真・恋姫†無双 異伝 〜最後の選択者〜 第三話
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第三話、『邂逅・前編』

 

 

翌日、俺と朱里はすぐに動いた。

 

まず、両親に電話し、近日中に鹿児島に帰省する予定があるかを聞く。来週にでも行こうかと思っていたがという

 

両親を説得し、三日後に設定。とはいえ急に予定を作れるわけでもないので、両親や妹は遅れて行くということで

 

決着がついた。一週間後くらいには来れるそうだ。

 

次いで鹿児島のじいちゃんに電話し、明々後日にも会いに行くと伝える。こちらはいつでも良いという返事が

 

返ってきたので、問題なく決着がついた。

 

 

 

昼食を済ませ、俺と朱里は聖フランチェスカの歴史資料館に赴く。夏休みの課題のためだろうか、ノートを手にした

 

生徒が幾人か見受けられた。

 

俺達がここに来たのは、他でもない、あの鏡を確認するためだ。

 

果たして、鏡はそこに鎮座し、俺達の懸念などどこ吹く風とでもいうように、堂々と存在している。

 

「ここから始まったんだよ…」

 

「確か、ここで左慈という人に出会ったんですよね」

 

「ああ。見覚えのない生徒だな、と思っただけだったけど、まさかあんなことになるとはね」

 

もうどれほど前のことなのか見当もつかない。

 

思えば、あいつと出会って、全てが始まったのだ。

 

まさか、またあいつがいるのかと思ったが、そんな気配は微塵もない。

 

今の俺ならあいつの気配を感じる…少なくとも学園の敷地内にあいつが居れば、あいつの居場所を特定することくらい

 

造作もない。

 

「…しかし、懸念は現実にはならなかったみたいだね」

 

「ええ…他には特に用事もありませんし、家に帰って鹿児島に行く支度をします?」

 

「それがいいだろうな」

 

取り敢えず、これだけ確認したかったので、俺達はすぐに帰ることにした。

 

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帰り道、他愛も無い会話をしながら歩いていると、ふと朱里が思い出したように話題を変えた。

 

「…一刀様」

 

「ん?」

 

「鹿児島に行くとき、あれ、持っていきますか?」

 

十中八九、あれのことだろうな。

 

「勿論持っていくよ。俺が外史に行っていたことを証明するものと言えば朱里とあれしか無いんだし」

 

「でも、新幹線はギリギリ大丈夫かもしれませんけど、飛行機には持ち込めませんよ?」

 

「…長距離バスで行くか?」

 

「…安全性を考えたらそれが一番かもしれませんね」

 

「あれ」とは、他でもない古錠刀のことだ。あれは俺が外史に行っていたことの証明になり得る。

 

当然、所持が発覚すれば銃刀法違反でタイーホなので、隠蔽して持っていけるのは長距離バス、それも

 

チェックが緩い深夜バスが一番確実だろう。

 

大き目の釣竿バッグに布に包んだ状態で入れればなんとかなりそうだ。よし、今から購入しに行こう。

 

それなりに手持ちもある。

 

「朱里、大き目の釣竿バッグを使えばなんとかなると思うんだけど」

 

「名案ですね。今からお買い物に行きましょうか」

 

「そうだな。ついでに晩飯の買い物も済ませてしまうか?」

 

「いえ、今日は冷蔵庫に入っている分で十分だと思います。作るものは決めてあるので」

 

「お、何を作るんだ?」

 

「ゴーヤーチャンプルーを、と…」

 

「それはいいな。だけど、野菜室にゴーヤなんてあったか?」

 

「え?…あ!」

 

どうやら忘れていたらしい。指摘しなかったら二度手間になっていただろう。ナイス、俺。

 

「このうっかりさんめ」

 

「はぅぅ…」

 

顔を真っ赤にして俯いてしまった。俺としては気にしてほしくなかったので、朱里の手を取って手を繋いだ。

 

慰めの意味合いも込めて。

 

「はわわ、か、一刀様…」

 

「さ、行こうか」

 

「…はい♪」

 

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翌日は荷造りの一日だった。

 

古錠刀のサイズは事前に測ってあったので、しっかりとバッグに納まった。これなら行けるだろう。

 

まさか孫堅さんも自身の愛刀が釣りバッグに納まるとは思わなかっただろうが、こればかりは勘弁してもらいたい。

 

どうしようもないことというのは往々にしてあるのだから。

 

後は着替えとかそんなものでいいはずだ。大概の物は向こうにあるし。

 

…おっと、貂蝉の手紙も忘れないようにしないとな。

 

 

 

あれから、貂蝉の手紙を朱里と二人で改めてみたが、やはり漢語で書かれており、卑弥呼、及び管輅との連名に

 

なっていたことから、相当重要性が高いことはすぐに理解できた。

 

内容は、とりあえず貂蝉が言っていたこととほぼ同じだったので、俺達も既に承知していることだし、あえてそれを

 

また引っ張り出すことはここではしない。

 

 

 

「朱里、荷造りは終わったか?」

 

「終わりました♪」

 

「よし、じゃあ夕飯の準備をするか」

 

「一刀様にはお風呂の準備をお願いしたいのですが、よろしいですか?」

 

「ああ、わかった」

 

朱里にお願いされたので、俺は風呂場に行って風呂を洗い、湯を落とす。俺は熱い風呂でも一向に構わないのだが、

 

朱里が苦手なので、そのあたりは配慮している。まあ、温度調節はいつでもできるからな。

 

風呂の準備を終えると、次は干していた洗濯物を取り込む。まあいろいろあるわけだが、そこでイベントを起こすほど

 

俺はもう青くないので、黙々と取り込んでいく。畳むのは朱里の仕事なので、籠に入れたまま居間に持っていく。

 

一通り作業を終えると、朱里が台所から呼びかけてきた。

 

「一刀様ー、もうすぐできるので来てくださーい」

 

「おう、すぐ行く!」

 

可愛らしい呼び声に応える。もう、あれだな。只のカップルじゃないな、俺達。

 

…いや、同棲してるだけならともかく外史で出会って一緒に戦って、それでこっちに一緒に来たっていうカップルが

 

「只の」なんて言えないか。ぶっ飛び過ぎだわ。

 

<閑話休題>

 

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「…ってなことがあって、今俺達は深夜バスの停留所にいます」

 

「誰に向かっておっしゃっているんですか?」

 

「いや、状況を整理するために言っただけ」

 

「はあ…」

 

そういうわけで、俺達は深夜バスを利用することにした。Webで予約を入れ、チケットもコンビニ経由で手に入れた。

 

行先は博多なので、そこからは鉄道を利用することになる。新幹線はまだ博多までは来てないので、新幹線が通ってる

 

駅までは在来線だ。ここは新宿。ここから博多行の深夜バスが出る。

 

ちなみに、深夜バスの利点はチェックが緩いと言うだけではなく、その安さにある。

 

悲しいかな、俺達は学生だ。資金源が乏しい。だが、親戚やらその知人やらの資金援助が多くあり、生活には特に

 

不自由していない。でも、かといって節約しないのは良くない。なので、深夜バスだ。

 

…まあ、この世界そのものが俺が朱里と共に生きるために元の世界の情報を基に書き換えた『外史』だし?

 

必要な物は手に入るようにはなっているらしい。

 

今住んでいる一軒家だってそうだ。

 

高校生二人で一軒家持ちって…なんて思うかもしれないが、あの近辺は何かとわけありであまり人が住みたがらず、

 

物好きしか住んでいない。というわけで無問題。

 

でもやっぱり節約は必要。だから、チェック的な意味での安全性と安さから深夜バスを選んだのだ。

 

「でも、お客さんは少ないみたいですね」

 

「だな」

 

実際、停留所にはほとんど人がいなかった。これならゆったり行けそうだ。

 

「…お、来たな。朱里、乗る準備だ」

 

「はい、一刀様」

 

俺達は客もまばらな深夜バスに乗り込み、一路、博多に向かった。

 

早いところ寝た方がいいだろうと思い、俺達はすぐに眠ることにした。

 

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「おお、一刀。久しいのお。新年祝い以来じゃったか?」

 

「そうだね。久しぶりだね、じいちゃん」

 

俺達は鹿児島のじいちゃんの家に着き、もうじいちゃんと再会していた。

 

…俺にとっては本当に久しぶりだ。一体何年会っていなかったんだろう。数えると悲しくなりそうなのでやめよう。

 

まあ年末・新年とか春休みとか、ちょくちょく会ってたけど。

 

こっちに帰ってきて初めて再会した時なんか、もう涙が出そうだった。おもわず欠伸でごまかしたけどね。

 

「お久しぶりです、おじい様」

 

「朱里も久しぶりじゃのう。向こうじゃと修行もできなかったじゃろうから、続きをしようかのう。一刀もな」

 

「ああ。でもそれは明日にしてくれ。深夜バスだとあんまり深くは眠れなかったからね」

 

「わかっておるわい。さあ、上がりなさい。桜花も待っておるからの」

 

俺達はじいちゃんに続いて玄関に上がり、居間に通された。ばあちゃんが台所から出てきて、

 

「あら、もう着いたのね。いらっしゃい、一刀、朱里ちゃん」

 

俺達を迎え入れ、盆に乗せて運んできた冷緑茶と茶菓子を卓上に並べていく。

 

「久しぶりだね、ばあちゃん」

 

「お久しぶりです、おばあ様。お元気そうで何よりです」

 

「なんの。まだまだ若い者には負けませんよ」

 

並べ終えたばあちゃんは、朱里の言葉にどうみても30代前半くらいにしか見えない微笑みを浮かべた。

 

 

 

それからは特に変わったことも無く、雑談をして笑いあったり、俺とじいちゃんが将棋を打っている間に

 

ばあちゃんと朱里が夕飯の準備をしたりと、至って平和な時間を過ごした。

 

この後、それを俺達の手で破らなければならないのだから、なんだか気分が落ち着かない。おかげで俺は

 

じいちゃんに三回も負け越してしまった。

 

 

 

夕飯を食べた後、俺達は本題に入るため、宛がわれた部屋に置いた荷物から貂蝉の手紙を引っ張り出し、

 

居間で寛ぐじいちゃん達に声をかけた。

 

「二人とも、話があるんだけど…」

 

「何じゃ、改まって」

 

「そうよ、一体どうしたの?」

 

当然の反応を返す二人。まあ、俺がこんな態度を取るのはこれまでなかったことだから仕方ないだろう。

 

俺は卓上に手紙を置き、話を進めた。

 

「これについてなんだ」

 

「何じゃ、これは」

 

「誰かからの手紙かしら?」

 

「ああ。確かにじいちゃん達宛ての手紙だよ」

 

「誰から預かったの?」

 

「そうだね………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――貂蝉、って言ったらわかるかな?」

 

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「―ッ!?」

 

「な、何じゃと!?一刀、今何と言った!?」

 

「ああ、貂蝉、って言ったんだ。外史の管理者、貂蝉のことだよ」

 

「「!!!」」

 

じいちゃん達は酷く狼狽していた。無理もない。

 

俺の言い方からすれば、俺が外史に行っていたこと、そしてじいちゃん達が外史に行っていたことを

 

知っているということが、じいちゃん達ならわかるからだ。親父たちもそうだろうけど。

 

「…そうか、お前も、か」

 

「…いつの時代に行ったの?」

 

「後漢王朝末期…三国志の時代だよ。じいちゃんは楚漢戦争の時代に行ってたんだろ?」

 

「…あやつが話したのか」

 

「ああ。ばあちゃんが外史の出身者だってこともね」

 

「そう…そこまで話したのね…」

 

少し落ち着いてきたようだが、なんだか二人とも可哀そうになるくらい悄然としていた。

 

いつも泰然自若としていた二人がここまで取り乱すというのは、正直想像がつかなかった。

 

それだけ、俺が外史に行っていたというのがショックだったんだろう。

 

「………じゃあ、朱里ちゃんも……そうなのね?」

 

「………はい」

 

ばあちゃんが、朱里に訊ねる。朱里も俯き加減のまま、短く答えた。

 

「………かつての名は?」

 

「………諸葛亮。字は孔明。真名を朱里と言いました」

 

「伏龍孔明、ね……これはまた凄い子が来たものね」

 

その後しばらく二人は放心したかのように黙っていたが、先にじいちゃんが口火を切った。

 

「…三代にわたってしまった以上、これは宿命なのかもしれんな」

 

「宿命…そうだよな、親父もそうだったんだよな」

 

「それも貂蝉から聞いたか」

 

「ああ。親父は確か後漢王朝成立直前の時代だろ?光武帝が即位する前の」

 

「そうじゃな。お前は誰に仕えたんじゃ?」

 

「それが、俺の場合は複雑な経緯を辿ったんだ」

 

それから俺は、じいちゃん達に外史にいた時のことを説明した。

 

 

 

始まりの外史では国家・北郷として国を率いたこと。

 

 

新生した外史の魏では曹操に仕え、警備隊長として戦い、天下統一を成した後に悲しい別れを経験したこと。

 

 

呉では孫策及び孫権に仕え、軍師として戦い、大切な人を失いつつも、後に幾人もの子どもを儲けたこと。

 

 

蜀では劉備と同格の指導者として国を率い、天下三分の計を成し遂げたこと。

 

 

そして、それを何度も何度も繰り返したこと。

 

 

後なんかあったっけ…まあいいや。

 

 

 

あまりにも壮大な話に、じいちゃん達はまたしても放心状態になっていた。

 

少し待って、手紙に話を戻すため、俺が口火を切る。

 

「手紙、読んでみてよ。じいちゃん達なら見ればわかるって、貂蝉が言っていたからさ」

 

「…今日はもう読む気力がわかないわ。明日でも構わない?」

 

そりゃそうだろうな。こんな話を聞かされて、ショックを受けないわけがない。じいちゃん達がここまで弱った

 

表情を見せるのは初めてだ。なんだか申し訳ない気分だったが、もう一つ、見せなければならないものがある。

 

「…うん、それでもいい。あと、見てほしいものがあるんだ」

 

俺は立ち上がり、部屋に戻って「あれ」を釣りバッグから引っ張り出した。

 

居間に戻り、こちらは卓の横の床に置く。

 

「それはなんじゃ?」

 

「刀だよ。こっちに帰って来る直前に孫権から預かった、古錠刀」

 

「何?」

 

俺が布を取り去り、鞘から古錠刀を抜いてみせると、二人の顔にまた驚きの色が浮かぶ。

 

「孫文台に会ったのか?」

 

「…いや、孫堅さんは既に死んでいた。俺が外史に降り立った時、孫家の当主は孫策だった。ちなみに、始まりの外史では

 

 孫策も死んでいて、当主は孫権だったよ」

 

そう思うと、指導者が華琳で統一されていた魏や、俺がいるかいないかの違いはあっても桃香が指導者として統一されていた蜀とは

 

違って、呉は数奇な運命をたどってるんだな。どの外史でも主だった将に死者が出なかった蜀や魏と違って、呉は雪蓮をはじめ、

 

冥琳や祭が命を落としているし…なんだか偏っているような気がする。

 

もっとも、魏にいた時は死にそうだった秋蘭や流琉を歴史改変で助けたからな…そうとも言えないのか。

 

「そうか…」

 

じいちゃんは古錠刀を見つめたまま、憔悴しきったかのように呟いた。

 

「…じいちゃん、俺達はもう部屋に行くよ。整理する時間がいるだろ?」

 

「…うむ。古錠刀は返すぞい」

 

「ああ。それじゃ、おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

俺は古錠刀を鞘に収めると、また布で包み、それを持って朱里と共に部屋を後にした。

 

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「…まさか、あの子まで外史に行くことになるとは思わなかったわ」

 

「うむ………しかし、劉家の血筋の者を連れて来なんだのは意外じゃったのう」

 

「始まりの外史…あの子が初めて降り立った時、劉備はいなかったと言っていませんでしたか?」

 

「そういえばそうじゃったな。一刀が劉備の位置に立っていたと。しかし、何度か輪廻を繰り返すうちに劉備が出現したりなど

 

 色々と変化が起きたと言っておったな」

 

「一番数奇な運命をたどったかもしれないわね」

 

「…桜花」

 

「ええ、わかっておりますとも。貴刀や常盤さんたちが来るのに合わせてあの二人も呼び寄せましょう」

 

「一刀は驚くじゃろうな…」

 

「そうですね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――この劉邦季の孫であり、光武帝・劉秀文叔の息子だと知れば、どれほど驚くことでしょうね………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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翌日、俺と朱里は道場でじいちゃんと稽古をしていた。

 

既に俺の番は終わり、今は朱里がじいちゃんと打ち合っている。

 

「うむ、見ないうちにさらに鋭くなったな、朱里!」

 

「お喋りしていると負けますよ!」

 

今ではじいちゃんからも五本中二本は取れる実力を持つ朱里。元々の体力からすれば飛躍的な進歩だ。

 

―見る間に朱里にじいちゃんの剣が襲いかかる。鋭い―!

 

「ふんッ!」

 

「―くぅッ!まだッ!」

 

じいちゃんの打ち込みを朱里は左の剣で受け流すと、がら空きになった真正面から右の剣で逆襲する。

 

咄嗟にじいちゃんが半身になって朱里の一撃をいなし、背後から上段で打ち込む。普通ならここで勝負が決まってしまうが、

 

朱里は身体をすぐさま回転させ、突き出していなかった左の剣でそれを一瞬受け、遠心力で加重した右の剣をじいちゃんの

 

剣の腹に叩き付け、弾いた。再び飛び離れる両者。言葉の上ではこんな感じでも、これら全てが刹那の間に起きる。常人では

 

まったく追随できない戦闘だ。追随しようと思うことさえ烏滸がましいだろう。

 

「やるのう!儂の打ち込みをこうも受け流すとは!」

 

「まともに受けてたら勝てませんから!」

 

その後も凄まじいまでの高速戦闘が続く。一瞬でも気を抜けば次の瞬間には目で追うことすらできなくなるだろう。

 

単純な力では負けるが、速さと精確さでそれを補う。武器は中短程度の長さの双剣。体格が小さいのと、鈴々のように

 

大型の武器を使えないということを勘案すると、速度と精度で勝負するのが正解だ。しかし朱里は暗殺者タイプではなく、

 

持ち前の頭脳と観察眼を活かして状況を見極め、弱点を的確に見出す理詰め派だ。俺もうかうかしていると負ける。

 

「ははは、あの青き日々が甦るわい!」

 

それにしてもじいちゃんは楽しそうだ。本気を出していない状態でさえ恋でも勝てなさそうなじいちゃんにああまで言わせるとは、

 

朱里も相当な武人に育ちつつあるようだ。

 

―本気じゃない恋とならやり合えるかもな。いや、本気の恋とも引き分け程度には持っていけるか…?

 

「―!今ッ!」

 

「ぬぅ!?」

 

次の瞬間、朱里が気を両脚に込め、一瞬の神速を得て突撃する―!

 

 

 

『―幻走!瞬裂斬!!』

 

 

 

放たれた弾丸のように一瞬で間合いを詰め、じいちゃんの剣を弾き飛ばす朱里。道場に乾いた音が響く。

 

「むぅ…やるのう」

 

「今のは、隙を見せたじいちゃんの負けだ」

 

「隙を見せたつもりはないんじゃがな」

 

「朱里は元々軍師なんだ。伏龍孔明の観察眼を見縊ったら駄目だよ」

 

「稀代の天才軍師・伏龍孔明に武力が加わるか…これは儂も本気を出さねば勝てんようになってきおったわ。

 

 いや、本気を出せば勝てるというわけではなくなってきておるの。

 

 『幻走脚』も完全に使いこなしておるし、並大抵の武人では手も足も出ないじゃろう」

 

 

 

『幻走脚』は、北郷流独自の高速戦闘技術だ。全身に流れる「気」を両脚に集中させ、爆発的な脚力を得て超加速する。

 

幻が駆け抜けるかのように見えることからこの名がついたわけだが、実際のところ、達人が使った場合はほとんど見えない。

 

武に疎い者では相手の所在を認識することすらできないだろう。そう、まるで戦っていた相手が幻だったかのように。

 

間合いでも力でも劣る朱里がじいちゃんと正面からやり合えるようになったのも、これを修得してからだ。

 

 

 

「というか、じいちゃんが本気出したら恋でも勝てなさそうじゃないか、朱里?」

 

「そうですね…たぶん、恋さんでも厳しいでしょうね。本気を出さずとも、おじい様なら恋さんに勝てるでしょう」

 

「恋?誰の事じゃ?」

 

まあ、わかるはずもないか。そういうわけで、俺達も話を切り出す。

 

あのボケーっとした動物好きの不思議少女にして、戦場に深紅の旗を掲げた武神・呂布奉先の話を。

 

「恋っていうのは真名で、名前は呂布、字は奉先。天下無双の飛将軍・呂布のことだよ」

 

「お前、呂布と知り合いなのか?」

 

「最初は董卓軍にいたけど、始まりの外史や蜀では配下にしたよ。始まりの外史、つまり国家・北郷では降してからは

 

 戦場には出なかったけど、蜀では将として戦場に立っていた」

 

「よく裏切らなかったな。呂布と言えば裏切りの象徴じゃぞ」

 

「恋が持つ呂布のイメージって、いっそバカバカしいぐらいに強いってことくらいで、仲間や家族を大切にするし、

 

 絶対に裏切らない。大食いで動物好き、無口で不思議な雰囲気を持った子で、癒し系だった」

 

「恋さんの旗…深紅の呂旗は、いつも一刀様の十文字旗の隣にあるという話は大陸に広まっていましたからね」

 

「魏や呉にいた時は敵だったけど、あれほど敵に回したくない武将は他にいないね」

 

今思い出しても背筋が寒くなる。味方としては頼もしいが、敵に回したら恐ろしいどころの話ではない。

 

「ふむ、しかし…呂布か、儂も一度戦ってみたいものじゃな」

 

「まあ、関羽、張飛、趙雲が束になって掛かっても敵わなかったからなぁ。じいちゃんも満足するんじゃないか?」

 

「んむ?趙雲じゃと?劉備ではないのか?」

 

「…向こうの劉備は、宝剣は持ってたけど、実力は多分昔の俺より下」

 

華琳と一騎打ちを演じたこともあったけど、あれは華琳が桃香の本音を引き出すために手を抜いていただけで、

 

実力では完全に負けていたからな。

 

「お前の実力も中々のものじゃったはずじゃがな」

 

「周りが人外魔境の面々だらけだったからね。一般兵程度ならともかく、将相手は無理だった」

 

…うん、春蘭とか愛紗とか、もう人外の戦闘能力だったな。あの時の俺では相手にもならなかった。

 

まあ、春蘭の真剣を木刀で受け流していたこともあるし、祭とも特訓したし、魏や呉ではそれなりに実力は

 

付けられたと思うけど。魏では警備隊長もやってたから、治安維持に必要な程度の武力は身に付けたし。

 

「儂の時はそんな風には感じなかったんじゃがのう」

 

「じいちゃんの場合、自分が強いから感じなかったんだろ…」

 

「まあそうじゃな」

 

自分で納得しやがった。まあ恋より強いなんて化け物以外の何物でもないし、仕方ないか。

 

「さて、もう良い頃合いじゃな。桜花が昼飯を作っているだろう。

 

 午後はちと用事があるでな、稽古には付き合ってやれんが、道場は自由に使え」

 

「用事?」

 

「なに、野暮用じゃ。気にせんでええ」

 

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昼食を済ませてすぐ、じいちゃんは町に出かけた。

 

ここ北郷邸は広い敷地を持つ邸宅であるため、町からは少々離れている。

 

自転車でも使えばいいと思うのだが、じいちゃんは歩いていく。趣味と実益を兼ねているらしい。

 

俺達はというと、ばあちゃんの手伝いで掃除をした後、そのばあちゃんと一緒に縁側で涼んでいた。

 

「やっぱり三人でやると早いものね。普段気が回らないところまで掃除出来ちゃったわ」

 

「二人で住むには広すぎるもんな、この家」

 

広すぎるため、ばあちゃんも普段から使う部分はよく掃除しても、使わない部分に関しては気が回らないらしい。

 

人手があれば違うんだろうけど、一人で掃除するにはキツすぎる。

 

「それはそうと、ばあちゃん」

 

「何かしら?」

 

俺は昨夜の話題について、敢えてばあちゃんに質問をぶつけてみることにした。

 

「ばあちゃんは"誰"なんだ?」

 

そう、俺はばあちゃんの正体が気になっていたのだ。

 

俺の経験則で言えば、高名な人物ではないかと思われたし、聞けばすぐにわかる。

 

「それは貴刀達が来てからね。でも、一刀の推察通り、後世に名前の残った人間ではあるわね」

 

どうやら読まれていたらしい。

 

「そうだね。それなりの地位や名声を得ていた人物だとは思ってた。朱里もそうだからね」

 

「そうね、朱里ちゃん…諸葛孔明の名は、知らぬ者がいないくらい有名だもの」

 

「はわわ、私、そこまで有名人になっていたんですか…」

 

「向こうでも、蜀の軍師といえば朱里だったからね。

 

 詠は身分を隠さなきゃいけなかったし、音々音は活躍の場が少なかったし。

 

 雛里は前に出ようとしなかったから、朱里ほど対外的には知られていなかったしな」

 

「はぅぅ…」

 

…ばあちゃんとの会話のはずが、俺と朱里のイチャイチャになってしまった。

 

それに呆れたのか、ばあちゃんがパンパンと手を打って、場の空気を締めた。

 

「はいはい、ご馳走様。もう少ししたら夕飯の準備を始めようと思うんだけど、朱里ちゃん、今日も

 

 手伝ってくれるかしら?」

 

「はい♪」

 

「…ごめん、ばあちゃん。置き去りにしちまって」

 

「別に良いわよ。私だって悠刀さんと所構わずいちゃついて、周囲からは呆れかえった声が聞こえてたもの」

 

「…俺達の家系にはバカップルの遺伝子でもあるのか?」

 

「ついでに人たらしの遺伝子もね」

 

何だか複雑だ。

 

そんなバカ話をしばらく続けていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――だが、この平穏は思わぬ形で破られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「―こんにちはー」

 

玄関の方から聞き覚えのあり過ぎる声が聞こえてきた。

 

「あら、この声は…鞘名?」

 

そう、この声は鞘名の声だ…って!

 

「あいつ、親父たちと一緒に来るんじゃなかったのかよ!?」

 

「一人だけ早く来たのかしらね?」

 

「あわわ、ど、どうしましょう!?」

 

「朱里!雛里になってるから!君は『はわわ』だろ!」

 

「はわわ!お、思わず雛里ちゃんの口癖が出ちゃいました…」

 

焦って親友の口癖を出してしまい、余計に焦る朱里も可愛いことこの上ないが、今回はそれどころではない。

 

朱里と鞘名を引きあわせること自体は計画内だが、鞘名がこのタイミングで来るとは想定外だ。

 

はっきり言って心の準備ができてない。

 

「―あれ?返事が無い?おばあちゃ〜ん?」

 

「これは私が行った方がよさそうね…今行くわ〜!」

 

ばあちゃんがさっと立ち上がると、素早く玄関に向かった。

 

ただし、足止めは期待できない。ばあちゃんは朱里が鞘名と知り合いでないことを知らない。

 

「―お兄ちゃんは?」

 

「―今縁側で涼んでるわよ」

 

……………………………………………………。

 

 

 

 

マ・ズ・イ♪

 

 

 

 

―いやいやいや、何でそこで♪が付くんだよ!?

 

「―じゃあ、あたしも縁側に行くね!」

 

「―はいはい、飲み物は持っていくからね」

 

「―ありがとー!」

 

 

 

 

\(^o^)/

 

 

 

 

「………終わった」

 

「………もう、腹を決めましょう」

 

「………そうだな。ここはいっそ開き直るか」

 

うん、その方が気が楽だ。この後どんな目に遭うか正直言って怖いが、それを気にしていたら負ける。

 

俺達は、竜巻のように迫ってくる災厄を待ち構えた――

 

 

 

 

「――お兄ちゃん!」

 

 

 

 

喜色満面、とでも表現するべき笑顔で縁側に突入してきたのは俺の妹・北郷鞘名だ。

 

朱里とは同い年で聖フランチェスカ学園に在籍しているが、クラスは違う。そもそも一学期の間は病気で

 

長期入院していたせいで学園にはほとんど行っていなかったため、学園内で朱里と顔を合わせたことはない。

 

「鞘名!お前、親父たちと一緒に来るんじゃなかったのか!?」

 

「だって早くお兄ちゃんに会いたかったんだもん!長らく会ってなかったし!」

 

「つい一週間前に見舞いに行ったばっかりだろうが!」

 

「あたしにとってそれが一日千秋だったことがわからないかな、この鈍感お兄ちゃんは!」

 

「鈍感で悪かったな!お前もいい加減兄離れしろ!もうすぐ16だろ!?」

 

「あー、ひどーい!」

 

会った瞬間、挨拶もしないで兄妹喧嘩を繰り広げる俺達。仲の良い兄妹だとは言われるが、正直、鞘名の

 

ブラコンは直してほしい。一生直らないかもしれないけどさ。

 

ちなみに、ちゃんと実妹だ。よくある義妹設定じゃないからそこんとこよろしく。

 

「…あ、あのー…」

 

ギャーギャー騒ぐ俺達に、ふと冷や水が浴びせられた。

 

冷や水をぶっかけたのは、一気に置き去りにされた形となった朱里だった。

 

鞘名もようやく朱里の存在を認識したらしい。頭上に「?」を浮かべて訊ねてくる。

 

「…あれ?お兄ちゃん、この子誰?親戚にこんな子いたっけ?」

 

「あ、あの、えと、私は…」

 

―俺は、朱里の戸籍上のことを言った方がいいのか、俺達の関係を言った方がいいのか、迷っていた。

 

朱里は戸籍上では俺の義妹に当たり、同い年の鞘名は朱里より誕生日が遅いため、一応現状でも朱里は鞘名の

 

義姉だ。

 

関係のことを言えば、俺達は恋人…いや、完全に婚約者と言っていい。それ以上かもしれないけど、現実的な

 

関係の呼称としては婚約者というのが一番しっくりくるだろう。だが、今は彼女と言った方がよさそうだ。

 

しかし、そんなことを悩んでいる時間は無い。ならば後者だ!

 

「…鞘名、いままで紹介できなくて悪かった。この子は朱里。俺の彼女だ」

 

「は、はじめまして。北郷朱里と申します」

 

お、今回は噛まなかったな。

 

 

 

 

「…………………………はい?」

 

 

 

 

鞘名が、石像のように固まった。

 

が、次の瞬間にその呪縛が解かれる。

 

「………えっとね、お兄ちゃん。よく聞こえなかったんだけど。この子は誰?お兄ちゃんとどういう関係?」

 

「この子は北郷朱里。俺の彼女だ。今まで紹介する機会が無かったのは悪かった」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

俺が苛立ってもあれなので、敢えて冷静にもう一度繰り返した。

 

一方、鞘名は大理石の彫像になったかのように動かない。

 

目は見開かれ、顔はこれ以上ないくらい引きつっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ぞっとするほど穏やかな風が、俺達の頬を撫でていった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――な、な、な――!!!」

 

 

 

 

 

そして、静止した空間は、鞘名の絶叫によって破壊された。

 

 

 

 

 

「なによ、それぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええッッッ!!!!!?????」

 

-11ページ-

 

あとがき(という名の言い訳)

 

皆さんこんにちは、Jack Tlamです。

 

今回はばあちゃんとお袋の正体、そして朱里と鞘名の邂逅をお送りしました。

 

もう少しこの後の事を書く予定でしたが、分けた方がいいかなと思い、『前編』としました。

 

朱里と鞘名の絡みは『後編』で。

 

 

朱里の戦闘スタイルは外史編ではもう少し変えますが、基本的には中くらいの長さの双剣を使った

 

高速戦闘です。「気」で身体能力に強力なブーストをかけてはいますが、重い一撃よりは素早く精確な

 

一撃を与えることを重視して戦っているという感じです。

 

 

「気」を練る修行なら自宅でもできますから、朱里は鹿児島にいるときは剣技を、普段は「気」の修練を

 

積んでいました。呑み込みの早い子だろうということと、輪廻の影響とかで素養が出来上がったと仮定して、

 

話を構成しています。朱里もあの時から成長しているので、身長も伸び、出るところも出てきています。

 

ちなみに髪型は変えてません。スタイルは蒲公英くらいです。

 

 

凪もかなり修業したという「気」ですが、この二人は割とあっさり使ってみせました。

 

この二人の場合、日頃の房中術の影響もあるような気がしますがwww

 

 

鞘名の名前は一刀の名前からの連想です。

 

これは前回言えばよかったか。

 

典型的なギャルゲ的妹キャラです。しっかり者だけどお兄ちゃん大好きでダメな一面まで目立ってしまう的な。

 

 

ちなみに、鞘名も強いです。

 

恋姫武将で言うと、純粋に武力で勝負するなら蓮華を上回り、総合力でなら華琳にも遅れは取りません。

 

剣の才能はむしろ鞘名の方が高くて、一刀はそこまでの高みに上らなかったのに対して、彼女はどんどん高みに

 

上っていったと言う設定にしています。

 

まあ、今は一刀を相手にしたら一瞬で負けるでしょうけど。

 

 

ばあちゃんとお袋の正体はもう皆さんご存知、高祖・劉邦と光武帝・劉秀です。

 

これは本作の世界観にも関わってきますが、そこはまだ内緒。

 

 

さて、鞘名の絶叫が響き渡った北郷邸で一体何が起きる?

 

 

次回は前述の通り、朱里と鞘名の絡みをお送りします。

 

正妻の座(?)を懸けた勝負の数々です。

 

では、これにて。

説明
『真・恋姫†無双』を基に構想した二次創作です。
無印の要素とか、コンシューマで追加されたEDとか、
その辺りも入ってくるので、ちょっと冗長かな?

無茶苦茶な設定とか、一刀君が異常に強かったりとか、
ありますが、どうか生暖かい目で見守っていてください。

恋姫らしさがちょっと少ない気もしますが、
あえて茨の道を行く一刀と朱里を描きたくて、こんな
作品になりました。

今回はじいちゃん達との会話と、朱里と鞘名の邂逅です。
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コメント
>>PON様 コメントありがとうございます。まあ、そうですよね…少々、一刀を変えすぎたかもしれません。それに、一刀の家系が普通だったら逆に違和感が生じるような気がするんですよねぇ…。(Jack Tlam)
記憶がなかったとはいえ、呉でたくさん子供作っておきながら今更一筋とか言われても噴飯ものだけどねwこの当時は仕方ないがブラコン設定は戦国恋姫で妹の息子が出てきてしまった今、複雑だなー。それにしても、すごい家系だw(PON)
>>mokiti1976-2010様 コメントありがとうございます。今回はおそらくそうなるでしょうが(笑)、外史に行ったら朱里以外と関係を持つことは一刀が拒否すると思います。まあ今回ばかりはモゲロ!(Jack Tlam)
よし!このままカオス空間に引きずりこまれろ、一刀!!そしてモゲロ!!(mokiti1976-2010)
タグ
真・恋姫†無双 恋姫†無双 北郷一刀 朱里 

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