「籠の鳥」
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http://youtu.be/p8RH3Ia3EGQ

 

 

 

 

籠の鳥。

 

 彼女は広間の喧噪を避け、奥まった離れの椅子に身を沈める。

心臓があぶってる。

いつもよりずっと…。

呼吸も少し、苦しかった。

何より体に力が籠もらず、椅子の手置きを握ってないと、手が滑り落ちそうだった。

 

ほんの少し身が震い、彼女は必死に横のテーブルに置かれた、グラスを取る。

口に運ぶ途中で、力が抜け、手から滑り落ちそうに成り、必死できつく掴み、口元へ運ぶ。

 

一口…二口……。

口の端から飲み物が零れた。

けど………。

グラスを握る手はまだ、震っていたけど、寒気が抜けて行き…呼吸も少しずつ、楽に成ってほっとする。

 

顎を上げて頭を背もたれに沈めた。

微かに、遠い広間から小鳥のさえずりのような、明るい少女達の賑わいが耳をくすぐる。

 

ラネッサ…。ローラ…。

そしてアンデルトン…。

 

母に彼女達を初めて紹介された時…私はもっと、元気だったわ…。

 

アリルサーシャは思い返す。

ラネッサは栗毛で背が高く、つん。としてた。

ブルーを基調とした白いエプロンドレスを済まして着けてた。

 

ローラはバラ色の頬をしたブロンドの…大きな青い瞳をした、小柄で愛らしい女の子。

 

アンデルトンは………。

そばかすのみそっかす…。

明るい栗毛を束ね…二人の美少女に、遠慮するように俯いていた。

 

アリルサーシャは、彼女の為に両親が開いてくれた、誕生祝いの舞踏会を思い返す。

 

今日の為に二人は医師を待機させ…万端な準備をし、私の好物ばかりを並べ…そして、私の事をロクに知らない人迄招待した………。

 

一人でも多くの人に、誕生日を祝って貰おうと……。

母は付き添いをする。と言ったのを断った。

「少し休めば大丈夫よ」

そう…告げて。

 

涙がうっすらと滲む。

 

再会したアンデルトンはもう…二人に遠慮なんか、して無かった。

そばかすは消え、大輪の薔薇のように栗色の抜けた鮮やかなブロンドを肩で揺らし…その形の良い鼻をつん!と上げて、男の子に囲まれてた。

 

ローラもラネッサも、彼女を顎で差した。

「彼女、変わったでしょ?」

「男の子にそれはいい顔するのよ!」

 

アンデルトンの周囲は侍る男の子達でいっぱい。

その中心で彼女は薔薇色のドレスを着て、王女様のようだった。

 

彼女達は相変わらず綺麗だったけれど、アンデルトンはそれは…輝いていた。

その…彼女が一人の男性の出現で、椅子を立つ。

 

濃い栗毛の…艶やかな長い髪を色白の頬に垂らす、その青年は皆がはっ!と視線を引きつけられる美青年で…。

 

<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100421/20/aasururind/9d/25/j/o0400053310505959139.jpg"><img src="http://stat.ameba.jp/user_images/20100421/20/aasururind/9d/25/j/t02200293_0400053310505959139.jpg" alt="$「アースルーリンドの騎士」" width="220" height="293" border="0" /></a>

 

すらりと背が高く、その物腰は優雅そのもの。

 

彼は一番に駆け寄るアンデルトンに視線を向け、微笑む。

 

アリルサーシャは彼に一瞬、見惚れた。

王子様が、居るとしたらきっと彼みたいだ………。

 

やって来た女の子達はみんな、アンデルトンに羨みの視線を投げる。

 

そして、アンデルトンは取り巻く青年達をその場に置き去りにして、その美青年の腕に自分の腕を滑り込ませて絡ませ、背の高い彼を見上げ、微笑む。

 

が、その美青年は真っ直ぐ、ラネッサとローラと居るアリルサーシャに視線を向ける。

微笑を口元に浮かべ、ごねるアンデルトンに振り向き一言投げ、近づいて来る。

 

「ご招待頂いて…」

アリルサーシャの背後に、体の弱い娘を護る様に立つ、主催者の婦人にそう声を掛けた。

 

「娘の…アリルサーシャですの。

余り…人前に立つ事が出来ないので、せめてこんな機会を作りました」

 

美青年は一瞬顔を曇らせささやく。

「それは…どうして?」

ラネッサもローラも躊躇い、がアンデルトンが絡ませた腕を引いて彼を振り向かせ、つぶやく。

 

「体が…とても弱いのよ」

美青年は一瞬、気の毒げな表情を、見せたがそれは直ぐ掻き消えて、素晴らしい微笑をアリルサーシャに向けた。

 

「こんなにお美しいのに。

隠れていらっしゃるなんて、たくさんの男性がそれは、がっかりしてしまいますよ?」

 

アリルサーシャの頬が染まり、笑顔が輝くのを主催者の母は見つめる。

腕を絡ませるアンデルトンを、躊躇う様に見つめ、が美青年に告げる。

 

「宜しければ、一曲踊って頂けません?

先頭が始めなければ、誰も踊りを始めませんの」

 

そう…客達は皆、主賓の少女の、体が弱い。と聞き、踊り場には誰も、出るのを躊躇っていた。

 

美青年は気づき、アリルサーシャににっこり微笑む。

「私で宜しければ」

 

アリルサーシャの顔がぱっ!と輝く。

美青年は絡ませるアンデルトンの腕を優しく、外す。

 

彼女も相手が昔馴染みの…その後体が弱くて皆の居る場から姿をすっかり消した…先の余り長く無い病人だと思うと、異論を口に出来ずにふて腐れた。

 

彼がその手を差し伸べ、アリルサーシャの夢の時間が始まった。

 

丸で…足が宙に浮かんでいるような…現実感の無い時間で…彼の手が優しく手を握り…そして丸で踊り手のように優雅に…滑る様に曲に乗って一緒に彼と、くるり。くるりと回る度、ドレスが風に舞って…微笑みを向けたまま見つめる彼の、濃紺の瞳は始終自分に注がれ続け…体の弱い彼女が辛くない様それは…優しく気遣ってくれた。

 

足がもつれそうに成ると、長身の…その胸に抱き止めてくれたし、彼はとても綺麗な顔をしていたのに力強く…その胸に顔を寄せると、とても引き締まって逞しく感じる。

 

けど顔を上げると、とても甘い美貌でこちらを見つめ、微笑みを送ってくれる。

 

「あの…何てお呼びすれば?」

彼はうっとりするような微笑を浮かべ、微笑んだ。

 

「これはとんだ失礼を…アイリス。

そう呼んで頂けますか?」

 

曲の終わり、アイリスは顔を楽団に向け…そして…アリルサーシャの様子を伺った。

 

けど曲が終わると、彼女を抱き止め、踊りの輪から連れ出そうとし…アリルサーシャは泣きそうに成った。

 

ずっと…夢の時間が続きそして…そのまま死ねたらいいのに。

 

彼の、胸の中で。

 

アイリスはそれを、知ってるみたいに彼女に顔を振る。

アイリスが指し示したその先に、心配で胸が張り裂けそうな彼女の母親の見開かれた瞳。

 

その背後に、背が高く厳しい顔付きをした父が、母を支えていた。

 

アリルサーシャは心からがっかりしたが…心配げな表情を向ける、アイリスに顔を向ける。

 

アイリスが、そっと言った。

「貴方が産まれた事を祝う為に…ご努力された御両親を…失望させたくありません」

 

そして気遣うように腰に腕を回し、優しく…両親の元へ、エスコートする。

 

その時の彼は気遣いを見せながらでももう…女性を抱くと言うより弱い患者を気遣う看護士のようで…アリルサーシャはやっぱり泣きたくなった。

 

 

 それで………舞踏会場を後にし今は…離れで誰も居なくてだから…泣こうとしたけど、涙が出なかった。

 

幼馴染みの少女達は立派な…淑女の片鱗を、見せていた。

 

ラネッサ達と出会って以降…その時ですら、体の弱かった彼女はいつも置いて行かれたけどもう到底、付いて行けなくなってから、出会う事すら出来なくなった。

 

熱を出しその後…立ち上がれない程弱り…そしてようやく…普通に動き回れるように成りけど又熱を出し…その繰り返しで………そして両親は告げられた。

 

もう…余り余命は無い。と………。

 

アリルサーシャは手すりを、握りしめた。

ならどうして…あの方の胸の中で…腕の中で…。

最高に幸せな時間の中で、死なせてくれなかったんだろう?

もう自分にはそれしか…無いのに。

 

けどアイリスは悲しそうに両親を指し示した。

二人は貴方を失う事を、恐れてる…。

そして…会ったばかりの彼ですら………。

 

自分を腕の中で、死なせるのは苦痛だと、告げていた………。

 

彼の事を、考えていたのが伝わったように…庭に面したガラス戸の向こうから、アイリスが姿を現す。

 

その顔に、悪戯っぽい表情を浮かべて。

一辺で陽気な気分に、成ってしまう………。

そんな、明るい雰囲気を彼は携えて。

 

部屋に入るなり、彼は向かいの椅子に滑り込む。

やがて少女達の、彼を捜す声音が庭の茂みの向こうからする。

 

「…いないわ!」

「ひどい!次は私だったのに!」

「あら。貴方彼と約束なんてして無かったじゃない!」

「どこに行ったのかしら…。

私まだ誰とも踊ってないのに…」

 

がさ…がさ…!

 

アリルサーシャが椅子から身を起こすと、アイリスは片目瞑り、人差し指を口に当てる。

 

太陽と草の香り…。

陽気で健康で…眩しい………。

アイリスからはそんな、感じがした。

 

「もう!ヌスフと踊るしか、無いの?!」

「私は諦めないわ!あっちかもしれないし!」

 

その言葉の後に少女達が長いドレスの裾を引きずり、先を争い駆け去って行く音が聞こえようやく…アイリスはほっ。と肩を前へ落とし、テーブルの上のグラスを口に運ぶ。

 

「あの…!それは………!」

喉に流し込んだアイリスは顔をしかめ…そして喉を押さえ、むせかえった。

 

「私の………。

健康な人にでも毒には成らないと思いますが味がそれは………」

「…っけほん!けほんけほん!

………苦いですね…………。

 

私も薬草は慣れてますが、酒だと思って油断して煽ると…けほん!とんでも無い味だ」

 

アリルサーシャが慌てて席を立ち、アイリスの背をさすった。

「ありが…けほん!……けほんけほん!」

 

そしてようやく治ったのか、心配げに覗うアリルサーシャを見つめる。

 

青冷めた小鳥……。

アイリスは彼女の事を、そう思った。

 

透き通るような青白い肌。

けぶるような潤んだ、青の瞳。

柔らかな栗色の巻き毛。

 

妖精のような美少女だった。

 

けど途端、アイリスの顔が悲しげに曇る。

「…私のような者に貴方の夢を、託したりしてはいけません」

 

アリルサーシャは直ぐ、察する。

「どうして?

貴方は間違い無く、皆が胸焦がす王子様に相応しい方だわ?」

 

アイリスは困ったように肩を竦め…そして…吐息を、吐いてささやく。

 

「私はそうは思わないが、私と…深く付き合いがある女性達は大概他の女性に…“ふしだら”と呼ばれるんです」

 

アリルサーシャは目を見開いた。

「…どうして?」

 

アイリスは肩を竦める。

「多分…普通男女の仲は、出かけたりお付き合いをしている内に深めるものだけれど私はつまり…直ぐに一番深いお付き合いを、相手に求めてしまうしそれに応えられる女性をとても、好むので」

 

けれどアリルサーシャには意味が解らず…アイリスはとても清々しい微笑を向けた。

「いいんです。お分かりにならなくて。

それに貴方には、解るべきじゃない」

 

アリルサーシャは必死に成った。

「私が…長く無いから?!」

 

アイリスはそれを聞いてびっくりし…アリルサーシャは慌てて口を、閉ざした。

 

そして悲しげに口を閉じるアイリスを見…そっと言った。

「ご存知じゃ…無かったの?

私てっきり………」

 

アイリスは首を横に振って…彼女から顔を、反らしたままつぶやいた。

 

「…貴方は妖精のように汚れなく美しいから…現(うつつ)の汚れとは無縁で居続けて居て欲しいとそう…思っただけです」

 

アイリスが顔を背けたまま俯いていて…アリルサーシャの、声が震えた。

「…じゃあ…踊りを一曲で止めたのは………私の体を母様が心配していたから?」

 

アイリスは何か言おうと口を開き…そしていききなり。

いきなり思い立ったように目を見開き、アリルサーシャを見つめた。

「…まさかそんな!

それ程迄にお体が弱いのですか?!」

 

その言葉が厳しく、問い正すようで…アリルサーシャの瞳がみるみる内に涙で溢れた。

 

彼女にはもう…解った。

 

この園遊会が終わればきっと毎日彼を夢に見る程…彼に恋焦がれてしまったのだ。と。

 

そしてたった今…彼女の恋は終わった。

アイリスが…自分に先が無いと知った今。

 

アリルサーシャはもう失うものは何も無い…そう思ってささやく。

「お願いです…もし機会があればもう一度…。

もう一度だけ…私と踊っては下さいませんか?」

 

その声は掠れ…彼女は震えていて、アイリスが愕然としたように床を見る。

 

初めて室内に入って来た陽気な彼の変わり果てた様子に…それでもアリルサーシャは自分の望みが叶えられる事だけを祈って彼を、縋るように見つめ続けた。

 

「だってもう…貴方を忘れられません…。

無理です…。

だからせめて…貴方の温もりの中で…息を引き取りたいの…。

 

きっと両親は解ってくれます!

それが最高の、私の幸せだって…!」

「いけません!」

 

腕に縋り付く彼女にアイリスは素早く言った。

 

「貴方にはご迷惑でしょうけれど…けど…。

忘れて下さって結構なんです。

 

第一会って間もない娘だから貴方は情に引きずられずに済みます!

…哀れな…この先病のみを友とし、人として生きる喜びの無い哀れな娘の、最後の望みを叶えたと…胸を張って頂いて結構です!

 

だからどうか…………!」

 

その、華奢な指が喰い込み、アイリスは彼女を見た。

「出来ません!

第一…私は貴方が逝ってしまうような踊りは致しません!

踊りは楽しく…踊るものです!

貴方を殺すようなそんな踊りを………!」

 

言って、アイリスの瞳からぽろっ!と涙が滴って、アリルサーシャの方がぎょっ!とした。

 

アイリスは気づいたように頬に触れ…自分が泣いてる。と解って横を向く。

「お願いだ。待って下さい。

貴方が腕の中で息耐える事を

“貴方に良い事をした”とどうしても思えない…!」

 

そうしてもう一度…頬と瞳をその指を滑らせ涙を確認し、ささやく。

「私は余り…惚れた事が無いからこれがそうなのか解らない…!

一目惚れなんて無いと思ってるしそれに…ただ、御両親の胸の痛みに、賛同してるだけなのかも知れない」

 

そして自分を縋り付くように見つめる、アリルサーシャを見る。

「けどこれだけは言える!

そんな風に先が無いと絶望してるから…余計短く成ってしまうんです!

もっとどん欲に幸福を願わなくては!

貴方がしたい事を全部して…思い残す事がもう本当に、無いと…思ってからじゃないと!

 

会ったばかりの私の腕の中で、誕生日を祝う園遊会で息を引き取る事が本当の…望みなんですか?

 

世の中には私なんかより、もっといい男が山程居るのに!

私程度で本当にいいとお思いなんですか?!」

 

アリルサーシャは目を見開いた。

彼は力強い鷲のように…決して届かぬ天空に、引き上げてくれるように感じた。

「貴方が良くても、私は納得出来ない!

 

数居るいい男に出会い、それでも私じゃなきゃ駄目だと…!

そう私のことを選んで下さらないと!」

 

アイリスは見つめるアリルサーシャのか細い手を取る。

「死んだ後世界を見回して

『ああ本当はこの人が良かった。

けれどこの人とは機会が無かったから』

 

たまたま機会があった私が選ばれて…それで胸を張れると本当に、お思いなんですか?

 

失礼ですが貴方はご自分の寿命を宣告されてご自分の事しか頭にない!

 

私は一年後に近衛に進みます。

戦闘が続けば、この先先に死んでるのは、私かもしれません!」

 

アリルサーシャはそれを聞いて震えた。

「…どうして…?

そんな選択をなさるのです?

 

貴方はこんなに元気で健康で…この先ずっと、生きていられるのに!」

「ただ生きる事に何の意味があるのです?

人は産まれて来たからには、生きる目的が必ず、あるものです!」

 

アリルサーシャはその、生気溢れる生き生きとして鮮やかな…美青年をじっ…と見つめた。

 

彼はどうしてこんなに…色鮮やかなんだろう…?

 

強烈な光と影。

彼の美貌はその光の中に、くっきりと浮かび上がる。

 

アイリスは見つめるアリルサーシャに、同情するように表情を緩めてささやく。

 

「…ただ…御両親の為だけに産まれて来た…?」

アリルサーシャは首を横に振った。

 

「…なら戦うべきだ。

ご自分を幸福にする為に。

 

ただ生きて居るだけなら、死んでいるのと変わらない。

病は言い訳にしか過ぎない。

 

生きようとする事を阻害するものは、病の他に山程あって…幸福に成りたいと思う人は皆…いつでも戦っています」

 

「…なに………と………?」

アイリスはきっぱりと言った。

「諦めてしまう自分と」

 

 

 

 アリルサーシャは暮れかかる柔らかなオレンジの陽が差し込む離れの椅子でそっと…俯いていた。

 

あの人は呼び出しの使者が訪れ、そっと耳元で

「また、必ずお伺い致します」

そう告げて去って行った。

 

足音が聞こえる。

園遊会が直、終わる………。

母か父…それとも召使いが…私の様子を見に、やって来る。

 

彼女は考えた事が無かった。

いつも…熱を出さない様必死で…。

 

自分の行動を制限し続け、一旦辛くなると、もうどうしようもなくなる程自分が嫌いに成った。

 

こんな体、無くなってしまった方がいい…!

そう…思い続けてきた…。

 

だから長く無い。と知って…実はほっとした。

 

痛みも苦しみにも…もう、付き合わなくても良くて、他の皆が何でも無く出来る事を自分は出来ないと…自分を哀れまずに済んだ。

 

けれど…アイリスの言葉は心に突き刺さったまま取れはしない。

 

どれだけ覆そうとしても…。

そして、思い起こされるのはあの、言葉。

『貴方より先に逝くのは、私かも知れない』

 

アリルサーシャは愕然とした。

ここに居る誰より…自分が短命だと思ってた。

それを一瞬だって疑いもしてなかった…。

 

彼の訃報を聞いたら、自分が手ひどい衝撃を受けると気づきそして…同時に彼が、私の両親がやはり…私を亡くした時深い悲嘆に暮れるのと同様、とても辛い思いをするのだと…解った。

 

それでも、他の誰より自分はうんと不利だ!

人生を楽しむ事に置いては!

けど…………………。

 

 

 

そして、アリルサーシャは顔を上げ、もうとっくに去った、アイリスの幻影に語りかけた。

 

「苦痛だけが待つ人生を、生きながらえるの…?

 

 

何の為に…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 ふうっ………。

と、アリルサーシャは息を吹き返す。

 

寝台の横で、喰い入るように見つめる、濃紺の幼い瞳…。

焦げ茶色の…彼、アイリスそっくりの髪。

 

目元と口元は少し、自分に似ていた。

けれど…誰が見ても彼の子供だと解る。

 

テテュス。

 

彼は顔を傾け自分を見つめる母親が、死に神の手から戻って来た。と安堵の色を幼いその瞳に浮かべた。

 

…その濃紺の瞳を見つめると、いつも涙で瞳が潤む。

決まっていつも。

 

…愛しい小さなテテュス。

アイリスに、幸福な人生を与えてくれた感謝を示す唯一の…私の大切な宝物。

 

そっ…と手を、上げる。

少しでも…性急に動いたりしたら、また全身から激痛が押し寄せて来る。

 

苦痛は付きもの…。

熱でぐったり弱るだけで無く…この子を産んでからは、始終呼吸が止まりそうになる程の激痛に、幾度も見舞われた。

 

けど………。

けど構わなかった。

 

とても…利発そうで可愛らしく健康なテテュス。

この子を見て、いられたらそれだけで…心が幸福に満たされた……。

 

テテュスは苦しげな自分に、声も掛けられないように、固まっていて…涙が零れそうな濃紺の瞳を見開いて見つめてる。

 

「…っしゃい………」

微笑んでそう言うと、テテュスが耳を傾ける。

 

「もう…大丈夫だから、遊んでいらっしゃい…」

 

テテュスは首を振る。

その表情が必死で、あんまり悲しそうで、アリルサーシャは囁く。

 

「テテュスが元気で…いっぱいはしゃいで走り回ってる姿が、一番好きなの…。

 

私に…そんなテテュスを、見せてはくれないの?」

 

乳母やがようやく気を利かせ、テテュスの幼い背を、押す。

「下使いのエイルの息子と、遊んでいらっしゃいな」

 

テテュスは促され…戸口で一度、振り返り…寝台で微笑む母親にほっとしたように少し、微笑い…そして、出て行った。

 

間もなく、窓の下で子供達のはしゃぐ声。

 

「乳母や…。

窓を開けて」

 

「まだ…お体に障りますよ?」

 

けれど少し年配で丸い体の優しい女は、病人が青冷めながらも静かに微笑む様に一つ、物の分かった吐息を吐いて、窓辺に歩く。

 

カーテンを払い、窓を押し開けると、さっ!と昼の陽光が差し込む。

 

眩しい。

 

アリルサーシャは目をしばたかせ…そしてゆっくり…光の中に浮かび上がる、まだたった三つの幼い息子が、ちょっと年上の男の子と毬を蹴って駆け回る姿を目に、する。

 

また…涙が溢れそうになる。

 

テテュス…貴方は光の中が、似つかわしいわ………。

光に包まれた、初めて間近にその美貌を見た時の、アイリスのように………。

 

そして毎度…毎度、アリルサーシャは園遊会で彼が去った、その後の取り残されて問いを発する自分に語りかける。

 

“この為よ、アリルサーシャ。

この為。

 

あの可愛らしいテテュスの為ならどれだけ痛もうがもう、死んでしまいたいとは思わない。

 

見て!

あの子を………。

 

あの時見た夢の王子様、アイリスそっくりよ…。

 

それに時折感じやすい瞳で微笑うあの子は、私にもよく似てる…。

 

あの子は私の誇り。

与えられるのを待つだけの私がようやく…アイリスにあの子を、あげる事が出来た。

 

どれだけ誇らしいか、解る?”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリルサーシャは暮れかかる離れの室内で顔を、上げる。

夕べの風が、未だ明るい陽光の庭を駆け抜けて開いた窓から室内へ、白いレースのカーテンを揺らす。

 

ああもう…今日が、終わってしまう。

あのお方は、何とおっしゃったのだっけ?

 

『私程度で本当にいいとお思いなんですか?!』

 

万一貴方が私に与えられたりしたら…どれ程素晴らしい神様からのご褒美か、計り知れないのに貴方はそれを、考えもしないのね。

 

そしてこうも…おっしゃった。

『また、必ずお伺い致します』

 

…もし…それが本当なら…。

 

そしてもし…貴方が哀れみを与える神様から私に…苦しみしかもたらさない人生の、唯一のご褒美として与えられたのなら……。

 

私はきっと、その宝物を一生大切に胸に終って…そして、貴方の為なら何でもしましょう………。

 

価値無い人生だけど…私に出来る、精一杯のお返しをさせて。

 

そうもし……再び出会えて、貴方が私の手を…もう一度取って下さったのなら。

 

 

遠い未来のアリルサーシャはそんな…恐れと怯えしかその身に持たない、年若い自分に囁く。

 

出来るわ。きっと。

あの方がご一緒ならば。

 

アリルサーシャは顔を、上げる。

 

まるで見えない、遠い相手に話しかけるように、心の中で囁き返す。

 

…でも万が一本当に…アイリスが私の手を取ったならきっと…竦んでしまうわ!

 

あんまり眩しい太陽に、その瞳を射貫かれて落ちていく、弱く小さな小鳥のように………。

身に過ぎた幸福に目が眩んで足下を、見失って。

 

途端、アイリスの悲しげな顔が浮かぶ。

 

“私の為に、生きては下さらない?”

 

アイリスから強烈な…強い光が自分に降り注がれ…青い頬に赤みが差す様に感じられ、アリルサーシャは目を、見開いた。

 

“人は産まれて来たからには、生きる目的が必ず、あるものです!”

 

そう力強く告げた彼の、明るく太陽のような生命力に溢れた光。

途端浮かぶ幻想。

 

寄り添うアイリスの、優しく見つめる笑顔。

そんな彼を、見つめ返す私。

遠くに病は去って行き、幸福感が取って代わって全身を包み込む。

 

あまりの心満たされる幻影に、アリルサーシャはそっと、瞳を潤ませ微笑んだ。

 

 

 

 

 扉が開き、母が開いた窓と室内に吹き込む冷たい風に、体の弱い娘に駆け寄ってその手を、取る。

 

「まあ…!

まあ、まあ!

 

こんなに…冷たい手をして!」

 

そして身をくるむように自分のショールを慌てて巻き付ける。

「女中を呼んで、窓を閉めさせなかったの?!」

 

アリルサーシャはだが、不思議そうに慌てる母の優しい顔に囁いた。

「でもお母様…。

どうしてだか…まるで、寒く無かったのよ」

 

そう…儚げに微笑む娘に母は少し…悲しげに微笑った。

「そう…。

園遊会は…楽しかった?」

 

青冷めて透明な…現(うつつ)とも夢とも取れない幻のような少女。

その手を、握っているのに滑り落ちて行きそうな現実感の無い、華奢な娘の手…。

 

けれどアリルサーシャは、はっきりとした声で母に応えた。

「ええ…私の人生の中で最高に…楽しかったの」

 

その、病を気遣い、いつ娘を死に神に連れ去られるかと怯えていた母親はそれでもようやく…嬉しそうに微笑んだ。

 

「そう…。

貴方の心に残るような催しに出来て…本当に、良かったわ」

 

心からの母の言葉を、受け止めるように彼女は再び…弾む様な笑顔を、その青冷めた顔の上に浮かべた……………。

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずの完結です。

 

続きのお話は構想ありますが、書いてる時間が無い…。

 

挿絵も、時間が出来たら書き入れる予定ではいます…。

 

 

 

 

説明
まだ学生のアイリスと病弱なアリルサーシャとの初めての出会い。
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