【童話パロ】赤ずきんと悪い狼
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 ある所に、二人の旅人がいた。

 

 片方は少年で、名前はマンジュ。

 見た目は十五歳前後、背は低く薄茶色の髪に深い青色の瞳を持つ。

 人間のような可愛らしい顔をしているが、頭には角が二本生えていて、尻からは炎を宿した大きな尻尾が垂れ下がっている。そして、両腕が蝙蝠のような翼になっている竜人だった。

 

 片方は青年で、名前はギルギス。

 見た目は二十歳前後、背は高く銀の髪に白い肌、氷のような澄んだ蒼い瞳を持つ。

 腰にはポーチがたくさんついた太いベルトを締めていて、右腿には大口径のリヴォルバーに似た魔法銃を下げている。

 人間のような整った顔をしているが、両手と両足は茶色い鱗のような皮膚に鋭く黒い爪が並び、猛禽のそれのようになっている。そして、背中に大きな真っ白い翼を持った鳥人だった。

 

 二人は、大きな三つの国がある大陸を、ある時は歩き、ある時は空を飛び旅をしていた。

 

 

 

「んー……」

 すっかり日の沈んだ夜、マンジュは唸りながら身体を起こした。

「どうした?」

 それを見たギルギスが問う。

 

 二人は、森の入り口で野宿をしていた。

 その日はギルギスが火の番と見張りをし、マンジュが眠る事になっていた。

 

「なんか、目が覚めちゃって……」

「ちゃんと寝ておかないと、明日に響くぞ」

「そうだけど……うーん……あ、そうだ」

 マンジュは、急に何かを思いついた様子でギルギスに顔を向けた。

「ギルギスの話が聞きたいな。そうしたら寝れるかも」

 子供のような笑顔でそう言ったマンジュを見て、ギルギスは呆れた表情を浮かべる。

「話って……何を話せば良いんだ?」

「なんでもいいよ」

 マンジュの答えに、仕方ないと小さく溜息をついて口を開く。

「しょうがないな。じゃあ、人間に聞いた話だが……」

 

 

 

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【一】

 昔々、ある海原に一人の人魚がいた。

 その人魚は友達が居らず、特にしたい事も無かったので、気晴らしに時化を起こしては時間を潰す日々が続いていた。

 

【二】

 ある日、その人魚が何時ものように時化を起こして遊んでいると、一隻の漁船を巻き込んでしまう。

 慌てて時化を止ませるも、漁船の殆どは海に沈んでしまい、何とか助ける事が出来たのは一人の少年だけであった。

 

【三】

 早く海岸まで運んで逃げよう、と人魚は思ったが、少年は運んでいる最中に目を覚ましてしまう。

「お兄さんが助けてくれたの? お父さんとお母さんは?」

 人魚は、答える事が出来なかった。

 

【四】

 結局、人魚は一言も答える事が出来ず、少年を海岸に送り届けた。

 人魚が海に戻る瞬間、「ありがとう」と言った少年の声が、酷く心に残ってしまった。

 

【五】

 気付けば人魚は、少年を遠くの海から見守るようになっていた。

 両親を失ったにも関わらず、少年は元気に暮らしていた。

 海から顔を出す人魚を見つけると、笑顔で手を降った。

 

【六】

 人魚は嬉しかった。

 誰にも相手にされず孤独に過ごしてきた人魚にとって、勘違いであっても自分を慕う少年の心はとても心地よい物だった。

 

【七】

 バレなければこのまま、そう人魚が思っていた矢先、少年の両親の遺体が海岸に打ち上げられた。

 衣服が無ければ誰とも判別出来ない程、少年の両親は酷い姿になって帰ってきた。

 

【八】

 変わり果てた両親に泣きすがる少年の顔は、今まで一度も見たことの無い顔だった。

 その時、人魚は自分がしでかした事の重さを知ったのだった。

 

【九】

 人魚は少年に、初めて口を開いた。

 嵐を起こしたのは俺だ。

 船を沈めたのも、お前の両親をそんな姿にしたのも、俺だ。

 もし俺が憎いのであれば、その銛で俺を貫いて欲しい、と人魚は言った。

 

【十】

 見え透いた嘘だった。人魚には自刃する事も、孤独に戻る事も出来なかった。

 勇気を持たない人魚は、全てを少年に委ねた。

 

【十一】

 海原に声が響く。

 よく聴いて歌だとやっと解るほどの、拙い歌だった。

「へったくそ!」

 人魚が眉をひそめて振り返ると、漁船に乗った少年が笑顔で手を振っていた。

 

【十二】

 不漁にも嵐にも悩まされる事の無い漁師の少年が居たと言う。

 その少年には、人魚の加護があると、まことしやかに囁かれていたそうだ。

【おわり】

 

 

 

「男の子は、人魚を許してあげたのかな?」

「さあな。……もし、俺がその少年だったのなら、確実に人魚を殺していただろうがな」

「そっか。でも、オレは殺そうとは思わないな」

 

 

 

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【一】

 ある所に、とても小さな少年が居た。

 どの位小さいかと言うと、母親の親指ほどの大きさしかない。

 更に少年は、周りとまるで姿が違った。

 だが、皆は優しかったので、少年はさして不思議に思っていなかった。

 

【ニ】

 程なくして、少年は皆に恩返しがしたいと思った。

 その為にはお金が必要だ。

 少年は、何とか母親を説得して都に出稼ぎに行く事にした。

 

【三】

 都に着き、少年は一生懸命働いた。友人も出来た。

 ある日、少年と友人は故郷の話をした。

 少年の故郷には、自分より遥かに大きな家族が居ると誇らしげに話すと、友人はその話に興味を示した。

 

【四】

 友人が少年の故郷を見たいと言うので、二人で少年の故郷に行く事になった。

 何ヶ月も歩いて辿り着き、少年は大きな声で「ただいま」と叫んだ。

 

【五】

 穴倉からぞろぞろと出てきた巨大な竜を見て、少年の友人は血相を変えて逃げ出した。

 少年は、竜の子だったのだ。

【おわり】

 

 

 

「ギルギスは、オレの家族に会っても、逃げたりしないよね?」

「あ、ああ……多分な」

 

 

 

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【一】

 あと少し。あと少しで、皆が帰ってくる。

 青年は震える手で、目の前の黄金のランプを擦った。

 ランプから魔人が現れ、「封印を解いてくれてありがとう。願い事を、三つ叶えてあげる」と微笑んだ。

 

【二】

「俺の死んだ家族を、蘇らせて欲しい」

 青年の言葉に、魔人は顔を曇らせる。

「どうした? 願いを叶えてくれるんじゃ無いのか? ……早く、してくれ」

 

【三】

「……ごめんなさい。死んだものは、生き返らせれないの。それ以外なら、何でも」

 魔人の言葉に、青年はがくりと膝をついた。

 

【四】

 青年の部屋は、山のように積まれた本や紙で荒れ果てていた。

 良く見れば、それは全て願いを叶える魔人に関わる物だった。

 青年の、願いに対する執念を感じさせた。

 

【五】

「何故着いて来たんだ」

「えっ、あ、あの……あなたが三つ願いを叶えるまでは、オレも戻れないから」

 青年に睨まれ、魔人はあたふたと弁明する。

「俺の願いを叶えれなかった癖に、か」

「あれ以外だったら何でも叶えれるもん!!」

 魔人はむきになって叫んだ。

 

【六】

「じゃあ、他に死んだ人間を蘇らせる方法が無いか、教えてくれ」

「え? ……えっと……」

「どうした?」

「……生き返らせる方法は、沢山あるけれど……どれも、あなたが望む”完全な蘇生”は出来ません」

「そうか。……あと、二つだな」

 

【七】

「……じゃあ、二つ目と三つ目の願いだ。俺の家族に関する記憶を、全て消して欲しい。そして、二度と思い出せないようにして欲しい。出来るな?」

「え……」

「何でも、叶えてくれるんだろう?」

 魔人は驚いたが、青年の言葉に押され、小さく頷いた。

 

【八】

 三つの願いを叶えた魔人はランプの中に再び封印され、深い地の底へ眠った。

 あの青年はどうなってしまうのだろうかと、思いながら。

 

【九】

 再び魔人は目を覚ます。

 誰が封印を解いたのだろうかと瞼を開くと、そこにはあの青年が居た。

「お前が願いを叶えてくれる魔人か? 俺には記憶が無いんだ。それを、取り戻してくれないか」

 魔人の顔が、あの時と同じように曇るのだった。

【おわり】

 

 

 

「どうして、家族の記憶を消そうとしたのかな?」

「……憶えたまま生き続ける方が、辛いからじゃないのか」

「そうかなあ。オレは、忘れる方がずっとずっとつらいや」

 

 

 

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【一】

 狼が棲むと噂される森があった。

 人間よりもはるかに巨大な銀色の狼だという。

 あらゆる罠を潜り抜け、大勢の猟師が束になっても、その狼を捕らえる事は出来なかった。

 

【二】

 噂の真偽は定かでは無かったが、森の奥深くに入り込んだ人間が、誰一人として帰って来ないのは確かであった。

 

【三】

 少年は叔父に頼まれ、森のふもとにある小屋に向かっていた。

 肺病を患い、療養をしている祖父に会いに行くためだ。

 

【四】

 少年も狼の噂は知っていたが、信じては居なかった。

 仮に狼が居たとしても、森の奥に入らなければ大丈夫だろうと思っていた。

 

【五】

「わあ、きれいな花」

 少年は、偶然見つけた野花を祖父の為に摘んでいた。

 その時、背後で草が擦れる音がした。

 少年が不思議に思い振り返ると、茂みの間から銀色の狼が顔を出していた。

 

【六】

「えっ?」

 少年は状況が飲み込めず呆然とする。

 自分よりも遥かに巨大な狼が、眼前に迫っていた。

 逃げなければ、そう思うのに身体は固まって上手く動かない。

 目の前で、狼の大きな口が開かれる。

 鋭い肉食獣の牙が見えた。

 

【七】

「ここから逃げろ」

 音が聞こえた。

「……え?」

 少年はきょとんとする。

「ここから、逃げろ」

 狼の口から、はっきりと言葉が発せられていた。

 狼は続けて言う。

「この森に居たら、お前は殺される」

 

【八】

 暫くの間を置いて、やっと少年は口を開く。

「……どうして? 皆を襲っていたのは、あなたじゃなかったの?」

 少年の言葉に狼は少し顔をしかめたが、こう答えた。

「俺は人間を食べてはいたが、殺してはいない。一度たりともだ。……だが、この森では多くの人間が死んでいる。何故だか、わかるか?」

 

【九】

「……」

 少年は押し黙るが、狼は構わず続けた。

「人間が、人間を殺しているんだ。俺の存在を隠れ蓑にして、同族を殺しているんだ。俺は生きる為だけに命を奪う。己の為だけに命を奪う奴の罪を被るのは、御免だ」

 

【十】

「お前が死んで喜ぶ奴が、居るんじゃないのか」

「……いません」

 狼の問いに、少年は小さく首を振る。

 脳裏に、叔父の不気味な程の笑顔が浮かんだ。

 

【十一】

「……やはり、そうなんだな」

「いません!!」

 狼の言葉を遮って、少年は叫ぶ。

 立ち上がり、脚をもつれさせながら、少年は走り去った。

 狼は少年を追うことなく、ただ黙ってそれを見つめていた。

 

【十二】

 狼の言葉を真に受けるな。

 きっと自分を騙して、食べようとしているんだ。

 そう思いながら、少年は祖父の居る小屋へと駆け込んだ。

 薄暗い部屋の中、祖父の眠るベッドへとふらふらと近寄る。

「じいちゃん……」

 

【十三】

 ベッドに眠る祖父は、既に骨になっていた。

「じい、ちゃん……」

 気付かなかった、気付けなかったんじゃない。

 気付いていないフリをしていただけだった。

 

【十四】

「悪いね、騙しちゃって。でも、あの男の血は、この家には必要無いんだ」

 少年が振り向くと、叔父が笑顔で猟銃を構えていた。

 逃げる気力も無い。

 引き金が、ゆっくりと引かれる。

 

【十五】

 狼の目の前には、赤く染まった少年の身体が転がっていた。

 まるで赤い頭巾を被ったかのように、銃弾でぐちゃぐちゃになった頭は、彼の血で真っ赤になっていた。

 

【十六】

 とある貴族が、巨大な銀色の狼に襲われると言う出来事があった。

 貴族は重傷を負ったものの、狼は従者によって仕留められ、その後その死体は民衆の前に晒された。

 余りの巨体に、それを見た民衆は皆、顔を青くして震え上がっていた。

 

【十七】

 森に棲む人喰い狼は倒された。

 もう安心だと、民衆は口を揃えてそう言った。

 やがて、狼の記憶が人々の中から消え去る頃、再びあの森の中で人が消える噂が流れるようになるのは、また別の話である。

【おわり】

 

 

 

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 ギルギスは四つ目の話を語り終えた所で、マンジュが小さく寝息を立てて眠っている事に気付く。

 まるで幼い子供のようだと思いつつも、彼自身もずっと昔、両親にそうして貰った事を思い出し小さく微笑んだ。

 

 

 

 

 

 ふと気が付くと、マンジュは森の中に居た。

 何故こんな所に居るのかと不思議に思い、マンジュは走った。

 四本の脚が、大地を駆ける。

 自分はこんなに早く走れただろうか? そう思ったが、何故かそれは当たり前の、当然の事であると感じ、マンジュはそれ以上は何も疑問に感じなかった。

 

「あ、ギルギス!」

 暫く走っていると、良く見知った青年が森の中の道を歩いているのを見つけた。

 普段の彼が着ている青い服ではなく、赤色の頭巾を被っていて、少女のような格好をしている。

 頭が見えないのにどうして彼だと分かったのか、マンジュは全く気にしない。

 

 遠目にギルギスを見ている内に、マンジュは自分のすべき事を思い出した。

 

 ギルギスを食べる。

 何故だか分からないが、それがマンジュに課せられた使命なのだと感じた。

 

 マンジュは足早に彼の背中を追いかけ、呼び止めた。

「ギルギスっ!!」

 マンジュの声を聞き、青年は振り返る。

 見慣れた顔が、マンジュに怪訝そうな表情を向けた。

「何だ、お前は。俺は祖母の見舞いに行かないといけないんだ。お前に構っている暇は無い」

 普段なら、ギルギスに”自分の事を知らない”と言われただけで大きなショックを受けていただろうが、この時のマンジュはそんな事は気にも留めず、異様な程頭が回っていた。

 

 おばあちゃんがいる。それなら、オレが先回りすれば。

 

「そうなんだ。ねえ、お見舞いだったらお花があると良いと思わない? この先にね、きれいな花畑があるんだよ」

 マンジュの口からは普段からは想像もつかない、立て板に水を流すように流暢な言葉が流れ出した。

「ふうん……そうなのか」

 ギルギスは暫く考えると、マンジュが指し示した方向へと歩いていった。

 

 ギルギスが寄り道した事を確認すると、マンジュは急いで、彼の祖母が居ると言う家へと向かった。

 

 小さな木を組んだ家を見つけ、そっと中へと入り込む。

 忍び足で寝台へと向かう。ベッドの上には、これまたマンジュが良く知っている顔が横たわっていた。

 とげとげとした黒い鱗を持つリザードマン、ヤグーだ。

 ヤグーは、普段の彼女なら着ないような、人間の女性の寝巻きを着てベッドの上ですやすやと眠っている。

 無防備な彼女の寝顔を見て、マンジュは少し考えた後に、口を開く。

「オレが食べたいのはギルギスだけど……ついでだから、ヤグーさんも食べちゃおっか」

 マンジュはそう物騒な事を呟くと、鋭い牙の並んだ大きな口を開けた。

 

 

 

 摘んできた野花を片手に、ギルギスがこの家まで歩いてくるのが見えた。

 急いでヤグーの服を着ると、マンジュは布団の中へ潜り込む。

「おい、ばあさん。来てやったぞ。生きてるか?」

 無遠慮なノックの後に、ギルギスが家の中へ入って来た。マンジュは、必死に荒くなっていた呼吸を押さえる。

 

「どうしたんだ? 遂にくたばったのか?」

 足音が直ぐそこまで近寄って来るのを感じ、マンジュはそっと頭だけを布団から出す。

 祖母のフリをしたマンジュを、ギルギスは不思議そうに見つめる。

「ど、どうしたの?」

 まじまじと自分を見詰めるギルギスに、マンジュは耐え切れず問い掛ける。

「なあ……ばあさん。あんたは、耳はそんなに大きくなかったような気がしたんだが……」

「き、気のせいだよ。ほら、大好きなギルギスの声、いっぱい聞きたいから」

 マンジュは正体がバレないよう、言い繕う。その返事を聞いて、ギルギスはあからさまに眉をひそめた。

「……あんたの目は、そんなに大きくて青い色だったか? 俺の記憶では、もっとトカゲのような目をしていたと思うんだが……今のあんたの目は、まるで肉食獣のようで不気味だ」

「んと……ほら、肉食獣の目って、目の前にあるものを捉えるのに向いてるでしょ? ギルギスの事、たくさん見つめてたいんだ」

 マンジュの的を射ていない弁明を聞いて、ギルギスは更に渋い表情をした。

「ねえ、ギルギス。もっと顔を良く見せて。もう、あんまり目が見えないの。だから、もっと近くに来て」

 マンジュは話を逸らそうと、必死に弱々しい病人の演技をした。それが功を奏したのか、ギルギスは仕方ないな、と小さく呟くとベッドの脇に座り顔を近付けて来た。

「そんな弱音を吐くなんて……本当に、どうかしてしまったのか?」

 悪態はついていたが、どうやら彼は本当に祖母の事を心配しているようだった。

 マンジュは、そんな祖母想いの孫へ笑顔を返す。

 その表情を見て、ギルギスは再び質問を投げかけた。

「……あんたは、そんなに口が大きかったか? いや……そんなに、鋭い牙が生えていたか?」

「え? だって……大きくないと、牙が無いと……」

 マンジュは、ギルギスの首筋に手を回して更に顔を寄せた。開かれた口の中には、獣のような鋭い牙が並んでいる。

 

「ギルギスを、食べられないでしょ!」

 

 ”狼”は、大きく口を開くと、目の前の青年をひとくちで飲み込んだ。

 

 

 

 ああ、しあわせだなあ。

 なんだか、とってもしあわせ。

 

 ねむいなあ。ちょっと、ねようかな……。

 

 

 

 ヤグーとギルギスを食べたマンジュは、幸せいっぱいな表情をして、その場で眠り込んでしまった。

 

 

 

 眼鏡をかけた二十代前半の男が、森の中を歩いていた。

 男はその格好と、背負った猟銃から、猟師である事が分かる。

 

 男は、ヤグーの住む家の近くを通りかかった時に、ふと彼女の事を思い出す。

「ヤグーさん、ここ最近体調を崩し気味でしたねえ。折角ですし様子を見に行きますか」

 そう男は呟くと、小さな家のドアの前に向かった。

 

「ヤグーさん、調子はどうですか?」

 軽いノックを数回したが、返事は無い。

「……?」

 男は、ふむ、と呟いた後に、慎重にドアを開けた。

「ああ……これは、酷いですね」

 家の中に入った男の目に入ったのは、大きく膨らんだお腹を出したまま眠る、狼の姿だった。

 男は静かに狼の傍に寄ると、腰にかけていた大きなナイフを取り出した。

 手際良く外科手術のように狼のお腹に切れ目を入れると、中に入っていたものが勢い良く飛び出す。

 

「はあ……死ぬかと思った」

 何度も咳き込みながら顔を出したのは、先程の青年、ギルギス。

「もおー、カンベンして欲しいね」

 続いてよろよろと這い出して来たのは、ギルギスの祖母、ヤグー。

 

「最近は狼に食べられるのが流行りなんですか?」

 男が、笑顔で笑えない冗談を言う。

「もう、冗談言ってる場合じゃないでしょ。この狼に仕返ししないと、私、気が済まないよ」

「全くだな。こいつには、最大の苦痛を感じながら死んで貰わないと」

 ヤグーとギルギスは口を揃えて、狼への復讐を望んだ。

 当の狼は変わらず、床の上でお腹を開かれたままぐうぐうと眠っている。

「そうですか……それでは、こんな方法はどうですか?」

 男は、眼鏡の下の瞳を怪しく輝かせながら、そう言った。

 

 

 

 どぼん。

 

 音と共に、冷たい感触を感じてマンジュは目を覚ます。

「わっ!?」

 マンジュは水の中に居た。必死に周囲を見渡す。周りは薄暗く、石の壁のような物に囲まれている。

 光を感じ、必死にその方向を見る。

 光の差す方向には丸く穴が開いていて、そこから二つの顔が覗いていた。

 ヤグーとギルギスが、溺れるマンジュを見つめていた。

「そ、んな、なんで……」

 訳も分からずマンジュは必死にもがくが、何故か身体はとても重くて、どんどん沈んでいった。

 

「腹に石を詰めて井戸に落とすなんて、酷い事考えるねえ」

「ま、それくらいしてくれた方がこっちも気が済んで良い」

 二人は口々にそんな事を言って、マンジュを見下ろす。

「や、だ、やだ! 助けて!」

 マンジュは無性に怖くなり、助けを求めた。

 悲痛な叫び声を聞いても、返って来るのは冷たい視線だけだった。

「……悪いのはお前だ。じゃあな、悪い狼さん」

 ギルギスが吐き捨てるようにそう言った。

 その言葉を聞いた瞬間、マンジュの中にあった糸がぷつりと切れた。もがいていた身体から、見る見るうちに力が抜けていくのを感じる。

 

 マンジュの身体はついに動かなくなり、冷たい水の底へ、

 

 

 

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「起きろ!!」

 

「ふあっ!?」

 短い破裂音と大きな怒鳴り声が聞こえて、マンジュは飛び起きた。

「え、あ、あ……ゆ、夢?」

 マンジュの隣には、何時もの格好をしたギルギスが座っていた。

「……夢? 悪い夢でも、見ていたのか」

「うん……えっと……あれ、どんな夢だったっけ……?」

 マンジュは夢の内容を必死に思い出そうと、うんうん唸る。

 何度か唸って、やっとマンジュは思い出したように顔を上げる。

「そうだ。ギルギスが、女の子の格好してた、かも」

「……それは……酷いな」

 ギルギスは返答に困ったのか、短い言葉に渋い表情だけを返した。

 

「ん……?」

 起こされてから少しして、マンジュは左頬がじんじんと痛むのを感じた。

「ああ、幾ら呼んでも起きなかったからな。軽くはたいた。痛かったか?」

 マンジュが頬をさすっているのを見たのか、焚き火に枝を足しながらギルギスが言う。

「それでも起きなかったら、銃で殴ろうかと思ったがな」

 小さく微笑みながら冗談を言う姿は、マンジュが良く知っているギルギスだ。

 

『……悪いのはお前だ。じゃあな、悪い狼さん』

 

 マンジュの知るギルギスは、あんな冷たい表情を向けて来た事は一度も無い。

「夢……だよね」

 言い様の無い不安を覚えながらも、マンジュはそれが夢であったことに、小さく安堵の息を吐いた。

 

 

 

説明
「マンジュとギルギス」と言う一次創作のお話です。
こちらの童話パロディ診断(shindanmaker.com/356306)の結果から作った、ツイッター小説四つを纏め、おまけにストーリー要素を無理矢理捻じ込んであります。
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一次創作 オリジナル 童話 パロディ マンジュとギルギス ファンタジー 

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