真・恋姫?無双 〜夏氏春秋伝〜 第六話
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かの賊討伐の数日後、曹操軍は陳留へと帰還していた。

 

討伐の帰路において、誰もが予想だにしなかった季衣の大食いが発覚し、少々糧食に不安はあったのだが。

 

華琳は帰還後すぐに主だった武官、文官と季衣、荀ケを玉座の間へと呼び出していた。

 

「さて。荀ケ、今回の討伐行での策、見事だったわ。出陣前の約束通り、貴方を我が軍の軍師として採用しましょう」

 

「ありがたき幸せ。曹操様、我が真名は桂花と申します。この真名、曹操様に預かっていただきたく存じます」

 

「勿論預からせて貰うわ。桂花、貴方にも我が真名を呼ぶことを許します。これからよろしく頼むわよ」

 

「はい!ありがとうございます、華琳様!」

 

華琳の真名を許され、桂花はまるでこの世の天国を見たかのような顔をしていた。

 

桂花への褒賞授与を終え、華琳は季衣に視線を合わせる。

 

「次に、季衣」

 

「はい、なんですか、華琳様?」

 

「向こうでも言ったけれど、貴方は武官として採用したわ。けれど、今すぐには役職には就けません。当面は春蘭、秋蘭の下で色々と学びなさい」

 

「わかりました!」

 

季衣に対しては実質的に再確認である。季衣も自身の村を華琳が治めてくれることが決まると非常に喜び、華琳に絶対の忠誠を誓っていた。

 

「そして、菖蒲」

 

「はい」

 

「先の戦での戦いぶり、見事だったわ。そこで貴方に正式に将軍の地位を授けます。より一層の活躍を期待しているわ」

 

「ありがとうございます」

 

実際、菖蒲は各部隊の討ち漏らした賊を一人とて逃すことはなかった。これは偏に用兵術の上手さにあった。個人の武も春蘭からの報告によって十分であるとわかっている。これだけの条件が揃えば、華琳でなくとも将軍位を与えるのは当然と言えた。

 

「以上をもって臨時の軍議を終了する!各自持ち場に戻りなさい!」

 

華琳の解散の号で一同は各々の仕事に戻っていく。

 

桂花もまた、軍師としての仕事を早速探しに行こうとしていた。

 

「荀ケ殿、ちょっといいか?」

 

「桂花でいいわ、夏侯淵将軍。別に構わないけど、どうかしたの?」

 

「私もこれからは秋蘭と呼んでくれ。桂花は情報の扱いに長けていると聞いたが、真実か?」

 

「…ええ、そうね。情報の扱いで私の右に出るものはそういないでしょうね。でも、それどこで聞いたの?」

 

「そうか。ではやはり桂花にやって貰うのが一番なんだろうな。先程の情報の出処はすぐにわかる。付いてきてくれ」

 

そう言うと秋蘭は歩き出した。桂花は不審に思いつつも秋蘭に付いて行く。

 

 

 

しばらく城の廊下を歩き、辿りついた場所は目立たぬ一角にあるごく普通に見える部屋の扉の前だった。

 

「今までは一応私がここに詰めていたのだがな。今日からは桂花に詰めてもらいたい」

 

「…ここは一体何なの?」

 

「入ってみればわかるさ」

 

そう言って秋蘭は桂花に扉の前を譲る。桂花は扉に手をかけると恐る恐る開いた。

 

「…何よ、これ?」

 

桂花の目に入ったのは人が3人も入ればいっぱいになるような狭い部屋だった。

 

しかし、よくよく見てみると正面の壁にも扉がついている。

 

「奥の扉の先に目的に部屋がある。その扉を開く前にこちらの扉は閉めておくようにしてくれ」

 

「…わかったわ」

 

秋蘭に言われた通りにしてさらに奥の扉を開く桂花。すると。

 

「ようこそおいでくださいました、荀ケ殿。まずはお祝いを。正式採用、おめでとうございます」

 

一刀の歓迎の言葉が桂花を出迎えた。

 

「何であんたがここにいるのよ?秋蘭、これはどういうことよ?」

 

案内された先に男がいたことで、桂花は見るからに不機嫌な様子になる。

 

秋蘭はその変化に特に頓着せずに返答しようとした。

 

「うむ、それは」

 

「いいよ、秋蘭、俺が推したんだから、説明する義務は俺にあるからね」

 

「そうか。では任せよう」

 

「ああ。では荀ケ殿、改めまして、本日はお越しいただきありがとうございます」

 

秋蘭と話をつけた一刀が桂花に説明を始めようとすると。

 

「ちょっと待ちなさいよ!あんたが推した、ってどういうことなのよ?!大体あんた、一体何者なの?!」

 

「荀ケ殿の疑問も尤もです。では一つずつお答えさせていただきます。まず、私の自己紹介から。ご存知の通り、私は姓名を夏候恩と申します。しかし、これは借名。私の本来の名は、『北郷一刀』、と申します」

 

「なぁっ!?!?」

 

その言葉を聞いて桂花は文字通り飛び上がらんばかりに驚いた。

 

「ほ、北郷って、あの『北郷』?!南皮で私に声をかけ、陳留では姿を隠して献策しているっていう、あの?!」

 

「はい、その通りです。正体を隠している理由はまた追々。今はまず荀ケ殿のもう一つの疑問ですね。なぜ私が貴方を推したのか。それは貴方が情報管理に精通していることを知っていたからです」

 

「それは南皮で調べ上げた、ってこと?」

 

「いいえ、違います。正確には今目の前にいる荀ケ殿ではなく『荀ケ文若という人物』がそうであることを知っていました」

 

「ど、どういうこと…?」

 

一刀の発言に益々訳が分からなくなる桂花。既に初めの勢いはどこへやら、突っかかることによる騒がしさは消え失せていた。

 

「一言で言ってしまえば、未来の知識、ですね」

 

「…はぁ?」

 

「私は元々この大陸の者ではありません。数年前、どういうわけか未来よりこの大陸へと来てしまったのです。この時代の大陸の話は私の世界では有名な物語として語り継がれています。まあ、その話とここでの事実との差異が多々あるのですが。そこに『荀ケ文若』も語り継がれているのです」

 

「……」

 

桂花はここで完全に理解することが出来なくなってしまった。一方、その暴露を聞いた秋蘭は少々驚いて一刀に尋ねる。

 

「いいのか、一刀?」

 

「ああ、荀ケさんになら構わない。情報を漏らしてしまうことはまずないだろう」

 

「一刀がそういうのであれば私は何も言うまい」

 

一刀の返答に、目を瞑り口元に笑みを浮かべてそう答える秋蘭。その様子を見てようやく桂花が動いた。

 

「…今の話、秋蘭は知っていたの?」

 

「ん?ああ、勿論な。ちなみに一刀の本当の名が『北郷』であること、一刀が未来から来たことは姉者も知っているぞ。一刀がこの部隊にいることは知らないがな」

 

「未来の件を随分すんなりと受け入れられるんですね」

 

「…少し考えると納得できる点も多いわ。それに、それが本当であれ嘘であれ、そう簡単に証明なんて出来ないでしょ?」

 

「一応、この時代の者ではない証明は出来ますけどね」

 

そういって一刀はあらかじめ用意しておいたボールペンとメモ帳を差し出す。

 

「な!?こ、これ、例の凄く上質な紙…それにこれは?」

 

「分かりやすく言えば墨なしで書ける筆、ってところですね」

 

それを聞いた桂花はボールペンを使ってメモ帳に文字を書いてみる。

 

「何、これ…本当に墨なしで…それにこんなに細い字が書ける筆なんて聞いたことも無い…」

 

「未来ではこれらを庶民に至るまで皆が所持しています」

 

「そんな…」

 

「ついでにこれも未来から持ってきたものになりますね」

 

そう言って一刀は腰に佩いていた虎鉄を桂花に手渡す。

 

「戦場で見た時も疑問に思っていたわ。この細すぎる剣でどうやって戦うのかって」

 

「それは『日本刀』と呼ばれる刀剣です。”折れず、曲がらず、よく切れる”を追究して作られた私のいた国の刀です。この時代の技術では作り上げることは出来ません。手に取ってご覧頂いてそれがわかりますか?」

 

「…本当に鉄の質が全然違うわ。それにこの装飾も見事なものね…」

 

「そうですね。日本刀は様々な点において世界中から称賛されておりましたので」

 

「…未来、ね。これだけのものを見せられればさすがに信じずにはいられないわね」

 

そういって桂花は一刀に虎鉄を返す。虎鉄を再び腰に佩き直し、一刀は説明を再開する。

 

「では説明に戻り、本題に入らせていただきます」

 

その言葉に桂花は頭を切り替え、居住まいを正す。

 

「本日荀ケ殿にこの部屋に来ていただいた理由。それは当室長を本日より荀ケ殿に務めて頂きたいからです」

 

「…あんたが『北郷』なんだったら、もしかしてこの部屋って…」

 

「察しが早くて助かります。荀ケ殿の予想通り、こちらの部屋は『情報統括室』。室長の下で任務を遂行する部隊として『黒衣隊』が存在しております。但し、ただ今の2つ、他言無用でお願いします。これらの存在は情報室長及び黒衣隊の面々のみ知り得ることです」

 

「ちょっと待って!華琳様もご存知無いの?何故?」

 

当然といえば当然の疑問が桂花より発せられる。一刀はそれに淀みなく答える。

 

「黒衣隊は大陸各地の主要勢力への偵察以外に、謀反を企てる者、内通者、間諜の監視、処理をその主な任としています。そのような輩は最も上の者、我が軍で言えば曹操様の言動にはどのような些細なものでも気を張っているでしょう。曹操様も人間で居られれば、反旗を翻す準備を行っている者を知って全く不自然な態度を取らないとは言い切れません。であれば、このことに関する一部の者のみで情報を留め、全てを水面下で進行してしまった方が都合がよいのです」

 

「でも、ここが反旗を翻すことがあったら!」

 

「失礼ながら、荀ケ殿は秋蘭が反旗を翻す可能性があるとお思いで?ここの室長の人選には十分に気を付けていますよ」

 

「確かに、ね…そこまで情報に対して徹底しているのね…」

 

「未来は情報社会と呼ばれるほど、情報が重要なものとして扱われていますからね。”情報を制する者は世界を制す”。これはこの大陸においても当て嵌まることでしょう」

 

「ええ、確かにそうね。…わかったわ、この話、受けましょう。でも、その黒衣隊とやらがどれだけの実力を持っているのか、それを確かめさせて貰いたいわ」

 

「ありがとうございます。黒衣隊の実力に関しては本日夜に陳留からすぐの林にて調練を行いますので、それをご覧頂ければ」

 

「そう、わかったわ」

 

「では、荀ケ室長、本日よりよろしくお願いいたします。必要ないかもしれませんが、私の真名もお預けしてしておきます」

 

「ええ、よろしく。…そ、それと私の真名は桂花よ。今後はそう呼びなさい」

 

「よろしいので?失礼ながら荀ケ室長は男性がお嫌いなのでは?」

 

突然許された真名に困惑を隠せない一刀。理由は一刀にとって予想外なものであった。

 

「今まで見てきた男はみんなグズで無能、中には女を物としてしか見てないような奴もいたわ。そんな奴らばかり見てきたから、確かに私は男が嫌いよ。でもあんたは、いえ、一刀は初めて私を正当に評価してくれた。それどころか華琳様に仕官するお膳立てすら。一刀にはとても感謝してるわ。だ、だから、真名を呼ぶことを許してあげるわ!光栄に思いなさい!」

 

「はい、ありがとうございます、桂花室長」

 

「ふ、ふん!分かればいいのよ!」

 

今回の討伐行で桂花を側で見ていた秋蘭は、その男嫌いの度合いの凄まじさを知っている。

 

ところが、一刀の正体を知ってからの桂花の態度は明らかにそれまでのものとは異なっていた。

 

(ふふ、相も変わらず悩みを持つ者の心を掴むのが上手いな。しかも、本人にその自覚がないのがまた恐ろしい)

 

そんな一刀と桂花のやりとりを見て内心で密かに楽しんでいた秋蘭であった。

 

こうして、後に大陸最高の情報機関の名を欲しいままにする組織の基盤が出来上がったのであった。

 

 

 

 

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その後、情報統括室を後にした一同。桂花は軍師としての仕事を探しに、秋蘭はこの日の文官としての仕事をこなしに行った。

 

一人になった一刀が廊下を歩いていると。

 

「ふはは、ふはははは!」

 

何やら上機嫌な高笑いが聞こえてきた。その方向を見てみると、ゆったりとした服を着た黒髪の少女の姿があった。服装から察するに文官のようである。しかし、一刀の方にはその少女に見覚えが無い。であれば、先だって聞かされていた、新たに採用された文官なのだろう。

 

(あの曹操が認めた才であるならば恐らく歴史に名を残した文官のはず。この時期の参入であれば…郭嘉、もしくはちょっと早いけど程cの可能性もあるかな?)

 

とりあえず誰なのかを確認しよう。そんな軽い気持ちで一刀は少女に近づいていく。そして声をかけた。少女の”後ろ”から。

 

「ちょっとすいません」

 

「ふわひゃぁっ?!?!」

 

声を掛けられた少女は飛び上がらんばかりに驚いて奇声をあげる。

 

「なななな、だ、だだ、誰だ?!何者だ?!」

 

「え、え〜と。先日新しく採用された文官の方でいらっしゃいますか?」

 

少女のあまりの驚きように一刀は少々戸惑いつつも会話に入る。

 

「あ、ああ、そうだが…お前は何者だ?」

 

「これは失礼しました。私は夏侯惇、夏侯淵両将軍の副官を勤めております、夏侯恩と申します。夏侯淵将軍より新たな文官採用の旨を聞きまして、ご挨拶に参った次第であります」

 

「そ、そうか。ふぅ。私は先日より華琳様に文官として仕官することになった姓を司馬、名を懿、字を仲達と言う」

 

「っ?!」

 

ようやく落ち着いた少女、司馬懿の自己紹介を聞き、一刀は驚いた。三国志において、司馬懿の出仕はまだまだ先の話であるが、それはともかく。何よりも一刀にとって重要なのは、その三国志において晩年に司馬懿のとった行動にあった。ご存知の通り、司馬懿は晩年、魏に対し謀反を起こし、それを成功させている。この世界においても司馬懿が謀反を起こすと決まっているわけではないが、やはり最優先で監視すべき対象ではあろう。

 

それらを一瞬で考え、直ぐ様平静を保とうとした一刀であったが、僅かに見せてしまった警戒の表情を司馬懿が見逃すことはなかった。

 

(こいつ、この私を警戒してるの?士官したてだから、とかではなく、何かしらの確信に基づいた警戒に見えたわね)

 

互いに腹に一物を抱えて会話は続く。

 

「そうでしたか。司馬仲達殿、今後夏侯淵将軍を通して関わることもあるかと思います。その時はよろしくお願いしますね」

 

「秋蘭様に相当信を置いていただいているのだな。こちらもまだ若輩者ゆえ心強い。こちらこそよろしく頼む」

 

「では、私は今から調練場に用がありますので、これにて失礼させていただきます」

 

「ああ」

 

表面上は和やかに2人は別れた。

 

(史実のように野望が高いかどうかはさすがにわからなかった。だけど、観察した限りでは自身の能力に相当の自信を持っている節がある。それなのに、まるでまだ自信を持てていないかのような受け答え。警戒しているのがバレてたかな?もしそうであるなら、さすがは仲達、ってところだけど…)

 

前知識のある一刀はそれに基づくことで司馬懿をある程度測ることが出来ていた。一方。

 

(夏侯淵が信を置く部下。あいつも私を疑っている?いえ、そんな様子はなかった。やはりあいつが個人的に私を警戒しているだけのはず。どこかで警戒されるに値する失態を侵していたのかも知れないわね。一度行動を見直してみましょう。いずれ、全ての者を騙して、やがては私がこの大陸を…)

 

「ふ、ふはは、ふははははは!」

 

司馬懿は一刀の事を掴みかねていた。しかし、そうであっても自らの野望のための計画に支障はないと考え、癖である高笑いを始めた。

 

「また司馬懿様が高笑いしてるよ…」

 

「ほんと、変な人だね…あの高笑いと”あれ”を除けば仕事はできる人なんだけど…」

 

その様子を偶々見ていた侍女達が呆れていることも知らずに…

 

 

 

 

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司馬懿に言った手前、取り敢えず調練場に来た一刀。そこでは春蘭と季衣が仕合いを行っていた。

 

「でりゃあぁぁ!」

 

「おおっ?!なかなかやるではないか!だが!おぉぉおおりゃあぁぁああ!!」

 

「うわぁっ?!」

 

季衣の放った鉄球をしっかりと受け止めた春蘭が裂帛の気合を持って一撃を放つ。季衣はその一撃を受け止めきれず、鉄球が宙を舞う結果となった。

 

「まだまだだな!だが筋はいいぞ、季衣!」

 

「ありがとうございます、春蘭様!」

 

春蘭に褒められて嬉しそうに笑う季衣。傍から見れば仲の良い姉妹に見えるほどに打ち解けていた。

 

「春蘭様のように強くなるにはどうしたらいいですか?」

 

しばらく2人を見ていると、ふと季衣が春蘭に尋ねた。それに春蘭はすぐに答えたのだが…

 

「とにかく突撃だ!怯まず進み続ければ勝てる!」

 

その答えがこれである。

 

「春蘭…それじゃ答えになってないよ」

 

さすがにこの答えには見かねて、一刀はそう声をかけながら2人の下に歩み寄っていった。

 

「あ、兄ちゃん!」

 

「おお、一刀。どこか間違っていたか?」

 

「いや、だからさ、もっと具体的に教えてあげないと」

 

「むむ…だぁ〜っ!わからん!そんなに言うなら一刀が教えてやれば良いではないか!」

 

春蘭の丸投げを付き合いの長さから半ば予想していた一刀は苦笑しつつもすぐに対応する。

 

「俺はそれでも構わないけど、季衣はどうだい?」

 

「ボクは兄ちゃんでもいいよ。兄ちゃんも強かったもんね」

 

「そっか。それじゃ…これでいいかな。よし、季衣。好きなように攻撃してみて」

 

季衣の了承を得ると一刀は調練用の鉄剣を手に取り、季衣に対峙した。

 

「それじゃあいっくよ〜。てりゃあ〜!!」

 

「よっ」

 

「まだまだ!やっ、はっ、てりゃあ〜!!」

 

「ほっ、ほっ、よっと」

 

凄まじい速度で向かってくる季衣の鉄球を一刀は余裕を持って捌いていく。時には軌道を逸らし、時には弾き返し、その対応には全くと言っていい程に危なげがなかった。

 

「うぅ〜〜…全然攻撃が当たらないよ〜」

 

「ああ、そうだね。このまま攻撃し続けてもいつまでも当たらないよ。何故だと思う、季衣?」

 

一刀は季衣に問いかける。自らの弱点は自身で気づくことが出来て初めて真の意味で修正することができる、というのが一刀の持論であるが、それに基づいた行動だった。

 

「う〜〜ん…分かんないよ〜…」

 

「ちなみに春蘭はわかる?」

 

「気合が足らんのだ、気合が!気合さえあれば当てられるぞ、季衣!」

 

「残念、不正解。それじゃあ…季衣、今から5連?を2回行う。それを防御してみようか」

 

「わかった。防御すればいいんだね?」

 

「ああ。それじゃ、1回目っ!」

 

宣言した後、一刀は様々な角度から季衣に斬りつける。

 

「やっ、はっ、っと、うわっ、わわっ」

 

季衣は最初の5連撃を少々危なげながらもなんとか全て捌ききった。

 

「よし、それじゃ、2回目っ!」

 

僅かに間を置いた後、2回目の連撃に入る一刀。今度は斬り下ろしと横薙ぎの2種類での攻めだった。

 

「はっ、てやっ、ふっ、やあっ、たあっ」

 

先ほどとは異なり、今度の連撃は危なげなく捌き切る事が出来ていた。

 

「全部防いだよ、兄ちゃん!」

 

「うん、よく出来たね。さて、1回目と2回目、どっちの方が防ぎやすかったかな?」

 

「え?う〜んと…2回目の方が防ぎやすかったよ」

 

「じゃあ1回目と2回目では攻撃がどう違ったかな?」

 

「1回目は思ってもみなかったとこから攻撃されたけど、2回目はそんな攻撃はなかった、かなぁ」

 

「そうそう。そして、季衣の攻撃は2回目のような攻撃ばっかりなんだ。どういうことかわかるかな?」

 

「え〜と、同じような攻撃ばっかり、ってこと?」

 

「よく出来ました!つまり、攻撃が当たらなかったのはそういうこと。単調な攻撃は相手に読まれやすいんだ。相手との実力差が開いていればそれでも問題はそんなに無いんだけど、実力が同じ程度、あるいは格上が相手だとそれは致命的になりかねない。だから攻撃するときは単調になってしまわないように注意すること。いいかな?」

 

「うん、わかったよ、兄ちゃん!」

 

一段一段質問を掘り下げていくことで季衣に自ら改善点を見つけ出させることに成功した。そのまま次の段階に移っていく。

 

「それともう一つ、すぐに改善した方がいいことがあるね」

 

「なになに?」

 

「そうだな…それを教えるためにも、取り敢えずもう一度攻撃してみようか」

 

「わかったよ、兄ちゃん。いくよ〜。てりゃあっ!」

 

「…ふっ!」

 

「うわっ!」

 

一刀は季衣が振るった鉄球を引き付けて躱し、その勢いのまま季衣との距離を一息に詰めて斬りかかる。季衣はその攻撃に防御もままならず尻餅をついてしまった。

 

「兄ちゃん、速いよ〜」

 

「俺よりも速い人はたくさんいるよ。さてここで問題。今みたいに懐に入られたらどう対処する?」

 

「う〜ん…武器で受ける!」

 

「鉄球を引き戻すのはきっと間に合わないよ?その手元のものだけで受けきれる?」

 

「う、難しいかも…え〜と、じゃあ…よ、避ける?」

 

「合ってはいるんだけどね。正確にはもっと足を使って、いつでもすぐに避ける態勢に入れるようにしておくこと。あともう一つはこの鎖をうまく使うこと」

 

一刀はそういいつつ、鉄球と手元を繋ぐ鎖を指し示す。

 

「今のままでは牽制で距離を詰められないようにすることぐらいしかできないけど、鋳鉄の為の窯の改良に成功すればきっと鎖でも受け止められるようになるはずだよ」

 

「そっか〜。ボク、今まで力任せに攻撃することしか知らなかったよ。兄ちゃんの言ったことができるようになれば、強くなれる?」

 

「ああ、勿論。季衣はきっと曹操軍を代表する武人の一人になれるだけの素質はあるんだ。頑張って強くなりなよ」

 

「うん!わかった!ありがとう、兄ちゃん!」

 

ひとまず早急に改善すべき点を伝え終え、一刀と季衣は和気藹々と話していた。ここで一刀はいつも騒がしい春蘭が先程から静かなことに気づき、何事かと春蘭へと視線を向ける。すると。

 

「んん?む〜…」

 

頭から煙をあげて何事かを考え込んでいる春蘭がいた。

 

「え〜っと…どうしたの、春蘭?」

 

「ん?おお、一刀か。いや、以前秋蘭に単調な攻撃はやめろ、と言われたのだ。それでな、一刀の話を聞いて、私の攻撃も単調なのならば防ぎやすいのだろうか、と考えていてな。だがいくら考えても私にはわからん!どうなのだ、一刀?!」

 

「…春蘭の攻撃は本能の為せる技なのか、天然で無軌道気味な攻撃になってるからね。正直、かなり読みづらいよ」

 

「つまり、私は強いということだな?!それならばよい!やはり一刀はよくわかっているな!はっはっは!」

 

一刀との会話で即座に春蘭は復活し、その上機嫌な笑い声はしばらく調練場に鳴り響いていた。

 

 

 

 

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夜。

 

陳留の街、その門前に桂花の姿があった。そこに一つの黒い影が近づいていく。

 

「お待たせしました、桂花室長。調練を行う林までご案内致します」

 

「あんた、一刀なの?その衣、夜だと本当に見にくいわね」

 

一刀は現在黒一色、正確には濃紺の衣を全身に纏っていた。肌が見えている部分は僅かに目の周辺及び手のみである。

 

「これは昔私の国にいた隠密の衣装です。夜闇に紛れての行動の隠密性は随一です」

 

「そうみたいね」

 

2人は林に向かう道すがら、一刀の衣装について会話を交わす。

 

「以前南皮で会った時もこれ着てたのよね?でもこれ、昼間は逆に目立つんじゃない?」

 

「日が出ている間は上に庶民の服を着込みます。そこは草の者と変わりませんね」

 

そんな会話を続けていると、いつの間にか2人は林の手前にまで来ていた。

 

「少し奥に開けた場所があります。逸れないよう、ご注意を」

 

そう言って一刀は林の奥へと歩を進める。桂花はその暗さに少々怯えつつも、しっかりした足取りで一刀の後を付いて来ていた。

 

やがて2人は一刀の言ったとおり、開けた場所へと出た。

 

「…皆、揃ってるな」

 

「何言ってるの、あんた?誰もいないじゃない」

 

一刀の言葉を訝しむ桂花。しかし、その疑念はすぐに晴れることとなる。

 

「今日は訓練の前に新たに室長となられる方と顔合わせを行う。皆、出てきてくれ」

 

一刀が誰もいない空間に向かって呼びかける。

 

その直後、辺りの木の陰や頭上、果ては存在に気づかなかった地面に空いた穴から一斉に人が現れた。それらは皆一様に一刀と同じ衣装を纏っていた。

 

「こちらが黒衣隊の総員です。皆、この方は本日より新たに室長となられた荀ケ殿だ。よく覚えておくように」

 

「荀文若よ。今日は貴方達、黒衣隊の実力がいかほどかを見させてもらいに来たわ」

 

一刀の紹介を受けて来訪の目的を簡単に告げる桂花。彼女を見つめる数々の影には一分たりとも油断している者はなかった。尤も、武官でない桂花にそこまでのことは分からないのであるが。

 

「では今日の訓練を始める。まず1班、3班は隠密側、2班、4班は隠密の捕殺。制限時間はいつもの通りとする。では、1、3班、散!」

 

一刀の合図で訓練が開始された。

 

その後、訓練はおよそ2刻に渡って続けられた。その間、桂花は隊員の隠密技術、探査技術の高さに舌を巻きっぱなしであった。

 

その黒衣隊の熟練度たるや、一度隠密に移れば余程の事がなければ発見されず、隠密探査となれば僅かに鳴る枝や落ち葉を踏み抜く音を耳ざとく聞きつけては隠密役を見つけ出していた。

 

何より桂花が驚いていたのは、訓練の間、一刀の内容指示の声を除くと一切の声が聞こえないことであった。

 

確かに隠密は声を忍ばせる必要がある。しかし、隠密同士の意思疎通にはどうしても声が必要である、と桂花は考えていた。

 

しかし、桂花がいくらその方法を探ろうとしても、部隊員の姿を視認できないのではどうしようもなかった。

 

「よし、今日の訓練はこれにて終了とする。なお、先日の戦の前に出された夏侯淵元室長からの任務は破棄しないものとする。以上、解散」

 

一刀の号令によってその日の訓練は終了となった。隊員は少数ずつ間隔をずらして陳留へと帰っていく。その様子を見ながら桂花は一刀に問いかけた。

 

「こういうところまで徹底してるのね。ところで、黒衣隊の隊員は皆どうやって意思疎通を図っているの?」

 

「部隊員には暗号と手信号、それから接触による情報伝達手段を叩き込んでありますので。それぞれ文、視認可能な場所、暗闇で特に有効なものとなります」

 

「そんな手段があったのね…」

 

「尤も、隊員皆が間違いなく情報を伝達出来るようになるまでに1月ほどかかりましたけど。ああ、それと、桂花室長にも暗号は覚えて頂きます。暗号だけであれば3日もあれば十分でしょう」

 

「それくらいはしょうがないわね。こういった部隊だものね」

 

「ここよりずっと西方、羅馬の文字を使った、音と文字の一対一対応での暗号となります。初めは見慣れないため苦労するかと思いますが、どうかご了承ください」

 

「大丈夫よ。私を誰だと思っているの?」

 

「…そうでしたね。では後日暗号の対応表を作製し、持参します。習得後は焼き捨てるよう、お願いします」

 

「わかったわ。…これらのことって全部あんたが考えたの?」

 

黒衣隊の訓練内容、暗号の出自を問う桂花。

 

「純粋に私の考えではなく、既存の知識を使えるように改良しただけ、ですね」

 

一刀は苦笑を浮かべつつそう答えた。これは謙遜ではなく、本気でそう思っていたわけだが、桂花の目にはそうは映らなかったようである。

 

「知識を知っているかよりも知識をどう使うかが大切で、それでいて難しいのよ。だからあんたは十分に凄いわよ」

 

「…ありがとうございます」

 

桂花の目はお世辞ではなくそれが真実であることを告げていた。それ故にそれ以上否定しようとせず、素直に褒めの言葉を受け取ったのだった。

 

かくして桂花の黒衣隊の視察は無事終了した。

 

この翌日、一刀は桂花の下に暗号表を持参。それを桂花はなんとその日の内に習得してしまった。改めて『王佐の才』のその実力を一刀はまざまざと感じたのだった。

 

 

 

 

桂花の指揮の下で黒衣隊が始動すると、その情報の精度はより高いものとなった。秋蘭とは違って純粋な文官であり、かつ既に情報の重要性をよく理解している桂花だからこそ、情報の選別には細心の注意を払っていたが故のことである。

 

この時、既に後々の大陸の動乱を予期していた桂花は、黒衣隊を用いて一大勢力を築き上げそうな諸侯を徹底的に調べ上げていった。

 

この早期よりの活動がやがて大きな力となって曹操軍に寄与することとなるのであった。

 

説明
第六話の投稿です。

グゥレイトゥ!様の許可を頂いて新キャラ登場となります。
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コメント
にゃるほろ・・・・(黄昏☆ハリマエ)
>>飛鷲様 なるほど。確かに合わせるとマイナスイメージの方が強いですね。「アレ」に関しては狼顧とは別に自己設定を一つ追加させて貰っています。(ムカミ)
まぁ見てて気持ちのいいものではないでしょう。それに警戒心が強く老獪であるという意味が有るので、あんまり信用できないって感じですね。(飛鷲)
>>飛鷲様 狼顧の相ってマイナスのものでした?首が180度回る、くらいにしか考えてなかったのですが。(ムカミ)
司馬懿の「アレ」って狼顧の相ですか?(飛鷲)
>>アルヤ様 情報の管理には鍵持ちの2者間による暗号化が手っ取り早くて安全性も高めですからね。一応、暗号は平仮名設定です。ズバリですねw 誤字指摘ありがとうございます。(ムカミ)
誤字訂正 分かりやすく言えば墨なしで書ける筆、ってとろこですね→分かりやすく言えば墨なしで書ける筆、ってところですね 黒衣組は大陸各地の主要勢力への偵察以外に→黒衣隊は〜(アルヤ)
暗号・・・・・・ローマ字か仮名文字か?(アルヤ)
>>本郷 刃様 桂花は二次創作(アンソロ含む)で一気に人気爆発した感がありますね。至高のツンデレ!って感じでw 零の設定も少し弄らせてもらってます。(ムカミ)
>>さすらいのハリマエ様 桂花さんは初期から本気嫌いしていなければあのような言葉遣いにはならないのでは?と勝手に想像した結果、こうなりました。(ムカミ)
>>M.N.F.様 頑張って零さんを可愛く書くのでお許しください!w(ムカミ)
桂花にゃんが大好きだー!・・・あ、華琳様も大好きですけどねw さて、もう1人のキャラは司馬懿でしたが、高笑いに“アレ”というので、どの外史の司馬懿かなんとなく理解できましたw(本郷 刃)
司馬懿仲達はなぜか残念な性格で簡単にぼろが出そうな感じだったな・・・・荀ケの性格は今までの作品より好印象受けたな。下品な言葉がないからかな?(黄昏☆ハリマエ)
やっぱり司馬懿仲達でしたか。 加入速すぎるwww。 そして荀ケのツンデレっぷりがまた・・・。(M.N.F.)
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