魏ルートアフター 稟
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切ないシリーズ第一作

魏√アフター 稟編 

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「稟ちゃん、目を覚ましてください。もう、起きる時間ですよ」

「そう、ですか? というか、私はいつの間に寝て……?」

書簡の山から私はひょっこりと顔を出した。そこには古くからの友人である風がこちらを見つめている。どうやら昨日は珍しく仕事に忙殺されて眠って……、いや違う。

「昨日はお兄さんが華琳様のところでしたからね。稟ちゃんは少し荒れていたのですよ」

こちらの心を読んだかのように昨日の思いを再現してくれる風。だが訂正してもらおう。私は別に一刀殿が華琳様のところに行ったのが辛かったのではない。華琳さまが夜伽の相手として、一刀殿を連れて行った姿を目の当たりにしたことが辛かったのだ。

「そうですか? さっきも寝言でお兄さんのことを……」

「そんなわけ……!」

「言ってなかったですしって、あれ、どうしました稟ちゃん、そんなにムキになって」

まったくの友人には恐れ入る。華琳様は私を神算鬼謀の持ち主と評されましたが、この友人にとってはそんなものどこ吹く風。まるで彼女の真名のように。全てを見透かす、というよりも上手く都合の良いように受け流す性質があるようだ。

「はぁ、それにしても随分と今日は皆朝からどたばたしているのですね」

「ええっと、それは稟ちゃんの勘違いかと」

「は?」

「はい、もう朝ではなくて昼過ぎなのですよ」

「は?」

私は疑問符を頭の上に浮かべると風のいうところの意味をしばらくして、理解した。すぐさま、行動に出る。

「風、私はこれから華琳様の下を去らねばなりません。貴方とは長い付き合いでしたが、これでしばらくお別れになるかもしれませんね」

「いえ、その心配は要らないのですよ」

「え?」

「稟ちゃんは多分立てませんから」

「な?」

ふと風の顔がゆがむ。いや、これはどちらかというと、鼻血で貧血したときのような感覚に良く似ている。暗くなる視界。立ち上がろうとして私は意識を手放し、再び書簡の山へとつっぷした。

「それでは稟ちゃん、寝台へ移ってくださいね」

そういって私の身体を風は背負うようにして、寝台へと誘った。

「風、これはどういうことなのですか?」

「わかりませんか?」

自分の身体のことだ。ある程度、理解はしていた。仕事に没頭していた。それは間違いない。自分の能力以上に。

でもまさかここまで酷くなっているとは思ってもいなかった。

「昨日あたり危険だとは思っていたのですよ。筆を落としたり、ふと宙を見やったりと、らしくない行動が目立ちましたから」

「そう、でしたか?」

「存外そういうところは、自分では気づきにくいものなんでしょうねぇ」

言われてみれば時間の感覚もあまり確かではない。そういえば今はいつごろなのか?

「稟ちゃん、もうどれくらい寝ていないのですか?」

「寝ていない? いや、さっきつい私は寝ていたのではないですか?」

「寝ている、わけではないのですよ。意識を失っていただけですから」

風の言葉がいまいちよくわからない。私は仕事のさなかに意識を放り出したのだろうが、それは眠ってしまったためではないのか?

「朝議に出ていたのは、覚えていますか?」

「え、ええ。五胡についての献策をしたはずですが」

私の言葉に風が溜息をつく。それから寝台に横たわった私の頭を撫でた。

「稟ちゃん、少し休んでください。今の稟ちゃんをお兄さんが見たら悲しみますよ」

「わ、私は!」

「これは華琳様からの命でもあります。しばらく身体を休めてください」

私はその言葉に何も言い返すことが出来ず、おとなしく首肯した。

「いい子ですね、稟ちゃん」

風はそういって私の部屋から退出していきました。しかし、身体を休めろといわれても、私の頭は既に思考をやめようとはしていません。まだ、華琳様が生きていらっしゃられるうちに百年の平穏の土台を築かなければいけないのだから。

そう、いつ一刀殿が戻ってきてもいいように。

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「……ん、り……ん、りん、稟! 起きなさい! まだこんなところで貴女を失うわけにはいかないのよ! 起きなさい!」

「か、りん、さ、ま?」

どうしたのだろう、鬼のような形相で華琳様が私の身体を抱き起こしていた。

「稟! 良かった」

私が目を覚ましたことで、どうして華琳様がこれほどまでお喜びになっているのだろう? ここは、廊下? 私は何故こんなところで、眠って?

「華佗お兄さん、こっちなのですよ」

「ああ!」

前方には風と華佗が駆け寄ってくる姿が目に入った。風も大袈裟だ。私は別に病人などではないというのに。三人が真剣な目で話し合っているのが見て取れた。しかし、何故かその内容が聞こえてこない。私を傍で抱き起こしてくださっている華琳様の声すらも今の私には届かない。

ふむ、私は疲れているのでしょうか? あぁ、少し無理をし過ぎたかもしれません。それにしても、華琳様に抱いていただける私は幸せ者です。ねぇ、一刀殿貴方もそう思いませんか?

私は相好を崩ししばしの間、目を閉じ物思いにふけった。

思い返せば、華琳様よりも私の方が早く貴方に出会っていたのですね。それなのにどうやら私は、貴方が帰ってくるよりも長く生き残ることが出来ないようです。華琳様のおっしゃる神算鬼謀なるものが私にあるかどうかはわかりません。ですがそれによって私の命が少しでも永らえることが出来るのなら、ただ、貴方に告げたいことが一つだけ。

 私は華琳様を愛していました。ですが、……それ以上に貴方を愛していたのです。許されることならもう一度、貴方に抱きしめてほしかった。

 一刀殿、出来ることならもう一度、貴方に……。

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瞼を開くとそこには懐かしい人の姿があった。

「かず、と、どの?」

「稟、久しぶりだね」

間違いない、一刀殿だ。私は無我夢中で彼に抱きついた。温かい……。

そして私の眼からは一筋の涙がこぼれた。

「今まで何処へいらしていたのですか? 皆ずっと待っていたのですよ」

責める口調で想いのたけをぶつけながら、彼の胸にその想いの欠片を染み込ませていく。

「悪い悪い、なかなか帰ってくるのが難しくてさ」

「それじゃあ……」

「ああ、もう何処にも行かないよ」

「……一刀殿」

「……稟」

一刀殿の腕が私を丸く包み込んでいく。ああ、これを私は待っていたのだ。ずっと、ずっと。と、その腕がふと消える。気づけば今そこにいた筈の一刀殿もまた消えている。

寒い。寒い。私以外誰もいない。

暗い。暗い。なんという闇なのでしょうか?

私は自分の身体をきつく抱きしめた。

風にとっての日輪が華琳様であったように、今なら間違いなく思えます。一刀殿、私には貴方が必要だった。貴方を知った後では、この身一つで生きていくには世界は広すぎる。

「何故、私も一緒に、連れて行ってくださらなかったのですか?」

大声で問いかける。

「何故独りで、天へと帰られたのですか?」

誰かに問いかける。

「貴方がいなければ、私は、私は……!」

そこで私の思考さえも暗闇の中へ溶けていった。これが死ぬということなのだと、私は漠然と悟った。

 

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相も変わらず賑やかな洛陽の街である。私がいたときよりもさらに発展を遂げているのは間違いない。そう、もちろん北郷一刀がいたあのときよりも。残酷なまでに時間というものは過ぎていく。彼の存在が私を、いや私たちの世界を止めることなど、ありはしなかったということだ。

私がそのことを理解するまでに随分と時間を要した。

「ねぇ、風。何故私は生きているのでしょうか?」

「そうですねぇ、華佗お兄さんが名医だったからというのではいけませんか?」

私が大きな病を得て、その治療を終えるのに十年という長い歳月を要した。正確に言うのであれば病そのものは三月ほどで治療を終えたのだが、精神の安定にそれだけの時間がかかったのだ。自分の世界の時間が改めて動き出すまでに、それほどかかった。

そして私は今再び洛陽へと辿り着いた。一刀殿の盟友でもあった華琳様へと再び尽くすために。田舎で養生していた私の道中を案内してくれることになったのは風であった。

「ここに星がいれば、また一刀殿と出会えそうな気がしますよ」

「にゅふふ、稟ちゃん。もうお兄さんはいないですよ」

「ええ、判っていますとも」

でも、と私は言葉を続ける。

「一刀殿が残してくれた世界はいつまでも私たちとともに在りますから」

私はめがねをくいっと上げると再び覇王の下へと歩み始めた。

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あとがき

・・・うーむ、あまりよろしくないのでは?と思いながらも、この世を今日もたゆたっております。

ごきげんよう、米野陸広です。

さて、今回の短編はいかがだったでしょうか?

まぁ、ブランクが長いのもあってか、いまいちだったかもしれません。

ワードに戻したりして地の文が少し長めになってたりして読みにくいかも。

これからもがんばって書いていこうと思います。

コメントなどあれば嬉しいです。

では、失礼いたします

説明
年明け一本目の作品です。
一応予告どおり短編となりました。
これからも試行錯誤を重ねて恋姫の世界を描きたいと思っています。
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コメント
切ないけど、いい話だ・・・。(おやっと?)
鼻血を出さない禀は珍しいと思いつつ、こういう凛もいいなぁと思ったり。 なんで魏√の一刀だけ消えたんでしょうね。他のルートでもかなり大局を変えている気がするんですが。(きの)
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