真恋姫無双幻夢伝 第十三話
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 真恋姫無双 幻夢伝 第十三話

 

 

 あの敗戦から一週間後、連合軍の作戦会議が開かれていた。長方形の大きな机の周りに坐る諸将。その空気は重い。その片隅に坐る一刀は居心地の悪さを感じざるを得なかった。

 今回の議題は『誰があの関を攻めるか』だ。静かな会議場に、ただ一人発言する麗羽の声が響く。

 

「どうしてまだ決まりませんの!」

 

 そう、この一週間、連合軍はそのことに悩んでいた。調整に次ぐ調整。副将級の会談は十回以上行われた。要するにその間、彼らは一切関を攻めていなかったのだ。

 しっかりとした布陣を決めなければいけない。それは総大将の手腕にかかっていた。

 

「華琳さん!」

「最近、黄巾族を取り込んだばかりだから、調練不足よ」

「美羽さん!」

「妾は嫌じゃ」

「食料の調達係でもありますしね」

「じゃあ、公孫賛さん!」

「私の軍は騎兵中心だ。城攻めには向かない」

「同じく、あたしのところもそうだ」

 

 何か言う前に馬超にも断られ、「うう〜」と唸り声を上げる麗羽。孫策や劉備は兵の数が少ないから論外である。それは分かってはいたが、万が一にも声をかけられなかったことに、桃香の傍にいた朱里はホッとしていた。

 

「それだったら、麗羽、あなたがやったら?」

「わたくしは総大将ですわよ、華琳さん。お忘れになって?総大将は皆の後ろで指揮を執るのが仕事ですわ」

 

 何を当然のことを、と華琳の提案を無下に退ける麗羽。大将とは時には自分を犠牲にすべきである。彼女はそこが分かっていなかった。

 華琳たちは内心呆れた。これで誰かに頼むのは筋違いだ。誰がこんな役目を引き受けようか。ここにいる全員がそう思い、そしてこの会議が長引くことを予感した。

 その時、水を打ったような静けさの天幕の入り口から、駆け込んでくる者が二人いた。猪々子と斗詩である。

 

「猪々子さん、斗詩さん。はしたないですわよ」

「ひ、ひめ!大変だ!」

「洛陽の密偵からの急報です!」

 

 二人は机の端で息を整える。皆は次の言葉を待った。しかし麗羽は痺れを切らして、こちらから尋ねてしまう。

 

「な、なにがあったのかしら?」

「と、董卓軍が」

 

 ようやく息を整えた斗詩が、顔を青白くさせて伝えた。この中で唯一歴史を知る一刀が、ハッと何が起ったのか気が付いたのは、ちょうどその時だった。

 

「董卓軍が、消えました…」

 

 

 

 

 

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 洛陽は動揺していた。董卓軍が消えたことが分かった直後に、乗り込んできた連合軍。民衆は絶え間なく変動する情勢に、我を失っているようだった。ある者は家の奥に隠れ、ある者は家財道具一式と共に逃げ出そうとしている。活発だった市場の喧騒とはまた違う五月蠅さが満ち溢れる。連合軍が入ってきたときの洛陽は、このような状態だった。

 天子は幸いにも連れ去られてはいなかった。宮廷の中は物静かであった。麗羽や華琳が乗り込んできた時、武装したままであったことに怒鳴った役人がいたほどだ。むしろその時ようやくこの町の支配者が変わったことに驚き、役人たちは遅ればせながら騒ぎ出していた。連合軍の諸将は、この町の歪さを改めて感じさせられた。

 では董卓軍はどこに行ったのか?

 洛陽に入って数時間後、その情報を手に入れた華琳は、すぐさま麗羽に報告しに来た。

 

「あら?華琳さん。何か御用?」

 

 自分の屋敷に入っていた麗羽はすでに鎧を脱いでいた。窓から入る木漏れ日。そして外から聞こえる小鳥の鳴き声。その中で優雅に構える部屋着姿は気品を感じさせた。

 しかし華琳はその緊張を解いた姿に舌打ちしそうになる。が、そこは堪えて、仕入れた情報を伝えた。

 

「董卓軍の居場所が分かったわ。長安よ」

「長安?」

「正確には長安に向かう途中ね。自分の勢力圏に逃げたってとこ」

 

 涼州の李確が裏切ったとはいえ、董卓には雍州という大きな領土があった。そして長安という要害の都。彼らが再起を図るにはうってつけだ。

 

「長安に入っては手も足も出ないわ。今すぐ追撃して、入る前に叩きましょう!」

「…華琳さん。もう良いではありませんか」

 

 予想外のその言葉に、華琳は彼女らしくもなく固まってしまう。麗羽は幼い子を諭すように言った。

 

「その勇気には感心しますわ。でも、もう天子様を確保したのですよ。わたくし達の勝ちですわ」

「良くないわよ!董卓軍に一撃も加えずして勝利とは言えないわ!今、董卓軍は数多くの民を引きつれている。彼らを守る関も砦もない今なら、確実に勝てるわ!」

「…気が乗りませんわ。疲れましたの」

 

 その一言を聞いた瞬間、華琳はキッと目に炎をともした。窓の外で歌っていた小鳥がその時飛び立ったのは偶然であろうか?気色ばんだ彼女は、それでも最後の理性を失わずに、こう言い放った。

 

「分かったわ。私たちで勝手にやるわ」

「華琳さん!」

「連合軍を抜けます。これ以上、茶番には付き合っていられない」

 

 華琳は呆然と見送る麗羽を残し、部屋を後にする。その時、彼女はこうつぶやいた。

 

「私は、私たちは、ここで満足するわけにはいかないのよ」

 

 

 

 

 

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 標高2160m、崋山。ここは中国宗教の聖地である。切り立った断崖絶壁は登る気を失わせ、ごつごつとした山肌は下界の人間を無表情に見下す。この上に仙人が住むと当時の人間が想像したのも頷けるほどだ。

 その裾野に位置するのが函谷関である。険しい山々を通るすべはなく、洛陽からの唯一の通り道に傲然と立ちふさがる。数百年前、孟嘗君が五国の軍勢で攻め込んでも破れなかった秦の防壁。その後、天下を獲得した劉邦が万が一に備えて長安を都としたのも、その鉄壁さを頼ってのことだろう。ここより西は『関中』。ここを境とした東と西は、別世界である。

 董卓軍はその手前、まだ世界を跨げずにいた。二日前に洛陽を発った彼らの歩みは遅い。今日も、もう日が落ちたというのに、まだ宿営地に入れずにいた。なぜなら、彼らの中には多くの荷物を抱えた民衆が千人以上いたのだ。急かそうにも、老人や子供など足弱の者には限界がある。詠はこの状況に心配が絶えない。

 彼女は隣の自分の主君を見る。稀代の悪党と罵られた董卓こと月は、毅然と馬に乗っていた。洛陽に入る前よりも生き生きとしている。詠にとって、そんな親友の姿が何よりも励みになった。

 

(この民は月を慕って来たのよね)

 

 詠は当初、長安への同行を希望する民を連れていくことに反対していた。しかし月は明確に、彼らを連れて行く意思を示した。その時、そんな彼女の成長に、詠は驚きと喜びを感じた。そして何としてもこの意思は尊重し、達成しなければならない。そういう使命感を今、感じているのだった。

 だが、現実は無情である。彼女たちの下に霞が悪いニュースを持ってきた。

 

「曹操軍が追いかけてきとる!」

 

 予想はしていたこと。しかしあまりにも早い追手の登場に、月は詠を不安そうに見つめ、詠は苦い顔を隠さない。隣にいた華雄も顔がこわばった。

 このままではやられる。そうここにいる全員が思っていた時、暗がりから一人の男が現れた。アキラだ。

 

「お別れに参りました。この追手、私が引き受けましょう」

 

 唐突な提案。しかしそれに頼る以外、他に手が無いことを全員知っていた。しかし詠はその発言に対して、溜め続けた疑念をとうとう吐き出す。

 

「なぜそこまでするの?!資金も策も提供して。この上はしんがりを引き受けるなんて。一体、ボクたちに何を望んでいるの?!」

「ただの酔狂でございますよ」

「ウソよ!」

「では、貸しということにしましょうか」

 

 まだ言いたそうな詠だったが、遮られた。月が二人の間に割って入ったのだ。彼女は馬から降りると、深々と頭を下げる。傍目から見ると、アキラと月の身長差がこれでもかというくらいはっきりと表れていた。

 

「これまでのアキラさんの働き、ありがとうございます。このご恩は一生、忘れません」

「……董相国、あまりお気になさいますな。私は風のようなもの。今回は偶然火事を吹き消しただけでございます。気ままに旅をして、流れゆくままに去りましょう。どうぞ、お忘れください」

 

 スッと月に頭を下げたアキラは、そのまま立ち去ろうとした。ところが、その行く先を誰かが妨げた。華雄だった。

 

「少し、待て」

 

 そう言うと華雄は月の前に立つ。キョトンとした表情のアキラが見つめる中、自分の主君に向かって深々と頭を下げた。

 

「董卓様。今までお世話になりました。私はこの者に付いて行こうと思います」

「えっ?!」

 

 月は口に手を当て、目を丸くする。詠や霞、そしてアキラも言葉を失った。華雄は続ける。

 

「私は、アキラが見ている世界が知りたくなりました。アキラの行く先を、終着点を知りたくなりました。誠に勝手ながら、この軍を抜けさせてください」

 

 華雄は澄んだ目で月を見つめる。詠はあまりにも身勝手な華雄の行動に憤慨した。

 

「ちょっと!華雄!それはあまりにも!

「詠ちゃん!」

「ゆ、月?」

 

 月はアキラに近寄り、もう一度話しかける。

 

「アキラさん。華雄さんをお願いできますか?」

「……はい。分かりました」

 

 

 

 

 

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 二人は去った。何も言わずに。洛陽へ続く道に消えていった。残された月と詠はその後ろ姿が見えなくなるまで、その場に立ちつづけた。

 そして完全に見えなくなった頃、詠は月に話しかけた。

 

「月。これで良かったのかな」

「うん。良かったんだよ。きっと」

「月……」

「詠ちゃん。帰ろう、私たちも」

 

 一方で、アキラと華雄は明かりを持たずに夜道を歩いていた。しかし半分欠けた月が、優しく彼らを照らしている。眩しいほどに。

 アキラは横を歩く華雄に話しかける。

 

「なあ。本当に良かったのか?行く当てなんてないぞ」

 

 その問いに対して、華雄はアキラを見ることもなく、フッと鼻を鳴らした。何を馬鹿なことを、と言うかのようだ。

 

「アキラ。行く当てがあろうと無かろうと、構わない。私はお前に付いて行く」

「…つらいぞ、この旅は」

 

 華雄はやっとアキラの方を向く。そして真っ直ぐ見つめ、こう言うのだった。

 

「知ったことか!いいか、アキラ!お前が風というならば、私は枯れ葉だ。風に吹かれるがままに行こう!」

「…そうか」

 

 アキラは小さく笑った。それを見た華雄は、初めてアキラの“本当の笑顔”を見たかもしれないと感じた。

 しばらくして、今度は華雄から質問した。

 

「ところで曹操軍を止める術はあるのか?もし董卓様を騙したと言うなら」

「華雄。商売にとって最も重要なのは“誠実さ”だ。仕事はきちんとやる」

 

 不意にアキラは立ち止まると、大きく右手を挙げた。その瞬間、華雄はビクッと反応して戦斧を構える。

 誰かいる。

 しかし襲ってきた訳では無いことがすぐに分かった。なぜなら木々の暗がりから出てきた者たちは、皆、片膝をついて頭を下げていたのだ。

 続々とアキラの周りに集まる者たち。華雄はアキラに尋ねずにはいられなかった。

 

「アキラ!これは!」

「華雄、始めるぞ。しっかり付いてこい!」

 

 

 

 

 

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 董卓軍は再び宿営地へと歩き始めていた。その中で霞は、恋の所に来ていた。

 

「恋。華雄、行ってしもうたで」

 

 恋は遠くを見ながら、コクンと頷いた。

 

「寂しいなぁ。ウチと華雄と恋でよう勝負したやんか。もう出来へんなぁ」

「……アキラは?」

「アキラも行ったで……って、なんでアキラのことを知っとるねん!?」

「霞」

 

 恋は霞の問いかけに応えず、上を眺めた。降り注ぎそうな星々が、彼女らの真上で色とりどりに輝いていた。

 

「今日も、星が、きれい」

 

説明
予告通り出来ました。次でこの章ラストです。
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コメント
これは面白そうな展開ですね。続き楽しみにしてます。(tububu12)
華雄が枯れ葉とは面白いことを(二郎刀)
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董卓 オリ主 恋姫 

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