真説・恋姫†演義 仲帝記 第二十四羽「愚昧なる羽は地に墜ち、賢き羽は群れに見切りをつけるのこと」
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 寡兵にて大軍を覆す。

 

 それは、本来であれば様々な策を用いてこそ、成し遂げることの出来るものである。

 

 しかし。

 

 たった一つだけ、その例外とも言える場合がある。

 

 将の質、士気、そして練度。

 

 それらが圧倒的に高い寡兵と、それらが圧倒的に低い大軍が激突する。

 

 その様な条件下での戦であるならば、例え、十倍以上の戦力差のある軍勢同士であっても、その差は全く意味をなさなくなる。

 

 その最も顕著だった戦が、陽人の戦いにおける虎牢関の攻防、その一戦目であったといえよう。

 

 寄せ手として虎牢関に迫るのは、反董卓連合の総大将である袁本初率いる冀州軍五万と、その脇を固める袁術軍の一万。

 

 一方、虎牢関から討って出た董卓軍は、張遼と呂布の率いるそれぞれ五千づつ、計一万。

 

 敵が寡兵である事を確認したとき、寄せ手である袁紹は己が勝利の絶対を確信し、欠片ほどにも疑っていなかった。

 

 如何に相手が万夫不当と呼ばれる呂布であろうと、これだけの数の差には抗いがたいものがあるはずだと、金色一色に染め上げられた鎧を身につけた己が配下の軍勢を、その誇らしげな笑いと供に見つめつつ。

 

 だが、戦端が開かれたその瞬間に、彼女は思い知る事になる。

 

 如何なる“軍”であろうとも、そこに相手と同等の質が伴わなければ、所詮は単なる“群”に過ぎないということを……。

 

 

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 第二十四羽「愚昧なる羽は地に落墜ち、賢き羽は群れに見切りをつけるのこと」

 

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 「おーっほっほっほっほっ!!さあ、みなさんっ!あちらの数はたかが知れておりますわ!一気にけちょんけちょんにして差し上げますわよ!!」

 

 虎牢関から討って出ていた、呂布と張遼の部隊を視認した袁紹は、その兵数の少なさに自軍有利をすぐさま確信し、いつもの高笑いと供に、兵たちへ総攻撃の命令を下す。しかし、そこには陣形などといった細かな指示は何も無く、ただひたすらに前進せよというだけの、いたって単純なものであった。

 

 「おっしゃあー!文醜隊、一気に突貫するぜー!」

 「ちょっと、文ちゃん、待ってってば!いくらなんでもそのまま突っ込むだけじゃあ……!!」

 「とおーしさん!ごちゃごちゃ言ってないで、貴女も兵を前に進めなさい!」

 「そんな、相手はかの飛将軍なんですよ!?ただ無為無策に突撃するだけじゃあ」

 「なーにを言ってますの!相手が誰であろうが、この数の差があれば何の心配も恐れも必要ないですわ!!いいからとっとと、部隊を進ませなさい!!」

 

 袁紹本隊へと現在向かって来ているのは、真紅に染め上げられた呂の旗をその先頭に掲げた、呂布率いる五千の歩兵部隊。対して袁紹の方は、袁紹本人が直率する部隊が三万、顔良と文醜がそれぞれに一万づつを率いる、合計五万の騎兵と歩兵の混成部隊。

 単純に、顔良と文醜の部隊だけでも、呂布の部隊のその倍、袁紹の本隊にいたっては六倍の差がある。

 その三つの部隊で呂布の部隊を包み込み、その上で周りから一気に押しつぶしにかかる……という事であるのならまだしも、袁紹はその全ての部隊に対して、ただ呂布隊の正面から押しつぶせとだけ命じ続けていた。

 

 「そーだぜ、斗詩。あたいと斗詩が力を合わせりゃ、どんな奴だろうがこっぱみじんこだって!ほら、はやく行くぜ!」

 「ちょ、ちょっと待ってよ、もう!」

 

 顔良からしてみれば、噂に名高いかの呂布を相手にする今回の戦いにおいては、慎重に慎重を期してしかるべきだと、そう思ってはいる。いや、正確に言えば、例え相手が誰であろうと、戦と言うのはそうあって然るべきものだと、彼女はいつもそう思ってはいる。

 ……思ってはいる、のだが。

 主君と同僚のその余りにもお気楽すぎる思考と行動によって、それはいつも無用の長物と化してしまっているのが、哀しい事に現実なのであった。

 そしてもちろん、今回の戦も同様の結果に終わり、彼女の諫言空しく、袁紹軍は迫り来る呂布隊へと、その正面からかかる事になったのであった。

 

 (……万一に備えて、麗羽様だけでも後方に下げておくべきかな。……聞いてくれたらだけど……)

   

 上機嫌に輿の上で笑う主君を横目で見ながら、念のためにと、そんな事を具申しようかと考えていた顔良であった。

 

 

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 一方、袁紹の本隊が怒涛の勢いで前進を始めたその時、右翼にて部隊を率いていた袁術は、姉の取ったその行動に対し、完璧にあきれ果てていた。

 

 「……のう、七乃?」

 「はーい。なんですか、お嬢様?」

 「……麗羽ねえさま、確か、洛陽の名門私塾に……通っておった筈じゃよな?」

 「あ、はい。私も、秋水さんから聞いただけですけど、お金持ちの子女ばかりが集まる、洛陽でも優秀な部類に入る私塾に、本初さまは通っておられたとか」

 「……その私塾、本当に優秀な部類じゃったのかのう?……麗羽姉様の指揮を見る限り、とてもそうは思えんのじゃが……」

 

 袁紹が通っていた、洛陽にかつて存在した私塾。その経営者については、現在その記録が残っていないので定かではないが、その同じ私塾に通っていた者たちの中には、かの曹操もその名を連ねて居り、その曹操以外にも、幾多の名士や有能な官僚を輩出し続けた、大陸でも五指に入る名門。それが、袁紹の通っていた私塾である。

 その私塾時代、袁紹はその成績だけで言えば、十分以上に優秀な生徒であったという。塾の教師達にも覚えが良く、いずれは漢を背負って立つ、若き俊英との呼び声高かったという。

 もっとも、曹操やその他の見識ある者たちから言わせれば、袁紹は教科書どおりな受け答えこそ真っ当であるが、すこしでも応用の必要な場面になると、途端に返答に窮してしまっていたという。そして、教師連中に覚えが良かったのも、ただ単に、彼女が自分より上の者にはめっぽう腰が低かったが為だけのことである、とのことだそうである。

 

 「……あんな突撃だけの指揮なんぞ、童でもせんわ。……とはいえ、これはこれで、今の妾達には都合が良いのじゃがの。七乃、左翼の秋水と巴に、手筈どおり頼むと、伝令を頼むぞえ」

 「はーい。本初様の軍が奉先さんの部隊に、情けーなく吹き飛ばされる所、上手く邪魔しないようにしませんとねー」

 「そういうことじゃの。うははー」

 

 そして、所変わって左翼側では。

 

 「なるほど。麗羽嬢の突出に置いていかれた形にして、張文遠どのと部隊と交戦状態になるように、ですか」

 「そしてある程度頃合を見計らった所で、美羽様たちの側と合流。その頃には散々な事になっているであろう本初様の部隊と一緒に、水関までほうほうの体で逃げる、と」

 「まず当面の問題は、どれだけ上手い事、張文遠の部隊に負けてみせるか、ですが。……巴ちゃん」

 「?なんですか、秋水どの」

 

 袁術から送られて来た、指示というよりも作戦の再確認のような伝令を受け、諸葛玄と紀霊は、袁紹の本隊が自分達の右側からどんどん離れていくのを横目に、呂布の部隊の後方にて砂塵を上げている張遼の部隊へと、その視線と意識を移す。

 既に大まかな打ち合わせの済んでいる、出来レースそのものの董卓軍とのここでの戦い。

 董卓軍と袁術軍は、互いにその武器の刃や矢の鏃を前もって潰してあるため、双方供に死者が出る可能性こそ少ないが、それでもある程度の負傷者を双方に出さなければ、袁紹始め他の諸侯の目を誤魔化しきれないだろう。

 それ故に、両軍はある程度までは、全力で戦い合う事を決していた。そしてその一環として、諸葛玄は紀霊に対して、その提案を行ったのである。

 

 「巴ちゃんは、文遠将軍と一騎打ちをしてください。その間に、僕は部隊を率いて負け戦を演じておきますから。……一度ぐらい、貴女も本気で戦ってみたいでしょう?」

 「……良いのですか?もちろん、私とて音に聞く神速の将、張文遠殿とは剣を交えて見たいとは思っていましたが、それでも、大局のためならその程度の私心、封じていられますよ?」

 「巴ちゃんのそのお気持ちは嬉しいですし、それでこそ貴女だとも思いますが、ここは文遠将軍とやり合うほうが、どちらかといえば大局に沿ってますよ。……敵将との本格的な一騎打ちを、僕たちの所の将が本気で演じて見せる、ということが、ね?」

 

 それもまた、周りを誤魔化す為の一つの要素、なんですよ。と、紀霊に対してウインクをしながら言ってみせる、諸葛玄。その彼の言葉に、紀霊は何時もの様に折り目正しく、それでも、口の端にわずかな笑みを浮かべて、こう答え返していた。

 

 「……では、張文遠の相手、遠慮なく務めさせてもらいます。……ですが、やる以上は負けるつもりは毛頭ありませんからね?いっその事、思い切り打ち負かして、我が君の御前にお連れしてみましょうか」

 「ははは……。……策が崩壊しない程度に、お手柔らかに、お願いしますね?」

 

 ふふふ、と。不敵に笑いながらそう言って見せた紀霊のその台詞が、とても冗談には聞こえない諸葛玄であった。

  

 

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 大地がえぐれ、巨大なクレーターが、まるで地獄の入り口の如く、その口を開ける。

 

 「ぎゃああああっっっ!!」

 「ひいいいいっっっっ!!」

 

 飛び交うは絶叫。

 爆音と、そして天高く上がる粉塵と供に宙を舞うのは、金色の鎧に身を包んだ袁紹軍の兵士達。

 

 「ば、化け物だっ!!」

 「たった、たった一振りで数十人から吹っ飛ばすなんて……っ!!」

 「こ、こんなのに敵うわけねえ!!お、俺は逃げるぞ!!」

 

 そうして、目の前に立つその人影から、我先にと一人の兵士が逃げ出すと、それに続いて次々と逃亡を開始する者が、続出し始める。

 

 「……歯ごたえ全然無い。……袁紹の軍、弱すぎる」

 

 自身の得物である方天の画戟を肩にかけ、つまらなさそうに呟く、董卓軍の第一師団長、呂布その人。

 

 「……ねね」

 「はいですぞ!」

 「……みんなにも、適当に戦えば良いと、そう言って」

 「了解したのです!」

 

 傍らに控えていた自分の軍師、陳宮に片言でそう伝えると、呂布は再びその手の戟を構えなおし、ゆっくりと歩を進め始める。

 

 「……じゃあ、もうちょっとだけ、掃除してお」

 「ちょっと待ったー!!」

 「文ちゃん、待ってよー!一人じゃ絶対無理だってばー!」

 「……誰?」

 

 歩み始めようとした呂布の前に、緑の髪にバンダナを巻いた、巨大な剣を持った少女、文醜が立ち塞がる。そしてそれに少しだけ遅れて、黒髪の巨大なハンマーを持った顔良もまた、その場に姿を現した。 

 

 「あたいの名前は文醜!お前が呂奉先だな?さあ、あたいと勝負してもらおうか!!」

 「……やめたほうがいい」

 「はあ?なんでだよ!?」

 「……おまえ、弱い。恋の相手にはならない」

 「なっ!なんだとー!?相手になるかならないか、試してみろ!!こんのおー!!」

 

 その手の中の巨大剣、斬々刀を振りかざし、呂布に向かって全力で振るう文醜だったが、呂布はその轟撃をいともあっさり、片手でもって受け止めた。

 

 「なっ!?」

 「……やっぱり、弱すぎ。……ふっ!!」

 「おわあっ!!」

 「文ちゃん!!くっ!なら今度は私がお相手します!!」

 

 文醜の斬々刀を掴んだまま、それごと彼女を投げ飛ばす呂布。その文醜が投げ飛ばされたほうを気にしつつも、顔良もまた呂布に向かって、己の得物である金光鉄槌を力の限りに振るう。

 

 「……さっきの奴よりはまだマシ……でも、お前も、弱い」

 「え?っきゃあっ!?」

 

 だが、顔良もまた、呂布にあえなくその武器を止められ、先ほど文醜が飛ばされていった方へと、金光鉄槌ごと跳ね飛ばされていった。

 

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 「おー、おー。恋のやつ、派手にやっとんなあ。こりゃウチも負けてられへんな。と言うわけで、紀霊はん?もうちっとだけ、ウチも本気出させてもらうな?」 

 「ええ、構いませんよ。……私も、ここからは本気で行きますから」

 「……そりゃあ、たのしみなこっちゃ。董卓軍、第二師団師団長、張文遠!神速の二つ名は伊達や無い事、しっかり見せたるで!!」

 

 膂力、速度、体術。

 それら三つを武の基本とするならば、張遼は速度にその重点を置いた戦いを、その真骨頂とするタイプである。

 そして、現在彼女の相手をしている紀霊の方は、体術にその重きを置いた戦い方を、その根幹とする武人である。

 

 「そらそらそらー!!」

 「流石に速い……っ!けどっ!!」

 「っとおっ!?ウチのこの速さに着いて来るか……!!さすがやで、朱雀公の異名は伊達や無いな!!」

 「お褒めに預かり恐悦至極……ですっ!!」

 

 およそ一秒間に十発程度は、飛龍偃月刀による斬撃を、張遼は放っている。紀霊の方は速度こそ彼女に及ばないものの、その卓越した剣捌きによって操る二本の三尖刀によって、その全てを悉くいなし続けていた。

 

 「……しっかし、ほんまに綺麗やなあ……あんさんの戦う姿。思わずうっとりしてまうで。真っ赤なその髪が、あんさんが一挙手一投足を取るその度に踊る様、まるで燃え盛る炎……いや、炎の中で舞う伝説の朱雀そのまんまや。……ウチ、惚れたかも知れへん」

 「……その評は素直に嬉しいと思いますが、私にはソッチの気はありませんので」

 「かーっ、つれないなあ。……けど、そうやって拒否されると、さらに燃えるんがウチの性質やねん。もっともっと、あんさんの舞うとこ、たっぷり見せてえな!!」

 

 そうして、さらに干戈を交える神速と朱雀の二将。

 それからさらに、何十合と渡り合う内、張遼はそれまでただ漠然と感じていたそれを、はっきりとその体に感じるようになっていた。 

 

 (……なんや、やっぱりどうもおかしいな……。なんか、紀霊はんとの距離感が掴み切れへん……。お陰でもう一つ、力の入れ所があわへん……)

 

 それは、紀霊と戦い始めてからずっと、彼女が抱いていた違和感だった。紀霊の両手に収まっている、その二本の三尖刀は、何処をどう見ても同じ長さのものにしか見えない。

 しかし、いざ彼女と距離を縮めて剣を交えると、何故かその感覚が狂ってしまう。

 

 (ちっと、試してみるか)

 

 息を整え、真正面に偃月刀を構えなおす張遼。その彼女の動きに、紀霊は一瞬だけその眉を潜め、張遼の思惑を量ろうとする。

 

 (……文遠殿のあの表情……何か、変わったことでも仕掛けてくるつもりか……?……もしや、私の闘法に気付いた……?)

 

 「行くで紀霊はん!おうりゃあーっ!!」

 「っ!?ただの正面からの突撃!?このっ!!」

 「……ほうか。やっぱり、左右で長さが違うとったんやな」

 「っ!?」

 

 紀霊の正面から打ち込まれた、張遼のこれまで最速の一撃。しかし、紀霊も並の域を遥かに越えた力量の武人、それをなんら怯む事無く、両手の三尖刀を交差させて受け止めた。

 しかし、それこそが張遼の狙いだった。

 正面から来る、自分の全力の一撃。それを受け止めるためには、膂力に大差は無いといえど、片方の剣だけでは到底不可能な筈。

 そうなれば、紀霊は必ず、両方の三尖刀でもって受け止めるしかない。

 

 「……こんだけ近くで両方並んでるのさえ見れれば、さっきから感じてた違和感もはっきりする思うたんやが、やっぱり、同じ長さに見えていたんは、ウチの目が起こしていた錯覚やったんやな」

 「……この短期間で、それを見抜く貴女の慧眼、恐れ入りました。……ですが!」

 「くっ!」

 

 張遼の偃月刀を弾きつつ、再び彼女から距離を取る紀霊。そして、両手に携えた二本の三尖刀、正式名称『三尖刀・銀武』を握りなおし、張遼に対してその自信に満ちた笑みを向ける。

 

 「……例え頭で分かった所で、目の方をそれに追いつかせるのは、意識してもまず、出来るものでもありません」

 「……ま、確かに、な。……けど、それを何とかするんが、武人の本能ちゅうもんやで?……それじゃ、続きと行こか!!」

 「どこからでも!!」

 

 両者ともに気合を入れなおし、改めて刃と刃を交し合う。両者ともに必死な形相をこそしていながらも、どこか楽しげにも見える、その様相であった。

 

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 虎牢関前面における両軍の戦いが開始してから、およそ一刻半(約三時間)ほどが経過した頃、ついに、袁紹軍が瓦解を始めた。

 もちろん、その最大の要因は、呂布のその圧倒的な武威である。

 兵がかかれば、その瞬間にまとめて数十人は宙を舞い、青い空に金色の鎧が幾重もの虚しい光を放つ。その光景を見た袁紹軍の兵士たちは、誰も彼もが恐怖に支配され、次々にその戦意を大幅に失っていく。

 さらに、顔良、文醜という、袁紹軍の二枚看板が呂布に敗れて本陣への撤退を行うと、それはさらに顕著なものとして現れた。

 そうして、完全に士気の下がりきった袁紹軍に対し、陳宮が指示を出す呂布直下の部隊が怒涛のごとく襲い掛かり、多くの戦闘不能者を生み出した。

 

 始めにいた袁紹軍の兵は五万。

 だが、その頃にはもう、まともに動ける兵の数はその三分の一も居れば良いというあたりにまで、激減しており、さすがの袁紹もその顔を恐怖一色で染め上げていた。

 

 「ちょ、ちょっと斗詩さんに猪々子さん!何とかあれを止めることは出来ませんの!?」

 「無理!無理ですよ、姫!あたいと斗詩が二人がかりでもビクともしないんですから!」 

 「麗羽さま!ここはもうこれ以上無理をしないで、水関に撤退するべきです!!」

 「ぐぬぬぬ……っ!!……そうですわ。美羽さんがまだ居るじゃありませんの。斗詩さん!」

 「は、はい」

 

 今度は何を、自分の主君は言い出すのだろう、と。顔良はとてつもない不安に襲われた。美羽…つまり、主君の実妹である袁術を、彼女は一体どうするつもりなのだろうか、と。

 

 「美羽さんたちに、私たちの撤退の為の時間を稼ぐよう、伝令なさい!私たちの壁になって、呂布を防ぎなさいと!」

 「そ、そんな!いくらなんでも無茶ですよ!公路さまの所の戦力はたった一万、それも戦の始まる前までの数なんですよ!?そんな寡兵であの呂奉先の部隊を足止めするなんて、そんな」

 「いーからさっさと伝令を送りなさい!!美羽さんなら私の言うことはちゃんと聞いてくれますわよ!!なんといっても、袁家当主にして実の姉の“お願い”!なんですもの!」

 

 お願い、という部分を殊更に強調し、自信たっぷりに言ってのけてみせる袁紹は、腹違いの妹である袁術が己の言葉を拒否するなど、欠片ほどにも疑っていなかった。

 こうなった主君は梃子でも意見を翻すことは無いと、長年の付き合いから良く分かっている顔良は、不承不承ながらも、袁術の部隊に対して伝令兵を送らざるを得なかった。

 

 そして、その伝令を受け取った袁術は、伝令役の兵士がその場を立ち去ると同時に、思い切り落胆の色をその顔に浮かべた。

 

 「……麗羽姉さま……っ!!これほどまでに、これほどまでに、愚劣極まりない所まで堕ちておられ様とは……っ!!」

 「……どうしますか、美羽嬢?一応、麗羽嬢のところの軍を疲弊させて、水まで撤退させるという目的は、十分以上に達成できたと思いますけど?」

 「撤退の為の盾役、あちらの協力もありますから、こなすこと自体はさほど難しくはありませんが……」

 

 血を分けた実妹とて、袁紹にとってはその程度の存在でしかないのか。姉にとって、自分という人間はその程度の、必要とあればいくらでも切り捨てられる、都合のいい人形でしかないのか。

 袁術は心底からの悔恨の涙をその双眸から流し、血が流れ出すほどに唇を強く噛み締め、姉のその言動に大きな怒りを沸き立たせ始めていた。

 すでに袁術の部隊と合流を果たし、今後の撤退行動を迅速に行うべく動こうとしていた諸葛玄と紀霊も、主君のその悲壮な想いに対し、あえてその葛藤には触れず、隊の行動に関する話でお茶を濁すことしか出来ないでいた。

 

 「……もう、良いのじゃ」

 『え?』

 「もうこれ以上、麗羽姉さま…いや、袁紹の阿呆めに付きやってやる義理は無いのじゃ!七乃!」

 「あ、はい!なんですか、お嬢様?」

 

 袁術が袁紹のことをその姓名で呼び、はっきり阿呆、と言い切ったことに、思わず呆気にとられてしまった張勲と諸葛玄、そして紀霊の三人であったが、袁術が張勲の方を向いてその名を呼んだことで、すぐさま我に返った。

 

 「妾達が連合に手を貸すのはここまでじゃ!これより先は、董相国に完全にお味方するぞえ!!よいの!!」

 「美羽さま……本当に、良いんですね?」

 「くどい!良いといったら良いのじゃ!」

 「……分かりました。でも、後々のことも考えて、今の時点で堂々と合流するのは避けておきましょう。秋水さん」

 「はいはい。なんですか、七乃ちゃん?」

 「文遠さんと奉先さんに、使いを出してください。私たちはこれより、撤退を開始する袁紹軍の((殿|しんがり))として、お二人の軍の前に立ち塞がりますから、遠慮なく、私たちを壊滅させて捕縛してください、と」

 「……分かりました。すぐ、使者を立てましょう」

 

 連合と袂を分かつ。その事を主君である遠術が決めたのであれば、張勲にはそれをいさめる理由はなにも無かった。実際、時間稼ぎにしても、これ以上連合側に居たところで出来ることは、もうほとんど無いと言ってよかったというのも、その大きな理由ではあるが、何よりも、張勲は袁紹のことが主君以上に許せなくなっていた。

 

 (……麗羽様……いえ、袁本初。これまではお嬢様の為と言う事もあって、散々我慢してきましたけど、もう、私の堪忍袋も限界です。……私以外でお嬢様を泣かせる人には、たとえそれが誰であろうと、相応の“報い”を受けていただきますからね。ウフフフフ……♪)

 

 その飄々としたいつもの態度と笑顔はそのままであったが、その心の内にてはどす黒い感情を、袁紹に対して沸き立たせていた。

 

 

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 それから暫くして。

 

 袁紹軍はその兵数の半数以上の負傷者と死者を出し、ほうほうの体で水関まで何とか逃げ延びることに成功。

 だが、その彼女らの無事な撤退という名目のため、袁術の軍を壁役という名の生贄にしたその事実は、その後の連合内における袁紹の立場を最悪なものにし、以後、彼女が表立って連合の指揮を執ることは無くなってしまった。

 

 だがそれは、連合参加諸侯、特に曹操にとってはまさに渡りに船なことでもあった。

 

 袁紹という無能な指揮官をお飾りにする必要がこれにて無くなり、その後の指揮は残った諸侯の中で最大戦力を保持し続けている自分が、その名代として執ることになる筈であるから。

 

 そして実際、関内部に引きこもって出てこなくなってしまった袁紹の変わりに、曹操がその総指揮を執る事になったその時、それに反対したのは孫堅ただ一人であり、そしてその反対意見も、確たる反対材料が無い以上、孫堅にもそれを覆すことは叶わず、連合軍は曹操を総大将代理として、再び虎牢関攻略の為の準備に入ったのである。

 

 なお、張遼と呂布の手によって囚われの身となった袁術達であるが、表立っての協力、つまり虎牢関防衛にすぐさま力添えをというわけにも行かず、一応、表立って動くのは紀霊ただ一人だけにすることになった。

 

 主君である袁術が人質になっているから、やむを得ず董卓軍に協力する、という形をとったわけである。

 

 そしてその翌日。

 

 水関から曹操率いる連合軍が出立したのと、ほぼ同時刻。

 

 洛陽城内にて、一刀たちもまた自分達の役割である、宮中に巣食う害虫退治の、その最後の仕上げを行うべく、宮中は禁門のその内側にて、動き出していたのであった……。

 

 〜つづく〜

 

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 輝「はいどうも。お久しぶりの後書き担当、輝里です」

 命「同じく命じゃ。やれやれ、漸く無償労働から解放されたわ」

 輝「しかもあんな格好やこんな格好をさせられての、労働と言う名の罰ゲームだったからねえ」

 命「大体元を糺せば、じゃ。親父殿が使えもせんカードなんぞ渡すから悪い」

 輝「そうそう。・・・まあ、あの店がカード使用不可だったってのも、予測の範疇外だったけど」

 命「それにあの小鴉めも、大概悪ふざけが好きすぎるのじゃ。親父殿はなんだってまあ、あんな女子に惚れておるのやら・・・」

 輝「とまあ、内輪ネタはこれぐらいにして、今回のお話」

 

 命「しかしなんじゃな。本初の軍というのは、何処の外史でも大概、ああいう扱いじゃな」

 輝「まあねー。一刀さんや他の誰かが居て、矯正でもされてない限り、序盤はどうしてもあなっちゃいますね」

 命「本当にかわいそうなのは、袁紹の所の兵士と顔良じゃろうな。・・・ほんとに、同情するわ」

 

 輝「恋ちゃんは相変わらず、つよいですねー。一撃で兵士が数十人も宙を舞うんだから」

 命「・・・絶対敵にしたくない人間の一人じゃな。武の呂布、知の張勲、といった所かの」

 輝「その張勲こと七乃さん、最後にすっごい黒くなってたよね・・・袁紹さん、南無」

 命「どんな報いを受けることになるのやら・・・本初も自業自得とは言え、災難じゃな」

 

 輝「そして、紀霊さんこと巴さんの、霞さんこと張遼将軍との一騎打ち!やー、燃えたねー」

 命「南陽袁家随一の将の面目躍如、というたところだな。流石は朱雀公・紀霊よ」

 輝「・・・ところでさ、父さん今日は如何したの?さっきから全然、会話に入ってこないんだけど」

 命「親父殿ならほれ、あそこでPCにむかって唸っておるぞ」

 狼「・・・・・・・・・・うーむ。だから、千州があれをああして、美紗が・・・で。だから一刀が・・・むう〜〜〜〜〜」

 輝「・・・次のお話の構成に手間取ってる・・・って感じかな?」

 命「ま、そんなところじゃろ。では、一人向こうで唸っておる親父殿は放って置いて、と」

 

 輝「それでは皆さん、また次回。その第二十五羽にて、お会いいたしましょう」

 命「今度もいつも通り、コメやら支援やら、たくさんお待ちしておるからの。あ、もちろん、最低限のマナーは守って、の?」

 

 輝&命『それでは皆さん、再見〜!!』

 

  

説明
ども。

似非駄文作家の狭乃狼ですw

仲帝記、その第二十四羽をお届け。

今回は虎牢関に迫った両袁家の、対呂布・張遼戦の様子をお送りします。

それでは、今回も駄文・ざ・ワールドへ、逝ってみよ〜www
 
第一羽→『http://www.tinami.com/view/327280』
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コメント
ここでの紀霊はFate Zeroに登場する『ディルムッド・オディナ』と同じ様な戦い方をするんですね!心が震えました!!(ふかやん)
y-skさま、麗羽にとっては数さえ揃ってれば無用の長物だそうです<陣形ww(狭乃 狼)
麗羽さま...... せめて陣形くらいは......(y-sk)
氷屋さま、麗羽の方は美羽を切り捨てたとは、思っていないところがまた・・・w(狭乃 狼)
もはや麗羽がなにをいっても美羽は切り捨てるでしょうな、自分が助かりたいがために当主として姉としての立場を利用してきりすてるようなことしちゃったんですから(氷屋)
minerva7さま、美羽が愛想尽かすのも無理は無いですよねw 孫堅さんはどうなるか?それは・・・まだ秘密www(狭乃 狼)
ここで袁術離反か・・・勝手に突撃して壊滅したやつの尻拭いさせられるよりは良いか。孫堅さんがどうやって動くか注目ですな〜(minerva7)
summonさま、はい、惚れちゃいましたwそれがどう影響するかは・・・まあ、近いうちに、ねww(狭乃 狼)
ありゃ、霞が愛紗ではなく、巴に惚れちゃいましたね。(summon)
アルヤさま、その当然の結果が果たしてどう影響するか?ですなw(狭乃 狼)
骸骨さま、冥福を祈ってあげてください(えw(狭乃 狼)
連合側は覇王を司令官に据えたか。ま、当然だわな(アルヤ)
七乃さんが殺る気出してる((( ;゚Д゚))) 麗羽南無(−人−)(量産型第一次強化式骸骨)
陸奥守さま、その辺は次々回あたりで表記するつもりだったんですが、勿論、ちゃんと美羽たちと同じ立場となってますよw(狭乃 狼)
ふと思ったんですけど、袁術軍の兵達はどうなったの?まさか皆殺し?(陸奥守)
村主7さま、確かに麗羽なら一晩寝れば忘れてそうですねwww(狭乃 狼)
ギク。mokiti1976-2010さま・・・・えと、その、あっしには何のことやらさっぱりでさあwww (狭乃 狼)
うーむ まぁ今回は無茶振りが過ぎたというか そこまで愛想尽かされた・・・しかるべきでしょうなw 正直一晩寝たら失策すら綺麗さっぱり忘れて総大将気取ってそうですが<人の軍壁役にしようが、連合での立場最悪になろうがw(村主7)
美羽さんは遂に董卓側に付いちゃいました・・・あれ?これじゃ孫堅さんと普通に敵同士・・・これは孫呉との確執フラグへの第一歩か!(mokiti1976-2010)
yoshiyukiさま、一応、いつかは気付かせる予定ではいますw ・・・だいぶ先のことですけどねwww (狭乃 狼)
袁紹にとって今でも美羽は、おバカでお子チャマな唯のお飾り人形のままなんでしょうね。美羽の成長に、一生気づかぬまま終わるのですか?(yoshiyuki)
陸奥守さま、華琳はあくまで、代理という立場を選びました。それはつまり・・・言わなくても分かっていただけますよね?ww(狭乃 狼)
しかし華琳が代理になった事は後々損になるのでは?なにせ皇帝が反董卓連合を許すかどうか分からないし。(陸奥守)
ノエルさま、流石に我慢も限界だったようです<美羽の堪忍袋w 七乃のオシオキは・・・さて、一体どんなものやらwww(狭乃 狼)
叡渡さま、連合戦が終った後の麗羽の行動がどうなるかって所でしょうww史実どおりの道を辿るか、それとも・・・?www(狭乃 狼)
「鍍金の羽はその色を落とし、雛鳥は枷を離れ銀影へ向かうの事」かな?いやーなんと言うか・・・流石過ぎるぞ駄名族www そろそろかとは思っていたけど、そら美羽様も見切りつけるわなこれはwさて、そろそろ一刀君の方では害虫駆除のお時間のようですが、この一連の騒動、どう始末をつけるのか、期待させていただきます。・・・実は七乃さんの「オシオキ」がかなり楽しみだったりw(ノエル)
劉邦柾棟さま、いや、流石に死亡フラグではないですってwwwまあ、一時退場には違いないですがw さて、本命の華琳がどのように攻めるでしょうね?www(狭乃 狼)
「遂に!」っと言うか、「とうとう」って言うべきなのかは置いておいて……これで麗羽は完全に『死亡フラグが決定的』になりましたねwwww。 取り敢えず「前座」は終わって本命の『華琳』が、何処までやれるのかが楽しみです。(劉邦柾棟)
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