真・恋姫†無双〜絆創公〜 中騒動第三幕
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真・恋姫†無双〜絆創公〜 中騒動第三幕

 

 その男が夜中に目が覚めるのは、今に始まった事では無かった。

 

 しかし、最近それが顕著に現れ始めた。尋常ではない量の寝汗と共に。

 

 ……嫌な視線を感じる。

 

 確証はないが、その自信はある。

 

 言い知れない不安を少しでも払おうと、彼は深い溜め息を吐いた。

 

 枕元に置いた眼鏡を取り、時間を確認する。

 

 草木も眠る丑三つ時……。

 

 嫌に都合が良すぎる。

 

 再び眼鏡を枕元に戻して、起こした上体を寝台に横たえる。

 

 

 彼がまた、抱えている不安から呼び起こされるのに、さほど時間はかからなかった……。

 

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「……誰かに監視されてる?」

 

 時は正午に差し掛かろうという時間帯の東屋で、北郷一刀は視界の右側に目を向ける。

 彼の目の前にある備え付けの机の上には、現代社会ではお馴染みの健康補助食品やゼリー飲料が多数散らばっている。そして一刀は、その中の一つのパッケージを開けながら声を上げた。

 

「ええ。最初は気のせいかと思いましたが……」

 

 同席していた男の一人、ヤナギは重苦しい口調で話す。その手には飲み終えたゼリー飲料の空の容器が握られている。

 

「気のせいじゃないっすか?」

 

 一刀と机を挟んで向かい側に座っている男、アキラはあっけらかんと話す。

 彼は退屈そうに空になった直方体のコーヒーパックを、ストローをくわえて膨らましたり凹ましたりを繰り返している。

 

「いや、気のせいじゃないんだ! 何か期待を込めた眼差しというか、歪んだ感情を帯びているというか……」

 

 語気を強めたヤナギは、容器を握りつぶしながら顔を歪めた。

 

「気にしすぎじゃありませんかねぇ。この世界ではあまり神経質に考えない方が良いですよ……」

 

 食べた後の空の黄色い箱を溜め息混じりで潰しながらリンダは呟く。彼の座る位置は主任のヤナギの向かい側で、ヤナギに呆れたような視線を向けている。

 

「いや、油断は出来ない。もしかしたら、奴が刺客を送り込んでいる可能性だって……」

「それは無いんじゃないっすか? 実際、張遼さんに挑戦状が叩きつけられてから、今まで相手側にろくな動きなんか無いじゃないっすか。気楽にいきましょうよ……」

 

 能天気に笑いながら受け答えするアキラに、ヤナギは机を両手で叩きながら立ち上がる。

 

「そんな悠長に構えていられないだろ! 今も奴は己の牙を研いでいる最中かもしれないんだ!!」

「そうは仰いますがねぇ。俺らの技術を総動員してみても、妖術を使用した痕跡はおろか、居場所さえ掴めないんです。どう手を付けて良いやら……」

「そーそー。それに何の痕跡も無いなら、被害も進展も無い。良くも悪くも現状維持ってヤツっすよ」

 

 リンダの反論にアキラが更に加わり、二人は同時に未開封のパッケージへと手を付けた。

 お説教など、何処吹く風。

 そんな反応に、ヤナギはワナワナ震えだした。

 

「お、お前らは……!」

「言っときますが、主任。僕らもやるだけの事はきちんとやっています」

「……ですねぇ。どちらかと言えば……。この前のように余計な催し事に進んで首を突っ込んで、周りの方々の油断を拡大させる結果を招いてしまった、“お偉いさん”の方が問題あるかと」

「ぐっ!?」

 

 部下二人に記憶の隅に追いやっていた己の失態を指摘されたヤナギ。フラフラとよろめき、座り込んでしまう。

 

 

 そんなやり取りをしばらく黙って眺めていた北郷一刀は、クスクス笑い声を上げた。

 

「……どしたんすか?」

 一刀の笑い声に反応したのはアキラ。昼過ぎになり気温が上がったせいか、彼は少し汗ばんだ顔で問いかける。

「いや……。三人とも、仲が良いなって思ってね」

「……まあ、職場でも結構ツルんではいますけど」

「あと……。この風景がさ、なんか学生時代を思い出したんだ」

「はい?」

「男同士で集まって、昼休みに飯食うみたいでさ」

 

 確かに、三国時代では見かけないプラスチック製の袋やストロー付きの紙パックが散らばっている様。

 そしてそれを囲んでいる学生服やスーツ姿の男たち。

 一見すれば、一刀の言うような光景に見えなくも無かった。

 

 

 ちなみに、今の彼らの状況を説明すると。

 

 各々の仕事が一段落ついて東屋で休憩中の役員三人の所へ、昼食を摂ろうとして自室から移動中の一刀がたまたま通りがかって途中参加したのである。

 

 なお、役員三人の食事が味気ないのは、先の騒動で引き起こされた懐事情からである事を付け加えておく。

 

「なるほど、言われてみれば……」

 そう言いながら他の三人の顔を見回すアキラは、スーツの上着の襟元を動かして、内部へ風を送ろうとしている。

「アキラさん、暑いなら上着脱いだらどう?」

 

 一刀の言う通りアキラだけが上着を着ており、一人だけ顔に汗が流れている。

 その姿を見ているこっちも、自然と汗をかいてしまいそうになってくる。

 そんな提案をアキラ本人は、チッチッチッと言いながら指と首を横に振っている。

 

「甘いですね、北郷一刀さん。僕は上着を脱がないんじゃありません。脱げないんです」

「へ?」

「僕にとってこの上着は、あなたのフランチェスカの学生服と同じなんです」

 ひとりでに語り出すアキラの口調は、どこか悔しそうな印象を受けた。

「発端は街の中にある、とある小料理屋です。僕はそこが気に入って、足繁く通っていました。日が経つにつれて店主の親父さんと女将さんも、僕が来るのを分かってくれたらしく。“今日は何注文するんだい?”とか“いつもありがとうね”とか、話しかけてくれるようにもなりました」

「ほうほう」

 相槌を打つ一刀に、アキラはしかーし、と身振りも大げさに話し続ける。

「ある日、事件は起こりました……。その日は今日みたいに気温が高く、スーツだと暑苦しいかと思って、かなりラフな服装で店に行きました。そして入り口をくぐった僕に……。親父さんはなんて言ったと思いますか……?」

「な、なんて言ったの?」

 

「……“いらっしゃい! 見ない顔だな。初めてかい?”……と」

 

 言葉終わりにイーヤーと言いながら、ム○クアキラは一刀に少し詰め寄る。

 

「なるほど……。そんな事が……」

「その後の女将さんのフォローも辛かったっす……。“いつもの珍しい服じゃなかったから、アタシ達分かんなかったわよ……!”って……。僕は泣きそうになりましたよ。僕の本体はこのスーツかと!?」

 拳を握って震えるアキラに、深く何度も頷いている一刀。

「だから僕は決めました。もうこのスーツをずっと着ていようと! それで僕だと分かるんなら、構わないさと!!」

「分かる……! 分かるよ、その気持ち!!」

 一刀は半泣きで立ち上がり、アキラの手を握る。

「俺も学生服来てないと、誰だか分からない……なんて言われたもんさ!」

「この世界、男って不遇な存在なんすかねー……」

 アキラも立ち上がり半泣きになっている。

「まさか同じ悩みを持つ男がいるなんて思わなかったよ。これから頑張ろうぜ!」

「はい! いつの日か、僕らの存在感が日の目を見ることを信じて……!」

 お互い固い握手を交わして、決意を新たにする。

 

 

「そんな呑気な事やってる場合ではありません!」

 二人の言葉とノリに余計イライラしたのか、一層声を荒げて目の前の二人の手を払うヤナギ。だが、彼の向かいに座るリンダが、無言で片手を上げてそれを制した。

 リンダに反論しようとしたヤナギであったが、それより一刀が話し出す方が早かった。

「ハハ……ごめんね、ヤナギさん。何か友達と話していた、あの頃が懐かしくなっちゃってさ」

 申し訳無さそうに笑い、その表情を曇らせた一刀。

 気が抜けたように少し荒く腰を下ろしたその姿に、他の面々は微かにその顔を歪めた。

 

−……軽くホームシック入っちゃいましたかねぇ、これは−

 

−ダメっすよ、主任。責め立てるような事しちゃ! ただでさえ家族に会えて、感傷的になりがちなんすから!−

 

−ス、スマン。つい、成り行きで……−

 

 残る三人は、気まずそうにアイコンタクトを交わす。

 

「……と、とにかくだ! 私が感じている、この異様な視線の原因を解明しないと、私の不安は拭えないんだ!」

 アンタの不安かい、という突っ込みを残りの三人は飲み込んで、再び席に腰を下ろしたアキラが小さく挙手をした。

「……ただ単純に、主任に憧れている女性ファンの熱い視線とかじゃないっすか? 主任は昔っからそーいうのが多かったじゃないっすか」

 

 アキラの意見に一刀はああ、と少し納得がいった。

 実はこの三人、女中からの人気が意外と高いという報告を受けているのだ。

 

 普段から眉間に皺を寄せ、ピリピリした印象のヤナギ。

 普段からヘラヘラ笑い、頼りない印象のアキラ。

 普段から他人を小馬鹿にしたような印象のリンダ。

 

 だがこの三人、普通にすれば割と整った顔立ちをしていたりする。

 しかも一刀とは違い、女性にだらしない態度を見せたりはしていない。

 その事も相まって、女性からは好印象だと聞いていた。

 

 と、考えながら。一刀はふと、ある疑問が浮かんできた。

 

「ねえ。一つ訊きたいことがあるんだけど」

「何すか?」

「三人って……」

 

 が、しかし。一刀の質問はここで途切れてしまう。

 

 いきなりヤナギが、血相を変えて立ち上がったのだ。

 驚いた部下二人を後目に、そのまま周りを必死にキョロキョロ見回している。

「ど、どしたんすか?」

「……いる! 間違いない、近くにいる!!」

「は?」

「この不気味な感じ……。今まさに、監視されている! 大体そうなんだ。こうやって話している最中に、この視線を感じるんだ!」

 息も切れ切れに、他の男性陣に訴えかけるヤナギ。

「主任。話題に上げている今の時に現れるなんて、んな都合の良い……」

 と笑いながらかわそうとしたアキラ。

 だが、ヤナギの向かいに位置するリンダも、いいえと口を開いて険しい顔で立ち上がる。

「俺も確かに察知しました、怪しい気配を……。どうやら主任の言葉は真実のようですねぇ」

 その目つきは鋭くなり、微かに殺意も見えたかに思えた。

 二人の変貌を目の当たりにし、流石にアキラも慌てだした。

「ま、マジか? じゃあ、分かんないの僕ら二人だけっすか!? 北郷一刀さん、どうしましょうか? もし本当に狙われているんなら…………って北郷一刀さん?」

 

 オロオロしながら話しかけていたアキラは、彼の向かい側に座る青年の様子が変なことにやっと気付いた。

 

 青年は力無く頭を垂れて、その前で指を組んでいた。

 

 パッと見、どこぞの司令官のようである。

 

 青年、一刀は深い溜め息を吐きながら喋り出す。

 

「……えー、皆さん。犯人が分かりました」

 

 

 まさかの眠りの一刀、誕生か!?

 

 

 驚く残り三人の硬直を余所に、一刀はフラリと立ち上がる。

 

「その犯人を、今から捕まえてくるから」

「“捕まえる”って……。そんなお一人では危険です!」

「ああ、大丈夫。いつもの事だから……」

 

 制止しようとするヤナギに構わず、そのまま東屋を出る一刀。そのまま歩きながら、屋敷の裏の方へと回る。

 

「犯人が分かった、って事は僕らの知っている人なんすかね?」

「そうかもしれんが、しかし“いつもの事”とは……?」

「彼にとっては、日常茶飯事なんでしょうかねぇ……」

 

 とはいえ、一刀は丸腰のままで出て行ってしまった。

 大丈夫だとは聞いていても、やはり心配になってくる。

 

 

 と考え込んでいた三人の耳に、女性の叫び声が飛び込んできた。

 

 …………女性? 犯人が?

 

 微かな不安を抱きながら、声の出所を探る。

 

 声のした方は、一刀が向かった方向とは反対側。見れば一刀の姿が確認できた。おそらく一刀は、犯人の裏手に回っていったのであろう。

 

 

 そして、一刀の他に確認できた犯人らしき人影。

 

 それを見た瞬間、三人は唖然とする。

 

 

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「なるほど……。犯人は……」

 

 一刀が連れてきた“犯人”の姿を見たヤナギ。今や彼は、呆れ果てて溜め息も出ない状態であった。

 

 それは彼の部下二人も同じようで、どうしたものかと、各々の胸の前で腕を組んでいた。

 

 そして、全ての元凶となった“犯人”は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はわわ」

「…………あわわ」

 

 

 

 …………その小さな身体を、より一層小さくしていた。

 

「つまり何ですか。我々が女性に手を出さないのを見て、貴女方は我々が“ソッチ”の趣味があると睨んだ……」

 

「で、以前僕が“その類の本”を取り寄せようとしなかった事で欲求不満を抱えていた……」

 

「そこで。丁度良く新しい“北郷一刀氏の相手”である俺たちが現れたので、華佗さま以外に“取りかかろう”としていた。その為にまずは主任の行動を観察していた……」

 

「……そういう事だね」

 

 男四人からの冷ややかな視線を受けて、“二人”はますます縮こまってしまう。

 

「まったく、貴女方という人達は……。一体何を考えていらっしゃるのですか!!!?」

 ほとんど怒号に近いヤナギの言葉に、とうとう二人は震えだしてしまう。

 彼が怒りに震えているのも無理はない。抱えていた不安が、まさかの身内だとは思いもしなかったのだろう。

「恐れ多くも貴女方は、その名を出せば民がひれ伏す程の名軍師なのです! それが己が欲に任せて、その名を汚すような……」

 端から見ればか弱い少女二人をいたぶっているようなその様に、まあまあと一刀が苦笑しながら間に割り込んできた。

「いいじゃない、趣味は人それぞれなんだしさ。それにヤナギさんが恐れていたような事態じゃなかったんだし……」

「いいえ、良くありません! しかもこれで、別の恐れている事態が出てきました。私はそれに恐れているのです!」

「別の、件?」

 首を傾げる一刀を手でどけて、再び二人を見下ろす。

 

「北郷一刀様だけならまだしも、他の御家族の皆様に、貴女方が作った本の内容を知られてしまったら……貴女方の品位を疑われてしまう。私はそれが気掛かりなのです!!」

 

 そう。“二人”が作ろうとしている本。書かれている言葉は日本語ではなく、語学に通ずる専門家を除けば、現代人のほとんどは理解できないであろう。

 

 しかし、ここにやってきた一刀の家族は……

 

 妹の佳乃は、冥琳などの軍師から教わり。

 母親の泉美は、教職という立場から。

 父親の燎一は、文官たちの手助けをする上で。

 そして祖父の耕作は、三国時代の書物を読みたいという、個人的な興味から。

 

 各々がこの世界の言葉を、多少の差はあれ解読できるようになってきている。

 

 ヤナギが恐れているのは、その本の内容を一刀の家族に知られてしまったら……。という事であった。

 

 

「あれ? でも俺の家族も、この二人がそういう趣味がある事を知っているんじゃないの? 聞いた話じゃ、前もってどんな世界か聞かされてやってきたとか……」

「どういう世界かの概要ぐらいはお話ししましたが、この趣味などは伝えておりません! 第一、皆様に話せるとお思いですか!? 三国志を代表する名軍師が、このような嗜好をお持ちです、と!?」

 

 興奮するあまりに上擦りながら話すヤナギの言葉に、一刀は少し考えてみる。

 

 なるほど。個人的に悩んでいるだとか困っているとかならまだしも、流石にこれを快く受け入れてくれるとは言い難い。

 何しろ愛する男性を、自分の妄想の赴くままに弄んでいるのだから。

 下手したら自分の母親が、この二人に長々とお説教をするのかもしれない。

 何とか二人を庇おうと考えていた一刀は、次第にその立ち位置を離れようとしていた。

 

 しかし、ふと思いついた事があった。

 先程一刀が問いかけようとしていた事である。

 

「あっ、そういえばさっき俺が訊こうとしていた事なんだけどさ……」

「何すか?」

 同じように、アキラが反応した。

「アキラさんとヤナギさんって、結構付き合い長いの? さっき“昔っから”って言ってたよね」

「ああ、主任と僕は中学からの知り合いなんすよ」

「えっ? て事は、二人って同い年?」

「いえ。主任は僕の二つ下です」

「えっ!? アキラさんの方が年上なの!?」

 一刀は大声を上げた。主任と呼ばれている事とその堅い印象から、てっきり三十近いと一刀は思い込んでいた。

「スイマセンねー、ガキっぽくて」

「悪かったですね、老け込んでて」

 申し訳無さそうに頬を指で掻きながら、溜め息を吐きながら機嫌悪くそっぽを向いて、男二人は言葉を返す。

「ああ、いや。……で、でさ。リンダさんは確か俺より年下で、アキラさんを“先輩”って呼んでる……。という事はさ、三人は俺と年が近いの?」

 

「リンダはさらに主任の二つ下です。そして何を隠そう、主任と北郷一刀さんは同い年なのです!!」

 

「えーーーーーーーーーー!!!?」

 

 ヤナギの顔を指差しながら、一刀は口をあんぐりとしている。

 まさかの同い年とは、予想していなかった。

「……そんなに驚く事ですか? 私が同い年という事が」

「いや、それはちょっと予想外だったなー……」

 まじまじと見つめる一刀に、少しイラつきながらもそれを押さえているヤナギ。

「で。それが一体どうしたというので?」

「ああ、うん。ちょっと思ったんだけどさ……」

 照れ臭そうに笑う一刀に、一同の視線が集中する。

 

 

「俺たち、タメ口で話さないか? 男友達みたいにさ」

 

 

 一刀の口から出てきた言葉に、他の男たちは、“は?”の表情で固まる。

 

 

「俺と年が近いんだったらさ、もっと気軽に話してくれないかな。敬語ばっかりだったら、皆だって息苦しいだろ?」

 

 なおも照れ臭そうに頬を掻く一刀。辺りは沈黙を続けている。

 

「……クッ」

 

 それを破ったのはリンダ。不意に吹き出したかと思ったら、前屈みになっている。

 

「アッハッハッハッハ! なるほど、男友達ですか! いやはや、これは予想外でしたねぇ!」

 

 腹を抱えて大声で笑い出すリンダ。辺りを少しウロウロしながら大笑いを続ける姿に、一刀はキョトンとしていた。

「そんなに可笑しいかな?」

「ああ、いえいえ。発言が可笑しいのではなくて。その、個人的な事ですので……」

 余りに笑いすぎて、それが収まった後も息切れをしながら話していた。

「構いませんよ、俺は。北郷一刀氏がそうしてくれと仰るのなら」

「あ、言っておくけど。これは命令とか強制とかじゃないから」

 一刀の気遣いに、分かってますからと片手を上げて制するリンダ。

 そしてリンダは残る二人の方に、半ば今後の反応を楽しむように向き直る。

「……で。主任と先輩はどうしますか? お二人が反対なら俺も遠慮しますが」

「いや、僕も賛成だな。なんかその方が面白そうじゃないっすか」

 笑いかけながら、サムズアップのサインをするアキラ。おそらく彼は反対しないだろうと思っていたのだろう。リンダは満足そうに何度も頷いていた。

「それで……。主任の意向はどうなんですか?」

「いや、私はちょっと……。流石に護衛対象である方にタメ口を張るというのは……」

 話を振られたヤナギは一瞬たじろいだ。やはりか……と溜め息を吐きながら顎に手を当ててリンダは考え込む……前に一刀が更に話し出す。

「じゃあタメ口がダメなら、なるべく同じ立ち位置で話すってのはどう? 俺と接する時には身分の上下関係無く、さ」

「し、しかし……」

「言っておくけど、元々俺は只の学生だったんだぜ? 勿論、学生生活でも先輩後輩の間柄はあるけど。でも三人の、特にヤナギさんの印象はちょっと堅すぎるからさ。もっと気楽に話してくれて構わないよ。それで俺は気分を損ねたりしないからさ」

 一刀が意見を言っているその後ろでアキラとリンダが、どうするんですかと言うようにニヤニヤしながら眺めてくる。

「……分かりました。では貴方の言葉に従います」

 溜め息を吐きながらこめかみを指で掻くヤナギ。

 それを見た一刀もホッと笑みをこぼす。

「じゃあ、これからは対等な関係で話すって事で」

「いやー、何か楽しくなってきたっすね!」

「確かに面白い展開です…………と言いたいのですが、個人的にはちょっと厄介な問題が起きました」

 思わぬ発言に他の三人は、何故だと言う顔でリンダの方を見る。

「なにやら良からぬ事を考えているようですよ、この“お二方”は……」

 

 と、リンダの視線を追ってみれば、先程から少しも喋っていない二人の少女が……

 

 

 物凄く瞳をキラキラさせて、こちらをウットリと眺めている二人の少女がいた。

 

 今までの経験で学んだ一刀は、すぐにその状況を察した。

 

 そして未経験の他の男三人も、その怪しげな視線で悪寒が走り、嫌な雰囲気を理解した。

 

 

−絶対違うこと考えている……−

 

 その瞳が物語っている。今のやり取りを、別のフィルターに通して飲み込んだことを。

 

「お、お二人とも……誤解」

 

 しないでくださいとヤナギが言い終わる前に、二人はビュンと風を切り屋敷へと帰っていく。

 

「………………」

 

 喋り続けようとして口を開いたままの状態で、ヤナギは二人の消えていった方向を見つめて固まってしまう。

 

「あれって、おそらく……」

「何か思いついたんだろうね」

「それ以外考えられませんねぇ……」

 

 と、わりかし呑気に呟く三人の横で、眼鏡の男は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 

「アーーーもう!! どうしてこうも話がややこしくなるんだ!?」

「まあまあ。あの二人は色々俺の手助けしてくれるからさ、偶には息抜きもさせてやらないと」

「かと言って“やらないか”の展開はどうっすかねー」

 少し後悔はしているのか、引きつった笑みで一刀の言葉を返すアキラ。

 

 と、しゃがんだままの体勢で。一刀の方を恨めしそうに見つめるヤナギの姿が。

 

「どうしたの?」

「……良いのですか、あれで」

「は?」

 素直に聞き返す一刀に、うんざりしたように立ち上がりながら深く息を吐く。

「あらぬ妄想を繰り広げ、かつ貴方の存在価値を汚しかねない事をするような女性が恋人で」

「んー、まあ。それは惚れた弱みって事で」

「カーッ! カッコイいっすねー! 女の欠点をも受け入れるその器、流石は三国一の種馬!!」

 江戸弁に似た口調でケタケタと笑うアキラ。賞賛だか嫌味だか分からない言葉に苦笑しつつも、一刀は思い出したように再び口を開く。

「そういえば、皆って恋人とか作らないの? 女中の誰かだったら紹介するけど……」

 提案する一刀の言葉を、再び片手を上げて制したリンダ。

「せっかくの申し出ですが、丁重に断らせていただきます。俺ら全員、彼女がいますので」

「あっ、そうなの!?」

「ええ。ですから女性に言い寄らないのは、その為なのですよ」

 少女二人の勘違いを思い出したのか、言葉終わりに声を潜めて笑う。

「特に主任は真面目と言いますか、顔に似合わず一途と言いますか……。ねぇ、主任?」

「この任務が終われば、彼女に結婚を申し込もうと思っております……」

「って、それ死亡フラグだから! 言わない方がいいから!!」

「おっ! 流石はフラグ職人。こういうのには即座に反応するモンなんすねー!」

「茶化してる場合じゃないって! 今のフレーズ無闇に言わない方が良いよ!」

「ハア……。分かりました」

 必死の形相で訴えかける一刀に、若干戸惑いながらも頷くヤナギ。経験がないのか、未だにピンと来ていない表情をしていた。

 そんな光景を感慨深そうに眺めているアキラ。

「なんか良いっすね。本当に友達同士の会話みたいっすよ」

 その言葉を聞いた一刀は、短く溜め息を吐いた。

「……日本にいた時には感じなかったけど、こういう当たり前の事が大切だって、無くさないと気付かないモンなんだよね」

 その言葉が示す物が友人関係だけでは無い事を察して、他の三人は微かに表情を曇らせる。

「特にアキラさんが、さ」

「僕? 僕なんかしましたっけ?」

 自分の顔を指差しながら、目を丸くする。

「フランチェスカにいた友達にさ、何となく似ていたんだよ。雰囲気とかがさ……」

「………そう、なんすか」

「友達がいないって訳じゃないんだ。華佗がいるけど毎日会う訳じゃないし。ここの兵士の皆とも仲は良いけどさ。俺を……天の御遣いとして接しているから、やっぱり何かしら壁はあるみたいなんだ。だから事情を知ってるアキラさん達の方が壁は無い分、気が楽っていうかさ……」

「………………」

 どう返答して良いのか分からなかった。下手な慰めは、今の一刀には余計な傷を付ける事になる。

 

 一刀の境遇は、かなり特殊だ。

 まだ精神的に色々と成長しきれていない時に、この世界にやってきた。

 右も左も分からない中で、さらには自分の家族や友人といった、今まで築き上げてきた物を断ち切らざるを得ない状況へと変貌してしまい、ほとんどゼロからのスタートで。

 だが一刀は、この世界で生きる覚悟を決めた。そして今や一刀は、一人で生きているのはない。彼を恋い慕う女性や、多くの民に支えられている。

 

 しかし、今の彼を取り巻く状況はかなり悪い方向へと向かっている。

 一度遮断したはずの、残してきた家族への想いが、彼の心に引っかかりを作ってしまった。

 故に、さらなる欲が出て来ているのだろうか。と、三人は思ってしまう。

 

「……何なら、呼び捨てでいいっすよ」

「えっ?」

「友達と話すのに、“さん付け”は変でしょ。僕は気にしませんから、“アキラ”で構いませんよ」

 

 何も一刀に、欲張るなと言わなくても良い。彼に恋人が沢山居たとしても、やはり満たされない物はある。すべての悲しみや苦しみを抱えて生きろと言うのは、流石に酷だ。

 ならば、少しくらい彼の重荷を減らしても構わないだろう。いつか、別れる日が訪れるとしても。

 その考えは、他の二人も同じようだった。

「では俺も、今後は“リンダ”で構いません」

「私も、“ヤナギ”で宜しいですよ……」

 三人とも穏やかに笑いかけているのを見て、一刀は少し心苦しくなる。

「……ごめん」

 自然に出た謝罪の言葉。自分が甘えてしまったのは十分に分かっている。

 だから、口に出してしまった。

「気にしなくていいっすよ。僕だったら耐えきれないっすから」

「それが貴方の助けになるのなら、俺らは喜んで受け入れましょう」

「……改めて。これからは良き友として、よろしくお願いいたします」

 

 各々が御辞儀をした。互いを友と認めた瞬間である。

 

「あーっ、皆の優しさが痛いほど目にしみるよ! 泣けてくるよ、俺は!」

 三人に背を向けて、演技っぽく目を擦りながら声を上げる一刀。

 おどけていないと、それを悟られてしまいそうだったから……。

 

 そんなしんみりした雰囲気を取っ払うように、アキラが声を張り上げる。

「そ、そういえば。僕ら呼び捨てで北郷一刀さんは“さん付け”はおかしいっすよね!?」

 拭い終わった一刀は、再び三人に向き合う。

「そ、そうだね。何か不公平だよね」

「僕に似ている友達は、何て呼んでいたんですか?」

「アイツには“かずピー”って呼ばれてたな」

 

 

「かずピー? 何なんすか、それ?」

「男に付けるあだ名ですかねぇ」

「流石に、その呼び方はちょっと……」

 

 

−……及川、お前のセンスは同性に受け入れ難いようだ−

 

 届くかどうかは分からないが、遙か遠い親友に向けてエールを送る一刀。

 

「ま、まあ。呼び方は別に変えなくても宜しいのでは……?」

 予想外のあだ名で気の抜けたヤナギは、眼鏡の位置を直しながら提案する。

「そうっすかね。じゃあ四人にしか分からない合図でも作りますか?」

「……何故そうなる」

「ハイタッチとか、掛け声とかでもいいっすよ」

「わざわざ作らなくても良いんじゃないですかねぇ……」

「じゃあ目立たないようにしますか? 鼻の頭を掻くとか、ズボンのポケット叩くとか」

「地味だな!? そんなだったら、もう無い方が良いでしょ!!」

 

 

 四人でたわいない話でバカ騒ぎをする。

 

 端から見てもその光景は、年相応の友達同士の会話に相違なかった。

 

 

 

 

 

−続く−

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今回のエピローグ、つーかオチ。

 

 

 

「……出来たよ、雛里ちゃん」

「……完成だね、朱里ちゃん」

 

 二人は薄暗い部屋の中で、怪しい薄笑いを互いに浮かべる。

 

 二人の手には、一冊の“薄い本”が。

 

「同い年である事を知り、ヤナギさんに対等になれと迫るご主人様……」

「でもその場面を目撃して、“貴方の前ではなかなか素直になれないのです”とご主人様に詰め寄るリンダさん……。“昔から、貴方は僕の物なんです”と対抗意識を燃やすアキラさん……」

 

 新たに発見した事実を勝手にねじ曲げて作り上げた本の内容に陶酔する二人。

 そこに、蜀を代表する軍師の面影は微塵も感じられない。

 

「さあ! 早くこれを持って行こう、雛里ちゃん!」

「締め切りに間に合って良かったね……!」

 

 身支度もそこそこに、二人は部屋の外へ出ようと扉へ駆け足で向かう。

 

 

 あまりに興奮していた為か、二人とも気がつかなかった。

 

「朱里ちゃん、いるかしら?」

 

 一刀の母親、北郷泉美が部屋を訪ねようと扉を開いていた事を。

 

「はわわっ!!!?」

 

 不意の来客に慌てて足を止め、ぶつかる寸前で立ち止まる。

 

「お、お母様!! どど、どうして!?」

「書物の中でちょっと分からない文字があったから、朱里ちゃんに訊こうと思って。……あら?」

 

 何気なく視線を落とした泉美が目にしたのは、床に落ちていた一冊の本。

 

 偶然は、時に残酷である。それは一人の少女が立ち止まる際に、勢い余って手から滑り落ちてしまった本である。

 

 ご丁寧にも、挿し絵付きの頁を開いた状態で。

 

「はわわーっ!? だだ、ダメですー!! それを読んではいけませーん!!」

「あわわーっ!! 返してくださいー!!」

 

 だか二人が叫ぶよりも、泉美が本を手にして読む方が早かった。

 

 少し経って泉美が本を閉じて、二人にニッコリと笑いかける。

 

 その目は、一切笑っていない。

 

「…………二人とも、少し良いかしら?」

 

「はわわー!!」

「あわわー!!」

 

 

 その後、正座でお説教を受けている、二人の少女の姿を誰もが見たのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

−続く?−

 

説明
ネタバレになるので、タグは少なめで。
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コメント
>観珪様 後でちゃんと返してあげてください。じゃないと二人とも弱ってしまいます(笑)(喜多見功多)
しゅりりんもひなりんも、その薄い本はほとぼりが冷めるまでボクが預かっておこう!(神余 雛)
>nao様 その後しばらくは大人しくなったそうです。しばらくは(笑)(喜多見功多)
朱里と雛里は相変わらずですな〜泉美さんの説教でましになるのか?・・・無理だなw(nao)
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