思春と一刀
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「『……こうしてかぐや姫は月に帰ってしまいました。』……ぅ、ぅぅ。」

 

椅子に座りながらうなだれる一刀。自分で書いたと思われる本を閉じながら涙を流す。

 

「貴様、自分で話しておいてなぜ泣く…。」

 

呉の武将、思春があきれ顔でため息混じりの言葉でほそぼそと言った。

寝ている体制を少しずらし一刀に向く。

 

「それに私は『興のある話』をしろといった筈だ。

それがなぜ涙ものになる…。別に情も沸かなかったが。」

 

目頭をゴシゴシと拭き、一刀も思春に向く。

 

「いやだから、『趣』のある話だっただろう?

特にあの最後の別れのシーン…場面!月に帰ることと、

おじいさんおばあさんのとこに残るかを選択するかぐや姫の葛藤…。

そして最終的に前者を選び二人と別れるあのかぐや姫の…あぁ〜また涙腺が…。」

 

「『趣』…?よくは分からんが、それも天界の俗語か何かか。いずれにせよ大した事はないな。」

 

この発言を聞いた一刀は哀からソフトな怒に変化した。

 

「む。…まぁ俺のいた国(日本)の良さを分る人なんて、他国ではあんまりいないしなぁ。

分る人は分るんだけど…、まぁ分んない人は所詮一般ぴーぷ…大した事ないんだろうなぁ〜。」

 

「は?」

 

思春の眉間にしわが寄る。この時の事を一刀は後に書に記した。「発言の重み」と。

 

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…外の雨の音が強くなる。

思春が手首の関節を直し終わる際に一刀がふらふらと立ちあがる。

 

「げほっ。ぅう。これぐらい元気があるなら、もう風邪は治ったんじゃないのか…。」

 

「ふん。本気で貴様を殴ったつもりだったが立ち上がるか。ならまだこじらいているのだろう。」

 

冗談ともとれない今の口調で一刀は戦場に行った時のあの震えを取り戻しつつあった。

 

…思春が風邪を引いたのは数日前。

北方民族とのにらみ合いが続くなか、突然の雨が降り出した。

その中で思春の部隊はずっと警戒を怠らずに見張っていた。思春自身も。

おかげで北方民族は引き、戦わずして勝利を収めたわけだが、風邪という代償が伴ってしまった。

 

「それにしても、ここ最近ずっとだよな。もしかして台風だったり…。」

 

「たいふう?激しい雨の事か?」

 

「平たく言えばね。…こういう時に備えて、ちゃんと設備は整えてるし、大丈夫だとは思う。

でも心配なのは作物だよな。こうも雨が降り続いてるとなぁ。今度会議で話し合わないと。」

 

腕を組み下を向きながらぶつぶつ言う一刀に思春は語りかける。

 

「…。三国を束ねる実力は…伊達ではないと言った、はぁ、ところか…。

北郷。私のことは…いい。早く会議でも開いて事態に対処しろ。」

 

息を整えつつも、少し強めに言い放った思春。

それに一刀は疑問顔で返答する。

 

「へ?なんで?」

 

この返答は意外だった。

 

「なっ…、それは。」

 

「大丈夫だよ。確かに会議で話し合うのも必要だけどね。

けど俺と同じ考えを持っている人なんて、少なくとも3人は知ってる。

その3人はいずれも人望があり、判断力も信頼のおける人達だから、きっと上手くやってるよ。」

 

思春の掛物を首元まで上げ、自信たっぷりの笑顔で言う。

 

「…私も一人は知っている。だが今の話からするとお前は必要の無い人になるな。」

 

この発言に若干の皮肉と悪意が込められているのは分った。

一刀は苦笑いをしつつも思春の額に手を置いた。

 

「だから俺は思春のそばにいるんだよ。

確かにあんまり役に立っていないってのは自覚してる。

俺に出来ること…皆の役に立てること…。いつも自分の中で自問してるよ。

でも、今の状況だと一瞬で出てきた。思春の看病ってね。」

 

頬を掻き、照れながらも一刀は言った。

思春もきまりが悪くなったか、目を伏せる。

 

「けど、これってただ俺がしたい事なんだけどな。」

 

「っ……。」

 

さりげなく言う一刀。思春は客観的視点で見ているなら、またか…、と思っただろうが

直接言われたので、別の感情が沸き立った。

 

「あれ?思春…また熱上がったな。ちょっと待ってろ。今冷たいものを…。」

 

一度思春の頬を擦り、椅子から離れていそいそと洗面所に向かった。

 

(北郷一刀……この男がいなくなれば、三国の絆に完全なるヒビが入るほど影響力を持つ男。

それは蓮華様が慕っているのを見れば分ることだ。だからさっき言ったこととは矛盾はするが

…一番必要な人物なのかもしれん。…蓮華が好いている。…三国を結ぶ象徴。

ゆえに必要。…理由など、それだけの…ことだ…。)

 

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……矢のような雨が窓を鳴らす。止む気配は見受けられない。

 

看病を始めてからおよそ8時間は経過した。

 

その際一刀以外にも見舞い客は来たが長居はしなっかった。

 

(愛紗が政務のことで文句を言った時間を除いて)

 

それはあまり思春が話さないからであるのもそうだが、理由は別にあった。

 

「何か食べる?御粥ぐらいなら自信あるぞ!」

 

8時間も経過しているのになぜこんなにも元気なんだろうか。

 

ずっとそばにいる。嫌な顔を一回も見せることなく。

 

体調の悪化や微妙な変化も見逃すことはなかった。

 

「思春さん。…汗を拭くので、少々体の中を。」「やらば滅す。」

 

こういう他愛のないやりとりが妙に心地よい。安心すら覚える。

 

一緒にいて自分の素が出せる。いや、出されてしまう。

 

それが如何に気分がいいか。如何に落ち着くか。

 

「………北郷。」「ん?」

 

「…お前は、不思議な力を持っている。

具体的には言えないが、あえて言うなら『人を引き付ける力』だ。

その力で様々な人が集まり今に至る。…今や無くてならない存在だ。

この世界に来たのも偶然ではないのかもしれないな。」

 

一刀は沈黙した。

このような場面に慣れている思春だが、気まずくなり催促した。

 

「な、何とか言えっ。」

 

「それは思春にとっても?」

 

「だからそうだと言って…っ!!い、いや今のは違う。間違いだ。

熱が回っていたから、それに第一貴様が黙るのが悪い!!!」

 

「思春可愛い。」「近くにこい。目をつぶす!!」

 

顔を赤く染め、あーだこーだと喚く思春を眺めながら、一刀は他のことを考えていた。

そして神妙な顔つきで言った。

 

 

「…なぁ思春。もし、もしも俺がいなくなったら…どうなるかな…。」

 

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ー居間ー

 

「蓮華。少し聞きたい事があるのだけれど。」

 

金髪の少女がお茶をすすりながら尋ねる。

 

「何、華琳。」

 

ピンク髪の蓮華と呼ばれた少女が返す。

 

「思春って普段あんなに表情豊かだったかしら…?

私には物凄い敵対心むき出しの近寄るなっていうような表情しか見せなかったのに…。

ぁ、ちょっと桃香!それ私の杏仁豆腐なんだけど!?」

 

「確かに、いつも固いなぁ〜って思ってましたけど、今日は笑ってたりしてましたね。」

 

二人のやりとりに微笑しながらも、蓮華は答えた。

 

「思春も女の子ってことよ。私達と同じで…ね。」

 

「…まぁ、対人してるのががず…桃香。いい加減にしないと怒るだけでは済まさないわよ。」

 

「そうですね。何といっても看病してるのがご主人さ…待って下さい華琳さん!

落ち着きましょう。怒ると美容に良くないって…誰かが。」

 

今度は呆れた顔で見ながら、蓮華は思った。

 

(皆あなたの想いには気づいているわよ。もっとあなたには幸せな時を過ごして欲しい。

だから今は、我慢しないで思いっきり甘えてほしい。それが私の…皆の…)

 

 

 

 

「愚問だな。そうすれば、国は混乱しその隙に応じて五胡や盗賊が頻繁に出没する。

国の頂点がいなくなりそれを決めるのも、もしかしたら仲違いが起きるのも低くはない。

……………なにしろ………悲しむ……。」

 

いつもははっきりと冷徹に言い放つ思春だが、それはなかった。

 

「…ん?あ、ちょっと質問間違えた!俺がいなくなったら思春はどう思う?、だった。」

 

「だからそれもさっき悲しむと……。貴様、わざと誘導しているだろ。」

 

言った事に恥じるのではなく、最早開き直った面持ちで一刀にガンを飛ばす。

だが、暴力に移行することはなかった。

 

「…はぁ。なぜそのような事を聞く?」

 

外の雨を見ながら一刀に疑問を投げる。

 

「……俺も、かぐや姫のように、いなくなってしまうのかなぁって。そう思ってさ。

かぐや姫は迎えが来たけど、逃げれば帰ることはなかったかもだろ?

…でも俺の場合、強制的に戻らされるかもしれない。そうなったらって…不安になって。」

 

思春の髪を撫でながら、自分の思いを吐く。

思春は嫌がることはなく、一刀の吐露に答えた。

 

「…不安か。北郷。お前はここにいたいから不安になるのだろう。

ならずっと不安でいろ。悩め。ここにいたいと、戻りたくないと。ずっと思い続けろ。」

 

「思春…。…ん。」

 

思春の手で一刀の顔を引き寄せる。唇が重なる。

 

周りの音は何も聞こえてこなかった。

 

唯一聞こえるのが二人の口から漏れるかすかな吐息の音。

 

どちらかが離そうとするとどちらかが寄せる。…その繰り返しがいつまで続いたのかは分らない。

 

ただ、その永遠とも言える時に二人の想いを互いに感じ合っていたのは確かであった。

 

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……ようやく雨の音が聞こえてきた。

 

「…………………。」「……………………。」

 

暗い部屋での沈黙。だが、気まずさは二人には感じられなかった。

 

先に沈黙を破ったのは一刀であった。

 

「ありがとな思春。なんか、元気出たよ。本当は与える立場なのにな俺。」

 

「………。」

 

「えっと…。さ、寒くないか?なんだったら俺も入って温めて…。」

 

五感が働いたので一刀は調子に乗るのをやめた。

 

「…私の想いは伝えた。だが、伝えきれなかった事がある。」

 

一刀の顔をまっすぐ見て言った。

 

「これから、私の意志を継ぐものが必要になる。

蓮華様の子が生まれれば、その子を傍で支える者が私の子になろう。

故に…北郷。それまでは消えるな。お前にはまだ大事な使命が残っている。」

 

「…と言うと、思春の子を作るのは…俺?」

 

「他に誰がいる。…べ、別にお前でなければという事はない。

ただ…お前とは……その…。」

 

「思春、超可愛い。」「だ、だからそういう事を軽々しく…」

 

思春の言葉を一刀は途中で遮った。

そして優しく抱きしめるように抱擁し語りかける。

 

「大丈夫。俺はいなくなったりしないよ。たとえ俺が消えても、意志は消えない。

もう皆に受け継がれているからね。皆の心の中にいる…なんて、俺の国では古い言い方だけど。

けど、俺はそう信じてる。信じている限り、俺は消えたりしないから。」

 

「北郷…。」

 

少し力を入れ思春を抱きしめる。

思春もそれに素直に応じる。

胸に顔をうずめ、精一杯甘えた。

 

「………それと、俺からも伝えたい事があってさ。」

 

「?」

 

「…名前で呼んでくれないかな?真名みたいに。」

 

「断る。」「本当!?ありが…え…。」

 

即決の思春の問答に焦る一刀。それを見て楽しむ思春。

意外とこの二人の波長は合うかもしれない。

その現れが数年後、形となって二人の前に現れるのはまた別の話…。

 

 

説明
どーもk,nです!久しぶりです。
新しいのを書いたのでどうぞ見てやって下さい!!

主に思春メインの話です。
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コメント
>>hilowさん  ありがとうございます。はげしく同意です!!(k.n)
思春超かわいい!(hilow)
>>たかやんさん コメントありがとうございます!これぐらいの2828があれば、日本の経済は救えるのでしょうか?(k.n)
>>2828さん 自分の作品で2828してもらえて本当に嬉しいです!!!ありがとうございます。(k.n)
>>samidareさん 大事な事なので2回言ってくれたんですね!ありがとうございます!!(k.n)
>>甘露さん 自分も、「こんなに俺得なの書いてていいのか」と思うくらい俺得作品になってしまいましたww (k.n)
>>TAPEtさん 思春と一刀の絡みが終わった後は、洗面所に5回は行ってきてますww(k.n)
>>ロンギヌスさん そしてその甘述とも、一刀は禁断の(ry。(k.n)
>>よーぜふさん 2828もらいました!ありがとうございます。(k.n)
>>黒山羊さん コメントありがとうございます。思春はツンでれとは少し違うデレを持ってると自分は思ってます!(k.n)
282828282828282828(たかやん)
2828282828282828(2828)
2828。2828っと(samidare)
俺得過ぎて爆せた。思春分補給っと(甘露)
あ、和む。ニヤニヤする。顔が戻ってこない(ニヤニヤ(TAPEt)
その十ヶ月後に生まれたのが甘述であるww(ロンギヌス)
2〜8〜2〜8〜ww(よーぜふ)
思春をデレ具合が完璧!(聖槍雛里騎士団黒円卓・黒山羊)
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真恋姫 恋姫 思春 一刀 病気 

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