独り泣く夜の月の姫 -二次創作優雨ルート・3-
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――空には、ずっとお月様が光ってる。

 

お月様の形はずっと一緒じゃなくて。

まん丸だったり、半分になっていたり、三日月だったり、隠れてしまったり。

 

そうしてくるくると形を変えながら、お月様はいつも同じ顔を見せる。

いつも何でもないみたいに、決まった顔を見せる。

 

 

 

……でも。

 

そんな風に、わたし達からはいつも決まった顔しか見えないけど……

お月様には、悲しくなったり、寂しくなったりする時はないのかな。

 

 

******

 

 

独り泣く夜の月の姫

 

 

******

 

 

――学院祭から数日が過ぎて。

月は12月に変わり、生徒達の話題は終えたばかりの学院祭の事から、降誕祭の事へと移っていた。

 

 

 

 

「――それでは。千早ちゃん、薫子ちゃん……ダンスパーティでのホスト役、お願いしますね」

 

……そう、最後に再度申し訳なさそうに言いながら。

初音さんは生徒会室を出る僕達を見送る。

 

 

先程まで、僕達は生徒会室で降誕祭に関しての説明を受けていた。

……正しくは、降誕祭後のダンスパーティにおいてのエルダーの役目に関して、だけど。

 

エルダーはダンスパーティにおいて、体育館に入場する生徒達のエスコートをする。

また、エルダーはダンスパーティではホスト役を務めるのが慣例となっている――等。

 

初音さんの説明によれば、学院祭に於ける生徒会主催の演劇と同じく……

これもエルダーが参加するのが慣例になっている、という事らしい。

 

……先刻は、ぼんやりとしていて話の流れを停滞させてしまっていた。

次は気をつけないと……そう思いながら、初音さんから聞かされた内容を頭の中で反芻していると。

 

 

「……初音もそうだけど、千早も無理するタイプだよね」

 

廊下を歩いている途中、薫子さんからそう声を掛けられる。

先刻の、生徒会室での事だろうか。……それとも、その前の事か。

 

「そう……でしょうか」

 

隣を歩く薫子さんに歩みを合わせながら、僕は言葉を返す。

……自分がそういう人間だって、自覚が無い訳じゃないけど。

 

「千早も史ちゃんも、ここ数日落ち込みっぱなしじゃない。

 ……あたしは理由を知ってるからまだいいけど、

 それ以外の人にとってはただ千早が落ち込んでる様にしか見えないと思うよ」

「……そう言われてしまうと、辛いですね」

 

あの夜の事は、薫子さんにも伝えている。

だから今、こうして史以外にも話が出来る訳だけど……

その事で却って悩ませてしまっているのかもしれない、とも思う。

 

……そんな僕の考えを見透かす様に、薫子さんが言う。

 

 

「……またその顔してる。無茶を言ってるかもしれない、っていうのは判ってるけどさ……

 千早も史ちゃんも、偶には誰かを頼っていいと思うんだ。……ずっと、抱えてばっかりじゃない」

 

 

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***

 

――テラスの手摺りに手を掛け、空を見上げる。

夜空には、僅かに雲が掛かった白い月が見えた。

 

学院から帰り、夕食を終えた後……一度部屋に戻ってから、僕は何となくここに来ていた。

狭い部屋に一人で居ると、色々と考え込んでしまいそうだったから。

 

……昼みたいな事は、出来る限り避けないといけない。

これは僕の問題なのに、初音さんや薫子さん……それに他の人達にも、心配をさせたくない。

だから、誰かがいる時は出来る限り、いつもの状態を保とうと……そう思いながら。

 

12月ともなれば、気温は大分低い。

テラスを冷たい風が吹き抜け、冷えた指の先に軽い痛みが走る。

ここに居たら冷えると、そう判っていても……それでも、僕はただ空を見上げていた。

 

 

「…………」

 

 

……思い出すのは、やはり千歳さんの事。

あの日見た千歳さんの悲しそうな顔が、どうしても忘れられない。

 

千歳さんの為に、やれる事があるならやりたい。

でも、僕は千歳さんのために何が出来るのだろうか。

 

 

 

……いや。

何が出来るかは、最初から決まってる。ただ僕が踏み切る事を躊躇っているだけで。

 

……母さんの抱える強迫観念の原因は、恐らく千歳さんを失った事。

千歳さんがいなくなってしまった事で、母さんの抱えていた思いの全てが強迫観念に変わり……

他の人間へと向けられた。特に、千歳さんの面影を重ねられた僕に関する事には……より強く。

 

 

 

なら、そんな母さんに対してどうすればいい?

 

 

 

 

……そんな風に考え込んでいて。

廊下とテラスを繋ぐ扉が開いた事に、僕は気付かなかった。

 

 

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***

 

 

――千早ちゃんは、まだ気付いてませんよね。

 

そう思いながら、音は立てないように注意して。

一歩ずつ、こっそりと。私は千早ちゃんに近付いていく。

 

……千早ちゃんは、お昼休みの時も元気がなかった。

私と薫子ちゃんがそれについて話をしても、いつの間にかはぐらかされて。

寮に帰ってきてからの夕食の時も、やっぱり元気が無いように見えた。

 

……こういう時は、普段なら史ちゃんが千早ちゃんの事を気遣ったりしていたんだけど。

でも今は、史ちゃんは千早ちゃんに触れるのを躊躇っているような気がする。

何を悩んでいるのかを判っていても……判っているからこそ、触れづらい、そんな感じ。

 

もしかしたら史ちゃんも、千早ちゃんと同じ悩みを抱えているのかもしれない。

何となく、そう思った。……でも。

 

 

 

……ねえ、千早ちゃん。

私の事も心配だ、って言ってくれたのは嬉しかったですけど。

私だって、千早ちゃんの事が心配なんですよ?

 

 

 

……だから。

ちょっとくらい強引にでも、千早ちゃんの悩みの手助けに行きます。

 

 

千早ちゃんに気付かれないまま、私は千早ちゃんの後ろに立つ。

そして、そーっと両手を伸ばして……。

 

 

「…………えいっ」

 

 

むにっ

 

 

千早ちゃんの両方の頬を、左右から引っ張る。

……あ、千早ちゃんのほっぺ、結構良い感触かも。

 

 

「ふぇ……っ!?」

 

 

千早ちゃんは驚いて後ろを振り返って、私の方を向く。

そんな千早ちゃんに、わたしは右手に嵌めたそれを見せて――こう言った。

 

 

「『何かお悩みですか?可愛い可愛い天使さま』」

 

 

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***

 

 

「ふぇ……っ!?」

 

空をぼんやりと見上げていた僕は、その突然の感覚に上手く反応できなかった。

……え、何!?なんか頬を引っ張られてる!?

 

頬を引っ張った何かは、すぐに離れていって。

僕はそれが何だったのか確認しようと振り向く。

 

 

「『何かお悩みですか?可愛い可愛い天使さま』」

 

 

……そこには。

右手にウサギの人形を嵌めた、初音さんが立っていた。

 

「初音さん……」

「さっき、部屋から取ってきたんです。千早ちゃんをびっくりさせようと思って」

 

初音さんは、笑顔でそう言う。

……けれど、直後にその笑顔が僅かに曇る。

 

「……ね、千早ちゃん。本当に大丈夫ですか?」

「え……」

「創造祭の後からずっと、千早ちゃんが落ち込んでるように見えてて……ちょっと、心配なんです。

 今日のお昼休み、お願いをしたときも……それに、今も」

 

……やっぱり僕は、初音さんを心配させてしまっている。

 

「そういうのはダメです。話せる事だったら話してほしいし、手伝える事なら手伝いたい。

 全部、一人で抱え込むのは良くないって……私はそう思ってます。それに」

「……それに?」

 

その後が気になり、言葉の先を求めるような聞き方になる。

そんな僕に、初音さんは少しむくれた様な顔をして、

 

「……創造祭の準備の時、千早ちゃんは私のお仕事を取っちゃったじゃないですか。

 だから、そのお返しです。千早ちゃんが悩んでるな、って思った時は、

 私は強引にでもお手伝いしよう、って思ったんです」

 

……そんな事もあったっけ。

それを理由に同じ事をしたい、というのは断りづらい。

 

……断れないなら。出来る限りは甘えてしまった方が、いいのかもしれない。

千歳さんの事を話す事は出来ないけど……。

 

「……申し訳ありません、初音さん。これは、私が解決しなくてはならない事なのです」

「そう、ですか……」

 

「でも、もし私が悩んでいるように見えましたら……背中を押して頂けますか?

 今の私は一人で考え込んでしまう様なので、その悩みを吹き飛ばせるように」

 

これが、初音さんに出来るお願い。でも、ただのお願いじゃない。

結局僕や史は、判っているが故に事情に縛られてしまうから……その後押しが欲しい。

 

「……いいんですか、千早ちゃん?」

「ええ。……だって私達は、そういう事を頼める『お友達』なんですから」

 

……そう言ってから、僕は初音さんの右手を取って。

 

 

 

「『天使さま』が元気を無くしてしまっては、お月様が大変ですもの。

 だからしっかりと助けて下さい……ね、『ウサギさん』?」

 

 

そう、言った。

 

 

 

 

 

――それからは、大分気を楽にして動ける様になった。

事情を知らないからこそ、初音さんに後押しを頼めた……というのが、

結構効いているのかもしれない。結局僕は、臆病になっていたのかな……とも思うけれど。

 

……選択の一部を誰かに預ける、というのはどうなのかと考えない訳じゃない。

初音さんにその責任まで押し付けるなんて事は絶対にしないけど、

それに限りなく近い事を僕はやっている。

 

でも、薫子さんや初音さん、それに優雨や香織理さん、陽向ちゃんにも、

これ以上そんな顔を見せるわけには行かないし……史にも、心配はさせたくない。

 

 

……だから、決断をしなければいけないその時までは。

解決する為の方法を考えつつ、僕は皆の為に何時も通りに振る舞おう。

 

 

 

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――翌日。

放課後、僕は何時もの様に華道部へ来ていた。

 

「……また千早お姉さまに勝てなかった」

 

……という、雪ちゃんの愚痴を聞いた後。

華道部の活動時間が終わってから、雑談が始まっていた。

 

「それでは、お姉さまはダンスパーティのホスト役を了承されたのですね」

「ええ。……こういう事まで慣例になっているとは、思ってもみなかったけれど」

「千早お姉さまは今年から入られたので、これも知らないんでしたっけ」

 

話題は、やはりダンスパーティの事になる。

何となく、雅楽乃はダンスパーティを随分楽しみにしているように感じるけど……。

 

「……雅楽乃は、随分と楽しそうに話すのね。ダンスパーティで、誰か踊りたい相手でもいるのかしら?」

 

……半ば答えが判っている質問ではあるけど、一応聞いてみる。

 

「はい。……お姉さま、ダンスパーティでは私と踊っていただけないでしょうか?」

 

質問した僕に、雅楽乃は笑顔でそう答える。……やっぱり。そう言うだろうとは思ったけど。

横を見れば、雪ちゃんは少し呆れたような表情をしている。

 

……そんな風に、雅楽乃と雪ちゃんの様子を見比べていると。

袖を引っ張られるような感じがしたので、僕はそちらを向く。

 

「……ちはや。わたしも、踊りたい」

 

見れば、やはり優雨が制服の袖を引っ張っていた。

真っ直ぐに僕を見る表情は、なんだか少し力が入っているようで。

 

 

――わたしも……ひなたみたいに、できるようになる?

 

――ええ、勿論。……その時は、是非一曲御相手させて頂こうかしら。

 

――うん。わたし、頑張る。

 

 

……そういえば。ソシアルダンスの講習のときに、優雨の相手をさせて貰うと言っていたっけ。

それを思い出してから、僕は袖を掴む優雨の手を取って……再度、雅楽乃の方を向いて。

 

「ええ、大丈夫よ。……でも、既に優雨と先約があるのだけど、その後でも良いかしら?」

「……え、ちはや?」

 

僕がそう言うと、雅楽乃は少し意外そうな顔をしてから。

 

「まあ。それでは仕方ありませんわね……では、優雨さんの後にお願いしても宜しいでしょうか?」

「勿論。喜んでお相手させて頂くわね」

 

雅楽乃にそう答えてから、優雨の方を向く。

 

「いいの……?」

「ええ。……講習の成果、楽しみにしているわね?」

 

 

 

「う、うん……頑張る、ちはや」

 

 

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――そのまま僕達も修身室から出て、帰ろうとする途中。

昇降口から出ようとした所で、僕達は水の音に気付く。

 

 

「……あら、雨かしら?」

「でも、外は晴れています。……天気雨ですね」

 

僅かに外の様子を覗き込むようにしてから、雅楽乃が答える。

それに続くように、雪ちゃんも外の様子を見に行って。

 

「……このくらいなら、大丈夫そうだね。雨宿りしなくても、普通に帰れそう」

「そうですわね。……それではお姉さま、

 ゆっくりと歩いていては濡れてしまいそうですし、ここで失礼致します」

「御機嫌よう、雅楽乃、雪ちゃん」

「ばいばい……うたの、あわゆき」

 

僕と優雨は、雅楽乃と雪ちゃんが早歩きで行くのを見送る。

そして、姿が見えなくなり……僕達も行こう、と切り出そうとして。

優雨から声が掛けられる。

 

「……ね、ちはや。天気雨って、きつねのよめいり、っていうんだよね」

「ええ。よく知っているわね、優雨」

「わたし、雨が好きだから。だから天気雨も、好き。調べたことがあるの」

 

少しはにかみながら、僕の言葉に優雨はそう答える。

 

「じゃあ、今どこかできつねさんがけっこんしき……してるのかな」

「……かも、しれないわね」

「きつねさん、けっこんして幸せになれるかな。……ずっと、幸せだったらいいな」

 

 

……その言葉に、少しだけ詰まる。

 

 

「ちはや……?」

「……ええ。私も、そう思うわ」

 

 

少しだけ、返答に詰まった後。

僕は優雨にそう返した。

 

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――期末試験が近づき。

降誕祭とダンスパーティの話を賑わせていた生徒達の間にも、ある程度の緊張感が出てくる。

数学が厳しいとか、英語はどうだとか。自信が無い、考えたくない、等々。

そんな、試験前の学生にとっては当たり前の会話が生徒帯の間で交わされている。

 

 

……そして、試験期間とその前の数日は、部活動は活動停止期間に入る。

それは華道部、そして園芸部も例外ではなく。

 

 

「ああ……お姉さま、雅楽乃は寂しくて胸が張り裂けそうです。

 明日から暫く、お姉さまと一緒に活動できないのかと思うと辛いです」

「……雅楽乃が私を慕ってくれるのは嬉しいのだけど、その表現は少々オーバーではないかしら」

「いいえ……!お姉さまへの思いは、この程度の表現ではとても、表しきれるものではありません!

 ですからお姉さま、私……寂しくなったら、お姉さまの麗しいお姿を思い出します。

 それでも耐えられなくなったら、少々淑女としては端ないとは思いますが、お姉さまのお姿を影から」

「あーもー!ちょっと落ち着いてってば、うたちゃん!」

 

 

……華道部での活動を終えての帰り道。

明日から試験前の部活停止期間に入るという事で、僕との一時の別れ(?)を雅楽乃が嘆いて

…………まあ、こういう事になっていたんだけど。雪ちゃんも大変だな……。

 

「そんなに心配しなくても、お昼を食べる時に会ったりする事は出来ると思うのだけど。

 勿論、雅楽乃が良ければ……だけど」

「本当ですか!?……ええ、勿論断るなど出来る筈もありません。

 お姉さまとご一緒できるのであれば、是非に……」

「おーちーつーいーてー!」

「…………うたの、なんだかすごい」

 

優雨は呆気に取られた様子で、その光景を見ている。

優雨が雅楽乃達と話す様になってから、ここまで凄い状態の雅楽乃って……見た事あったかな。

 

……まあ、ともかく。

雅楽乃はそんな感じで、雪ちゃんはやや渋面で。僕達と別れて、帰っていった。

 

「……では、私達も」

 

僕がそう言って促すと、優雨も一歩、足を踏み出す。

……そうして少し歩いたところで、不意に。横を歩く優雨が、僕の制服の袖を引く。

 

「……どうしたの、優雨?」

「あの、ね……?ちょっとだけ、花壇によりたいの。いい……?」

 

 

 

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……園芸部が管理する花壇までの道程で、僕は優雨から話を聞いた。

 

園芸部は、今日から活動を停止する事。

植物の管理の為に、部長である姿子さんだけは放課後の活動を続ける事。

 

……そして。

もうすぐ咲きそうな花があり、その様子を見たかった事。

 

 

 

 

 

 

「……おや。こんな時間にどうしたのかな、千早……それに優雨も」

 

――僕達が花壇に着くと、其処には。

花壇の前に座り込んでいるケイリの姿があった。

 

「ケイリ、貴女こそ……どうして此処に?」

「近くを通りがかったら、姿子に捕まってね。丁度良い所に来たから、

 手伝いをしろ……と。ああ、姿子に用があるのなら温室の方に居ると思うよ」

 

……成程。そういう経緯か。

 

「……わあ」

 

声につられてそちらを向くと、温室の中でじっと何かを見ている優雨が居た。

優雨の視線の先には、鉢に植えられ、花を咲かせた――

 

「――サイネリア、だね。開花時期よりも少し早めだけれど、綺麗に咲いている様だね」

「……ええ」

 

目を輝かせながらサイネリアの鉢を見ている優雨を、僕たちは少し遠くから眺めている。

試験期間に入ってからは、部活で毎日来る事ができないから……

だから、見たかったというのもあるのだろうか、とそんな事を考える。

何にせよ、優雨が見たいと望んでいた姿を見られたのだから良いタイミングだったんだろう。

 

「……千早。サイネリアの花言葉、貴女は知っている?」

「ええ、一応。確か……」

 

昔、千歳さんや母さんに付き合って花言葉を覚えようとした事がある。

その時見た本の中に、サイネリア……シネラリヤだったか、その名前で載っていた。

 

「――元気、快活、喜び。……そんなところだったかしら」

「その通り。名前を知っていても、花言葉まで覚えている人は

 あまり見掛けないのだけど……千早は知っているんだね」

「昔……少しだけ、そういうものに触れる機会があったの」

 

そう返せるという事は、多分ケイリも知っているんだろう。

 

「……花言葉絡みではないけれど。最近の千早は、何処となく"元気"の無い様に見えるよ。

 星に従って此処へ来たのも、千早にそうする為だったのだと……そう思うべきかな」

「……え?」

 

その不思議な言動に、僕は直ぐには反応できなかった。

そうしている内に、ケイリは僕の手を取り、何かを握らせて……。

 

「御守(タリスマン)だよ。星が指していたのは、どうやらこの事の様なので。

 ……それでは失礼するね、千早」

「え……え?ちょっとケイリ?」

 

僕の声に振り返る事もなく、そのままケイリは軽く手を振りながら歩いていってしまった。

…………何なんだろう?

 

「……どうしたの?」

 

サイネリアを見るのに満足したのか、優雨は僕の方へ近づいて来る。

……そして、呆気に取られた僕の表情を見て不思議そうな顔をしていた。

 

 

***

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「……あー、うん。ケイリはよく不思議な事するし、あんまり気にしないほうがいいと思うよ?」

 

――その日の夜。

 

薫子さんに試験勉強に付き合って、と頼まれて、

部屋を訪れて勉強を教えていたのだけど……その休憩中。

ケイリから貰った御守(タリスマン)の話をすると、薫子さんからそんな反応が返ってきた。

 

「千歳さんの事を一発で見破ったり、不思議な事言ってたり……それに、桜のこととか」

「……桜?」

「あー、千早が来る前の話だっけ、これ。……まあ、色々不思議な事をしてる訳よ」

 

……僕よりもケイリとの付き合いが長い薫子さんは、それだけ色々な事を見てきているんだろうか。

 

「ま、兎も角。ケイリのやる事だし、何の意味もない、っていうのは多分ないと思うよ。

 ……そもそも『それ』が何に使う物なのかって所から、あたしには良く判んないけどさ」

「そう……ですか」

 

それなら、取り敢えず持ち歩く事にしようと思う。

ケイリは前も、突然飴玉――エリキシルだっけ、を持ち出してきたりしたけど、

あれは確かに効果はあった……と思う。多分。

 

「それじゃ、そろそろ勉強再開しよっか。千早」

「……薫子さんの方から再開宣言なんて、珍しいですね?」

「そりゃ、勉強もあんまりしたくないものではあるけど……ケイリの話は色々不思議だから。

 そっちを考え始めると余計に色々悩みそうな気がするから、まだ判る勉強の方がいいよ。

 ……判んないけど」

「……そうですね。薫子さんも少し勉強に積極的になってくれたみたいですし」

 

そういう理由なら仕方ない。

僕はあくまで薫子さんの教師として来ているのだし、薫子さんの勉強を滞らせる理由もない。

そう判断して、僕は薫子さんの教師役に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

「……くしゅっ!」

 

薫子さんの勉強にさらに付き合って、数時間。

夜は更け、もう日付も変わる間際になっている。

 

「うー……なんか冷えてきた。そろそろだいぶ遅いし、今日はここまでにしない?」

「薫子さんがそう言うのなら。確かに、もういい時間ですしね」

「ついでに温かい紅茶なんか入れてくれると嬉しいなー、とか。……駄目?」

「……はいはい」

 

今の時間なら、厨房で史が紅茶の用意を始めているかもしれない。

多分史は元々薫子さんの分も用意はすると思うし、待っているだけでもいい、とは思うけど。

 

……まあ、薫子さんも頑張っていたし。甘い物の一つ位用意してもいいかな?

頑張ったから御褒美……なんて、試験勉強なのにどうかとは思うけど。まあ薫子さんだし。

 

 

そう、可笑しな事を考えながら部屋を出て。階段までの僅かな距離、廊下を歩く。

……その途中。

 

「……あ」

 

テラスの横を通り掛った時、ガラスの向こうにちらちらと白い物が舞っているのが見える。

……雪、か。これなら、薫子さんが寒いと言い出しても仕方ない。

 

 

「…………」

 

 

……雪を見ていて、胸の奥が微かに痛む。

 

…………薫子さんが待っている。早く用を済ませて、部屋に戻ろう。

そう思いながら、僕は雪の見える窓から目を外し……テラスから離れた。

 

 

***

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***

 

――昔の夢を見た。

 

花と、雪。

そんな話をしていたから、僕はそれを夢に見たのかもしれない。

 

 

 

 

「すごーい……!お母さん、これ本当に貰っていいの!?」

「勿論、いいのよ。それは、貴方達の為に作った物なんだから」

 

手の上に乗せた髪飾りに目を輝かせながら、千歳さんは母さんに聞いている。

そして、その千歳さんの隣に並ぶ僕の手にも同じものがある。

 

意匠は同じ。けれど、色は違う。

千歳さんの物は僕の髪の色。そして僕の物は。千歳さんの髪の色。

一揃いの、髪飾り。

 

 

 

……これは、何時の頃だったろうか。

5歳か、6歳か。多分、その位だったと思う。

 

 

そんな年の頃の、僕達の――僕と千歳さんの、誕生日の日の記憶。

 

 

「3月に咲く花を入れて下さい、ってお願いして作ってもらったの。

 貴方達の生まれた月に咲く花を、沢山って。ね?」

「ね、ちーちゃん!お母さんからのプレゼント、つけてみようよ!」

 

そう言いながら、千歳さんは先に自分の髪飾りを付ける。

着け終わってすぐに、僕にも促すように言葉を掛けてきて。

 

「ほら、ちーちゃんも」

 

その言葉に渋々ながら、僕は髪飾りを着けていた。

母さんからの誕生日プレゼントとはいっても、

どこから見ても女の子向けな髪飾りを渡されて、素直に喜べない……

そんな風に思っていたような気がする。

 

千歳さんは、髪飾りを着け終わった僕の手を引っ張って。

 

「ね、どうかな?お母さん」

「ええ、とても似合っているわ。千歳も、千早も……」

 

……母さんは、僕の方をちらりと見て。

僕が本気では嫌がっているようではないと思ったのか、言葉を続ける。

 

 

「――喜んでくれたなら、嬉しいわ」

 

 

 

それから少し後、僕は千歳さんに引っ張られながら植物図鑑を見ていた。

この髪飾りの花が何なのか……それを知りたかったから、という理由で。

 

 

「3月に咲く花、って言ってたよね、お母さん。

 そこから探してみよっか、ちーちゃん」

 

あの花は違う、これも花の形が違う……そう話しながら、探し続けて。

 

「金魚草に、さくら、上がプリムラ、それに……」

 

 

そんな風に、2人で答えを見つけていった。

 

 

 

千歳さんが、笑っていた。母さんも笑っていた。

だから……このままなら、きっと幸せな記憶になっていた。

 

 

でも。

僕はこの後を、知っている――

 

 

 

……あの日は。

 

ただ静かに、雪が降っていた。

 

 

 

 

 

「千歳……!お母さんを残して、行ってしまわないで――!」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

目を開けると、ベッドの天蓋が目に入る。……周囲は、まだ暗い。

部屋に備え付けられた時計は、2時を指していた。

 

 

 

……今まで見ていた夢の中身は、まだ僕の頭の中に強く残っている。

 

 

僕達が10歳の冬、千歳さんはいなくなった。

……そして、3月。僕一人だけが誕生日を迎えた。

 

 

 

……あんな夢を見た後だと、すぐには寝付けそうにない。

水でも飲んでこよう……。

 

 

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音を立てないようにして階下に降り、厨房へと向かう。

途中、通り過ぎた部屋からは何の音もせず……静かだった。

 

「……?」

 

階段を下りる途中で気が付く。

……食堂の電気が、点いてる?他に誰か起きているんだろうか。

 

階段を下り切り、ゆっくりと食堂まで足を進めると……。

 

「わ……」

「……優雨?」

 

食堂の扉が開き、出ようとしていた優雨と遭遇した。

 

 

 

 

 

 

「――なんだか、目が覚めちゃって。それで、水を飲みにきたの」

「……じゃあ、私と同じだったのね。優雨も」

 

二人共食堂の椅子に腰掛け、話をする。

どうやら優雨も、僕と同じ様に目を覚ましてしまったらしい。面白い偶然だと思う。

 

そうして話す僕達の手には、それぞれティーカップが握られている。

ただし、その中身は水ではなくて――

 

「……どう?」

「ええ……とても美味しいわ、優雨」

「うん。……よかった」

 

――試してみたいことがあるの。だから、ちょっとまってて。

 

そう言って優雨は、明かりの消えている厨房へと歩いて行き。

少し経って戻って来た時には、2つのティーカップの載ったお盆を持っていた。

その中身は、初音さん直伝のミルクティー。

 

 

――お姉さまに、教えてもらったの。

 

ティーカップを渡された時、優雨はそう言っていた。

 

……温かい。

暖房が消されていて、冷え切った食堂で座る体に染みる。

 

温かさを取って置く様に、少しずつ。ゆっくりと飲む。

……と。そうしていたら、優雨がじっと僕の顔を見ていた。

 

「……ちはや。目のところ、ちょっと白い?」

 

そういて、優雨は僕の目の端を指す。

何だろう、と思い触ってみると。……塩?

 

「えっ……ああ、気にしないでいいのよ。大丈夫」

「……でも」

「大丈夫。……ちょっと余所見をして、ぶつけてしまって。きっとそれの所為だと思うわ」

 

……涙、か。

先刻、夢を見ている時に流していたんだろうか。

 

「…………」

 

 

 

 

それから、少し。改めて暖房を入れた食堂で、眠気が起きるまで少し話をしていた。

その後も優雨は少しその事を気にしていたようだけど、僕は何も言わなかった。

何かある、なんて言ったら心配させるだけだと……そう思ったから。

 

 

そうして暫く、2人だけの静かな時間を過ごして。

優雨が眠くなり始めたのを見て、僕達はそれぞれの部屋に戻る事にした。

 

「……それじゃ、お休みなさい。優雨」

「うん。……おやすみなさい、ちはや」

 

優雨の部屋の扉が閉じたのを確認してから、僕は自分の部屋に戻る。

 

……冬の夜気に晒されたドアノブは、冷え切っていて。

暖房とミルクティーで温められた身体にはとても冷たく感じた。

 

 

 

***

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***

 

……ベッドに入って、わたしはちょっと考える。

さっきの、ちはやのこと。それに――ちとせのことも。

 

 

……ちはやは、みんなの前だと笑ってて。

ときどき怒って、おどろいたりして。……でも、それでもずっとやさしい顔のままで。

 

 

ちはやは、いつもやさしい顔しか見せてくれない。

でも、やっぱり…ちはやにも、寂しかったり、泣きたかったりする時はあると思う。

……なのに、ちはやはやさしい顔のままで。

 

 

 

泣かないのは、だめ。……それじゃ、ずっと泣けなくなっちゃう。

泣きたくても、自分がそれがいやだから、泣かないで……そのまま、ずっと。

 

 

 

 

 

……ちはやも。ちとせも。

 

 

本当は泣きたいのに、泣けないのかな……。

 

 

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「……試験は終わった!あたし達は自由だ!」

「ええ、そうですとも!もう机に噛り付いて教科書に囲まれる必要もないんです、薫子お姉さま!」

 

――期末試験が終わり。

寮では、ささやかに試験終了の打ち上げが行われていた。

 

テーブルの上には、紅茶とケーキ。そして各々が席に座り、好きなように話を始めている。

……その中でも特に賑やかなのが、薫子さんと陽向ちゃんの辺り。

 

それにしても、薫子さんと陽向ちゃんは……そんなに試験勉強が嫌だったんだろうか。

考査期間中に比べて、随分とすっきりした顔をしているし。

 

「……薫子が騒ぎたいのも判るけれど。テンションが違い過ぎて、酷い温度差が発生しているわね」

「喜び方は人それぞれだと思いますし、薫子ちゃん達みたいなのも充分ありだと思いますよ?」

「くぅ……っ。薫子お姉さま、私達には余裕あり過ぎな人達の勝者コメントにしか聞こえませんよ!」

「いいもん、どうせこっちはダメダメなんだし……ダメダメ同士で寂しく祝杯を挙げてますよーだ」

 

初音さんの言葉に対して、薫子さんと陽向ちゃんは妙な同族意識を持ちながら答えている。

……いや、普通に普段から勉強していれば、追い詰められる事もなかったと思うんだけど。

 

「……ほう」

 

そんな薫子さん達からの威嚇を受けて。

香織理さんは陽向ちゃんの方を向き、不敵に笑ってから。

 

「……陽向は語学系、結構得意にしていたと思うのだけれど。

 確か、日本語は勿論英語も結構得意だったわね?」

「あー……外国の物語とかの原文読むのに要るんですよね、アレ。和訳されてるのとかだと、

 端折られてたり展開変わってたりしますし。英語は読めるだけですし、フランス語ドイツ語も

 ちょっと位しか……って、あの。どうかされましたか、薫子お姉さま」

 

そう言って、陽向ちゃんは香織理さんの疑問に答える。

……けれどその直後、薫子さんの方に向き直ってから怪訝な顔をする。

 

「…………陽向ちゃんの裏切り者」

「え」

「裏切り者……勉強充分できてるじゃないの」

「えー……」

「あらあら、友情というのは儚い物ね」

 

……仲間割れを起こす薫子・陽向同盟を、香織理さんは微笑みながら見ていた。

 

 

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「……はあ」

 

――打ち上げが終わり、片付けも済んだ後。

僕は一人、携帯を手に自室で悩んでいた。

 

その理由は……打ち上げの途中にかかって来た、母さんからの電話だった。

 

 

――クリスマスパーティをしようと思うの。何時も通り、御門の家でね?

 

 

電話口から聞こえてきたのは、軽快な口調の母さんの声。

 

 

――ああ、それとこの間学院祭で会った女の子……優雨ちゃんって言ったかしら?

   その子も連れてきなさいね?連れて来なくちゃダメですからね?

 

 

……連れて来い、といきなり言われても。相変わらず母さんは無茶振りをする。

それなりに付き合いがあるとはいえ、誰かを自分の家のパーティに誘う事の危険性とか

一切考えてないんだろうか。……僕の立場を本気で忘れてるのかもしれないけど。

薫子さんや香織理さんなら兎も角、優雨は僕の事情は知らないんだし。

パーティの規模はそれこそ、身内……僕と母さんと史、それくらいだから、誤魔化しは利くけど。

 

 

……それに。

 

 

――わたしは、いや。

 

 

――ちとせがお母さんに忘れられたままなんて……わたしは、いや。そんなの、すごく悲しいから。

   大好きな人なのに、忘れられていいなんて…………絶対に、いや。

 

 

優雨はきっと、その思いに真っ直ぐで。

だから、優雨と一緒に行けば――恐らく、千歳さんの事と向かい合う事になる。

 

「そうしなければならない」と思い込む、僕に――僕と千歳さんに向いた強迫観念。母さんの気質。

それを考えれば、最初から「優雨を招待しない」という選択肢は存在しない。

今の母さんは自分の考えを変えられず、異なった場合の結果も受け入れられないから。

 

 

 

 

……それなら、僕は。

ここで、母さんと向き合おう。

 

今まで、史と母さんが千歳さんの事を忘れていた事から目を逸らしていた。

向き合う事を恐れていた。保っていた今が、壊れてしまうのが怖かったから。

千歳さんを忘れていた事で安定していた母さんの心が、耐えられず壊れてしまう事を恐れていたから。

 

でも、もう逃げない。

行動の結果、どんな事になっても……僕はその結果を背負っていく。

 

 

……起き上がり、優雨の部屋へと向かう――その前に。鏡台まで歩き、髪飾りを取り出す。

そして、左端から順に刻まれた花に触れていく。

端から、金魚草、枝付きの桜の花、プリムラ、そして、

 

 

――金魚草に、さくら、上がプリムラ、それに……。

 

 

……最後の一つは、

 

 

――下のこっちは……忘れな草、かあ。小さくてかわいい花だよね、ちーちゃん。

 

 

今の状況を指し示しているような、勿忘草の花だった。

 

 

******

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******

 

――そして、クリスマス・イブの夜。

寮の玄関で、出かける準備を終えた僕と優雨は、初音さんに見送られていた。

 

「……それでは、行ってきますね。初音さん」

「行ってきます、お姉さま」

「はい。……千早ちゃんや優雨ちゃんと一緒にパーティが出来ないのは寂しいですけど、

 楽しんできてくださいね、千早ちゃん、優雨ちゃん」

 

クリスマス・イブの今日。寮の皆でも、パーティを行うことになっていた。

けれどそちらには僕と優雨、それに史は参加しない。御門家で行われるパーティに行く事になるからだ。

だから、寮でのパーティを25日にずらそうか、という話もあったんだけど……

僕達だけが二日もパーティをするのは不公平だ、と言って断った。

勿論、寮の皆ともパーティをしたくなかった訳ではないけど……そこは仕方ない。

 

ここにはいない史は、御門家でのパーティの準備を行う為、一足先に家に戻っている。

……史には、僕達がどうするか既に話してある。そして、史を通してまさ路さんにも話は伝えた。

 

反対されるかもしれない、と思った。けれど、まさ路さんは僕達の提案を受け入れる、と言ってくれた。

僕と母さんと……そして、千歳さん。主家である妃宮の人間の為なら助力致しましょう――と。

 

……迷いが、吹っ切れたわけじゃない。この先への事を恐れる心は、ずっと残っている。

それでも。それでも、僕は――

 

 

「……えいっ」

 

……むに、と頬が軽く引っ張られる。

それをしたのは、

 

「……パーティに行くのに、そんな沈んだ顔じゃダメですよ、千早ちゃん?」

 

そう言いながら、初音さんは軽く右手を振って微笑む。

……ああ。約束、覚えてくれてたんだ、初音さん。

 

「……?」

 

互いに微笑を向け合う僕達を、優雨が良く判らない、という様な顔をして見ている。

 

 

……優雨に、向き合うための選択の手伝いをしてもらった。

初音さんに、後押しをしてもらった。だから僕は、迷わない。

 

 

 

 

玄関の扉を開け、優雨が先に出る。

その後に僕も続き、一歩を踏み出し――振り返って。

 

 

「行ってきます」

 

 

「はいっ、行ってらっしゃい」

 

 

***

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***

 

「……ここが、ちはやのお家なんだ」

 

車に乗って、着いたところ。そこは、すごく大きい家だった。

わたしの家より、ずっと大きい。お屋敷って、こういうののこと……だと思う。

 

「……少しだけ待っていてくれるかしら、優雨」

 

そう言って、ちはやはお部屋に行った……みたい。

何か、取ってくるものがあるのかな。

その間、わたしはふみと二人で、ちはやが帰ってくるのを待ってた。

 

 

 

 

 

「…………っ」

 

ぐらり、って。

椅子に座って待ってたわたしは……ちょっとだけ、世界が揺れてるみたいに感じた。

 

夏休みの前までは、よくあった感じ。

久し振りだけど、わたしがずっと感じていたもの。

 

ちょっとだけ、体がだるい……かも。

でも、ちはやには言えない。頑張ろうって、わたしは決めたから。

 

「……優雨さん?どうかされましたか」

「ううん。……大丈夫、ふみ」

 

……頑張らなきゃ。ちはやと、ちとせのために。

 

……ちとせの事を思い出すのは、すごく辛い事かもしれない。

わたしは、2人のお母さんにひどいことをするかもしれない。

 

でも……やっぱりわたしは、ちとせとちはや、2人のお母さんだっていう事を、思い出してほしい。

 

 

***

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***

 

 

――クリスマスパーティが始まって。

 

せめて、この後のことを少しだけでも先延ばしにしたい……

そう思っていて、僕は直ぐには千歳さんの事を切り出せなかった。

やる事は決めている……けれど、クリスマスパーティが終わる時まで、せめて――と。

 

……けれど。

クリスマスパーティの来賓である優雨に、母さんが挨拶をして。

 

 

――うちはずっと娘一人だったから、

 

 

……その言葉を聞いて。

僕は、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

母さんは、千歳さんの名を聞いて、判らない――と言った。

僕の言葉も、史と優雨の言葉も、誰の事か判らない……と。

 

……だから僕は、僕達にとっての思い出の品を持ち出し、見せる。

 

「お母さま、この髪飾りの事――覚えていらっしゃいますか?」

 

僕が手で摘んで見せたのは、銀の髪飾り。

それを見て、母さんは怪訝な顔をする。

 

「……その髪飾りは、私が誕生日のプレゼントで千早ちゃんにあげたものでしょう?」

「お母さまがこれの事を覚えていてくれたのは、嬉しいです。……でも、これは私の物ではありません」

「……え……?」

 

判らない。理解できない。

母さんの顔が、そう言いたそうな表情になる。

 

「私の髪には、この銀の髪飾りは似合いません。それに」

 

銀の髪に銀の髪飾りなんて、似合う訳がない。

そう言ってから僕は、近くの棚の上に置いていたもう一つの箱を取り……

中に入っていた髪飾りを摘み、自分の髪に当てる。

 

「……私の分の髪飾りは、此方にあるもう一つの方です」

 

髪に当てていた、千歳さんの髪の色の髪飾りを離して。

銀の髪飾りと二つ並べて、僕の手の上に乗せる。

 

「……あ」

 

…………母さんの顔が、強張る。

どちらも記憶にあるのに――どちらも記憶にあるから、2つが並んでいる事が理解できない。

僕だけに贈られたのだから、一つしかない筈の物なのに……もう一つも記憶にある。

そんな思考に、なっているんだろうか。

 

 

 

……もう、後には引けない。

 

「お母さま……此方の髪飾りは、私に贈られた物ではありません。

 お母さまのもう一人の娘……」

 

 

 

 

「……私の姉、千歳さんに送られた物です」

 

 

 

 

……その瞬間。

強張っていた母さんの顔が崩れ……自責と後悔と、悲嘆の感情で埋め尽くされる。

 

 

 

…………こうなるかも知れない事は、判っていた。

それでも、母さんが穏やかに千歳さんの事を思い出してくれる事に賭けた。

……それは結局、僕の我侭に過ぎなかったんだろうか。

 

僕は――

 

 

 

「……どうして」

 

 

 

……僕のすぐ横で、

 

小さな、けれど強い意思が込められているような声が、聞こえた。

 

 

「…………優雨?」

 

 

***

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***

 

 

「……どうして」

 

 

ちはやのお母さんは、泣いてる。すごく悲しんでる。

御免なさい御免なさい、ってずっと。

 

 

……どうして。

 

 

「どうして、ちはやのお母さんは御免なさいって言うの……?」

 

 

どうして、御免なさい、って言ってばかりなの?

 

 

「ちとせはきっと、大好きだって言って欲しいのに……御免なさいなんて、言われたくないと思うのに」

 

 

……わたしを見てたお母さんとお父さんの姿を、思い出す。

 

お母さんもお父さんも、御免なさい、って言ってた。

丈夫に生んであげられなくて御免なさい、入院してばかりで済まない。

……わたしは、そんなこと言われたくないのに。もっと、違う言葉が欲しかったのに。

 

お母さんとお父さんのお話が、好きだったのに。

話してる顔を見て、笑ってる顔を見てて、わたしはそれが嬉しくて楽しかったのに。

 

 

……どうして。

 

 

御免なさい、って。言われる事が、わたしは悲しかったのに。

誰だって、そう言われるのは悲しいって思うのに。

 

 

わたしは、ちはやのお母さんにちとせの事を思い出して欲しくて、頑張ろうと思った。

……でも、それだけじゃ、いや。わたしは、いや。

 

 

なんだか、目が熱い。

身体も、なんだか熱い、かも。

 

目は……わたし、泣いてるのかな。

身体のほうは……なんだか、ふらふらして、ぐるぐるして、立ってるのがちょっと大変な気がする。

 

 

ちはやのお母さんが、こっちを見てる……そんな気がする。

……もしかしたら、気のせいかも。でも……。

 

 

ちょっとだけ踏み出して、前に出る。

 

 

……わたしは。

 

 

「……そんなの、」

 

 

ちとせが、御免なさいって言われてばっかりなんて……ちはやもふみも、痛いままなんて。

そんなのは、いや。

 

 

また、前へ。

 

――ぐらり、って。また。

 

……まだ。

まだ、頑張らなきゃ。

 

「御免なさい、って言われて、そればっかりなんて……」

 

 

前へ、ちはやのお母さんのほうへ、歩いて。

 

 

「そんなの、ひどいよ……!」

 

 

…………あ、

 

見えてるものが、ずれていく。ちはやもふみも、ずっと高く見える。

 

 

「優雨!?」

「優雨さん……!?」

 

 

わたし――

 

 

 

 

「――もう。ちーちゃんも優雨ちゃんも、無理するんだもん」

 

 

――え?

 

 

……ちと、せ?

 

 

何かに、ぐっとつかまれた気がして。ずれてたものが止まって。

そっちを見てみたら、倒れそうなわたしの身体をちはやが受け止めてくれてた。

……でも、ちはやはなんだか、驚いた顔をしてた。

わたしが倒れた事も、びっくりさせちゃったのかもしれないけど……でも、もっと。

 

 

「……ゆ、優雨!?大丈夫!?」

「う、うん……」

 

 

まだちょっと身体が熱い。

でも……ちはやの腕を、ぎゅって抱いて、頑張って立って。

ちはやの顔を見上げたら、わたしを心配そうに見て、肩に手を置いて。

それから、ちはやのお母さんの方を見て。

 

 

そこに――

 

 

***

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***

 

 

……もう。無理なんてして欲しくなかったのにな。

 

 

さっきは、ちょっとだけちーちゃんの手と足を借りて、ちーちゃんが優雨ちゃんを受け止められるようにした。

できるかどうかは判らなかったけど……でも、頑張ってやってみようって思った。

ちーちゃんの腕のところから、なんだか温かいものを感じて。できる気がしたから。

 

……あれ、確かちーちゃんがケイリちゃんに貰ったの、だよね。

石のお守り……なのかな?

 

 

……わたしは、ちーちゃんにも、史にも、優雨ちゃんにも助けてもらった。

みんな、わたしのワガママな願いを叶えるために頑張ってた。

ワガママで、ちーちゃん達に迷惑をかけるだけで、ダメなことなのに。

 

 

 

ちーちゃん達が頑張ったんだから。だからわたしは、もっと頑張らなくちゃ。

 

 

 

 

 

……ね、お母さん。

 

 

わたしは、お母さんの事が――大好きだよ。

 

 

 

******

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******

 

 

 

「……それでは、お母さま。私は優雨と一緒に学院へ戻ります」

「ええ。お休みなさい、千早ちゃん」

「お休みなさい、お母さま」

 

――パーティが終わった後。

後片付けを行う為に史はこのまま家に残り、僕と優雨は学院へ戻る……という事になった。

 

 

母さんが千歳さんの事を思い出してくれたのだし、もう少し留まって話をしたい……

という思いもあったけど、体調の優れない優雨を放っては置けない。

……だから、僕は優雨と一緒に学院へ戻る事にした。

 

 

こういう結果になるのは、僕も史も予想していなかった。

……でも。心の何処かでは、こうなって欲しいと願っていたのかも知れない。

その願いが叶えられたのは、きっと聖夜の奇蹟だと――そう思う。

 

 

母さんに別れの挨拶をした後、史の方へ向き直る。

 

「史も、お休みなさい。……今日は、お疲れ様でした」

「いえ」

 

……きっと母さんの話し相手は、史がする事になるだろう。

どんな話に、なるんだろうか。

 

「……では、行きましょう。優雨」

「うん」

 

先に優雨、次に僕が乗り込み、車のドアが閉められる。

走り出した車から見える母さんと史の姿は次第に小さくなり……そして、見えなくなった。

 

 

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「……今日は有難う。優雨」

 

車のライト、建物の明かり、クリスマスの装飾。

擦れ違っては通り過ぎて行くそれらから目を離し、優雨に話し掛ける。

 

「ううん。ちはやのお家のクリスマスパーティ……楽しかった」

 

優雨は僕の言葉にそう答え、笑う。

通り過ぎる光に照らされる優雨の頬は、熱の所為だろうか、僅かに赤く見えた。

 

……優雨には、見っとも無い姿を見せてしまった。

年上らしくもなく、本来立ち向かうべき者らしくもなく。千歳さんにも優雨にも助けられてばかりで。

結局僕は、一人では自分の弱さを乗り越えられなかったんだから。

 

何時かは向かい合わなければいけない事だった。

……そして、今。僕達にその決意をさせてくれたのは、優雨だった。

 

 

 

 

――走り続ける車の中、無言の静寂だけが続き……時間が過ぎていく。

 

 

優雨は元々口数が多い方ではないし、僕も今は積極的に話そうと思わない。

優雨の体調が心配だという事もあるし、僕達だけではなく運転手も居る、というのもあるし……

それに。

 

「…………」

 

優雨が楽しんでくれていた、というのなら……もう少しだけ、静かに余韻を残しておきたい。

そう、思ったから。

 

 

 

 

 

 

……更に走り続けて、もう少しすれば学院に着く、というところで。

腕に掛かる重みが増したように感じて、顔を右に向けると……

 

「…………すぅ」

 

優雨が、小さく寝息を立て始めていた。……もう大分遅いし、眠くなって寝てしまったのだろうか。

それなら、降りる時に起こすのも少し可哀想な気もするし……どうしようか。

……そんな事を考えながら、優雨の寝顔を眺めて。

 

 

通り過ぎる明かりの中で、照らされながら僅かに見える優雨の顔は。

……どうしてか、僕には少し眩しく感じた。

 

 

******

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******

 

――翌日、降誕祭の日。

 

講堂では生徒達へ今後の説明と冬休みへの諸注意などが行われ、そのまま早めの解散となる。

……とは云っても、そのまま下校する生徒は殆ど居ない。

解散というのは飽くまで「ダンスパーティ前のミサが自由参加である」事が理由であり、

降誕祭のミサに参加せず、けれどダンスパーティには参加したいという生徒は、

友人同士で近場へ出掛けたり、学院内で時間待ちをしていたりなど、各々自由に時間を過ごしている。

 

 

 

 

……そして、僕は。

 

「――そう。それで優雨は、その約束を楽しみにしているのね」

「うん」

 

優雨の部屋で、少しだけ話をしていた。

話の内容は、冬休みが明けた後の友達との約束とか……そんな、他愛のない事。

 

 

優雨は、ベッドに入りながら僕と話をしている。

昨日体調を崩した事もあり、学院での諸説明を終えた解散した後、

大事を取ってダンスパーティの時間まで休む事にしている。

 

既に体調は安定しているみたいだけど、それでも念の為……という事で、

ダンスパーティへの参加はせず、講堂の端での見学という形になった。

 

――みんなに、ダンスパーティを楽しんでほしい。

  だからわたしは、お休みでいいの。

 

……そう言った優雨の顔は、とても残念そうで。

だから僕は薫子さんと話をして、一つのお願いをしていた。

優雨にも、ダンスパーティを楽しんで欲しい――そう言って。

 

 

 

「……ね、優雨。少しお願いがあるのだけど――」

 

 

***

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***

 

 

「本日は有難う御座いました、お姉さま。……私、夢の様な時間が過ごせて、満足でした!」

「お姉さま。冬休みが明けましたら、また……」

 

そう言いながら講堂を去っていく生徒達を……一人一人、微笑みながら見送り。

初音さんや沙世子さん達は、まだ少し生徒会の仕事があるから……と言って、先に戻り。

最後まで残り、ダンスパーティの後片付けを行っていた生徒も見送った後。

……講堂の外には、僕と優雨の2人だけが残る。

 

 

 

――エスコートをした後は、お見送り……か。ホスト側って大変だね。

   あたしも、疲れたから早く寝たいし……先に帰るね、千早、優雨ちゃん。

 

そう言って、最後まで僕達と一緒にいた薫子さんも帰っていった。

……まあ、薫子さんは何だかニヤニヤしてた気がするけど。

これからどうするのかというのは、先に話してあったし……。

 

振り返った先。

先程まで多くの生徒が居た講堂は、既に明かりを落とされ……鍵も閉められている。

 

結局、優雨はダンスパーティには参加せず、端で史と一緒に僕達の様子を見ていた。

そしてダンスパーティを終えた後、優雨には僕のお願いを聞いてもらって、

ダンスパーティ参加者の見送りを手伝ってもらっていた。

 

……僕の隣に立つ優雨は、女性パートを表す白の夏服ではなく黒い冬服を着ている。

本来、参加者は踊れるパートに合わせて制服を着分けるのだけど……

出来る限り身体を冷やさない様に……という事もあって、優雨は冬服を選んだ。

 

 

 

……横を向くと、優雨の寂しそうな表情が見える。

ダンスパーティの間、講堂の端で生徒達を見ていた優雨はずっとそんな顔をしていた。

ダンスパーティも、それだけ楽しみにしてくれていたんだろうか……。

 

 

 

 

 

 

「……さて」

 

 

優雨を伴い、中庭まで歩いた後……僕は優雨の方へと体を向ける。

 

そして、優雨に向けて、僕は手を差し出して――

 

 

 

「……それでは一曲、御相手して頂けるかしら?」

 

 

「…………え?」

 

 

 

優雨が、驚いた様な表情になる。

 

 

 

……僕は優雨に、寂しそうな顔をさせたくない。

楽しみにしていた事を、自分の都合で出来なくなって、それで終わり……なんて事にしたくはない。

 

だから僕は、どうすればいいか考えていた。

出来る限り優雨の望みを叶えたい。けれど、優雨は迷惑を掛けてしまいたくないと言っている。

自分が参加して何かがあって、ダンスパーティの流れを滞らせたくない……多分、そういう事。

……それなら。

 

 

「……いい、の?」

「ええ。だって私は、優雨と踊りたいのですもの。……ラストダンスの後、

 誰も居ない舞台ではあるけど――私の我侭に、付き合ってもらえるかしら?」

 

 

 

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無人の中庭に、ステップを踏む音だけが響く。

リズムを測る軽快なワルツの曲も無く、ただ記憶しているリズムとステップだけで僕達は踊る。

身体は流れる様に動き……僕と優雨、2人分の影もそれと同期して動く。

 

「あ……っ」

 

不意に、優雨がバランスを崩す。

僕はその動きに合わせて、優雨を受け止め……再び流れの中へと戻していく。

 

「大丈夫?」

「……うん。ありがと、ちはや」

 

優雨の動きには、まだ少し硬さが見える。

だから僕は、その硬さを補うように動く。優雨にそれと気付かれない程度に、緩やかに。

 

 

……2人だけでは、広すぎる中庭に。

静かに、足音だけが響く――。

 

 

***

***

 

 

「態々あたしに相談してまで、優雨ちゃんの事を気に掛けて……真面目だよね、千早は。

 それに何ていうか……もう、しっかりと2人の世界じゃない」

 

茂る木々の向こうから、千早と優雨ちゃんの姿を覗き見て。

あたしは、独り言を呟く。

 

……千早は、本当に優雨ちゃんの事が好きだよね。

出来る限り、自分に出来る事なら叶えたい。……そう、千早は言っていた。

多分その考え方は、初音と同じ……家族に近いものなのかもしれない。

先輩後輩じゃない、お姉さまと妹――そんな考え方。

どっちかって言えば、初音が姉で千早はお母さん、って感じだったけど。

 

……でも、何だろう。

そう思っていた筈の千早と優雨ちゃんの関係が、今は少し違うように見える。

何がどう違うのか、良く判らないけど……でも。千早と優雨ちゃんの距離が、近く見える気がする。

 

「どうしたのかしら、薫子は。こんな所でこそこそと、覗きみたいな格好をして……あら」

「香織理さん……」

 

突然声を掛けられて振り返ると、あたしの後ろに香織理さんが立っていた。

……いつの間に。

 

「薫子も千早も、それに優雨ちゃんも。中々帰ってこないと思って様子を見に来てみたら

 ……千早と優雨ちゃんを覗き見とは、薫子はずいぶん面白い事をしているのね」

「……判ってて言ってるでしょ、香織理さん」

 

そう言ったあたしに、香織理さんは。

 

「……どちらにしても。そんな所に居たら冷えるわよ、薫子。

 覗き見も程々にしないと風邪を引くわ」

 

……心配して言ってるのは判るんだけど。

香織理さんは本当、わざと余計な一言をつけるよね。

 

ま、冷えるのも確かだし。

 

「はいはい、見つかっちゃったから覗き魔は退散しますよーだ。

 ……邪魔しちゃ悪いし、ね」

 

 

***

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***

 

 

5分、6分――もっと長く。

僕達は踊り続け……そして、ゆっくりと身体の動きを止める。

 

「……ちょっと、疲れちゃった」

「少し、長く付き合わせてしまったかしら……御免なさいね、優雨」

 

踊る事を止め……足を止めた優雨は、顔に薄く汗をかいている。

ダンスは結構体力を使うし、もう少し短くしたほうが良かったかな。

ダンスパーティの最中は、僕は踊る相手を次々に入れ替えながらだったから……

少し加減が判らなくなっていたかもしれない。

 

「ううん」

 

優雨はそう言って、横に首を振って、

 

「……ちはや、約束守ってくれたんだ」

「ええ。優雨との大事な先約、ですもの。……守れないで優雨が拗ねてしまったら、私は困ってしまうわ」

「わたし、拗ねたりしない……」

 

優雨の言葉に、僕は少しだけふざけながら返す。

……先約、の部分で止めれば良かったとは思うけど、何故か少し気恥ずかしかった。

 

 

「……あら」

 

優雨の呼吸が落ち着くのを待っていると――視界に、白いものが映る。

目で追った白い一欠片は、まだ繋がれていた僕達の手に触れ、解ける。

それから次々と白い欠片は降り、僕達の制服に、優雨の髪に、今度は解けずに白い後を残していく。

 

……雪、か。

 

この前、雪を見たときは心が重く感じたのに。

今はそんな事はなく、落ち着いて降る雪の景色を見られる。

 

そんな風に思いながら、雪の積もり始めた学院を見回し……横からの視線を感じて、其方を振り向くと。

優雨が、僕の顔を――いや、もっと上を。僕の髪を、見ていた。

 

「……ちはや、全然雪が積もってるように見えない」

 

優雨は、僕を見てそう呟く。

ああ、僕の髪は銀色だから……白い雪は見え辛いのかもしれない。

 

「そう言われても、私はどう反応していいのか判らないわね。

 ……でも、私は優雨みたいな――雪の映える、黒い髪も綺麗だと思うわ」

 

そう答えてから、優雨の髪を軽く撫でる。

その途中、撫でる手に触れた雪も解け、水に変わっていく。

 

「………………うん。ありがと……ちはや」

 

そんな、僕の行動に対して。

優雨の反応は、どこか少し鈍かった気がした。

 

 

***

-26ページ-

***

 

 

――とくん、とくん。

 

 

……なんだろう。

 

ちはやと手を繋いで、いっしょに踊って――髪を、撫でられて。

すごく、どきどきする。

 

ちはやの手が、温かい。ちはやがわたしに触る時、そんな風に思ってた。

でも、わたしは……温かくて、離したくないって。ちはやと手を繋いでて、そう思ってる。

 

 

――とくん、とくん。

 

 

ぎゅ、って。ちょっとだけ、手を繋ぐ力を強くしてみる。

そうしたら、ちはやはその分、わたしの手を強く握ってくれる。

 

 

――とくん、とくん。

 

 

……なんだろう。

 

 

胸がどきどきする、この感じ。……なんなのかな、ちはや。

 

 

 

******

-27ページ-

******

 

 

 

――もうすぐ、日付が変わる頃。

 

 

ふわり、と宙に浮いて。

わたしは、ベッドで寝てるちーちゃんの姿を見てた。

 

……ちーちゃん、ぐっすり寝ちゃってる。

ダンスパーティでたくさん動いてたし、疲れちゃったのかな。

ちーちゃんの寝顔を見ながら、わたしはそんな風に思う。

 

 

あの後、姿を消したわたしはそのままちーちゃんにくっ付いてた。

ちーちゃん達は、わたしが行っちゃった、って思ったかもしれないけど

……まだちょっとだけ、したかった事があったから。

 

こんなに、たくさんしてもらって。それでもまだやりたい事がある、なんて。

……わたしは、欲張りだよね。

それでも、叶えたいって少しだけ思っちゃって。……だから、わたしはまだここにいる。

 

 

 

「――メリークリスマス。ちーちゃん」

 

さっき見てきた優雨ちゃん、史……それに、薫子ちゃんの時と同じように。

わたしは、ちーちゃんにこっそりと……聞こえないように、声を掛ける。

そうすると、ちょっとだけ心が温かくなったような、そんな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

――少しだけ。ほんの、少しだけ。そう思っただけだから……叶わなくても、きっとそれでいい。

 

 

 

 

……それでも。

もう少しだけ、わたしにちーちゃん達の傍にいる時間をください、神さま。

 

 

 

説明
「処女はお姉様に恋してる 2人のエルダー」の二次創作作品。本作品は、私の書いた二次創作優雨ルート、第三話となります。……1話〜3話は原作本編内の描写を近い形で使っている部分も多くあります。その点、改めて御了承下さい。問題があるようでしたら削除致します。

PSP版発表前に書き始め、pixivにて2011年4月10日に最終話を投稿した、妄想と願いだけで書いた、PC版二次創作の優雨ルートです。最終話の投稿から1年が経過し、別の場所にも投稿し、そこでの評価を知りたい、と考えTINAMIへの投稿を致しました。拙く、未熟な部分ばかりの作品ですが、読んで頂ければと思います。

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――12月。
悩みを抱えたまま、12月は少しずつ過ぎて行く――。
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