八陣・暗無7
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 軽部の一件から、三日が過ぎようとしていた。八陣は、法外な料金を取れるので、依頼の数自体はそれほど多くはない。だが、それでも確実に仕事はある。

 この日、風間の仕事はジュニアの講師だけであった。幼年期からエリートに鍛えられるハプネスでは、それぞれの専門分野、言わば八陣が講師になったりもする。現に風間がまだあれぐらいの年代の時は、和泉と一緒に恭平に教えられたものだ。

「・・・・・・」

 講師を終え、風間は別館のB館へと足を運ぶ。知り合いは幼馴染が何人かいるのだが、今日はそういった用件ではない。

 ガンガン。

 特にセキュリティも施されていない施設は、ノックだけで受け答えをする。風間が尋ねた部屋。そこのプレートには葉山と記されていた。

「はい。」

 ドアの奥から物音がごたごたして、そしてすぐに出てきた。

「Cの葉山ですが・・・・・・何か用かな?」

 まだそこそこ若い、30代前後の男性が風間を見て笑顔を作る。どうやら子供好きなように見えるが、それが演技だというのは風間は見抜いていた。

「目的は何だ?」

「・・・・・・は?」

 葉山は訳が分からないといった風にマヌケに答えた。

「そうか。・・・・・・とぼけるのも構わないが、そうなると先代に荒業でも聞きに行くが、構わないのか?」

「・・・・・・あの、部屋を間違え・・・・・・・。」

「上部の葉山。質問に答えろ。」

「・・・・・・。」

 上部。それは八陣の上に位置する社長の次のランクである。それは、ハプネスでは最高位の値に位置する。

 そして、この葉山は風間が感じた天井裏の男と同一人物。風間が上部の中で最もランクが高いと思った男である。

「・・・・・・しょうがない。じゃ、入ってよ。」

「ああ。失礼しよう。」

 言われるままに入る。中は畳の部屋が6畳。そこにベットがあり、向かいがトイレ。食堂と風呂は別に用意されており、風間が昔いたジュニアの部屋とそう大差は無かった。

 葉山に腰掛けるよう言われたので、畳の上に座る。

「ブラックは飲めるかい?」

「ワインはないのかな?」

「馬鹿。未成年に酒なんてダメに決まってるだろ。」

「ふっ・・・・・・まさかハプネスで法律に怯えるとはな。おかしいとは思わないか?人は殺して酒はダメ。大体、ハプネスの規則にもそんなものないだろう。」

「・・・・・・・。」

「どうした?」

 淹れかけのコーヒーを持ったまま、風間の姿を見て葉山はため息を漏らした。

「―――どこまで知っている?」

 その威圧感は、どこまでも大きいものだが、風間がそれを気遣うことはない。

「ほう、もう本題に入ってくれるとは。では、逆に聞こう。どこまで知っていると思う?」

「・・・・・・。」

 腹の探り合い。この世界で生きるための基本的なこと。だが、その基本的な駆け引きが成立することは殆どない。

 殆どの場合、相手が持っている情報より自分が持っている情報の方が上だと認識しているからである。それに、相手が自分よりも下なら拷問すればいいだけの話。

 しかし、葉山は少し違った。

「そうだね。社長の脇にいる二人は、本当は上部ではない、というところかな?」

 何気ない顔で極秘部類を口にする葉山。だが、その情報は既に知っている。

「ほう、・・・・・・そいつは初耳だな。いいのか?私にそんなことを言っても。」

「別館のオレの部屋に来てよく言えるよ。天井裏にいたのがバレた時点で遅かれ早かれこうなるのはわかっていたよ。じゃ、今度こそ答えてくれ。暗無。君はどこまで知っている?」

 人当たりの良さそうな笑顔を浮かべる。その笑顔は世渡りのためだと風間は一瞬で見抜いた。

(・・・・・・かまをかけるまでもない。葉山の言う通り全ては時間の問題だ。)

「そうだな。私が殺したのは、軽部ではない。というところまでだ。それが誰の策略なのか何を意図するのか。そういったことは一切分からない。」

「へえ、なら軽部ではないという根拠は?」

 余程こういう駆け引きに慣れているのだろう。微笑みが全く崩れないところをみると、流石といったところだ。

「三つある。カメラと勘と・・・・・・感覚だ。」

「・・・・・・感覚?」

 不思議そうに首を傾げる。演技でもあるし、本心でもある。ただ、葉山はまるで他人事のように話を流すだけである。

 ただ、今はそれでもいい。

「そう、感覚。」

 風間はスーツの懐から昔から愛用の黒いナイフを出す。

「肉を突き刺した時、体中の細胞が私に訴えてきた。こいつは、軽部ではない、と。肉を切り裂く度合い。引き抜くときの締め付け。肉の張り。身体の痙攣具合。5年も前の幼年期とはいえ、一度は抵抗して腹部を刺した。そして、その感触は明らかに軽部のものではなかった。」「・・・・・・。」

「さらに私が殺す姿を集中的にカメラが捕らえていた。肉眼では2つしか確認できなかったが、それ以上の数の視線を身体で感じていた。まあ、この場合2つカメラが私の方に向いているという偶然もない。」

 両方とも超小型赤外線カメラ。それも、最新機。これは間違いなく仕組まれたことであると風間は確信したのだ。

「・・・・・・これが、八陣のエースか。」

 満足のいったように葉山は頷く。

「よし。それならオレが一つだけ質問に答えてやろう。」

「・・・・・・。」

(・・・・・・妙に親切だな。気味が悪い。それに・・・・・・この男、言葉の一つ一つに何か意図を感じるが・・・・・・まあいい。今はそれは伏せておこう。)

 風間は考える素振りを見せながらコーヒーを飲む。葉山もそれに習いコーヒーを飲む。

(ここで言う質問をまとめると、こうだ。)

 1.軽部のニセモノの正体。

 2.この作戦の意図。

 3.この作戦の黒幕。

 4・30億という多額な金額をどこから引っ張ったのか。

 となるのが一般的だが、正直、これらのうち一つだけ答えられたところで全てが繋がるとは思えなかった。すると、風間が言う質問は一つ。

「ホンモノの軽部は何処にいる?」

「・・・・・・へえ。」

 余裕を見せる笑顔を浮かべたあと、う〜んと腕を組んで考え始めた。

 それがしばらく続くと、目の焦点を風間に向けた。

「明後日の12時、上層会議があるのは知っている?」

「いや、初耳だ。」

 そうか。とだけ小さく言葉を切った。

「ならば、そこでオレが軽部について議論する。そうすれば確実に答えは出るはずだ。」

「・・・・・・。」

 つまり、遠まわしに社長が全部の鍵を握っているというのを読み取った。

「わかった。それまでは動かない。ただ、その会議が延期になったり中止になったり、最悪議論されなかった場合は私個人でやらせてもらおう。」

「・・・・・・へえ、本気なんだな。」

 ハプネスでは、罰点方式で、与えられた点数を全て無くなると降格となる。

 八陣は120点与えられ、一年ごとに30点増える。任務以外で人を殺すと10点引かれる。それだけなら支障はないのだが、任務に関係がある人物の接近で50点。及び殺人で100点。加えてその人物を殺すことでハプネスに何らかの影響が出る可能性がある場合は500点引かれる。

 風間は八陣トップとはいえ、まだ八陣に上がり2ヶ月も満たない。罰点がマイナスの度合いにより、反逆とみなされブラックリストに載る可能性さえも十分あるのだ。

 葉山は立ち上がり、ベットへと移動した。

「オレは明日も社長の護衛なので先に休ませてもらう。暗無。お前も用がないのなら帰ってくれ。」

 どこまでも余裕たっぷりの表情は、キャリアの長さを物語っている。まるで「お前みたいな中途半端なガキは早死にする」と言っているようだ。

 風間は何も言わずに明かりを消すと、葉山に背を向けた。

「しかし、何故君程の人物が別館にいるんだ?もっと相応しい場所はあるだろう。」

「庶民的なのさ。」

「・・・・・・・。」

(・・・・・・確かに、そうかもな。)

 それは葉山が庶民的ということでなく、その言葉の意図を読み取ったから思う言葉なのである。

 風間は部屋出て、その扉を閉めた。

 この世界の人間は、いつ死ぬか分からない。ならば、想い出に浸れる時に浸った方がいいかもしれない。

 だが、この時点ではまだ風間は死の恐怖は一度しか感じていない。だから過去を振り返ることも、現時点ではない。

(私も、そう感じる日は遠くないのかもな。)

 自分の状態を把握しながら、風間は自室へと向かった。

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