はがない バレンタインは想いが重い 
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はがない バレンタインは想いが重い 

 

 

「リア充どもの間にはバレンタインと呼ばれる退廃極まる衆愚行事が流行しているらしい」

 バレンタインを4日後に控えた金曜日の午後、夜空は苛立ち度100%の表情で吐き出すようにその話題を口にした。

「今日はパネェっすね、夜空さん」

「ああんっ?」

 思いっきり睨まれる。

「いえ、何でもないって」

 愛想笑いを浮かべて夜空との激突を回避する。

 夜空はリア充がリア充しまくるクリスマスやお正月などのイベントが大嫌いなのだ。自身のぼっちぶりが強調されるから。

「だけど夜空。バレンタインデーはリア充の中でも恋人がいない者にとってはとても苦しい1日。言い換えれば俺たちの仲間が大量生産される日じゃないか」

 バレンタインデーに女子からチョコをもらえない男はリア充の中にも大量にいる。それにバレンタインデーにチョコを渡す男がいない女子の中には寂しさを感じる子もいる筈。

いわばバレンタインデーとは潜在的な俺たちの仲間が明らかになる日なのだ。

「私は別にぼっち同士で傷を舐め合いたい訳じゃないっ!」

 夜空が吼えた。

「何故、下を見る? 若者なら上を見ろ。上をっ!」

 夜空の言葉通りに上を見る。よく知った木目の天井が見えた。

「いいかっ! ぼっちの負け犬のまま終わるな! バレンタインイベントをリア充のように楽しむことを私たちは強いられているんだっ!」

 夜空の顔の周りに集中線が走る。

「いや、でも、さっき夜空はバレンタインのことを退廃極まる衆愚行事って」

 1人で勝手に怒っていたのは夜空の筈だ。誰もその話題に触れていなかったのに。

「小鷹の馬鹿ぁあああぁっ!」

「痛てえぇっ!?」

 夜空に思い切り頬を叩かれた。

「何するんだよ?」

 頬を押さえながら抗議する。夜空のビンタマジパネェっす。

「小鷹が志の低いことを言うからだ。私は猛烈に悲しい。悲しいぞ!」

「志が低いって?」

「何故バレンタインが衆愚行事と決め付ける?」

「いや、決め付けたのは俺じゃなくて夜空……」

「愛の鞭っ!」

「痛でぇっ!?」

 また叩かれた。今度は反対の頬を。俺、左右の頬を差し出すような寛容さは持ってない。

「いいか。確かに世俗の垢に塗れた現在のバレンタインは穢れているのかもしれない。だがな、私たちが執り行うことによって、世のリア充どもには手の届かない崇高なイベントに昇華することが出来るかもしれないだろうが」

「えっと……要するにどういうことなんだ?」

 結局、夜空は何をどうしたいんだろう?

 

「要するに夜空先輩は小鷹先輩にバレンタインのチョコレートをあげたいってことですよ♪」

 理科が話に入って来た。やたらニッコニコな表情で俺と夜空を見ている。

「違〜〜うっ! 私はただ、高尚なバレンタインの実現をだなっ!」

 夜空が犬歯をむき出しにしながら反論する。けれど、そんな夜空を理科は涼しい顔で受け流した。

「夜空先輩は星奈先輩のお株を奪うツンデレですね。でも、理科的には夜空先輩はヤンデレの方がよく似合っていると思いますよ♪」

「誰がヤンデレだ? その喉を潰すぞ」

「や〜ん。恋のライバルを抹殺しようだなんて夜空先輩ったら完璧なヤ・ン・デ・レさん、ですね♪」

 何故か喜んでいる理科。

 でも、俺は思う。理科は言動に気を付けた方が良い。でないと早死にする。

「なら、望み通りに殺してやろうか?」

 ほらっ、あっという間にデッドラインに到達しちゃうんだから。

「きゃぁ〜♪ 小鷹先輩、助けてくださ〜い♪」

 楽しそうな悲鳴?をあげながら俺の後ろに隠れる理科。俺の方にとばっちりが来るからやめて欲しい。うん、最悪だ。

「小鷹……一緒に死ぬか? 腐女子と一緒に死ぬか?」

「いえ、遠慮しときます」

 そっと理科を夜空の前に差し出す。

「そ、それは幾らなんでも酷いですよ、小鷹先〜輩〜っ」

 滝の涙を流しながら抗議する理科。

 確かに俺は非道かもしれない。けれど、俺には小鳩の食事を作るという大切な任務がある。ここで死ぬ訳にはいかない。

「ここで理科を殺したら、理科が長い年月を掛けて導き出したバレンタインの必勝法も夜空先輩に教えることが出来なくなりますよ」

「バレンタインの必勝法だと?」

 それにコイツはこれでも抜け目のない天才科学者なので奥の手の1つぐらいは常に用意している。

「ええ。理科の科学理論の粋を集めた必勝法です。これで気になる彼の心は思いのままです」

 すげえ胡散臭い。

「で、それはどうすれば良いのだ?」

 理科は夜空に耳打ちを始めた。

「まず、チョコを作る際に………で、その後…………」

「そ、そんなことをするのか!?」

 夜空の体が跳ね上がる。

 断言する。理科は絶対にろくなアドバイスをしていない。きっと黒魔術的な何かを言っているに違いない。

「しかし、体の一部をチョコに混ぜるだなんて……しかも、そんな恥ずかしいものを」

 ほらっ、やっぱり。

「手作りチョコではみんなやってますよ♪」

 急に手作りチョコを食べるのが怖くなりました。もらったことないけれど。

「それで次にはですね…………」

「そ、それはもうチョコという概念を覆した別のものだぞ! だが、なるほど。参考になるな」

 やべぇ。驚きながらも素直に信じている夜空がやべぇ。

 もし万が一夜空と理科からチョコをもらうことがあったら食べるのはやめよう。きっと命に関わる。

「それで…………すると、…………となりますから…………なんです」

「フムフム。なるほど。それは一理あるな」

「そして意中の彼は言うんですよ。それは私のおいなりさんだって」

「確かにそうなるな。いや、そうならざるを得ない」

「何で変態仮面っ!?」

 話の流れが全然読めない。いや、知りたくないけれど。

「小鷹先輩、パンツはかぶるものなんですよ♪」

「そんな間違った常識はインターネットの中だけにしてくれ」

 頭が痛い。本当に、痛い。

「誰か変態理科さんって広めてくれませんかねえ?」

「パンツかぶらなくても変態だってキャラ設定されているから無理だと思うぞ」

 大きな溜め息が出た。いつも思うのだがこいつらは残念過ぎるから友達が出来ないのだ。

 って、俺もか。

 

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「それで、夜空は隣人部で何かバレンタインイベントをやるつもりなのか?」

「何だ? 小鷹は隣人部の女子からチョコレートをもらえると思って上から目線で調子こいているのか? 似非リア充のヘタレヤンキーの分際で」

 夜空の凍てつく波動を放つ視線が返って来た。

「誰もそこまで言ってねえのに、酷いこき下ろされ方だな……」

 いや、ちょっとは期待したよ。だって、部活仲間って言ったら義理チョコの可能性は考えるじゃないか。

「世の中には義理チョコが大量に溢れているじゃないか。それにほら、最近は女の子同士で友チョコも流行っているんだろ? そんな感じでイベントにすれば良いじゃないか」

 自分でも喋り方に熱篭っているのがわかる。いや、これだけ女の子が多い部活なんだし、お遊びでバレンタインイベントをやっても罰は当たらない筈。

「そんな薄っぺらい人間関係を築いてどうするんだっ!」

「うべぇっ!?」

 また、叩かれました。

「百人分……いや、千人分、いや、地球で誰よりも大事に出来る人以外にチョコレートを贈ってどうする? 大切に出来ない人からのチョコを受け取ってどうする?」

「いや、そんな深刻な行事にしなくても……っていうか、それって本命チョコのことか?」

 悲壮ぶって語る割に内容が普通だと思うのは俺の心が汚れているからか?

「ワン・フォー・ワン。チョコの受け取りは1対1でのみあるべきなんだっ!」

 夜空さんは感極まったのか涙を流しながら訴えている。

「夜空先輩って何でもすっごく重く捉えて損する生き方してますよね」

「RPGの主人公だったら良かったんだがなあ」

 勿論俺も理科も真面目には聞いていない。あんまり重い行事にされてしまうとみんなの肩が凝るだけだ。ただでさえ残念な俺たちにそれは荷が重過ぎる。

 

「そう言えば小鷹先輩は今までバレンタインでチョコを貰ったことってありますか?」

「小鳩からは毎年もらってるぞ」

 そして妹からのチョコは唯一の戦果だったりする。家族からのチョコしかもらってないから実質0とも言えるが。

「えっ? 嘘っ? 小鷹ったら、毎年小鳩ちゃんからチョコをもらってるの? 超羨ましい〜〜っ!」

 扉を開けて部室に入って来た星奈が俺たちの話にいきなり飛びついた。

「小鳩ちゃんからのチョコをもらえるなんてアンタ世界で一番の幸せ者よ! 自分の幸せをちゃんと噛み締めながら今年はあたしにもチョコをくれるように言っておいて」

 星奈のテンションはやたらと高い。

「ああ〜小鳩ちゃんの手作りチョコ。あたしも一度食べてみたい♪」

「いや、アイツのは市販の奴だぞ」

 小鳩は料理が苦手。チョコ作りも出来ないと思う。

「どっちにしても超マイエンジェル小鳩ちゃんから貰えるチョコをあたしも食べたい食べたい食べた〜いっ!」

 床を転がり回りながら駄々を捏ねる星奈。コイツは急に子供っぽくなる時がある。そして星奈がそういうことをするとパンツが見えてしまうので止めて欲しい。

 眼福なんだけど凄く気まずい。今日は……青か。昨日はピンクだったな。

「星奈も小鳩にチョコをやれば良いだろ? そうすれば小鳩もお返しってことでくれると思うぞ。多分」

 小鳩は星奈を苦手にしているが、礼には礼を返すように教育しているつもりだ。だから星奈がチョコを渡せば小鳩もきっとチョコを返してくれるに違いない。

「オーケーオーケー♪ あたし、小鳩ちゃんにチョコ準備する〜♪」

 ハイテンションで了承する星奈。

 こんなにごきげんでチョコを準備してもらえる小鳩がちょっと羨ましい。

 だが、そんな星奈を快く思わない者がいた。

 

「フッ。小鷹の妹にチョコを贈ってその返礼を期待だと? 何とぬるいやり取りを期待しているのだ、肉よっ!」

 夜空が星奈に向かって指を突き指して非難した。いつの間にか夜空演説は終わりを遂げていたらしい。

「今年の隣人部のバレンタイン行事はオンリーワンギフトに決まったのだっ! そんな返礼のみを期待するようなつまらんチョコなど認めんっ!」

「「「えええぇ〜〜っ!?」」」

 俺たち3人は驚いた。まさかそんな風に行事の方向性を定めるなんて思いもしなかった。バレンタインデーをギスギスさせてどうしようってんだ?

「肉よ。貴様が小鳩にチョコをあげるのならそれは構わん。だが……小鷹は諦めろ」

「なっ?」

 星奈が仰け反った。豊か過ぎる胸が大きく揺れる。やっぱ、すげえ。

「小鳩を選ぶということは……小鷹を選ばないということ。それがバレンタインだ!」

「どんなバレンタインだよ?」

 夜空に向かってツッコミを放つ。だが、夜空は俺を軽くスルーした。畜生……。

「さすがは理科公認のヤンデレ。ライバル排除の為に飛ばしますね」

 理科がウンウンと何度も首を縦に振っている。

 最近よく思う。夜空に理科がプラスされると手に負えなくなるって。隣人部が誇る理詰め系2人が手を組むと残念な方向が止まらなくなる。

 

「さあ肉よ。選ぶが良い? 小鳩か? それとも小鷹か?」

 如何にも悪そうな顔を全開にしながら夜空が決断を迫る。

「べっ、別にあたしは小鷹のことなんて何とも思ってないんだからね!」

 星奈が顔を真っ赤にしながら怒る。いや、もう俺には訳がわからない。

「こっちは貫禄の正統派ツンデレ。恥ずかしがりながら意識しまくりですね。ニヤニヤ」

 理科は一体何が言いたいのだろう?

「ちなみに理科は小鷹先輩にチョコをあげるつもりです。いえ、チョコというか理科自身を奉げたいです。でっへっへ」

「理科は少し自重という言葉を覚えた方が俺は良いと思うぞ」

 理科はとても可愛い女の子だ。しかるにその理科にチョコをもらえると言われてもあまり嬉しくない。それは彼女が恥じらいとか羞恥心とかいう単語を知らないせいだろう。

 自分からポイントを下げまくっている理科はとても残念さんだ。

 

「あんちゃん、バレンタインの話をしとるんの?」

「あにきはこの国一番の巨大チョコをお望みなのですね」

「バレンタイン? わたしにもチョコをくれるのか?」

 遅れていた小鳩、幸村、マリアが入って来た。

 これで隣人部はメンバーが勢ぞろいした。最悪なタイミングで。

「そうだ。バレンタインだ。己の存在全てを賭けた崇高なイベントだっ!」

 夜空さんは悪の女王みたいな笑みを浮かべながら遅れて入って来た3人を見ている。

「良いか、隣人部の者どもよ。今年の隣人部バレンタインイベントではチョコレートを贈れるのはたった1人。そして、受け取る側もたった1つのチョコレートだけを受け取るのだっ!」

「「「「「「えぇえええええぇっ!?」」」」」」

 夜空さんの無茶に俺たちは一斉に驚く。いや、だって、それはつまり……。

「それって、理科がチョコレートを先輩に渡したら、夜空先輩達のチョコを先輩は受け取れないってことですよね」

「そういうことだ。小鷹は私からのチョコを受け取ったら、他の女からのチョコは一切拒否しなくてはいけないということだ」

 自信満々に言い放つ夜空。

「やっぱり夜空先輩にはヤンデレが似合いますよね♪」

 夜空のせいでバレンタインデーの隣人部はよりギスギスした残念な部になることは請け合いとなった。

 

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 夜空の暴走は収まりを見せないままバレンタインデーは明日へと迫っていた。

「どうしたもんかなあ?」

 礼拝堂近くのベンチに座って空を見上げる。

 別に俺は自分がモテると考えてはいない。けれど、義理チョコぐらいは部内の女の子達からもらえるんじゃないかと期待している。

 けれど、その義理チョコでさえも1つしか受け取れず、他の子からのは却下しなければいけないのでは気まずすぎる。

「お兄ちゃん。空はこんなに青く澄んでいるのに何をそんなに黄昏ているんだ? ゲップ」

 太陽光が遮られスタイルの良い銀髪のシスターが俺の視界をいっぱいに占めた。

「ああ、ケイト」

 マリアの姉でこの学校の先生でもある高山ケイトが目の前に立っていた。

「実は、バレンタインデーのことでちょっと悩んでて」

「お兄ちゃんはモテモテのハーレム王だからなあ。他の男子生徒達から見れば羨ましい悩みだよな。あっはっはっはっは」

 ケイトはバシバシと俺の肩を叩く。

「ちなみに私もお兄ちゃんにチョコをあげるつもりだから。義理じゃなくて本命だからよろしく〜ゲップ」

「そりゃあどうも……って、それが問題なんだよ」

「はぁ?」

 首を捻るケイト先生に俺は隣人部におけるバレンタインデーイベントを説明してみせた。

「なるほど。三日月さんは誰がお兄ちゃんの愛を勝ち取れるのか確かめるべく勝負に出たってわけか」

「俺の愛って別に……」

 口篭る。

「お兄ちゃんがただ1人からチョコを受け取るということは、その娘を選んだも同然だからねえ。よっ! モテ男」

「だから俺はそんなんじゃ……」

 すげえ恥ずかしい。

「まあ、そんな面白そうなイベントには私も参加しないとな。お兄ちゃんの愛は私が勝ち取ってみせる! ゲップ」

 お尻をボリボリ掻いてゲップしなけりゃもっと決まるのに。

「自分で言うのもなんだけど、私はお買い得だよお兄ちゃん」

「お買い得って、あのなあ自分をそんな風に……」

「男の子みんな大好きな銀髪ロングの北欧系美少女。しかも胸が大きい。更にはちょっと頭が弱いけど、可愛らしい妹までオマケに付いてくる。私をお嫁にもらえば人生勝ち組バラ色間違いなしだって」

「お嫁にもらえばって、チョコレートの話をしているんだろうが」

「どうせ皆贈るのは本命チョコばっかりなんだから結果は同じだっての」

 ケイトはキッパリと言い切った。

「お兄ちゃんだっていい加減気づいているんでしょ。隣人部のみんなの気持ちを」

「そ、それは……」

 再び口篭ってしまう。

 夜空達が俺のことを本当はどう思っているのか。意図的に考えないようにしていることだった。

「まあ、隣人部イベントで勝利を収めるのは私で間違いないのだけど……」

 ケイトはニコッと爽やかに笑ってみせた。

「隣人部の面々はお兄ちゃんが思っているよりもずっと強いよ」

「…………っ」

「強くならないといけないのはお兄ちゃんの方じゃないかと私は思うんだ」

「…………そう、だな」

 大きく息を吐き出した。

「頑張れ男の子。女の子達の笑顔は君の決断に掛かっているぞ。ゲップ」

 だからゲップしなければもっと先生らしく格好よく決められるのに。

「まあ、そこまで深刻にならなくても、抜け道の多いイベントみたいだから誰かが悲しむような結末にはならないって。あっはっはっはっは」

「はあ……」

 俺にはケイトの言葉の意味がよく分からないでいた。

「そんでも、私は三日月さんにも星奈さんにも他の子にも負けるつもりはないけどね。お兄ちゃんのハートと笑いのツボを鷲掴みにしちゃうから覚悟しておいてね♪」

「……お手柔らかに」

 ケイトは絶対明日隣人部を引っ掻き回すつもりだ。

 相談したのに却って頭が痛くなってしまった。

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 2月14日バレンタインデー当日。

 朝食を作ろうと思って台所の方に降りてみると小鳩が既にいた。

「おはよう、小鳩。今、朝食を準備するからちょっと待っていてくれよな」

 朝寝坊な小鳩が6時に起きているのだから随分なことだった。

「あんちゃんが準備する必要はなか」

 小鳩は小声で返した。

「えっ? 朝食いらないのか?」

「そうじゃなか」

 小鳩は台所にある鍋を見た。

「今朝はウチが作ったんよ。だからあんちゃんは作る必要なか」

 言われてみると鍋からは味噌汁のいい匂いがしてくる。

「今日はウチがあんちゃんにおもてなしするんよ」

「そうか。それはありがとうな」

 普段料理を全くしない小鳩がどうしたのだろうと思いながら食卓につく。

 小鳩はぎこちない動作ながらも食器と茶碗をテーブルの上へと並べていく。

 数分後、テーブルには温かい湯気を放つご飯、不器用な小鳩が一生懸命に頑張ってくれたことが分かる豆腐のお味噌汁、そしてソレが置かれていた。

「なあ、小鳩……中央のソレは一体何なんだ?」

 お皿に盛られた茶色くてピンク色の大きな形をしたソレを見ながら尋ねる。

「今朝のおかず」

 小鳩はサラッと答えてみせた。

「チョコレートはおかずにならないとお兄ちゃん思うんだが?」

「バレンタインデーやからええんやもん」

 小鳩の答えに躊躇はなかった。

「バレンタインデーって、チョコの贈呈は夜空がうるさいんじゃないのか?」

 夜空の顔を思い浮かべながら額を掻く。

「これはウチとあんちゃんの兄妹イベントやもん。隣人部とは何の関係もないんよ」

「なるほど」

 妹の答えは実に理に適ったものだった。

「だからあんちゃんはウチのチョコを食べても何の問題もなしんよ」

「そういうことなら、安心してチョコをもらうな」

 チョコレートを手に掴んで口へと運んでガブッといく。

 チョコレートの材質上、バリバリと砕きながら食べ進める。

「美味いっ!」

 そのハート型チョコはやや苦味が効いた良質で上品な味がした。

「くっくっく。あんちゃんの好みに合うチョコを一生懸命に探したんやもん。当然なんよ」

 小鳩はホッとしたように笑みを浮かべた。

「あんちゃんの好みを、舌を一番よく知っとるオンナはウチなんよ」

「そうだな」

 俺と小鳩にはずっと一緒に過ごしてきた十数年の時がある。その時の積み重ねは俺と小鳩に誰よりも強い絆を作り上げてきた。

 俺が小鳩の好みをよく知っているように、小鳩もまた俺のことをよく知っているのだ。

「あっ、あんちゃん。ほっぺにチョコが付いてるんよ」

 小鳩が立ち上がって俺の元へとやって来た。

「ウチが取る」

 小鳩は前かがみになりながら頬についたチョコを取ってくれた。

 自分の唇で。

「へっ?」

「あんちゃん……大好きっ♪」

 小鳩は最高の笑顔をプレゼントしてくれた。

 

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 小鳩のキスにぼぉ〜としながら学校に到着する。

 校門を越えた辺りをフラフラと歩いている時だった。

「ちょっと小鷹、小鷹っ!」

 茂みの中から声が聞こえた。

「その声は……星奈か?」

 声は星奈のものに間違いなかった。姿は見えないけれど。

「ちょっと! あたしの名前を呼ばないでよ。男連中からこうやって逃げ回っているんだから」

「あ、ああ。そうなのか」

 何となく事情を理解する。

 星奈は顔は可愛くてスタイル抜群でおまけに本物の金髪。

 性格の悪さが祟って女子からは人気が全くないものの、男子生徒からの支持は圧倒的。

 バレンタインデーともなれば、淡い期待や勘違いした男子生徒が星奈に群がりチョコレートを求めて来るのは想像に難くなかった。

「小鷹……あたしを連れて逃げてっ!」

「何を言ってるんだ、お前は?」

 茂みの中がガサゴソ音を立てる。

「だって、校内にいたら鬱陶しい男どもはどこにいても追い掛けてくるし、女子の視線は普段よりもキツイっていうか、死ねって露骨に陰口叩いてくるし」

「そりゃあ大変だな」

「だからあたしを騒ぎが収まるお昼過ぎまでどこかに連れて逃げてよ」

「境遇は不憫に思うが無茶言うな」

 星奈を連れて逃げたら俺までサボりになってしまう。

「あたし1人で外をうろついていると、ナンパ男が群がってきて鬱陶しいでしょ」

「俺が授業サボって星奈を連れ回しているのが知られたら、また不良学生のレッテルを貼られてしまうんだが」

「パパは小鷹と一緒のサボりだったら大目に見てくれると思うから……」

 星奈の声が小さくなった。

「とっ、とにかく、アンタはあたしの婚約者なんだから、あたしを連れて逃げる義務があるのよっ!」

「婚約って……今その話を持ち出すのかよ」

 父さんと理事長が勝手に結んだというあの婚約は確かなかったことになったんじゃ?

「あの件に関しては保留にしてと言っただけ。婚約を解消した訳じゃないわ」

「そんな話今初めて聞いたぞ」

「とにかくあたしを連れて人気のない所に逃げてよ」

「分かったよ。たくっ」

 明日からまた俺の評判が悪くなるんだろうなあと思いながら裏口からこっそりと星奈と校外へと出た。

 

 

「海にまで逃げてくる必要はなかったんじゃないのか?」

「いいじゃない。冬の海って人気が全くないからちょうど良いのよ」

 星奈と2人、砂浜に座って海を見ながら話をする。

 俺達は片道1時間半を掛けて海までやってきた。ただの逃避行を越えてちょっとした旅行気分だ。

「俺達、後で理事長に怒られるぞきっと」

「小鷹にここまでエスコートしてもらったと言えば、怒られることなんてないわよ」

「海が見たいって行ったのは星奈だろう?」

「実際に連れてきてくれたのは小鷹でしょ」

 星奈はやたらニコニコしている。

「あっ、そうだ!」

 星奈はパンっと手を叩いた。

「小鷹に渡したいものがあるのよ♪」

 星奈は鞄を漁りリボンが巻かれたピンク色の袋を取り出した。

「はいっ♪ バレンタインデーのチョコレート♪」

 星奈は満面の笑みを浮かべながら俺へと袋を手渡した。

「いや、チョコをくれるのは嬉しいんだけど……夜空がうるさいんじゃないのか?」

「関係ないわよ」

 星奈は首を横に振った。

「だってこれは、あたしと小鷹の仲のこと。言い換えれば婚約者同士のイベントでしょ。隣人部とは関係ないもの♪」

 星奈はとても楽しそうに、小鳩と同じような理屈を述べた。

「言っとくけど、それ、本命チョコだからね。義理と勘違いしないでよね」

「…………凄く、特殊なツンデレ、だな」

 顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。

「この際だからハッキリ言っておくわ」

 星奈は目を瞑って俺へと顔を近づけ

「あたしは小鷹が大好きだからね」

 俺の唇に自分の唇を押し付けた。

初めてのキスは……少しだけ磯の香りがした。

 

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 午後1時半ごろに俺と星奈は学校に戻ってきた。けれど、今更授業に出る気には俺も星奈もならなかった。

 小鳩を放課後まで待つという星奈は隣人部の部室へと向かった。

 星奈とキスをした恥ずかしさから一緒の場所にいるのは俺的にちょっと無理だった。

 キャンパス内をフラフラとうろついていたが、それは非常にまずいことに気付いた。

「授業サボって校内うろつくって、まさにヤンキーじゃねえか……」

 俺の評判がまた落ちるよな、これ。

 そんな訳で俺は誰にも見咎められない場所へと移動する必要があった。

 で、俺が避難場所として選んだのは──

「小鷹先輩……キタ━━━(゚∀゚)━━━!!」

 理科の”理科室”だった。

「突然お邪魔しちゃって悪いな」

「いいえ〜♪ 先輩がこの部屋に来てくださったことで理科のテンションはかつてないほどに上がってますよ〜♪」

 理科は鼻息を荒くして俺を歓待してくれている。

「でも、確か今って授業中ですよね? 何かあったのですか?」

 理科は時計を確認しながら早速俺の訪問が不可解であることに気がついた。

「まあ、ちょっと色々あって教室には居られないんで、こうして避難場所として活用させてもらっているわけだ」

 星奈の名前は出さないようにしながら部屋に訪ねてきた理由だけを述べる。

「はぁ〜」

 理科は大きくため息を吐いた。

「ダメですよ、先輩」

 理科は首を横に振る。

「そういう時は嘘でも理科に会いに来たって言ってくれないと。理科の乙女ゲージを盛り上げてくださいよ。ぷんぷん」

「ああ、それはスマン」

 両手を合わせて理科に謝る。

 コイツはどうしようもないマッドサイエンティストであると同時に、普通の恋愛に対する憧れが強かったりもする。

 要は、多くの人間と接するのが極度に苦手だけど、感性的には隣人部の中で誰よりも一般人と近いのかも知れない。重度の変態だけど。

「理科は毎日この部屋に独りでいて寂しくないのか? せっかく学校にいるのに」

「教室内でぼっちを痛感し続けている先輩に言われても説得力ありませんね」

 理科からの反論はとても痛かった。

「けど、理科って割と空気読んで立ち振舞うのも得意だし、俺達の仲じゃ友達作るのが一番上手そうな気がするんだけどなあ」

「理科は以前言いましたよね。先輩が初めて興味を持った哺乳類だって」

 理科は室内に並ぶ機械類を見回した。

「理科は人間に対する興味関心や友達が沢山欲しいっていう欲求自体が夜空先輩や星奈先輩より薄いんだと思います」

「友達ができないんじゃなくて、友達が要らないってことか……」

 夜空や星奈が口では友達が要らないと強がっているのに反して熱く欲しているのと理科のケースは違うのかも知れない。

「そんな理科でも、小鷹先輩と知り合って、小鷹先輩が所属する隣人部のみなさんと知り合って……初めて友達になりたいなと思う人達ができたんですよ」

「それは……良かったな」

 理科の言葉にホッとしている俺がいた。

 こんな俺でも理科の人生にいい影響を与えられているんじゃないか。

 そう思えた。

「最も、小鷹先輩の場合にはなりたいのは友達じゃなくて恋人なんですけどね」

 理科は照れながら笑ってみせた。

「げっへっへっへっへ」

「何故そこで残念な笑いを発するんだ、お前は?」

 せっかく……ドキッとしたのに。

「理科にドキッとした損な先輩にプレゼントがあります」

 理科はテーブルの上にあった青い包みを俺に手渡した。

「バレンタインの本命チョコレートですよ〜」

 理科は照れた顔を浮かべた。こうして普通に笑っている分には理科はすごく可愛い。

 でも……。

「そんな心配しなくても、これは市販のチョコですから。理科特製だと先輩食べてくれないでしょうからね」

 俺の不安の種を理科は見破っていた。

「これは理科室仲間である先輩への愛情をたっぷりと込めたチョコですから。ちゃんと味わって食べてくださいね♪」

「あっ、ありがとう」

 理科にこんなにもストレートに想いをぶつけてこられて驚いている。

「それともう1つプレゼント。…………大好きですよ、先輩♪」

 理科は背伸びをしながら俺の唇へとキスをした。

 天才少女が光り輝いて見えた。

 

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 キスの後、俺と理科は無言のまま時を過ごした。

 放課後となり、俺は先に部室に向かうことになった。結局今日は教室に1度も寄らず、完全にサボってしまった。

 クラスメイトである夜空はそれをどう思うだろうかと考えると凹んでくる。軽くよろめきながら1年生の教室の前を過ぎていく。しばらくして幸村の教室の前に到着した。

 あの遊園地の日以来、俺は幸村が実は女の子であることを知っている。幸村も実は自分が女であることを理解している。

 けれど、家の教えを守って男らしく生きることを再度選択した。そんな男と女が混ざり合った幸村がどう学生生活を送っているのかちょっと気になった。

 教室の中を覗いてみる。帰り支度をしている生徒たちの中に幸村の姿はなかった。

「ごようでしょうか、あにき?」

 抑揚のない淡々とした声が背後から聞こえた。

「ああ、幸村。もう教室を出ていたんだな」

 振り返ると予想通りに幸村が男子生徒の制服を着て立っていた。

「幸村の様子がちょっと気になったから見に来たんだよ」

「あにきに心配していただけるとはきょうえつしごくです」

 幸村が頭を大きく下げた。

 

 隣人部の部室に向かって2人で歩きながら最近の様子を聞いてみる。

「最近はクラス内での扱いはどうなんだ?」

「いぜんと変わらないかと」

「そっか」

 幸村が女の子であることは隣人部しか知らない。というか、幸村が公表していない以上以前と変わるわけはないか。

「わたくしが真のおとこにならないからじょうきょうが好転しないのです」

 幸村は以前と変わらない理由を述べる。

「幸村の強い決意は立派だと思うのだけど……逆を目指してもいいんじゃないのか?」

「ぎゃく、ですか?」

 幸村が首を捻る。

「そうだ。幸村は女の子なんだし……女の子として生活して、女の子の友達をたくさん作っていくのも悪くないんじゃないか」

 幸村のメイド服姿が可愛いというのは隣人部で満場一致の事実。女子の制服を着て、女の子として生きればすごく人気が出るんじゃないだろうか。

「あにきは、わたくしに女としていきろとおっしゃるのですか?」

「別に命令しているんじゃない。ただ、そうした方が幸村はもっと幸せになれると思っただけだよ」

 女の子な幸村は本当に可愛いのだから。

「わたくしが……女のことして……」

 幸村は俺の目を覗き込んだ。

「あにき、ちょっとよろしいでしょうか?」

 幸村は俺の返事を聞かずに人目につかない茂みの奥へと連れ込む。

「どうしたんだ?」

「わたくしめはながいじかん、真のおとこをめざすべくしょうじんを重ねてきました」

「そうだな」

「ですが、あにきのためならば、おなごとして残りのせいをすごすのもわるくないとおもってしまったのです」

「そ、そうか」

 幸村は鞄を開けて、中から綺麗にラッピングされた黄色い袋を取り出してみせた。

「あにきへの……ばれんたいんでーのちょこれーとです。どうぞ」

 幸村はテレ顔を浮かべながら俺へと袋を手渡した。

「…………ありがとうな」

 幸村からもらえるなんて全く考えていなかったのですごく驚いた。そして嬉しい。

「ばれんたいんでーなど軟弱ないべんとだといままではまったくきょうみがありませんでした。ですが、あにきにちょこれーとを渡すしゅんかんをおもいうかべたとたん、むねがはげしくたかなるのを感じたのです」

 幸村は俯いてポツポツと喋る。顔はすごく真っ赤になっている。

「わたくしは、あにきが一生おそばにおいてくださるのなら……おなごとしていきたいとおもうようになったのです」

 幸村は顔を上げてつま先立ちの姿勢を取った。

「おしたいもうしあげております……あにき」

 真っ赤になった幸村はそのまま、そのまま……俺に口づけを交わしてきた。

 幸村の柔らかい唇の感触に呆然とする。

「いまのは主従のあいだがらのことゆえ、りんじんぶのかつどうとはなんらかんけいはございません」

 照れながら、けれど誇ったように喋る幸村。

『隣人部の面々はお兄ちゃんが思っているよりもずっと強いよ』

 ふと、ケイト先生の言葉を思い出した。

「俺は果報者だな」

「あにき?」

 幸村が首を傾げた。

「いや、何でもない。部活に行こうぜ」

 チョコをカバンにしまいながら幸村に告げる。

「はい。おともいたします」

 幸村は恭しく頭を下げた。

 

 

 4人の女の子からチョコがもらえた人生最良の日。

 けれど、ここから先は厄介な展開が待っているに違いない。

「何しろまだ、やたらテンション高い夜空と、面白いこと大好きなケイトがいるからなあ」

 ケイト先生は夜空に火を注ぐ。余裕のない夜空はそれを真に受ける。

「後は延焼しないことを祈るだけ、か」

 星奈たちからは既にチョコをもらっている。だからオンリーワンギフトイベントに乗ってくる可能性は少ない。

 でも、負けず嫌いで頑固者の集まりだから、2人の熱気に当てられると何をしはじめるかは分からない。それが残念隣人部の特徴なのだから。

「あにき、どうされました?」

「いや。何でもないさ」

 首を横に振る。

 

『強くならないといけないのはお兄ちゃんの方じゃないかと私は思うんだ』

 

「ケイト先生の言う通りだなって思ってさ」

「???」

 部室で何が待ち受けているにせよ、俺がしっかりしないといけないのは間違いないだろう。

 そしてその為には俺が強くいなければならない。

「さあ、隣人部バレンタインイベントの始まりだ。へへっ。このイベントが終わったら俺、みんなのチョコをボリボリ貪り食べるんだ」

 幸村たちからの想いを糧に俺は強くなる。

 そう心に誓った瞬間だった。

「あにき……それ、しぼうふらぐです」

 幸村がやけに透明に見えた。

 

 

 夜空VSケイト?

 

 

説明
バレンタインデー記念に書いたもの

過去作リンク集
http://www.tinami.com/view/543943


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