憑依とか転生とか召喚されるお話 第二章 家出の朱然
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 第二章 家出の朱然

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ国境の村が見えるはず……」

 

 開けた荒野から最初の険しい山道を馬で走って登った後に広がった光景。

 朱然は目を凝らすと否応なく見慣れてしまった幾筋もの嫌な煙が上がっている。

 

 賊に襲われたのか?!

 

 朱然は急く気持ちを抑えずに愛馬、麒麟の手綱を繰り走らせた。

 

 

 

 

 

 最初に朱然の眼に映ったのは家を焼かれ、蹂躙される村人達の姿。

 襲っている賊は皆、黄色の布を巻いている。

 

 黄色い布……黄巾、党?

 そうだ、三国志でも恋姫†無双でも居たはずじゃないか!

 なら、俺のする事は――――?

 

 朱然は麒麟が隠せるくらい村の近くの雑木林に下り、麒麟に備え付けていた大牙を担いで一番近くの背を向けている賊に一気に近寄った。

 

「…………ッ!!」

 決まってる。

 元々修行として家で同然で出てきたんだ。

 朱然として――――

 

 押し殺した声と共に、朱然は長大でとても気での強化がなければ持ち上げることのできない超重量の大剣、大牙を思い切り大上段から振り下ろして黄巾党の一人を袈裟掛けに切り捨てた。

 

 ――――戦うしか、ないだろ!!

 

「ギャァアアァァッ!!」

 

 問答無用で斬られた黄巾党の断末魔が村全体に響き、略奪していた黄巾党の仲間が集まってくる。

 

「テメェ! どこの―――――」

 

 答えるわけ、ないだろがァッ!!

 

 黄巾党の一人が言い終わる前に、朱然は再度、大牙を横薙ぎに振るう。

 

「ギィィィィッ?!」

 

 また、村に絶叫が響く。

 何も知らない人間が、賊に殺され、犯される。

 朱然の脳裏に、かつて青年だった時に救えなかった姉の死に顔がチラついた。

 それによって、朱然は自然と大牙を握る手に力が入り、いつしか義憤を超えて憤怒へと変わっていた。

 

「どうでもいい……名乗る名も無い。 お前ら全員、今ここで誰一人として逃がさず殺し尽くす! ハァァァァッ!!」

 

 朱然はその後も命乞いすら聞かず、黄巾党を問答無用で大牙を振い、何度も斬っていった。

 切り払い、打ち砕き、叩きつけて。

 十から先は数えておらず、ただ耳障りな絶叫と断末魔だけ覚えていた。

 かかった時間は、おおよそ三十分程度だっただろうが、朱然にとっては何時間も戦っていたという体感が残っていて、疲労困憊といったところだ。

 そんな朱然の姿は夥しい返り血で、大牙もろとも真っ赤に染まっている。

 その修羅の如き姿の俺に話しかける者がいた。

 

「お若いの、助けてくれたことに感謝させてもらうぞぃ」

 

 優しそうなお爺さんだった。

 よくよく見れば黄巾党に乱暴されたために衣服は破れ、家の火をどうにかしようとしたのか煤で真っ黒に汚れている。

 

「いえ、このような惨状を見て見ぬ振りなどできませんでした。 俺がもっと早くこの村に着いていれば、もっと……助けられたんじゃなかって」

 

 俯き、持っていた大牙を八つ当たり気味に地面へと思い切り突き刺す。

 

「いやいや、過ぎたことは変えられん。 死んでしまった者達は帰っては来ぬが、お前さんが来たお陰で生き残った者がおるのじゃ。  本当にありがとうのぅ」

 

 お爺さんの言葉に合わせるように、村の生き残り達現れる。

 

「…………」

 

 俺は拳をきつく握り締める。

 優しそうな老人の感謝の言葉が“もっと自分が早ければ”という後悔を沸き立てるのだ。

 自分で初めて自分の意志で人を殺した。

 この世界に来てから、元の世界よりも人の死はとても身近にあった。

 だからこそ、この惨状を見ても吐いたりはしなかった。

 

 むしろ……ッ――――

 

 笑いながら殺してやがる……。

 あ、悪魔だ……紫の――――

 

 周りを見れば助けられなかった村人と賊の死体だらけ。

 こんなにも簡単に罪も無い人は死んでいくのかと、俺の前の世界は平和すぎたのだろうかと、そればかりが頭の中をグルグルと回り続ける。

 

「お主の格好は酷い。 すぐそこに小川があるでの。 体を洗ってくるとええ」

 

「はい……」

 

 朱然は体と衣服を洗って村に戻り、死体の燃えない物を全て剥ぎ取り、一ヶ所に集め燃やした。

 このままにしておいたり、土葬したりすると病気が蔓延するからだ。

 死体処理が終わった後、老人の家に泊めてもらい次の日の朝、朱然は村を後にした。

 

 

 

 

 

 建業を離れて既にひと月しばらく、村や町を転々としたが賊の被害は深刻なものだった。

 間に合った時もあれば間に合わなかった時もあったし、間に合った時は礼を言われ、間に合わなかった時は自身の無力を思い知る。

 そんなことを数度繰り返し、また街に着いたのだが、運の悪い事にまたしても黒煙が上がっていた。

 俺は祈りながら馬を走らせた。

 

 間に合ってくれ……ッ!!

 

 街には出来のいい防護柵があり、賊達は攻めあぐねいているのが見て取れた。

 だが、一ヶ所だけ弱い部分があったのか、賊が集中的に攻めているのがわかる。

 そもそも篭城戦での限られた物資で、しかも急造で作られてる防護柵。

 それで、むしろあそこまで持ちこたえていることの方が賞賛に値いされるべき事だろう。

 

 絶対に、やらせない!

 

「一ヶ所に集まっているなら大渦の出番か……」

 

 朱然は麒麟から降りて両手で大渦を構える。

 本来であれば、大渦は細長い円錐の形の刀身を持つ重量級で、地上で振り回すことを想定しておらず、騎乗戦において真価発揮させる物。

 が、この世界には気がある。

 だから大牙と同様に重量があったとしても片手で振り回すことできるし、白兵戦でも強引に扱うことができるのだ。

 大渦の細長い円錐の切っ先意外の部位は、敵を切り裂くことはできないが、管槍のように持ち手がスライドするように設計されており、短い振り抜きでも十分な威力を出せるようになっていることから貫く事に特化している。

 故にそのまま、腕力の他にも気で強化した身体能力で賊の中心まで走った。

 一人、二人と大渦に刺さっていく。

 中心まで来た所で大渦を思い切り前に突き出し、最終的に刺さっていた三人の賊を勢いを利用して強引に引き抜き跳躍。

 着地の瞬間に大渦を垂直に地面に勢い良く刺して、その柄に飛び乗った。

 そして、既に持っているもう一つ武器である鋼糸、無影をこれまた気を利用しつつまるで手足のように操り、賊達へ閃かせる。

 ヒュンッ!という風切り音と共に鋼鉄の糸が瞬く間に数十本単位で繰られ、周りの賊や遠くで籠城している街人には何も持っていないように見える朱然が奇妙な動きをしているだけのように見えただろう。

 だが、朱然の気と流れを見る力で操った鋼糸は鎧すら簡単に切断する。

 鋼糸を操る死の舞で、瞬く間に数百人単位の人間を細断、鮮血が舞い、首が撥ねられ、四肢が飛んでいった。

 最大戦力を朱然のいる場所に集中していたため、朱然によって戦力を削がれていった賊達は恐慌状態に陥って散り散りとなる。

 それに乗じて攻めに転じた街の義勇軍が各個撃破によって残った賊達を倒したようでいつの間にか戦場の音は静寂へと変わり、朱然を包み込んだ。

 朱然は自分の出来ることはなくなったと言わんばかりの態度で大渦の柄から降り、去ろうとしたところで、街から三人の女の子が近づいてきた。

 

「すみませーん!」

 

 すっごい美人さんなのー!

 

 最初に声をかけてきたのは気の抜けるような声、眼鏡にそばかす、戦場には不釣り合いなお洒落に力を入れていることを窺わせる少女で、サイドポニーならぬサイド三つ編みという髪型をしている。

 双剣を腰に下げているところを見るとそれが少女の得物のようだ。

 

「おい、沙和!」

 

 手を翻しただけで賊を皆殺しにできる……得体がしれない。

 妖術使いか……?

 

 まだ安全確認もしていないのに、通りすがりの朱然に話しかけた最初のサイド三つ編み眼鏡の少女を諌めた少女は銀の長髪を長い三つ編みにしている。

 手甲と脚甲を付けているということは恐らく格闘家なのだろう。

 動きやすい服から覗く四肢や顔には修行のためにできたのかところどころに傷が見て取れる。

 

「沙和、自分緊張感無しやな……」

 

 あの槍……ウチの螺旋槍に似とるなぁ……回転とかせーへんのかな?!

 

 最後に最初の少女に呆れた声を出す、日本でもどことなく聞き覚えのある関西弁のようなイントネーションで喋る、既に水着というか下着のような姿、朱然と同じく紫色で、癖のある髪をツーサイドアップにしている。

 獲物はドリルのような絡繰をつけた槍を担いでいる。

 

「貴方様のお陰で私達の街は助かりました。 お礼を言わせてください」

 

「ありがとうなの!」

 

「助かったわ、礼を言うで!」

 

 真面目そうな少女が礼を言い、二人も続けて礼を言う。

 が、朱然はこの少女達にどこか見覚えのある気がして昔の記憶を掘り起こす。

 

 って、思いっきり見覚えがあるぞ?!

 確か楽進と李典と于禁じゃないか?!

 

 思わず顔に出そうになったが、脈絡もなく驚けば不審に思われると思い驚きを隠しつつ話を聞くことにする。

 何せ、呑気な于禁はともかく、礼を言いながら楽進と李典の目は未だ朱然を警戒しているからだ。

 

「いや、気にしないでくれ。 被害の方はどうなった?」

 

 極めて平静に朱然は楽進達に話を振る。

 

「幸い、防護柵のお陰で死人は出ませんでしたが、負傷者が十数人出てしまいました」

 

 真っ先に被害の有無を訊いてきた……少なくとも私利私欲で動くような人ではないのか?

 

 楽進は朱然の態度に少しだけ感心し、警戒心を一段階下げる。

 

「そうか……でも、死人が出なかったのは良かった」

 

 朱然は心底、胸をなで下ろす。

 確かに賊にも事情はあるだろうが、だからと言って他人を虐げて略奪行為をして良いという免罪符にはならないのだ。

 賊は人とは思うな、獣と思えとこの時代に教えられる。

 だからこそ、今を生きる人が死ぬことは朱然には許せないし、守れたことに安堵した。

 

「貴女が来てくれなければ危なかったと思います」

 

「そう言ってもらえると、こちらとしても助けた甲斐があったよ」

 

 そう言って微笑した朱然は地面に刺さったままの大渦を引き抜いて担ぎ、指笛を吹く。

 すると、離れた場所に置いてきた麒麟がどこからともなく走って来て朱然に顔を擦りつける。

 

 うむ、良い子だ。

 

 麒麟を一撫でしてから大渦を麒麟に括り付けたところで遠方に砂塵が上がって居ることを朱然は逸早く気付いて目を凝らす。

 

「賊の新手でしょうか?」

 

「もう防護柵は保たんで?」

 

 既に疲弊しきっている義勇軍を率いている二人は身構えながら弱気になるが、朱然がその砂塵の主達が掲げる旗を見て安心させるために二人に伝える。

 

「いや、あれは官軍だな……曹の旗が見えるが……」

 

 朱然の眼に映ったのは前々から風の噂になっていた北方にいる官軍で曹の旗を掲げる人物。

 曹孟徳が率いる騎兵隊だということを確認した。

 その者達はよく訓練されており、行軍の隊列には一部の隙も見当たらない恐るべき練度を持つ者達だと朱然は内心で感心し、同時に舌を巻く。

 

 流石に曹操が直接出張って来るっていうのはないか?

 いや、でもまだ曹操は官軍の将の一人のはず……自ら賊の鎮圧にも指揮官として出てくる事も有り得るよな?

 

「見えるのですか?」

 

「ああ」

 

 朱然は内心で曹操が現れるのではないか?

 だとか、曹操って今の容姿だとちょっとまずくないか?

 やっぱり、夏候淵か……夏候惇の方は居ないでほしいなぁ。

 騒がしいし、疲れそうだ。

 

 夏侯惇がいないことを朱然は切実に祈りつつ、楽進達と少し世間話などをしている内に官軍が俺達の所まで辿りついた。

 

「これはどういうことだ!」

 

 騎乗兵が自分達の目の前に立ち並んで壮観な光景だとも言えるが、朱然の心境的には悪いことをしていないのにパトカーを見ると落ち着かなくなる心境である。

 そんなことを知る由もなく、官軍の中から一人の女性が馬に乗ったまま進み出る。

 その女性は水色のショートヘアで、雰囲気的には氷などを思わせる美人。

 彼女こそ曹孟徳の信頼する将が一人、姓は夏侯、名は淵、字は妙才その人だ。

 その夏候淵が、朱然が切り刻んだ賊達惨状を見て驚きを顕わにする。

 足元には夥しい数の賊の死体の中心にいる者には間違いなく興味を惹かれる存在だろう。

 

「そこの者達! こ奴らは……賊達だな?」

 

 夏侯淵の問いに朱然は一度、楽進達に視線を向けるが三人とも首を縦に振った。

 

 俺が代表して答えろってことか……。

 

 内心で溜息を吐きながら朱然は口を開く。

 

「ええ、そうです」

 

 朱然が代表して答える。

 

「お前達の名は?」

 

「はい、姓は朱、名は然、字は義封と申します」

 

「私は姓は楽、名は進、字は文謙と申します」

 

「ウチは姓は李、名は典、字は曼成や」

 

「沙和は姓は于、名は禁、字は文則なの」

 

「うむ、私は陳留の曹操軍が将、夏候妙才だ。 一体この惨状はどういうことだ?」

 

 夏侯淵はもう一度、辺りの惨状を見回してから問う。

 楽進達と世間話をしていてなんだが、何も知らない者から見れば血の海なのだ。

 何せ賊達は幾千の刃に斬られてバラバラの肉片に変わってしまっているのだから、その惨状の説明を訊くのは当然の流れだと言えるだろう。

 

「これは……」

 

 単独でこの惨状を創り出した主である朱然は言い淀む。

 

 うーむ、一人で倒したとか言うと面倒な事になりそうな気がするぞ。

 

 有能な者で、しかも美しい容姿の朱然。

 間違いなく何かしらの理由を付けられて曹操の元へと連れて行かれる事は予想できるからだ。

 

 下手をすると、家出……修行の旅が続けられなくなる可能性すらある。

 ここは慎重に――――

 

 だが、朱然が打開策を考えついて打ち出す前に、空気が読めない少女が口を開いてしまう。

 

「この朱然さんが一人でやっつけてくれたの〜」

 

 空気を読んでくれ天然少女……。

 

 朱然は思わず脱力しそうになるのを堪え、反射的に速度の出ない麒麟で出来もしない逃走の算段などを考えてしまった。

 

「一人でこの数を、だと?」

 

 とてもではないが、俄かには信じがたいな。

 

 夏候淵が聞き返した時、鈴を転がす声ながら一介の武将とは思わせぬ凛とした声が響く。

 その声の主こそ曹孟徳。

 この場の誰よりも身長が低く、金髪のお嬢様必殺の縦ロールという三国志に有るまじき用紙ではあるが、この世界はそういう場所であるという認識故に朱然は特に気にしない。

 むしろ現状の絶望的な状況が絶対絶命の状況に転がり落ちた事で一杯いっぱいになっていた、というべきか。

 

「秋蘭、状況はわかった?」

 

「華琳様、今詳しくこの者達に事情を訊こうとしていたところです。 話によると、足元の賊全てを朱然と申す者が一人で倒したらしいのです」

 

「へぇ、一人でねぇ……」

 

 あら、好みだわ。

 それに朱然?

 東から取り寄せた醤油と味噌という調味料の製作者で、最近人気の衣服の意匠名も確か……?

 そういえば東の賊達が次々に討ち取られている話も上がってきていたわね。

 

 上から下までじっくりねっとりと値踏みするように見られた。

 

 うぐ、なんという嫌な視線……世の女性達はこんな視線を男から注がれているのか……。

 

 悪寒といっても過言ではない性的な欲求を含む嫌な視線に朱然はこれからはもう少し、女の子をそういう風に見るのを控えようと心に誓う。

 そんな朱然を差し置いて、曹操のお眼鏡に叶ったらしく、どこか嬉しげに頷く。

 その仕草に、更なる悪寒が止まらない。

 

 貞操の危機かコレ?

 

 朱然は生まれて初めて感じる貞操の危機という恐怖に身を震わせた。

 もっとも同時に思う。

 

 いや待て落ち着け……曹操は百合百合な人のはずだ。

 男に興味はないはずッ!

 

「貴女……見たところ、旅の者のようね?」

 

「はい、見聞を広めるために旅をしておりました」

 

 朱然は極めて冷静に何もやましい事も無いので即答する。

 言い淀めば何かやましい事があると誤解されて面倒事になる事が多いのだ。

 

「なるほど、ところで幾つか聞きたいのだけれど?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「建業で新しい調味料や服の意匠をした者も確か……朱然という名だったと思うのだけれど、それは貴女かしら?」

 

 若干、曹操の台詞の中に違和感を感じないでもなかったが、朱然はそれよりも先に返答をする。

 

「はい、それは私の事かと思いま――――」

 

 が、またしても于禁が話の腰を折った。

 

「ええ――――ッ?! むぐッ!?」

 

 しかし、流石に不味いと思ったのか楽進と李典の二人に口を塞がれ、朱然は気を取り直して最後の言葉を言い切る。

 

「―――――思います」

 

 突然の大声に朱然は驚きはしたが、やはり平静に答える。

 

 やっぱり有名になっているかー。

 于禁は何を騒いでいるんだか……あ、于禁は確か、阿蘇阿蘇を読んでたから服のデザインしたっていう俺を知ってたって事か……。

 そういえば曹操も手ずから料理をする料理人だし、服だって気に入ったものを買い込んでたか。

 

「更に、その建業からこの近くまでの街や村を無償で救っている者も朱然という名前だと聞いているのだけれど、それも貴女?」

 

 ここひと月の間に、むしろそれだけの村が襲われていること自体が問題だとはいえ。

 助けた報酬に一晩の宿と食事だけというのはどうやら無償の範囲内らしい。

 

「ええ、恐らく」

 

「貴女、私の……曹猛徳のものになりなさい」

 

 イキナリ何ヲ言ッテイルノデスカ?

 

 言われて思わず片言で思ったが、今まで危惧していた通り予想の範囲内だった。

 

「……話が見えないのですが?」

 

「貴女の美貌とその武、そして新しい食料や衣服の意匠……その才とても惜しい。 そのままその才を無能者共に拾われるより、私が存分にその才を使わせてみせるわ」

 

 何とも不遜な言いようだが、伊達や冗談ではなく本心からそう言っているように見える。

 いや、見えるではない。

 本気でそう言っている。

 

 これが後の魏の覇者にして覇王、曹孟徳か……随分と高く買われたものだな。

 でも――――

 

「いや、その……謹んでお断りします」

 

 朱然は頭を下げ、曹操直々の誘いを断る。

 

「貴様、華琳様の誘いを断るのか?」

 

 夏候淵が静かだが、有無を言わせない重圧をかけてくる。

 

 やっぱり美人が凄むと迫力が違うよなぁ。

 

「はい、ですが私は未だ未熟者の身。 人の上に立つような才は持ち合わせておりませんので、遅かれ早かれどなたかに仕えるつもりです。 が、今のところ、私が仕えて良いと思ったのは一人だけですので」

 

「この曹猛徳が仕えるに値しないとでも?」

 

 この曹孟徳よりも仕えたい者?

 誰だ?

 

 朱然の言葉をそのまま受け止めれば、曹操は使えるに値しないと行っているようなもの。

 故に曹操の殺気が俺に突き刺さる。

 

 怖ぇよぅ……。

 

 思わず弱気になりそうになるが、そこで弱みを見せてはいけないことを義母に叩き込まれていたからこそ、朱然は言葉を続けた。

 

「いえ、そこまでは言っておりません。 ただ私は自分の目で見たものしか信じません。 なので、どんなに優れた御方であろうとも、今さっき会った方に仕える事はできません」

 

「そう……ならば、しばらく私の客将として私を知り、仕えるに値すると思うのなら私に仕えなさい」

 

 慎重な事ね……でも、一度欲しいと思ったものは必ず手に入れるのが私。

 朱然が心より仕えたいと思っている者より私に仕えたいと思わせてみせましょう。

 

 曹操は今度こそ有無を言わせぬ口調。

 それを断ればある事ない事のでっち上げで連行されると思った朱然は思う。

 

 まあ、いいか……朱然だからって呉に使えなきゃいけないって事でもないし。

 

 正史で朱然は呉に仕え、周泰の部下として戦乱を生きる。

 だが、この世界ではそもそも朱然という登場人物自体が存在せず、今後どうなるかは朱然自身の判断に委ねられていると言っても過言ではない。

 だからこそ、朱然は敢えて未来の魏を統べる人物を見極めるのも望んで得られぬ機会と思い了承した。

 

「わかりました。 その代わり、と言っては何ですが、この三人を仕官させてもらえませんか? 一緒には戦っていませんが、遠目から見た所、一角の将になれると思うのですが? それならば少しの間、客将としてこの地に留まりましょう」

 

 能力的には今後の成長に期待といったところの三人だが、いずれ一角の将となる事はわかっている。

 間違いなく、朱然が街に着くまでに彼女達が居なければ、朱然はまた己の無力に嘆いていた。

 その朱然にとって細やかならぬ戦果の報酬に、朱然は三人を曹操へと推薦する。

 

「私が?!」

 

「ウチが?!」

 

「沙和が?!」

 

 今まで話の蚊帳の外だった三人が、いきなりの望んでも入ることは難しい官軍に推薦されたことに驚く。

 

「わかったわ。 ところで何故、貴女は男物の服を着ているのかしら? 口調も男のような喋り方だけれど?」

 

「ああ、やはりそうきましたか……別に深い意味はありませんよ。 単に私が男だというだけで」

 

 やはりというべきか、この場の誰もが朱然が男であることに気付かなかったという事実に、朱然は乾いた笑いを漏らしながら事実をぶちまけた。

 

「ですってッ?!」

 

「なんやてぇ?!」

 

「なんだとッ?!」

 

「ええ――――ッ?!」

 

「……ッ?!」

 

 今までの会話で最高の衝撃が駆け巡る。

 

「そんなに驚くことかなぁ……驚く事なんだろうなぁ……」

 

 朱然の目尻に涙が浮かぶ。

 それは言うまでもなく、悲嘆の涙。

 

 嗚呼、俺の目から汗が滴る。

 だが決して涙とは言わないッ!

 

「あ、あり得ないわよ! 嘘を言っているのではないの?!」

 

 どこからどう見たって、あんな……くっ!

 曹孟徳一生の不覚!

 

 曹操はまさかお眼鏡に適って勧誘した人物が男だったという事実を未だ受け止められず動揺を隠せない。

 何せ、この場の誰もが騙されていた。

 この点だけを見れば、曹操自身の落ち度とは言えないだろう。

 

「正真正銘、男です」

 

 最後の最後に曹操は本人へもう一度だけ確認をするが、朱然は事実を受け止められずにいる曹操に事実を突きつける。

 若干、男の部分を強調しての返答に曹操は頭痛がするとばかりに皺の寄りっぱなしの眉間に人差し指で抑え、目を瞑って最終的に答えを出した。

 

「ま、まあ、これほどの美貌なら……男でも……」

 

 しかし、一度手に入れると思ったのもまた事実。

 ならばこれまで通り手に入れるわ。

 

 曹操は凄まじく眉間に皺を寄せて葛藤したが納得した。

 朱然の意図せぬ誤解によって曹操は己を納得させるために朱然だけに限りバイの人になったようだ。

 そんなこんなで朱然は曹操に客将となった。

説明
青年は偶然にも根源に至り、命を落とした。
次に目覚めた時、青年は別の人生を歩み始める。
青年は次こそ、大事な人を守るために朱然として走り出す。
これは、青年が初めて恋をした恋姫の物語。
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コメント
夏妙才じゃなくて夏候妙才だと思います(頭翅(トーマ))
まぁあれだ、断るからって威圧で言うこと聞かそうという底の知れた行為をする人じ仕えたいなんて思わんな(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
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憑依 転生 召喚 真・恋姫†無双 

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