戦姫絶唱シンフォギア 〜騎狼の絶咆〜 1節 |
1節 「Leben oder Tod」
「………………………………」
天から降り注ぐ雨粒。
人の心を打ち落とすように激しく。言葉をかき消すように荒々しく。
「…………ありうる可能性のあった世界に、ここはなってしまったか……。誰も望まぬ世界の果てに……」
打ち付けられる雨の下に、俺は1束の花を投げた。
ここは墓地。死者の魂が眠るとされている場所。そこに眠っているのは、共に戦った戦友……。
「俺があの時、冷酷な判断をしていればよかったのだろう。……すまないとは思う。だが償いはしない。お前がそれを望むのであれば」
傘もささずに雨の中を戻り、濡れて張り付く髪に鬱陶しさを覚えつつも、少し……空を仰ぎ見た。
空は広い。どこまでも続くように、しかし限られた空間は、四季時折でその姿を変える。
―――まるで、歌っているかのように―――
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「―――こちら((銀狼|シルバーウルフ))。ノイズの予兆を感知、迎撃態勢で待機する。繰り返す。本部へ、こちら銀狼……」
『なにっ!? ……わかった、そのまま待機してくれ。ノイズが出たら対応を頼む』
「…………了解。任務内容の変更は無いものと判断する」
もう、コンサートは始まっている。
歌も、実験も、戦いも、全てが始まっている。
俺の任務内容はただ1つ―――風鳴・翼と天羽・奏を生かすこと。それ以上は求められていない。俺はただ、あいつらを((殺させない|・・・・・))だけだ。
どれほどの重症であろうと、俺の知ったことではない。
ロングコートの裾を翻し、袖裏のコンテナに隠してあった巨大な対物ライフル、バレット M82A1を左肩に担ぐ。向かうは舞台上にある煙幕装置の裏だ。今は丁度スポットライトに切り替わっているので、そうそう気づかれることはない。それに、俺の反対側にあの2人がいるからな。
「防災管理長、聞こえているか」
『はっはい!』
「避難誘導の準備をしておけ。……来るやもしれん」
『わかりましたっ。各スタッフに通達します』
「弦十郎」
『なんだ』
「実験の方はどうだ」
『今のところは順調だ。心配する必要は―――』
左耳につけている小型のインカムから((緊急事態信号|アラート))が鳴り響き、弦十郎の言葉を疑った。
順調、な。アラートなってるのが順調とは聞きたくない冗談だな。
『…………前言撤回だ。緊急事態Cコードを発令! 総員持ち場にもどれ!』
「それでいい。俺は俺の好きにさせてもらう」
インカムをポケットにしまい、左手のみでバレットを構える。バイポッドとモノポッドで安定させているので、例え右腕がなくても射撃は容易だ。
狙うは上空1800メートル付近を飛んでいるなにか≠セ。有視界であり、朱・青・緑の3色で構成された謎のなにか=c…通称ノイズ≠ェ上空にいた。どう考えても飛行形態ではないが、あいつらは空を飛べる。
……無茶苦茶にもほどがある。しかも、アイツらへは物理攻撃が効かない……つまり、俺がいくら切ろうとも無駄なわけだ。((通常はな|・・・・))。
「((天翔ける翼|グランニューレ))は風を切り、前に仇なすモノを無に返しりて……。聖遺物だか知らんが、俺は俺の方法で奴らを駆逐する。…………Stand by……」
―――Fire.
ドッ!! ドゥッ!! ……ドッドッドッ……ドッドゥッ!
響き渡る轟音。ジェット機のエンジンが爆発するような、一瞬でも残響する発砲音。バレット M82の真髄は2.5キロにまで及ぶ超射程と、それを生み出す絶対的な破壊力だ。
同時に、通常弾ではノイズに対して無力。しかしこの弾丸ならば……俺が十余年をかけて創り上げた、対ノイズ用の特殊音響弾ならば、アンチ・ノイズ・プロテクター―――((シンフォギア|Symphogear))に頼らずともノイズを駆逐できる。
これで……対等に戦える。
「チッ……もう降りてきた。狙撃では追いつくわけもないからこそ…………俺が来たのだ」
バレットを手放し、右袖に入っていたベネリ M3を抜いて構える。
既に観客席にまでノイズは進撃し、もはやコンサート会場は混乱の渦となっていた。
「どれだけの人が死のうと俺には関係のない話。しかし……見捨てるのも尺触るものさ」
そう呟いた時、俺は既に駆け出していた。
本来スター達が歩むべきステージをコンバットブーツで踏みしめ、((芋虫|ワーム))の合体したような巨大なノイズに向かって跳躍した。
有効射程ギリギリで連射された散弾は殺傷範囲を限界まで広げ、数百はいる人型ノイズを消し去った。
「消せども消せども、出し続けおって……!」
ノイズを作っているのは巨大なワーム型のノイズだ。あいつさえ殺せば増殖は止まるだろうが、しかし……。
この数を相手にするのは、人を同数殺すのよりも難しいな……。
「……出し惜しみをして任務失敗するのは、気に食わんな」
弾切れになったM3を投げ捨て、コートの下に隠しておいた30センチほど帯を放り投げた。
鎖で繋がれたそれは既にピンが抜けており、レバーが外れれば今にも狂音を響かせようとしている―――5個の((音響手榴弾|C・グレネード))。
俺の知る限り、ノイズとはその名の通り特定周波数を発生、共鳴させることで触れた者を炭素化させる存在だ。しかしその存在はノイズの名が指すとおり、音のように触れることができない。
しかし、それに対しシンフォギアとは特定周波数などではなく触れたノイズ≠サのものを炭素化させることでノイズを葬っているのだ。
対し、C・グレネードや音響弾とはノイズの周波数を上回る怪音≠ぶつけることで、その存在そのものを吸収する手段だ。
―――ギィィィィィイインッッ!!
「((戦術成功|コンプリート))。残数87!」
「オオカミ! 後ろに気をつけろ!」
「む―――すまない。だがお前は……」
「時限式でも戦える! あたしだって無力じゃないんだ!」
「…………((了解した|そうだな))。お前は人の守りに徹しろ。翼ァッ! 斬り込むぞ!!」
「―――はい!」
奏と翼がシンフォギアを身に纏い、槍と剣を構えて戦っていた。
奏には残っている観客の守りをしてもらい、翼と2人で真正面から駆け出す。
何も対ノイズ用の装備はこれだけではない。ノイズとは何か。原点に戻って考えれば―――俺に対処できぬこともなかった。
俺は歌うことの出来ぬ狼。ただ咆えるだけ。ならば、その咆哮を轟哮にしてやろうではないか。
「分裂……! 別れた方から潰します!」
「勝手にしろ。俺はただ、駆け抜けるだけのことだ……。((絶対の十字架|フル・クロス))!」
機械のような黒ずくめの右腕が現れ、同時に黒き一対の刀が両手に収まった。
黒い右腕には白銀の刀。白き細胞でできた左腕には黒鋼の刀。斬馬刀と呼ばれる全長1.8メートルのそれを構えながら、俺はノイズに向かって走った。
ただ駆け抜けるかの如く、走り、行く手を阻むモノ全てを切り伏せてゆく。
翼も中々に腕は良い。しかし未熟。ノイズ1体に対して2秒以上は時間の無駄だ。
「ッ!? 色が変わっ―――ぬァッ!!」
巨大なワームが分裂してできた中型ワームの色が、変わった。
俺の知る限り―――いや、現在確認されている限り、あの数色だったはずだ。なのに何故……黒へ変化している……!? 聞いたことが無いぞ……!
「クッ……! 馬鹿な、何故刃が……!」
黒く変化したノイズに対して、俺の刀は効かなかった。それどころか弾かれるばかりで、今まででは考えられないほどの力で―――俺は地に抑えつけられた。
マズい。俺は2人のようにシンフォギアを持っているわけでも、聖遺物を使っているわけでもない。このままでは炭化するのも時間の問題だ……!
「翼ァッ! こいつを切れ! 俺の刀では対抗できない!」
「な……ですが! この姿勢で切ったら貴方まで!!」
「俺が刀で斬りつけられたくらいで死ぬと思うか……! やれ! 翼!!」
「できない……私は貴方を傷つける必要はない!」
「早くしろ! お前がやらずして誰がやる!」
翼が刀を突き立てるが、その切っ先は震えている。
何故だ。何故俺の回りにいる奴らは、俺に相対することを嫌う……!?
……マズい。俺と翼に他のノイズが気づいていない。数匹はこちらに来ているものの、残った50以上……いや違う、増殖して……クソッ! 100を超えているだと!?
失敗だ。あいつら全員奏の方に気を取られてる! ……しかも、あいつもそろそろタイムリミットか……!!
「翼……! もういい、離れていろ。((絶対の十字架|フル・クロス))! B―カノンを出せ!」
右手に持っていた刀が消え、代わりに直径60センチ・全長130センチの巨大なカノン砲が現れ、その衝撃で黒いノイズは消え去った。同時に衝撃波で瓦礫が飛び散り仲間を巻き込まんとしていた。
……しかし、なんだ……アレは。炭ではなかった。だが普通のノイズでもなかった。1つ言えるのは……俺の刃が入らなかったという事実だ。俺のもつ最強である((絶対の十字架|フル・クロス))でさえも。
俺の使う近接用武器は振動で音波を発生させ、それを用いることでノイズを吸収している。なのに……なぜ……。
「こっちも増えてる……!」
「……翼、お前だけでも奏の所へ行け。むこうが危ない」
「ですが!」
「いいから行け! 俺はこの程度の奴らにやられるほど、弱くはないのでなッ!」
ギャギャギャギャギャギャンッ!
秒間18発の速度で打ち出される直径30センチの音響砲弾はノイズを蹴散らし、俺の周りを囲んでいた邪魔者はいなくなった。
……だが
「―――がはっ……! えほっ、ごほっ!」
「え…………はっ、隼人さ―――」
「行け翼! お前が俺を守る義理はない!」
流石に体への負担を無視しすぎたか。
俺はシンフォギアを使わず、尚且つ刀で『((吸収|・・))』している。体への負担は尋常ではない。
だがな……血反吐が出ようと、守り通すさ。
「血が……危険では!?」
「早くしろ……! 俺は死なない。例えノイズにやられようとも生き返る」
「でも「いいから早く行け!!」ここで見捨てることはできない!!」
「お前は奏を見捨てるのか……!? それと同意義だぞ!」
「私には……選べない! どっちも……どっちも大切だから!」
「人は選ばねばならぬ時がある。俺は捨てろ。お前には今後も奏と―――」
…………歌が、聞こえた。
透き通るような、決意の篭った歌。
それでいて激しく……高ぶりを覚えるような……。
……これは!
「絶、唱……? まさか、絶唱を……!?」
俺が気づいた時には遅く、遙か150メートル先にいる奏は血を吐いていた。同時にノイズは一掃され、その存在を消していく。
あの…………大馬鹿者が!
俺はB−カノンを地面に向けて最大出力で撃ち出し、その反動を利用して一気に飛んだ。空中でB−カノンを消して着地と同時に駆け寄る。 絶唱―――そう称されるそれは、聖遺物の力を絶対的なまでに引き出す諸刃の剣。その力は絶対が故に、装者に多大な負荷を与えてしまう。奏の場合、死ぬ可能性も……!
倒れていた奏を抱きかかえ、笑に満ちた顔を覗き込んだ。
「…………ああ…………オオカミさん、いるんだろ? あたし……やったよ」
「馬鹿なことを……! お前が絶唱をすれば、それは死に至るということだぞ……!」
「……あたしさ、いつか……心も体も空っぽにして、思いっきり唄いたかったんだ。それが叶ったんだよ」
奏が身に付けている聖遺物―――ガングニールはひび割れ、既に機能しているのかすらも疑わしかった。
時限式と呼ばれる彼女の体質では、絶唱など耐えられるわけが……!
「………………なぁ、オオカミさん。あたしもう……なんも見えねぇんだ」
「喋るな……! 少しでも『生』への希望を失うな!」
「最期に、もう一つ……夢、見てもいいかな」
「やめろ……体力を使うな……!」
ガングニールが炭となり、端々が崩れ落ちる。
駄目だ。このままでは奏まで消えてしまう……。
「あたしさ……………………最期に、恋……してみたかったんだよな」
「馬鹿なことを言うなッ。お前はまだ先がある! 死を拒め!」
「自分でもわかるんだ……。徐々に存在が無くなってくのとか、死ぬんだな……ってことが」
「馬鹿なことを言うなと言っただろう! 生きることを諦めるな!」
「だからさ…………最期に、夢……叶えてくれよ―――」
「何を、馬鹿な事を言って……!?」
―――俺は、言葉を失った。
……いや、言葉を発することが出来なかった。
奏によって封じられた、この口では。
「……じゃあな、オオカミさん」
「…………おい、今のは…………このような失敗例など、あってたまるものか……。おい、目を開けろ……オイッ!!」
俺はもう、理解をやめていた。
奏の体は徐々に炭素化を始めていて、それでも尚俺は彼女を起こそうとしていた。俺の……死んだ筈の右目から伝う、涙にさえ気づかずに。
―――キィィィ…………ィィイン……
「……ッ!? 炭素化が……止まった? おい! しっかりしろ!」
体を蝕んでいた筈の炭素化が止まり、なぜか変色した部分が元に戻っている。
どういうことだ。今までこのような事例は聞いたことも見たこともないぞ! 一体何が起こっているのだ……!!
「…………駄目だ、意識不明、心拍確認不能。生死判定……不可……!」
「隼人さん! 奏は……奏は!?」
「……………………見ての通りだ。できうる限りのことは……やった……!」
いつのまにか流れていた涙を拭い、ポケットからインカムを取り出して本部へつなぐ。
この調子だと、俺は今すぐにでも解雇だな……。
「……こちら銀狼、本部……聞こえているか」
『俺だ。そっちはどうなっている?』
「……ノイズは殲滅完了。…………しかし、奏が…………絶唱を」
そう言って通信を切り、うろたえ騒いでいる翼の首筋を打って気絶させた。
―――ッ……! …………そうか、奏は……この少女を庇って絶唱を……。
3人を担いで駐車場まで移動し、車に載せて走りだした。
1人は俺の所有する研究施設へ。残る2人は特異災害対策機動部2課へ、それぞれ運ぶので時間は過ぎていった。
俺はまだこの時、自分のもつ聖遺物を知らなかった。
ただ研究の成果だと、銃騎士だからだと。
俺の持つ悪意の|世異物《せいいぶつ》に、気づくことが出来なかった。
―――キヅクコトヲ オソレテタ―――
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ツヴァイウィングを襲ったあの事件から早2年。
俺は聖遺物―――及びシンフォギアを用いない、対ノイズ戦闘を確立させた。
しかしそれは多大な負荷を伴い、俺でなければ事実上不可能に近いモノだった。……だが、そんなことはどうでもいい。俺は……もう二度と、あのような過ちを侵さない為に。
「…………不思議なものだ。こうしてお前を見るたびに……」
俺の研究施設に眠る、一人の女性。2年前の事件で大きな傷を負い、未だに目覚めていない。意識不明、生死不明の体。
俺が不注意だったばかりに……。あの時の事を思い出すたびに、俺は無意識に涙を流していた。
「……行ってくる」
彼女の手を撫で、仕事に向かおうとしたときだった。
か細い指が、弱々しくも袖をつかんでいる。……いや、つまんでいるのか? 細かい表現などどうでもいい。
それよりも……今、こいつは((動いた|・・・))?
「奏! お前……クソッ。バイタル照合不可、呼吸停止状態、心肺共に稼動確認とれず……! 何故だ! 何故確認すら取れない! せめて……生きているのかどうかだけでも、教えてくれ……!!」
もう、俺は半分末期に陥っていたのだろう。
作業台においてあった薬瓶や器具を全て落とし、一度大きく机を叩いた。
「…………何故だッ!!」
わからない。それ故に噛み締めた唇。
俺は銃騎士。己の命を対価に、俺は絶対の力を手に入れた。これで守れる、そう思い鍛錬を積み重ねてきた。千年近い時を生きてきたが、俺は………………俺は……!! …………唯一取り返しのつかないことを……したことがある。
―――力の過信による犠牲―――
俺は己の力を信じるあまり、その能力を抑えてしまうことが多々ある。本気になる必要はない。武器などいらない。使わなくていい。
その過信のせいで、俺は1度だけ……仲間を殺した。俺があの時、出し惜しみをしていなければ……あいつは生きていた。今回もそうだ! 俺が最初から……機密など気にせずに、((絶対の十字架|フル・クロス))を全力で使っていればこうはならなかった!!
俺が…………俺の怠慢のせいで、奏は絶唱を……!
「奏……頼む、もう1度……お前の唄を、聞かせてくれないか……」
俺がこの世界に来て、そろそろ20年が経つ。日々減ってゆく人口を眺めつつも、俺は悠々としていた。
俺には『死』が存在しない。なにが起きようと立ち上がる。そう作られている。
だが俺にとって、あの2人だけは……特別だった。生まれた時から知っているさ。翼に剣術を教えたのは俺だ。奏に槍術を教えたのも俺だ。
先天的装者だった翼には、幼少期から。ある事故の後、後天的に装者となった奏にはそれから。俺は……ずっと、2人と共にいた。
「……………………奏、お前の望み……お前の願いを、俺は叶えてやりたい。心も体も空にして、心置きなく歌いたい……お前はそう俺に言ってくれた。……俺は……」
こんな血塗られた最期など、認めない。
このような結末を見届けるために、俺はこの世界に来たのではない。あるべき者があるべき姿で終わる、それを望んでいたはずだ。
なのに……何故……。
「……もういい。俺は……俺のできることをする。お前を守れなかった俺は……銃騎士などではない。騎士の面を付けた……狼だ」
身支度をして施設を出ようとしていると、緊急用の通信端末が鳴り響いた。
弦十郎からの電話だ。2年が経った今でもまだ……あいつは俺を使うのか。小娘一人守れなかった無能な俺を。
『ノイズが出現した。翼と共に出撃してもらいたい』
「……あいつは、休ませておけ。あいつとてまだ……断ち切れていないだろうからな」
出現場所だけを聞き出し、俺は現場へ向かった。
それほど遠い場所ではない。車で数分の場所だ。俺は自前のバイクに跨り、武器の積まれたサイドカーをシートで包んだ状態で。
無闇に武器を晒すのは好ましくない。無用な被害が出かねないしな……。
†★†★†★†★†★†★†★†★†★†★
「……翼、お前は下がっていろ」
『出ます。ノイズは私一人で』
「…………情緒不安定なお前に任せられるか、馬鹿者が」
現場に着いた俺はすぐに武器を取り、上空のヘリで待機している翼に指示を出したのだが……拒否された。ヘリから飛び降りてきた翼の襟を掴んで投げ捨て、後方で待機している陸自に任せる。半分は腹いせだ。
コートの下に装備している((音響手榴弾|C・グレネード))を投げつけ、発せられた轟音によって雑魚の半数は削ることができた。だが……俺はシンフォギア装者ではない。数十秒奴らと接触しただけで炭となってしまう。瞬時に、かつ的確に、奴らを葬らねば。
「―――((Was|ヴァス))……((gleicht|グラィト))……」
両手に持った白と黒の斬馬刀を構え、静かに……口ずさむ。
俺は歌によって力を得ることはない。だが、調律・旋律することができる。心身のテンポを安定させるためにも都合がいい。
だから俺は……消え行くモノへの弔いとして、唄を唱う。安らかに眠るよう、少ない願いを込めて。
「((wohl|ヴォール)) ((auf|アゥフ)) ((Erden|エーァデン))……((dem|デム)) ((Jagervergnugen|イェーガーフェアグニューゲン))……?」
この世の生を冒涜し、殺しを生業とする者たちの歌。殺しの全てを知り尽くし、昼夜問わず命を狩る死神の声。
―――もう俺は、迷わない。
両手に持つ刀を躍動させ、ノイズを消し去っていく。
「((Wem|ヴェム))……((sprudelt|シュプゥーデルト)) ((der|デァ)) ((Becher|ベィヒャー))……((des|デス)) ((Lebens|レーベンス))…………((so|ゾー)) ((reich|ライヒ))……?」
白と黒一対の斬馬刀を1つに構え、鋭い一閃を繰り出した。
((闇ノ一閃|リヒト・デアード))―――斬馬刀から剣圧を飛ばし、それを波動へ調律することでノイズを葬る技。
翼の使う蒼ノ一閃はこれを元に、あいつが創りだした技だ。
「何と比べようか、狩りの高揚を、限り無きその喜びを。―――((我が牙で死ね|アーメン))」
歌の終わりと同時にノイズは炭になり、空へと舞い散った。
俺の知る歌。死へと誘い、食い殺す歌。道を阻むもの全てを食い殺す、ただ1つの。
「…………1課、事後処理は頼む。行くぞ翼」
「待ってください」
翼に予備のヘルメットを投げ渡し、1課の奴らに武器を預けてサイドカーに乗らせた。
……今日は、奏の命日だ。公式発表では……な。
あの日、俺以外の人間から奏の存在は消えた。俺にとっては生きているのか死んでいるのか、それすらもわからない状態だ。だから俺は…………彼女に作られた偽りの墓石に、花は添えない。
「速度を出すが……問題は」
「大丈夫です……出してください」
「……そうか」
アクセルを全開にし、煙を巻き上げながら急発進した。
時速120キロで走り抜けるそれは、文字通り風を切り、避難で人のいない道路を我が物顔で走り去る。聞こえるのは爆音を流すエンジンと、耳元を過ぎていく風の音のみ。
……サイドカーに座る翼を横目で見ると、翼も視線を返してきた。俺が翼と出会って、もう15年以上になる。弦十郎から適合者と言われたときは驚いたさ。まだ幼いというのに、防人としての役目を背負う覚悟もできていた。何度も…………何度も説いたさ。防人となることは、すなわち『風鳴翼』ではなく『剣』となることであると。
彼女はそれを受け入れた。……2年前の事故以来、その意識は強まっている。もう何も失うものか=c…そう言った翼の覚悟は、恐ろしく硬かった。
俺からいくつかの技を習得し、身につけ、実用化させた。目まぐるしい成長だった。決意が現れるかのように、この2年で俺ほどではないにしろ―――剣の達人と言ってもいいレベルだ。
「…………師範代」
「なんだ」
「今日は……泊まっても、いいですか」
「好きにしろ。……お前にとっては家と同じだ」
翼は小さな頃から剣術を教えていたこともあってか、その馴染みは深かった。ちょくちょく遊びに来ては泊まり、俺は遊ばれていたな。
…………いや、違うか。稽古をつけていた、だな。
非公式ではあるが―――奏の墓石のある墓地へ趣き、参りをしたあと……俺と翼は隠れ家でもある俺の家へ向かった。
特徴のないただの一軒家。住宅街にあるのだから余計に目立たないだろう。
「お風呂、先に失礼します」
「ああ、遠慮をするな。好きにしろと言ったはずだ」
遠慮がちに訊いてきた翼の頭を撫でていると、何故かその顔を赤らめていた。
む……風邪か? この時期にそれは無いだろうが……。
「…………先にも言ったが、ここはお前の家でもある。それに警護もいらん。いつになったら直せる」
「……すいません。癖です」
「……なら、気長に考えればいい」
「はい……」
翼が一礼し、カーテンの向こうへ消えた。
俺はさっさとリビングへ行き、右目の眼帯を外して髪を1つに結った。後ろでただ縛っただけだが、これでも大分動きやすくなる。
洗面台で軽く顔を洗っていると、ふと気がついた。
「………………なんだ、これは」
鏡に顔を寄せ、その異変を確認する。
俺の右目には((絶対の十字架|フル・クロス))と呼ばれる物が宿っている。その反動で俺の右目の瞳には十字模様があるのだが、それが全くもって変わっていた。
蒼の瞳に紅の模様が描かれていた右目は、白目が黒に変わり、紫色の模様が刻まれたいた。まるで『D』と『C』が半分重なっているような、酷く歪な模様のこれは…………なんだ?
意味がわからん。何故このような記号に……。
「……考えるだけ無駄か。俺の身に起きることの大抵は、誰にもわからない……。例え銃騎士である銀狼でも」
俺は防人。―――いや、その更なる極みへと進んだ破壊者。それは((銀狼|オレ))であり、((オレ|ギンロウ))ではない。
両拳を鏡につけ、静かに黙祷した。
…………俺は銀狼。だが((己|お))れは、ただの破壊者だ。何も守ることのできない、出来損ないのクズだ。常在戦場を誓い武器を取ったにも関わらず、己れは共闘する者1人助けられなかった。己れは…………咆えるしか脳の無い、欠落した狼だ……!
……ピキッ
「ッ……。また、割ってしまったか……」
思わず力んでしまったのか、手をついていた所の鏡にヒビが入った。
駄目だな……俺は。未だに思想が巡ると……力の制御ができていない……。
「これでは…………師の立場も危ういな」
静かに呟きながら、俺は玄関脇にある階段を登って2階へ上がった。2階はゲストルームになっていて、寝室と居間の2つだけだ。
翼が俺の家で寝泊まりするときは、あいつが風呂に入っている間に寝室の準備をしている。昔からそうだ。それ意外だと……五月蝿くてな。
やれ稽古をつけろ、やれ飯を食わせろ、やれ学問を教えろと……。ええい、あいつは根っからの武人か! 俺はそんな娘に育てた覚えは―――あるな、うむ。防人として育ててしまった。
慣れた手つきであいつの着替え―――あいつ、寝る時にはショーツとワイシャツだけだ―――を用意し、布団をベッドに敷いたりだのなんだのとやっていると、気がつけばそろそろあいつが風呂から出てくる時間帯だ。
着替えを持って1階に降り、脱衣所のドアをノックして返事を待つ。…………ドアを越したぐぐもった返事だ。問題はないだろう。
脱衣所に着替えを置いて立ち去り、俺はコップに水を入れてテーブルに置いておいた。そうすれば勝手に飲むさ。
「………………………………看て、くるか」
リビング横にある寝室のクローゼットを開け、服に隠れて見えないレバーを引く。同時にクローゼットが横にずれ、小型のエレベーターが姿を表した。
高さが1.5メートルほどしかない出入り口に身を屈めて入り、2メートルほどの天井に身を預ける。隠すために出入り口を小さくしたが、中身は大きいのだよ。そうでもしなければ俺は使えんぞ。
そのまま地下深くへと降りていくと、1つの大きな空間に辿り着く。俺の所有する『研究施設』兼『医療施設』だ。
「気分はどうだ、いいかげん目は覚めたか、起きたらせめて……返事くらいはしてくれよ―――奏」
医務室にある診察台で寝ている彼女に話しかけ、返答のない無音には慣れていた。
診察台の隣に置いてある椅子に腰掛け、そっと……頬を撫でた。
今朝、彼女はなんらかの反応を示した。だが生死は不明。生きてもいるし死んでもいる状態だった。動けるわけがない。
特に異変がないのを確認し、俺がいないことに気づいて翼が騒ぐ前に戻ることにした。……あいつは、ああ見えて寂しがり屋だからな。
やはり翼は…………防人である前に、1人の少女だ。俺のように人生を捨てるべきではない。
「早く寝ろよ、明日も学園はある」
「……はい。では、また明日」
「早く行け」
リビングで水を飲んでいた翼は軽く一礼すると、いつものように2階へ上がっていった。
また明日≠ネどと言っていたが…………これは嘘だ。俺はそれを知っている。
各部屋の戸締りを確認した後、寝室のベッドに腰掛けていた。……俺は熟睡をしない。それは戦士である以上、常に戦わねばならないからだ。常在戦場の身である俺は……休息すらも許されない。
ノートPCでしばらく資料を整理していると、ドアのむこうから人の足音が聞こえた。時計を見てみれば、そろそろ1時間が経とうとしている。
資料を保存して電源を落とし、机の上に移動させてデスクライトを消した。同時に寝室のドアがゆっくりと開き、俺の近くでその足音は止んだ。
「…………はぁ……。お前は相変わらず、か」
「ぇっ! あ、こっ、これはちがっ!」
「隠す必要も無かろう。昔からのことだ」
足音の主を引き寄せ、静かに抱きとめる。
昔から、こいつはこうだ。また明日などと言っても結局はここに来てしまう。孤独の怖い、ただの少女だ。
「……いつも、貴方はズルい……。私が何か言っても、聞いてくれやしない」
「お前の事など手に取るようにわかる。それに……お前は時折、致命的な判断ミスをするからな」
「…………そこまで酷くない」
「そう拗ねるな」
防人などではない、ただの少女だ。
俺は彼女をベッドに寝かせ、片手をつないだ。今まで―――2年前までは俺と奏が支えてきた翼は、今や俺だけを頼るようになってしまった。心苦しいさ。なにせそうさせてしまったのは俺自身だ。
「……お休みなさい、師範代」
「ああ」
学園で見せる凛々しい顔とは打って変わって、ただの少女としか思えない緩んだ笑を見せる翼。
これが防人だと? ふざけるな。防人などというふざけた使命を背負うのは俺だけでいい。そうでなければならない。
俺のように、大罪を犯した咎人が引き受けるべきなのだ……。
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別サイトより転載。 今回は第一話をどうぞ。 ページを2つにしてみたのですが、やらないほうがいいですかね? |
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