……原因。……もちろん、今でも、両親にそうさせたことを悪いとは思っていない。というより、感謝の意味を込めてしたのだから、そう思えるはずがなかった。でも、運命は残酷、だった」

私は力なく首を横に振りながら、無力だったあのころの自分に、今の自分を重ねてみていた。あのころの心境に全てが被さっていく。

「……けれど、あまりにも残酷すぎると思わないか? ……丁度、結婚記念日だなんて……。まるで、あてつけみたいじゃないか」

私は自嘲気味に笑った。自分でもわかっていた。私は今の自分を、よく知っている。霧下と出会う前の自分。力無い生き方しか出来なかった自分を。

両親の死を電話越しに伝えられたときも、こうして笑っていた。壁にもたれ、眼を涙で溢れさせながら笑っていた。

「ふぅ。改めて思うと、ホント……痛いな」

「それで、……雪村君は、どうしたいの?」

私の懺悔に対する問。彼女が聞きたい答え。彼女自身にはそんなものがあるわけでもないのだろう。

「私は、……わからない。でも、まだ心に引きずっているのは、確かだ」

彼女の瞳に憐れみの色を見つけた。彼女の脳内には、どのような私が描き出されているのか。

「雪村君……。私が何を言っても、きっと無駄だと思う。冷たいことかもしれないけど、私は雪村君の傷を癒してあげることは出来ない」

「ああ、わかっている。これは自分の問題だ。……いつか乗り越えなきゃいけない壁なんだ。だが、私を迷わせているのは、それでいいのかっていう憂いなんだ」

「憂い?」

「ああ、壁を乗り越えたら、私はもう戻ることは出来ない。本当に、私が贖罪をしたいと思うなら、寧ろ、このままでいた方が……」

「雪村君……」

そう、私が自己否定をし続ける限り、彼女の言葉、いや、それだけじゃない。全てのものは何のきっかけにもならない。だが、そのことが、両親に対しての償いになるんじゃないだろうか? ……私はそれだけ、両親に、幸せであってほしかったのだ。

「この迷いを、断たないことには、私は、どんなに足を前に出そうとしても、進むことが出来ない気がする」

「でも、前に進みたいんだよね」

「ああ、どちらにしろ、結論を出さなければいけないとは思うんだ」

「だったら、その手助け、私にさせてくれない?」

「えっ?」

 私ははっとして顔を上げた。

「あなたが、一人で背負っている重荷を、いろいろな重荷を、少しだけなら、本当に少しかもしれないけど、軽くしてあげられるかもしれない……から」

「……」

そう言って彼女は俯いた。顔を見られたくないのか、意識してやっているようだった。

そこで、ようやく私はそれが遠まわしの告白であることに気付いた。また、私はそう決め付けていた。

……彼女の二度目の告白。

「返事、……今、貰えませんか?」

「……」

彼女の小さな声に、私は唾を飲みこんだ。

決断しなければいけない。

もう、彼女も待つことには、耐え切れなくなり始めていたのだろう。そう思うと、今まで回答を遅らせていた自分の臆病さに、罪悪感が芽生えた。

「こんな時に卑怯かもしれないけど、私は、……」

私は彼女に恋をしている。過去はともかく、今流れている時の中では、確実に彼女を愛しているといえる。……が、それは、とても重い言葉でもある。言ってしまったら、二度と戻ることは出来ない。

告白は……一つの呪縛でもあるのだから。

彼女は鎖を作り上げた。後はもう、私が、鍵を掛ければ、それは完成する。

思い返してみれば、本当に長いこと、私は彼女を待たせていたんだ。その間、幾度彼女の心は揺れ動いただろう。私がはっきりしないばっかりに、何度彼女に悲しみを味わわせただろう。それなのに私はのうのうと、束縛されることから逃れて。

……言わなきゃ、いけない。たった一言でいいから。

沈黙に耐えかね、彼女が、先に口を開いた

「……雪村君、私。結構、頑張ったんだよ。雪村君に恋人候補から、始めようって言われた時から、ずうっと。でも、もう……。私は、今でも雪村君のことが好き。あの頃から、気持ちは全く変わってない。……だけど、私には雪村君の気持ちが、わからない。だから、そろそろ……はっきりさせて。もう、……揺れ続けるのは、いや」

最後の言葉の端々は、少し涙ぐみ始めていた。それは悲痛な叫びにも聞こえ、

「だから、だから……」

「……私も、好きだ……」

ほろっと、その言葉は、零れ落ちた。まるで、先の彼女の告白に、後押しされたかのように。

……頬が熱くなるのを感じた。だが、そんなことに構っては、いられない。

「好きだ。……好きなんだ」

芸のない言葉の繰り返しが行われる。だが、それと共に、胸の内にあったものが、解放されていく。

「……ああ。そうさ。好きなんだ。君のことが。……霧下のことが!」

私は自分の心を再確認するように、言葉を発した。

彼女が恐る恐る、顔を上げる。

「ホントに?」

「……これ以上ないくらいに」

先程まで立ちはだかっていた壁が、今はもう、すっかりなくなっていた。すらすらと、文章が口から飛び出してくる。

「霧下……。私と、共に歩んでもらえるか? 一緒に、背負ってくれるか?」

私はごくりと、唾を飲んだ。先程、彼女の気持ちは、知ったばかりなのに、心臓はドクンドクンと、鼓動を強く刻み始める。

こんな気がおかしくなりそうな時間を、霧下はずっと感じていたのか?

しばしの静寂。

「……はい。喜んで」

私を彼女の満面の笑みが、迎えた。それが触媒となり、私の鼓動は、形状を変化させ、全身へと広がり、私の生涯で、最高の笑顔となった。

彼女の左手が、机の上に出ている。白い肌が、木目にはっきりと浮かび上がっていた。

彼女と見つめあう。

私は、右手を、彼女の手の上に重ね、そっと包み込んだ。

「霧下……」

今一番愛する人の名を呟く。

「雪村君……」

私は、いや、私達はここが何処であるかなど、考えもしなかった。自分が大切に思っている人と、共にいるだけで、これ以上ないくらいに、幸せだったからだ。

自然と二人の顔の距離が縮まる。躊躇いも恥じらいも、そこにはなかった。あるのは、至福に包まれた、お互いの心だけであった。

 

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二話連続で投稿させていただきます

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