真説・恋姫演義 北朝伝 第六章・第七幕
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 「……ところで、俺たちが勝った場合のメリット……得ってのは無いんですか?まあ、完全に囲まれた状態の俺達に、そんな事を求める権利があるのかどうか知りませんけど」

 もう間も無く一騎打ちによる星取り戦が始まろうとしたとき、ふと一刀がそんな事を袁紹に問いかけた。周囲に伏兵が居て、いつ襲われてもおかしくない状況であるとはいえ、そちらの条件を飲むだけでは不公平ではないかと。

 「あ〜ら。この状況でよくそんな口が利けたものですこと。でもまあそうですわね。そちらが勝った場合の条件も提示しておいたほうが、貴方方もやる気が沸いてくるというものでしょうし。ふむ、そうですわね……ではこうしましょう。貴方方華北組が勝った場合は……この袁本初の首を差し上げますわ」

 『なっ……!?』

 自身の首を差し出す。袁紹はそのとんでもない条件をさらりと言ってのけた。

 「北郷さんの手で落ちぶれたとはいえ、四世に渡り三公を輩出した袁家の元当主の首……十分対価としての価値はあると思いますけれど?後はそうですわね、全軍の無条件降伏……これでいかがかしら?」

 「……自分の首をかけてまで、今はもう威光のほとんど無くなった帝に忠を尽くすと……?本気なの、麗羽?」

 「……ええ、本気ですわ。さ、そちらの得となる条件も出したわけですし、さっさと死合いを始めますわよ。そちらの一番手はどなたかしら?」

 「では僭越ながら、この常山の趙子龍が先鋒を務めさせていただこう」

 愛用の槍、龍牙をその手に携え、趙雲が一団の前へと進み出る。

 「星、無茶はするなよ?」

 「はっはっは。なに、白蓮どのは何もご心配なさらず、どんと構えて居られれば良いですよ。さあ、燕王公孫伯珪が一の槍、この趙子龍の槍の血錆となりたいのは誰か?!」

 「……あら。貴女は確か、いつぞや平原で私の邪魔をなさってくれた人ではありませんの。まさかこうして再び、相見えるとは思っておりませんでしたわ。そうですわね、貴女ほどの人がお相手ならば」

 「……恋が行く」

 じゃり、と。無双と言われし方天の牙戟を構えた、真紅の髪のその少女が、袁紹の台詞を遮りその歩を踏み出す。 

 「なっ?!いきなり呂布が出てくるですって?趙雲、ちょっと待って。いくら貴女が強いとはいえ、あの娘が相手では分が悪いわ。ここは一刀に任せたほうが」

 「……残念ですがそうはいきませんな。むしろ、呂布が相手とあって引き下がれぬのは、私のほうですぞ、曹操どの。いかに相手がかの呂布とはいえ、ここで下がっては主たる白蓮殿の名を傷つける事にも、なりかねませんのでな。それに……」

 す、と。その瞳を細くして、目の前に歩み出てきた呂布に視線を送る趙雲。……その表情は、どこか楽しげな笑顔。 

 「天下無双、万夫不当と呼ばれし、飛将軍呂奉先……武人として、一度は矛を交えたき相手。そして何よりも……負ける気など毛頭ありませぬゆえに」

 「……死ぬなよ、星」

 「無論」

 華北連合軍対荊北軍による星取り戦の、その第一戦目は、呂布対趙雲という組み合わせにより、ついに幕をあげたのであった。

 

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 「せりゃせりゃせりゃあーッ!」

 「……ッ!!」 

 趙雲の繰り出す龍牙の、その重く速い一撃一撃を、呂布は眉一つ動かす事無く軽がるといなし、逆にその一撃一撃の合間に出来るわずかの隙を縫い、己が得物である方天画戟を突き出して趙雲の体を薙ごうとする。

 「くっ!?」

 「……よけられた」

 趙雲も流石に、その呂布の一撃をまともに受ける筈も無く、紙一重のところでそれらから身をかわす。

 「ふふふ。流石は世に飛将軍とうたわれし呂奉先。一筋縄でいかぬ相手なのは分かっていたが、こうまで力量に差があるとはな」

 「……でも、お前も十分強い。恋とまともに戦える奴、北郷以外では初めて」

 「ほほう。それは光栄だ。……ならば、初めてお主に勝った者と言う名誉も、この趙子龍がいただく事にしよう!」

 再び愛槍龍牙を構えなおし、呂布へと連続攻撃を開始する趙雲。十合、二十合、三十合……!次々と瞬時に繰り出される趙雲の槍を、呂布は全て易々といなし、的確に数少ない機を逃す事無く、趙雲へとめがけて戟を振るう。そうこうしている内に、趙雲は体の各所に細かい傷を少しづつ受け始め、徐々にではあるがその体力を消耗していき始めた。 

 (……やはり、大陸最強の一人といわれる呂奉先が相手である以上、小手先の技では大して効果が無いか。ならば……!!) 

 「……?」

 何十合目かの打ち合いの後、趙雲はぴたりと、先ほどのまでの蝶のような軽やかなステップを止め、龍牙をまっすぐ、突き出す形で呂布に向け、腰をほんの少しだけ落とし、全神経を一点に研ぎ澄ませ始めた。

 「……決死の一撃?」

 「……そういうことだ。いつまでも続けていても埒が明かないのでな。この趙子龍の全力を込めた一撃、当たれば私の勝ち。外れればおぬしの勝ち。それでどうだ?」

 「……わかった」

 趙雲の提案に乗った呂布もまた、彼女の一撃に全力で応えるべく、気を立ち昇らせ、方天画戟を肩口に構える。

 「はあああああっっっっ……!!」

 「ふうぅぅぅぅ……」

 一瞬の間の後、両者から大きく溢れ出す気の奔流。そして、 

 「おおおおおっっっっっっ!!」

 「あああああっっっっっっ!!」

 轟く咆哮。激突する両者。舞い上がる砂塵。そして、高い金属音とともに、何かのへし折れる音が鳴ったとともに、少し離れた地に着き刺さったのは、龍牙のその穂先であった。 

 「……いやはや。それがしの全力の一撃を抑え、尚且つ龍牙をへし折るとは。流石は呂布……だな。さ、おぬしの勝ちだ。それがしの首を取るが良い」

 「……なら、これ、貰っておく」

 地面に座り込み、そう敗北宣言をした趙雲の横を通り過ぎ、呂布は地に刺さった龍画の穂先を引き抜いて、それを趙雲の首代わりに貰うと、そう言った。 

 「……情けか?」

 「(ふるふる)……趙雲、ほんとに強かった。だから、そんな相手が居なくなったら、恋、やっぱり寂しい。……またいつか、こうして戦ってみたい。それだけ」

 「……は。ハハハッ!そうかそうか、それがしともう一度矛を交えたいか!……よかろう。それまでにもっと腕を磨き、いつかお主を超えて見せようではないか!」

 「ん。楽しみにしてる」

 「その約束の証代わりといっては何だが、今後はそれがしの事は“星”と、そう呼んでくれ呂布どの」

 「なら、恋も恋でいい。……星、約束」

 「うむ!」 

 今だ地に座り込んだままの趙雲に、笑顔とともに手を差し出した呂布。そしてその手をしっかりと掴み、同じく笑顔を向けて立ち上がった趙雲。互いの真名とともに、再戦の日を誓い合いながら。 

 (……趙子龍。ほんと、良き将ですこと。白蓮さんにはもったいない位な人ですけど、それだけの器に彼女が成長したと見るべきなのでしょうね。ふふ、友人としてこれほど嬉しい事は無いですわね)  

 と、そんな二人を微笑ましく見つつ、満足そうに笑みをこぼす袁紹であった。

 

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 「……申し訳ありません、白蓮どの。北郷殿に曹操殿も。大口を叩いておきながらのこの体たらく、真にもって言葉もありませぬ」

 「まあ相手が相手だったんだ。落ち込んだところで仕方が無いさ。なあ、一刀、華琳」

 「そうね。でも裏を返せば、あちらはこれで最強の駒をもう使ってしまったことになるわ。後残り三戦、こちらの勝率はこれでかなり上がったはずよ」

 「だからそう落ち込まなくていいですよ、趙雲さん」

 「ありがとうございます」 

 星取り戦の第一線は、呂布にその軍配が上がり、まずは荊州組が一つ先手を取った。しかし、現在この地に参集している人物の中で、一刀とほぼ互角の実力者である呂布が先に出たことは、それぞれの代表の実力を見た限り、華北組にとっては相当に有利となったはずである。

 「……で?次は誰が行くんだ?」

 「私が行きます」

 「沙耶さん」 

 二回戦を務めるのは誰かと、公孫賛が口にしたところに名乗りを上げたのは、手に愛用の槍である銀水穿を携えた張?だった。

 「いいのね、張儁艾?あなたのお相手は、どうやら元お仲間の様よ?」

 くい、と。荊州軍の方へと視線をやり、そこに立っている向こうの次の代表を顎で指し示す曹操。そこに居たのは張?のかつての同僚である、巨大な戦槌を手にした顔良であった。

 「大丈夫です、曹操どの。確かに以前の私は姫の…袁本初が配下ではありましたが、今は晋王である一刀さまの臣。相手が例え誰であれ、主のために槍を振るうのが武人の本懐にございますから」

 「そう。……いい部下を得たわね、一刀?」

 「……ああ。俺には過ぎた人さ。……期待してます、沙耶さん。けど、決して無理はせずにね?」

 「は。必ずや、勝利をわが主に」

 口を真一文字にぎゅっと引き締め、一刀にそう返した後、張?はゆっくりとその歩を進めた。相手の陣からも、ゆっくりその歩を進めてくる、かつての仲間である顔良と、その雌雄を決するために。

 

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 「……久しぶりだな、斗詩。まずは先に、礼と侘びを言わせてもらいたい」

 「礼と侘び……ですか?」

 「ああ。姫と猪々子の、その、世話を押し付けてしまったみたいで、少々心苦しかったのだ。……大変だったろう、あの後」

 「あ〜……あ、あははは……それはまあ、その」

 冀州は南皮を袁紹がいまだ治めていた頃。朝廷の勅を受けた袁紹と、それに反抗した一刀たちの戦いにより、袁紹は敗北した後、顔良・文醜の二人とともに、かの地を無一文で追い出された。その後、おそらくは我侭し放題であったろう袁紹と、色々暴走しがちな文醜という、二人の大きな子供を連れての旅は、顔良にとって相当な苦労の日々だったであろうことは想像に難くなく、その事を張?はずっと気に病んでいた。それゆえ、久々に顔をあわせたこの場で、顔良に対して感謝と謝罪をしたのであった。

 「……まあ、それはそれとして、だ。相変わらず、得物はソイツなんだな?」

 「は、はい」

 「……お前には合ってないから他のに変えろと、あれほど口を酸っぱくして言ったのに、か?」

 「……はい」

 顔良が現在使っている武器は、南皮時代からの愛用品である大槌『金光鉄槌』である。ただ、当時から張?は彼女の武器に対して疑問を持っていた。確かに破壊力は大きいが、その分細かな動きを加えにくいので、とっさの動作にどうしても隙が生まれるのである。

 「……猪々子のような大型の剣か、もしくは戟の方がお前には合っていると私は思うんだが……それでも、お前はそれを使い続けるんだな?」

 「はい。確かに沙耶さまのおっしゃるとおりだとは思いますが、せっかく文ちゃんが私用に見繕ってくれたものですし、なにより、これに愛着がありますから」

 「……分かった。なら、もうこれ以上は言わん。……さあ来い斗詩!あれからどれほど腕を上げたか、この私に見せてみろ!」

 「はい!では行きます!はあーーーーッ!!」 

 基本的に、顔良の戦い方は力に任せた轟撃を振るいつつ、相手を怯ませて体勢を崩した上で、そこに留めの一撃を放つ、というものである。まあ、結局のところは力任せの戦い方なあたり、同僚である文醜とやはりよく似ているが。 

 「相変わらずの力任せか。まあ、そこに多少なりとも判断と知恵が回る分、猪々子よりはましだが……ふんッ!」

 「ひやっ?!」 

 金光鉄槌をいつもどおり大振りして地に叩きつけ、張?に隙を作ろうとした顔良ではあったが、そこはやはり元同僚。彼女の戦法は十分熟知しており、しかも以前と大して変わりない風なそれにあっさりと対応し、槌を軽々とかわして彼女の懐に飛び込むと、その手の銀水穿で槌を持つ顔良の手首を狙って、槍の柄でもって叩こうとした。

 「……っ?!こ…んのおーっ!!」

 「なにっ?!」 

 しかし、顔良は地を叩いた金光鉄槌を軸にして横に飛び、その張?の攻撃から瞬時にして身をかわした。

 「……ふふ、なるほど、この何年かの放浪は伊達ではなかったようだな?」

 「はい。……まあ、文ちゃんはあんまり変わってませんけど、でも、私より麗……っと」

 「??姫がどうかしたのか?……まさか、あれよりもっと酷くなったなんてこと」

 「……秘密です。知りたかったら、この星取り戦に勝って下さい」

 「……分かった。なら、そろそろ本気で行こう。はあぁぁぁぁ……!!」

 気を練り、研ぎ澄まし、そして高めたそれを、張?は自らの槍の穂先、その一点のみに集中させていく。

 「?なに、この気?沙耶さま、一体何を」

 「……一刀様みたいに、気で刀身を作れるほどではないが、穂先に纏わせるぐらいならば、今の私にも可能。……いくぞ斗詩!一刀さま直伝の、気による刃での一撃!わが奥義と共に受けて見せろ!」

 「え?え?え?!」

 「……『疾風迅雷・裏式』!つぇあぁーーーーっ!!」

 電光石火。銀閃の張儁艾という異名の如く、まさに閃光のような速さで顔良目掛けて槍を繰り出す。しかし、顔良とてそこはひとかどの将。その槍をぎりぎりのところでかわし、体勢を整え…ようとしたその瞬間。

 「隙ありだっ!!」

 「!!」 

 突きだした銀閃を顔良がかわしたその瞬間、張?はそれを、顔良の胴目掛けて払いながら、一気に引き込んだ。

 「斗詩!!」

 「あ……!?」

 どさり、と。穂先の気が顔料の横腹を薙いだその一瞬後、彼女はそのまま地面に倒れ、昏倒した。

 「斗詩ぃーーー!!……姉御!なんで斗詩を殺し」

 「落ち着けこの馬鹿!私が斗詩を殺すわけ無いだろうが!気を失って倒れてるだけだ。……まったく、もう少し冷静に状況把握ぐらいできるようになれ、猪々子」

 「……まじ?」

 顔良が思い切り胴を薙ぎ払われたのを見て、思わず張?に向かって飛び出して来そうになった文醜を、張?は一喝と共に制すると、倒れた顔良をひょいと担ぎ上げ、呆気に取られたままの文醜の下へと運んだ。 

 「ほれ。ちゃんと介抱しといてやれ。気絶してるだけだから、そのうち目を覚ますさ」

 「わあーってるよ、へへ。……おい!誰か斗詩を天幕に運んで、ちゃんと寝かせといてくれ!アタイはこれから、ちょいとばかり用事があるからさ」

 「ふ」 

 文醜に顔良を渡し、すぐにその場から背を向ける張?。その表情はどこか満足げで、口元には笑みすら浮かんでいた。 

 

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 「お疲れ様、沙耶さん」

 「は。ありがとうございます」

 一騎打ちを終え、自陣に戻ってきた張?をねぎらいつつ、大きめの汗拭きようタオルを手渡す一刀。 

 「それにしてもさっきの技。あれって気が使える者なら、誰にでも出来るようになるものなの?」

 「んー。……気の物質化自体は、気を扱える者ならちょっと練習さえすれば、割と簡単に出来るよ。ただ」

 「……刀身として固定できるほど、大きくしっかりと形作るのは、少々困難ではあります。私も一応、一刀さまから直接教わったのですが、先のような状態にするまでだけでも、一年ほどかかってようやくといったところです」

 「……なるほどね」

 と、一刀たちが先の戦闘で張?が使った技に関して、そんなやり取りをしていたそこに、

 「おーい!さっさとあたいの相手を出せよー!さっきから体がうずうずして仕方ないんだからさー!」

 そんな風に急かす文醜の大きな声が、一同の耳に飛び込んで来た。

 「……なんだか向こうに、春蘭が居るような感じなのだけど?」

 「あー、確かにそんな匂いがするなー。となると、やっぱり相手は私かな」

 そう言って、その自身の背丈の倍近くはある、愛用の大剣『((青紅偉天|せいこういてん))』を背に、曹洪が((飄々|ひょうひょう))とした態度のまま、その歩を進め始めた。

 「……雹華」

 「んー?何、華琳?」

 「……貴女の目的が何かは知らないけど、あまりそればかりに気を取られていては駄目よ?」

 「だーいじょうぶ、だいじょぶ。猪相手なら春蘭で慣れっこだからさ。じゃ、行ってきまーす」

 油断はしないようにと念を押した、己の従妹の言葉を軽く流してから、曹洪は楽しそうな笑顔をその顔に浮かべたまま、対戦相手である文醜の正面へと、青紅偉天を背から抜き放ちつつ進み出たのだった。

 

 

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 「おら行くぜちび!斬!斬!ざあーん!」

 「うひゃあっ!?ちょ、いきなりそんな大技で来る?!」

 「あーくそ外れた!こら動くな!当たんないだろ!」

  戦闘開始早々、奥義を力の限り振るうという文醜のその行動に驚きつつも、曹洪は軽々と身をかわし、技が外れた事を悔しがる文醜から距離を取って、改めて自身の武器を両手で構える。

 「やっぱり春蘭と同じ((類|たぐい))の猪か。それなら……!!」

 「お?!来るか?!」

 「(にたっ)……胸なし」

 「……は?」

 「私以上のどちび」

 「な、なななっ!?」

 「知力は一桁?あ、もしかして零だったり〜?」

 「〜〜〜っ!!ば、馬鹿にすんな!(知力はともかく)胸も背もお前よりは断然上だっ!」

 曹洪のあからさまな挑発。それにまんまと乗せられた文醜は、得物である斬々刀を大きく振りかぶり、曹洪へと一目散に突進する。

 「へ〜。知力が低いのは否定しないんだ〜。それに胸も背も私よりあるってことは〜、それって要するに“でぶ”ってことよね〜」

 「だ、誰がでぶだとお〜っ!こんのお〜!ちょこちょこまかと〜!」

 ……曹洪のその、完全に文醜を馬鹿にした感じのその台詞で、文醜はすっかり頭に血を上らせ、ただがむしゃらに斬々刀を振り回し続ける。

 「あっははー、やーい、知力一桁〜。ここまでおいで〜」

 「……ふざけやがって〜……!!待ちやがれこのちびすけ〜!!」

 「当たんない、当たんな〜い♪おでぶちゃんの剣なんか、この細くて美しい体型の私にはあたりませ〜ん」

 「むきー!」

 

 「……何あれ?」

 「……子供のけんか、だな」

 「……雹華ってば……あ、慢性の頭痛が……」

 

 一騎打ち、と、本来なら呼ぶ筈のその戦いではあったが、はたからそれを見ている華北軍と荊州軍の、双方の将たちには、単なる童のじゃれあいにしか、二人のそのやり取りは見えないのであった。 

 「……ほんと、春蘭そっくり。こうも簡単に頭に血を上らせてくれちゃうなんてさ」

 「うりゃあー!そこうごくなあー!」

 「……武人としてせめてもの敬意。曹子廉が奥義にて、その単純な頭、少しはまともになんなさい!『((雹塵衝覇|ひょうじんしょうは))』ぁっ!!」

 「うあああああっっっっ!?」

 

 『雹塵衝覇』―。それは、大剣である青紅偉天の、その刀身の面でもって、相手の全身を隅から隅まで((引っ叩く|ひっぱたく))、という技である。……ただし。本来はその刃の部分でもって行う技であり、これを受けた相手は、細かい傷を全身に受けた事による失血により、まるで全身が凍りつくような感覚を味わうため、そう名が付いた技である。

 

 今回は曹洪の手加減もあって、刃では無く面で技を受けた事により、文醜が失血死する事は無かったが、全身打撲で全治一ヶ月は見なければならないだろう、と。この後文醜の怪我を診た華侘が、そう診断を下していた。 

 「……ま、これでちょっとは、((お頭|おつむ))の方もマシになるといいんだけど。……春蘭は逆効果になっちゃったけどね〜♪」

 

 「なあ、華琳」

 「何、一刀?」

 「……もしかしてさ、夏侯惇さんの馬、あ〜、いや。……単じゅ…でもなく、その……」

 「……みなまで言わなくてもいいわよ」

 

 はあ〜あ、と。眉間を指でを押さえつつ、そんなため息をつく曹操であった。

 

 

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 「……斗詩さんも猪々子さんも負けてしまいましたわね。……ほんと、あちらは人に恵まれすぎですわ」

 「張?将軍の事はお前さんから聞いてはいたが、曹洪とかいうちびっ子もなかなかやるものだ。いくら猪みたいに突撃するしか脳が無いとは言え、この文醜こうもあっさり気絶させよるわけだしの。ふむ。さて、こうなると、これで残るは、こちらの美咲嬢ちゃんと、そして」

 「……華北連合の事実上の盟主である、北郷さん……ですわね」

 荊州軍の中央、その天幕にて。これまでに行われた一騎打ちの、その結果報告を受けた袁紹と丁原が、顔良に続いて運び込まれた文醜を介抱しながら、話し合いを行っていた。

 「北郷殿は確か、恋とほぼ同等の武の持ち主だったな」

 「ええ。……正直どうかしていたとは言え、あの時彼にあんな事をしておいて、よく命があったものだと、そうおもっておりますわ」

 張譲の乱における、虎牢関での戦いにおいて、袁紹は今は味方となっている、呂布へのあまりの恐怖心から、一刀の配下である徐庶を捕らえて、彼女を人質にとった上での命令、などと言う愚行を犯した。そしてその後、当時の皇帝であった劉弁から謹慎を言い渡され、南皮の地に引っ込み続けながらも、彼女は毎日、あの時の一刀の声を忘れられずに過ごした。

 『……もし、輝里に髪の毛一筋でも傷を付けたら、俺が、呂布以上の恐怖になって差し上げます』

 そう言った一刀の、地の底から響いてくるような、その静かな怒気の篭った声を、である。

 「……あの平原での戦において、もし逃げ切れていなかったら。その後、戦で完全に負けて、南皮の地を明け渡したあの時に、彼がその事を持ち出していたら」

 「……確実に、今ここには居らんかった…かの?」

 「はい」

 そればかりか、いかに無一文にされたとは言っても、色々と確執あるはずの自分達の命を奪う事まではせず、世の中の本当の姿を見る機会を、彼は自分達に与えてくれた。だからこそ、

 「……これが、今の私に出来る、北郷さんへの恩返し、なのですわ」

 「……憎まれ役、そして、やられ役になることが、か」

 「ええ。……北郷さんを中心にして、華琳さんや白蓮さんたちが、民のために新しい世を創る、その人柱に成れれば、この袁本初、もうこの世に思い残す事はありませんわ」

 「麗羽どの……」

 「……さて。そろそろ最後の戦いが始まる頃ですわね。久遠さん、斗詩さんと猪々子さんのこと、私亡き後も、よろしくお願いいたしますわ」

 深々と。そう言って袁紹は丁原にその頭を下げ、一人天幕から出て行った。

 「……北郷一刀どの。どうか願わくば、美咲嬢ちゃんのめがねにかなう人物であってくだされ。そして、麗羽どののその思いにも、応えてくれる人物であってくださらん事を……」

 

 

 〜続く〜

 

説明
ほんとに久しぶりの北朝伝更新ですw

ついに始まる、一刀率いる華北勢と袁紹率いる(?)荊州勢の、
四対四の星取り戦。

まずは最初の三人までの戦いをご紹介です。

それでは。

追伸:4p目、一部抜けていた文を追加しました。
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コメント
きたさんさま、放浪中の麗羽たちに何があったかなど、その辺りの事は、後々外伝でも書こうかと思っています。 猪々子をあのままにしたのは、やっぱり一人くらいはそういう要員が一人は居ないと物足りないかと思った次第ですw(狭乃 狼)
久しぶりに読ませていただきましたが、あの麗羽が改心している!!う〜〜ん?  でも猪々子はやはり残念な子のままでしたか。もう少し知力アップしないとだめでしょ!(きたさん)
村主7さま、まっとう(笑)になった麗羽の覚悟、感じてもらえたら好好ですw 最終的に一刀がどういう断を下すかは・・・ま、一刀らしいとだけ言っときますねw(狭乃 狼)
jonmanjirouhyouryuki さま、はい、麗羽はきちんと更正(笑)してます。斗詩と猪々子はまあ・・・w で、一刀が何も知らないからこそ、その器を測れる・・・そう思ってるんですよ。荊州軍の『大将』はw(狭乃 狼)
最後の遣り取りでそこまで覚悟が決まってる(腹が据わってる?)とは・・・<麗羽さん 我らが主人公さんなら命奪うはしないと思いつつ、無一文で放り出した(意図があったとは言え)意外性が有るだけに・・・結末が気になって昼も眠れず(ヲイ(村主7)
転生はりまえ$さま、それは麗羽のことですかね?だとしたらまさに、と言うやつですね。もし始めから彼女がこうだったら・・・歴史はどうなっていたでしょうね?w(狭乃 狼)
これぞ王としての風格って感じ(黄昏☆ハリマエ)
Sinブンロクさま、麗羽の現在の真実の姿。そしてその真意に一刀たちが気づいたとき、一体どんな反応を見せるのか? 一刀と美咲の戦いはどうなるのか?次回までゆっくりお待ちくださいw(狭乃 狼)
NSZ THRさま、ほんと、長い事お待たせしてすみません。まあ、恋を敵側にしたのは、一刀側にもう十分すぎるほどの将が揃っているからと言うのが、その大体の理由です。(狭乃 狼)
かなり久しぶりすぎてストーリー忘れた 基本的に呼んでる作品の多くが董卓軍一派は味方ばっかなので恋が敵になっていることに違和感が(NSZ THR)
shirouさま、さあ〜ドウデショウネ〜?www(狭乃 狼)
首を差し出す=身を差し出すですねワカリマス。そして美味しくイタダカレテシマウト。(shirou)
ほわちゃーなマリアさま、もう、ね?春蘭については・・・w 蒲公英と雹華のからみか〜。本編終わってから外伝でも書いて見ようかな?・・・だいぶ先の話だけどさw(狭乃 狼)
一刀、みなまで言うな・・・みんな解っていることだから諦めてくれ。蒲公英と雹華、この二人はきっと相性抜群でしょうねw(いろんな意味で)(ほわちゃーなマリア)
mokiti1976-2010さま、はてさて、麗羽たちの思惑に一刀たちが気づいているかどうかは・・・くすw(狭乃 狼)
麗羽さん側にもいろいろ思惑はあるようで・・・きっと一刀はその辺のことは織り込み済みであろうと期待してみたり・・・続きを楽しみにしています。(mokiti1976-2010)
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