真・恋姫†無双〜恋と共に〜 #48
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#48

 

 

「待たせたな、董の旗に集いし精兵たちよ!これより我らは出陣する―――」

 

一刀の前に董卓軍の兵が集結する。その数もあり、光景は壮観なものだった。黒兎に跨った彼の後ろには華雄をはじめとする董卓軍の将軍たちと軍師の風と陳宮が並んでいる。

 

「―――連合は我が友・董卓を悪と断じ、こうして数に任せて進軍しているが、我が友は寛大な御方だ。彼らに敵意を見せる事はしない。張遼隊の中には実際にその任に着いた者もいるだろうが、我らが策はそのほぼ全てを達成した―――」

 

すべての兵が一刀の言葉にじっと聞き入っている。

 

「―――では、我らの為す事は何だ!答えろ、華雄!」

「あぁ!我らが為すは、ただ正義を謳い上げる事!」

 

問いかけに華雄が応える。

 

「その通りだ!諸君も知っているだろう。世に流れる偽りの噂を!我らが謳い上げるは正義!正しい事を正しいと言えない世を正す為、こうしてここにいる。では、残りとは一体何だ、張遼!」

「あぁ!あとはウチらが楽しむだけや!アンタらもウチと華雄について来たんならわかるやろ!精々死なずに戻って来ぃ!」

 

次いで霞が声を上げる。

 

「そうだ!正義は既に謳い終えた。残すはその唄を連合という観客の耳に届かせるのみ!諸君も張遼と華雄について来た鋭兵だ。なれば、あとはただ、この戦を楽しむがいい!命を惜しむ者はここで待っていればよい。それを誰も責めなどしない。だが、これほどまでに我らを、そして我が友・董卓を虚仮にしてくれた奴らに一矢報いたいと思うのならば、我らと共にその手に掲げた得物を振るう事を許そう!此度の戦、正義は我らに在り!扉を開けろ!銅鑼を打ち鳴らせ!………いざ、出陣だ!!」

「「「「「うおおぉぉおおおおおおぉおおおっっ!!!」」」」」

 

雄叫びと共に虎牢関の扉が開かれ、華雄の歩兵隊と霞の騎馬隊を先頭に兵達が飛び出す。虎牢関の戦いが、今始まった。

 

 

 

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前日夜―――。

 

「それで虎牢関での戦い方なのですがー」

「お?やっとか」

 

将と軍師が集まった一室で、風が手を挙げると早速霞が反応した。

 

「本来の目的が時間稼ぎである以上、このまま長安まで退くのも手かと考えてはいるのですが、如何しますか?」

「えー、ウチかて闘いたいで?」

「霞さんや華雄さんはそうかもしれませんが、兵がそうとは限りません。そこのところはどうするつもりですか?」

「………うぅ」

 

風の辛辣な指摘に霞が項垂れる。確かに、本来の目的は連合軍を呼び出す事と、長安への遷都までの時間稼ぎだ。それが既に為されている以上、明日以降も戦を続ける理由は薄い。

 

「待て、風。確かにその通りだが、これから撤退を始めても追いつかれる可能性が高いぞ」

「はい、それは承知です。一応皆さんの意志を聞こうと思って、先の質問をさせてもらったのですよ」

「という事は、既に方針は決まっているのだな?」

 

華雄の問いかけに、風は是と頷く。

 

「その通りです。おにーさんが言う通り、風たちが退くにしても時間稼ぎが必要です。という訳で、段階的撤退をしていきたいと思います」

「段階的、ですか?」

「そですよ、香ちゃん。まず、初日は全軍で討って出ます。水関でもそれはやりましたのでそれほど意表を突けるとは思いませんが、それでも虎牢関にいる全武将が、おにーさんや恋ちゃんも含めて出てくればそれだけ慎重になる筈です」

「確かにな」

「華雄の隊は前線のお相手を、霞の騎馬隊は遊撃として動くのです。北郷と恋殿、そして紀霊殿は関の正面の守りをお願いするのです。水関と同じように、敵武将が出てきていればそのお相手を」

 

風に合わせて陳宮が補足する。

 

「そして、夜の様子をみて、夜襲がなければまず華雄さんに歩兵を率いて長安に向かって頂きます。華雄さん自身は闘いたがるかもしれませんが、水関であれだけ暴れたのですから満足してください」

「それは構わない。あとは霞と恋の出番だ」

「感謝です。そしてその次の日にはまだ霞さんも下がらず、騎兵で戦って頂きます。弓での牽制に関しては、霞さんの隊の弓部隊に頑張って頂きましょう。そして3日目に霞さんと騎兵の方々に長安へと向かって頂きます」

「待ちぃ。残りの全軍やないんか?」

「はい。霞達が退いた後は、北郷と恋殿、そして紀霊と風が残るという事なのです」

「………それは一刀達の総意か?」

「あぁ」

「そうか。ならば何も聞くまい」

「んな簡単に引き下がるな、華雄。どういう事や、一刀?」

「そうだな。書簡で知らせる事も考えたが………霞と華雄、そして陳宮には今説明しておくよ―――」

 

風と陳宮の説明もすべて終わり、一刀が代わる。水関とは違い、ここ虎牢関では兵も将も十分にいる。細かい策はあまり重要ではない。大切なのは、無事に新しい根城である長安まで退く事だ。それを説明した上で、一刀は語りだした。

 

 

 

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時は戻り、虎牢関の戦い一日目―――。

 

華雄と歩兵、霞と騎馬隊が出て行く流れを見ながら、一刀は口を開いた。

 

「さて、俺達は俺達の仕事をするか。2人とも気は抜くなよ」

「はいっ!」

「……ん」

 

日数を経ても僅かに痛む左眼を無視して、一刀は腰の刀を抜く。恋はその横で赤兎に跨り方天画戟を構え、香も地に立ち三尖刀を持ち直す。そして全兵士が外へ出終え―――

 

「行くぞ」

 

―――3人も関の外へと向かった。

 

 

 

 

 

張遼隊―――。

 

「ついてきぃ!この張文遠の隊なら行くところは分かっとるやろ!このまま曹操んトコ迂回してアイツの旗突っ込むで!」

 

霞の檄に応と声が上がる。神速の張遼の騎馬隊は隊長の言葉通りに曹操軍の前線を掠めるようにして迂回すると、そのまま馬の旗の集団へと突撃した。合わせて走り出す騎兵に偃月刀をぶつけながら、霞は叫ぶ。

 

「どうしたんや!西涼の馬一族の実力いうんはこんなんか!?ウチを討ち取れるっちゅう奴はおらんのか!」

「ここにいるぞー!」

 

幾人もの騎兵を弾き落としながら叫ぶ霞に、可愛らしい声が上がった。

 

「………お前は?」

「西涼の馬騰が姪、馬岱だよ!って、本当に張遼さんが来たぁ!?」

「なんやアンタか。ま、えぇわ。馬超はどこにおんねん?」

「―――ってさらに無視されたっ!くぅぅ…さすがのたんぽぽでも怒っちゃうよ!」

 

名乗りと共に現れた蒲公英は、その実力を見抜いた霞に無視される。日頃から姉をからかうお茶目な仕草が目立ってはいるが、それでも武人の端くれ。プライドというものがある。別の兵を跳ね飛ばしながら去ろうとする霞に愛馬で追いすがると、その槍・影閃を向けた。

 

「………へぇ、ウチと戦り合おうっちゅうんか」

「一刀さんからそっちの作戦は聞いているけどさぁ、やっぱり無視はよくないと思うんだよなぁ、たんぽぽ………てやぁっ!」

「へっ!その心意気は買うで。ウチも同じ騎兵やからな。けどな―――」

 

たんぽぽの鋭い突きを馬上でありながらあっさりと躱しつつ、霞は偃月刀を構える。

 

「―――ウチに挑むんやったら、まずは馬超に勝ってからにしぃ!」

「きゃぁっ!?」

 

そして一閃。軽々と蒲公英を馬から落とした霞は、そのまま走り去った。

 

「………あいたたぁ、やっぱお姉様じゃないと無理か」

 

上手く受け身をとるも、手の痺れまで消す事は出来ない。すぐ近く走り抜ける騎馬たちの間で、蒲公英は苦笑しながら呟く。

 

 

 

 

 

華雄隊―――。

 

「我らはこのまま敵前線に突っ込むぞ!遅れをとるな!!」

 

華雄を先頭に、前線の劉備軍へと突入する。

 

「来たか、華雄!」

「…関羽か!」

 

ガキィ!という金属音を打ち鳴らしながら、華雄の戦斧と関羽の青龍偃月刀がぶつかり合う。華雄隊の兵達はそれぞれ劉備軍の兵に向けて得物を振るい始めていた。

 

「今日は『天の御遣い』は出て来ないのか?」

「なんだ、惚れた相手が待ち遠しいか?」

「なっ!?………そんな訳あるかぁ!」

 

華雄の挑発に乗り、関羽は力任せにその手の得物を振るう。華雄は大仰に笑いながらそれを軽く受け流すと、さらに言葉を続けた。

 

「簡単に挑発に乗るな、関羽よ。それだと自分が未熟だと白状しているようなものだぞ」

「くっ…」

「まぁ、乗ろうが乗るまいが、お前が私に勝てない事に変わりはないがな」

「なんだと?」

「見た所、張飛や趙雲とは同じくらいの武だ。違うか?水関では最前線で戦ってた武将の中にはその2人もいただろう………つまりは、そういう訳だ」

「舐めた口を………」

 

何度も武器を振るい合い、戟を重ねていく。激しくぶつかり、その都度火花が散る中、2人はそれでも言葉をぶつけ合う。いや、ぶつけようとしているのは関羽のみで、華雄はそれを受け流してからかっているに過ぎない。精神的な強さだけでなく、経験の差も出ているのだろう。幾度も得物を弾かせるなか、戦の狂騒は増していく。

 

 

 

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右翼で霞の騎馬隊が馬超軍と、前線で華雄隊が劉備軍とあたる光景を眺めながら、一刀は恋に話しかける。

 

「恋、恋は雪蓮たちと華琳たち、どっちと戦いたい?」

「………どっちでも」

 

いつも通り簡単な返事。それはどちらでも大差ないという意味ではない。どちらの陣営にも友はおり、その友と会いたがっている恋の迷いからの返答である。見やれば、左翼から春蘭たちが、そして右翼から雪蓮たちがゆっくりと進軍してきている。一刀はしばし考えた後―――

 

「(………春蘭と秋蘭が少し心配だな)」

 

―――左翼を選んだ。

 

「じゃぁ、俺は左翼、恋は右翼だ」

「…ん」

「えぇと、私はどうすれば?」

「黒兎と赤兎を残していくから、2頭と一緒にその他の兵を止めてくれ。武将級が出てきたら、雑兵は馬たちに任せてそっちに集中すればいい」

「了解しました」

 

配置も決まり、恋と一刀は馬の背から飛び降りる。黒兎と赤兎も一刀の言葉を理解し、主を降ろすと香の傍に並んだ。恋と一刀はそれぞれの相手を向き直る。昨日の敵は今日の友とはよく言ったものである。今回ばかりは前後が逆となるが、それもまた一興と、一刀は腰から刀を抜き去って走り出した。恋も同時に走り出し、巨馬たちと残された香は恋の背を見つめている。

 

「一刀さんと同じくらい強いとは言ってましたが……恋さんはどれほどの武の持ち主なのでしょうか………」

 

走る姿は褐色の肌と紅い髪が相まって、まさに炎の様だった。対する一刀は白い衣服を身に纏い、顔にも白い布を巻きつけ、恋と同じ速度で走りながら曹操軍に単身突入する。紅白の風が駆け抜け、戦場はさらに激戦の様相を呈する。

 

 

 

 

 

曹操軍―――。

 

「こっちには師匠か………春蘭様、秋蘭様、来ます!」

「姉者、行くぞ」

「………あぁ」

 

凪がいち早く一刀の姿を認め、上司へと知らせる。秋蘭の眼は鋭く光っているが、春蘭の表情は重い。その様子に気づきながらも妹はそれ以上声をかけなかった。あの夜にも思った事だ。自分で乗り越えるしかないと。片目とはいえ、あれは北郷一刀。2人の武の師匠だ。僅かでな油断を容赦なく斬ってくるだろう。彼は言った、これは戦争だと。ならば、たとえ姉が斬り捨てられたとしても、自分だけは己の信念を貫こう。彼と共にある資格を得る為に。

「真桜、沙和。敵の本丸は任せたぞ」

「了解や」

「任せてなのー」

 

部下の返事を聞きながら、共に駆け出す姉を横目にその視線を前へと向ける。紀霊という将を倒すのはおそらく不可能だが、その場に張り付けるだけならば真桜と沙和にも可能だ。自分がする事は春蘭と凪と共に一刀を止める事。武人としての矜持は、彼のような化物相手には邪魔者以外の何ものでもない。

 

「姉者、凪………気を抜くなよ」

「わかっております!」

「………あぁ」

 

秋蘭の静かな檄にそれぞれ返事をする。考えるのはもうやめだ。何故ならすぐそこに刀を構えた一刀が跳躍しているのだから。一刀の右手の野太刀と、凪の手甲が弾き合う音が響き渡った。

 

 

 

 

 

孫策軍―――。

 

「あら、こっちに恋が来ちゃったか」

「どちらでもよいではないか。あの2人の武は同等じゃ。なれば我らの手間も等しくかかるものよ」

「わかってるわよ、祭………それじゃ、蓮華。思春と共に虎牢関を狙いなさい」

「はい、お姉様!」

 

孫権の威勢のよい返事が応える。先日冥琳が言った通り、その眼はこれまでにないほど力に満ちていた。

 

「冥琳、穏。後方の守りはよろしくね」

「任せておけ」

「御意ですぅ」

 

華雄隊は劉備軍が止めているが、張遼軍に関してはその機動力もあり、相当低くはあるが中央を横切ってこちらに突撃してくる可能性もある。軍師たちに本陣の指揮を託し、雪蓮は祭と周泰を引き連れて、独りこちらに駆けてくる恋に向かう。

相対するは、水関でその武を惜しげもなく披露した『天の御遣い』と同等の武。気を抜いてよい要素などまったくない。祭が弓を構え、周泰はその駿足を生かして回り込み、雪蓮の南海覇王が恋の方天画戟を迎え撃った。

 

 

 

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城壁の上で弓兵を指揮する2つの小さな影。董卓軍の軍師である風と陳宮であった。眼下で3人の武将を相手取る香を見下ろしながら、風が口を開く。

 

「さて、陳宮ちゃん。問題です」

「なんなのですか、突然?」

「いえいえー。詠ちゃんが、陳宮ちゃんは軍師見習いと言っていましたので、ちゃんと軍師として認められるように風が少し鍛えてあげようかとー」

「な、そんなもの不要なのです!ねねは一人でも十分にやっていけますぞ!」

 

飴を舐め、視線を下に向けたままの風に陳宮は諸手を挙げて抗議するが、風はそれを聞き流すと、飴を口から放して彼女に向き合った。

 

「では質問に変えます。霞さんは馬超さんに、華雄さんは劉備さんに足止めされています。おにーさんと恋ちゃんは単身左翼と右翼に突撃し、香ちゃんも下で3人の武将を相手にしています。いわゆる膠着状態ですねー」

「そんなの見れば分かるのです」

「人のお話は最後まで聞きましょう。膠着状態は、籠城側からすれば関に攻め入られている訳でもなく、また攻城側からすると攻めあぐねている状態であり、一見―――籠城なんてしてはいませんが―――籠城側である風たちに有利のように見えます。陳宮ちゃんならこの後どのような手を打ちますか?」

 

風は言葉を切り、陳宮に眼で促す。陳宮も手を顎に添えて考え込み、そして顔を上げた。

 

「むむむ…恋殿と北郷がそれほどの武の持ち主であるのならば、どちらかあるいは2人が各軍を抑えての帰還を待つのが一番安全かと思います」

「及第点、ですねー」

「なんですと!?」

「それもまた一つの手ではありますが、この戦での正解とまではいきません。その策の大前提として、敵がこのまま何も行動を起こさないという事が必要になってきます」

「そ、それはそうですが…でも、連合は動きを見せてはないのですぞ?」

「そう見えるだけです。実際には、ほら―――」

 

風の視線が少しだけ上向く。陳宮もその視線の先を見れば、少しずつではあるが、敵の中央―――つまり袁紹軍が兵を進めていた。

 

「―――敵は動いています。膠着状態なのは前線だけで、中央以後はこちらの兵と当たっていませんよ。攻城側は籠城側の3倍の兵を要する。兵法の基本ですねー。ですが、連合の数は我々の3倍を軽く超えます。数に任せて押し込もうとするのは自明の理。おにーさん達を待っていれば………どうなるかは言うまでもありませんね?」

「うぐっ」

「という訳で、手を打つ必要があるのです。陳宮ちゃん、霞さんへの合図は何回ですか?」

「3回なのです」

 

風の質問に、今度は自信があると即答する。

 

「正解です。ではそこのお兄さん達、銅鑼を3回鳴らして張遼さんの旗を右から左へと振っちゃってくださいー」

「霞を動かすのですか?」

「はい。それ以外にお馬さんはいませんからねー。本当なら黒兎馬ちゃんと赤兎馬ちゃんに動いて欲しいのですが、あの2頭は下で敵兵を止めていますからそれは不可能です。向かってくる敵がいないからと進軍するのならば、そこに兵をあてて牽制するまでですのでー」

 

風の指示に近くに待機していた2人の兵がそれぞれ弓を肩に掛ける。片方は銅鑼を掲げて大きく3度鳴らし、もう片方が『張』の牙門旗を右から左へと振り回す。数秒後、それに呼応するように戦局が動いた。

 

 

 

 

 

連合軍・左翼―――。

 

銅鑼の回数を耳で数えていた霞はその指示が自分への物だと判断し、虎牢関を振り返った。その眼に映るは、自身の牙門旗が右から左へと大きく振られ、力強くはためく光景。彼女の瞳は喜びに大きく見開かれる。

 

「来た………来た来た来たぁああっ!お前ら、行くで!神速の張遼隊、その真髄の見せ所や!右翼目掛けて敵の中央の横っ腹ぶち抜いたるでっ!!」

 

その合図を理解した霞の口元は獰猛に、そして嬉しそうに歪む。銅鑼と旗の意図するところを察し、部隊長たちへと叫ぶと、返事も聞かずに馬を中央に向けて駆け出させた。

 

「行かせると思うのかっ!」

 

翠が追いすがるも、霞は姿勢を低くして愛馬をどんどんと加速させ、彼女を振り返りもせずに言葉を投げ返した。

 

「止められるもんなら止めてみぃ!せやけど、アンタらまで突っ込んだら中央の被害が倍になるで」

「なっ!?」

 

その言葉に思わず騎馬の速度を緩めてしまう。この状況で騎馬隊を止めるには、同じ馬で対抗するしかない。だが、霞と張遼隊が向かうは最も兵数が多く、そして最もその密度の高い袁紹軍だ。彼女の言う通り、翠の部隊までも追走すれば、自軍に被害を与えてしまう。

 

「ほな、またなっ!」

 

その様子を一瞬だけ振り返った霞だが、すぐに視線を前に向け、最高速度まで騎馬を持っていく。一瞬茫然とした翠は、すぐに後ろから張遼隊の騎馬が迫っており、背を向けた姿であった為に道を空ける。

 

「………やられたよ、まったく。数が少ないところを上手く利用しやがって」

 

そう零す翠の眼は、ほんの少しだけ憧憬が滲んでいた。この広大な戦場で、思うがままに馬を駆けさせる。ただ走るだけでもそれは楽しい事ではあるが、敵を蹴散らしながら走り抜けるとなると、その爽快感はどれほどのものなのだろうか。そんな想いを彼女は抱くのだった。

 

 

 

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再び城壁。霞の騎馬隊が敵を巻き込みながら、広大な戦場を右から左へと駆け抜けていく光景を眺めながら、風は陳宮に再び問いかける。

 

「さて、陳宮ちゃん。第二問です」

「………次はなんなのですか?」

「簡単ですよ。霞さんがこうして中央を牽制してくれました。馬超さんも自分たちが追いかければ被害を大きくするだけだと気付いたのでしょう。後に続く様子はありません」

「はいなのです」

「では、次に風たちがとるべき策は?」

 

二度目の問いに、陳宮は再び考え込む。先ほどは自分の短慮で及第点と言われてしまった。次こそは正解してやる。そう息巻いて陳宮は頭の中で状況を整理した。

 

「(劉備と公孫賛は華雄、孫策は恋殿に曹操が北郷。霞は袁紹を牽制して袁術軍まで攻め入ってます………という事は空くのは―――)」

 

至極簡単な対応法。敵の主戦力は袁紹・袁術・曹操・孫策・馬超・公孫賛・劉備の7軍というのは一刀たちが持ち帰った情報から、そして眼下の光景からわかる。対する董卓軍の将は一刀・恋・華雄・霞・香の5人。一刀・恋・香をそれぞれ一軍と考えるしかないが、それでも必然的に2つ足りない。いや、香は虎牢関の扉の固定配置の為、動かすことは出来ない。つい今しがた動いた霞も同様だ。

 

「わかったのですぞ!馬超が空いたので、おそらく敵の最左翼が動くのです。よって、その対応に向かわなければいけないのです!」

「では、誰に動いて貰いますか?」

「北郷に」

「理由は?」

「霞は敵右翼にいて遠いですし、恋殿も同様です。紀霊は配置を外れる事ができず、華雄が動けば劉備軍と公孫賛軍が門まで押し寄せてきます。よって、ここは消去法で北郷という選択肢しかありえないのです!」

 

どうだと言わんばかりに両腕を挙げて胸を張った。風は飴を舐めながら一言採点を返す。

 

「ぶぶー。不正解です。おにーさんが動けば、誰が華琳さん―――曹操さんの軍を止めるのですか?」

「ですがですが!他に動けそうなのはいないのですぞ!北郷が無茶苦茶強いのであれば、あいつに頑張ってもらうしかありません!」

「陳宮ちゃんはもう少し柔軟性を学びましょう。主戦力のみで考えるからいけないのですよ。突撃してくるお馬さんと待ち構える人間、どちらが強いですか?」

「………馬なのです」

「はい。いくらおにーさんでも、1頭ならともかくあれだけの騎馬隊を、それこそ夏候姉妹を相手にしながら止めることは不可能でしょう………いえ、あのおにーさんならやりそうですが………それでも至難の業である事に変わりはありません」

「では、どうするのですか?」

「お馬さんに人間が勝てないのは、脚が速いのと、あと身体が大きいからです」

「当然ですぞ」

「身体が大きいという事は、どういう事ですか?」

「………?」

 

風のヒントにも陳宮は首を傾げる。仕方がないですねー、と風は呟きながら言葉を続けた。

 

「身体、つまり的が大きいという事は、矢も当たりやすいという事です。という訳で―――」

「ねね達の出番なのですな!」

「そですよー。お馬さんには弓矢を。兵法の基本です。基本を思い出しつつ応用を、応用に困ったら基本に立ち返る。これは兵法だけではなく、あらゆる勉学に通じますので覚えておいてくださいー」

「わかったのです!」

 

陳宮も風との実力差を認め始めたのか、その返事は元気のよいものだった。その様子に風は笑いながら、弓部隊の隊長に指揮を飛ばす。

 

「それでは隊長さん。弓兵をすべて右側に固めてください。もうすぐ馬超さんの騎馬隊が突撃してきますが、そこに向けて一斉に矢を放ってください。扉前の敵は紀霊将軍とお馬さん達に任せます」

「御意!」

 

程c派の一人である彼は喜びを隠して威勢よく返事をすると、部下たちに指示を始める。

 

「陳宮ちゃん、そして第三問です。今説明したようにお馬さんには弓が有効ですが、それにも限りがあります。では次に、誰を動かしますか?」

「今度こそわかったのです!弓で牽制している間に霞に合図を送って、こちらまで戻ってもらうのです!」

「大正解。お勉強を頑張る陳宮ちゃんには、風オススメの飴をあげましょう」

 

そう言って風は懐から棒のついた飴を取り出す。渦のように巻かれた風の咥えたそれと色違いの飴を陳宮に渡すと、少女は照れながら口を尖らせる。

 

「ありがたく頂くのです。それと………ねねの真名は音々音なのです。これからはねねと呼ぶがいいですぞ」

「おやおや、これは意外でしたねー。にゅふふ、風の事も風とお呼びくださいー」

 

真名を交換し、飴をぺろぺろと舐めながら戦場を見渡す背の低い2人の少女は、何処からどう見ても軍師のようには見えなかった。

 

 

 

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弓隊が大外から前線へと回り込む馬超軍を牽制している隙に、風たちは再び銅鑼を3度鳴らして霞へ合図を送る。中央を横切って右翼後方の袁術軍をかき回していた霞と彼女の騎馬隊は、再び戦場を駆け巡る。

 

「おそらく馬超んとこの騎馬隊が前線に向こうとるで!ウチらはこのまま孫策の後ろに突っ込んで、恋を補佐しつつ扉の前の香んトコ向かうで!」

「張遼将軍!」

 

霞が部下に命令を出していると、部隊長が馬を寄せて問いかける。

 

「なんや?」

「孫策軍には呂布将軍が当たっています。このまま突っ込めば、呂布将軍にも危険が及ぶかと―――」

「アホ抜かせ!恋は一人やで?んなもん勝手に恋が躱してくれるわ!それに………」

「それに?」

「お前かて知っとるやろ。あの呂布やで?一刀の連れやで?『天の御遣い』が相棒と認める程の腕や。逆にこっちが巻き込まれんとも知らん。気ぃ抜いてたらそのまま弾き飛ばされるから覚悟しぃや!」

「りょ、了解!」

 

将軍の叱咤に彼女の武を思い出す。彼もまた董卓軍古参の兵であり、恋や一刀の腕は知っていた。これまでは『天の御遣い』の武により霞んではいたが、それでも華雄や霞が手も足も出ない事は噂に聞いていたのだ。

 

「ほな…行くでぇっ!!」

「「「「「応っ!!!」」」」」

 

霞の合図を皮切りに、張遼隊の騎兵が馬蹄を響かせ集結していく。彼女は後ろを振り返る事をしない。なぜならば、己が鍛えた部下が、将軍とあたりもしていないのに欠けるはずが無いと確信しているからだ。羽織をはためかせながら走るその後ろに、数えきれないほどの騎馬が続いていく。

 

 

 

 

 

連合軍・左翼―――。

 

曹操軍を相手に、一人奮闘する男がいた。彼は右手に野太刀、反対側には逆手に小太刀を構えて前線に出てきた3人の将軍と相対する。その横を兵が回り込もうとすれば背を向ける事も厭わずに止めに走り、その隙を突かれそうになればそちらへと走る。彼を相手にする秋蘭たちも、彼を止めなければその先へと進めない事を理解していた。

 

「どうした、お前らの実力はこんなものではないだろう?もっと本気を出せ」

「くっ……わかってるさ、一刀!」

 

秋蘭から放たれる矢を躱しながら、一刀は飛礫を投げつける。その速度は矢に勝るとも劣らず、的確に弓を持つ彼女の手を狙う。

 

「お前もだ、凪!この間その身を以て氣の使い方を学んだ筈だ。もっと応用を効かせてみせろ」

「わかってます!」

 

一刀の檄に、凪は右手を氣で輝かせながら挑むが、まだまだ不安定のようだ。少しでも集中を逸らせばその手に集められた氣は霧散し、ただの拳と成り下がる。一刀は氣の籠らない拳や脚を刀の峰で捌きつつ、一点を見つめる。そこには、愛剣・七星餓狼を構えながらも一向に動く気配を見せない曹操軍一の武がいた。

 

「………やっぱりな」

 

凪を投げ飛ばしながら一刀は理解する。妹はその苦悩を乗り越えたようだが、姉はまだまだその表情に力を取り戻せないでいた。左右にステップしながら秋蘭の矢を躱し、ある程度距離をとったところで一刀は叫んだ。

 

「………夏候元譲!」

「…?」

「一騎打ちを申し込む。受けるならば、前へ出ろ!」

 

それは時間稼ぎであり、一刀なりの慰め。もし将軍が一騎打ちを受ければ、兵は勝手に動くことを禁じられる。将軍が勝つまではその場に留まらなければならない。通常ならば他の将は別の相手に向かう事も出来るのだが、この戦いにおいては、秋蘭も凪も一刀を相手にしている。つまりは、彼女たちもまた、動くわけにはいかないのだ。

 

「どうした!受けないのか!?」

「………」

 

一刀の檄に対しても、春蘭は力なくその眼を向けるだけだ。仕方がないか。一刀はそう呟きながら、言葉を続けた。

 

「見損なったぞ!曹操が一の武である貴様を認め、勝負を挑んでみれば、その腰の抜けよう………曹操の器もたかが知れるな」

「………っ!」

「動くな、凪!」

 

その言葉に真っ先に反応したのは春蘭ではなく、凪である。その凪を抑えつけながら、秋蘭は理解する。これは、一刀なりの慰撫なのだ。

 

「君がその程度だとは思わなかったよ。君から預けられた真名………この場で返上させてもらう」

 

それは最大の禁忌。友として、師として預けられた真名。姓よりも名よりも、字よりも大切な、その者の魂とも言える名を返されるという事は、何よりもの侮辱となり得る。それを一刀は、した。

一刀は春蘭に背を向ける。最早相手をするまでもないという意思表示だろうか。彼の背が少しずつ離れていくなか、春蘭の口元が僅かに動く。

 

「………………ゃだ」

「………」

 

その微かな声が届いたのかはわからない。しかし、一刀は歩みを止める。

 

「…………いやだ」

「………何がだ?」

 

その言葉は、今度こそ一刀の耳に届く。一刀は春蘭を振り返った。

 

「いやだ!そんなのは…絶対にいやだ………」

「厭も何も、お前がその道を選んだんだぞ?」

「黙れ……私はまだ返事をしていない」

 

一刀が見つめる先は、曹操が軍の大将軍。彼女の眼は涙に溢れ、視界を滲ませる。それでも、彼女は唇を噛みながら叫ぶ。

 

「我が名は……我が名は夏候元譲!曹操が一の武だ!『天の御遣い』よ、その一騎打ちを受けてやる!!」

「………よくぞ言った」

 

一刀は微笑まない。弟子の成長をみやり、苦悩を克服した強さを実感しながらも、それを顔に出さない。なぜなら――――――

 

「行くぞ!北郷一刀っ!!」

「来いよ」

 

――――――今は、敵同士なのだから。

 

 

 

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連合軍・右翼前線―――。

 

左翼で一刀が単身曹操軍の相手をしているように、ここ右翼でもまた、恋が孫策軍を相手に独り立ちふさがっていた。

 

「恋も久しぶりね」

「………ん」

「一刀の傷はどう?」

「ん…見えないけど、大丈夫………」

「そ、よかったわ」

 

この場では、恋と雪蓮が相対している。その少し離れたところでは祭が弓を構え、恋の後ろには周泰が長刀を構えて隙を窺っている。

 

「それで提案なんだけど」

「…?」

「一刀と一緒にうちに来ない?」

 

雪蓮の口から出てきたのは、勧誘の言葉。戦場であるにも関わらず、その響きは敵ではなく友にかけるものだった。いや、実際に友である事に変わりはない。

 

「………それは、できない」

「どうして?」

「一刀が、月を守る、って言ってるから」

「それは誰?」

「………董卓」

 

恋の途切れ途切れの、しかし、はっきりとした拒絶。彼女の行動原理が一刀にあるとはいえ、その意志は揺らぎない。

 

「そっか…一刀も恋も董卓にとられちゃったか………」

「………?」

「だってそういう事でしょ?2人はこれからも董卓軍で戦う、って事じゃないの?」

「………」

 

雪蓮の問いかけに、恋はゆっくりと首を横に振る。

 

「じゃぁ、どういう事?」

「………うまく、言えないけど。一刀はどこかの軍に入る気は、ない」

「いま、こうして私達と敵対しているっていうのに?」

「………ん」

 

恋の言葉に、雪蓮は首を傾げる。実際にこうして剣を交えているのに、敵ではないという。一刀がしたい事はわかる。董卓を守る事だ。しかし、その事と董卓軍に属する事は等価ではない。では、その先は―――。

 

「ま、いっか。あたし達も退くわけにはいかないのよ。だから……恋を倒させてもらうわね」

「………恋は、負けない」

 

その言葉と同時に2人は飛び出す。恋が方天画戟を振るい、雪蓮がそれを南海覇王で弾く。祭は矢を弓に番えて隙を窺い、周泰も恋の背を狙う。1対3の状況。だが、その実力は拮抗していた。雪蓮は理解している。恋に自分たちを斬る事はできないと。恋は優しい娘だ。だが、そこに必ず付け入る隙が発生するはずだ。彼女はそう考え、ただその致命的な隙を待ち続けた。

 

 

 

 

 

連合軍・左翼―――。

 

一人対一軍。その戦力差は明らかであるが、それでも戦線は膠着していた。いま、前線で2人の武将が一騎打ちをしている。遠くにその光景を眺めながら、華琳は、それでも動かないでいた。一刀と当たっていたのは春蘭と秋蘭、そして凪だ。後の2人が動かないのは分かる。それは武人としての流儀だ。しかし、一刀と相対していない真桜と沙和が動く分には問題ない。それでも、彼女はその指示を出さない。

 

「(少しだけ、春蘭をお願いするわね、一刀………)」

 

それは、彼女の優しさ。かつて捨てた筈の、覇王ではない少女としての優しさ。愛する友をその苦しみから救う為に、少しだけ時間を許して欲しい。一刀ならば、春蘭の苦しみを理解してくれるだろう。それでいて、その優しさを見せないでいてくれる。華琳はそれを信じて待つ。春蘭が彼に勝てるとは思っていない。それでも、彼女は彼との戦いで救われるはずだ。そう信じて、待つ。

 

 

 

「ほら、夏候惇。俺が教えた事の半分も実践できていないぞ。もっと頭を使え、全体を見ろ、ひとところに囚われるな」

「分かっている…分かってる!………うぉおおおおっ!!」

「………そうだ、それでいい」

 

一刀は彼女の大剣を受け流す。春蘭はそれでもその腕を振るう事をやめない。右から、左から、上から、そして下から。様々な角度で剣を振るい、そしてその眼を一刀の片方しかない眼へと注ぐ。彼女の眼からはいまだ涙が流れつづけ、視界を滲ませる。それでも止まらない。

 

「………私は強くなっているか!北郷!」

「あぁ。俺が教えていた頃よりも、ずっとな」

「だったら!」

「………わかってるさ」

 

春蘭の剣から流れ込むのは、怒り、苦しみ、そして懇願。真名を返した一刀ではなく、不甲斐ない自分自身への怒り。一刀の期待を裏切った、自分自身の弱さへの苦しみ。そしてもう一度認めてくれという、願い。

一刀は、それをしっかりと受け止める。上から勢いよく振り下ろされる七星餓狼を踏みつけて春蘭の動きを止めると、その懐に飛び込んだ。

 

「………」

「君は強くなったよ」

 

彼女の鳩尾に、一刀の拳がめり込む。氣を籠めない、ただの拳。しかし、彼女はその衝撃に意識をゆっくりと落としていく。春蘭は最後の力を振り絞って言葉を紡いだ。

 

「………ありがとう、お師匠様」

「あぁ、だから今は少しだけ休め………春蘭」

 

最後に残ったのは、愛する男の優しい声。自分の真名を呼ぶ声。春蘭はその場に崩れ落ち、一騎打ちは幕を下ろした。

 

 

 

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「どうやら、おにーさんが一騎打ちで夏候惇さんをやっつけたようですねー。ねねちゃん、将軍が一騎打ちで負けたという事が、どういう事かわかりますか?」

「いくら軍師といえども、武人の流儀は知っているのです。一騎打ちで敗れれば、それ以上攻める事はできません。という訳で、いまなら北郷の手が空きました。北郷を動かすならば今ですぞ!」

「では、おにーさんに何処に向かってもらいますか?」

「………むむむ」

 

城壁の上では、飴を咥えた2人の少女が言葉を交わす。いまねねが述べたように、左翼は、今日はこれ以上進軍できない。いや、出来ない訳ではないが、それでも軍筆頭の将軍が負けたとなればその士気は下がり、これ以上軍を進めても被害が大きくなる可能性がある。

彼女は飴を一度口から放して考え込み、風を向き直った。

 

「華雄のところでしょうか?」

「理由は?」

「左翼を放っておけるのならば、敵が一番多い中央を攻めるのがいいと思うのです。華雄とともに敵を牽制し、一気に中央を押し込むのです!」

「………80点ですねー」

「なんですとっ!?」

 

その意外にも高い点数に、思わず声をあげる。そして、正解ではない事に気づき、途端に落胆する。

 

「………残りの20点は何なのですか?」

「はい。軍師とあらば、どんな時も堂々としていろ。これはおにーさんの言葉ですが、ねねちゃんの言葉には自信がありません。という事で、10点減点です」

「くそぉ、なのです………って、ちょっと待つのです!それでもあと10点足りませんぞ!?」

「はいー。残りの10点は、状況判断が甘いという事ですねー」

「状況判断?」

 

首を傾げるねねに、風は口から飴を出して答えた。

 

「はい。戦が始まってからだいぶ経ちます。おにーさんに恋ちゃん、そして華雄さんや霞さんは大丈夫でしょうが、兵たちに疲労が溜まっているのですよ」

「という事は、退き時という訳ですな」

「そです。おにーさんが空きましたので、おにーさんに撤退を援護して頂きます。では次の問題です。どのように動いてもらいますか?」

 

そして、今日何度目かになる問い。陳宮は再び腕を組んで考え込み、戦場を見下ろす。で前線では華雄隊が劉備軍・公孫賛軍とあたり、華雄自身は関羽・張飛・趙雲と戦っている。左翼の向こうでは霞が馬超軍とせめぎ合い、右翼では恋が一人で孫策軍を止めていた。

 

「………右翼です」

「理由をお聞きしましょう」

「華雄と霞はそれぞれ隊がいますが、右翼は恋殿一人です。まずは恋殿の援護に向かい、恋殿と協力して華雄と霞を同時に戻すのです」

「………」

 

ねねの返事に風は黙り込む。その眼はまっすぐと戦場に注がれていた。

 

 

 

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連合軍・右翼―――

 

孫策軍の本陣で、冥琳はじっと虎牢関を見つめていた。先ほどの張遼隊の背撃には驚いたが、それでも敵の動きは察知していた為、それほどの損害を出す事はなかった。戦いが始まってからしばらくの時が経っている。もし自分ならば、そろそろ関に戻す頃合いだ。では、誰から戻す?

 

「どう思う、穏?」

「そうですねぇ。一刀さんが一騎打ちに勝利したそうなので、一刀さんを撤退の補助に向かわせるでしょうねぇ」

「そうだな。ならば、どこから退かせるかだが………もし恋が退けば、全軍を挙げて関を目指すぞ」

 

穏と先の動きを考えながら、冥琳は想定する。

 

「恋ちゃんが退いたら、おそらくそれぞれ華雄さんに張遼さんの援護に向かうでしょうからねぇ」

「あぁ。もし別のところに向かうならば、それまでは私達は現状維持だ。おそらく恋を討つことは出来ないが、隙を狙う事はできる。おそらく雪蓮もそのつもりだろうな」

 

そうして、冥琳は相手の動きを待つ。果たして、どこに穴が出来るのだろうか、と。

 

 

 

 

 

連合軍・左翼―――

 

桂花は考える。前線では、春蘭が一刀に敗れた。それはいい。いや、よくはないが、彼女では一刀に勝つ事は出来ないだろう。ただ、その一騎打ちを受けたせいで、その前線は動けずにいた。ならば、どうするか。彼女は隣で同じように戦場を眺める稟に声をかけた。

 

「稟、貴女ならどう動く?」

「そうですね……秋蘭様、そして凪を下げて、真桜と沙和に兵を進ませます」

「貴女もそう思うのね………紀霊という将はこの際無視させて構わないわ。秋蘭の報告だと、沙和一人でも紀霊の相手は可能だとの事よ。倒す事はできなくても、足止めは出来ると言っていたわ」

「そうですね。負けない、というのは恐ろしいですが、攻め手が弱いのであれば、それを利用させて頂きましょう」

 

2人は軍師である。稟もまた、一刀の傷に心を痛めてはいたが、ここは戦場だ。気を抜けば、そこを必ず突かれる。

 

「あとは、あの男がまず何処に向かうか、ね………」

「…えぇ」

 

2人は策を練る。主に勝利を捧げる為に。連合軍の方が数は多い。なれば、自分たちと同じように考える軍師は必ず出てくるはずだ。連絡をとる時間はないが、それでも互いに連携をとる事はできる。そこと協力して、敵の隙を突く。2人はじっと、遠く前線の一刀の動向を眺めていた。

 

 

 

 

 

前線・劉備軍―――

 

ここ前線でもまた、相手の隙を突こうと画策する軍師がいた。

 

「そろそろ撤退する時だよね、朱里ちゃん」

「うん。あとは『天の御遣い』さんが誰の援護に向かうかだよね、雛里ちゃん」

 

前方では自軍の将たちが華雄を相手どって闘っている。さらにその先では、自軍の兵と、公孫賛の兵、そして右翼から孫権と甘寧が紀霊という将を相手取っていた。後方では公孫賛軍が華雄の隊とぶつかり合い、さらにその後ろでは、袁紹軍が隊を立て直している。張遼隊による被害は予想以上のものだったらしい。あるいは、その練度の差故か。

 

「とにかく、孫策さんの所の周瑜さんや、曹操さんの所の荀ケさん達も同じことを考えると思うから、『天の御遣い』さんが何処に向かうかで行動を決めよう、雛里ちゃん」

「うん」

 

2人の少女はそれでも言葉を途絶えさせない。前線に眼を向けながら、様々な想定をする。どこから退くか、誰から退くか。その策を確実なものとする為に、他軍が動くと信じて、待ち続ける。

 

 

 

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「風も最初はその策をとろうと思っていました」

「………という事は違うのですね」

 

風の言葉に、陳宮はがっくりと項垂れる。しかし、風は首を横に振った。

 

「実は、風もまだ悩んでいるのですよ。それが一番確実だとは思っていたのですが」

「何かあるのですか?」

「はい、風たち2人の軍師が思いつくというのならば、敵の軍師も思いつく可能性が高いです。話は少し変わりますが、応用問題といきましょう。迷った時は、自分が敵の軍師だと仮定して、そしてその策に気づいたとして考えるのです。どのように自軍を動かして策を封じるかを」

「はぁ…」

「もし風が向こうの軍師だったら………そですねー、孫策さんの軍を真っ先に扉まで突っ込ませますね。香ちゃんの実力は水関でも見せていますから、あえて香ちゃんを無視して扉に張り付かせます。香ちゃんに黒兎馬ちゃん、赤兎馬ちゃんもいますが、一度に孫策さんの軍をすべて突っ込ませれば、防ぐのが困難になります。

次に華雄さんを退かせるとして、風が劉備さんのところの諸葛亮さんだったと仮定します。退いていく華雄さんの隊を劉備さんの兵で追撃し、後ろの公孫賛さんの残りの全軍に扉まで向かって頂きます。同時に袁紹さんに協力を仰いで袁紹さんの軍の半分でも突っ込ませればもう、どうしようもありません。いまは華雄さんの隊が持ちこたえてくれていますが、その疲弊度は敵の比ではないはずです。

そして、曹操さんのところの稟ちゃん―――郭嘉さんですねー―――稟ちゃんや荀ケちゃんだったら、夏侯淵さん、楽進ちゃんを本陣に下げ、李典ちゃんと于禁ちゃんに隊を率いさせて扉へと向かわせます。その2人は一騎打ちの場に居合わせておりませんので、武人としての流儀を穢すことにはなりません。まぁ、相手はそれぞれ腹に一物抱えた方々ばかりなので、そのように連携をしっかりとれるかどうかまでは分かりませんが」

「では、どうするのですか?いっそのこと、全員同時にさがらせますか?」

「………それもいいですねー」

「ほぇ?」

 

冗談交じりに放った言葉は、予想外にも肯定された。一番手っ取り早い方法であるが故に、ねねが最初に却下した方針だ。それにも関わらず、風は首肯したのだ。

 

「ですが、そうすれば敵は一気に押し寄せてきますぞ!」

「だからなのですよー。そういえば、ねねちゃんにはまだ言っておりませんでしたね。おにーさんや華雄さん、香ちゃんの活躍で水関では有利に事を進ませた所為で忘れがちですが、風たちは一度の失敗も許されないのですよ。兵の補充も利きません。つまりは、一発勝負です。風たちが思いつき、そして真っ先に切り捨てた策こそが、奇策として通用しうるのです」

「………」

「いいですか?風たちは失敗を許されない。だからこそ風たちは幾つもの策を考え、棄却し、そして練るのです。それは相手も理解しています」

「はいなのです」

「では問題です。真っ先にその策をないと考えたのは何故ですか?」

「それは一番危険だからで………」

「その通りです。ですので、敵もそれはないと考える。だからこそ奇策足り得るのですよ。心理的な隙を突くわけですねー。ただ………」

「ただ?」

「奇策を狙い過ぎると、自分自身の首を絞める事もあり得ます。全員下げるという事は、先ほどねねちゃんも言いました、敵が一気に押し寄せてくるという事を意味します。その通りです。ですが、それ以外の策に対して対抗策を思いつくという事は、それしか方法がないのです。奇策とは、最後の手段でもあるのですよ」

「………では、その策は使わないのですか」

「いえ、だからこそ使います。あとは、おにーさん達に任せるしかないので申し訳ないのですけどねー。という事でねねちゃん、全軍に通達です。回数は?」

「そこのお前、銅鑼を鳴らし続けるのです!そしてお前達、『華』と『張』の牙門旗を掲げるのです!今こそ退くべき時ですぞ!」

 

風の問いに、ねねは自信たっぷりに両腕を挙げて指示を飛ばす。その通りですと風も頷きながら、戦場に視線を戻した。眼下で戦っている人間がいる。いまの風たちの役目は、全員を無事に虎牢関まで戻すことだ。

 

 

 

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戦場に幾度も銅鑼の音が鳴り響き、城壁の上では『華』『張』の牙門旗が垂直に掲げられている。今回討って出るにあたって、それぞれ銅鑼の回数は決められていた。一刀が一度、華雄が二度、霞が三度、そして香が四度。恋に関しては策を覚える事も難しく、また一人で左翼か右翼の相手をしなければならなかった為に回数を設定していなかった。ただし、一つだけ覚えさせた事がある。全員に指示を飛ばす場合に限っては、銅鑼を鳴らし続けると。そしてその場合には、恋は一刀と合流する事になっていた。

 

「………雪蓮」

「何かしら?」

「戻る…」

「え?……きゃっ!」

 

短い言葉と共に恋は方天画戟を振るって雪蓮を吹き飛ばし、そのまま身体を回転させて後ろに迫っていた周泰の魂切を弾いて、彼女の身体を投げ飛ばした。祭が放つ矢を戟で弾き返し、そのまま矢のような速度で虎牢関へと走っていく。

 

「………あいたた、恋ったら全然本気じゃないんだから」

「まぁ、あの娘なりの優しさじゃな。それより、恋が戻ったという事は、我らの攻め時じゃ」

「わかってるわよ、祭。それじゃぁ、このまま突っ込むわよ。伝令!我らは虎牢関へ進むと本陣に伝えろ!」

 

短い返事と共に、伝令の兵が後方へとさがる。その様子を振り返りもせずに、雪蓮は恋の後を追って走り出した。

 

 

 

 

 

前線では、華雄が劉備軍の3人の将を相手に戦っていた。幾度となく鳴る銅鑼の音にちらと城壁を振り向けば、自身の旗と霞の牙門旗が真っ直ぐと天に向けて掲げられている。

 

「我此処に立たん、か……華雄隊!関まで下がるぞ!!」

 

その旗の意図する所を察し、華雄は近くの部隊長へと指示を出す。彼は応という返事と共に目の前の劉備兵を斬り伏せると、そのまま伝令を飛ばした。

 

「退かせると思うか、華雄?」

「ふっ、趙雲よ。我らの頭脳が退けと言っているのだ。手足はその指示に従うのみよ」

「………行かせぬ」

 

星が止めようと突きを放ち、張飛と関羽が左右からそれぞれ得物を振るうも、華雄は大きく斧を振り回してすべて弾く。その隙に左の関羽へと飛び込んでその武器を腕ごと掴んだかと思うと、向かってくる残りの2人に向かって投げ飛ばした。

 

「にゃにゃっ!?」

「くぅっ!」

 

張飛と趙雲を巻き込んで転がっていく関羽を見ながら、華雄は斧を一閃させ背を向ける。

 

「さぁ!我らが虎牢関へと退くぞ!」

 

 

 

 

 

「へへっ、悪ぃな馬超。ウチらは退かせてもらうで」

「行かせると思っているのか?」

「何、ここから扉まで戻って一刀たちと合流するのは簡単や………まぁ、アンタらならウチらの策も知っとるやろし、適当に逃がしてくれるんやろ?」

「………まぁな。気をつけろよ、霞」

 

これまで馬上で幾度もその得物を震わせていた2人は同時に笑う。霞も、久しぶりに彼女から呼ばれた真名に、ほんの僅かに安堵する。彼女が真名を呼ぶという事は、それは自分を信頼し、そして霞も翠を信頼してくれると信じているという事だ。

 

「へっ、まぁ翠やったらまだまだウチにも勝てんしな」

「うるせっ!」

「………ほな、ウチは行くで。適当に追いすがってくれな」

「…あぁ」

 

短い返事を最後に、霞は翠の槍を大きく弾く。翠もまた、その勢いにまかせてバランスを崩したふりをすると、その隙に霞は隊を率いて関へと向かった。

 

「いてて…やっぱり霞は戦人だよ。………あー、まだ手が痺れてやがる」

 

そう愚痴を零す翠の眼は、いつになく優しい光を湛えていた。

 

 

 

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虎牢関の扉前では、香が一人、孫権と甘寧、そして公孫賛を相手に奮闘していた。甘寧に関しては気を抜けないが、孫権と公孫賛の武は卓越したものとは言い難く、それ故に幾許かの余裕を湛えている。

 

「くっ、姉様の言った通りか………袁術軍にいたくせに、よくこれほど防ぐ」

「袁術軍にいた頃はまだ部隊長でしかありませんでしたからね。ですが、『天の御遣い』と華雄将軍に鍛えられ、こうして今では貴女達を足止めするくらいの事はできます」

「舐めた口を………!」

 

その挑発ともとれる言葉に甘寧が飛び出し、逆手に構えた鈴音を振るうが、香はいとも簡単にそれを躱すと、三尖刀の長い柄で彼女の身体を巻き込み、そして投げ飛ばした。

 

「よくやってるな、香」

「…ん、香も十分強い」

「一刀さん、恋さん!」

 

かかる声に振り返れば、いつの間に合流したのか、恋と一刀が並んで立っていた。

 

「銅鑼の音は聞こえただろう?おそらく撤退の時だ」

 

その言葉を証明するかのように、虎牢関から一人の兵が駆け寄ってくる。城壁の風たちからの伝令で、虎牢関に退くようにと。

 

「やはりな。では、香よ。ここはお前と華雄隊に任せる。華雄と霞が戻り次第、俺と恋が黒兎たちに乗って敵を蹴散らしてくるから、風の合図が来るまではここを守るように伝えろ」

「はい!」

 

香に指示を飛ばしたところで、一刀は自分に注がれる視線に気づいた。その視線の主は、両手で剣を構え、じっと一刀を見つめている。

 

「………孫権か」

「あぁ」

「…いい眼をしているな」

 

そこで一刀は、誰も予測しなかった行動に出る。香の前に飛び出し、孫権を守るように立ちふさがった甘寧を一撃の下に伏せると、彼女の腹に拳を撃ちこんだ。

 

「なっ……」

「………」

 

その想像を絶するほどの衝撃に孫権は意識を落とし、そのまま一刀に倒れかかった。

 

「ぐっ…待て………」

 

数メートルも弾き飛ばされ、体中に擦り傷を作りながらも抵抗する甘寧に一瞥をくべると、言葉も返さずに孫権の身体を近くの兵に預け、関まで下がらせる。

 

「………一刀さん?」

「なに、痛めつけるつもりはないさ。ただ、少し話がしたいと思ってね。あと、これで孫策への牽制は出来た。少しでも負担を減らしておくのさ」

 

不安そうに見つめる香の頭を撫でると、一刀は人差し指と中指を唇に当てて甲高く指笛を鳴らす。見れば、華雄隊と張遼隊がそれぞれの将軍とともに戻ってくるところだった。

 

「じゃぁ恋、行くぞ」

「…ん」

 

倒れてなお主の運ばれた虎牢関へと向けて手を伸ばす甘寧の首筋に、一刀は手刀を当てて気絶させると、その身体を黒兎の背に乗せて自身もその後ろに飛び乗る。恋も一刀に合わせて赤兎に跨ると、2人は左翼へと向かって走り出した。

 

「………まだ、やりますか?」

「………いや、私ではどう足掻いても勝てそうにないからな、ここは後ろの劉備軍まで下らせてもらうさ」

 

香が一瞥をくれると、公孫賛は頭を掻きながら背を向ける。彼女の言葉通り、公孫賛では香に勝つ事は出来ない。香もその背を追う事はせず、戻ってきた華雄と霞に伝言を伝えに向かうのだった。

 

 

 

 

 

関へと向けて突撃する孫策軍20メートルほど手前で、一刀は馬を止めた。恋も合わせて速度を緩める。見れば、その左翼の先頭には予想通りに雪蓮がいた。

 

「………久しぶりね、一刀」

「数日ぶりだけどな」

「まぁね。それで、そこで止まるという事は何か言いたい事があるんでしょ?」

「あぁ。孫権の身柄は一時預からせてもらった」

「なっ!」

「これがその証拠だ」

 

一刀は言葉と同時に自身の前に乗せられた甘寧を地面に投げ下ろす。

 

「思春!?」

「………殺しちゃいないよ。ただ、少しだけ孫権さんと話をしてみたくてね」

「あら、口説くつもりかしら」

「俺がそんな事をしないのは、君が一番知っているだろう?」

「………」

「という訳で、孫権を無事に返して欲しかったら、このまま一度下がってくれないか?」

 

そう言って、一刀は視線に殺気を込める。雪蓮や祭は幾度か浴びたその氣に対して怯える事はないが、それ以外の兵は震え出す。

 

「………拒否権はないようね。いいわ。その代わり、無事に返してよ?」

「よいのか、策殿?」

「あら、祭は一刀が信じられないの?」

「馬鹿を言うな。体裁じゃよ」

 

その言葉の通り、2人の口調に、孫権を案じる響きはない。彼女を見捨てたのではなく、一刀なら無事に返してくれるという信頼故だ。

 

「安心しろ。少しだけ話をするだけさ。夜には返す」

「そ、わかったわ」

 

短い会話。しかし、そこに一刀の何らかの意思を感じ取った雪蓮は、素直に背を向け、兵に指示を飛ばす。これ以上ここに居ても、今日は戦局を変えることはもはや不可能だと理解したのだ。ゆっくりと自陣にさがっていく孫策軍を見つめながら、一刀は中央前線へと馬を向けた。

 

 

 

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「久しぶり、関羽」

「………あぁ」

 

次に訪れたのは、前線の劉備軍だった。見れば将軍は関羽しかいない。おそらく趙雲も張飛も扉の奪取へと向かったのだろう。と、一刀はそこで、明らかに場違いな存在に気がついた。武の素養もなく、また智将としての雰囲気も纏わず、ただ御旗としてそこにある存在―――。

 

「………君が劉備か?」

「え?あの、えぇと、そうです」

「へぇ…」

 

一刀は馬上のその姿をじっと見つめる。史実では仁徳の王としてその名を馳せた英雄も、その覇気の欠片も出せないでいた。

 

「(………まだまだ成長途中という事か。少し遅すぎる気がしないでもないがな)」

「あの…『御遣い』様?」

 

その遠慮ない視線に劉備がおずおずと問いかけると、言葉をかけられた一刀は呆気にとられ、次いで笑い出した。

 

「えと、あの…何か変な事言ったかな、愛紗ちゃん………?」

「………わかりませんが」

 

少しの間大きく笑った後、一刀はごめんごめんと謝りながら口を開く。

 

「いや、敵同士なのに、『様』とかつけられたから吃驚してね。それで、俺からの言伝は聞いたかな?」

「その…はい………」

「そうか…では問おう。真実とは唯一つであるが故に、唯一足り得ない。君は、どう思う?」

「………」

 

問われたのは、かつて一刀が唯に、唯が月に、そして月が皆に伝えた言葉である。問う、という言葉に、関羽へかけた問いかけと思って身構えていた劉備は、タイミングを外されて言葉に詰まってしまう。

 

「さぁ、君の答えを聞かせてくれ」

「………私は、私の正義を貫きます」

「たとえ俺達や董卓軍の兵達から笑顔を奪う事になってもか」

「はい…正義とは、人それぞれです。それぞれが自分の掲げた正義を貫き、そこに正解はないと私は考えます」

「………」

「だから、私は、私の正義を貫きます。その先に、きっとたくさんの笑顔があると信じて!」

 

それは、かつて軍師の少女たちからもかけられた問いへの答えでもある。しかし、彼女はそれを信じ、こうして一刀に向かって堂々と言い放った。

一刀はしばし考える。彼女の言う通り、正義など人それぞれだ。昨日までは正義だと思っていた事が明日は正義でなくなるなど、世界の歴史を見ればその事例は山ほどある。数千年の歴史の先にそれを学んだ一刀に、2000年前の英傑は、同じ答えを示してみせたのだ。

 

「………甘いな」

「…そう、ですか」

「あぁ、甘すぎて反吐が出そうだ」

「っ…」

「だが、嫌いじゃないよ」

「え………」

 

その予想外の反応に、劉備は伏せていた顔を上げる。しかし、一刀は彼女から視線を外し、そばに控える2人の少女に声をかけた。

 

「君たちがこの軍の軍師か?」

「ひゃ、ひゃいっ!あわわ………」

「ひ、雛里ちゃぁん………あの、諸葛亮と鳳統でし…あわわ……」

「落ち着け………君たちの傍には、将軍は関羽しかいない。しかし、こちらはその関羽を先日手も足も出ない程完膚無きまでに叩きのめした男と、そいつと同等の力を持つ武人がいる」

「くっ…」

 

一刀の言葉に、関羽は呻く。

 

「さて、ここで君たちが選べる選択肢は2つ。ここで劉備もろともその命を絶たれるか、今日は大人しく退くかわりに、見逃してもらうか………さて、どちらを選ぶ?」

「………」

 

言葉は優しいが、それは警告。少なくとも、今日はこのまま引き下がれ。でなければ、お前たちだけでなく、主と仰ぐ人も斬るという警告だった。それがわからないほど、愚鈍ではない。

 

「………わかりました。ここは退かせてもらいます」

「朱里!?」

「仕方がないのです、愛紗さん………伝令をお願いします!趙雲将軍と張飛将軍に、関は諦めてこちらまで退くようにと」

 

関羽を視線で宥めながら、諸葛亮は冷静に伝令に指示を飛ばす。

 

「賢明な判断だ。じゃぁ、俺達は行くよ」

「あ、待ってください!」

 

恋に声をかけ、馬首を翻そうとする一刀を劉備は引き留める。

 

「………どうした?」

「一つだけ教えてください。董卓さんは、本当は暴政なんて敷いていないのですか?」

「俺の答えを信じるのか?」

「それは……」

「一つだけ教えておいてやる。かつて、この大陸では天を冠するに値する存在がいた筈だ。既に形骸化しているがな。だが、彼の者は、本来なら民の全てに平等であった。悪を断じ、正義を貫き、弱き者を守る。そんな存在がこの大陸には存在していた」

「………」

「俺はよくも悪くも『天の御遣い』だ。この大陸で天を冠する以上、俺がやるべき事は決まっているんだよ………少なくとも今はな」

「それは、いったい………」

「おしゃべりはここまでだ。孔明、士元」

「なんでしょゆぅ、はわわ…」

「しゅ、朱里ちゃぁん………」

「あはは、そう身構えなくてもいいよ。俺はかつて曹操と孫策のところにもいた。だから、君たちにも少しだけヒント―――考える指針を貸そうかと思ってね。俺がいま言った事を考えてみれば、俺がこの先どうするか分かってくるはずだ」

「………はぁ」

「逆に分からなければ勉強不足という事になるがな」

「はわわっ!?」 「あわわ…」

「という訳で、今度こそ俺たちは行くよ。趙雲たちも戻ってきているみたいだしな」

 

一刀の言葉に全員が前方を見やれば、確かに趙雲と張飛が兵を引き連れて戻ってきていた。

 

「それじゃ。恋、行くぞ」

 

そう言って、今度こそ一刀たちは去っていく。劉備と関羽はその背を見送り、諸葛亮と鳳統は彼の言葉に、ただ思考を巡らせていた。

 

 

 

-15ページ-

 

 

 

劉備たちを後にして一刀と恋が向かったのは、曹操軍だった。その前線に馬ごと飛び込んで兵を蹴散らし、そしてその本陣へと辿り着く。本陣では華琳を囲う様にして秋蘭と三羽烏、そして季衣が得物を構えていた。

 

「久しぶりね、一刀。恋も」

「あぁ」

「………ん」

「まったく酷いわよ。水関では私の前に現れなかったくせに、こうして現れてみればその片目を失っているし」

「まぁね。でもそこは秋蘭の優秀さを誇れよ」

「ふふ、そうね」

 

何百人もの兵に囲まれ、槍を向けられてなお、一刀の言葉は友へと向けるそれだった。

 

「それで、何の用かしら?」

「いや、特には。見れば分かる通り、今日はこれで関に退かせてもらうんだが、少しだけ挨拶にね」

「その割には乱暴な訪問だったくせに」

「こうでもしないと、袁紹や袁術、それに他の諸侯たちも虎牢関に向かうだろう?」

「そう言って、態のいい牽制に使われたこちらは堪ったものではないわ」

「気にするな。なに、斬ってはいないさ」

「………だろうと思った」

 

僅かの沈黙。それを先に途切れさせたのは一刀だった。

 

「春蘭は?」

「まだ気を失ったままよ。でも…そうね、礼を言っておくわ」

「気にするな。俺がしたいからしただけだよ」

「相変わらず甘い男ね」

「でも、その甘さを貫き通すだけの力は持っているつもりだ」

「知ってるわよ、そんなの」

「………」

「………」

「そろそろ戻るよ」

「えぇ」

 

何気ない会話。ここが戦場でなければ、本当に友人どうしの会話であるかのような言葉。2人は最後に短い言葉を交わすと、それぞれ背を向ける。一刀と恋はゆっくりと馬を進ませる。2人が武器を構えなくとも、彼らを囲っていた兵士たちは道を空けていった。

 

「さて、戻るか」

「…ん」

 

兵士たちの輪を抜けた所で、2人は馬を走らせる。視線を前方へと向ければ連合の兵はすべて下がり、董卓軍の兵も、華雄と霞、そして香を残してすべて関の中へと戻っていた。一刀と恋が戻ったところで3人も武器をおろし、5人は連れ立って虎牢関へと退く。こうして、虎牢関の戦いの初日は終わりを迎えた。

 

 

 

 

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コメント
>>M.N.F.様 そんな怒りマークをうかべないでくれorz ただサッカーは詳しくないのですよorz(一郎太)
分かりました。 もうやめます(#^_^)(M.N.F.)
>>M.N.F.様 なんだ、構って欲しいのかwww(一郎太)
>>cherub様 ゆっくり待ってやってくださいorz(一郎太)
>>M.N.F.様 さて、そんな事になったらどうしましょう?www そして2つ目のコメントの意味がまったくわからないorz(一郎太)
次が気になって仕方ありません!(cherub)
蓮華お持ち帰り・・・だと・・・? まさか5人目って翠でも愛紗でもなく蓮華・・・?(M.N.F.)
>>ひとやいぬ 一晩あけたからもうゆるしてやんよ。そしてお前がメス犬だということくらいは知っている(一郎太)
>>根黒宅様 それがこの外史だと………どうなるんでしょうねw(一郎太)
>>kashin様 姐さん気質だと思いたいw その通り、登場人物の思考なんて作者にはわかりませんw(一郎太)
>>劉邦柾棟様 ねねは導かれる形でしたがねw たぶんなんとかなるでしょうw(一郎太)
>>ハセヲ様 でもこの辺りまで来ると強さとか関係なく敵を退けられそうな………なんでもないですw(一郎太)
まぁ今回は反省するよ、けどこの手の込んだ嘘を考えるのに苦労したから後悔はしていない!(キリッ!(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
う〜ん俺もそうしたかったんだけどそう都合よく4月1日に「恋と共に」が投稿されなかったからね〜一応最速でやったんだけど、それとコノヤロウじゃなくコノアマねW(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
劉邦柾棟さん それは問題ないでしょう。どの外史でも、蓮華は基本的一刀に弱いから。(根黒宅)
華雄さんアオルゥー。それぞれが一刀君によって成長していく様が微笑ましいというか熱いというか、とにかく良いですね。 ゲームだし難しいことは考えない。楽しくやろうぜ!(kashin)
風やねねの策が冴え渡りまくりだったなwww。 それにしても蓮華を連れて行くのはいいけど初対面の時の蓮華は頑固で融通利かないから一刀に対してどんな反応をするのかが気になりますね。(劉邦柾棟)
片目をなくしても一刀無双はすごいですね。次回の更新も楽しみにしています。(ハセヲ)
>>shrou様 その愚考とやらの内容が気になりますが………やめておきましょう。おそらく自分を追い詰めるだけなのでwww(一郎太)
>>ヒトヤ犬 4月1日なら笑って許しただろうな。まぁ、そういう事だ。せめて今日くらいは反省していろ、コノヤロウ。(一郎太)
董卓の危機を救った後は・・・・・・よしましょう愚考に終わりそうなので、次回も期待しております。(shirou)
でもあなたの作品が大好きなのは本当だよ、そうじゃなきゃこんな毎回顔出しませんし、オタクは本当に自分に価値のあるものにしか興味出さないし時間も割きません、女といえどそれは例外ではありません、つまりまそういうことです!(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
「氏」ではなく「死」!?だからエイプリルフールだって!ここは笑って許す所DAZE!そういう日じゃないですか(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
>>悪さする2号様 この後の伏線もいくつか入れてるんですが、その伏線を回収するまでに何話かかるやらw(一郎太)
>>砂のお城様 まぁ、劉備が大成するまで何十年とかかってますからね。んなもんをエロゲには書ききれないwww(一郎太)
>>sai様 個人的な成長は色々とあるとは思いますが、作者は軍師の中では風の次にねねが好きなので、甘やかすと思いますw(一郎太)
更新お疲れ様です。本編も独自の展開でやっぱりおもしろいです!風の役割がすごくいいですね〜今後の展開に期待です!(悪さする2号)
春蘭やっと立ち直りましたね。そして音々音も軍師として一歩ずつ成長していてこれからどういう軍師になるか期待してます。(sai)
>>よーぜふ様 とりあえず時間が出来れば書いてく予定だZE(一郎太)
>>アロンアルファ様 春蘭は何だかんだで純粋なんだと思いますぜ(一郎太)
>>yosi様 たぶんここに出てくるキャラは原作よりも人間ぽい気がしなくもないですね。個人的な感想ですが。(一郎太)
>>いぬ とりあえず死ねばいいのに。クズが。そしてそのまま消えればいいのに。カスが。(一郎太)
>>無双様 おちついてwww(一郎太)
>>lulu様 慌ててるからいいんだよぅ!………すんません、間違えた(一郎太)
>>こるどいぬ 別にお前は出て来ないぞ?(一郎太)
>>名無し様 原作ではその解答を意識できているかどうかはわかりませんがねw(一郎太)
>>320i様 たぶん、霞さんにはこれからも活躍の場が多めに設定される気がする。(一郎太)
んなもんメンドイんだよ、この神が! つっづきっがたっのしっみだーw(よーぜふ)
春蘭のほうが落ち込むのが意外だったが流石は一刀、ちゃんと立ち直らせたね。(アロンアルファ)
たいがいのssでは蜀√以外だと桃香の扱いがあんまりなので成長の片鱗が見えて嬉しいところ、ねねの成長スピードに比べたら亀レベルだけどね・・・ 風ちゃんは解説キャラが板についてるな(yosi)
ところで下の作者の返信※で「シロイチ様」なる人物の名があるがそんな奴どこに居るんだ?数日遅れのエイプリルフールフェイズ終了、俺はこのままターンエンドだ、さぁ作者よ君のターンだ来い!フヒーヒW(←メタイオンのあの笑み)(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
目を失っても片方の目には希望が溢れてるね、3つの絶望(作者にフルネームで呼ばれない絶望・何故かネタキャラ扱いされる絶望・いつも目論見が失敗する絶望)を孕んでる俺には眩しいぜ(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
来た来た来た来た来た来た来たぁぁぁぁああああっ!!!!(無双)
正義の形はそれぞれというのは否定しない。しかし間違った情報に踊らされた結果の正義は碌なことにはならない、というのは真理ですよ。そこのところは短絡的だったと反省してもらいたいです。それにも関係するけど行動の結果(表も裏も)を考慮しない、できないことと意思を貫くことは違うと思う。桃香はまずはそこから。(PON)
P14 朱里があわわと言ってませんか?(lulu)
ギャグか!やっとだ!本編のギャグが見たかったんだ!(運営の犬)
……この場面を見ると、いつも正義ってことを考えさせられます。何か、一刀って自分なりの回答があるから、天の御遣いになれたんだと思います(名無し)
>>nameneko様 次回は恋ちゃんがはっちゃけるので楽しみにしておいてくれw(一郎太)
>>ヒロアキ様 ゆっくり待ってくれwww(一郎太)
>>NSZ THR様 責任のとり方に関しては、強気で行ったもの勝ちです。現代社会で、んな事やってたら速攻こき下ろされるけど、この時代ならそういうのもありかなとか思っている自分もいたり(一郎太)
>>氷屋様 ぶっちゃけると作者はコメントみて凹むこともありますwww すぐに気にしなくなるけどね(一郎太)
>>東方武神様 それなりに勉強しましたからね(ただし頭の中で)。霞さんだったら絶対言いますね、アレwww(一郎太)
>>TK様 なんか強くし過ぎている感じがなきにしもあらずな………(一郎太)
>>paradisaea様 けっこう誤字とか誤用があるな。眠かったんですorz ………直しますぜ!(一郎太)
今回恋が空気化してないか?次回も期待して待ってます(VVV計画の被験者)
始めまして、最初から今までの話を一日かけて読ませていただきました、やっと追いつきましたW自分は恋姫で恋が一番好きなのですごく気に入ってます、これからも頑張って下さい、応援しています!(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
次が楽しみだ!早いうp期待!!(ヒロアキ)
ようやく劉備と会合した一刀 劉備はいいとして愛紗や鈴々は素直に一刀が上だと気づきそこから何かを学べないとまずい あと個人の正義云々はいいけど結局間違った際の責任の取り方はどうするのかな?(NSZ THR)
うん、やっぱ頭使うのは苦手だ自分は持ってるソフトにSLGが1つもないし(笑)微妙に否定的な言われ方をしてもその先に言われた当人がどう成長するのかをまず見守らないとね読み手は、ちょっと自分の好きなキャラが貶められるような書き方されたからと一々否定的な事言ってたらキリがないですよw(氷屋)
連コメ失礼。正義の逆は別の正義。悪はこの世には無いというのが自分の持論だ。霞のセリフは彼女がいかにも言いそうな言葉でこれまた良かったですよ♪(東方武神)
段々風が音々の師匠兼母親に見えてきたよ・・・しかし、今回は幾つか孫子に値するものがあったな。良い文だった。(東方武神)
更新お疲れ様!一刀側やっぱりすごいなww(TK)
>武人としての教義は、彼のようなX教義O矜持(paradisaea)
>我が友は尊大な御方だ。彼らに敵意を見せる X尊大O寛大(paradisaea)
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真・恋姫†無双  一刀   董卓軍 反董卓連合 『恋と共に』 

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