明日に向かって撃て! 【四の五の】
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【四の五の】

 

「小南、ちょっと頼まれてほしいことがあるんや」

 麦わら帽をかぶりタオルを首にかけて、屋敷内の庭の雑草取りをしていると、和登さ

んが話しかけてきた。この前安田さんと3人で飲んで以来である。同じ敷地内に住んで

いるといっても、生活時間が異なるので――和登さんは早起きで仕事に出かけるのが早

い――めったに顔を合わせることがない。

「仕事が終わったら、来てくれへんか」

「分かった。あと30分で終わらすわ」

 

 もうご存じだと思うが、和登さんの家の離れをタダで、探偵事務所兼住まいとして貸

してもらっている代わりに、こうして時々庭の手入れをしているのである。

 和登さんは高校時代以来の友人なのだ。

 

 簡単にシャワーを浴びてから和登さんがいる応接間に向かった。

 

「お前も探偵として、ちょっと有名になってきたみたいやな」

「迷子の捜索やったら任してもろてかまへんで。シャーロックも慣れてきよったし。猫

見ても、追いかけて逃がしたりせえへんようになりよった。ほんで、頼みゆうんはなん

や」

「僕の知り合いなんやけど、山口ゆう名前や。山の手公園のあっち側にあるマンション

に住んどるんやけどな。最近、郵便物が盗み見されてるようや、ゆうねん。銀行からの

カード支払明細書とか電話料金明細書なんかやな。1回開けた形跡があるんやと」

「ふ〜ん。そんで犯人を見つけてくれってことやな」

「そや。別に警察に突き出すつもりはないそうや。誰が、なんでそんなことしよるんか

知りたいんやて」

「よっしゃ、やってみよか。俺もだんだんやり方が分かってきたし、任しといてくれ。

で、捕まえたらどうしたらええんや?」

「奥さんが駅前のペット美容室で手伝いしとってな、電話してくれたらすぐに駆けつけ

るから、て。小南探偵事務所までな」

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 最近よく散歩コースとして使うようになった山の手公園では、小沢耕作さんが相変わ

らず日がな一日時間をつぶしていたりする。

 この公園は山側に住んでいる人たちにとっては、駅へ行くための最短コースとなって

いる。

 小沢さんは毎朝毎夕、そういった人たちを眺めているのが面白いのだそうだ。日によ

って同じ人でも表情が違うので、その理由を空想するのが楽しい、と。きっと人間洞察

力にたけてきているにちがいない。

 

 このあたりでは郵便が配達されるのは、午後2時以降だ。

 数日間、くだんのマンションの近くで人通りが増える夕方まで見張っていたが、成果

はなし。俺の存在を嗅ぎつけて現れないのかもしれないと思い、公園で見張ることにし

た。ここを通るかどうかは分からないのだが。

 

 缶入りの温かいおしるこを買って、小沢さんを捜した。

 最近は寒暖の差が大きく、まだ10月だというのに、今日は肌寒い。

 リードをはずすとシャーロックは駆けだして、花壇の前に置かれているベンチに横に

なって居眠りしている小沢さんを見つけ出した。日向ぼっこにちょうど良さそうな場所

だ。

 小沢さんの腰の上にシャーロックは前足をかけて尻尾を振っている。

 

「ンァ〜ア、何かと思たらシャーロックやないか。あ、小南さん、お久しぶりで。気持

ちようなってつい寝てしもてましたわ。ックショイ! 冷えてきましたな」

 両手を上にあげて思い切り背筋を伸ばしながら、挨拶をしてきた。

「お久しぶりです。はいこれ。一緒に飲も思て((買|こ))うて来ましてんどうぞ」

「おしるこでっか。こんな日は飲みとうなりますな。ありがたくよばれます」

 プルタブを半分だけ開けて手を温めながら、ゆっくりと飲み始めた耕作さん。

 

「おしるこやコーンポタージュはな、缶を振った後プルタブを半分開けて飲んだら、最

後の粒まで飲み干せるんですわ」

 すでに飲みほして、穴を覗き込んで底に残っている小豆を取り出すのに必死の俺に、

そう教えてくれた。

「ヘエェ、今度はそうしてみますわ。一粒でも残ってたら意地になりますよね。もった

いない」

「それで、なんか私に用事でも?」

「分かりますか。実は……」

 

「う〜ん。毎日いろんな人を眺めてますがな、時々はサラリーマン風の人が、多分なん

かの勧誘でっしゃろな、鞄下げて通って行きますな」

 持っていた缶を足元に置いて腕組みをし、空を睨みつけて考え込みながら話し始めた。

「女の人も結構いてますで。素振りの怪しい人ねぇ。支払明細が送られてくるんは、月

末が多いんとちゃいますか」

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 というわけで、出直し1日目。マンションの陰から集合ポストを見張っていると・・・

 公園の方角からやってきた女性が、あたりに目を配ってポストの方へ近づき、バッグ

から何かを取り出した。

 姿勢を低くしてのぞき見をしながらカメラを構え、シャッターを数回押した。バッグ

から取り出したのは鍵ではなさそうだ。長い物を隙間に突っ込んでいる。

 俺は興奮してきた。これは犯罪だよ、と思う。犯人を捕まえるのは初めてなのだ。

 さらにシャッターを押した。

 女性はまもなくポストから何かを取り出して、それらをバッグにしまい、もと来た方

向へ歩きだした。

 

 俺ひとりだと、相手が女性の場合厄介なことになるかもしれないからという小沢さん

の意見を取り入れて、公園に入った所で声をかけた。男だとしても、ひとりだと手に余

ることは考えられるのだが。

 

「なんですか?」

と女は振り返った。

 俺は次に言う言葉を失った。

 美人なのだ。柴先コウ並みに!

「あわわわわ、そのう」

 小沢さんはシャーロックを連れてそばにやって来ると、代わって言った。

「おねえさん、山口さんちのポストから手紙を取り出したん違うの?」

「なんであたしがそんなことするんや、このアホ。証拠でもあるちゅうんか」

 見かけからは想像もつかない蓮っ葉なもの言い。すぐに気持ちを切り替えて言った。

「あるんです。このデジカメに現場写真を収めています。ほら」

 

 ポストから郵便物を取り出している場面を見せた。

 こんなもん、と言いながら持っているバッグでカメラを払ってくるところ、手首をつ

かみバッグを取り上げた。これで逃げたりはしないだろう。

「僕の事務所がこの近くにありますから一緒に来てください。小沢さんもご一緒してい

ただけると嬉しいんですが」

 

 歩きながら山口さんの奥さんに電話を入れた。

「クソッ垂れ、安美なんかに会いとうないんじゃ」などと喚いている。

 美人なのに・・・

 

 立ち止まっては喚き散らす女をなんとか事務所まで連れてきたときには、山口安美さ

んはすでに到着して待っていた。バイクではさほど時間がかからない距離だ。

 

「堂本さん! あんたやったん?」

「フンッ」と言って顔をあさっての方向に向ける女と山口さんを中に招じ入れた。

「小沢さんもせっかくですからどうぞ」

と声をかけたのだが、今から始まるであろう修羅場を避けたい、という気持ちが見え見

えにそそくさと帰って行った。

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「おふたりはお知り合いのようですね」

 堂本めぐみをひとり掛け椅子に座らせ、その向かいのソファに山口安美さんと並んで

座った。山口さんは社内結婚をし、堂本と安美さんは同期だったという。

 

「ではこのバッグの中身を確認させてもらいます」

 茶色のバッグの中身をテーブルの上に広げた。

 化粧ポーチ、財布、携帯電話、塩飴の袋と包み紙、ハンカチ、ティッシュ、タンポン

(オヨッ)、山口さん宛ての封書が2通、そしてそれをポストの中から拾い上げたと思わ

れる、先端が大きく渦巻き状になっている針がね。

 めぐみはすかさず封書を取り上げ、安美さんに投げつけた。

 

「こんなもん持って帰れ! この泥棒猫」

「なんで私が泥棒猫なんよ! あんたこそ正真正銘の泥棒やないの」

「うちの修さんを盗んどいてなにぬかすんじゃ、この弩ブス! ブスブス! うちが修

さんの妻の座に納まるはずやったんや、それを。お前らがくっついたおかげで会社辞め

る羽目になったんやで、この糞女のどこがええんや、うちの方がずっと美人で器量良し

やのにクヤシィーッ」

と握りこぶしを打ち震わせている。

 

 安美さんは開き気味の鼻の穴をさらに広げた。

「違うよ。彼、あんたから逃げてたやない。結婚する、なんて勝手に言いふらしてて、

あなたのその性格にはほとほと手を焼いてるって。仕事の部下と違うんやったら近づき

たくもないって」

 キ――ッ、めぐみは立ち上がってテーブルに足をつき、安美さんに掴みかかろうとした

ところを押さえつけた。

 ああ、俺もこんな場面に居合わせるのは苦痛だ。

 

「まあまあ落ち着いて。山口さんどうされますか」

「そうやねぇ。もう2度と嫌がらせはせんといてちょうだい。今度何かあったら警察に

突き出すから。分かったね!」

 フンッ、とテーブルの上に広げた物をバッグに収めためぐみ。

「帰る。もう2度とけぇへんわ。はよ別れなはれ」

 俺はサッと立ち上がってドアを開けて押さえた。蹴られたら壊れると思ったのだ。

 

 めぐみはドアを出るときに、俺のシャツの胸ポケットに何かを押しこんだ。

 何かと思って取り出すと・・・タンポンだ。山口さんに気まずいと思い、あわてて胸

ポケットに戻した。

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 一件落着ではあるが、疲れを感じた俺は喫茶“憩い”へ行った。シャーロックももち

ろん一緒に。

 緑ちゃんの笑顔を見れば疲れなんて吹き飛ぶさ。

 

 コーヒーを運んできた緑ちゃんは、俺のシャツの胸ポケットに目を止めた。

「何が入ってるの?」

という問いかけに、俺はハッとした。忘れていた! 思わずポケットを押さえた。

「なんでもないよ」

 余計に好奇心を刺激したらしい。緑ちゃんは胸ポケットに手を突っ込んできた。

 そして、

「なんやのん、これ。なんでコナンさんが持ってるのん」

「いや、なに・・・その」

 いざとなると言葉が出てこないものである。

 

 それを俺のポケットに戻して、

「緑ちゃん、緑ちゃんって、私に気があるように振舞っとって、映画にも付き合ったげ

たのに、そうか、うちは誰かさんの身代わりやったんやね。その大事な彼女のところに

……」

 俺はもう聞いていなかった。

 ただ、ここで一発決めておかないとこれからのこともある。

 

 四の五の抜かすな、

と言ってほっぺのひとつぐらい、かる〜く張っておこう。

 

 パシーン!

 

 地球の自転が止まって無音の世界となり、すべての動きが静止した。

 カウンターの中のマスター、テーブルに座っている客たちは振り向いて動きを止め、

きらめく好奇の視線を俺たちに注いでいる。

 他人に起こっているトラブルは、実に楽しいものなのだろう。

 シャーロックだけがテーブルの下から、悲しげな目をして見ていた。尻尾を腹の下に

しまい込んで。

 

「お金はいらんから、帰って!」

 

 プライドを打ち砕かれてしまった俺は、緑ちゃんに思いっきりぶたれたほっぺをなで

さすりながら、しょんぼりと外に出た。

説明
探偵小南の活躍? 第三弾
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