『舞い踊る季節の中で』 第123話
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真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -群雄割拠編-

   第百二十三話 〜 暗き命は優しい懐に抱かれ、明るさを取り戻す 〜

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋(ただし曹魏との防衛戦で予備の糸を僅かに残して破損)

   習得技術:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)、食医、

        神の手のマッサージ(若い女性は危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術、

        

  (今後順次公開)

        

最近の悩み:

 ……うぅ、何で翡翠はあんなに不機嫌なったんだろうか?

 俺の執務室に入ってくるなり、例の黒い霞を噴出していた事からして、仕事で何かヘマをしたって訳じゃないと思うし、手を休めて休憩していたからって怒る翡翠じゃないしな……なんでだろう?

 それは一刻程前の事。

「御主人様いったい何を作ってられるんですか?」

「ああ、これは俺の国で使っていた耳掃除の道具さ」

 

 仕事の息抜きに、竹を削って耳かき棒を作っていたら七乃が興味深げに聞いてきた。

 もっとも作っていたと言っても、もう削る段階は既に終えていて、仕上げに皮で磨き上げていた所だ。

 だからそんな七乃に、見本を見せるように自分の耳を掻いて見せる。

 ああ、やっぱりこういうきちんとした道具で耳掃除をすると気持ちいいな。

 

「そ、そんな細いものを耳に入れて危なくないんですか?」

「慣れればそうでもないよ」

 

 そう言って七乃を手招きして俺は部屋に置いてある長椅子へと移動して七乃に横になるように言うと。

 

「えっ、…と、そ、そのいきなり何を…。え〜と、その…本当にいいんですか?」

「良いから良いから、優しくするから大丈夫」

 

 なにやらいきなり顔を赤くしながら戸惑う七乃に、俺は優しく微笑みかける。

 確かに七乃の言うとおり、耳かき棒も一歩間違えたら危険な道具には違いないけど、便利な道具には違いない。 だからせめて危険はないよと示すために俺は微笑む。

 初めて体験する事に不安がる七乃に…大丈夫だよと。

 優しくすると。

 

「はぁ……、そうですよね。こうに決まってますよね」

「うん、こうするのが一番使いやすいんだ」

 

 何故か凄い不満げなような残念なような表情で溜息吐いて見せる七乃に、俺はかまわずに膝の上に載せた七乃の頭を窓から差し込む光の方に傾けながら、耳かき棒をゆっくりと優しく挿れて行く。

 

「……んっ」

「ふふっ、気持ちいいでしょ?」

「た、確かに気持ちいいですけど、これは…くぅ……」

 

 気持ちいいはずなのに、何故か目を固く瞑りながら何かに堪えている七乃の様子に、もしかして痛いのかなと思い。もっと優しく丁寧に棒を動かしてゆく。

 それでも何故か時折身体をピクピクと震わせている七乃の耳掃除もやがて終え、俺はその耳にそっと息を吹きかけ、埃やカスを吹き払う。

 

「ふゃっ」

 

 それに驚いたのか、意外に可愛らしい悲鳴を上げながら身体を震わせる七乃に、今度は反対側だよと言うと、又もや何故か顔を赤くしながら、遠慮しだすのだが、片方を残したままと言うのも何となく俺も嫌だったので、

「大丈夫、今度はもっと優しくやるから」

「もしかして分かっててやってません?」

「ん?なにが?」

「はぁ……、そうですよねぇ。分かるような人じゃないですよね」

 

 そう言って、今度もなぜか諦めたような表情で大人しく俺の膝の上に頭を乗せて横になる七乃の姿に、とりあえず嫌ではないらしいと思いながら、言葉通りさっきより優しく、丁寧に棒を動かして行く。

 だと言うのに、

 

「…ん、……ぁ、……くぅ、……はぁ〜…」

 

 などと何故か危険な声を出す。

 しかもほんのりと頬を赤く染めているので、なんと言うか危険だ。

 まぁそれだけ耳掃除が気持ち良いって事なんだろうけど、いかんこういう表情を見てすぐ変な風に感じてしまうのは、きっと翡翠達との夜の生活のせいかもしれないと思いつつ、俺は頭を横に軽く振って邪まな想像を追い出す。

 

「…ふぅ、…んぁ」

「一刀君い…ま……す………か……」

 

 そして耳掃除を終え、何故かぐったりしかけている七乃の耳に、先程と同じように息を吹きかけた所へ翡翠が竹簡を片手に入って来たのだが、何故か凄く不機嫌な顔になり。

 

「一刀君、今夜お話がありますから、いいですね」

 

 そう例の黒い霞を揺蕩わせながら、七乃を引き連れて部屋を出て行く翡翠を、俺はただ茫然と見送るしかなかった。

 

「えーと、俺何かした?」

 

 結局七乃は直ぐに戻って来たが、戻ってくるなり。

 

「あらら、やっぱり分かってない顔をされているんですねぇ。この鈍感さんは」

「え〜と翡翠はなんて?」

「分かっていない人には秘密です。 私だって誤解を解くのに必死だったんですからね。

 あっ、そうそう言っときますけど、逃げたらもっと酷い事になると思いますよ」

 

 と、俺の困った顔に何故か嬉しそうにそう言ってくる七乃に、俺はいっそう肩の力を落とす。

 うん、分かってる。

 きっと俺には分からない何かが、翡翠を怒らせたんだって事は……、うーん、女心は分からん。

 

 

 

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明命(周泰)視点:

 

 

「ぷん」

「えーと、その、ごめん」

 

 私の口から出る不満を表す言葉に一刀さんは困ったような、それでいて何とかしたいと言う声で謝ってきます。

 何の事に対して謝るべきか分かっていない声で。

 だから…。

 

「ぷい」

「ぁぁ…、機嫌直してよ。 ね」

 

 首をわざとらしく横に向けながらも、その行動とは正反対にいっそう身体を後ろに預けます。

 兵や民を休ませるために一日だけ休養を取る事になった黄忠の街で、私達に用意された部屋の中で胡坐をかく一刀さんに、私はその足の間に腰を落としながら一刀さんの温もりを背中全体に感じます。

 そんな私に一刀さんは時折困ったように指で頬を掻きながら、私の機嫌を取ろうと優しい声を掛けてきます。…掛けてきますが意味の籠っていない謝罪の言葉に、何の力はありません。

 それでも確かに感じるのは、一刀さんが私の機嫌を直したいと思っている想い。

 だから私は機嫌を損ねた振りをして、一刀さんを困らせる事で、甘える事で本当の機嫌を直すよう努力します。

 

「あっ、髪を梳こうか。 ねっ、良いでしょ?」

 

 一刀さんの提案に私は、黙って身体を少し起こします。

 髪が梳きやすいように…。

 やりたいようにやれる様に……。

 一刀さんは相変わらずです。

 ああして、私や翡翠様の心を乱すような事を平気で目の前でやっておいて、その自覚が全然ないんです。

 だけど一刀さん自身悪気がある訳でも、私達が心配しているような気がある訳でもありません。

 一刀さんは、ただあるがままに受け入れ、在るがままに動いているだけです。

 

「何度見ても明命の髪は綺麗だよな」

 

 愛紗さんに施した治療の後の行為も、ただの御呪い。

 早く治るようにと…。

 傷跡が残らないようにと…。

 一刀さんの心から出る純粋な想い。

 

 周りの噂や朱然の言葉に踊らされた愛紗さんの言葉に一刀さんが傷つきながらも、同じく愛紗さんの言葉に嬉しく思ったのも仕方ないことかもしれない。

 でも、その後の賈駆に対しての一刀さんの行動は、私を愛紗さん以上に不安にさせるのです。

 賈駆の蹴りを一刀さんは躱そうと思えば躱せたはずです。

 ……でも躱さなかった。

 殺意が無かったとかではなく。

 あれは私達仲間達の間での一刀さんの行動と同じ事。

 

「艶があって、しっとりしてて、月光の下に輝く髪を揺蕩わせる明命も好きだけど、俺としては陽の光をいっぱい浴びた明命の方が好きかな。 うん、抱きしめるととっても暖かそうな感じがさ」

 

 信じているから。

 本気で傷つける気が無いと…。

 自分のためにやっている事なのだと…。

 相手の心と想いを受け入れているんです。

 だから、一刀さんは仲間内では害意が無い限り黙って受け止めます。

 笑いながら。

 悲鳴を上げながら

 苦笑を浮かべながら。

 一刀さんは仲間の想いを受け止めます。

 

「それにこうやって明命の髪を梳くのは結構好きだし」

「むぅ…、翡翠様にも言ってましたよね。それ」

 

 一刀さんの心の中では、賈駆はそうなんだと。

 洛陽の時とは違い、確かにそう感じられたんです。

 もしかして、一刀さんと賈駆が二人っきりで天幕で密会していた時に何かあったのではと勘繰ってしまいます。

 ……分かっています。これが私の醜い心が生み出した邪推だって事は。

 一刀さんがそんな事するわけないって事は。

 

「あはは、そうだね。 でも本当の事だし。

 美羽の髪も時折こうするけど、やっぱりみんな違うよね」

 

ぴくっ

 

「翡翠のはこう、温かいのに何か吸い込まれそうな感触じだし。

 美羽のは、逆に吸い付いてくる感じなのに、何処かくすぐったい感じだし。

 七乃のは、皆と違って短いけど、その分何か寂しげな感じがして触りたくなるんだよな」

 

ひくっひくっ。

 

 私だってヤキモチくらい焼きます。

 翡翠様だってそうです。

 だから私達は決めたんです。

 こうして怒った振りをして一刀さんに甘える事で、一刀さんを赦そうと。

 一刀さんに私達がどんな時に怒った振りをして甘えるのか少しずつ教えて行こうと。

 暗くて嫌な気持ちを長々と持ち続けるよりその方が良いです。

 無理してでもその方が良いです。

 一刀さんには笑っていて欲しいから。

 私達の知っている一刀さんでいて欲しいから。

 だから、ちょっとの時間だけ思いっきり一刀さんに甘えて気持ちを切り替える事にしたんです。

 

「ぷんっぷんっ」

「えっ。 あの…明命?」

「ぷーんです」

「えーと。…なんかまた機嫌が悪くなってない?」

「知りませんっ」

 

 私は目を瞑って、もう一度一刀さんの胸に体重を預け。

 一刀さんの腕をとって、そっと私の前に持ってきます。

 背中から抱きしめられるような形に、私は新たに生まれたヤキモチを怒った振りで誤魔化します。

 分かっていました。こうなる事は…。

 分かっています。そうなって行く事は…。

 それでも湧いてしまう気持ちは抑えられません。

 ごめんなさい一刀さん。

 嫉妬深い私を赦して下さい。

 そしてもう少しだけ、こうやって甘えさせてください。

 この人の温もりに…。

 この人の優しさに…。

 こうして抱かれていたいんです。

 この人を好きなんだって、感じていたいんです。

 もう少し、もう少しで何時もの私に戻りますから…。

 

 

 

 もう少しだけこうさせていてください。

 優しく髪が梳かされてゆくように、一刀さんの想いに心を梳かされてゆく事に身と心を委ねたいから。

 

 

 

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翠(馬超)視点:

 

 

「暫く世話になる」

「ああ、よくきた。 自分の家のつもりで気兼ねなく身体を休めてくれ」

 

 侍女に案内された先に佇む空色の髪の女性。厳顔に挨拶をするなり彼女は、落ち着いた笑みを浮かべながらあたし達を迎え入れてくれる。

 厳顔とはこの国に入った時、母様の手紙が在るとはいえ不審なあたし達を、見張りを兼ねて成都まで移送をしてくれた人で、見た目は勝手気ままにやってそうな雰囲気を持ってはいるけど、姉御肌の面倒見のいい人らしい。

 

「こうも早く再開できるとは流石に思わなかったが。 してどうだ、この国に来て?」

「まぁ、何とかやってるよ」

「そうか……、西京の姫君には多少は堪えたのではないか?」

「姫君は止めてくれって言ったろ。そんな柄じゃないよ」

 

 実際、母様の手紙があったとは言え、私達は所詮余所者。国境沿いの警備や賊討伐などの厄介事ばかりをさせられるものだと思っていたが、就いてみれば仕事といえば船荷の警備とかなどまだましな方で、堤防の土石運びとか材木運びとか、将処か兵士の仕事でもなんでもない碌でもない事ばかりだった。

 その上一緒について来てくれた民は、僅かな食料と物資を渡されて開拓を命じられ、此処に来る前も不満の声を妹達と一緒に何とか抑えてきたところだ。

 信用が無いから仕方ないとは言え、此の扱いは幾らなんでもと思うものの、逆から見たらあたし達は難民と同じようなもの。

 此方が持ってきた物資に余裕があるうちは、最低限の支援しかしないのは当然と言えば当然だし、田畑や住むべき街を自分達で作らなければいけないのも分かる。

 以前なら考えもしなかった事を国を出てから考え尽くめで頭が痛い毎日だけど、一族を率いるべくあたしがそんな弱気を言う訳にはいかない。……きっと母様はもっといろいろな事を考えていたのだろう思うと、今更ながら母様の偉大さを実感させられる。

 

「それであたしが此処に回されたって事は、敵は此処に攻めてくるって考えても良いんだろうけど……、なんで上の連中は態々遠回りになるこの街に攻めてくると思ったんだ?」

「ああ、それはワシが此処に居るからじゃ」

 

 何処か遠い目で手に持った杯を煽ってから、悲しげに笑みを浮かべながら厳顔はそう呟く。

 裏切った黄忠は厳顔の親友で、自分を仲間に引き入れるために此方に向かうはずだと。

 自分がそんな事を易々と受け入れる訳ないと知っていて。

 本気で自分と戦うために…。

 

「…で、アンタはどうするつもりなんだ?」

「ふん、何を決まりきった事を聞く。 本気で戦うに決まっておろう」

 

 こんな世の中だ。知り合いと敵味方に分かれて戦う事になる事なんていくらでもある。

 それでも戦いたくない相手と言うものがあるし、厳顔にとって黄忠がそう言う相手だと言うのはなんとなく分かる。

 だけど厳顔のその言葉の後に飲み込んだ酒は、きっとそんな世の中の無情を呑み込んだのかもしれない。

 少なくても厳顔の今の言葉に、嘘偽りが無い事だけは確かに感じられた。

 

「だとしたらやっぱり分かんないよな。 そう言うんならアンタを見張る意味も含めてもう少し信頼あるやつを送るのが普通じゃないのか? あたし達みたいな新参者じゃあっさりと便乗して裏切る危険性があると考えそうなものだし」

「ああ、それなら・」

 

どごんっ!

 

「よくもやったわね。 人が我慢してるのをいい事に好き放題やられたら、幾ら蒲公英だってもう我慢できないわよっ!」

 

ぎゃんっ!

 

「あれの何処が我慢だっ! 人の顔を見るなり 『げっ!』 なんて失礼な言葉を発しておいて、よくもそんな事が言えるなっ!」

 

べきっ!

 

「アンタだって、蒲公英の事を問答無用でいきなり『ちっこいの』呼ばわりしたじゃないっ。 だいたい最初に手を出して来たのはアンタの方でしょうっ!」

 

がんっ!

 

「オマエはそれ以上に口を出してただろうがっ! 自分一人被害者ぶる真似をするなっ!」

 

どごんっ!

 

「口で勝てないからって、直ぐ暴力に訴える野蛮人に言われたくないよっ。

 ああ、ごめんね。脳味噌まで筋肉で出来てるから力で訴える事しかできないんだっけ?」

 

ぎぃんっ!

 

「くぅっ、言わせておけば勝手な事ばかり言いやがってっ!」

 

 …………外から聞こえだす怒鳴り声と剣戟の喧騒に、あたしも厳顔も深い溜息を吐く。

 そう言えば、成都までの旅でもそうだったけど、成都の街でも別れ際に特大のをやってくれたよな。

 もしかしてあたし達が此処に回された理由って、此れが原因なのかもしれない。

 

「ったく。あいつはっ!」

「小娘どもめ」

 

 頭痛を覚えながらも、騒ぎを起こしている蒲公英を諌めようと部屋を飛び出したが、そんなあたしの横を抜き去った厳顔が。

 

がんっ!

ごんっ!

 

「ぐぉ…ぉぉぉ…っ」

「うぅ…ぅぅぅ…っ」

「何をくだらぬ事で騒いでおるかっ、此の小童共めっ!」

 

 槍と棍棒を振り回す二人にあっさりとその拳を脳天にめり込ませた厳顔は、痛みのあまりに声も出せない二人を一喝する。

 その手際は慣れたもので、互いに言い分を言おうとする蒲公英と魏延を更に脳天に拳を落とす素振りを見せながら一喝する。

 魏延は厳顔に頭が上がらないらしく、渋々ながら大人しくなるのだが。

 

「お姉さま〜。あいつの方から因縁を付けてきたんだよ」

 

ごんっ!

 

「うぅぅっ…、お姉さままで蒲公英の方が悪いって言うの?」

 

 あたしの拳に脳天を手で支えながら更に涙目になって訴えてくるが…。

 

「どっちが悪いって問題じゃないっ!

 今は耐える時だって散々言っただろうっ。

 それが守れないなら、理由がどうあれ悪いに決まっている」

 

 突き放すあたしの言葉に蒲公英は しゅん とするが、それでもこっそりと魏延と睨み合っている所を見ると、ちっとも反省していないなぁと溜息が出る。

 実際、蒲公英は国を出てからはよく我慢しているし、生来の明るい性格でもって皆を率先して引っ張ったり面倒を見たりしてくれてはいるから、その事には感謝しているんだけど。何故か魏延とは初めて顔を合わせた時からあんな調子でいがみ合っている。

 多分、歳も近いのもあって年相応の甘えが出てしまうって言うのもあるんだろうけど、なんて言うんだろうなこういうの。 ……犬猿の仲だっけ?

 

 

 

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 結局あの後は解散という流れになって、あたしも蒲公英も用意された部屋で身体を休める事になったんだけど……うーん、眠れん。

 別に寝床が変わったからとかそう言う理由じゃない。

 自慢じゃないけどあたしは馬に乗りながらだって平気で熟睡できるんだ。

 だから眠れない理由は別の事が原因……。

 蒲公英が苛立つ気持ちは分かる。

 他の連中だってだいぶ腹に不満が積もっている。

 あたしだって今回の上の連中の考えには頭にきているんだ。

 別に前線に送られた事に怒っている訳じゃない。

 そんな事はあたし達の立場からしたら当然の事だ。

 この巴郡の街に来たのは、あたし達の手勢全てが配属されたものの、四千のうち騎兵は僅か八百。

 四千すべてが騎兵で馬を持っていたにも拘らずにだ。

 生まれた時から馬に乗り、馬の上で生を終えると言われる西京の民であるあたし達から、馬を取り上げるだなんて馬鹿な考えに納得が出来る訳がない。

 だが法正の奴が。

 

『お主の行く巴郡の城主である厳顔の所は歩兵ばかり。

 其処へ幾ら騎馬の民とは言え、新参者のお前達が城主である厳顔の活躍の場を奪う真似をするのは如何なものかと私は考えただけだ。

 しかしお主達にも面子と言うものが在ろう。 歩兵以外に騎兵八百を連れて行くがよい。相手が歩兵ばかりならば、それで十分と言うもの』

 

 そう言って、戦が終わるまで馬は預かると言って、ほとんど強引に取り上げやがった。

 麒麟(きりん)も黄鵬(おうほう)もあの野郎に取られちまった。

 ずっと一緒に育ってきた親友なのにだっ。糞っ!

 …分かっている。

 今は耐える時だって…。

 冷や飯食いは覚悟しておけって、母様も言ってたじゃないか。

 蒲公英に、皆に、そうあたしの口から言ったじゃないか…。

 ならあたしが耐えなくてどうすんだよ……。

 

 ………〜。……。

 

 悔し涙に枕を濡らしていた時、何かが聞こえた気がした。

 耳を澄ませてみれば、それが気のせいで無い事が分かる。

 今のままでは眠れないし。此処に居ても嫌な事ばかり考えそうだったあたしは、気の向くままに其方へと脚を向ける。

 そして脚を進める度に、微かに聞こえるそれが笛の音だと分かるも、あたしの脚はその音色に誘われるように自然と向かって行く。

 

 …〜♪ 〜〜♪

 

 微かな風の中を…。

 真上からの月明かりに照らされて、暗闇の中を白い肌が輝き。

 まるで美しい音色が闇を照らしているかのように…。

 墨絵の様な暗闇の中から厳顔の姿を浮かび上がらせていた。

 

「……っ……」

 

 ふと笛の音色が止まる。

 

「聞かれてしもうたか」

 

 少しだけバツの悪そうな顔で厳顔は笛を口元から離す。

 

「すまない。 勝手に聞くつもりじゃなかったんだが」

「そんな小事に一々謝る必要はない」

 

 此方に少しだけ笑みを浮かべながら言いながら、厳顔は笛を袋にしまい始める。

 

「邪魔だったら帰って寝るから気にせずに続けていてくれよ」

「そう言う訳ではない。ただ、気分じゃなくなっただけの事じゃ。お主が気に病む事ではない」

 

 厳顔の性格からしたら、言葉通り受け取ってもいいんだろうけど、やっぱり邪魔しちゃったんだろうな。

 でもこれ以上何か言っても仕方ないのも事実だし、いっその事…。

 

「あたしは音楽の事なんて良く分からないけど。綺麗な笛の音だと思ったよ。 つい足を運んでしまうぐらいにね」

「そうか」

「……ただ、何か寂しい音色だとも感じた。

 ごめん。やっぱり良く分からないや。なに言ってるんだろうなあたしは…ははっ…」

「…ワシもまだまだ未熟と言う事だな。心が音に出てしまい、それを小娘に悟られるなど」

「小娘って、喧嘩売ってるのかっ」

 

 厳顔の言葉に、部屋でイラついていた事もあり、つい感情的に声を上げてしまう。

 その事にハッとして、あたしは怒りを飲み込むように拳を握りしめる。

 だけどそんなあたしに厳顔は冷たい目を向けながら。

 

「小娘だから小娘と言っただけの事。

 お主、馬はどうした? あれだけいた騎馬がいたにも拘らず。入城した騎馬は千にも満たないと聞いているぞ」

「そ、それは法正の奴が必要ないからと」

「だから小娘だと言ったのじゃ。 大方この戦に必要ないからと戦が終わるまで預かると言って取り上げられたのであろう。 言うておくが、もしそうなら馬の事は諦める事だな」

「な゛っ、何でだよっ。アイツらはあたし等の馬なんだぞっ」

 

 厳顔の言葉にあたしは我慢できなくなり喰ってかかる。

 

「西京の馬。しかも鍛えられた騎馬となれば、そこいらの馬とは比べ物にならないくらい高値が付く。

 あの欲の皮の突っ張った奴の事だ。 それを見す見す返す訳が無かろう。

 しかも騎馬とは言わば戦の道具。お主等西京の民が幾ら馬を友だと、家族と言おうとも、それを我を張って返せと言うのは反乱するから返せと言っているのと同じ事。 そんな事も分からずに信用の出来ない相手に馬を預けたお主の判断が間違っていただけの事じゃ」

「ぐっ…そんな」

 

 耽々と語られる厳顔の言葉にあたしは言葉が詰まる。そしてそれ以上に心が悲鳴を上げる。

 もし厳顔の言う事が本当ならば、あたしはあいつ等を…、いいや、あいつ等だけじゃない。あたし同様にあいつ等を友と、家族と思っている仲間の信用を裏切ったんだ。

 騙されたとかそんな事は良い訳にすらならない。

 …だって、厳顔の言うとおり、これはあたしの甘い判断が齎した事だからだ。

 母様に敵か味方か見極める目を鍛えろと注意されていながらも、見極めれなかったあたしの未熟さが生んだ事。

 なにより、厳顔の言葉が本当の事だって、今なら何となく分かる。

 あの時の法正の顔に嫌な笑みに浮かんだ不安な気持ちの正体が何だったのか、今なら分かるんだ。

 あたし達を騙したあいつ等が憎い。

 でもそれ以上に自分の馬鹿さ加減に頭が来て……。

 自分の力の無さが悔しくて……。

 仲間を守れない自分が情けなくて……。

 固く瞑った目が熱くなる。

 何かが頬を伝って行くのが分かる。

 駄目だと分かっていても止められない。

 ……だって、

 だってあたしは、あたし達は、大切な家族でもある麒麟達を……

 

「ふん。まぁいい。今度の戦が終わったらワシの方からも言っておいてやろう」

「えっ?」

 

 せめて情けない顔を見られないように下を向くあたしの耳に、厳顔のため息混じった声が聞こえる。

 母様と同じような、何処か優しげな響きを持つ声が…。

 

「西京の兵から馬を取り上げる事は馬鹿のする事だとな。

 益州の人間は玉を石コロに変える戯け者と広めるつもりかとな」

「そ、それじゃあ」

「もっとも、信頼しきれぬ者に力を持たすのは危険とか抜かすであろうから全部は無理じゃな。半分は勉強代と思ってあきらめる事じゃ」

 

 信じられないような甘い言葉を言ってくれる。

 同時に零れた水は戻らないと、冷たい現実を突きつけてくる。

 ………でも、何故?

 そんな言葉が真っ先に浮かぶ。

 そりゃそうだ。幾らあたしだって、国から出て何もしてこなかったわけじゃない。国を出るまで何もなかったわけじゃない。

 幾らなんでもいい加減物事の裏と表が在る事くらいは知っている。

 ただそれが下手なだけで…。

 分からない事だらけで…。

 でも何時までもそんな甘い事は言ってられないんだ。

 だから……。

 

「分かったよ。今度の戦、あたしらが前線に立つ。

 西京の人間の強さを、この国の人間に見せつけてやる」

 

 戦が目の前にあるんだ。

 なら甘い言葉に裏が在るのは当たり前だ。

 そしてあたしは、この申し出を断れない。

 あたしの失敗を取り返すためだけじゃない。

 この国であたし達が生き残るためには…。力を付けるためにはあたし達の力を見せつける必要があるんだ。

 例え利用されているんだとしても、それを利用しない訳にはいかないんだ。

 

「阿呆っ。涼州の兵士の強さは馬があってこそ真価を発すると言うもの。幾ら涼州の兵士が強いと言っても歩兵の強さならワシの鍛えた兵士達の方が上じゃ。

 貴様等は後方でワシ等の強さと戦い方を、その目に焼き付けておれ」

 

 だけどあたしの考えと覚悟なんて、厳顔は一笑して跳ね除ける。

 まるで叱りつけるように、あたしの申し出をあたしに叩き返してくる。

 だからあたしは余計に訳が分からなくなる。

 あたし達に恩を売ろうと言うなら、あいつ等の事だけで十分なはず。だったら何故?

 ……あっ、もしかして。

 いや、でも……。

 だって、そんな理由なんてない。

 

「ふんっ。まるで迷子の子供のような顔をしおって、だから小娘だと言うんじゃ。

 小娘は小娘らしく大人を頼ればいい。ワシら大人はそのために居る様なもの。

 もっとも、ワシは法正なんぞよりよっぽど性質の悪い大人かもしれぬがな」

 

 ああ、やっぱり。

 あらためて思い返してみれば、最初からこの人はそうだ。

 厳しくて…。

 すぐ手が出て…。

 自分の弟子である魏延だろうが…

 あたしの妹分である蒲公英だろうが…。

 容赦なく叱りつけ、その頭に拳骨を落としてきた。

 この国について成都までのほんの短い間だったけど…。

 その行動は一貫して変わらなかった。

 そしてそれはあたしに対しても…。

 

「いや、あんたを信じるよ」

 

 まだ涙が乾ききらない目で、真っ直ぐと瞳を向かわせながら言うあたしの言葉に、厳顔はわざとらしく深く溜息を吐きながら、手酷く騙されたばかりだと言うのに、こんなに簡単に人を信じてどうする。この馬鹿もんがと言い、困った者を見るような表情で腰に引っかけていた酒甕から何かを呑み込むかのように酒を流し込む。

 母様とよく似た瞳で…。

 全てを黙って呑み込む強さを持った瞳で…。

 この人は、あたしに教えてくれていたんだ。

 あたし達がこの国でやってゆけるように鍛えてくれてたんだ。

 その優しさを信じられない程、あたしは不出来でも腐った人間でもない。

 母様だって、きっとこの人なら信頼できる相手だって言ってくれる。

 もっとも母様の事だから、痛い目を見ても自分で責任を取れ。ワシや周りの者達に問題を持ち込むなとも言うだろうけどな。

 

「なぁ、もう一度昼間と同じ事を聞くけど、本気で戦えるのか? 親友と」

「ふん。小娘が分かったような事を聞きおる。ならワシも昼間と同じ事を聞こう。

 この国来てどうだ? …とな」

 

 ………そうだよな。

 そこでも、あたしは間違えていたんだ。

 慣れない土地での生活に…。

 一族の運命を背負う重圧に…。

 理不尽な事だらけの命令に…。

 目まぐるしい毎日に…。

 そんな情けないあたしの個人の事を、この人が聞いてくる訳ないじゃないか。

 この人は、この街の領主でありこの国の将。

 ならこの質問の意図する事なんて最初から決まっている。

 そんな事も聞き間違えたんだ。小娘だと言われても仕方ない。

 でも構わない。小娘なら小娘らしくガムシャラに突っ走ってやるさ。

 あたしらしく…。

 こんなあたしを信じてついて来てくれた皆を守るために、突っ走ってやる。

 傷つくかもしれない。

 疲れるかもしれない。

 力尽きて倒れるかもしれない。

 それでも自分の進む道を信じて。

 一族の者達の未来を信じて。

 足を進めなければ、何も手にする事なんてできない。

 大切なのは、突っ走る先を見定める事。

 突っ走った先が崖で無いか見定めるために深呼吸する事。

 だからあたしは息を整え直す。

 浅くゆっくりと思考を静かに沈めて行く。

 武の鍛錬で、最初に嫌と言う程母様に叩き込まれた事。

 そんなあたしを、やっぱり母様と似た瞳で待ってくれている厳顔の気持ちに応えるように、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 

「黄巾の乱が起きる前の状態に似ているって印象を受けたよ」

「ほう。 少し前の大陸の縮図がこの国の惨状だと?」

「ああ」

 

 国主である劉璋。

 彼女は確かに民を想い。志しの高い王かもしれない。

 だけど心優しき王ってだけの人物でこの国の現状も知らないし、其れを背負う事の意味を理解していない。

 いや、あの様子は知らされていないのかもしれないな……。

 そしてその優しさを良い事に、周りの者達に良いようにされている。

 更に最悪なのが、多くの民がそんな劉璋に何も期待していない事。此れが一番最悪だ。

 だってそれはこの国に…、自分達の未来に希望を持てないと言っているのと同じだからだ。

 まるで心優しき天子様の力を己が権力と勘違いして、大陸そのものを腐らせた宦官達のように…。

 ましてやこの国を攻め込んでいる劉備を迎え入れるような声が民から上がる。これは黄巾党の長である張角の時と同じではないのかと。

 あたし達のような余所者だから分かる事がある。

 この国の事情をよく知らないあたし達のような新人だから言える事がある。

 それをこの人は聞いていたんだ。

 この街の民を守る領主として…。

 この国の未来を想い守らんとする将として…。

 だから生意気な事を言っていると分かっていても、あたしの感じた事を…。

 短いながらも、この国の民から感じた想いを…。

 あたしは未熟な言葉で語って見せる。

 そしてそんなあたしの拙い言葉を、この人は真剣な眼で黙って聞いてくれる。

 悲しげな…、そして遣る瀬無い想いを浮かばせた瞳で…。

 やがてあたしの話を聞き終えて暫く目を瞑ってたいた厳顔は、空に浮かぶ月を静かに見上げながら。

 

「……今度はワシが答える番じゃな。戦うさ、本気でな」

「何でだよ? 親友じゃなかったのか?」

「親友だからじゃよ。

 紫苑、……黄忠の事じゃが、彼奴は確かにワシなんぞより、よほど心優しい心根の持ち主だろう。 兵達にも民にもワシとは比べ物にならないくらいに好かれておる。

 紫苑が劉備に降る前に籠城と言う理を捨ててまで野戦で戦ったのも、劉備を迎え入れようとする民との衝突を押さえる為と言うのもあったのであろう。

 それくらいこの国の民はこの国に絶望し、新たな王を迎え入れようとする動きがある。

 その劉備相手に籠城戦などすれば、劉備を新たな王として臨む民の暴動が起きかねない程の勢いが、この街にも在るのは疑いようがない事実じゃ」

「だったら何で? あんたほどの人間なら・」

「迂闊な事を言うで無い小娘っ!」

 

 今までにないくらいの叱咤の声があたしの言葉を叩き伏せる。

 厳しい瞳が、あたしに教えてくれる。

 将であるあたしが…。

 率いいるべき一族が在るあたしが…。

 戦を前にして言うべき言葉ではないと。

 もしそんな言葉が誰かに聞かれようものならば、兵士に不安が走ると…。

 あたしを信じてついて来た民を危険に晒すと…。

 厳顔の言葉の意味に…。

 厳しくも優しい瞳に秘められた言葉に…。

 あたしは黙って頷くしかなかった。

 その言葉が嬉しくて。

 叱ってくれる事が嬉しくて。

 その事がほんの少しだけ分かるようになった事が嬉しくて。

 あたしは、まっすぐと厳顔の顔を…、瞳を見つめる。

 言いたい事はしっかりと伝わったと。

 叱ってくれてありがとうと。

 

「ワシはこの国の将じゃ。

 なら本気に戦う以外の道は無い。

 それにワシを倒すくらいの事が出来なくて、この国を何とかできる訳が無かろう。

 紫苑もワシがそう考える事くらい承知の上で、この巴郡へと劉備達を導くはず。

 ワシをもし味方に出来れば御の字だが、味方に出来なくて当たり前。それでもワシを倒せばこの国の将兵の士気を大きく下げる事が出来ると踏んでな」

 

 優しげな笑みの下に、非情な一面を隠し持つ将だと。

 負ければ自分はおろか、自分について来た兵士達はもちろん、愛娘の命が無いと理解した上で、劉備と共にこの国を立て直すと覚悟を決めた親友の想いを、正面から受け止めなくて何の親友かと。厳顔はそう語ってくれる。

 此処に居る兵士はあたし等を含めて約二万と四千、相手は黄忠の兵士達を吸収したとはいえ一万あまり。野戦であろうともまず負ける事は無いだろう。だが、もしもの時はワシ等に付き合う必要はないと。

 成都にいる信頼のおける知り合いに、馬の事は何とかするように連絡はしておくと。

 これも戦乱の世の務めよと、その杯の中の酒と共に、悲しみを飲み込んで微笑みながら、何処までも自分勝手で一方的な優しさを押し付けてくる。

 

「っざけるなよっ!」

「っ」

 

 だから、いい加減頭にきた。

 みんなそうだ。

 母様も…。

 国の長老達も…。

 

「もう、うんざりなんだよっ。

 黙って守られ続けるのもっ。

 知らないまま守られ続けるのもっ!

 ちったぁ人を頼れよっ! あたしだって何時までも子供のままって訳じゃないんだっ!

 こういう時くらいあたし等にあんたの背負っているモノを少しくらい背負わせろって言うんだ。

 それが力を合わせるって事じゃないのかっ!」

 

 あんたがこの国への想いと覚悟がまだ無いあたし達を巻き込まないと、守ってくれるのは正直嬉しいさっ。

 余所者であるあたし達に…、大した付き合いもないのに此処までしてくれた。

 なら、あたしがそんな人達を大切だと思うのは当然だろっ。

 見守ってくれた人達の力になりたいと思うのは当たり前じゃないかっ。

 

「ふん、いっぱしの口を言う。 だが現実を見ろ」

 

 それなのに、皆して何時までも子ども扱いしてっ。

 諭すような言葉で、あたしの想いを知っていて踏みにじるっ。

 

「だからそれが人を甞めてるって言っているんだっ!

 ようは劉備をぶっ倒せば良いだけだろっ。

 その上でアンタの知り合いを匿った上で、この国に巣食っている害虫達を倒せば良いだけだろうがっ!」

 

 あたしは馬鹿だけど、

 それでも自信持って言える事がある。

 何のために戦うのか、あたしの槍が何のためにあるかくらい分かっているつもりだ。

 守りたいモノがなんなのか分かっているつもりだ。

 何かを守るためであろうと、失ってはいけないものある事ぐらいは、幾ら馬鹿なあたしでも分かるさ。

 

「…小娘」

「小娘じゃねえ。 翠だっ」

「っ! おぬし…」

「あたし等西京の民は、受けた恩を忘れる程恩知らずでも恥知らずでもない。

 受けた恩は必ずノシを付けて返す。 それが西京の民の流儀だ。

 あんたが何を言おうと、今度の戦の戦あたし等が先陣を切らせてもらうぜ。

 止めると言うならあたし等を追い抜いて行くんだなっ」

 

 自分でも無茶苦茶言っていると思う。

 それでも、そうするのが正しいと思う。

 ぐちゃぐちゃとしたややこしい考えじゃなく、あたしの魂がそう言っているんだ。

 母様の血を継ぐ西京の民の血が、あたしにそう言わせるんだ。

 

「まったく、お主はもう少し冷静だとばかり思っておったのだが、ワシもまだまだと言う事か…」

 

 だと言うのに厳顔はまるであたしを残念な子を見るかのように、大げさに溜息を吐きながらそんな事を言ってくる。

 だけど嫌いな目じゃない。その目の奥に宿る物がなんなのか今なら何となく分かるから…。

 そんなあたしの様子を小さく微笑みながら、彼女は酒を飲み下す。

 杯からではなく、酒壺から直接口を付け飲み込んでゆく。

 

「ほれっ」

「おっと」

 

 投げ渡された酒壺を落とす事無く余裕で受け止めるあたしに、厳顔は目で投げかけてくる。

 飲めと。

 

「んぐっんぐっ……ぷはぁ〜〜っ」

 

 だから呑む。

 あたしは酒を飲んだんじゃない。

 呑んだんだ。

 彼女の心を…。

 彼女の優しさと決意を…。

 そして、此れから生きる道の厳しさを…。

 

 厳顔は呑んで見せた。

 真っ先にあたしの想いは受け取り呑んで見せた。

 あたしの決意も…。

 あんたを信じるという覚悟も…。

 一族を率いてみせると使命をも、厳顔は酒と共に一気に呑んで見せた。

 だから、あたしも応えただけの事だ。

 

「桔梗、そう呼ぶがよい」

「い、いいのか?」

「何を言うとる。先に言い出したのは翠の方であろう。

 ワシは翠の心を知り。そしてその上で真名を預けるに値すると判断しただけの事。 不服か?」

「いや、そう言う訳じゃないんだけど、そのなんと言うか、その…自分で言うのもなんだけど我ながら熱くなったかなぁと」

「ふふふっ、なんじゃ。恥ずかしくなったと言うのか? なんなら先程の言葉を取り消しても良いのだぞ。 ワシはこうして酒を飲んでいるからな、夢でも見たと思うかも知れぬぞ」

「いや、取り消さない。 アレはあたしの確かな想いだ。 それに一族の連中も分かってくれるって信じている」

 

 あたしの言葉に桔梗は小さく笑い声を漏らしながら、投げ返した酒壺をそのまま口に付け

 

 

「まったく、一族を率いる者がこうも真っ直ぐでどうする」

「我ながらそう思うけど、今までこうして生きてきたんだ。今更簡単には変えられないっての」

「…どうやら馬騰殿は跡継ぎを育てる事に失敗したようだな」

「うっ。 そ、そりゃあ、あたしだって母様みたいになれるとは思っていないけど、そこまで言わなくたっていいだろうが」

「そう頬を膨らますな。 別に貶している訳では無い」

「どう聞いても貶しているようにしか聞こえないっての」

 

 更に投げ返された酒壺を受け取って、あたしも中の酒を数口飲む。

 うん、さっきは良く分からなかったけど美味しい酒だ。

 桔梗の言葉にしたって、言い返したほど気にしてはいない。

 それは、桔梗の言葉から…。

 彼女の瞳から…。

 嫌な感じを少しも感じないから…。

 むしろ…。

 

「ただ、娘を育てる腕は確かだったようだと思っただけだ」

「ぅぅ」

 

 言葉が詰まってしまう。

 どう返事していいか分からなくなる。

 だって、あたしはそんな風に考えた事なかった。

 偉大過ぎる母様の前には、自分の力の無さを感じてばかりだったから。

 せめて自分の得意とする事だけでも母様に近づけようとする事ばかりを考えてたから。

 

「ほれっ、顔が小娘に戻っておるぞ」

「うっ、うるさい」

 

 反射的に出る言葉にしまったと思うも、桔梗は目を瞑ったままあたしの投げつけた酒を簡単に受け取りそのまま口にする。

 

「そう言えば先程恩と言うておったが、ワシ相手にあの程度事で気にする必要はない。

 ワシはしたいからしただけの事。もしそれを翠が恩と感じたなら、何時か誰かに返してやればよい。

 お主のように迷い、苦しみ、悲しみながらでも必死に前に進もうとする者にな」

「でも・」

「この国に来たばかりのお主に、この国に忠誠を誓えと言った所で、それは仮初の物に過ぎん。

 幾ら口と心でそう思うともそう言うものじゃ。どこかで無理が出てしまう。

 だから恩を返す事に焦る必要はない。 翠がもっと齢と経験を重ね。周りがもっと見えるようになったらお主の思うままにすれば良い。 ワシがしたようにな。 お主ならそれが出来る」

 

 違うか?

 

 その瞳がそう優しく語ってくる。

 あたしなりにまっすぐ歩んで行けと。

 それが出来るだけの力を持つ人物になれと。

 そうなって見せよと。

 だからあたしは、受け取った酒壺をもう一度一気に煽る。

 桔梗の教えと想いを…。

 一族を背負って見せる覚悟を…。

 あたしの目指す生き方を…。

 

「ああ、なってみせる」

 

 酒と共に呑み込む。

 月光の降り注ぐ庭で…。

 あたしは月と魂に誓う。

 そして遠い地に住む母様に心の中で報告する。

 信頼するに足る仲間を見つけたと。

 あたしは、こういう仲間をどんどん見つけてみせると。

 彼女達と共にいる事が恥ずかしくないよう、自分を磨いて見せると。

 

「今夜はうまい酒だな」

「ふん、小娘がなまを言う。 だが、その通りだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-5ページ-

あとがき みたいなもの

 

 

 こんにちは、うたまるです。

 第百二十三話 〜 暗き命は優しい懐に抱かれ、明るさを取り戻す 〜 を此処にお送りしました。

 

 入試が終わるや暇になるかと思いきや、意外に忙しい毎日を送っていますがやっと更新できました。

 なにより花粉症で辛い季節で、頭が頭痛と共にぼぉ〜としますが、花粉症の皆様いかがお過ごしでしょうね。 さて、今回の主役はなんといっても、恋姫界の残念な子(マテw)として君臨する翠嬢です。

 原作と違い一刀のいない中、母親に故国を追い出されるも、ついて来てくれた一族を背負う使命に少しづつ成長して行く姿を描いてみました。

 翠らしく、まっすぐと、そして迷いながらも力強く歩んでいる姿を描きたかったのですが、皆様にはどのように映ったか心配です。

 冒頭では明命がフラグ建築士の一刀に、お仕置きの意味を兼ねて甘い雰囲気を作っていましたが、一刀にその想いが届く日が来るのでしょうかね(笑w

 でもああいう何でもない一時一時が、一刀にとって大切な宝物になるのではないでしょうか。

 

では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。

説明
『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

 紫苑を味方に出来た劉備軍は、そのまま紫苑の街で短いながらも休息をする。
 そんな中、劉備軍を迎え撃つために動く人達がいた。

拙い文ですが、面白いと思ってくれた方、一言でもコメントをいただけたら僥倖です。
※登場人物の口調が可笑しい所が在る事を御了承ください。
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コメント
今更ですがあとがきの最後のところで「最期」と書いているけど正しくは「最後」ですよ。最期だと死ぬと言う意味ですよ(匿名希望)
翠と桔梗さんがかっこいい。3p「魏円は厳顔に頭が」→「魏延は厳顔に頭が」では?(量産型第一次強化式骸骨)
summon様、本当に二人っきりでいる時くらいは、その娘の事だけを見て欲しいですよね(汗  絶対いつか刺されますよこの一刀はw(うたまる)
mokiti様、まぁ一刀ですから(^_^;)  この作品はそっち方面もチートですが、原作もかなりそっち方面には鈍かったですよね・゚・(ノД`)・゚・(うたまる)
下駄を脱いだ猫様、この二人が輝いている作品って、結構少ないんですよね。 本当にカッコいい二人だと思うんですけどね。(うたまる)
アルヤ様、難民の財産を奪って政治資金や国費にするのは、歴史的に見ても常套手段のようですから、為政者からしては当たり前の手段なのでしょうね(汗(うたまる)
丈二様、本当にカッコいい二人ですよね。  ちなみに漢民族魂に溢れているっていう意味ですよね? おとこっぽいと言う意味ではないですよね(ぉw  そんな事を言った日には サクサクサクドスンッ…………ばたっ(うたまる)
一刀、その場面で他の女の子の名前だすとか…自業自得ですなぁ。桔梗も翠もかっこよかったです。手強い相手ですね。(summon)
とりあえず、一刀は自業自得ということで・・・自業自得だということに気付く日が来るかどうかは別ですが。(mokiti1976-2010)
なんか、翠と桔梗の二人が久々に輝いて見えましたよ。最高だ。(下駄を脱いだ猫)
なんかこう、法正のクズっぷりがムカつく。(アルヤ)
意気、だな。ホント、素が無頼の気があるからか、言動からこう、漢気が滲み出てて最高だ。(峠崎丈二)
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