真・恋姫無双 季流√ 第36話 拠点 季衣と一刀と流琉
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「時系列」

 

やや時間軸が入り組んだので、解説をここに少し。

 

これからの拠点は、一刀君が魏から去る前、約半年の間を元にしております。(袁紹、袁術戦、張譲戦以後〜北郷一刀が失踪するまで)

 

よって馬騰さんにも会っておりませんし、一刀君は魏を去っておりません。

 

全体的に魏は、洛陽、及び魏領内の復興作業中です。

 

この魏で拠点をやっている半年の間に、蜀と呉は出来てくる形となりますので、先日の蜀編と合わせて、時間列が3つ重複しております。

 

お気をつけ下さい。

 

感覚としては、

 

魏建国〜〜袁紹、袁術戦〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜拠点中〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜馬騰参上〜北郷一刀失踪。

 

(徐州にいる桃香達)〜〜〜益州を目指し始める〜〜〜〜〜〜〜益州平定〜蜀誕生

 

(揚州にいる孫堅達)〜〜呉を建国、荊州を攻略し始める〜〜〜〜荊州平定〜呉誕生

 

とまぁ、こんな感じになっております。

 

では、お待たせいたしました。

 

季流√拠点へどうぞ。

 

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甘い、ほのかな香りは何のお味?

 

 

「でえと?」

 

「せや、”でえと”や”でえと”。

 なんでも隊長のいた天っちゅ〜ところでは、仲のいい男女は”でえと”をするらしいんや」

 

「へえ〜そうなんだぁ」

 

「へぇ〜そうなんだぁ、やあらへん。

 ボクっ子は興味ないんか?」

 

「そうなの〜、沙和わぁ隊長と”でえと”をしてみたいの〜」

 

そういいながら最近人気の喫茶店でお茶を飲む沙和は、可愛らしく顎を両手に乗せていた。

 

話を聞いている季衣も、用意されたお茶を啜っている。

 

「う〜ん……興味ある!」

 

「そかそか、やっぱボクっ子は興味ない……ん? 興味ある?!」

 

予想外の返答に、思わず真桜は聞き返してしまう。

 

「だ〜か〜ら〜、興味があるっていってるじゃん」

 

不機嫌そうに口を尖らせた季衣は、お茶を持ちながら足を椅子の下で振っている。

 

真桜は沙和と顔を近づけると、互いに企むような表情へと変わった。

 

「どないする? ち〜っと予想とは違う反応やな」

 

「季衣ちゃんもやっぱり乙女なんだよぉ〜、これは沙和達でなんとかしないとなの、どうする真桜ちゃん?」

 

「よし、口裏をあわせるんや」

 

2人がこそこそ話しているのを、季衣は疑わしげに見ていた。

 

「何話してるの?」

 

「い、いやぁ〜なんでもないで!

 そっかぁ、ボクっ子はでえとに興味があるんやな?」

 

「うん! どういうものかやってみたい!」

 

「よっしゃ、まぁ相手は聞かんでもわかるけど、いちお聞いとこか?」

 

「ボクは女だから男の人だよねぇ……兄ちゃん、かな」

 

「っ!」

 

季衣が一刀を指名するのを見ていると、沙和が目を見開いてビクリと反応した。

 

「どうしたの沙和ちゃん?」

 

「な、なんでもないの〜、よ〜し! じゃあ季衣ちゃんのために沙和頑張っちゃうんだから。

 じゃあ沙和お勧めの店にいってみよ〜!」

 

ぎこちない笑顔で沙和は両手をひらひらとさせると、さっそく行動に移ることにした。

 

喫茶店を飛び出た3人は、沙和が季衣の腕を掴んで引きつれていき、真桜は一刀を呼びに隊舎へと向かっていく。

 

「ねぇねぇ沙和ちゃん! どこにいくの!」

 

引きずられるように片腕を引かれる季衣は、そのまま表街道を進み続け、やがて大きな角を曲がって更に少し路地に入った古めかしい店へと上がっていった。

 

その店は外側についている階段から二階へと上がり、木製の古い扉が備え付けてある。

 

扉の外に掲げられた看板に描かれている絵柄から、恐らく雑貨を取り扱っているのだろうと読み取れるが、その看板の真ん中に赤く大きな丸の中に、黄色い字ずらで”福”と印されているのが特徴的であった。

 

「何屋なの? ここ」

 

掲げられた看板を見上げながら不思議そうに季衣が頭を捻っている。

 

確かに、雑貨やとはいえ、見た目では判断がしにくい看板だ。

 

「ここは沙和のとっておきのオシャレ店なの〜。

 でも店長さんって、滅多にお店にいないんだよねぇ」

 

「ええ?! 大丈夫なのそれ!」

 

「あはは、大丈夫なの〜。

 普段は店長の家族の人が店番をやってるの〜。

 じゃあお邪魔しま〜すなの〜!」

 

沙和が扉に備え付けられた鈴を軽く鳴らしてから、部屋の中へと入っていく。

 

後をつくようにして辺りを見渡しながら、ゆっくりと入っていく季衣が、店内を視界に納めたとき、思わず感嘆の声を漏らした。

 

「っうわあぁ」

 

 

足を踏み入れるとそこは、今までに見たこともない、そして不思議な空気に包まれていた。

 

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「あら、于禁さんじゃありませんか? いらっしゃい」

 

「こんにちは〜なの〜、マルフクさんは、今日はお留守なの〜?」

 

「いいえ、先ほどお昼を買いに外へ出かけましたから、そろそろ帰ってくると思いますよ?」

 

ニコニコとほがらかな笑顔を絶やさない、初老に差し掛かった頃かと思われる女性が、背もたれのついた椅子に座りながら沙和と話している。

 

「こ、こんにちは!」

 

ややぎこちなく季衣が声をかけると、椅子に座った女性はゆっくりと視線を移してくれた。

 

「あら、こんにちはかわいいお嬢さん。

 お名前をお伺いしてもよろしいかしら?」

 

「ボクは許緒っていいます、ここって雑貨屋さんなんですか?」

 

「ええそうよ。

 娘が旅好きでねぇ、各地から珍しいものを探してくるから、それをここで売っているの」

 

「へぇ〜! だから見たこともないものが多いんだね!」

 

興味深げに辺りの物を手に取る季衣。

 

壁は色とりどりな花であしらわれ、光輝く髪留めに、見たこともない服や靴、そして可愛らしい陶磁の食器もおいてある。

 

季衣が不思議がるのも当然だ、店のもつ雰囲気はアジア圏のものではない。

 

どちらかというとヨーロッパのアンティーク風な雑貨屋なのだ……彼女達はそんなこと、わからないだろうが。

 

一刀がここを知れば、きっと驚くに違いない。

 

もちろん大陸産の物も多く取り扱っているが、それでも異質な雰囲気だ。

 

だが、それが妙に居心地がいいのは何故だろう。

 

「ほらほら季衣ちゃん! これなんかどうかな?」

 

沙和が店員の女性との話を切り上げ、さっそく手にした髪留めを見せてきた。

 

「うわぁ、綺麗だね! それって何で出来てるの?」

 

2人が店内を物色しているのを、静かに眺めている女性だったが、ふと外からこちらへ近づく気配に気がついた。

 

「お母さん〜! ただいま〜ってあれ? お客さんかな?」

 

「あ〜! 丸福さんお久しぶりなの〜!」

 

「なんだ于禁さんだったの、いらっしゃーい」

 

階段を上がってきた女性は扉を足で開けると、腕一杯に抱えてきた袋の中から、ひょいっと顔を出していた。

 

深緑の長い髪の若い女性で帽子を被っており、体全体を濃淡の違う緑色で統一している。

 

賢そうな顔つきをしているが、その足取りを見る限り、何か武術をやっているのではないだろうか。

 

「おや、そちらは……」

 

「許緒っていいます、このお店のものってお姉さんが仕入れてるの?」

 

季衣が問うと、丸福と呼ばれた女性は袋を机において、母親に点心を渡してから振り返った。

 

「あはは、まぁ私って結構旅に出てるからね。

 行き先で珍しいものを見つけては、こうやって店に置いておくの。

 それで今日は何の御用なの? いつもの感じ?」

 

「ううん、違うの〜……ちょっと耳を貸して〜なの〜」

 

沙和はそういうと丸福さんに近寄って、軽く耳打ちする。

 

丸福さんは少し驚いたのか軽く目をパチリと開くが、沙和と視線を合わせると2人して含んだ笑いをしていた。

 

「よっし、じゃあ……やりますか?」

 

「やりましょう! なの〜!」

 

2人はニギニギと開く手の平を、背中を向けている季衣へと向けて近寄っていく。

 

視界が暗くなったのに気づいた季衣が振り返ると、怪しい光を目から放つ2人に身の危険を感じた。

 

「え? えぇ! なになになに〜っ!」

 

後ずさりしながら慌てる季衣だが、がっしりと両手を掴まれて抱えられては、もうどうしようもない。

 

 

「あらあら、まぁまぁ」

 

やはり丸福さんのお母さんは、にこやかに笑っていたのであった。

 

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「っきゃ〜! 超〜〜〜〜可愛い〜の〜〜〜!」

 

「大分雰囲気変わるわね……素材がいい!」

 

「う〜……このヒラヒラ、落ち着かないようぅ」

 

本当に落ち着かないのか、季衣がワンピースの裾を握りながら、モジモジしている。

 

それを2人は眼福といわんばかりに、ほくほくと笑っていた。

 

季衣はいつも止めてる髪止めを外し、桃色の波がかった髪を下ろしている。

 

黄色のワンピース調の服を身に纏い、麦藁帽子を被っていた。

 

桃色と黄色と麦色の雰囲気が見事に調和しており、髪留めと新しい靴が、赤と藍色という良いアクセントをつけている。

 

シンプルに纏めているからか、季衣の活発さも伝わってきて、とても似合っていた。

 

「さぁ季衣ちゃん! これで準備は整ったの! じゃあいくよ〜」

 

「ええ?! これで外に出るの!」

 

「当ったり前なの〜、あ! 丸福さん、御代は?」

 

「沙和さんなら今度でいいわよ、お母さんに渡しておいてね」

 

「わかったの〜! じゃあ、ありがとうございましたなの〜!」

 

丸福は手をヒラヒラとさせ、歩きにくそうにしている許緒ちゃんの背中を押しながら、李典さんが幸せそうに店から出て行くのを見送った。

 

騒がしい2人の声が遠くなると、丸福は机に置いてあった点心を袋から出して、母親と一緒に椅子に座る。

 

「元気な子達だったわねぇ」

 

丸福のお母さんは、娘の買ってきた点心に口をつけながら笑っている。

 

「昔は貴方もあんな感じだったわよねぇ。

 近所の子達とよく喧嘩して、傷だらけになっていたものね」

 

「……やめてよお母さん、恥ずかしいじゃない」

 

恨めしくジトリと睨み上げながら、丸福が肉まんにぱくつく。

 

だが丸福のお母さんは、娘の視線を意に介さず、昔を振り返るように遠い目をしていた。

 

「あの頃は、こんな日常を過ごせるなんて思わなかったわねぇ」

 

その意味に気がついた丸福は、2人が出て行った扉へ視線を向けて溜息をついた。

 

__あれが許緒将軍、か……件の北郷総隊長の妹分と聞いていたけれど……少し情報修正が必要かもしれないわね。

 

それにしても……

 

点心を無言で平らげた丸福は、机の引き出しに閉まってある紙を取り出し、懐から眼鏡と筆を取り出した。

 

食べ終わった点心を片付け始めている母からは見えないように、サラサラと紙に筆を走らせていく。

 

他の誰に見られても分からないように、自分が作った暗号を混ぜ込んでいった。

 

あっという間に紙を埋め尽くして、丸福は保存用の筒を取り出し、台所にいる母へ向かって声を上げた。

 

「お母さ〜ん! 明日から私出かけてくるからね〜?」

 

「あらあら、今度はどれくらいで帰ってくるのかしら?」

 

母親のほうも、娘の出かけるというのは近所などではないというのを心得ているのか、実に慣れた対応だ。

 

「ん〜……今回はちょっと濾江の方まで行こうかと思ってるから、1月くらいかな?

 あそこは漁業が盛んだから、何か乾物でも買ってこようか?」

 

「じゃあ……いいお出汁の出る、煮干でも買ってきてくれないかしら?」

 

「は〜い、じゃあお店の方は頼んだよ」

 

 

丸福は最後に、”要、煮干”と書いた紙を筒の中に入れ、部屋の端に投げ置いていた旅行鞄へと突っ込んだ。

 

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「ここで待ってろってなぁ……真桜の奴、俺だって暇という訳ではないんだけど」

 

困ったように頬を掻く一刀は、最近流行と評判の喫茶店へと連れられていた。

 

これは先ほど真桜達がお茶を飲んでいた喫茶店である。

 

あの時しっかりと事前予約をしておいて、ちゃんと席を確保しておいた辺りが抜け目ないといえよう。

 

沙和と一緒に経営している服屋で人気の着物を、さらにアレンジした特注ものを着た店員さんが、注文したお茶を席においた。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

店員は一刀へお辞儀をすると、お盆を抱えて店の奥へと帰っていく。

 

__洛陽の街も大分様変わりしてきた。

 

まだ荒れている所が多く、陳留にまでは到底届かないが、来た当初に比べれば人心に安定が見て取れる。

 

大通りであれば、人が安心して歩けるくらいにはなったといえよう。

 

洛陽は規模も、荒廃具合も、桁違いだったのだ。

 

一刀はようやく外にでて遊べるようになった子供達を、ぼーっと眺めながらお茶を飲む。

 

いつのまにかお茶請けも出されていたが、一刀は視線をずらさなかった。

 

だが、服をグイっと引っ張る感触に気をひかれると、視線を落とす。

 

そこには麦藁帽子を被った、どこかのお嬢さんかと思われる女の子がいた。

 

「ん? どうしたんだ? 迷子かい?」

 

ふるふると頭を振る女の子に一刀は苦笑を浮かべると、手に持っていたお茶を置いてから、しゃがむように椅子から腰を下ろした。

 

__綺麗なピンク色の髪だなぁ、どこのお嬢さんだろう? ……なんかまるで、季衣みた、い……?

 

見覚えのある鼻に口元、顔が赤く染まっているけれど、この大きな黄金色の瞳に日向の匂い。

 

「あ、れ?」

 

「………………にぃちゃん」

 

ブッ!!

 

「うわぁ! 兄ちゃん、汚いよう」

 

腰を屈めた一刀は、麦藁帽子の下にある恥ずかしそうに俯いた馴染みのある顔に、思わず噴出してしまった。

 

「な、ごめん季衣! でもどうしたんだ!?」

 

「うう〜、やっぱり変だよねぇ」

 

よほど恥ずかしいのか、季衣は麦藁帽子の端を掴んで体を隠すように、小さく肩を縮こませている。

 

それがいつもの季衣とはかけ離れた行動であるために、思わず一刀までが紅潮してしまった。

 

だがいつまでも2人して、赤いまま止まっているわけにはいかないので、一刀は季衣を持ち上げると、対面の椅子へと座らせた。

 

流石に今は一刀の膝上をねだらない季衣は、大人しく座りながらモジモジと服の裾を弄っている。

 

ふわりと風に揺れる季衣の桃色の髪が、いつも以上に女性を感じさせた。

 

__はっ!? いかんいかん! 俺は一体何を考えてる!

 

心中で自戒して頭を激しく2、3回振った一刀は、ぎこちない笑みで季衣へと話しかけることにした。

 

「今日はどうしたんだ季衣? いつもとは大分違う服装をしてるみたいだけど」

 

「こ、これは沙和ちゃんが……初めは真桜ちゃんと一緒にいたんだけど、なんか”でえと”の話しになってから……よくわかんないうちに……こうなってた」

 

「そ、そうか。

 デートの話をしてこうなったんだな、なるほど」

 

「うん……ううぅ〜、この服ふりふりしてて、股の間がスースーするよぅ」

 

「ま、股って……そんなこと女の子がいっちゃ駄目だよ」

 

「そうなの?」

 

「ああ、それにしても…………」

 

じっと一刀は季衣を改めて見ることにした。

 

着慣れていない服装は、やはり不安なのだろう。

 

見られている季衣も不安気な眼差しで、一刀を見上げていた。

 

__……綺麗だ。

 

いつもはもっと元気なイメージが強いせいか、可愛らしいという感じが強い季衣だが、髪を降ろして服装を変えるとこうまで変わるのか。

 

「綺麗だよ季衣、とてもよく似合ってる」

 

「え? ふええええぇ!?」

 

思いがけない言葉だったのだろうか、季衣は見る間に茹で上がったように、真赤になってしまった。

 

それは今までの季衣とはまた違う一面でもあった。

 

「何か食べたいか? 何でも奢っちゃうよ」

 

「うーんとねぇ……じゃあこのお菓子がいい」

 

「よし、じゃあ店員さーん!」

 

一刀が店員を呼ぶと、ニコニコと笑う女性店員さんに注文をする。

 

その去り際に、”可愛い彼女さんですね”とでも言いたげな視線を向けられたのは、まぁよしとしよう。

 

「季衣はデートがしたいのか?」

 

「うん! えっと……仲のいい男の人と、女の人が一緒に遊ぶんだよね?」

 

出されたお茶を飲みながら、季衣がここで元気よく笑ってくれた。

 

スカートにも多少は慣れたのか、一刀に向かって大きな瞳を向けてくれる。

 

「ま、まぁそんな感じかな。

 季衣は何かしたいことはある?」

 

「う〜んじゃあ、食べ歩き!」

 

「よ〜し食べ歩きだな、季衣のお勧め屋台巡りは美味いしな」

 

「うん! でも今日は”でえと”だからね」

 

「そっかぁ、じゃあ俺がしっかりとエスコートしましょう、お姫様」

 

一刀と季衣は笑い合うと、出されたお菓子を軽く平らげて店を出る。

 

トコトコと隣を歩く季衣を見下ろしながら、一刀はさりげなく季衣の手を握った。

 

 

キョトンとした季衣が一刀を見上げると、”これはデートなんだろ?”と言われ、そういうものかと納得したのだった。

 

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「ちょお見てみぃ沙和さん! 隊長やるなぁ、さりげなく手ぇとったで!」

 

「うわぁ、なんかもういつもの2人には見えないの〜」

 

建物の陰に隠れる真桜と沙和は、一刀と季衣を追いながら密かに監視していた。

 

どこで用意したのかは知れないが、変装用の帽子にサングラスの様な色付き眼鏡まで装備していた。

 

真桜も沙和も追っている2人の放つ雰囲気に、のめりこむ様にして覗いている。

 

「……実際のところ〜、隊長って季衣ちゃんや流琉ちゃんの事を、どう思ってるのかな〜」

 

沙和が小さくポツリと呟いたことを、真桜は聞き逃さなかった。

 

「正直わからんってところが皆の思うところやろなぁ。

 隊長とちびっ子達の仲は、魏軍の中でも格別っちゅうか特別なもんやし。

 ……あれが家族としての仲なんか、男女としての仲なんかは、かな〜り微妙やろな。

 特にボクっ子の方なんて、そっちに興味があるんだかないんだか……」

 

「ううん、それは違うの〜。

 真桜ちゃんはさっきのこと覚えてる?」

 

「さっき?」

 

「うん、初めに喫茶店で別れた時なんだけど〜。

 季衣ちゃんが隊長を”でえと”に指名したときに、季衣ちゃんの顔は完全に乙女のものだったの〜。

 沙和びっくりしちゃったんだから」

 

「そうなん? あかんは、うちは気づかんかった。

 まぁでも沙和がそう言うんなら、当たりなんかも……お?」

 

真桜の視線の先では、手を繋いだ2人が屋台へと入っていく。

 

”でえと”なるものの話しでは、ちょっと似つかわしくないような気もするが、実に季衣らしい。

 

一刀達が屋台に入ってしまったので、沙和が近くで買ってきた肉まんへかぶりつく。

 

尾行を続ける2人の意識は、全て向こうの屋台へと注がれており、後ろから近寄る人達に気がつけなかった。

 

「あれ? お2人ともどうしたんですか?」

 

「いやぁ、隊長がなぁって……流琉?!」

 

「何大声を立ててるのよ、というよりも貴方達?

 あまり外で食べながら歩くのは、感心しないのだけれど」

 

「か、華琳様まで!?」

 

思わず飛びのいてしまった2人を訝しげな表情で見るのは、華琳と流琉であった。

 

「こんなところで何をしているのよ貴方達、そんな下手な変装までして……誰かいるの?」

 

道の角から身を乗り出そうとする華琳に、真桜と沙和は反射的に体で壁を作った。

 

「……何よ」

 

不機嫌そうにジト目になる華琳の視線に、戦々恐々とする真桜と沙和。

 

どうにか誤魔化さないといけないと判断すると、華琳達の持っている大きな袋へと話題を逸らす。

 

「か、華琳様達こそ、どないしたんですか?

 2人して大きな荷物抱えてらっしゃいますけど」

 

「これ? これは今度私が書く料理本のネタに、珍しい食材を探していたのよ。

 期待していたのよりも良いものが手に入ったから、つい買いすぎてしまったわ」

 

「そうなんですか〜、あはは〜」

 

「それで? 結局何を隠してるわけ?」

 

もうすでに華琳は何かを嗅ぎ取っているのか、むしろニヤニヤと笑いながら真桜を見上げた。

 

「あれ? あれって兄様じゃないですか?」

 

「しまっ?!」

 

「へぇ、貴方達が隠していたのは一刀なの? 別に隠す必要もな……」

 

注意が外れた真桜達を、上手くかわした華琳と流琉の動きがピタリと止まった。

 

屋台から満足そうに出てきた2人が、仲良く手を繋いでまた歩きだしている。

 

お互いに目を合わせながら歩く姿が、例え身長差があろうとも、特別で甘めな空気を道へ放っていた。

 

ピクリとも動かない華琳と流琉を見て、真桜は額に手をあてて天を見上げており、沙和は引きつった笑みに変わっていく。

 

「あ、あの〜、お2人さん。

 ちょっと一拍置いて、落ち着きません?」

 

「あ、あら真桜? そんな標準語で話したりして、こ、この、わ、私が慌てているとでもいうの?」

 

「そ、そそそそうですよ真桜さん。

 私と華琳様は至って冷静です」

 

あまりにわかりやす過ぎる動揺具合だ。

 

思わずこちらが溜息をつきたくなってしまう。

 

「いや、これにはやんごとない理由がありまして……」

 

仕方なく真桜が今までの経緯の説明を始める。

 

大人しく話しを聞いてくれる華琳と流琉だったが、時間が経つにつれ、表情に変化があわられてきた。

 

__いやぁ! 助けて仏様! もうこの際、隊長でもええ! うち、こんな所で死にたない!

 

「へぇ……そうなの”でえと”ねぇ?」

 

「”でえと”……兄様ぁ……」

 

もはや妖というべきか……いや鬼か。

 

華琳の貌はもはや真桜が直視出来るものではなく、背中から立ち登る瘴気が景色を歪めてしまいそう。

 

そして流琉の方はというと、これまた目を背けたくなってしまいそうなほどに、悲しさと不安に彩られた表情をしていた。

 

__あかん、今日は厄日っちゅう奴や。

 

真桜がこれからの厄介を想像すると、げんなりと肩を落とす。

 

「ねぇ、真桜。

 尾行をしているのよね?」

 

「え、ええ。

 まぁどうせ、いつもと同じ感じで終わると思いますけど、それが?」

 

「追うわよ」

 

「ええ? 華琳様もですか?」

 

てっきり一刀へ殴りかかるものだと思っていた真桜は、意外な言葉に驚いた。

 

「流琉はどうするの?」

 

「わ、私も行きます!」

 

荷物を大量に抱える流琉も、華琳に同意した。

 

薄っすらと涙を溜める姿が、とてもけなげだ。

 

 

こうして奇妙な4人の尾行劇が始まったのであった。

 

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「おや、あれは華琳様ではないか?」

 

「何! 華琳様だと! どこだ秋蘭!」

 

「華琳様ですって! 今日は流琉と料理の材料を買いに……は?」

 

市中を見回っていた3人は、視線の先にあるよく見知った姿に、思わず動きを止めた。

 

4人が道角に背をつけながら、真剣に大通りの様子を探っているように見える。

 

「え……っと、華琳様達は何をしているのだ? 秋蘭」

 

「さぁ? 桂花はわかるか?」

 

「私に華琳様のことでわからないことはないのよ! っていいたいけれど、あれは正直わからないわね」

 

華琳を先頭に、後ろには流琉と真桜と沙和が、こそこそとついて来ている。

 

どう贔屓目に見ても怪しい。

 

遠目では判断がつかないので、3人は1つ頷きあうと、そ〜っと邪魔にならないように近づいた。

 

「……華琳様」

 

秋蘭が静かに声をかけると、ビクリと反応した華琳が恐る恐る振り返る。

 

普段からは考えられないほどの小心ぶりだ。

 

華琳は声をかけてきたのが秋蘭達だと気づくと、安心していつも通りの態度に戻る。

 

「どうしたのよ貴方達。

 今日は休暇のはずじゃなかったの?」

 

「ええ、そのついでに市中の見回りと視察をしていたのですよ。

 まだ洛陽は色々問題が多いので」

 

「それは感心ね、流石は私の家臣達だわ」

 

「はい! ありがとうごむぐっ」

 

褒められて喜んだ春蘭が大声を上げようとしたので、華琳は慌てて春蘭の口を塞いだ。

 

「静かになさい。

 相手はこれまでの中で、最も厄介な人物なのだから」

 

もがもがと口を塞がれた春蘭だが、華琳に注意されたので、一生懸命頷いて了解を示す。

 

「ぷはっ」

 

口から手を離され新鮮な空気を吸った春蘭の耳元へ、華琳は顔を寄せた。

 

秋蘭と桂花も顔を近づけ合う。

 

「……華琳様、もしや他国の間諜ですか?」

 

秋蘭がまさかと視線を鋭くするが、華琳はもっと真剣な表情で首を振った。

 

あまりに華琳が真剣なので、思わず3人とも息を飲み込む。

 

「間諜程度だったら、もっと気持ちは楽ね。

 相手は恐らくこの大陸において、もっともこの手の事態に厄介な者と言えるわ…………一刀よ」

 

華琳にしては随分ともったいぶるので、何事かと身構えた3人だが、身近な人物の名が挙がって拍子抜けした。

 

「か、華琳様?

 一刀ならば、普通に声をかければ宜しいではありませんか?」

 

春蘭が華琳に対して、このように呆れた愛想笑いで話しかけるのは実に珍しいと言えるが、華琳は表情を崩さない。

 

まるで万の軍勢と相対した時のような緊張具合だ。

 

華琳はニヤリと笑うと、これでも3人は落ち着いていられるか、と言わんばかりに言い放った。

 

「一刀が、季衣と逢引をしているのよ」

 

途端に3人の表情から色が無くなる。

 

無表情とはこのような顔を言うのであろう。

 

感情という感情が一挙に波引いた3人は、もうピクリとも笑えない。

 

「逢引……ですか?」

 

桂花が確認を取るために聞き返すと、華琳は頷く。

 

「そう、逢引なのよ……実はね……」

 

華琳は春蘭達に先程聞いた事を掻い摘んで説明する。

 

納得した3人は、一刀達が入っているという劇場へと険しい視線を向けた。

 

「それにしてもあの一刀が逢引とは……あやつは何故私と……」

 

猛獣でも狩りに行くのであろうか。

 

春蘭が視線に殺気を滲ませて、劇場のヒラヒラと揺れる暖簾を睨む。

 

「姉者、そう殺気を出すな。

 相手はあの一刀なのだぞ?

 我々がいくら気配を隠しても、それでも万全とは言えん相手だ」

 

「す、すまぬ」

 

「全くよ、この脳筋」

 

「桂花もだぞ?

 気配を早く消すんだ、劇が終われば我等も一刀を追うのだぞ?」

 

「わ、私はあんた達みたいに、気配なんてそう簡単に消せないわよ」

 

「今から私が教える。

 劇が終わるまでに覚えるんだ。

 でなければ残念だが、帰れ」

 

「っぐ、わかったわよ。

 覚えてやるわ」

 

こうして秋蘭のもと、桂花に指導が始まる。

 

桂花の何がそうさせるのかはわからないが、もはや極限にまで高められた集中力は、次々と秋蘭の教えを体に覚え込ませていく。

 

もはや自己催眠のレベルだ。

 

やがて一刀達が劇場から出てくると、手を繋ぐ季衣の普段とは違った姿に、新たに加わった3人は目を見開いた。

 

「な、なんだと? あれが季衣だと言うのか?」

 

「く、まさかこれほどの……」

 

「な、何よあれ。

 あの変態、まさか季衣にまで毒牙を向けるというの?」

 

食い入るように覗き込む3人に、華琳が嗜めた。

 

「貴方達、真剣でないのなら、直ぐに城へと帰って私の仕事の代わりをしている、詠と音々を手伝ってきなさい。

 私達はあの一刀を追っているのよ?

 油断は、即命取りだわ」

 

改めてこの作戦水準の高さを認知した3人は、黙って華琳達とともに一刀達を追う。

 

一刀と季衣は、手を繋いで歩いていく。

 

普段からわりかし目にする光景でもあるのだが、これが逢引という名目ではそうはいかない。

 

これは普段とは違うシチュエーションなのだ。

 

時折思い出したように、互いに見つめ合う時間が多い。

 

心なしか、一刀も季衣に向ける視線が違うようにも思える。

 

それは全くもって気のせいかもしれないが、乙女心が見せる一刀の楽しげな表情は、嫉妬という感情を呼び起こすのに苦労は無かった。

 

はっきりいって、ここにいる全員が思っていた。

 

 

羨ましい、と。

 

 

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「ん?」

 

「どうしたの? 兄ちゃん」

 

季衣が立ち止まった一刀を見上げると、一刀はなんでもないと頭を振った。

 

「いや、気のせいかな?

 なんか視線を感じたんだけど」

 

「そう? ボクは何も感じなかったけど」

 

首をかしげる季衣に、一刀は頭を撫でた。

 

「まぁ気のせいだろ。

 それより季衣、次はどこ行きたい?」

 

「う〜ん、もうお腹も一杯だし、見たかった劇にも行けたんだよね」

 

季衣が困ったと考え込むと、一刀が苦笑する。

 

それじゃあと季衣の手を改めて握ると、一刀が季衣を引っ張った。

 

「それじゃあ、俺の行きたいところに行ってもいい?

 

「うん! いいよ。

 兄ちゃんはどこ行きたいの?」

 

「ふっふっふ、それはついてからのお楽しみかな」

 

「え〜、今教えてよ〜」

 

「内緒〜」

 

「え〜! ぶ〜ぶ〜」

 

季衣が唇を曲げてむんつけるが、一刀はいいからいいからと言って、季衣を引っ張っていく。

 

まぁ兄ちゃんがいるならどこでもいっか、と季衣は慣れぬ麦藁帽子を揺らして、歩幅の違う一刀の隣を楽しそうに歩くのだった。

 

2人がしばらく歩いていくと、段々と人気がなくなっていく。

 

それはそうだ、この方角だとお城へとついてしまうのだから。

 

もう帰っちゃうのかな、と少し残念に感じながら季衣がついていくと、一刀は城の中には入らず、そのまま庭の方へと向かうようだ。

 

しかも一刀がこちらを向いてくる。

 

「兄ちゃん?」

 

季衣が不思議そうに顔を上げると、一刀が季衣の軽い体を抱えあげたではないか。

 

「ここから先は、ちょっと茂みを通るからな。

 ちょっと我慢しててな?」

 

「う、うん」

 

恥ずかしさから季衣がちょっと俯いて返事すると、一刀はゆっくりと茂みの中へと入っていった。

 

ガサガサと草木を薙ぐ音を立てながら、一刀は中庭のどんどん奥へと入っていく。

 

やがて開けた場所に出た季衣は、一刀にそっと降ろされると、しゃがんでと頼まれた。

 

言われた通り地にしゃがんだ季衣は、一刀の腰下辺りから不思議そうに一刀の顔を見上げる。

 

 

「……ほら、これだよ」

 

「うわぁ!」

 

-9ページ-

 

「ちょ……あの2人、どこに行くってのよ?」

 

華琳の呟きは、ここにいる全ての者たちの心の声だった。

 

城へと戻ってきたのは意外であり、不都合でもあった。

 

人ごみならば気配を誤魔化せるが、こう見晴らしの良いところではそうもいかない。

 

城の中庭を見通せる通路の影から、そっと後ろをついてきた追尾組みは、一刀が季衣を持ち上げて木々の奥へと入っていくので、気が気ではなかった。

 

しかもあの奥は特に手をつけていない場所であり、いまだ城でも未整理の場所である。

 

そんなところに入っていく一組の男と女……

 

「あ、あのケダモノ! 季衣をあんな人気のないところに連れ込んで! ついに! ついに本性をあらわしやがったわね!」

 

季衣と一刀が木々の陰へと消えていくのを探ると、桂花は血走った瞳を皿のようにしていた。

 

握った拳が鬱血し、力の入りようが伺える。

 

「か、かかかかか一刀が、そそそそそんな事をするわけがないだろう」

 

一応まだ北郷のことを信じられるのか、春蘭が汗をだらだらと流しながら反論した。

 

「いや〜んなの〜、もしかして隊長って外でするのがお好きなの〜? どきどき」

 

「あちゃ〜、まじかいな。

 外は寝る側が痛いんやないの?」

 

「芝生のような整えられた場所なら、案外大丈夫だ」

 

「……秋蘭様、なんでそんなこと知っとるん?」

 

「………………」

 

ジト目で流し見る真桜に、押し黙った秋蘭が視線を逸らした。

 

「そ、それよりもどうします?

 このままだと兄様達を見失っちゃいますよ?」

 

今はそんな事を気にしている場合じゃないと流琉が動き出すと、他の者達も動き出す。

 

茂みは音が立ちやすいので、誰もが差し足忍び足で進んでいたが、その分足取りがゆっくりとなってしまった。

 

すでに一刀達の姿は視界から消え、どこにいるのかがわからない。

 

細心の注意を払いながらも進むが、相手が相手なだけに安心は出来なかった。

 

辺りの気配を、かつてない緊張感で探る春蘭を先頭に、一同はそろりそろりと進む。

 

「ったく、こんなところに入っていくなんて、相変わらず非常識ね」

 

声を抑えた桂花が服にひっかかる枝をそっと外した時、前方の動きが止まった。

 

歩みを止めた春蘭に、皆も金縛りにあったかのように立ち止まる。

 

すると、自分達の進む先……一際高い茂みの向こう側から、かすかに男の声がした。

 

 

「……ほら、これだよ」

 

中腰で固まっている全員は、そのかすかに響いてくる声に耳をそばたてるのであった。

 

-10ページ-

 

「……ほら、これだよ」

 

「うわぁ! パンパンで破裂しそう……触ってもいい?」

 

「ああ、なんならちょっと口にしてみるか?」

 

「え? いいの?」

 

「ああ、でもその前に外に取り出さないと……季衣、そこからやってみる?」

 

「うん!」

 

「固そうに見えるけど、まだ柔らかいから痛みやすいんだ……そっと、そっとね」

 

「な、なんか恐いよ、こ……こう?」

 

「そうそう、上手いよ」

 

「ん〜っ……ん、ちょっと……引っかかるなぁ……よっ……あっ、やった! 兄ちゃん、出てきたよ〜っうわ、すごいおっきい」

 

「よーし、それじゃあここをこうしてっと……ほら季衣、こうなってるんだよ」

 

「えっと? ……ずいぶん真赤だねぇ、これ口に入れても大丈夫なの?」

 

「勿論だ、ほら、どうぞ?」

 

「う、うん……じゃあ、いただきま〜す……ジュッあむ、んむ、ジュク……クチュ、んむ……ン、ク……」

 

「ど、どうかな?」

 

「しぅが……一杯でてきて、んく、あむ……おいしい!」

 

「そうか! いやぁ、良かった」

 

「ぼく、こんなの初めて……ん? に、にがーい! っぺっぺ」

 

「あはは、好きな人はそれが好きらしいんだけどね」

 

「ええ〜、ぼくこんなに苦いのはやだよ〜」

 

「そっかそっか、まぁ別に無理に飲み込まなくていいからさ、外に吐き出しちゃいな」

 

「うん! あ〜ん、ジュク、クチュ……チュク、ンク、ンク……ムグ、ぺっぺ」

 

「上手い上手い、段々慣れてきたね」

 

「うん、それにこれなら流琉も喜ぶね!」

 

「そうだといいんだけど……流琉も初めてかなぁ?」

 

「だと思うよ〜、でもこんだけ大きかったら、きっと驚くよ! ジュ、ゴク……ジュク、チュク……ンク」

 

「はは、そうかそうか、いやぁ! なんか俺、自信ついてきちゃったかも」

 

 

 

「「「「「「一体! なんの自信だあああああああ!!!???」」」」」」

 

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「あっははははははははは! っはははははははは!!!」

 

「そ、そんなに笑うことはないでしょう!? シャク……ジュク、チュル、んく」

 

「い、いやぁ悪い悪い、でもよ……ははは!

 だっていきなり藪の中から飛び出してきたもんだからさ、動物かと思ったら、華琳達が顔真っ赤にして睨んでんだもん。

 そりゃビックリの1つくらいするって!」

 

「う、うるさいぞ一刀! もう笑うでない! チュク、モグ」

 

「シャク、チュク……んん、ゴクッ……なかなか苦いな、だが好きだ」

 

「そうよ! この精液獣人、貴方の普段の行いってものが……モグ……チュク」

 

「そら逢引しているんだから、そう思われても仕方ないですやん、隊長……アム、ンック」

 

「そうなの〜! 2人してあんな茂みの方へ行くんだもん、沙和なんてもう、心臓バックバクだったんだから〜……チュシュ、シャク」

 

「そうですよ兄様、兄様が季衣と”でえと”だなんて……ぶつぶつ……シャク、チュク……ッゴク」

 

少し不貞腐れながら”スイカ”に齧り付く流琉の頭を、一刀は苦笑しながら撫でた。

 

撫でられながら食べるスイカ、その中に混じる種を噛み潰しては、にがいのも結構美味しいと感じる。

 

季衣とは違い、流琉はスイカの種が大丈夫なようだ。

 

縁側に座って蝉の鳴き声を聞きながら、城へと持ち帰った大きいスイカを切り分け、皆で並んで食べていた。

 

瑞々しいスイカを食べる音が、夏を感じさせてくれる。

 

「それにしても……なんであんなところで、スイカなんて作ってたのよ」

 

「いやぁ、あの辺りは巡回の死角だから見回りを兼ねて、な。

 それに今度やる果樹園の試作に、丁度よかったんだよ」

 

「果樹園って、あの計画? 本当に人工的に受粉をさせられるの?」

 

「ん〜まだ課題はあるけど、”石松子”はもともと花粉の増量剤として、使うつもりだったからな。

 後で報告書提出しておくよ」

 

「そう、期待しているわ」

 

__あ〜あ、バレちまった……また仕事が増える。

 

「そっかぁ……”でえと”って”逢引”の事だったんだねぇっぺぺぺ」

 

一刀の膝上に座る季衣が、なるほどと種を吐きながら納得する。

 

「え? 知らなかったの?」

 

「うん! だって沙和ちゃん達そんなこと言ってなかったもん」

 

「そうかぁ、おいお前ら、言葉が足りてないのは問題だぞ」

 

ジト目で小突かれる真桜と沙和は、てへへと誤魔化すように笑っている。

 

2人の悪企みを見抜いていた一刀としても、勿論ふざけているだけである。

 

「じゃあ今日、ぼくは兄ちゃんの恋人なの?」

 

「え? ま、まぁそういうことになる、かな?」

 

後ろへ振り返った季衣の視線が、間近でぶつかった。

 

目の前で大きく開かれる純粋無垢な黄金色の瞳、そして季衣のストレートな表現に、思わず一刀もドキリとしてしまう。

 

お互いに見つめあうようにして、顔を見合わせていた。

 

 

 

ッチュ

 

 

 

「っ!?」

 

世界が止まった。

 

一刀と季衣、2人の唇の触れ合いをみて固まる一同。

 

「んっ……」

 

頬を赤らめた季衣が恥ずかしそうにそっと離れると、目をパチクリとしている一刀の顔を見て、不安そうな表情へと変わる。

 

「よ、よくわかんないけど……口付けって、大好きな恋人とするもんだって、父ちゃんと母ちゃんが言ってたんだけど……」

 

__何を教えてんだあああ!! あのお2人さん?!

 

体中の汗腺からじっとりとした汗が滲みだす。

 

「兄ちゃん……嫌だった?」

 

呆然とする一刀の反応がないせいか、悲しそうに見上げてくる季衣に、一刀は勢いよくぶんぶんと頭を振った。

 

喜んでくれたと感じた季衣は、また前を見てスイカを齧りだす。

 

楽しそうに足をブラブラとさせて、種をぷっぷと飛ばしていた。

 

膝上の小さな体へ一刀は腕を回すと、季衣のピンク色の髪に一刀は顔をうずめた。

 

「ぅん? 兄ちゃん?」

 

季衣の後頭部に額をぶつける一刀。

 

季衣は不思議そうに一刀の名を呼んだが、返事も返ってこないし、じっと止まっていた。

 

首筋にあたる一刀の息づかいを感じながら、まぁいいか、とスイカを食べ始める。

 

さて、どうして一刀は俯いて顔を隠しているのかというと……

 

「一刀……お前」

 

「変態」

 

「罪状は?」

 

「少女性愛者……有害指定、極刑ね」

 

この周りからの執拗な言葉攻めと責める視線に、耐えられそうになかったからだ。

 

「隊長〜、首から上が真赤やで」

 

「季衣ちゃんいいなぁ〜、沙和超〜羨ましいかも〜」

 

それに、どうも反論も出来そうにない。

 

自分の顔が火照るように熱くなっているのは、自覚しているのだ。

 

__ほのかに、甘いスイカの味がした。

 

一刀は唇に残った柔らかな感触を思い返し、季衣の髪から香る日向の匂いを感じながら、照れる自分の顔を隠すことしか出来ない。

 

そんな一刀の姿を、隣で不安そうに見上げている少女がいた。

 

流琉である。

 

__よし、今度の休日は……私も……

 

 

そう決心した一人の少女であった。

 

-12ページ-

 

貴方の一番になりたい。

 

 

 

「新作のお菓子?」

 

「ええ、夏用の”でざーと”を考えているんですけど、いい案がなくて……」

 

「う〜ん、そうか」

 

一刀の部屋を訪れた流琉は、書簡の山に埋もれている一刀へと問いかけた。

 

忙しい中、このような話を持ちかけるのは気が引けるが……

 

流琉は心中で焦っていた。

 

先日の季衣と一刀の”でえと”。

 

しかも最後に見てしまった衝撃の光景。

 

__私だって、気持ちで季衣に負けてない!

 

今日こそはと心に決めた流琉は、どうにか一刀を連れ出せないかと思案していた。

 

そして思いついたのはこういう手だ。

 

新作のお菓子の話を持ちかけ、材料の買出しから始まって、その後はゆっくりと料理を食べてもらい、夜は……

 

まさに一大決心と言える。

 

「そうだなぁ、最近暑くなってきたしな」

 

流琉が来たのでとりあえず筆をおいた一刀だが、一刀は1度だけ頭を捻ると、そのまま再び筆を握った。

 

「う〜ん、ごめん流琉。

 ちょっと今思いつかないや、後でなんかいいの思いついたら書き留めておくよ」

 

そう言うと、また新しい書簡へと手を伸ばそうとしたではないか。

 

「だ、駄目です! 今日お願いします!!」

 

思わず叫んでしまった流琉。

 

それに驚いて手をぶつけてしまったのか、一刀の前に積まれてあった書簡の山が崩れ、隠れていた一刀の顔が露になった。

 

目をパチリとさせ、放心している。

 

「……えっと、流琉?」

 

ぽつりと漏らすように呼ばれた流琉は、バッと俯き頬を紅潮させた。

 

俯いたまま動かなくなってしまった流琉に、一刀は困ったように頬を掻く。

 

__どうしたんだろ? 流琉が珍しいな。

 

目の前を見れば、やるべき仕事が文字通り山の如し。

 

しかし、こうまで流琉が食い下がるのも珍しい。

 

さて、どっちをとる?

 

__ま、決まってるけど。

 

持ち上げかけた書簡を置き直した一刀は、すっと立ちあがった。

 

ふるふると震えながら立ちつくす流琉の頭をそっと撫でる。

 

「……にぃさま?」

 

かぼそい声を上げる流琉に、本当にどうしたんだろうと感じながら、一刀は流琉の手をとった。

 

「うん、今ちょっといい考えが浮かんだんだ、新作のデザートのね」

 

一刀が気を使っているのを、流琉は気づいていた。

 

その証拠に、どうすればいいかと表情に浮かんでいる。

 

しかし今日こそはと意気込んでいる流琉は、一刀の腕を取ると外へと向かって歩き出した。

 

勇気をだして、踏み出さなければならない。

 

 

そう強く気持ちに刻み込みながら……

 

-13ページ-

 

「おお、今日もここは色んなの売ってるなぁ」

 

一刀と流琉が訪れたのは、国外からの商団が揃って店を出す市場だった。

 

国外から入ってきた商人は、一定の期間は街の中の市へは出展出来ない。

 

一定期間ここで監視され、それで合格した者だけが洛陽へと入れるのだ。

 

だから洛陽への入場札は、商人達にとってのプレミアチケットであった。

 

現在洛陽の復興の噂は各地に轟いている。

 

商売人であれば魂が疼くのだ。

 

これはチャンスだと。

 

その商魂逞しい者達が、こうして郊外に設置された市で、問題を起こさないように気をつけながら商売に精をだしているのである。

 

よってここは洛陽でもとりわけ、名品、特産品、珍品、怪品と様々な商品が並ぶのである。

 

ここに何かいいものはないかと、一刀が考えながら辿り着いたのだ。

 

流琉に良い案が浮かんだと言ってしまった手前、何かしら発案をしなければ格好がつかない。

 

__さて、何かめぼしい物はないかな、と。

 

一刀が流琉の手を繋ぎながら歩いていく。

 

流琉も一刀の手をぎゅっと掴んで、先ほどのように取り乱さないようにと気をつけていた。

 

「やぁやぁいらっしゃい! お、そこのお兄さん、かわいい妹さんをお連れですね」

 

「あら、可愛いお連れ様ですね、うちの品はお嬢さんみたいな方に、ぴったりな品を扱ってますよ」

 

「へい旦那! うちの品を見ていってくださいよ! 妹さんにお似合いの装飾品を取り揃えてますぜ」

 

一刀達をみかけた商人達が、次々に声をかけてくる。

 

なんでだろうと一刀は疑問に思ったが、流琉の格好をみて合点がいった。

 

一刀が着ている平服とは違い、流琉が着ている服はそこそこ上質なものだ。

 

彼女の明るい新緑色の髪もあいまって、人目を引くのだろう。

 

しかし流琉はかけられる声をかわしながら、立ち止まりもしない。

 

いつもなら余裕を持って応対をする流琉だが、何か不機嫌そうに進んでいく。

 

__流琉、どうしたんだろ?

 

一刀の疑問が膨れ上がる中、角で小さな露天を営んでいる女性が声をかけてきた。

 

「あら、可愛い彼女さんをお連れですね、そう、そこの貴方、お兄さん貴方ですよ」

 

ピクッ

 

露天のおかみさんに呼び声をかけられた流琉の体が、ビクリと動いた。

 

「兄様! このお店を見ましょう」

 

晴れた笑顔を向けてきた流琉に、一刀も異論はないので頷く。

 

「やぁ、何か珍しいものは扱ってるかな?」

 

「そりゃあもう、たっくさんありますよ。

 ほら、まずはこれなんてどうです?」

 

露天商の女性が取り出したのは、緑色に輝く首飾りだった。

 

小柄な装飾だが、首に巻くには丁度いい位だと思う。

 

「へぇ、綺麗だね。

 これは何で出来ているの?」

 

「これは翡翠を加工したものなんですよ。

 ここまで綺麗な発色をしたのは珍しいんですよね。

 これがそれと同じ原石です」

 

「なるほどね……翡翠、か」

 

一刀は首飾りを手にとって日に翳す。

 

光の偏光によって、透明感のある新緑色の首飾りは、中々珍しいように思う。

 

しかし流琉にこの首飾りというのも、どうだろうかと考えた。

 

ちらりと見下ろせば、流琉が興味深げに見上げている。

 

一刀は静かに首飾りを下ろすと、女性へと返した。

 

「あら、お気に召しませんでしたか?」

 

「いや、そんな事はないんだけどね。

 今日の俺達は装飾品っていうより、食べ物を見にきたんだ」

 

「食べ物ですか?

 そうですねぇ、うちで取り扱っているもので、どうにか食材関係で珍しいのは……何かあったかしら?」

 

あっさりと引いた女性は、ゴソゴソと荷物を漁ると、ポイポイと物を取り出していく。

 

食べ物はあまり扱っていないのかな? と思い無理に探さなくてもいいですよ、と言おうとした一刀だが、中から白い塊のようなものを目にした途端に出かけた言葉を引っ込めた。

 

一刀はその白い塊を見ると目を細め、急に緊張した表情へと変わる。

 

「お姉さん、それは? その白いの」

 

「え? ああ、これは徐州からこちらへ来る時に、ここの近くの山を通りましてね。

 夫が足を滑らせて、洞窟のようなところへ落っこちちゃったんですよ。

 そこの奥で見つけたらしいんですけど、変な塊ですよねぇ……でも宝石ってわけでもないんで、珍しい漬物置きにでもいいかと」

 

「ちょっとそれ、見せてくれないかな?」

 

「ええ、いいですよ、少し重いから気をつけてください」

 

女性から白い塊を受け取った一刀は、食い入るように覗き込む。

 

「……お姉さん、これ拾ったところ、覚えてる?」

 

「ええ、大体は覚えていますよ。

 怪我した夫が動けるようになれば、案内することも出来ると思います」

 

ニコニコと笑顔で笑いかけてくる女性に、一刀はさらに質問をした。

 

「お姉さん達は、最近ここに来たの?」

 

「え? はぁ、そうですね。

 曹操様が洛陽にいらっしゃってからは、洛陽が商売にいいって人伝に聞きまして……でも結構大変なんですよ。

 まさか街に入るところから許可がいるなんて、思いもしませんでしたから。

 夫も崖から落ちて怪我してしまいましたし、治療費もねぇ」

 

「許可証……欲しいですか?」

 

「っえ!? いやですよ、おからかいになって。

 裏取引なんてばれちゃったら、出入り禁止になっちゃうんですよ?」

 

いやですね、と手を振るう女性だが、一刀は至って真面目だ。

 

「ちゃんとした正式の許可証ですよ、腕のいい医者も紹介させて頂きます。

 それで治ったら、こいつが落ちてたっていう場所へ案内してくれませんか?」

 

「はぁ、まぁいいですけど……」

 

どうせ無理だろうと思っているのか、女性も軽く流しているだけだ。

 

しかし一刀は巡回している北郷隊の隊員を呼び止めると、すぐさま許可証を発行させにいく。

 

一刀の命令一つに正式な許可がすぐさま下りた。

 

手元に渡された許可証に、白昼夢でも見ているのかと呆然とする女性。

 

さらに一刀は華佗を呼びつけると、すぐさま彼女の旦那を治療してしまった。

 

突然の事態についていけない男であったが、足の怪我も治り、商人ならば喉から手が欲しいほどの許可証を渡されたので、たちまち元気になる。

 

2人からお礼を述べられる一刀だが、取引の話を進めると洛陽から近いというので、その日のうちに向かうことになった。

 

せっかくの”でぇと”が……と内心落ち込む流琉だったが、一刀と2人で山に行けるというのは、とても久しぶりのような気がした。

 

__あの時、狩りにでて、稟さん達と初めて会った時以来だっけ。

 

そう思えば、なかなか悪い気はしない。

 

案内役の夫妻はいるが、一刀と自然の中を散歩出来るのならば、とても気持ちのいい事のように思えたのだ。

 

夫妻が今日は店じまいだと、早々に小さい店をたたんで、一刀と流琉を山へと案内する。

 

いくら近いといっても、徒歩では時間がかかるだろうと思われたのだが、いざ案内されてみれば、洛陽から2刻ほどしかないところにある、大きな山であった。

 

「えっと、確かこっちでさぁ」

 

男が嫁さんの手を引いて、山を登っていく。

 

「まさかこんな近いところにあるなんてな、意外にも程があるよっと……流琉、大丈夫?」

 

「はい、大丈夫ですよ。

 山道は慣れ、きゃ!」

 

「おっと、危ない」

 

足を滑らせた流琉を、一刀が抱きかかえる。

 

__に、兄様。

 

一刀の胸に飛び込む形になった流琉は、ドクンドクンと心臓が高鳴るのを感じた。

 

「気をつけてな」

 

「は、はい!」

 

腕を差し出してくる一刀の手に、遠慮なく抱きついた流琉の足取りは軽い。

 

ここならば、誰に遠慮することもないのだ。

 

そして道なき道を大分進んで、確かに洞窟のようなものが現れた。

 

その洞窟は地下の方へと向かっており、奥が見えない。

 

「旦那、ここでさぁ」

 

「ここが……それにしても、よくこんなところを通ってきましたね?」

 

「いやぁ、あっしが足を滑らせちまったんでねぇ……ほら、上のあそこに道が見えませんか?

 あそこから荷物ごと落ちてきたんですよ。

 それで妻の助けを借りて足を引きずりながら、なんとか下山した次第でして」

 

__なるほど、あそこに道、か……ここは死角だな。

 

一刀が上を見上げると、確かに洞窟の上10メートルほどのところに、舗装された道があるようだった。

 

この高さから落ちたのに足の怪我だけですんだのは、荷物を下敷きにして助かったということか。

 

「ありがとうございました。

 これはお礼です」

 

「って、旦那、こりゃ受け取れねえっすよ。

 しかもなんてえ額ですか!」

 

一刀が渡したお金は、小さな店を構えられる位の額があった。

 

流石にこれは受け取れないと固辞する夫妻だが、笑顔の一刀はやや強引に手に握らす。

 

「いえいえ、許可を受けたんで、街に新しくお店を構えるお金も必要でしょう。

 それの足しにでもしてください」

 

夫妻としても、事故をしたことで失った荷物の損失は大きかったのか、一刀が渡すお金は非常に魅力的であった。

 

深く頭を下げてお礼を述べて下山していく夫妻を見送って、一刀は洞窟へと向き直る。

 

「流琉、ちょっと探検してかない?」

 

ついに2人っきりになった流琉は、一刀の誘いを断るわけがなかった。

 

 

「はい! 行きましょう!」

 

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「うわ、こりゃ暗いなっと……流琉、掴まって」

 

洞窟の中へと入った2人は、体を寄せ合いながらゆっくりと進んでいく。

 

いつぞやのジッ○を使って明りを灯してはいるが、それでもほとんど先は見えない。

 

一刀の腰辺りにしっかりとしがみつく流琉は、足元に気をつけながらも、辺りを見渡していた。

 

「兄様、ここに何かあるんですか?」

 

よくわからないと頭を捻る流琉に、一刀は辺りの壁を触っている。

 

そしてどんどん奥へと入っていくと、ピタリと一刀が止まった。

 

流琉がどうしたのかと見上げるが、一刀は向かう先を見つめている。

 

そしてジッ○を突き出して、明りを前方へと照らすと、真っ白な壁が現れたのだ。

 

「これは凄い……流琉、大発見だよ!」

 

だよぉ、だよぉ、だよぉっと、何度も反響する洞窟内。

 

そして一刀は興奮する余り、流琉を抱きしめて、くるくるとその場で回りだしたのだ。

 

一刀にぎゅっと抱きすくめられ、流琉の顔がこれでもかと赤く沸騰する。

 

しかしここは洞窟の奥深くで暗いので、どうやら一刀には気づかれずにすんだようだ。

 

「に、兄様、一体どうしたんですか?」

 

「ほら流琉、この白い壁を触ってごらん?」

 

言われたとおりに流琉が白い壁を指でなぞると、ざらざらとした感触を指先で感じる。

 

「? これが?」

 

「舐めてみ?」

 

「ペロリ……っ! しょ、しょっぱいです!」

 

そして流琉もここに至って、この白い壁がなんなのかを理解した。

 

「も、もしかして……これって、全部塩なんですか!?」

 

「そう……岩塩さ。

 こりゃ珍しいよ、まさか洛陽の傍にあるだなんてね」

 

感心するように壁を撫でる一刀。

 

流琉が気がつかなかったのも無理はない。

 

塩は貴重品だ、特に海の遠い場所では。

 

こんなに大量の塩の塊……いや、壁など見たこともないだろう。

 

コンコンと壁を叩く一刀は、次に大声を上げる。

 

反響してくる音の長さから考えても、そうとう奥深い洞窟だということが伺えた。

 

「層がぶ厚い、しかもまだずっと奥の方にまで続いているようだ……こりゃあ、塩の一大産地になるな」

 

「やりましたね兄様!」

 

料理人である流琉も事の重大さを理解し、興奮して一刀と手を取り合って小躍りする。

 

「ああ! 流琉が今日、あのお店を見つけてくれたからだよ!」

 

「そんな! 兄様がいなければ、気づきませんでしたよ!」

 

「いやいや、流琉がいてくれたからさ!」

 

「兄様ですってば!」

 

「流琉だって!」

 

「兄様です!」

 

言い合う2人はお互いに顔を付き合わせると、会心の笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、どっちもってことにしようか?」

 

「そうですね! このことを早く華琳様にお伝えしないと」

 

これで塩の値段が下がると嬉しくなった流琉が洞窟を出ようとすると、一刀が待ったをかけた。

 

「兄様?」

 

「う〜ん、これだけ塩があれば、もしかしてあれが出来る……かも?」

 

悩む一刀だったが、とりあえず塊を持って帰ろうかと提案し、流琉が転がっている一抱えほどの岩塩を持ち上げて、2人は足取り軽く下山するのであった。

 

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「でかしたわ! 2人とも大手柄よ!!!」

 

華琳の喜びの声は、かつてないほど大きなものであった。

 

洛陽へ移ってからというもの、相次ぐ復興作業に、福祉援助、そして麗羽と美羽の軍を吸収したことによる肥大的な戦力増強と、はっきり言って国庫は過大支出の一途だったのだ。

 

陳留時代に貯めていた国庫も、そろそろ底が見え始めており、桂花が目の下に隈を作る日が増えていた。

 

魏は内政に力を入れている。

 

その現状から、疲弊した魏の他州もしっかりと管理しなければならないので、税収を悪戯に上げるわけにもいかない。

 

しかし洛陽という大都市は、地方からの税収がなければ運営できない、基本的に消費が先駆する土地柄なのだ。

 

それを抜本的に解決しようと、農地開拓等を進めてはいるが、そう簡単に収入には繋がらない。

 

直ぐにお金に変わる、特産品とも呼べる安定的な資源が必要だったのだ。

 

塩は人の生活に不可欠である、しかもこの辺りでは海が遠く、塩の価格は輸入品で足元を見られ、割高になる傾向がある。

 

あの岩塩を国営にすれば、塩の価格もこちらでコントロール出来るし、はっきりいって”超”儲かるのだ。

 

塩の値段も下げられて民の支持も得られるだろうし、まさに一石三鳥、四鳥にもなる大発見。

 

持ち帰った岩塩の塊を前にして、桂花が思わず口元を綻ばせる。

 

「たまには役に立つこともあるじゃない! でかしたわよ! この破廉恥漢!」

 

「っはっはっは! そんなに褒めるなよ桂花!」

 

と、思わずお互いに肩を叩き合ってしまったほどだ。

 

さっそく明日にでも隊を編成し、調査へと向かうという。

 

皆の喜ぶ顔が見れて、一刀と流琉も嬉しくなる。

 

「それにしてもまさか内陸の洛陽に塩があるなんてね、考えもしなかったわ。

 貴方達、何か望むものはない?」

 

褒美は何がいいかと華琳が問うが、一刀も流琉も特に要望はなかった。

 

それでは沽券に関わると思う華琳だが、だからといって無理に考えさせるのも違う。

 

仕方がないので、後日何か思いついたらということで、2人はご機嫌の華琳の政務室を後にした。

 

「華琳様達、喜んでくれましたね」

 

岩塩を抱える流琉が嬉しそうに一刀を見上げる。

 

一刀も流琉に笑いかけながら、2人して食堂を目指していた。

 

どうしてかと流琉が問うと、この岩塩を使って作りたいものがあるのだという。

 

「じゃあ、流琉はちょっと待っててね」

 

そういうと一刀が食堂から出て行ってしまったので、流琉は抱えていた岩塩を食卓の上に置いた。

 

「ふふ、兄様ったら、あんなにはしゃいじゃって」

 

洞窟での一刀の喜びようを思い出すと、自然と流琉から笑みが零れる。

 

「それにしても、まさかこんなことになるなんて思わなかったな。

 兄様を”でえと”に誘いたかっただけなんだけど……しかも、か、かか……”彼女”って言ってくれたのが、あの人だけだったからだなんて……うぅ、恥ずかしくて人に言えないよぅ」

 

思い返して恥ずかしくなったのか、流琉が赤くなって顔を手で覆った。

 

「……兄様、何を作ってくれるんだろ?」

 

この塩の塊を使ってと言っていたから、とりあえず”でざーと”ではないだろう。

 

この時間から揃えられるものといえば、野菜か肉料理だろうか? 

 

そんなことを考えていると、一刀が荷物を抱えて戻ってきた。

 

その手にあるものを見て、思わず流琉が眉を潜める。

 

「兄様? 氷なんか持ち出して……どうするのですか?」

 

そう、氷だ。

 

一刀が抱えるものの中に、氷が混ざっているのだ。

 

冬場に氷室で保存しておいたものである。

 

一刀は慌てて人差し指を口に当てると、辺りの様子を伺うように警戒した。

 

「しー! しー! 氷はこっそりくすねてきたんだ、2人だけの内緒にしててくれよ、な?」

 

2人だけの内緒……

 

その言葉に、流琉もコクリコクリと頷いた。

 

「さ〜て、上手くいってくれよ」

 

一刀は調理器具をいくつか取り出すと、氷と岩塩を砕いて同じ器に入れた。

 

その中にもう一つの小さな器を入れ、その器に白い液体や、卵黄、砂糖等を加えていく。

 

「兄様、それって牛乳ってやつですか?」

 

「そうだよー、沙和にお願いして今日の絞りたてを貰ってきたんだ。

 ちゃんと加熱消毒はしてあるから、大丈夫だぞっと」

 

具財を入れ終わったのか、一刀は手早く器の中身をかき混ぜる。

 

すると、徐々に液体だったものに粘り気が出てくるではないか。

 

「おわ、つめってぇ! 流石に吸熱反応もここまでくると凄いな、マイナス20度は伊達じゃないっと……」

 

あまりの冷たさに思わず手をすり合わせる一刀。

 

その光景を流琉は不思議そうに眺めていた。

 

やがて器の中身がかき混ぜられないくらいに固まると、中身を掬うようにしてお皿の上に盛り付ける。

 

こんもりと山なりに形づくられた固体は、自身の冷たさを主張するように白い靄がかかっていた。

 

目の前に置かれた物体に、流琉の瞳も輝く。

 

「はい、おまちどうさま。

 アイスクリームの出来上がり〜」

 

「あいすくりーむ、ですか?」

 

「そうそう、とにかく食べてみてよ。

 とっても冷たいから、今日みたいな日にはもってこいなんだよ」

 

季節は夏に入ったので、気温が高い。

 

もう日が暮れるというのにも関わらず、未だうだるような気温は続いていた。

 

流琉の額にも汗で髪がひっついている。

 

一刀が自分の分も盛り付けたので、2人して箸を手に持った。

 

スプーンがないのである。

 

2人は同時にアイスへ箸をつけると、一口分を持ち上げて、一緒に口へと入れた。

 

「「ん〜〜〜〜っ!!!」」

 

舌の上に広がる牛乳の濃ゆくて優しい甘さ。

 

ジェラートに近いゆっくりとした解け具合を、楽しく舌で転がす。

 

「美味しいです! 兄様!」

 

初めての食感に、流琉の笑顔が弾ける。

 

えへへと笑う流琉に、一刀も笑い返した。

 

「結構上手くいったな、岩塩様々ってところだ」

 

「これはどうやって作るのですか?」

 

「ん〜、氷に塩をかけると、0度よりも下がるんだ」

 

「0度?」

 

__そうだよなぁ、そういうゼロの概念も難しいよな。

 

一刀はそう思い、塩をかけた氷の器を流琉へと差し出す。

 

渡された鉄製の器を持つと、信じられないほどの冷たさになっていた。

 

「ひゃっ、冷たい!」

 

予想以上の冷たさに驚いた流琉が器を手放す。

 

そしてあまりの冷たさに白くなった手を、一刀がそっと握ってくれた。

 

じんわりと広がる暖かな体温に、流琉の体までもが暑くなってしまいそうだった。

 

「簡単に言うとね、氷に塩をかけると周りの空気から熱を奪うんだ。

 その性質を利用するとね、氷よりも冷たい状態を一時的に作ることが出来る。

 そうやって冷やした空気の中で、こうやって牛乳や砂糖、他には果物の果汁なんかもいいね。

 好きな具財を混ぜ合わせて、徐々に固めていってアイスにするんだよ」

 

「へぇ、そうなんですか……あ、あの兄様? その、そろそろお手を」

 

「ん? っあ!? あはは、ごめんごめん。

 流琉の手がひんやりとしてて、気持ちよかったんだ」

 

「い……いえ」

 

お互いに慌てて手を離した2人は、同じように俯く。

 

耳まで赤くさせた2人は、もくもくとアイスを口へと運んでいた。

 

冷たいアイスが口に入るたびに、自分達の頭が熱くなっているのが際立つ。

 

気まずい緊張を招いてしまった一刀が、心中でどうしようかと悩む中、沈黙を破ったのは流琉であった。

 

「兄様、兄様にとって……私と季衣ってなんですか?」

 

問われた一刀は、何を当たり前のことを聞いてくるんだと思い、口にアイスを運びながら答えようとしたが、不意に現れた気配に顔を上げた。

 

少し横へ視線をずらすと、座る自分の目線と同じ高さに、流琉の大きな瞳がある。

 

鮮やかに映える新緑の髪、ほんの少しの幼さを残した顔立ち、そして季衣と似た黄金色に輝く瞳……潤んでいる。

 

流琉が垣間見せる女性に、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「私と季衣は、北郷一刀の妹……これまでも、これからも、そうなんですか?」

 

「る、流琉……?」

 

兄様ではなく、北郷一刀と呼ばれたのがよほど効いたのか、一刀が流琉の迫力に押された。

 

流琉の瞳に宿る、意思の強さをひしひしと感じる。

 

「私は北郷一刀の……妹にしかなれませんか?」

 

一刀が退いた分、流琉が一歩前に進んだ。

 

狼狽する一刀の様子を、吸い込まれそうに大きな瞳で見つめた流琉は、その黄金色の瞳を閉じた。

 

クイッとわずかに顎を上げ、唇を無防備に突きだす。

 

その姿勢を目の当たりにした一刀は、両手を万歳のように振り上げ、阿波踊りの見本人形のように固まった。

 

そのままじっと止まってしまった流琉に、一刀は体中の汗腺から脂汗を感じる。

 

__えっと、これは……まさか……ええええ!?

 

どうしてこうなったのかがわからない。

 

一刀はあたふたと慌てるが、それで何かが解決するわけでもない。

 

流琉はすでに覚悟を決めている。

 

一刀はどうすればいいのか……いや、求められていることはわかるが、すぐには反応が出来なかった。

 

思考が目まぐるしく逡巡する一刀は、心に問いかける。

 

__お、俺は流琉のこと……

 

しかし、一刀の答えが遅すぎた。

 

パチリと瞼を開けた流琉は楽しそうに笑いかけると、クルリと半回転して後ろ手に指を組んだ。

 

伸ばしかけた手が宙を彷徨い、一刀が珍しく怯えているようにも見える。

 

対照的な2人の表情だったが、背中を見せた流琉は軽い口調で言葉を発した。

 

「も、もう、兄様ったら。

 本気にしちゃったんですか? 冗談ですよ」

 

明るい声色の流琉に、一刀は愕然とした。

 

 

ほんのわずかではあるが……声が震えている。

 

 

「今日は一杯歩いて疲れちゃいました!

 もう私、部屋に戻りますね!

 アイスクリーム、とっても美味しかったです……ありがとうございました」

 

流琉はそう言い残すと、静かに食堂を後にしてしまった。

 

歩いて行ってしまったのだが、その足取りが普通であるからこそ寂しい。

 

残された一刀は、深く肩を落としていた。

 

疲れたように椅子にもたれかかり、魂が抜けたように天井を見上げる。

 

脱力した体をぐったりとさせ、口で浅く呼吸をしていた。

 

はぁ、はぁ、と疲れた息が食堂に響く。

 

しばらくの間、四肢を投げ出していた一刀だが、先ほどの流琉の背中が網膜からこびりついて離れない。

 

__泣いて……たよな。

 

一瞬、きつく天井を睨んだ一刀は軽く頭を振ると、左手で目元を覆うようにして俯いた。

 

こめかみに親指を当て、目元辺りを人差し指で撫でる。

 

しかし、こうしていても仕方がない。

 

わずかな間に、動かすのが億劫になってしまった体に力を入れ、ゆっくりと立ち上がる。

 

そしてパァンと殴るように両頬をぶっ叩いた。

 

「……ッシ!」

 

 

気合を入れた一刀は、ジンジンとする頬を感じたまま、流琉を追うようにして食堂を後にするのであった。

 

-16ページ-

 

「ふぅ、財政に吉報が入って助かったな、これで各所の予算の追加にも少しは応えられるだろう……ん?」

 

秋蘭は一人廊下を歩いていた。

 

明日には岩塩の調査隊を指揮しなければならないため、今日の仕事を早めに切り上げることにしたのだ。

 

最近、徹夜で書簡の処理をする日が増えたので、今夜は早く寝ようと心に決めていた。

 

「ん? ……あれは」

 

少し凝った肩を解しながら歩く秋蘭の視線の先、こちらへ誰かが走ってくる。

 

俯いていてその表情は見えないが、あの新緑の髪を誰かと見間違えるわけもない。

 

秋蘭はどうして流琉が走っているのかと思い、声をかけた。

 

「流琉、どうしたというのだ? 今日は大手柄だと聞いたが……」

 

「………………っ」

 

そのまま走りきった流琉は、秋蘭の胸へと飛び込んだ。

 

びっくりした秋蘭は、飛び込んできた流琉をどうしようかと思うが、それを問うことはしなかった。

 

自分の胸の中でフルフルと震える彼女は、間違いなく泣いている。

 

言葉は要らないと、秋蘭は流琉の背中をそっと撫でると、ゆっくりと自分の部屋へと入れた。

 

部屋へと入った秋蘭は、流琉と少しでも離れないようにと気をつけながら寝床へと座る。

 

そして膝元に顔を押しつけて泣く流琉の頭を、そっと撫でるのであった。

 

 

「ィグ……フグ……ふえぇえええ」

 

漏れる嗚咽が部屋に響いた。

 

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どれくらい泣いていただろうか?

 

ようやく落ち着いてきたのか、流琉はそっと膝から顔を離すと、静かに秋蘭の隣へと座る。

 

流琉の頭を抱き寄せて、秋蘭は流琉が話し出すのをただひたすら待った。

 

そしてポツリと、流琉の張りのない声が漏れる。

 

普段の明るい声からすると、実に痛々しいものであった。

 

ゆっくりと今日あったことを少しずつ話す流琉。

 

それを1つ1つ頷きながら、秋蘭はただ聞いていた。

 

「私……ちょっと浮かれちゃったんです。

 今日は、その……でえとをして貰おうと思って……朝から色々考えて……実際は考えていた通りになったわけではないんですけど……兄様と一緒にお出かけして、途中では、その、色々と嬉しい事もあって……」

 

「そうか」

 

「私、それでその……に、兄様に思わず言っちゃったんです。

 私は妹にしか、成れないのかって」

 

思い返して震える流琉を、秋蘭は強く抱き寄せた。

 

いつものしっかりとした彼女とは程遠い。

 

もう少しで折れてしまいそうであった。

 

「私、兄様にそんな事を言ったら困らせるって、わかってたんです。

 でも……それでも、言わずにはいられなかったんです……諦めたくないから」

 

「ああ」

 

「兄様……とても困っていました。

 あんなに怯えたような兄様、はじめて見た気がします」

 

「そう、か」

 

恐らく北郷も、どうすればいいのかわからなかったのだろう。

 

その光景が想像出来るから、秋蘭としては心中でため息をつかずにはいられない。

 

__もう少し、この手のことに器用であってくれれば、我々もヤキモキせずにいられるのだがな。

 

「私、わかってたのに……言い終わってから、急に怖くなっちゃって。

 この関係が崩れちゃうんじゃないかって……それに気づいたら、誤魔化すようにして逃げてしまいました」

 

「……大丈夫だ。

 一刀なら、わかってくれ”わたし”……」

 

「私……もう、兄様の顔を見れる自信がありません」

 

流琉が一際大きく震えた。

 

「どうしよう……どうしよう……もう、兄様と……嫌です、それは嫌……でも、もう」

 

ガクガクと震える流琉にかける言葉も見つからず、秋蘭は優しく頭を撫でていた。

 

__どうした北郷……お前はそこまでなのか?

 

秋蘭がそう思い至ったとき、扉の外側で気配がした。

 

目を細めて一瞬扉を睨んだ秋蘭は、次の瞬間に表情を崩して微笑む。

 

コンコン

 

「誰だ?」

 

正体をわかっているのに、あえて問う。

 

「俺、なんだけどさ。

 ここへ流琉が来ていないかな?」

 

一刀の声が扉の外から聞こえ、ビクリと流琉の体が跳ねた。

 

泣きはらした顔を上げ、開いた瞳で扉を見る。

 

「……どうする?」

 

声を潜めた秋蘭が流琉の顔を覗き込むと、流琉はどうしたらいいのかと決めかねていた。

 

困ったように下がる眉に、秋蘭は優しく微笑む。

 

「さぁな、ここに流琉はいないぞ?」

 

扉の向こうへ声をかけた秋蘭は、一刀がどう返してくるのかが気になった。

 

しばし黙っている一刀だったが、やがて声が返ってくる。

 

「……じゃあさ、流琉に会ったら伝えてほしいんだ。

 大事な話があるって、俺は中庭にいるから」

 

「承知した、見かけたら伝えておこう」

 

ありがとう、と一言残していった一刀は、そっと扉から離れたようだ。

 

力の抜けた流琉は、安堵したように息を吐いて俯く。

 

一刀の気配が完全に離れたのを確認してから、秋蘭はそっと問いかけた。

 

「中庭で待っているそうだぞ。

 どうする? このまま私と一緒に寝てしまおうか?」

 

「………………」

 

黙っている流琉に、秋蘭はこの一言を伝えた。

 

「一刀を好きな気持ち……誰にも負けないのだろう?」

 

その言葉に流琉の顔が上がる。

 

「いってくるといい。

 一刀と会った後で、もしまた悲しくなったのなら、私のところに来なさい」

 

秋蘭の優しい心に触れた流琉は、コクリと頷くと、立ち上がって扉から出て行った。

 

__流琉を頼んだぞ、一刀。

 

秋蘭は閉じられた扉をしばらくの間眺めていたが、やがて肩を竦めると、布団をめくって寝床に入った。

 

 

そっと目を閉じた秋蘭の心には、流琉を応援する気持ちが溢れるのであった。

 

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「……兄様?」

 

中庭に通じる廊下の角から、そっと覗き込むように顔をだす。

 

しかし中庭には、一刀の姿が見えなかった。

 

まだ来ていないのか、それとも帰ってしまったのか。

 

流琉がそう考えた一瞬の間。

 

背中から首に回すようにした腕に、抱きしめられた。

 

憧れの、そして大好きな人の匂いが鼻腔をくすぐり、思わず流琉もその腕を抱きしめる。

 

「ごめん、流琉」

 

「そんな……私がわるぃっ」

 

流琉が自分を責めようとした瞬間、一刀の腕に力が入った。

 

強く抱きしめて、流琉の言葉を途切れさせる。

 

「季衣には、季衣には話したことがあるんだけど、ちょっと聞いてくれるか?」

 

耳元で囁く一刀に、コクリと流琉が頷いた。

 

「俺は、いつこの世界からいなくなっても、おかしくない身だ」

 

その言葉に、今度は流琉がぎゅっと抱きしめる。

 

だけど、一刀の言葉はそれでは止まらなかった。

 

「俺は唐突にこの世界にきた、だからこそ、いついなくなるか……俺にもわからない。

 もしかしたらずっとここにいれるかもしれないし……いれないかもしれない」

 

そう伝えながら、一刀の心中は自己嫌悪に満ちていた。

 

__これは欺瞞だ……クソッ。

 

今はこれしか伝える事が出来ない。

 

だけどいつか、もし最悪の事態になった時、真実を知る流琉に自分は許してもらえるのだろうか?

 

少なくとも、悲しませる事になるだろう。

 

__そうしないためにも、俺は諦めるわけにはいかない。

 

これからの自分の言葉が、現状では酷い欺瞞だと理解しながらも、それを未来でも欺瞞のままにさせないよう、新たに決意を決める。

 

絶対に諦めない、と。

 

「だけど……」

 

一刀は流琉を振り向かせると、彼女の頭を抑えて目の前へ自分の瞳を近づけた。

 

お互いの吐息がかかり合い、バクンバクンと動悸が跳ね上がっていく。

 

一刀は流琉の瞳を覗き込みながら、しっかりと言葉を区切って、はっきりと伝えた。

 

「流琉……俺は流琉のことが好きだ、大好きなんだ。

 ずっと一緒にいたいと思うし、とても大切な存在だ。

 以前は元の世界のことも気になっていたけど、今はこの世界に居続けたい、そう思っている」

 

「にい、さまぁ」

 

その言葉に感激し、流琉の瞳に涙が溜まった。

 

一刀はゴクリと唾を飲み込み、息を整える。

 

「今はこれしか……キスしか出来ないけど……いつか、全てのことに片がついたら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の……俺の隣で、ずっと一緒に歩いてくれませんか?」

 

「にい、っん」

 

 

 

 

 

 

 

 

一刀は流琉の開きかけた唇を塞いだ。

 

一瞬、瞳孔が開いた流琉だったが、心が落ち着くとゆっくりと瞼を閉じる。

 

 

そうして2人の長い口付けは続いていくのであった……月明りの下で。

 

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「兄様、もちろんさっきの言葉に、季衣も入ってますよね?」

 

まだ目元が赤いが、晴れた笑顔を見せてくれる流琉。

 

一刀はもちろんと返すと、流琉が驚きの言葉を返してきた。

 

「それに……華琳様と、秋蘭様と、春蘭様と、桂花さんと、悠さんと、菖蒲さんと、氷さんと、風さんと、稟さんと……」

 

次々に上がっていく名前。

 

魏にいる将、全員が上がってしまうのではないかと思い、慌ててしまう。

 

「お、おいおい。

 その……いいの?」

 

「何がですか?」

 

不思議そうにキョトンと首を傾げる流琉に、むしろ一刀の方が困ってしまう。

 

「い、いやさ。

 ほら、なんていえばいいのかな。

 あのぅ、そのぅ……」

 

歯切れの悪い一刀に、更に流琉の首が曲がっていく。

 

「私だけを見て、とか……そんな気持ちは?」

 

かなり抽象的な表現だが、流琉は理解したようだ。

 

「え?

 それは……勿論、私だけを見て欲しいって気持ちはありますけど……

 でも、皆さんも兄様の事が好きなのでしたら、兄様には受け入れて欲しいと思っています。

 その気持ちの方が強いんです。

 私は、皆さんのことも大好きですから。

 きっと季衣も喜びますよ? 皆もずっと一緒だって」

 

「そうか……すまん、変な事を聞いた」

 

「? はい!」

 

うれしそうに振り返った流琉が、軽く跳ねるように廊下を進んでいく。

 

__そうか、この時代だと一夫多妻制は珍しいわけでもないんだっけか。

 

権力者やお金持ちが、複数の女性を娶るのは不思議な話でもない。

 

一刀の現状を見れば、密かではあるが影の権力者でもあるし、そんじょそこらのお金持ちでは手が届かないほどの大金持ちでもある。

 

しかも”天の御使い”などという、神がかり超常現象のオマケ付きだ。

 

客観的にみて、必要な条件は満たしているといえよう。

 

__ま、好かれていればの話なんだけど……さ。

 

そう心中で考える一刀だが、自分が結構皆に好かれているのは知っていた。

 

あながち無い話でもないだろう。

 

だがそう思えば思うほどに、自分に課せられた責任を重く感じるのであった。

 

__ぜってぇ諦めらんねぇぞ、こりゃ。

 

そして、自分はいつか絶対に胃に穴が開く。

 

そう懸念して止まない一刀であった。

 

「あ! でも……」

 

「ん?」

 

思い出したかのように振り返った流琉は、にこやかに言い放った。

 

 

「たまにはでいいんですけど……私を一番にしてくださいね? ………………一刀」

 

「ああ、勿論だ」

 

-20ページ-

 

「流琉か……?」

 

扉が開く音を聞いた秋蘭が、そっと目を開く。

 

ととと、と近づいてきた気配は、そっと寝床に入ってきた。

 

布団の中からもぞもぞと這い上がってきた流琉の頭の下に、腕を枕にするように差し入れる。

 

秋蘭の白い腕を枕にした流琉は、にっこりと笑った顔を秋蘭へ見せ、恥ずかしそうに抱きついた。

 

やがてスースーと、かわいい寝息を立て始めた流琉の頭をそっと抱いて、秋蘭も瞳を閉じた。

 

 

__次は、私も頑張らねば。

 

そう心中に思い浮かべながら。

 

-21ページ-

 

どうもamagasaです。

 

 

あまーーーーーーーーーーーーい!

 

 

もう、今回はそう感じて頂ければ幸いです。

途中、自分で書いていてあまりの糖度に、何度頭を掻き毟ったであろう。

 

とにかく、お楽しみ頂ければ幸いです。

 

感想、コメント、応援メール、ご支援、全てお待ちしております!(批判でもOKです!)

 

作品や文章構成に対して、こうしたほうがいい、ああいうのはどうか? などの御意見も、お手数ですが送って頂ければとてもありがたいです、よろしくお願いします!(厳しくして頂いて結構です!)

 

まだまだ力不足で未熟な私では御座いますが、一生懸命改善出来るよう努力をしますので、是非によろしくお願いします!!!

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「過度の期待は、恐らく無理!」

 

この2人だから、この文量になりました。(文字制限ギリッギリ、質はいいのかわかりませんが)

他の人の拠点では、ここまでの量にはならないだろうと思っている。

 

それは仕方が無い。

 

だけどネタが膨れたら、書くかも……結局何がいいたいか、自分でもわかりまスン。

いきあたりばったりなもので、申し訳ない。 

 

 

「季衣」

 

髪を解いた季衣、麦藁帽子の季衣、黄色のワンピを着た季衣。

思い浮かべているうちに、いつの間にか”よつ○&!”に雰囲気が近くなりそうで困った。

 

蝶・可愛い!

 

夏の妖精さんとして、ひまわりでも持たせてみようかね。

 

 

「流琉」

 

ラブコメだぁ、ラブコメ。

どう自然に持っていくかで、かなり苦労した気がする。

しかも読み直して、違和感がせんでもない(?)

拠点を書くときは、プロットのような設計図はなく、ただポケーっとネタのみでつらつらと書いているからか、一貫性を保つのがキツイ。

 

皆様がこれを読みながら予想する、話の流れを裏切れてたら幸せです。

 

今回は、”着せ替え””エヴァの加○を見習ってスイカを育てる””ラブ臭””岩塩””アイス”これでいってみた。

 

う〜〜〜〜む、脈絡がないな! だから無理感が出るのだろう。

ただ読み終われば、最後の秋蘭辺りからは、思いつきで捻ったわりにそこそこ満足出来た感じ……よって、ギリ勝利。

 

季衣と流琉はセットにしておくと会話を考えるのが楽だが、別々に書くとなると、どうお互いを意識させるかが結構難しい。

 

季流√の使命だと思い、そこはこだわってみた次第、いかがか?

 

 

「秋蘭」

 

やっぱ秋蘭様だよ。

こういう感じが大好きなんす。

 

 

「一刀」

 

原作よりも、気楽な気質がちと欠けてしまった感のある季流√の一刀なので、いつか絶対胃炎になるね、彼は。

 

あーそうそう、昔は氷に塩かけてアイス作ってたんだって、マイナス20度位までいくらしいですよ。

あまり詳細まで調べ上げたわけではないので、間違ってたらスイマセン。

 

 

「さぁ、お次はどうしよう?」

 

順当にいけば、アンケートにおいて上位の人たちからって事になります。

だから……オリキャラになるのかな?

 

でも基本、ある程度はセットで書くつもりなので(例えば凪を書く場合、自然と真桜と沙和が繰り上げになる)

 

だから予測がつかない。(呉編もあるしね)

 

 

ゆっくりお待ち頂けると幸いです!

 

 

 

 

では、また。

 

説明
季衣と流琉の拠点となります。
シリアスが続くのはちょっとくど過ぎかと思い、拠点となりました。
お楽しみ頂ければ幸いです。
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コメント
クラスター・ジャドウさん 懐かしいですねww 流琉はまぁ、ハッキリ言って主人公ですから! 仕方ない仕方ない。(雨傘)
通行人さん 季衣と流琉の√ですので、そこは……楽しんで頂けたようでありがとうございます!(雨傘)
深緑さん どうもありがとうございます! 季衣と流琉は最高!(雨傘)
外史だから既に西瓜もあるのかもしれないが、種まで食べてるとは!?…昔のコントで、西瓜の種食べたら西瓜人間になったのを思い出した。それと、塩自体が貴重で、塩の性質など知る者が皆無な状況でのアイス…。流琉って、皇帝ですら食せない珍味を体験したのだと、気付く日は来るのだろうか?(クラスター・ジャドウ)
この二人がメインヒロインだというのを思い出させる回だったw(通行人)
大変結構なお手前でした・・・季衣も流琉女の子ですもんね^^b しかし、華琳様達もナニをしているんだかw(深緑)
akさん 激甘でお届けしました! これからの拠点にもご期待下さい!(雨傘)
hyougoさん ありがとうございます! 後は呉編と残りの拠点、そして第三部とプラスαで終わりますので、気長にお待ちください!(雨傘)
mightyさん 秋蘭ラブですか!? う〜ん、これ以上……甘い、か。 次回になるかはわかりませんが、必ずやりますので、お待ち下さい!(雨傘)
ZEROさん 確かに久しぶりですよね、お待ち下さってありがとうございます! 秋蘭様は、どうしましょうかねぇ。(雨傘)
hokuhinさん 甘い甘いですよね、恋のパワーはすさまじいですから(笑)(雨傘)
kanadeさん いつもどうもです! そう言って頂けるのも。とてもありがたいです!(雨傘)
ヒトヤ犬さん はは、ですよねぇ……ですが、最後には季流√にちゃんとなると思います、予定では。 ですがそういうご意見も貴重でありますので、どうもありがとうございます! これからも宜しくお願いします!(雨傘)
劉炎さん あーまーい! ありがとうございます!(雨傘)
弌式さん 甘さに酔いますよね。 ありがとうございます!(雨傘)
thuleさん それはオーバーキルでは?!(雨傘)
よーぜふさん ありがとうございます! 季衣と流琉だから、甘くてもくどくない感じなんですかね? でもあまーかった!(雨傘)
jackryさん へう(*/∀\*)(雨傘)
poyyさん でっすよね〜、砂糖が吐けちゃいますか? それはそれは甘々ですな、応援ありがとうございます!(雨傘)
ちくわの神さん 病み付きですか? それは嬉しいですね! 他の拠点も、頑張ります!(雨傘)
hallさん 深緑の丸福さん……いつか彼女が表に出てきたら、最高ですね、個人的にですが。(雨傘)
アラトリさんど、そ、そうですね。 言われてみれば……(汗)(雨傘)
namenekoさん ありがとうございます! 春蘭と秋蘭でですか? これ以上甘く?! あ。あの2人で出来ますかね……が、がんばります!(雨傘)
ルルーシュさん ありがとうございます! ゆっくりとお待ち下さい。(雨傘)
根黒宅さん 申し訳ありません! 訂正致しました。 これからもよろしくお願いします!(雨傘)
yosiさん ありがとうございます! 応援していただけて嬉しいです!(雨傘)
うはぁっ!甘い、甘いぞーーッ!!にしても、やっぱり魏の面子は良いな〜(ak)
久しぶりの一刀たちが良かったです。蜀編もよかったけど、季流√といえばやっぱり魏ですね。(hyougo)
あ゛ま゛ぁい゛ぃぃ〜〜♪甘過ぎてニヤニヤが止まらない(*ノ∀ノ) 秋蘭がとうとう動くんですね!!秋蘭LOVEの自分としては次回、期待していいんですよね!?(mighty)
ん〜いいなあ。この感じは久しぶりですね。 秋蘭の行動が気になりますね。(ZERO&ファルサ)
二つの意味で甘い話でした。しかし華琳様達、明命にも負けない尾行でしたねw(hokuhin)
≫ヒトヤ犬さん、その意見はいささか無粋ではないかと・・・。(kanade)
おいおい、作品の名前は季流√ですよ?皆を入れたらもう普通の魏√じゃないですか、タイトル変更しなくちゃ、なんのための季流√という名の作品ですか(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
う〜〜〜〜お〜〜〜!!!!!!甘い〜〜!!!!!!!!!(劉炎)
ふはっ!甘くてたまんねぇっす(´∀`*)   でも好きだw(弌式)
!(*/∀\*)はぅ・・・・17359ダメージをうけた(thule)
・・・あーーーーまーーーいーーー!(某味王風) もうにやにやとかなんですか?すばらしすぎます・・・ 普段ならもげろといいたいところですが、季衣も流琉も幸せそうだし・・・ありがとうございます(よーぜふ)
口から砂糖が吐けそうなほど甘ーーーーーーーーーーーーーーーい!!(poyy)
この甘さが病みつきになりますw他の拠点にも期待しています!!(ちくわの神)
いい話じゃないですか!これぞ季流√!そしての新緑の髪の女性がどこの間諜なのか気になりますね。次回が楽しみです。(hall)
鉄製の器+0度以下=素手で触らないように(´・ω・`) !!(アラトリ)
拠点はいいすね!!出来たら春蘭と秋蘭にこれ以上の甘い話を!!お願いします。(土下座中)(VVV計画の被験者)
次の拠点も期待しています!(ルルーシュ)
p3: 李典って真桜のことじゃなかったっけ?沙和は于禁だとおもったんだけど。(根黒宅)
まってました! 拠点はやっぱりいいよね(yosi)
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