少女の航跡 第3章「ルナシメント」 22節「守護者」
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「嫌だ!あなたとなど行かない!」

 私はそのように言い放つなり、目の前にいる白い少女の手を振り払おうとした。

 私は剣を振り、白い少女から距離を取ろうとする。私の持つ剣は、カテリーナなどが持っているものに比べれば半分ほどの刀身しかないが、それは立派な武器ではある。

 だが、白い少女は私の向けた刃に恐れる事も無く、目前に迫ってきた。

 彼女の目は、純粋無垢な少女の目そのものだった。だがその目があまりにも奇怪である。金色の光を放っているかのような目は、私をまるで包み込んでくるかのようだ。

彼女は後ずさりをする私に向かってどんどん迫ってきた。黒い雲のようなものに包みこまれている《シレーナ・フォート》の都。その中で、少女の白い服と、恐ろしいほどまでに伸びている髪は、あまりに不気味だった。

 私は、彼女に背を向けて逃げる事さえ恐ろしく感じた。

 だが、このままでは、彼女に何をされるかも分かったものじゃあない。私は思わず自分の背を向けてその場から逃げだした。

 逃げ出した私は、黒い闇に包まれていく街の中を走った。もう、自分がどこを走っているのかも分かったものじゃあない。

 闇はどんどん街を包みこんでいく。道は異様に入り組んでおり、これはもう、《シレーナ・フォート》の街なんかじゃあない。

 何かが全てが変わってしまっている。私達が気が付かない内に、全く別の世界に成り変わってしまっていた。

 一体、何が、《シレーナ・フォート》に起こってしまったのかが分からない。何時の間にか、全てが黒い空間に呑み込まれてしまい、他の人々の間にも何かが起こってしまっているのだろう。

 私は、そんな不気味な空間を走り続けていた。

 すると、私はその暗闇に包まれつつある道の中で、子供たちの姿を見つけた。

 子供達は5人ほど固まってそこにおり、何かに脅えきっているようだった。彼らは身を寄せ合い、もはや逃げ場を失っているようだった。

「大丈夫!」

 私の声も震えを抑える事はできなかったが、片手に剣を持ち、その子供達に迫った。

「お姉ちゃん…、助けてよぉ…」

 一人の男の子が私にそのように言って来た。何かに襲われているのだろうか。暗闇に覆われた街の中で、その子供たちのある姿は、あまりに心細く、無防備な者に見えてしまった。

 私は勇気を出し、彼らを守る事に決めた。私自身を追ってくる、あの白い少女に怯えているのだろうか。

 だが、どうやら違うようだった。

「怪物だよォ。お母さん達は、街の外に出なければ、絶対、襲われないって言っていたのに…」

 怯えきっている男の子が、私に全てを頼るかのように言って来た。

 怪物。もしかしたら、この暗闇に紛れて、草原にいる獣や大型の生物が都に入り込んできているかもしれない。

 私が適うような相手だろうか。ここには、カテリーナも、ルージェラも、頼りになる味方もいない。せめてその辺りに見周りの兵士の一人でもいれば良いものを。

 今、この場には私しかいないのだ。頼れる味方もいない。そして、ここにいる私よりも10歳は年下の子供たちは、私に頼って来ている。私は、彼らを守らなければならない。守れるのは、私しかいない。

 私の目の前には闇が広がっていた。その暗闇は圧倒的に深く、吸い込まれていきそうだった。だが、彼らを助けるためには、それに立ち向かわなければならない。

 何か、不気味な気配が近づいてきた。それも、一つでは無い、幾つも、幾つも。そう、夜の森の中で野犬に襲われるかのような状況に似ている。

 私は自分の息が荒立っているのを感じた。

 さっき、白い少女と出会った時からだったが、私はもう息が上がっていた。恐怖、意味も分からない闇が、私をそうさせているのだ。

「お、お姉ちゃん…?」

 子供たちの中の女の子がそう言ってくるので、私は彼女の方を振り向いた。

「え…?」

 私の目の前に光る光が二つ。そして四つ。いや、幾つもあった。女の子は震える指先でその光を示していた。私はすぐにそれが、生き物の存在であると察知し、剣を振るった。

 手ごたえはあった。私の剣で、その生物を切り裂き、まるで泥か何かのような血が飛んでくるのを感じた。

 直後、上がったのは巨大な咆哮だった。咆哮と言うよりもむしろ、その生物が放った声が巨大な衝撃波となって私達に襲いかかって来てしまい、私達の体は吹き飛ばされた。どうやらその生き物を怒らせてしまったらしい。

「助けて、助けて、お姉ちゃん!」

 私に向かってそう言ってくる声があった。目の前にいるのは何者なのか、それも分からない。

 ただ、私達人間など、ちっぽけな存在でしかないような、圧倒的な存在が迫って来ている事だけは分かった。

 私は暗闇の中に飛び込み、剣を振るった。

 だが、相手の方が速い。しかも、それは巨大なものだった。多分、爪だったのだろうか、私の剣よりも速く、私の腕を切り裂いた。

 痛いという感覚よりもむしろ衝撃の方が強かった。私の体は跳ね飛ばされたように転がり、地面を滑った挙句に、建物か塀かに頭からぶつかっていた。

「大丈夫?大丈夫?お姉ちゃん」

 辺りを見回す。先ほどの子供たちが私を庇ってくれる。だが、ここは、私が彼らを守らなければならないのだ。

 黄色い光は、獣か、何者かの目であろうか。私達を取り囲みながら迫って来ていた。迫りくる者達の出している、吐息のようなものが感じられたし、猛獣が出すかのような唸り声も感じられた。

 だが今、私が見て、そして感じているこの者達は、それら、猛獣の気配よりも、ずっと異質な何かを持っているかのようだった。それは、私達が理解する事が出来ないほど圧倒的なものであり、それがこの闇と共に現れたのだ。

「あなた達は、逃げて…。私がここを凌ぐから…」

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 私はそのように子供達に言った。この場には、カテリーナもロベルト達もいない。この場を凌げるのは私しかいない。

「お姉ちゃんに…、そんな事ができるの?」

 一人の女の子が私にそう言って来た。残念な事に、私には目の前に迫ってくる怪物たちを凌ぐ自信など全くなかった。

 だが私は決然として言った。それは、確かに私の本心であったし、何かに突き動かされたかのような感情だった。

「あなた達が安全な所まで逃げるまでは、凌げるはず。私も、すぐに逃げるから」

 そのように言った。それが、今私ができる事の精一杯の事だ。

 子供たちはひそひそと話し合った後、私の後ろから逃げていく。獣たちは私が盾になって防ぐ。

 私は闇の中に再び飛び込んだ。恐怖もあったかもしれないけれども、今の私は使命感に突き動かされていた。

 誰かの為に戦う。それは私にとっては、ここ数年行って来た事だ。だが、自分一人だけが頼られ、自分よりも弱い者達の為に戦う。そのような事は始めてだった。

 私は、闇の中で剣を得体の知れない怪物に突き立て、そして斬り払った。戦う事に対して自信が無いわけではない。

 特別な訓練を受けているわけでもなく、カテリーナのような特別な人間に比べれば、私はただの人の娘でしかない。だが、自分より幼く、弱い物の為に戦うことぐらいはできる。

 私は怪物の振り下ろしてきた凶器、おそらく爪であるのだろうが、それを左腕に付けた盾で受けた。物凄い衝撃だった。とても私の体だけでは抑えきれず、そのまま後ろに倒れ、しかも更に低い奈落に転落してしまった。

 周囲が闇に包まれてしまったため、私はそこに奈落があると言う事を知らなかった。

 私の体は、闇の虚空の中に転落し、そのまま底の知れない中に落ち込んでいく。この高さでは落ちては死んでしまうだろう。そのぐらいの虚空の中に私は落ち込んでしまった。

 だが、奈落の上にいたはずの、得体の知れない怪物の一体が、私の落ちていく体を追いかけて来ていた。

 この怪物は、自分の体が落下していく事に恐れを抱いていないのだろうか?私の体を追いかけ、虚空の上空から、私に向かってその黄色い目を輝かせ、迫って来ている。

 私は落下しながら剣を構えた。もちろん、自分の不自由ができない状態であったから、迫ってくる目に向かって剣を就き上げる程度の事しかできなかった。

 その怪物は、虚空の中で方向転換をして、私へと迫って来た。どうやら、この怪物には翼がついているらしい。だから落下しても私とは違い、恐れを抱かないのだ。

 方向転換をした怪物に向け、私は剣を振り下ろすが、何かによって防がれる。それはとても硬い鉄のようなものだった。虚空の闇の中で私の眼も慣れてきたのか、自分の剣が太い腕のようなものによって防がれている事を知った。

 その太い腕は、共に落下している怪物の胴体にまで伸びており、それは怪物の腕だ。良く見れば、その怪物は巨大な肉体を持ち、私などその怪物の顔ほどの大きさしか無かった。

 怪物は巨大な翼を広げ、私にその黄色い目を向けている。何を見ているのだろう。

その輝く目は、あまりに圧倒的な眼光を持っていた。その眼光の力は、巨大な衝撃のようなものを私に放っており、私にとってはこの怪物の前では何もできない。それをすぐに直感してしまった。

 何も、抵抗する事が出来なかった。私はその怪物が伸ばしてきた手にただ掴まれる事しかできなかった。

 ごつごつとした、まるで岩肌であるかのような手。それは私の落下していく体を掴み取る。決して乱暴ではなかった。落下する私の体を、優しく受け止めるかのように掴みとり、そのまま共に深淵の底へと降りていく。

 この巨大な怪物は、私に何をしたいのだ。私は、怪物の目を見つめていると、その目にどことなく見覚えがあるのを感じた。私は、この巨大な怪物を知っている。

 どこでだろうか?上手く思い出せない。私の記憶の中にある巨大な怪物の姿は少ない。

 やがて、深淵の底の方から、私達の方に向かって、光がやってきた。それは真っ白な光であり、暗闇に包まれていた私にとっては、思わず目をつぶってしまいたくなりそうなほどの光だ。

 白い光が球体のような姿となって、深淵の底に浮かんでいる。

 あの《シレーナ・フォート》の街並みはどこにいってしまったのだろうか?私達の周り覆っている姿は、あまりに圧巻だった。

 その巨大さも、そして、起きている現象も、何もかもが特異的なものばかりで、私は、周りで起こっている現象が、全て夢なのではないのかとも思ってしまったが、そうではない。私は決して、夢の中と言う幻想に落ち込んでしまったのではない。これは、現実に起きている出来事なのだ。

 白い光が、私と、私を掴んでいる巨大な怪物を照らし上げる。巨大な怪物は、黒いドラゴンだった。

 そんな怪物が、私の目の前にやって来て、私を捕まえ、この白い光を目指していたのだ。

 何の為に。そして、一体、何が起こっているのか。

 私は頭を回転させようとしたが上手くいかない。起こっている現象に頭が付いていかない上、目の前に広がる白い光はどことなく安らぎを私に感じさせ、こんな状況だというのに、眠気さえ襲ってきていた。

 白い光は、黒いドラゴンよりもさらに巨大なものだった。ぼんやりとした光ではなく、はっきりとした白い空間がそこに浮かんでいる。

 ドラゴンは、何かに導かれるかのように、その白い空間の中に入っていった。

 白い空間は、全てが白い色で包まれており、一点の汚れさえも見る事が出来ない。眩しい事は確かだったが、目を開けていられないわけではなく、私はその無垢な白い色に包まれる。黒いドラゴンはその白い空間の中心を目指し、羽ばたいているようだった。

 やがて、空間の中心が見えてくる。そこに、何者かがいるのが見えた。

 意識が消えかかっている。まるで眠り薬でも飲まされたかのように、私の眠気は急激に襲ってきている。

 その眠気らしきものに対しては、私はあまりにも無防備で、心の最も弱く、幼い部分を鷲掴みにされてしまっているかのようだった。

 その少女は、私の気づかない内に、予想以上に私の近くに近づいてきていた。

 気が付くと、私のすぐ目の前に顔を近づけて来ているではないか。その少女の顔は、この白い空間そのものであるかのように白く、そして一点の汚れさえも無く、あまりに純粋無垢な姿をしていた。

 あの地上で出会った、白い少女だった。白い髪が異様なほどに長く、そして全てを呑みこんでしまうかというほどの瞳を持つ少女。

 その少女は私と鼻同士が触れ合おうかと言うほど、近くまで顔を近づけて来ており、じっと私を覗きこんできている。

「心配、いらないわ…」

 少女はそのように私に言って来た。今、私に襲いかかってきている眠気がごとく、私の心の底の無防備な部分を掴んでくるかのような声だ。

 それはあまりに優しい声で、同時に私に襲いかかって来た恐ろしい声でもあった。

 だが、今の私は黒いドラゴンに包まれていて、何も抵抗する事も出来ない。

 ただ、されるがまま、少女の声を受け止めるしか無かった。

 少女は、その繊細そうなガラスでできているかのような手を、私の方へとかざしてきた。触れただけで汚してしまいそうなくらい繊細そうな手だ。

 白い掌からはまばゆいばかりの光が放出され、それは私の体を包み込んだ。決して暴力的ではない。全てを優しく包み込むかのような光。

 私の心の中にまで沁み渡ってくるようなその声が、私を包み込む。

 何も抵抗する事はできなかった。私はその光に包まれていき、心の中までを、されるがままにされてしまった。

 

説明
異空間に包まれた都でブラダマンテは白い少女の襲撃に会い、彼女によって連れ去られてしまうのでした。黒幕たちが彼女を狙う理由とは?
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