真恋姫無双幻夢伝 第十四話
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 真恋姫無双 幻夢伝 第十四話

 

 

 夜の森とは静かなものである。梟や狼といった狩人たちが目覚めると、あんなに騒がしかった小さな生き物は鳴りをひそめる。少しでも音を立てればアウト。次の瞬間には、狩人の口の中で永遠の眠りにつくのだ。夜の森とは本来、静かなものである。

 しかしそんな森の中を騒がしく走り抜ける、どの生き物よりも獰猛で、どの狩人よりも残酷な集団がいた。腰に帯びるのは殺す以外に使い道のない剣。体には松明の火に照らされて怪しく光る鎧。森における“異物”が、息荒く駆け抜けていく。

 

「進め!敵は近いぞ!」

 

 春蘭はその集団の先頭にいた。“曹”という旗と共に、見えない敵を追いかけていく。

 曹操軍が追いつくとすれば今夜。洛陽から董卓軍が出発して二日目で、彼らには民衆という足かせがある。この予想で間違いないだろう、というのが華琳と桂花の結論だった。

 

『この険しい道では宿営地に出来る場所も少ないはず。敵の混乱を誘うためにも、なんとしてでも宿営地に入る前に襲撃するのよ、春蘭』

 

 春蘭の脳裏では、主君からの命令が繰り返し流れていた。それが彼女を動かす最高のエネルギーである。彼女とそれについて行く精鋭たちの足は、彼らにも思いがけないぐらいに動いていく。

 この時、本隊とかなり距離が出来ていた。それに気づいたのは、春蘭の耳にかすかな音が聞こえてからだった。

 

「なんだ?」

 

 不審に思った彼女は隊を止めると、その音を聞くことに努めた。兵士たちは戸惑った表情で彼女の顔を見た。が、戦場での彼女の集中力は並大抵なものではない。それには気にも止めず、両耳に手を当て、目を閉じる。

 

(動物?だが、それにしてはうるさ過ぎる。しかもそれに混じって人の声も…)

 

 春蘭は辺りを見回し、その音が聞こえてくる方向を探した。それはちょうど来た道。曹操軍の本隊がいる方角だった。

 その瞬間、彼女の頭に電撃が走る。おそらくこの森で最も鋭い野性的な本能が働く。そして彼女は叫んだ。

 

「華琳さまが危ない!!」

 

 

 

 

 

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 華琳は春蘭の予想通り危機に瀕していた。しかし董卓軍に襲われた訳では無い。彼女は予想だにしなかったものに襲われていた。

 

(なぜ牛が!)

 

 そう、彼女たちに向かってきたのは何十頭もの牛の群れだった。ご丁寧にもその角には火が付いた松明が括りつけられ、その様相はまるで火炎の塊が突っ込んでくるようだった。誰も止められないほど早く迫ってくる。これには人よりも、それを乗せている馬の方が恐慌に陥った。

 

「かりんさまー!!」

 

 秋蘭に抱えられた桂花がその腕の中から乗り出すように叫ぶ。万が一に備えて騎乗兵を護衛として多く配置していたのがアダとなった。逃げ場を失った華琳は牛と人混みに押されるがまま、秋蘭と桂花の視界から消えてしまった。

 華琳は必死になって馬を操り、ようやくその勢いから逃れる。気が付くと彼女は街道から大きく逸れ、森の奥深くへと来てしまっていた。松明を失った今、うっそうと茂る木々から零れる月明かりが唯一の照明だった。

 華琳に付いてきた四人の護衛が彼女の周りを固める。だが

 

「うぐっ!」

 

という声と共に、護衛の一人が倒れた。馬上からで視界は悪いが、その倒れた兵の首筋に金属の鈍い光がぼんやりと見えた。飛び道具でやられたのか、と彼女は推測した。

 そう考えているうちに、今度はその倒れた兵士とは反対側の兵が音も無く倒れる。華琳は自分たちがただの的になっていることを確信した。

 

「森を抜ける!付いてきなさい!」

 

 華琳はそう言うと、馬にビシッと鞭を入れた。彼女の愛馬は弾かれたように走り始めた。残りの二人の護衛も慌てて付いて行こうと走り、三頭は大きな音を鳴らしながら真っ暗な森を駆け抜ける。

 延々と続く森を走る。しかし状況は刻々と悪化していた。華琳の耳は後ろの馬が走る音が消えていくことに気付いていた。だが、振り向いてはこちらもやられる。彼女は走り続ける。自分の馬の音しか聞こえなくなっても、彼女は一心不乱に走り続けた。

 そして眼前の視界が開けてきた。出口を見つけた。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 

 息絶え絶えになった華琳が辿り着いたのは、ゆるゆると水が流れる小川だった。水面に月が映っている。森とは対照的に明るいその光景に、彼女は思わず目がくらんだ。中天に差し掛かる月。河原には、ただその水の音だけが響く。

 その時、愛馬が突然倒れる。ドンと言う音と共に、華琳はその背から河原へ放り出されてしまった。彼女は急いで立ち上がり、愛馬の体を調べる。傷は無い。どうやら急にスピードを落として、緊張が解けたようだ。馬も彼女と同様、疲れ果てていた。

 彼女はその場に馬を休ませて、自分は小川に向かった。汗で服が張り付く。カラカラに喉が渇いている。彼女は小川の傍にしゃがみこむと、水を両手ですくって口に運ぶ。冷たい水が体に滲みこんでいくようだ。ハアと息をつく。

 かすかに小石が動く音を聞き、顔を四方に動かす。川の上流からゆっくりと歩いてくる者がいる。彼女は咄嗟に背中から鎌を取り出し、その者を待った。

 コツコツと歩み寄ってくる者。木の陰から出たその横顔に、月明かりが映える。

 

「李民……!」

 

 華琳が見たのは流琉と季衣を預けた商人・アキラ、そして汝南で戦い交えた反逆者・李民であった。彼は屋台の時とは違い、マントを羽織った旅装で現れた。そしてまだ絶を構えた状態の彼女に向かって近づく。

 その顔に浮かぶ笑顔もあの時の他人行儀的なものとは異なり、凛々しかった。これが彼の本当の笑顔だろうか?

 華琳は笑顔を浮かべる彼に油断することなく、ジリッと一歩引いた。その様子を見た彼は、それ以上近づくことを止める。そしてその場で口を開いた。

 

「まさか追って来るとは思わなかったな。さすがは曹孟徳だ」

 

 その言葉に華琳は気付く。彼は董卓軍側だと。

 

「この仕業はあなたなの?」

「ああ。万が一のために用意していた牛が役に立ったよ。君が追ってこなければ、そのまま売れたのだが」

「私の部下は大勢死んだわ」

「それは言わない約束だ。分かっているだろう。非難されるのは策を弄した智将より、策に嵌った愚か者だ」

 

 そう言われた華琳はグッと唇をかむ。“責任”が彼女の心に深々と突き刺さっていく。そんなこと彼に言われずとも、彼女は重々理解していた。

 アキラは殺気が浮かぶ彼女の目を気にすることなく話を続ける。

 

「食料は大丈夫だったか?」

「えっ!!……あれもあなたの策略?!」

「近隣の酒保商人を買収した。いや、傘下に収めたと言うべきだな。お前達が近隣住民への略奪をしたらどうしようかと思ったが、その考えが外れて良かったよ」

「じゃあ、董卓軍がまだ動けたのも」

「俺が資金提供したからだ」

 

 華琳は愕然とした。先ほどの殺意も忘れるほどに。この数か月間、彼女は、彼女たちはアキラの手の上で踊らされていただけだったことに、今、やっと気づかされた。

 彼女は同じ武将としてこう言わざるを得なかった。

 

「……やるわね」

「ほう。『董卓に加担して恥ずかしくないのか』と言うと思ったが」

「“密勅”の意味ぐらい分かるわよ。そして私たちにとっては強大な董卓を倒す絶好の機会だったから。上っ面だけの理由を信じている者なんていないわ」

「さすがだ。季衣と流琉を預けて正解だった」

 

 自分の判断が間違ってなかったと頷くアキラ。そんな彼に華琳は問いかける。

 

「李民」

「アキラと呼んでくれ」

「アキラ、何をしに来たの、ここへ」

「安心しろ。少し話がしたかっただけだ。いい加減、武器を下ろしてくれないか?君の護衛は死んじゃあいない。眠らせているだけだ」

 

 彼が殺すつもりなら、森の中で殺されているはず。そう思った華琳はその言葉を信用することにした。ゆっくりと絶を下す。

 彼女はアキラに「もう一つ」と前置いて、ずっと考えていたことを聞く。

 

「アキラ。あなたはどこへ行くつもりなの?何をするつもりなの?」

 

 その問いかけに対して、アキラはスッと真剣な表情を見せた。

 

「言ったはずだ。俺は天を滅ぼす」

「……その後は?」

「汝南を復興させる。そして」

「そして?」

 

 月に雲がかかる。影が二人を包んだ。アキラは一呼吸を置いて言った。

 

「死ぬ」

 

 再び月明かりに照らされたアキラの表情は清々しいものだった。華琳はぼんやりと彼が二人を預けた理由が分かった。自分の“死出の旅”に巻き込みたくなかったのだろう。

 

「……理由は?」

「俺は人を殺し過ぎた。敵も、味方も。成功するならまだしも、それは失敗によるものだ。その責任は取らなくてはならない」

「汝南の事ね。でも自分一人の命でそれが購えると思っているのかしら?」

「自己満足さ。そしてそれが、俺の天命だから」

 

 華琳は季衣や流琉を拠点防衛に残して良かったとつくづく思った。彼女たちがこれを聞いたら、また泣いてしまうに違いない。

 アキラは語気を強めて言う。

 

「引け!曹操!お前はもっとやるべきことがあるだろう!」

「あら?逃がしてくれるのかしら?」

 

 おどけて余裕を見せる華琳に、アキラも口角を上げる。

 

「良いお客さんが減ったら、売り上げに響くからな」

 

 華琳が後ろを振り向くと、倒れている愛馬の他にもう一頭、立派な馬がいた。これで帰れということか。馬に乗る華琳に、「倒れている君の馬は預かっておく」とアキラが言う。律儀な敵の対応に、華琳は微笑む。

 

「これは大きな貸しを作ったわね」

「気にするな」

 

 馬の手綱を引く。そしてアキラが指で示した方向に馬首を向けた。そして見送るアキラに対して、華琳は「最後に」と質問した。

 

「なぜ私なの?」

 

 その問いに対して、彼は言う。

 

「天下を壊した後、創る人が要るからな。それが出来るのは君と孫策だけだ、俺が知っている中では」

 

 その答えに満足した彼女は、こう言い残して去って行く。

 

「我が真名は華琳!利子代わりに取っておきなさい!」

 

 華琳が去った後、再び静かになった河原で、アキラはつぶやくのだった。

 

「さらばだ、華琳。また、どこかで」

 

 彼もまた、十分に疲れを取った華琳の馬に乗って、木の影へと消えていった。

 

 

 

 

 

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「5勝3敗!?」

 

 そう驚く霞に、恋はブイサインを作った。

 

「いやいやいやいや。天下の呂布相手に3勝もしとるっちゅうことやん」

「でも、恋の勝ち」

「そうやけどなあ〜」

 

 納得がいかないように霞は首をかしげる。その近くにいた陳宮こと音々音もまた、恋の言葉に驚いた一人だった。

 

「じゃ、じゃあ、恋殿がねねとご飯に食べに行かなかった時って?!」

 

 音々音の言葉に先回りして、恋がコクンと頷く。そう、彼女は官吏に化けていたアキラと度々戦っていたのだった。自分との約束よりそれが優先されたことを知り、「キィ〜!」と悔しそうに音々音が金切り声を出す。

 その一同の姿を、詠は遠目に見ていた。宿営地に入って危機を脱したとはいえ、緊張が解けてしまった彼らの姿に、悩みは尽きない。相談相手の月はすでに寝てしまった。

 そんな詠に霞が近づく。

 

「なあ。ちょっと気になることがあるんやけど」

「なによ」

「アキラは何を要求してきたんや?」

 

 不意の問いかけに詠は少し戸惑う。彼女は少し考えた後、こう答えた。

 

「それが、よく分からないのよ」

「うん?」

「あ、いや、要求内容ではなくてその意図ってこと」

 

 詠は遠い目をして考え込む。

 

「なんで侍中府の衛兵を数人、すり替えてほしいなんて言ったのかしら」

 

 

 

 

 

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 侍中府。それはこの国の全ての権限を握る場所。そして十常侍という怪物が住む“魔窟”でもある。

 党錮の禁(後漢末期、宦官が知識層を弾圧した事件)以降、彼ら宦官の権勢はうなぎ上りに上昇を続けた。反対する者は“勅命”を使って殺し、賄賂を拒んだ者には“官軍”を即座に差し向けた。ついには、皇帝に

 

「わが父、わが母」

 

とまで、呼ばせるほどになった。天下で彼らの存在を畏怖しない者はおらず、その名を呼ぶことすら恐れた。彼らは“十人の皇帝”であった。

 蝋燭に赤々と照らされた廊下を歩きながら、彼らはその丸く肥えたお腹を揺らして笑い声をあげる。今日は彼らにとって特別な祝宴がある。なにせ、また自分たちの手のひらの上に天下が戻ってきたのだから。新月の夜、宮廷奥深くの部屋に集まった彼らは再び“皇帝”に返り咲いていた。

 何進の死後、都の守護に不安を感じて董卓を呼び寄せたのは彼らだ。彼らは当初、董卓を“番犬”程度にしか考えていなかった。

 ところが董卓は上手くやり過ぎた。優秀な部下に支えられた彼女は、都の民心を集め、ついには相国にまでのし上がってしまった。

 

(彼女が我々を蹴落とすかもしれない)

 

と、思った十常侍の行動は早かった。董卓討伐の密勅が諸領主の元に届くまで、あっという間だった。

 そして彼らの目論見は達せられた。逃がしたとはいえ、涼州を失った彼らが盛り返すまでには時間がかかるだろう。そして連合軍という名の駒が増やせた。

 この計画を立てたのは趙忠だ。いつもは年長の張讓が上座に坐るのだが、今日はその功績を讃えて彼に譲った。席に着く趙忠は顔の脂が絞れるかというぐらい、満面の笑みを浮かべている。そして十人全員が席に着いたのを確認すると、彼は代表してパンパンと手を鳴らした。

 その音に呼び出された給仕たちが料理を並べる。カリカリに揚げられた鳥の皮。丸々と太った豚の丸焼き。各地から集められた珍味。机一杯に並べられた料理、そしてその香ばしい匂いに、全員垂涎が絶えない。

 食器、料理が出揃う。そして最後に瓶を持った給仕がやってくる。中身は酒だ。十常侍は喉から手が出そうなほどの食欲をグッと堪え、彼らが到着するのを待った。給仕が一人ずつ十常侍の後ろに立った。

 しかしいくら待っても、一向に注ぐ気配が無かった。

 不審に思った十常侍は振り向こうとした。だが、彼らは出来なかった。次の瞬間には各給仕が彼らの首筋に剣を当てていたのだ。しかも声が出せないように、グッと首を絞められながら。

 彼らはもがいた。しかしどうすることもできない。苦しみながら彼らは、一人の男が部屋に入ってくるのを見た。

 蝋燭の火に照らされた男、アキラは微笑みながら一言、述べるのだった。

 

「汝南より、お慶び申し上げます」

 

 

 

 

 

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 その晩、洛陽の一角で小さな火が出た。不運にも風が強く、乾燥した夜だった。その火は瞬く間に成長を遂げ、人が気づくころには巨大な炎となっていた。

 火は公平に人を襲った。風に乗って民家一軒一軒に飛び移り、ついには宮廷に入り込んだ。郊外に陣取っていた連合軍のある兵士は、燃える都を「美しい」と感じたそうだ。

 この火事に慌てて、宮廷を駆け回る官吏たち。その一人はこの都の支配者たちを探して、宴会の部屋に向かった。

 彼はその部屋で、火よりも赤いものを見た。

 椅子に座る十常侍はピクリとも動かない。首から流れて服を染める血が無ければ、寝ていると勘違いしたはずだ。アッと目も口も開けた表情には、何が起こったかすら分からないという死の瞬間が表現されていた。机上の料理はまだ食べる客を待っている。

 しかしもう煙が充満してくる。官吏は彼らを残し、そしてこのことを上司に伝達することなく逃げた。彼も十常侍を憎む者だったかもしれない。

 この瞬間にも洛陽に火の手が回る。急行してきた連合軍の消火活動のかいも無く、全てが燃え、全てが消えた。

 

 十常侍、死亡。洛陽、消滅。

 

 この日、漢王朝は事実上滅亡した。

 

説明
第二章ラスト。少々長いですが、お付き合いください。
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