機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol30
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SEED Spiritual PHASE-111 鏡に返る殺意

 

「ティニセルってエヴィデンス≠フサーバ使いは、あんたかい?」

 そこに現れたのはもう一人のサーバ使いだった。モニタを通しては何度か目にした男が扉をくぐりここに来る。C.E.43生まれ……クロより二つ三つ上らしいが彼より遙かに大人びて頼りになりそうに見える。

「ええ。そうです」

「成る程、確かにかわいらしいお嬢さんだ」

 …………黙っていれば頼りになりそうなのに。ティニは少しばかり残念に思う。

「お褒めにあずかり光栄です。そう言うあなたは……憐れなクルーゼさんから権力根こそぎ奪い取った新参さんですね?」

 右手はキーから離さず止めぬまま見上げた彼の目が僅かに怯んだ。彼のプライドはそんな弱みを恥と感じたか。直ぐさま「微笑」に覆い隠される。

「……流石最高のサーバ使いだな…。お見通しかよ」

「いえ。サーバ使いに優劣はありません。私だってあなたやN/Aさんから要請があれば出し惜しみせず公開しますよ」

 ムウはその言葉に頷く。その表情にティニは満足した。彼も理解ではできているらしい。新参でありながらも『サーバ使い』の意味する所を。流石は…先に進んだ人類と言うところか。

「あなたやクルーゼさん……いえ、あなたの一家と言うべきでしょうか。どうやって進化したんですか?」

「あ? いや、流石に知らねえよ。先祖の分析とかするのかあんたは?」

「はぁ……突然変異で親は普通でも子供だけ凄い…等はままあると思いますが、フラガ家一家全てが高度空間認識能力者と言うのは興味がありまして。本人のことでも本人に聞いて解らないことはあるんですね。問題です」

 一瞬で閉じてしまったので見逃したが、目の前に幾つも出現した空間投影ディスプレイにはムウ・ラ・フラガや空間認識能力者についてのデータが表示されたように感じた。今の一瞬で、大学のレポートくらいの文量を瞬間で把握、理解したというのか。

(これが、最高のサーバ使いに求められるものかよ……)

 責任を考えながら未来を想像するのは憂鬱だ。

「聞きたいことがあるが、いいか? んー…なんなら見返りに、俺を検査してくれてもいい」

 ティニセルが頷く。ムウは一瞬聞くべき言葉を忘れ、迷ったが肯定が返れば聞かない訳にはいかない。

「ここは、攻められると思うか?」

 サーバ使いに曖昧はなかった。

「確実に。歌姫様は私達を嫌悪しています。それに彼女がゴーサインを出さなくても、彼女の戦力――その裏側がこちらの殲滅を画策することは必至です」

 ほんの少し前まであちら側に属していた男が何を聞くのか? 神を気取っても万能ならぬシードマスター≠ノはその解答は得られない。

「じゃあ俺の検査を対価に頼みたいことがある。足りねぇってんなら追加で言ってくれ」

 人は時に、意外な結論を持ってくる。ティニは是と答えながら彼の生い立ちにアクセスしたが、そのどれがこの決意の元となっているのかは理解できなかった。

 

 

 

 ラグランジュ5宙域に揺らぎが起きた。

 L5と言えばプラント≠フ存在する宙域であり当然ザフトが防衛網を敷いている。敵性ターミナル≠ェアルザッヘル≠ナ確認されている現在、所属不明のモビルスーツどころかシャトルの一機でも紛れ込もうものならザクウォーリア$萩@に取り囲まれ職務質問に晒されること必至の宙域である。

 そこに監視者の誰一人として気づけないほどの揺らぎが起きた。

〈アプリリウスワン≠フゲートはもうすぐ抑えられるけど、今どこ?〉

「助かりますミリィさん。鎮圧作業が終わり次第連絡します。到着は、ディセンベル≠ノ到着後……十五分程度かと」

「あー……ミラージュコロイド展開限界時間まで六○○四(ロクマルマルヨン)…。この辺りが限界だな」

 クロはステルス迷彩を施されたコメット≠フウェポンラックから追加武装を引き出すとコロニーを目前にして分離した。

 教育都市ディセンベル℃sの第三コロニー。ディセンベルスリー=B初等教育全判を請け負うコロニー群として建造されたプラント≠フ一基。かつてはパトリック・ザラが評議会代表として選出された都市でもある。しかしレクイエム攻防戦≠フ際ディセンベルフォー≠ェ撃ち抜かれた恐怖が根強く残り……教育以上に災害対策、避難誘導に力を入れている感がある。

 その日の索敵担当が怠慢だったわけではない。それはいきなり出現していた。

「ディセンベルスリー≠フドックに――こっ! これはルインデスティニー≠ナす!」

「何だと!? えぇい索敵何をしていた!?」

 怒号を飛ばしながらも思い当たる。ミラージュコロイドか。だがいくらNジャマーに助けられたからと言ってレーダーの届く限界点からここまでずっとステルス迷彩を施してここまで来たというのか!? 疑問は後回しにするしかない。ディセンベルスリー≠c‐7区画上空を映す監視モニタには全身に追加武装――あれはジン≠フD型装備か――を付けた黒のデスティニー≠ェ入り込んできている。

 両肩両足にM68キャットゥス*ウ反動砲と220mm径5連装ミサイルポッド、更には両腕にM66キャニス@U導弾発射筒が確認できた。D型装備は拠点爆撃を意味する。奴の眼下に広がる国民達が恐怖に震えていることは疑いがない。

 今すぐ対処を。思いつく幾つかの戦術を舌先に乗せようとした管制官だが、彼の機先を制する形で敵からの通信、いや電波ジャックが差し込まれた。

 

 

「クライン議長のザフト軍の皆さんに通告しておきます。

 我々はここに月の襲撃をを画策するテロリストの拠点を発見しております。

 我々はこの無用な戦争の火種を排除します。平和を望む心があるんでしたらどうか邪魔をなさらずにお願いします」

「……そんな演説聞いてくれるものかな」

 同乗するティニの言葉を聞き流しながらクロは追加武装のチェックを行った。コズミック・イラの戦争はジン≠フ性能が過去の兵器を凌駕したためモビルスーツを使わない戦争が考えられなくなり、フェイズシフト装甲が実弾を無効化したためビーム兵器を使わない戦争も考えづらくなった。ゲイツ≠ノ乗り換えて以降ビーム兵器ばかりに頼ってきたクロは久方ぶりの実弾兵器にマニュアルに頼る無様さえ晒していた。そうしている間にアラートが鳴る。クロがモニタに向き直ると眼下から何機ものモビルスーツが飛び上がってくる。

「やたらな数だな。ザフト軍じゃないのか?」

 一瞬の沈黙。AI及び通信機と繋がっているティニはターミナルサーバ≠ニやらとも繋がっているのか。

「違いますね。この間ウチで好き放題しやがりました軍勢です」

 沈黙は検索時間だったと言うことか。後ろのスペースで目を閉じつつ頷くティニを見られぬままクロはビームライフルを右手に握らせる。両前腕大型ミサイルを装備しているためシールドが付けられないだけでなくライフルの運用も勝手が違う。クロは奥歯を轢らせながら最前でビーム突撃銃を向けてきたブレイズザクウォーリア≠ノ照準を合わせる。AI補助が一瞬のうちに対象を識別し、ロックオンマーカーが赤く灯った。撃てば、当たる。一機撃墜。

「でもこの状況、オレらがプラント≠ノ先制攻撃してきたとしっかり映るぞ? 相手が嫌な知恵少しでも働かせれば、ルインデスティニー≠ェプラント≠攻撃しているって映像ができちまう」

 光圧推進を併設されているデスティニー≠フ上昇速度は量産機の推力で追いすがれるものではない。彼我の相対速度を合わせればロックオンは更に容易になる。二機目を撃墜。

「そこは平和の歌姫クライン最高評議会議長を信じましょう。もし彼女がセイギノミカタを裏切る行動に出ようものならオモシロスギル目に遭わせる準備は完了してますから大丈夫です」

「……了解した」

 数機撃破してからが戦闘開始だ。湧き出るように上昇してくるザク≠ニゲイツ≠ニジン≠ヘフロントモニタだけでは捉えきれない数になっている。

「クロ、武装全部把握してますか?」

「使い慣れてない奴は全然だ」

「問題ですが、そうでしょうね。火器管制預かってもよろしいでしょうか?」

「……ライフル以外なら、頼む」

 閃光の連射もこの出力ではTPS装甲を有するルインデスティニー≠ノは傷一つ付けられない。だがそれも「エネルギーが保つ限り」という制限が付いている。

(フリーダム≠フ性能だとこういう多対一を一蹴するんだよな……)

 マルチロックオンシステム等というものは搭載されてはいないし、あったらあったで自分の能力では持て余すだけだ。

「回避任せます。ロックはこちらで行いますので」

 だが、ティニのその宣言の一瞬後、ルインデスティニー¢葡火器が一斉に火を噴いた。二つの大型ミサイルとバズーカ、両足分足して一回十発のミサイルによる一斉発射は機体が爆発したとさえ見られる。コンピュータとエヴィデンス≠ェ弾き出した完璧な計算結果がモニタを埋めていたモビルスーツを刹那で砕片に変えた。

「お」

 実弾兵器達はジェネレータに一切負荷をかけることなく弾の続く限り敵を屠る。クロがビームライフルを向けた敵も榴弾が一歩先取り撃墜する。ティニがどれだけ完璧にロックオンしても二人の心まで繋がっているわけではないのだから、それは仕方がない。

 爆発の乱舞。ディセンベルスリー≠c‐3区画を機械片と噴煙が席巻すると降り掛かる殺意の光とモニタに映る敵機の数が目に見えて少なくなった。

「施設を破壊します。クロ、バックアップを」

 敵機の数など逃げるものまで含めてさえ数えるほどに減じると彼女の操る十四の砲口は眼下を向いた。灰色の尾を引き眼下へ爆炎の暴力を叩き付けられる。

 噴煙が上がり、やがて遠心重力と空気対流がそれを晴らした先には――土塊を見せる傷跡が広がっていた。それでもルインデスティニー≠ヘ手を緩めることなく腹部砲口カリドゥス≠ノ猛火の萌芽を産みだした。

 残弾ゼロでデッドウェイトに成り下がった武装が順次パージされてもティニの暴虐は止まらない。瞬時にして萌芽から恒星へと変じた光は瞬きする間も与えず直下へ突き刺さる。震動は比べるべくもなく弱く、だが消し飛んだ物質は実弾兵器の比ではない。閃光が建造物の地下部分までえぐり取るとティニからの砲撃がぴたりと止んだ。

「アホのターミナル≠ゥらの白旗を確認です」

(……ここが、この間月に来た奴らの全てなのか?)

「――エイブスさん、あとの処理をお願いします」

 想像するしかないが、より情報社会に深く浸るティニにはこちらの見えないところまで理解しているはず。自分には納得する以外に術はない。こちらがビームライフル一丁を持て余している間にサーバ使いは必要な仕事を終え、新たな仕事を割り振っている。

「……なんか、お前だけで良かったんじゃねーの? 今回のこれは……」

「クロのメトリクスがなければルインデスティニー≠ェ動かないじゃないですか」

「……イグニッションキーにしか過ぎないのかオレは」

 憂鬱に思うと思い出す。もう一つの憂鬱の種を。

「……マーズさんと、ラインハルトさんは……死んだか?」

「いえ。残念ながら。ラクス・クラインへの報告に出てますね。しっかり調べてませんがエターナル≠ゥゴンドワナ≠ゥアプリリウス≠ンたいです」

 そうか。安心している自分に気づき、胸中で苦笑する。裏切り者と断定して敵意を向けてきた人間の安否など気遣って何になる……。

「生き残っている敵が解っていて、白旗信じるのも何なんでしょうね」

 自分でも嗤ってしまう心を読まれたか。クロは嗤いを噛み殺しきれず、漏らしながら機体を上昇させた。完膚無きまで叩きのめされた敵からの追撃はなく――

「ミリィさんですか」

 ティニが唐突に反応するとこちらのヘルメットスピーカーのスイッチに手を伸ばした。

〈予定時間よ。そちらはまだかかる?〉

「終わりました。クロ、アプリリウスワン≠フゲートへ」

「解った。このままアプリリウス≠ヨ向かう」

 パイロットがそう言うなりルインデスティニー≠ェミラージュコロイドに溶けて消えた。

 ――その数刻後、今度はアプリリウスワン≠フ索敵担当が驚愕させられる。宇宙港の閉鎖など自由自在だったはずの管制が、星空を見せつけられては唾棄するしかない。それはいきなり出現していた。

「誰が開けろと言ったっ!?」

「港に――こっ! これはルインデスティニー≠ナす!」

「何だと!? えぇい何がテロリストの排除か! 結局はここを攻める口実がっ!」

 すぐにモビルスーツを。いや、管制室と敵機は目と鼻の先か、ならば一寸先に死の見える自分は事の次第をラクス様に――絶望しながらも職務を全うしようとした者達の耳に信じられない通信が入った。

〈こちらルインデスティニー≠フティニセル・エヴィデンス03と申します。アポイントもなしに申し訳ありませんが、ラクス・クライン最高評議会議長との会談を申し入れたいのですが、嫌ですか?〉

 テロリストが人質も破壊予告もなしに交渉だと?

 一軍人に判断できることではない。敵には保留を申し入れ、彼は直ぐさまプラント≠フ中心へとコンタクトを取った。

 

 

 クロはただ前だけを見ている。ティニセルはその横顔を盗み見ながら通信機を操作した。

「意外ですね」

「? 何がだ? あっちが会談に応じようってのがか? それとも、問答無用で撃ってこないこと?」

「いえクロがなにも言わないことが、です。「ここまで入り込めた。さぁ皆殺しにしよう」と言うかと思っていました」

「………お前な…オレは別に暴力大好きじゃないぞ」

「あら、クロはここの支配者さんに放置されたことを恨んでるんじゃなかったのですか?」

「放置とか言うな。少し黙れって。お前に緊張はないのか」

 沈黙が横たわった。急な要請だ。あちらもすぐには返答できまい。クロは緊張を持て余した。いざラクス・クラインと邂逅したとして、自分に何かができるのか……。

「クロ、質問です」

「なんだ?」

「密閉空間に男女が一人ずつ揃うと健全な男は女の子に襲いかかるのものだと聞いたのですが、クロは落ち着いていますね」

「…………それ、シードマスター≠ニしての調査の結果だってんなら即刻削除しろ。大元に報告するとか仲間と共有するとかするなよ」

 沈黙が、要するにつまらないのだろう。超生物もたかが知れている。シートの後ろから顔を出す見た目だけは美少女然とした存在…………………02と言う異形を目にしていなかったらそのような形にも発展する可能性が――

(いや……ないな。玩具にされてるだけな気がする)

 こちらの視線をどう解釈したものか、ティニは曖昧な微笑み、本当に僅かな笑みを向けてきた。溜息をつこうとしたが通信機がコールする。クロは取り、応えた。

〈お待たせを。議長がそちらの面会に応じると言うことです。但し――〉

「ありがとうございます」

 ティニの返答を合図にクロはルインデスティニー≠進めた。

〈但し――おいっ! まだ話おぅあああっ〉

 スラスターの白炎に怯える管制塔を尻目に黒いモビルスーツがアプリリウスワン≠ヨの侵入を果たす。ラクス・クラインの居場所はわかっている。あちらの要求など聞いてやる義理もない。案の定、凄まじい数のザクウォーリア≠ェ警備に出ているが流石にテロリストではないらしくコロニー内部で発砲してくる機体はない。何某かの声も無言の圧力も追い縋る機体も全て無視して一瞬で行政府にまで辿り着いたクロとティニは執務室前に機体を降下させるとコクピットハッチを開き、下りた。

 無数の銃口が突きつけられる。だが背後にそびえる巨人が一つの銃口を突きつけると蟻の如き存在は息を飲んで浮き足立った。

「話し合いに来たと申し上げたはずです。ちゃんとした場所でこちらが赴いてお話伺うことの何が駄目なんでしょう?」

「まぁオレらが、大事なラクス様に突っ込むヒットマンだと思われても仕方ないけどな」

 クロは手近な一人に狙いを定めるとそいつの銃身を鉄の棒で小突いた。理解できない相手に光の刃を見せつけ、携える銃身を腕も振らずに切り落とす。クロはその手に収まるビームサーベルに息を飲む間を利用して最前の命を掌握した。

「案内、頼めるか? ご覧のように後ろの奴はオートで動く。オレらに何かしようとしたらアプリリウスワン≠瓦礫に変えて逃げてくからそのつもりで」

「き、貴様らの言うことなど――」

 クロは刃先を数センチ進ませため息をついた。

「焦土に出来るって奴がお話し合いしようって来たの。港の方で許可出たって聞いたんだがありゃ嘘か。じゃあ焦土決定」

「かのラクス様は再三の会談要求にも応じず国民を犠牲にしました。めでたくなしめでたくなし」

 二人の侵入者がしたり顔で垂らした勝手の数々に兵士は苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべた。一兵士に最高評議会議長に降りかかるほどの責任を取れるわけがない。それでも敵と決定された存在の言葉に乗るなど彼のプライドが許さないのだろう。

(……一人のこだわりで大勢が死ぬ。そうと解っていても捨てられないこだわりがある。それは……社会ってのに必要か?)

 悪いがこちらには金にもならない矜恃とやらを斟酌してやる義理もない。クロは武器を手元にしまうとティニを促し兵士達の隙間へ一歩を踏み出した。ざわりと眼前に道が開ける。舌打ちや小言を漏らせても実力行使はできない彼らを項垂れさせたまま以前来た道を進む。

 やがて薄闇に浮かび上がる大仰な扉が目の前に現れた。

 扉に手をかけてゆっくり開ける。

 ティニの横顔が室内の光源に照らされる様に息を飲めば――執務机に、いる。プラント″ナ高評議会議長ラクス・クラインが。

「ようこそ。世界を見通す目を持つ方々」

 彼女の目には共感や友好の態度は欠片も見あたらなかった――それならば開き直れたクロは彼女に嘲笑の一つも向けていただろう。……しかしラクス・クラインは……この裏切り者クロフォード・カナーバを網膜に映すなり柔らかく微笑んだのだ。

 息を飲んだクロは視線を逃がし、我知らずこの執務室を眺め回した。あぁ、彼女はここで自分に言った。あれだけ彼女の意見を叩き潰したというのに彼女は言った「あなたの自由になさって下さい」と。

「初めまして、としましょうか。私はティニセル・エヴィデンスと申します。お話の機会、ありがとうございます」

 クロは逃げた視線をそのままティニの死角へと向けた。それはザフトの不実を見逃すまいとの行為でもあったものの、ラクスへの負い目の方が強い。それを背負ってなお傲慢になれる心をティニは与えてくれなかった。

「こちらの言い分は、以前こちらのクロがべらべら喋ったことと伺っておりますが、もう一度資料出しましょうか?」

「いえ、結構です」

 再びラクスはクロへと視線を向けた。クロは背を向け気づかない。

「クロフォードさん。支配を是とするあなたの未来……。わたくしから離れて、正しいものと見極められましたか?」

 クロは背後への警戒を忘れた。世界の支配者へと目を向け、目を合わせ、心を見通そうと腐心するが無理だった。もとより彼女の心など見抜けるわけもない。

「……とりあえず、あなたはオレに悔い改めることを期待してなかった…と捉えていいんですか?」

「ええ。わたくしがあなたへ送った『自由』は言葉そのままの意味です。あなたの仰った『自由のもたらす恐ろしい責任』を、あなたが果たしているかは、あなた自身が一番解っているはずですね」

 覚えていたか。それも自分以上に鮮明に。

「…………オレの言う未来とあなたの言う未来――」

 ――どちらが正しいかの答えは出ましたか? 尋ねそうになる自分を抑える。今のオレは護衛に過ぎない。ティニに任せるべきだ。オレでは彼女に洗脳される以上のことはできまい。

「どちらが正しいかを、この女と話し合ってください。今日のオレはただの護衛です」

 言いながらクロは剣を抜いた。彼女の目を見続けてはいられない。ラクスは言われたとおり視線を少女へと移す。少女……その姿に惑わされてはいけない。彼女は意図して敵の背後に悪魔の羽を想像した。

「では、よろしいでしょうか? いえ、その前に」

「はい?」

「アスラン・ザラさんはまだ来てませんか?」

「……お呼びしましょうか?」

 ラクスが怪訝に眉根を寄せると何かが走り込んでくる音が聞こえる。ティニは振り返らぬままクロが扉に対して半身を出し、戦闘態勢を作ると扉が乱暴に叩き開けられる。

「ラクス!」

 キラ・ヤマトだった。せっぱ詰まった表情の彼は光剣を構えたクロを目に入れるなり表情に精一杯の険を浮かべ拳銃を突き付けてきた。

「あなた達か! 外の黒いデスティニー≠ヘっ!」

「おい、まさかあれに攻撃を加えたりしてねえだろうな? 待機命令と言っても反撃はするぞ。撃墜されたから何するんだって言いたいなら先に手を出したお前が悪いんだからな」

 何を――! 激しかけるが、反論は見つからない。ラクスが心配でアレを囲んだ部下達に攻撃命令を出して駆けつけたが……確かに宙に浮かんだ黒のデスティニー≠ヘ浮かぶだけで何もしては来なかった。背に煌めいた爆光はこちらの殺意が鏡に返った結果だとすれば……それこそ平和を脅かした行為だったのか? キラはかぶりを振った。

「勝手なことを! 攻め込んでおいてっ!」

 光の剣を構える破壊者へと銃を突き付ける。クロは腰を落とし彼の殺意を受け止めた。昨年までの彼は生身の戦闘訓練など受けていなかったはずだ。だが今は軍人の頂点に立っている。今まだ身体能力が高いだけの素人と侮るのは危険だろう。クロは彼を脅威として受け止めた。

 頂上の会談。

 その護衛として張り付いてきた自分の役目は人類最高を押し留めることなのか。その未来にクロは辟易した。

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SEED Spiritual PHASE-112 関係ない意志

 

 執務室の扉が乱暴に開け放たれる。現れた軍神は迷いなく銃口を突き付けてきた。クロは光の剣で彼を透かしながら軍神の次手を想像する。

「撃墜されたから何するんだって言いたいなら先に手を出したお前が悪いんだからな」

「勝手なことを! 攻め込んでおいてっ!」

 だがクロが懸念した彼の殺意は激発することなく押さえ込まれた。

「キラ」

 その憤怒を、ラクスが静かなる声でたしなめる。クロがほくそ笑む。キラの目が自分を通り過ぎ裏切られたような色を灯して彼女へと投げかけられた。

(生の人間を撃つ度胸もねえくせに、殺すなと言われることがそんなに心外か?)

「ラクス!? で、でも僕はこの人達を捕らえるのが――」

「平和裏に事を運ぶためには彼女とわたくしの話し合いは不可欠です」

「ソートをあんなにしたのは彼らだよ! そんな人達と話し合うの!?」

「はい」

 表情はゆるまぬまま彼は銃を降ろした。無抵抗な軍神を脳天からかっ捌く想像を消すのが思いの外困難だったがクロも手元から光の刃を消した。二人の殺意が霧散すると大きな嘆息がクロの耳に届く。誰の吐息か確かめられぬ内にラクスがキラへと口を開く。

「キラ、アスランを呼んできていただけますか?」

 何故? 彼を呼びつけたいのならラクス自身が手元の内線で呼びかければ事足りる。キラは反発の声を上げようとしたが彼女の表情を目にして思い止まる。

「ラクス……わかった。待ってて」

 ラクスでさえこの空気に飲まれてるのか? あぁそれとも自分をアスランの制止者にしたいのか。もしかして、そこまで思いつけないほど緊張しているのか……硬化した彼女の笑顔からどれとも採れなかった。キラはそれ以上問えぬまま、二人の敵を一瞥し、扉を閉じた。

 軍神が消えた。クロは肩を落とした自分に気づき、思いの外緊張していたことに驚く。嘲っていたつもりだったのだが……。

 ラクス自身が執務机から腰を浮かし、応接用のソファを勧めてきた。ティニは臆することなく腰を落としたがクロは彼女に甘える気にはなれない。それをプライドと取りたかった彼だが……こういった座席は護衛如きが座るものではないと思い当たれば胸中も萎む。

「ではアスラン・ザラさんが来る前に一つ質問を」

 ラクスが座するのを待たずティニが尋ねた。

「何でしょうか?」

 気分を害した様子もなく桃色のお姫様が答えてくる。密かに視線を動かしたクロに気づくことなく話を進めていく。

「あなたはお父上から自分の存在価値について聞かされていますか?」

「俺にも、以前聞いたな。一体何を企んでいる?」

 ほとんど間をおかずに扉が荒々しく開け放たれた。現れたアスラン・ザラが向けてくる、感じ間違えようのない敵意にクロが再び武装に手をかけるが、二人の女支配者は特に気にした様子もない。

「あら、早かったですね」

「アスランも心配で、ここまで来る途中だったんだって」

「ご心配いただきありがとうございます。アスランも、こちらにいらして下さい」

 ラクスは彼を手招きし、ティニは社交辞令的な軽い会釈を返している。クロは歌姫の双剣を目で追うが、もしこの二人に銃を突き付けられた場合を思うと対抗手段が思いつけず、唾を飲み込んだ。

 ラクスの両脇に着いた二人。クロはその二人に油断なく視線を這わせたが、二人はこちらなど気にも止めずティニだけをじっと見据えていた。アスランが口を開く。

「以前もお前は言ったな? 父から、自分の存在価値を聞かされていないのか、と」

「あなたには聞くまでもなく解らされましたけど」

「どういう意味だ?」

 クロはエヴィデンス02≠フ威容とそいつの言葉を思い出していた。

「では説明いたしますが、まずお二方はジョージ・グレンの意味をご存じですか?」

「……意味だと? ファースト、コーディネイター……ということか?」

 わざとらしいまでに大仰に、ティニは溜息をついてかぶりを振った。激昂の兆しを見せる彼をラクスが手だけで制し、キラが動揺して目を泳がせる。

「ジョージ・グレン――彼は、我々の端末です。彼は最初の被調整者ではありません。先に進化した地球人を模した存在……私達が産み出した子供達の一つです」

 ティニの弁舌は放っておけば人の意見も聞かずに延々と続くだろう。クロは異生物を人間に理解させるため彼女の言葉に人間の観点を注ぎ込んだ。ティニを指差す。

「こいつはシードマスター≠チて言う進化を司ってる存在らしい。その為に人を変異させるウィルスとか色んな植物を繋ぐ虫だとか……そう言った因子を地球圏に送り込んできてたらしい。隕石降らせたり、端末生物送ったりとかでな」

 アスランから、怒り以外の感情を向けられたのは考えてみれば初めてかも知れない。

「……つ、つまり、ファーストコーディネイターは、隕石に紛れて落ちてきたウィルスと――同じと?」

「そんなとこだな。と言うからしい、としかオレには言えないが」

 アスランの瞳が歪んだ。彼は…コーディネイターという呼ばれ方に嫌悪を抱いたのか。

「シーゲル・クラインとパトリック・ザラもそんな私達の子供的な存在です。作り方は、ジョージと違って現状のコーディネイター製造法と同じですが」

 自分の親は人間ではないのか。異世界の生物からフォローを貰っても負の感情は拭えない。その胸中を察して流石にクロも同情した。ラクス・クライン、アスラン・ザラが揃って表情に絶望を浮かべている様など二度と見られるものではないが、嘲笑するより同情した。

「私達がジョージ・グレンからの進言で人を遺伝子的に進化させる方法を提供しました。それで地球圏は次のグレードへと進む……予定だったのです」

 反論があるかと思っていたが、敵対する三人は何も言わない。ラクスは先を促すように相づちを打っている。

「ですが02が実際見に来た地球圏は、違いました。私も彼から渡されたデータを見ましたが、同意見です。02は当時の支配者階級が民衆を導けていないと判断いたしました」

「……具体的には?」

 ラクス・クラインにも思う所があるのか、彼女の声に若干険を感じた。彼女自身も完璧を模索していた。貶されればアタマに来る人間らしさを感じたクロはそこに彼女の不完全さを感じる。ラクスを神と扱うプラント≠フ面々は彼女の負の側面など見たくはないだろう。同じヒトだと認識しながら一つ上の存在として扱い、同格に降りることを許さない。クロは彼女の険を微笑ましく感じるが、キラはともかくとしてアスランはどう考えている? もし、ラクスに抑えろと考えるのならそれはお前の嫌う思考操作に繋がらないか?

「あくまで当時の……と言いたいところですが今でもあまり変わりませんか。個人の思惑を世界に押し通すどこかの大統領、世界のためにと謳いながら自分達のために血税を使うどこかの官僚・政治家、中立と言う正義を守るため他国を騙すという不正を働き続ける平和の国……まぁ全国です。私欲に走って公を見られないだけでなく、民主制世襲制問わず資質の足りない者達も上へと行ってます。

 駄目人間ばっかり上にいてはいつまでも改善にならないと思った02の考えた結果が、あなた達のお父上達です」

 クロは内心目を剥いたが、以前プラント≠攻め、ラクスと話した内容がティニに筒抜けになっていても不思議ではない。それよりも理解不能の異生物と思っていたティニの思考がこうも自分の似てきていることに戦慄さえ感じた。

「彼は現状を清浄化するには全民衆を導けるような完全なる指導者が必要と考えました。

 モデルはA.D.をもたらした存在です。強いカリスマと他者の意見を論破できるだけの精神を目指して調整しましたが、全てを個人に、と言うのが難しかったのでまず分割して産み出しました」

「……俺とラクスが許嫁だったことは……」

「父上さんに伝えられたことではありませんでしたか? 02の企みでは、お二人の遺伝子を組み合わせ、最高の指導者を生み出す計画でした。

 ――が、ユニウスセブン≠ヨの核一発でレノア・ザラさんを失ったパトリックさんは狂った末にシーゲルさんまで殺してしまいあなた方に存在価値を教える前に……ご存じの通りです」

 父を狂ったと言われた。父のことを認めていないと断言するアスランでも彼女の言葉には反発を覚えた。そしてラクスの目が見られなくなる。しばらく忘れ去っていたラクスへの引け目――父を殺した者の縁者としての――が蘇りアスランは目を反らし聞こえない舌打ちを零した。キラがそれには気づけぬままラクスを見やりあぁと頷く。

「だからみんなラクスに惹き付けられるんだ。歌にも、言葉にもちょっとした力があったんだね……」

「………だが、ラクスは分かるが…俺にそんな人を惹き付けるようなものがあるのか?」

 心のどこかで逃げ道を探したかったアスランは我知らずその提案に飛びついていた。だがそんな心中を読み切れないラクスは大きく嘆息する。

(魅力がないとはよく言ったものですね……、メイリンさんとカガリさんが可哀想ですわ。この分では他にも泣かせている方がいるかも知れませんね……)

「そんなことないよ。僕はいつもアスランに頼ってきた」

「キラ……」

 和み始めた世界最高位の三人をティニが咳払いで押し留めた。自分達の魅力を造られたものと扱われることに思うところはないのか。それとも、衝撃が強すぎて思い至れないだけか。クロは後者であるのだろうと思い込むことにする。

「で、ここまで聞いて質問は?」

 三人が再びティニを見やった。アスランとラクスはそれぞれを見やった。彼は理解させられている。キラは究極の人間を目指して専門技術者の手で完璧に調整された存在としてその能力を遺憾なく発揮している。ならば――そのキラ・ヤマトと互角以上の『性能』を示す自分は何者なのか。――彼女の言葉はその疑問を一瞬で氷解させてくれていた。満足感は微塵も得られなかったが。

「お前はこう言いたいのか? 完全な支配者を、誕生させろと」

 ティニセル・エヴィデンスは何も応えない。

 ラクスは思い出していた。キラと自分の遺伝子は、不適合を示している。法に従えば……いずれ引き裂かれる。ならば公人として彼女の言う完全な支配者を産みだし、教育することこそ使命と考えられもする……。

 アスランは動揺していた。今度はキラの目が見られない。奥歯をかみ続け引き結ばれた口元が反論も謝罪も閉じこめる。

「でもそれって、アスランとラクスの意志は関係ないわけでしょ」

 見やるキラの表情は理不尽に対し怒っていた。クロも、アスランも彼の心を読み違えようがなかった。キラはそのどちらにも気づくことなくひたとティニセル・エヴィデンスを見据えている。

「勝手に自分の未来を決められて、あなたは納得できるの?」

「存在理由の相違でしょうか。私は世界をより良くできる可能性が見えていたらそれに邁進することは良いことだと思います。私達は『進化』が究極命題ですから、その為に自分を捨てることもあります」

「そんなのは、おかしい」

「そうでしょうか? 会議があって、全員が自分の部署の最大利益を喋りまくったらいつまでも次に進めないでしょう。その時ある程度妥協することと、あなたの仰るオカシイの差を教えて貰いたいものです」

「いや、そんな斬り捨て方ができることが、お前と俺達が相容れないことの証明じゃないのか?」

 キラの言葉を受け、力を取り戻したアスランがティニを糾弾する。

「エヴィデンス。俺はあなたの言うとおりには動けない。ラクスにもそんなことをさせるわけにはいかない」

 彼の義憤。彼らの義憤。クロは何も感じようがなかったが、ティニには落胆があったらしい。キラとアスランの作り出した空気を台無しにするほど聞こえよがしの溜息が彼女から漏れていた。

「全く…これがクエストコーディネイターなんでしょうか……」

 そして皆の怪訝な視線を受け流しながら遠くへと視線を投げた。

「残念ながらあなたの計画は失敗ですね。完全な支配者が生まれる可能性は絶たれました」

 クロは、気づく。ティニが向いたその先にはアプリリウス市立図書館がある。今もあいつはそこにいるのだろう。

「いえ、効果どうこうではなく、二人がこの計画を知ってなお否定されたのです。お二人の問題ですから、私に言われても知りません」

「……何と話している……?」

「まぁ02の件は却下でも結構です」

 向かいの三名が突き刺してくる怪訝を完全に受け流して向き直ったティニは次の毒を差し出す。その意見は自分も無関係ではいられない。

「私は02の企みよりもっと直接的で効果も予測できる案をお持ちしましたので」

 アスランが真っ先反応した。

「……思考、操作か……!」

 憎々しげな看破にクロは敵へと笑いかけた。

「人には自由意志があります。それは世界ではなく自身を優先する意志です。生物なら当然ですね。人の群体である国家も、同じ意志を持っているとしても理解していただけることと思います」

 ラクスは一度瞑目する。彼女は開いた瞳で提案者を見ることをせずクロフォード・カナーバへと視線を注いできた。クロは反らしかけ、ギリギリで踏みとどまる。これはティニの言葉ではない。オレの言葉だ。あとで吐き出されるにせよ、相手に飲ませなければオレの負けだ。

「まだ迷っています。わたくしは」

「オレは迷っていません。あなたが、オレに最初に見せた『戦わずに済む世界』を造り出すにはこれしか思いつけません」

 ちらりとキラ・ヤマトへ視線を送る。

「方法に関しては問題ありません。そちらには、ソート・ロストという証拠を示しましたが」

 予想の通り彼が激怒の兆候を見せた。ラクスが抑止力として存在しなければ幾ら温厚な彼でも殴りかかってきたかもしれない。

「――そちらは何か代替案は出ましたか?」

 クロは、自身に嫌悪しながらも洗脳の負の側面の言及は避けた。ティニがこちらを全てを支配しようと画策しようものなら被験者は抗う術がない。それでも隷属を苦痛と思えないイマジネーターが蔓延すれば、革命のない封建社会と言う歪んでいるなりの平和が手に入るだろう。

 首を横に振るラクスをキラとアスランが不思議そうに見ている。ここで彼女がオレを逃がしたことを暴露したら、二人の心はどう動くだろうか。

「――ヒトが周囲よりも個人を優先させるように、国も世界益より国益を優先させるでしょう。――代替案はなし、ですね。ではこちらの提案に反対した場合、果たして完全な平和が作れるでしょうか?」

 ラクス・クラインが黙り込んだ。

 クロは勝利を確信した。彼女に認められなくともクロは確信していた。ラクスは左右の双剣にへと顔を向け、意見統一を図っている。その漏れ出る意見の欠片にすら勝利を感じる。

「イマジネーターが支配する国は、地球上で真っ先に復興したことは聞き及んでいますでしょうか?」

 アスランは視線だけをこちらへ向け、何も答えなかった。

「暴動も起きません。苦しいときこそ皆が助け合うべきだとあなたのような方はよくよく言われます。彼らは完璧に疑う余地なく助け合っています。それに引き替え略奪や暴動だらけで一向に蘇ろうとしない場所、問題だとは思いませんか?」

「仰りたいことはよく分かります。ですが、わたくし達は人格の放棄を認められません」

「代替案はないわけですね」

「可能性を残すことが代案だよ。あなた達の案は、未来がなくなる。決めつけられた未来を選ばされるだけだなんて、デュランダル議長のデスティニープラン≠ニ同じなんじゃないの?」

「ああ。お前達は世界征服がしたいだけなんだろう。悪いが俺にはお前達二人が誰もが幸せな世界を造れる存在とは到底思えない」

「制限などする必要なく、人は人を思いやれます。人の可能性を信じます」

 ラクス・クライン達の宣言を、ティニセル・エヴィデンスはどう受け止めたか。腰元で重い溜息が落ち、僅かに静けさが通過する。

「…………そうですか。平和の歌姫が聞いて呆れます。優先すべきは自分と、自分の属する群体ですか」

 見据える彼女に迷いはない。

「洗脳か死か。わたくし達にはどちらも選ぶことが出来ません」

 ティニセルが、反論をやめた。

 先程とは何かが決定的に異なる、地獄のような沈黙が横たわった……。クロが溜息をつき、それを掻き消すほどに大きな溜息がティニの口から漏れる。

「……わかりました」

 交渉は、決裂だ。クロは座席に横に移動し、ティニがゆっくり立ち上がった。

「では失礼します。今度は話し合い以外の方法でお邪魔させていただきますので悪しからずご了承下さい」

 引き留める言葉が見つからないのだろう。ラクスからもアスランからも追い縋る言葉が届かない。戦う以外に方法がないのか問うてきた。だが、今はこちらが戦う以外の方法を蹴ったのだ。戦うよりも酷い未来を予見してしまったから。

「……ラクス」

 アスランが座り込んだまま彼らの背を見つめるラクスに呼びかける。返答がないことに業を煮やして揺さぶる。クロが扉に手をかけた。出て行ってしまう。史上最悪のテロリストを、手の届く位置から逃してしまう!

「ラクスっ!」

 アスランは居ても立ってもいられなくなった。キラもラクスも楽観視しすぎている! 最悪の破壊が解き放たれる――プラント≠ェそれを見過ごしていいはずがない! 胸中で思いが臨界に達したアスランの指はラクスの肩から離れるなりジャケット奧へと潜り込んでいた。

「アスランっ!?」

 彼の射撃技術はザフト軍でも並ぶ者のない随一のもの。気づいたときにはもう遅い。止められるはずもない。手の中の黒光りする塊は気づいたときには僅かに上へと跳ね上がっていた。銃撃者に、撃つその瞬間殺意があれば一瞬あとには取り返しの付かない凶器。それが手元で弾けた一瞬後、ティニセル・エヴィデンスが跳ね上がり、前のめりに頽れる。

「ティニセルさんっ!?」

「アスラン!? なにをっ!」

「奴らは必ずプラント≠襲う! お前達はそれを見過ごすというのか!」

 アスランに容赦はなかった。次の射撃は精確に眉間を狙っていたのだろう。ビームシールドに弾けた鉛はあまりに近く、クロは言葉を失っていた。ビームシールドで身を守りながら倒れたティニを抱き寄せる。牽制に躍起になる視線の先にはキラが何とか宥めようとするアスランと、悄然と立ちすくむラクス・クラインの姿がある。

 クロは突然理解も抑制も利かない怒りに囚われた。

「なぁラクス・クライン。ブルーコスモス≠ェほざくように、人類全てがナチュラルに還れば、争いはなくなると思うか?」

「……いいえ。歴史が証明しています。ナチュラルしか存在しなかった時代に争いが根絶されたことはありませんでした」

「ならば、そちらさんのおとーさんがほざいたように人類全てが理性的なコーディネイターになれば争いはなくなるか?」

「……無理でしょう。コーディネイターだからと皆が皆己を捨てられるわけではありません。資質があっても努力する才能までは与えられず、尊敬できない人間に堕ちたコーディネイターを知っています」

「最低の解答だよ。オレは全人類がイマジネーター化すれば、戦争が根絶された完全平和の世界ができると確信する。それに対する反論を、あんたが与えてくれないなんてな!」

 だがそれでも、突き付けた銃でラクス・クラインを撃たなかったのはアスランの奴を徹底的に嫌悪したからだった。奴と同じいつに堕ちるのだけは我慢が成らない。その思いが殺意すら上回った。

「ティニ! おいティニ! ルインデスティニー≠ノ着くまでは息してろよ!」

 その分苛立ちは奴らに世話して貰うこととしよう。建物に気を遣ってやる義理はない。ルインデスティニー≠ノ無理矢理ここを踏み潰させ逃走経路をショートカットさせて貰う。クロは手元の端末を――

 ティニセル・エヴィデンスが腕の中でもぞりと動いた。

「ティニ?」

「全く、アレがクエストコーディネイターとは……」

 ティニがゆっくり起きあがりいきなり激しく頭を振り抜いた。キン、と澄んだ音色が壁で弾ける。額に開いた闇色の眼に視線を向けたティニが力を込めると円形の空洞がゆっくりと肉に飲まれていった。四人と周囲の護衛人が息を飲む中、彼女はクロの手をはね除け立ち上がる。

「これじゃ戦争はなくなりませんね」

「ぐ…黙れっ!」

 障害を排除することが軍人の職分。言い聞かせ、息を止めて思いを閉じこめても罪悪感は薄まらない。

「ラクス・クライン。オレ達は帰っていいか? ヤダってんならこっちにも考えがある。今オレの後ろにいるモビルスーツがなんだか忘れたとは言わせないからな」

 ラクス・クラインは答えない。代わりにアスランの拳銃へ手を添えた。彼の反論を視線だけで黙らせ一つ大きくクロへと頷く。クロも、彼女に頷き返しビームシールドを解除した。

「世界の半分は善人、まだ人に救いはあるとあなたは考えてるんだよな……」

 ラクスは厳かに首肯する。クロは目を閉じ首を横に振った。

「だがそれでも、世界の半分は悪人だ。自分の好きなように他者を無視してでも己が気持ちいいことを優先させる奴らが半分いるんだ。そいつらは善人分の利益を横取りしても何とも思わない。善人は、それを許してしまう」

 最近の親は怒らなくなった。

 怒った方が嫌われるからだ。

 相手のためと注意しても、気持ちはそれを受け入れ難い。慰めた方が容易に好かれる。

「善人が損をするこの世界がオレは許せない」

 ラクスは首肯も否定も何も返してこなかった。クロは身を翻し、扉を開けてティニを送り出す。言葉を交わす必要などなかったと思う。それでも問いかけたのは自分の弱さか。

「受け取れ」

 クロが何かを投げて寄越した。アスランは反射的にそれを弾き落としたが、ラクスはそれを広い上げる。データディスク。彼女が眉を顰める間にクロが指先を突き付けていた。

「ここの市立図書館、見てみるといいぞ。行き先はそこに入れてある」

 扉が閉じられた。ラクスが執務机に戻り、全館に放送を送って敵の安全を約束する。アスランの舌打ちはキラさえも聞き逃さなかったが心は寧ろ彼に近い。

「ラクス、解ってるのか? 奴らは月を手中に収めてる。レクイエム≠竍ネオジェネシス≠フ処理は終わっていないだろう? 奴らがそれを手にしていたらどうするつもりだ!?」

 アスランの苛立ちも間違いではないと思う。力なき正義もまた無力。伝えるべきことがあるのなら遠慮はできない。敗北はできない。承知しながらマイナス要素を残すなど愚かなことなのだとは認識している。

「彼らは滅ぼしたいわけではありません」

「何故奴らを弁護する!? 世界を歪めたのは間違いなくあいつらじゃないか!」

「アスラン!」

 激昂し抑えの効かないアスランをキラが引き留めた。引き留められて、アスランも額を抑えて自己嫌悪できる。わかっている。信じて邁進したい自分の意志を正義といえるのかどうか彼自身も迷っている。

 父を信奉していたテロリストは自分がザフトを狂わせた張本人と断定した。

 何者か解らないニコルを臭わせた男は、平和とはかけ離れた行動をしていると自分を否定した。

 敵を見定め敵を目的として邁進している間は忘れていられる。だが敵と言う概念を覆い隠された瞬間、アスラン・ザラは追い遣りきれない罪悪感に苛まれる。彼らの言葉を否定する方法を模索するのだが……その正当性はどこかに綻びが生じる。キラをやんわりを離しながらも、彼は口の中で悪態を付いた。

「アスラン……わたくしも、あなたの仰りたいことは解ります」

「……済まないラクス。こんな行動に出るべきじゃないと思ってはいるんだが……」

 戦いたくはない。だが……戦うしかない。アスランの言葉は自分の中に蟠る解消しきれない矛盾を明るみに出された。ラクスも彼に感染させられたかのように重い重い嘆息を漏らした。戦いたくはない。戦わずとも済んだ存在だと思う……。なのに戦う道を選んでしまう。戦わなければ脅かされると感じてしまう――

「僕たちは……どこへ向かえばいいんだろう………」

 ラクスは希望をうち捨てるしかない自分達に落胆した。紛れもなく、彼らは宣戦布告していったのだ。

 

 

〈ゲートの掌握、必要? すぐにはできないから言ってよ〉

「必要ないはずだ。ラクス・クライン達がそこまで腐ってるんなら武力行使して帰る。コメット≠フ誘導を優先してくれ」

〈あれ、クロなの? ティニさんはどうしたのよ?〉

「今、ちょっと待ってくれ。また連絡するから!」

「私は平気なんですが……」

 敵方の使徒に両脇を固められながらも発砲されることなくルインデスティニー≠ヨと戻れた。クロはまず創傷処置用キットを取り出しティニの前髪を書き上げたが…血の破片すら確認できず困惑する。

「おま……脳とか中枢神経みたいな急所ねえのか……」

「到達する前に止めただけです。そんなことよりアレが02の調整したクエストコーディネイター…………。解っていたつもりでも突き付けられると何と言いますかクるものがありますね……」

 超生物にとっては拳銃弾を額に受けることは芳しくない実験結果に落胆することより優先順位が低いらしい。

「やたらと気に入らないようだなティニ」

「当然です。あの二人がくっついたとして、何が生まれると思います? 自分を絶対曲げない傲慢な第三世代が一匹出てくるだけのような気がします。問題です」

 優秀な知識と判断力を持った、立場からすれば権力まで持ち得るだろう傲慢が生まれる――支配者に必要な素質というのはそれなのではないか? もしかしたらエヴィデンス≠フ計画は成功するのかもしれない。それでもティニに言ってやるつもりにはなれなかった。クロが夢想しているのは、いわば永続する平等社会。一世代以上続くかどうかわからない絶対者頼りの社会に希望など持てない。

 クロは身体に問題のないらしいティニをシート奧へ押し込みOSを再起動する。同時にティニは通信機へ手をかけた。

「ミリィさん、先に脱出を」

〈あ、いいの?〉

「こちらはあなたを回収しませんので」

 幸い彼女を捨て石にする必要もなかった。ティニは捨て石にもできる情報操作員としてミリアリア・ハウを選んだ。彼女ならば軍神達の手に落ちたとしても、彼女自身にとってもこちらの組織にとってもマイナス要素を極小にできるという判断からだ。このプランを彼女に提案したとき、彼女の迷いは思ったよりも小さかった。

 

〈そう、ね。直接キラに危害をっての以外ならまた私を使って貰って構わないから〉

 

 ……彼女も思考操作――アスラン・ザラが忌み嫌った洗脳を受けた方が幸せになる人間なのだろう。

「アプリリウス≠ゥら脱出する。警戒、お前にも頼りたいがいいか?」

「了解しました。全く無駄足です。腹いせに敵の一つも見つけて正当防衛的に撃ち落として帰りたいものです」

 あれだけディセンベルスリー≠ナ破壊活動をしても余剰アドレナリンが出るような身体ではないらしい。クロはティニに失笑を送ると機体を宇宙港へと向けた。

「でもオレは、この話し合いが無駄だったとは思わない」

「意外な意見ですね。何故です?」

 コントロールを渡してくれたルインデスティニー≠ェ全てのモニタに息を吹き込み眼下に敵の牙城を映し出した。

「あいつらに任せたところで平和なんか手に入らないって確信できたからな」

「成る程」

 ティニの視線も、クロの肩を越えて最初の希望達へと送られる。

「理解していますか支配者さん達。これは、宣戦布告ですよ」

-3ページ-

SEED Spiritual PHASE-113 人が人を殺していながら

 

 青白い、世界だ。

 人が身一つで放り出されれば魂を吸い出され凍り付くしかない深淵。最も単純で、最もあけすけで、とても明確な――死の世界。

 だが最も身近な虚無を、人は望み、進出してきた。無であるからこその魅力が過去の雄志を惹き付けた。だからこそ自分はここにいる。ならば本当に、無価値である真の無と言うものはどこにあるのだろうか。死すれば、それが無か。

「……とんでもないところまで、来ちまったよな…」

 言われて動くしかできなかった一兵卒、一山幾らの真っ先に死んでいくことが仕事の、装甲材程度の価値しかない人間…。そんなモノだったはずの自分が世界を変える階を昇り続けていた。見上げれば――新世界が…………。光に包まれまだ見ることは叶わないその世界、果たして自分の足でそこまで上がれるのか。

「――ふぅ」

 クロは見上げた。無限の深淵と散りばめられた星々が視線を飲み干していく。

 クロはそのまま首を降ろした。前方、下方へと流れた視界も夜空が視線を飲み干していく。月で新たに設置された全天型(オールビュー)モニターは起動すると個々のモニタの継ぎ目さえ探せなくなる。このシステムは、肉眼、ことにナチュラルの情報処理速度だけでは持て余すしかないが、AIの思考補助を組み合わせることで死角を完全に消し去れる。

「――ふぅ」

 ……初めて使用したときには身一つで宇宙空間に放り出されたよう錯覚を覚えパニックを起こしかけたものだ。今、心穏やかに首を巡らせられるのは慣れから来るもの…ではない。AIにより思考補助の恩恵は高いが、本人の知覚領域拡大までには及ばない。ファントムペイン≠ェもたらした即効性の人体改造がクロに周囲を見渡す余裕を与えてくれている。

「さて、そろそろ、だな」

 クロは更にこうべを下げた。飲み干すだけだった深淵が蒼天を照り返す。生まれ故郷がどこにあるか、無理と知りつつ目で追っていた。この距離からだとくすみのない蒼い惑星と感じられる。だが今は、地表に近づけば近づくほど傷だらけの破滅を見せつけられるだろう。それを引き起こしたのは自分達だ。

「コネクトシステムオールグリーン。ハードポイント出力プラス七へ推移……。ティニ、頼む」

〈了解です。コメット∴齡ヤ機離艦(テイク・オフ)。続けて二番機――〉

 蒼闇色の戦艦に背を向けウィングバインダーを真後ろに向ける。両端をモビルスーツを超えるサイズの追加武装――巨大ビームソード発振機兼砲身兼ミサイルポッド、コメット≠ェルインデスティニー<Vールド用コネクタに接続された。今のコメット♂コ部には小銃のマガジンに似た縦長のパーツがぶら下がっている。これを扱いきれるかどうかが任されたミッションの貢献度合いに大きく関わることだろう。

 ドッキング完了。高出力モードに入ったコネクタが二つの武装に力を与える。動作確認をしたクロはコメット≠ヨの供給を停止させると背中の翼に光を乗せた。

 とうとうここまで来てしまった。

 ようやくここまで辿り着けた。

 世界に認められるか否か。

 世界をこそ認められるか否か。

 クロはコントロール譲受の宣言を名乗り上げようとした。しかし、思い止まる。コードネームでは駄目だ。オレが、オレである意味を世界に教え込まなければ戦争には出られない。

「クロフォード・カナーバ、ルインデスティニー¥oる!」

 アイオーン≠フ管制から溜息が聞こえた。制御室からは苦笑が聞こえた。彼らの気持ちを置き去りに、ルインデスティニー≠フメインスラスターへ意識を注ぎ込む。

〈行ってらっしゃいクロフォード。どうかお元気で〉

 置き去りにする。太陽風と太陽光と月と地球の反射光を糧として目指す先は――彼らにとっての悪の牙城であり世界にとっての最後の砦……。行き着く先には終末がある。勝利や敗北などに一喜一憂する意味はない。自分は全てを賭けてきた目的に邁進している。その先には終末しかない。

 行程の半分を越えた辺りでクロはミラージュコロイドを纏った。自らの有する最強力を敵陣深くに切り込ませ大戦力を引き受け混乱させた所へ主力艦隊を突入させる――少数精鋭しかウリのない自分達が世界最強戦力に対抗する戦術、クロにはこれしか出せなかった。ティニには何も出せなかった。

 

 

 ――その日、凄まじい数の武器弾薬が届いた。N/Aとサイが扱っていたファクトリー=A協力的なターミナル≠ェ手配したジャンク屋からの補給物資だ。ここに届いたものはあくまでアイオーン≠ェ利用する分。総数ともなるともはや推し量りようすらない……。だがパイロット達は顔をしかめていた。ジャンク屋達は最終決戦へ赴くこちらへの精一杯のはなむけ、親切心なのだろうがデスティニー=Aガイア≠フようなビーム偏重の主力を有するこちらにとってこの実弾兵器の山は……少々持て余し気味か。

「いらないとは言えないしね……」

「何でこんなに積んであるんだよ……」

「ティニが言ってた。『危険なところで装備を無駄にする奴は愚か』、らしいよ。まぁ、何が必要かわかんなくなるだろーし、一理ある」

「でも、利用する以前に運んでいくだけで疲れる……」

 元ザフトの面々が敬遠気味の空気を漂わせるところにナチュラルが一人やってくる。

「ヨウラン、こいつらがいらないってんなら全部コメット≠ノ積み込んでくれ。オレが使う」

「何考えてんだクロ?」

「ハイパーデュートリオンと違って未知の塊な星流炉には信頼性なんかない。太陽充電が信頼しきれないんでな。エネルギー制限できる所はケチりたい」

 先程ティニ、ノストラビッチ、整備係の面々から充電性能が格段に向上したようなこと教え込まれたばかりだが、前回のプラント$ではルインデスティニー≠ナ初めてのフェイズシフトダウンと言う辛酸を舐めさせられたのだ。用心はしすぎても足りないと言うことはあるまい。

 決戦に向けての補給が間もなく完了する。パイロットに対してモビルスーツが不足するなどという事態は回避できた。後は戦力を確認し、対ザフトの戦術を練る――皆が緊張感を感じ始め、それを戦意へ転換しようと意気込みかけた矢先、その報が彼らの耳に突き刺さった。

「皆さん、オペレーション・パーソナリティ=A採択された模様です」

 ――クロが出撃する数時間前のアルザッヘル℃s、アイオーン≠ヨ乗り込んだクルー達に伝えられたティニからの通告がそれだった。

「なにっ!? いや、当たり前か」

 モビルスーツハンガーで制御室からの通告を聞かされたパイロット達は余裕を失った。最終決戦へのカウントダウンが始まっていることは感じていた。カウントダウンによって徐々に固められていくはずの覚悟が、猶予を与えられず突きつけられている。オペレーション・パーソナリティ=Bザフト軍による月への侵攻作戦名か。クロは納得し、シンは激昂した。

「やっぱりかよ……! 平和が大切みたいなこと言っておきながらどこまで身勝手なんだアイツらは!」

〈既に月の周囲へザフト軍艦隊が向かっているとのことです。しばらくしたら、地球圏最強勢力に包囲されることになりそうですね〉

「……それは意外だ……。いや、当たり前か」

 平和の歌姫であるラクスが先制攻撃をしてくるなどクロは思いもしなかったが、当たり前か。自分とティニは宣戦布告をしてきたのだ。こちらが拠点としている月にはレクイエム=Aネオジェネシス≠ニ言った大量破壊兵器が遺棄されたままになっている。こちらが使うつもりがない、修復した記録などないと言い張っても彼らにはこちらを信じる理由も能力もない。

「デュランダルのプラント≠攻めたのもラクス・クラインだしな」

 諦観と共に納得したクロだったが報告者の声は沈んでいく。

〈それに便乗してあちら側のターミナル≠ェ余計な命令を引っ付けやがりました〉

 ただラクス・クラインが先制攻撃をしかけてきただけでは済んでいない。覚悟を決めたつもりだったクロの心にもその事実が突き刺さる。

〈星流炉搭載型二機の捕獲作戦です〉

「なんだと?」

 ざわめいた。クロが眉を顰める。現存する星流炉搭載型などルインデスティニー∴鼡@しかない。我を通したい存在がこの究極の戦力を欲するのは当然とも言えるが、二機とはなんだ? エヴィデンス°、がまだ隠し持っている機体でもあるのか?

「二機とはどういう意味だ?」

「ジエンド≠ナしょう。どこからその機体情報をー、などと問うのは愚かでしょうか」

 ターミナル≠セから、か。規制は利かせられると言うのも限界はあるらしい。中途半端な規制が逆に言い訳の利かない状況を造り出してしまっている。

「……まさか、あちらさんはオレがジエンド≠灼いてやったことなんか、知らない、と」

〈そう言うことです。ザフト軍と正面衝突、その脇をターミナル≠フ戦力に突かれるという形になるかと〉

 動揺が走った。イマジネーター達はその悲壮感を押さえ込むこともできているようだがナチュラルやコーディネイターはその限りではない。クロは周囲を目だけで盗み見、黙考する。

「ターミナル≠ヘ、星流炉搭載型が欲しいって考えてて、その在処は把握してない……。なら戦略兵器で一気に焦土はないな」

 無用な懸念ではある。Nジャマーに支配された地球圏ではピンポイントで遠距離を狙爆撃できるような戦略兵器は使用不能だ。モビルスーツや艦船へ迎撃が充分なら核ミサイルが降ってくるようなことはない。

「シン。お前に防衛を頼みたい」

「アンタはどうするんだよ?」

「ルインデスティニー≠ナプラント≠ヨ突っ込む。ザフトを挟撃する形で、ついでにターミナル°、の集中力も分散できるだろ」

「……一機で、か?」

「ステルス迷彩使えるのはこの機体だけだ。迂回してL5行って、迷彩解いて暴れる」

 クロはすらすらと迷いなく舌を滑らせているがシンは盛大に顔をしかめる。口にするは易し。だがこいつはそれがどれだけ困難なことか、理解していないのではないのか?

「アンタで大丈夫なのか?」

「幾ら何でも無茶よ……」

 パイロット達の経験則に基づく懸念ももっともだが、それでは勝てない。籠城戦に耐えうるだけの戦力など望むべくもないのだ。

「無茶でも仕方ないだろう。真正面からやり合えばこの戦力差じゃあ多分負ける。挟撃以上の案があったらすぐ出してくれ。議論しているような時間はない」

 クロはすぐさま自分の機体へと歩み始めた。背後の彼らが自分の言葉と背中に何を感じたのか、それはもうわからない――

 

 

〈クロ、間もなく先発隊の最後尾です〉

「了解。よし! 攻撃を開始する!」

 ティニから送られてきたデータがナビゲーションウィンドウに彼我の位置関係を示す二次元グラフィックに従い、迂回ルートを外れた。加速をかけるとほどなくして全面モニタの正面に魚群のごとき戦艦団が確認できた。熱紋センサーの有効範囲外でメインスラスターをカット、慣性に光圧のみを加えて接近を試みれば――月だけを見た一団はルインデスティニー≠ノ気づくこともなく進軍を続ける……。熱紋以外でミラージュコロイドをまとった存在を知覚できる『目』などない。

 クロは嘲笑と、憐みを抱きつつトリガーを引き絞った。

 両手に連なる収束火線砲が一気に臨界へ達し口径120pにも及ぶ光の槍がナスカ級の中腹へ突き刺さった。彼らが何を思ったか、もうわからない。一瞬の貫通と一瞬の衝撃と一瞬の閃光が青い宇宙戦艦を無価値に変えた。だがその存在全てが無駄だったわけではないらしい。一隻の犠牲で敵の存在を汲み取った船団は全包囲へと機銃弾をばらまき始めた。CIWSの弾幕で戦闘空域を包み込み、燻り出すつもりだ。物量にものを言わせた美しさのない手段を嘲ろうともフェイズシフトとミラージュコロイドが共存できなければ手の内で踊るしかない。両腕を大型砲と繋げたルインデスティニー≠ェ宇宙空間に顕現させられた。

「対艦攻撃。サポート頼むぜぇっ!」

 幅広のコードと繋がった立方体が鈍く輝く。収束火線砲が更に続けて二艦を貫く。

 戦艦共が回頭を始めた。モビルスーツもすぐに吐き出されることだろう。その前に戦艦ごと墜とせば――楽に済む。

〈クロ、聞こえとるか?〉

 ノストラビッチの悲鳴にも似た声がティニの通信に紛れる。クロはそれどころではない。

「戦闘中!」

〈聞いとればいい。バーストシード≠ヘむやみに使うな! 心の空隙を広げるような真似をするんじゃないぞ!〉

「そんなものは必要ありません!」

 その為の力だ。クロは両端へぶら下がるウェポンコンテナへと操作の手を伸ばした。ルインデスティニー≠ェ右手に携えていたビームライフルが手放され、ビーコン誘導で腰部にマウントされると同時にその掌からコンテナへ赤色のガイドビーコンが発し、到達する。内側の装甲がスライドした右の先にはJP536Xギガランチャー<}ルチプレックス ビーム・バズーカハイブリッドガン、左の先にはプラズマサボットバズーカトーデスブロック≠ェ収められていた。二丁のバズーカが両手に収まる。その間一秒にも満たない。グゥル=Aドラグーン=Aそしてシルエット<Vステム。全くザフトの無線誘導技術には舌を巻くしかない。ティニに任せっきりだった数え切れない無数の武装を意志の一つで操作ができる。

「艦隊戦に入ります! 話しかけないで下さい!」

 叩いたキーがコメット≠伝う。各所の装甲板が展開し、隠されたエリナケウス¢ホ艦ミサイル発射管を虚空に晒した。水底に犇めく肉食魚が獲物を求めて殺到するよう解き放たれた対艦ミサイルが両脇のナスカ級へ喰らい付いた。音のない爆発、視界を遮る程もうもうと立ちこめたガスと装甲片の混合物を貫通しながらクロは右手のギガランチャー≠ゥらビームガンを乱射し血路を開くとすれ違い様ミサイルに食い荒らされた腹に二連の榴弾をぶちまける。はらわたを蹂躙された戦艦は内包物を弾けさせながら傾ぎ、爆散する。

 

 ――「あなたの自由になさって下さい」

 ――「あなたが導く未来が正しくないとも、わたくしには言い切れませんから」

 

「……オレは宣戦布告したんだよ。あんたにな!」

 敵陣まっただ中に突入するなりMA-X200ビームソードを出力、両腕を開いて旋回する。突如出現した光の竜巻が二隻のナスカ級を乱暴にスライスした。艦橋を横断された艦はそのまま煙を吐きつつ流れ去り、レーザー核融合炉を分断された艦が直ぐさま光輝に変わる。

「あんたにとってもこれが答えなんだろう!」

 敵の、戦艦の主砲とCIWSによる徹底的な排除意志がルインデスティニー≠取り囲む。何発かを装甲で弾かされ質量の遙かに大きな艦砲弾に装甲が無事でも機体は衝撃に大きくバランスを崩される。だがルインデスティニー≠フ推力はその反動をもものともせず更に渦中へと潜り込む。それでも、時間を与えすぎた。艦からモビルスーツが吐き出され、こちらに包囲網を敷いてくる。

 巨大武装をパージすべきか?

 その瞬間的な疑問は横手からの思考に却下される。突然の「ダメ出し」は脳裏に響く《声》を伴っていた。

《近寄ってきた奴だけ相手できりゃいい! まだ艦を相手にするんだろ》

 はっきり聞こえるとは言い難い。それでも胸中まで染み渡ってくる思考に幻聴を疑う心は否定された。クロはその戦術に否を返せず、指先はコメット≠保持したまま別の手段を選択した。手放されたバズーカ二つがガイドビーコンに囚われコンテナに還ると代わりに二丁の短銃が引き寄せられマニピュレータに捕らわれている。単純換装を終えた瞬間、モビルスーツが眼前に現れた。ナスカ級が吐き出した第一陣の生き残りだろう。こちらの弾幕に無傷とは行かず全身に擦過傷を刻まれたブレイズザクウォーリア≠ェコメット≠フ内側にまで急迫し、核たる機体に持てる全ての武装を突き付けてきた。

 功を焦った、いや尊い自己犠牲を体現する敵に、クロはM8F-SB1ビームライフルショーティ二丁を突き付け乱射。ミサイルポッドを開いた瞬間ビームの弾雨を全身に浴びた機体は傾ぎ押し遣られ粉々になる。更に放たれる対艦ミサイルの乱舞が完成しかけていた敵の包囲網を脆くも瓦解させた。

〈えぇい! 艦隊は下がれ! 密集するんじゃない!〉

 崩れた包囲が大きく遠ざかる。ビームライフルショーティを戻し、新たにMMI-M20SポルクスW<戟[ルガンを引き出すと長距離狙撃を試みた。電磁加速された衝撃波を伴う実体弾が無惨に浮かぶ機体片を引き千切りつつ闇を貫くも、当たらない。代わりに続くコメット≠フ収束火線砲が敵陣をえぐり取った。自分の精密射撃などこの程度か。

〈モビルスーツは全機出せ! 沈められては何にもならん!〉

 ナスカ級の最大瞬間火力が貫通した宇宙に敵はいない。虹の粉を残して行き過ぎたルインデスティニー≠ヘ戦艦の回頭性能を嘲笑うかのように瞬時に背後へ回り込むとメインスラスターへビームソードを突き立て引き斬った。爆発前に吐き出されたモビルスーツが追加武装の死角となる上方下方へ回り込んでくる。次にウェポンコンテナから引き出されたのは、MMI-M826ハイドラ<rームガトリング砲だった。右手を上へ、左を下へと流し、トリガーを引き絞りながら一横転する。三百六十度ばらまかれた細かい熱弾が射程距離に入りかけたザクウォーリア£Bを削り取り追い返す。前方にビームソードを突き付けたままメインスラスターを吹かし包囲から逃れたクロは急反転直後に全砲門を開き、解き放つ――

(声が……聞こえる。いや、感じられる…)

 ノストラビッチが言っていた。ムウの協力により、高度空間認識能力者のデータが得られ、解析できた分だけAIに学習させた、と。先程《シン》の意志を感じ取れたのも装甲と真空間を超過して敵の苛立ちが感じ取れたのもこれに起因するものなのだろうか。頼もしくある半面博士の警告した心の空隙に危険な刃を差し込まれる、そんな危機感を感じもする。だが今この力は必要だ。恐怖ならクスリが薄める。

〈いやだ…死にたくな――…!〉

〈何なんだ!? こんな理不尽許せな――〉

〈ヒィィイァアアァァァアアア!?〉

 だが、心を繋ぐ新たな力は新たな弊害を脳裏に刻みつけていった。薄められた恐怖はそれでも戦闘続行を可能としたが、クロは知らず知らずのうちに奥歯を噛み締めていた。モビルスーツの屍に機械片以上の感慨はない。人が人を殺していながら、そこには壊した以上の感覚はなかった。しかしここには断末魔が届く。

「……っ!」

 更に収束火線砲の射角を変え、次の獲物を狙い撃つ。聞こえる。いや、感じられる。そしてブツリと切断される。吐き気伴う嫌悪感が薄められたまま、クロは荒い息をついた。スラスターに火を入れ戦場を突っ切る。それは何の偶然か、それとも最大の七大罪を行使する者への罰なのか、全面を埋める弾雨を小刻みな挙動で避け、光速で迫る熱線を高速でかわし、一時も停滞しないルインデスティニー≠フメインカメラに小さな何かがぶち当たった。

 べちゃり、と。

 焼け焦げ腹から何かをぶら下げた緑色のノーマルスーツ姿。それが広がる赤を伴ってオールビューモニタの左上を占めた。

「……」

 絶対零度の空間は赤を瞬時に凍らせはがし、ぶら下がった長いものも凍結させ折り砕く。一瞬の衝撃を残し、モニタからソレは消え去ったが、クロの記憶には粘性を持って張り付いた。

「……はっ…」

 口元だけで笑みを歪め、頭を振ってもソウイウ記憶は何故か残る、消えない。剥がせない。破壊者を演じながら、無数の我をこちらの都合で駆逐しながらもクロは思い、口先だけで呟いた。あの世に求める必要はない。地獄はこうしてここにある……。

 

 

「クロは、大丈夫なのか?」

「まぁ、いくら何でもナチュラルの能力であれだけの火器管制は無謀と思われますが……」

 ティニのいる制御室の一角に陣取り、先程汲み上げた公式に従ってネットワーク経路を改正していくノストラビッチはその合間に問いかけた。七つの変数を配列に変えただけで新たなシステムとマッチしたが、それでもアイオーン≠フ発進はもう少し先だ。あの機体の性能は設計者の一人として熟知しているつもりだが、それだけにいつまでも安心していられるものではない。奴は決して心の強い人間などではない。窮地に陥ってまで切り札の使用は躊躇えまい。

 だと言うのに、この小娘はあっけらかんと応えてくる。

「その為の思考補助、AIです。ムウさんのデータを組み込んだのも、その為でしょう?」

 ノストラビッチは苦虫を噛み潰したような表情を背後の支配者から隠した。ティニとクロが世界の支配者に宣戦布告した後、彼らは時間の許す限り所有兵器の強化を試みた。愛着のないイマジネーター達ですら生きて帰って欲しいと思う。見知った奴らなら尚更のこと。

「お前はクロを――儂らを道具としてしか見ていないのか?」

「そんなことはありませんよ」

 即答は意外ではあった。ティニを憎みきり、憎しみを原動力にして排ガスのように愚痴をこぼし、働き続けるつもりだった意識が押し留められ、ノストラビッチは予想もしなかった苛立ちを彼女へ向ける。

「本当か? お前らにとっては、地球人類なんぞ進化の過渡期の使い捨て、平凡を癌細胞のように考えてるんじゃないのか?」

「進化の終わりなんて知りません。もうあなた方は完全生物かも知れませんし、そうじゃないかも知れません。シードマスター≠ネんて言ったところで特に何にもマスターしてませんし。未来が見えないから進化の因子を撒いて試しているだけで、科学者であるあなたと一緒のことしてるように感じてます」

 極力憮然とした。

「一緒にするな。儂は同類として、同じ仲間としてクロを心配しとる。お前のその感情は……ペットを愛でるよう――」

 声に精一杯険を乗せてまくし立てた。怒りを膨らませ押しつけるつもりだっただがその感情は、少女の、きゃらきゃらとした笑い声に掻き消されてしまった。

 ティニが笑っている。嘲るでもやりこめるでもなく楽しげに。ノストラビッチは虚を突かれた。この冷血生物の子供らしい笑顔など今まで見た記憶がなかったのだ。

「強情爺さんだと思っていたあなたに「心配」なんて感情があるとは思いませんでした」

「……む」

「はぁ、ですが私の心が誰にも伝わっていないのは問題です。私も、クロのこと好きですよ」

 彼はこいつが素直だと初めて感じた。

「だったら何であいつを激戦区の最前線に出した?」

「他にできる人、と言うか機体がないからです」

「戦術から間違っておると言っている。こちらにはザフトのエースパイロットも何人かおるのだ。何故迎撃を選ばんかった?」

 ノストラビッチにはルインデスティニー≠単機で行かせた彼女の思考がまるで理解できない。幾らアレでも艦砲や複相砲まで無効化できるわけではない。AIに空間把握能力を付加したとてそれが完全回避を約束してくれるわけもない。自分には机上の計算以上はできないが、シンとルナマリア、そしてクロを中心にイマジネーター達にサポートさせた戦場と、クロが限界まで拡張した機体で深部に攻め上り、ザフトを相手にし、運が良ければ挟撃が成立するような戦場の勝率、データを提供してもらえればこちらで計算したいくらいである。

「クロには多分、人間の仲間というのは必要ありません。個人技の方が彼を活かせると判断した結果です」

「なんじゃそれは? まさか星流炉搭載型がもう一機あり、奴を捨て石にしたわけじゃなかろうな!?」

 彼女は彼を、冷淡を装っていても情に厚い人だと知っていた。

 ティニは手を止める。見上げたところで白い天井しか見えないと言うのにティニは見上げて息を吐いた。

「彼と、クルーゼさんはよく似ていますから」

「意味が分からんな」

 ノストラビッチの明晰な頭脳を持ってして会話に空白が生まれた。ラウ・ル・クルーゼのことか? 確かに世界を震撼させる人間であったが所詮過去の存在。クロと同列に扱う理由がどこにあるというのか。彼は眉を顰め、指を止めた。

「クロには守りたいモノがないように感じられます。この戦いに加わった動機も、自分を置き去りにした世界、その象徴達への復讐でしたし、もしかしたら自分すら守る気はないのかもしれません」

 ノストラビッチは瞑目した。自分に自信がないようなことを言いながらも常に最前線へ自らを投じていたクロ。ザフト軍への潜入などと言う命知らずをやってのけたクロ。人の意識の根底を、書き換えようなどと言い出したクロ。知らず知らずのうちに彼は全てのミッションを思い浮かべていた。頷くしかない。クロは命知らずという人種だろう。

「クロもラウも生物としては欠陥です。ですが私達は気付いています。

 この世界こそが、それを構成する中心生物こそが欠陥だらけであると。

 ――ならば、ダメ生物こそ我々の求める変革を促すモノ……先に進化したニンゲンなのではないか、と」

 クロの短所に頷いていたノストラビッチだったがその和えかな理解感も彼女の結論に粉砕された。作業に戻りかけ、もやもや感から指が動かなくなり溜息と共に言葉を零す。

「……理解できんな。お前達がクロを『要』と称するのは、それが理由か」

「もちろんそれだけじゃありませんけどね」

 ティニの指は再び凄まじい勢いで蠢き回りデータの世界に没入していく。そんな並列処理に隣の男が漏らした言葉が紛れ込んできた。

「私は、みんな好きです。でも、そうですね……確かに愛玩動物的な感じ方はあるのかもしれません」

 モビルスーツの発進が終わったか、女二人が制御室に入り込んでくる。

「! ティニ! これはっ! クロに伝えろ」

「……甘かった、ですか」

 準備は整った。最終決戦が始まる。まず入ってきた処理すべき情報にティニは目元を歪めて前歯を見せた。

説明
頂上の会談が始まる。その結果如何では…頂上の決戦が始まる。世界は知的生命に管理されるべきか、それとも知的生命をこそ管理するべきか。代案のない主張は愚劣か、暴力は正義貫徹に絶対不必要か。究極の管理者達の計画が人類を飲み込む。それは神の祝福か…それとも人の意志による侵略か。
111〜113話掲載。口を開ける地獄。正義が二つ、ここに食い合う。
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コメント
裏話、現状のニュースレターみたいな散文なら多分週一or各週くらいで可能かなぁと。(ちと妄言)外伝って感じでまともにストーリー書くとなるとゼッテェ無理ですが。…ってそこまでウラがあるんだろうか…の方が心配かも知れませぬ(黒帽子)
不老不死を求めるストーリーのラストがバケモノ化してしまうとか否定的に書かれるのは「欲しいんだけど手に入るわけがない心を慰めるため究極の幸せともとれる不死者を不幸にして一般人と同格にする」―みたいなことどっかで読んだ気が。努力して目指す至高と先天才能的完璧は…どっちが良いんだろう。やっぱ後者は「未来」とか無くて滅ぶのかなぁ…(黒帽子)
完全完璧超人なんて存在したら、きっと世界なんてとっくの昔に滅んでると思いますよ。不完全だからこそこうやって補おうと現実(リアル)で必死こいて生きてるんだし。ていうか裏話か・・・気になるな・・・是非に書いて欲しいところだけど、大丈夫?(東方武神)
前々から思っていたけど、ティニとクロって何気にいいコンビなんですよね。あーそう思うと二人にはくっ付いて欲しいって思っちゃいますねー。(東方武神)
クロ…とうとう最終決戦。どんな形にせよもぉすぐお別れだよな…。クロの本編時点でのネタはデス種中にFPに潜入してたくらいの過去しか作ってませんが読者にナニかを想像してもらえるとは奴も幸せ者です。何か希望があれば種魂アストレイみたいな感じで最終回後に裏話やろーか…(黒帽子)
うがー。今週もアレですが来週も放送時間がズレるー。でも当初の目標と誇りにかけて土曜更新は致します。話自体はできてるんで毎週は推敲だけ故に。(黒帽子)
進化の始まりは異端から。でも、異端の全てが進化の現れじゃないんですよね。……クロが今の性格になったのは種運命最終決戦だろうけど、前からそういう部分があったのかもしれませんねー。(さむ)
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