俺妹 妹婚(シスコン) 妹幼妻たちの憂鬱
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俺妹 妹婚(シスコン) 妹幼妻たちの憂鬱

 

「えっ? キリトさんが浮気しているかもしれないって?」

 アタシの問い掛けに前髪を切り揃えたショートカットの制服少女は小さく頷いてみせた。

「うん。お兄ちゃん……和人さん、最近変な行動が多いの……」

 少女……桐ヶ谷直葉(きりがや すぐは)ちゃんは左手の薬指に嵌められたプラチナのシンプルな指輪に右手を添えながら不安を吐露する。

「いや、でも、あのキリトさんが浮気ってちょっと考えられないんだけどなあ」

 アタシは首を傾げるしかない。アタシの知るキリトさん(本名:桐ヶ谷和人)はちょっと愛想がないけれど誠実な人だから。浮気をするとはとても思えない。随分女の子にモテていたようだから言い寄られることはあるかもしれないけれど。

「私も、お兄ちゃん……和人さんが浮気しているなんて思いたくないよ」

 直葉ちゃんは両目にいっぱい涙を溜めている。

「だったら……」

 アタシは直葉ちゃんを慰めようとした。けれども直葉ちゃんはアタシが言葉を続ける前に訴えた。

「だけど私とお兄ちゃんが兄妹だから。兄妹で結婚しちゃったから。だから……お兄ちゃんは辛い目にいっぱい遭って他の女の人に目がいっちゃったのかもしれないって」

「ウッ!?」

 直葉ちゃんの指摘はアタシには大打撃だった。思わず自分の左手の薬指に嵌められたゴールドの指輪を確認してしまう。心臓がドクドクと激しく血流して気持ち悪い。

「だっ、大丈夫よ、直葉ちゃんっ!」

 自分の心の動揺を必死に押し隠して親友であり同じ境遇の同い年の仲間に訴え掛ける。

「アタシたちは家族や友達や社会全部に白い目で見られるのを覚悟の上で兄妹婚を果たしたんじゃない。並みの覚悟や愛情じゃ妹婚(シスコン)なんてできないっての!」

 直葉ちゃんに訴え掛けると同時に弱気になろうとする自分の心にも喝を入れる。

「京介のアタシに対する愛情やキリトさんの直葉ちゃんに対する愛情が今更プレッシャー程度に屈するわけがないでしょ」

 そう。京介と結婚する前、結婚した後も辛いことはたくさんあった。でも、アタシたちの愛はそれに決して負けなかった。

 だって、世界がアタシたちの仲を祝福してくれるわけがないって最初から分かっていたから。アタシたちは根性と愛を貫き通すしかなかった。だから、だから……。

「妹婚の愛の力を舐めちゃダメなんだからぁ〜〜〜〜っ!」

 秋葉原のファミレスにアタシの魂の叫びが響き渡った。

 

 

 

 結婚に関する制度が変わり実の兄と妹が結婚できるようになった。しかも年齢無制限で。婚姻率を高め少子化対策とする試策の一環だった。

 その制度を利用してアタシと京介は正式な夫婦になった。

 夫高坂京介18歳高校3年生。妻高坂桐乃(旧姓高坂)15歳中学3年生。

 学生結婚、しかも妹婚したアタシ達への世間の風当たりは厳しい。そして経済的な事情も考えると先行きが明るいとは決して言えない。

 けれど、アタシは世界で一番大好きな人と誰憚ることなく正式に結婚することが出来たことを最高に喜んでいる。京介もきっと同じ想いに違いない。だってアタシたちは世界で一番幸せなカップルなのだから。

 これはそんなアタシと京介の大変なこともあるけれど幸せな日々を綴ったストーリー。

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 アタシと直葉ちゃんの出会いは、VRMMORPGと呼ばれるヴァーチャル・リアリティー技術を用いて意識を直接入り込ませることができるゲーム世界上のことだった。

 言い換えると、約半年ほど前の9月に意識を仮想空間に飛ばせるオンライン上のゲームの中でアタシと直葉ちゃん、そしてその旦那さんであるキリトさんは出会った。

 

 

『飛んでるっ! スゲェぞ、桐乃っ!』

 京介は生まれて初めてのVRMMORPGに恥ずかしいぐらいに興奮している。でも、その気持ちも分からなくはない。

 何しろアタシたちは仮想の世界とはいえ、背中に羽を生やして自由に空を飛んでいたのだから。

『ちょっと馬鹿兄貴っ! あんまりはしゃぎ過ぎると迷子になって敵の領域に入っちゃうわよ』

『大丈夫だっての』

 京介はろくにコントロールも出来ない癖に調子に乗って高速であちこち飛び回っている。

 アタシたちがやっているALOというゲームは空を自由に飛び回れることが売りの1つになっている。

 けれど、調子に乗って考えなしに飛んでいると厄介なことになる。それはこのゲームの敵味方の区別と、PK(プレイヤー・キル)の問題が大きく絡んでいる。

 このゲームではプレイヤーたちは9つの種族に分かれており、それぞれが最初にゴールに到達できることを競っている。競っているというか事実上は戦争状態。

 それで、他の種族が自分の領域内に入ってきたら殺してしまおうという物騒な考えが蔓延することになった。

 京介みたいに何の考えもなしに飛んでいるといつ他の種族の領域に入ってしまうのか分からないのだ。

 数日前からとはいえ結構やり込んだアタシはともかく、京介は今日このゲームに初めて足を踏み入れた。右も左も分からない初心者だというのに本当に困った兄だ。

 

『おっ。桐乃、そんな所を飛んでいるのか。お前の方がよっぽど先を飛んでるじゃねえか』

 アタシの前方を闇雲に飛んでいる京介は更に前方を見ながらよく分からないことをほざいた。

『はっ? アタシはここにいるっての』

 アタシは京介の真後ろを飛行中。京介からアタシは見えていないかも知れない。けれど、京介の前方にアタシがいるわけがなかった。

『段々慣れてきたし飛行なら負けねえからな〜』

 京介は前方を見ながら更に速度を上げる。

『ちょっと待ちなさいっての』

 馬鹿兄貴が何を言っているのかよく分からない。けれど、とにかくアタシも合わせてスピードを上げる。

 すると、前方にアタシとソックリな姿形をしたシルフ族の女の子が飛んでいるのが見えた。金髪をポニーテールで括ってアタシと同じ妖精をイメージさせる緑色のワンピースを着ている。

『あっ、仲間なのね』

 少女がわたしたちと同じシルフ種族で安心する。これで京介が出会い頭にバッサリ斬られることはなくなった。

 ちなみにアタシがシルフを選択した理由は女の子のヴィジュアルが一番可愛いかったから。アタシが引き込んだ兄貴には当然同じ種族を選択させた。

『お〜い桐乃〜っ』

 ゲーム内でプレイヤーの本名を呼ぶというマナー違反を繰り返しながら京介はシルフ少女へと近付いていく。

 ちなみにこのゲーム内でのアタシのプレイヤーネームはきりりん。いつも通りのハンドルネームを使っている。

『えっ? 何、あの黒い人?』

 どうでもいいことを考えながら飛んでいると、金髪ポニテシルフ少女のすぐ隣に真っ黒い服を着た異種族の男が併走して飛んでいるのが見えた。

『ちょっ!? どういうこと?』

 何故シルフの少女がほとんど交流もないはずのスプリガンの男と一緒にいるのか?

 様々な可能性は考えられたけれど、最悪なケースとして罠であることが考えられた。

 シルフ少女がスプリガンの囮役を引き受けさせられている可能性は否定できない。アタシの喉が鳴って緊張が走る。

 空中戦は全然したことがない。けれど、場合によってはあのスプリガンとの戦闘になる。

 京介の真後ろについてスプリガンの動向を窺う。敵対行動を見せるようなら即座に斬りかかれるように。

 緊張が高まりながらアタシたちと前方を低速飛行する2人の距離が縮まっていく。

 

『お兄ちゃん。これからどこに向かうの?』

『へっ? アタシの声?』

 前方のシルフ少女の声を聞いて驚かされる。アタシとそっくりな声だったから。

ストレートとポニテという違いがあるとはいえ、アタシそっくりの容姿の子がアタシそっくりな声で喋っている。

 その偶然に口が半開きになって閉じない。そして、そんな偶然の一致をアタシの馬鹿兄貴が見分けられるはずがなかった。

『桐乃〜』

 京介はスプリガン男に何ら警戒を抱かずに、アタシと勘違いしている少女へと近付く。

『桐乃? 誰のこと?』

 シルフ少女が京介の声に反応して空中で立ち止まって振り返る。

 そしてアタシたちは目が合ってしまった。

『えっ? 私?』

『本当……アタシそっくりだ』

 顔までアタシによく似た少女がそこにはいた。瞳は彼女の方が少し勝ち気そうでやや吊り目がち。でも、それ以外はソックリ。

 姿形はシステムがランダムで決定することを考えると、この偶然はすご過ぎる確率だった。

『アレ? 桐乃が……2人?』

 ようやくアタシの存在に気付いた馬鹿兄貴。

『って、止まれないぃ〜〜〜〜っ!?』

 そして止まり方を知らない京介はそのままシルフ少女を追い越して飛び去ってしまった。

 後に残されたのはアタシとアタシそっくりの少女。そして謎のスプリガン男。

『あ、あの……』

 この偶然にアタシは何と声を掛けたら良いのか分からなかった。

『えと……』

 相手の子も全く同じ状態らしい。ソックリな容姿でそっくりな声を出すアタシに戸惑っている。

『…………スグって双子だったんだな。知らなかったぞ』

 スプリガン男が呆気に取られた声を出した。

『一緒に住んでいるんだからそんなわけないことぐらい知っているでしょ、お兄ちゃんっ!』

 シルフ少女がスプリガン男にツッコミを入れる。

 それがアタシと直葉ちゃん、そしてその旦那さまとなるキリトさんとの出会いだった。

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「キリトさんが浮気しているって何か証拠でもあるわけ?」 

 不安そうな直葉ちゃんを元気付けるべく敢えて問いただしてみる。彼女が不安を感じている要素をアタシが全部否定してあげるのだ。そうすれば必然的に浮気の疑惑は晴れる。

「ハッキリとした浮気の証拠みたいなものはないんだけど……」

「なら、推定無罪は現代を生きる者の常識♪ 灰色を黒と決め付けちゃったらダメよ♪」

 法学から攻めてニッコリ笑ってみせる。

「そ、それはそうなんだけどぉ……」

 直葉ちゃんは結婚指輪をジッと見ながら思い悩んでいる。

 信じたいけれど信じきれない。そんな歯がゆさがアタシに伝わってくる。

 だからアタシは彼女に更に自信を持たせることにする。

「じゃあさあ、角度を変えて直葉ちゃんがキリトくんに愛されていることを証明してみましょう」

 指をパチンと鳴らしてみせる。

「どうやって?」

 首を傾げてみせる直葉ちゃん。

 その際に制服で覆い隠しきれない彼女の大きな胸が揺れる。

 割とスタイルは良い方だと自認するアタシをして驚愕させる直葉ちゃんの巨乳。

 これこそが浮気が存在しない絶対の証拠となる。その絶対の証拠とは……

「直葉ちゃん……夜は、どうなの?」

 アタシたちが人妻であるということそれ自体だった。

「夜?」

 ポケッと口を開く直葉ちゃん。まだ意味が分かっていないっぽい。

「そう。夜。夫婦の時間」

「夜……夫婦の時間……」

 直葉ちゃんの顔が、全身が段々と赤く染まっていく。

よしっ。もう一息っ!

「最近夫婦の夜の営みはどうなのってことよ♪ アタシたち、人妻なんだから♪」

 初心な直葉ちゃんに直球を投げつける。

「夫婦の……夜の営み……っ」

 直葉ちゃんの顔が恥ずかしさでボンッと爆発した。

 

「アタシの旦那はどうしようもない地味でヘタレだけど、ちゃんと夫としての務めは果たしてくれているわよ」

 立ち上がりながら小声で訴える。恥ずかしいけれど、ここはきちんとアタシたちが人妻であることをハッキリさせる。

「大学受験が終わってから京介ってばスッゴクたくさんアタシのこと愛してくれちゃってさ。今月に入ってからは週4日で京介がアタシを求めてくるのよぉ。本当にエッチなんだから。アタシにメロメロなのよねぇ」

 頬に両手を当ててテレテレ顔で夫婦の赤裸々な事情を語ってみる。

 アタシの中学生活最後の月はかなりピンク色な日々を過ごしている。受験ストレスから解放されたせいか京介は結婚3ヶ月目にして一番野獣と化している。京介ってば、妹のことを好き過ぎなんだから♪

「おっ、一昨日だって凄かったんだから。京介ったら、すっごくしつこくて日付けが替わるまで寝かせてくれなかったんだから♪」

 一昨日の夜のことを思い出すと体中が火照ってくる。

 京介がキスマークをたくさん付けるから、昨日は学校に行く際に肌が露出しないようにフル武装しなければいけなかった。

 今日だってここに出掛ける際にはファンデーションで黒ずんだ跡はみんな消してからきた。そうしないと首元とか生足とか見せられない。

 でも、アタシたちは妹婚を果たした正式な夫婦だからそういう過激な愛情の表現もありなのだ。何しろアタシと京介は正式な夫婦なのだから♪

 

「それで、直葉ちゃんとキリトさんの夫婦仲はどうなのよお?」

 照れ笑いを浮かべながら直葉ちゃんに話を振り直す。

「えっ……あの……その……」

 直葉ちゃんはこんな風に恥ずかしがり屋さん。そしてキリトさんは草食系っぽい。だから夫婦の愛の営みは週に1度とかそれ以下の頻度かもしれない。

 だけどその夫婦の愛の確認行為を賞賛して直葉ちゃんを持ち上げれば。きっと直葉ちゃんの悩みも吹き飛ぶはず。

「……フフフ。アタシの作戦は完璧よ」

 恥ずかしがり屋の直葉ちゃんも自信を持てば浮気への怯えなんてなくなるんだから。

「キリトさんに愛してもらってるんでしょう? さあ、恥ずかしがらずにキリトさんとの愛の日々をアタシに教えちゃって頂戴♪」

 さあ、恥ずかしがらずにアタシに話すの。そうすれば、楽になるから♪

「う、うん」

 小さく頷く直葉ちゃん。そしてアタシと同じ妹婚を果たした少女はとんでもない衝撃の発言を行ってくれた。

 

「私はお兄ちゃん……和人さんには、その、週に7日、愛してもらって……ます」

 直葉ちゃんは顔中真っ赤にしながら俯いた。

「週に7日?」

 直葉ちゃんの言葉がすぐに整理できない。両手の指を開いて凝視しながら考えてみる。

「え〜と。1週間は月火水木金土日の7日間だから……」

 折った指の数は7本。直葉ちゃんが答えた日数も7。

「つまり、直葉ちゃんは毎日キリトくんと愛し合っているっていうこと?」

 おぼろげな頭で暫定的な答えを導き出す。直葉ちゃんの恥ずかしがり屋で大人しめの性格とあまりにもかけ離れた仮説。

「…………うん」

 直葉ちゃんは真っ赤なままぎこちなくもう1度頷いた。

「へっ、へぇ〜。そうなんだぁ……」

 予測とは違う展開にアタシの脳内コンピュータはいきなりパンク寸前になっている。

「キリトさんって、京介より小柄で線も細いのに……おっ、男らしい人なんだねぇ」

 もはや自分が何を口走っているのか分からない。

 京介って結婚してから2日連続でアタシを求めてきたことあるっけ?とか、本当にどうでもいいことばかり考え出している。

「お兄ちゃん……和人さん。昨夜も凄くて……その、2時過ぎまで寝かせてもらえなくて。それで今日も朝から、その。それで、学校にも遅刻しちゃって。ううう。恥ずかしいよぉ」

 両手で顔を覆い隠す直葉ちゃん。

「き、キリトさんって、エロゲーの絶倫主人公みたいな能力を持ってるんだね。あはは…」

 恥ずかしがる直葉ちゃんとは逆にアタシはドン引きしていた。

「でも、やっぱりお兄ちゃん帰ってくるのが不自然に遅い時が多くて……お兄ちゃんモテるから浮気じゃないかなって……」

 尚も不安げに語る直葉ちゃん。

「そんだけ愛されているのに浮気なんてあるわけがないでしょうがぁ〜〜っ!」

 遂に我慢できなくなって大声で叫んでしまう。

「えっ? 桐乃、ちゃん?」

 目をパチパチしばたかせて驚いている直葉ちゃん。

「そんだけ毎日毎日、旦那さんに愛されて何が不満だってのよっ!」

「だっ、だってぇ……」

 オロオロする直葉ちゃんに人指し指を突きつける。

 

「キリトさんの愛を信じ切れていない直葉ちゃん。まずアンタに問題があるわっ!」

「えぇえええええええぇっ!?」

 直葉ちゃんはアタシの指摘に強い衝撃を受けて目を見開いた。

「アタシたちは同じ屋根の下に暮らす兄と結婚した、世間には決して認められない妹婚者」

 実の兄妹で結婚したカップルに対する風当たりがどれだけキツいかはアタシがこの身をもって一番良く知っている。

 法律が変わったから合法結婚になったとはいえ世間の認識はまるで変わっていない。むしろ兄妹の近親恋愛を異端視する視線は結婚が合法化されてから一層強化されたぐらい。

 アタシも京介との結婚を通じてこれまでの人間関係がほぼ壊滅してしまった。友達はみんな遠のいた。

でも、それを予め覚悟した上でアタシは京介と結婚した。妹婚はそういう制度なのだ。

「直葉ちゃんの場合は普通に結婚することもできた。けれど、敢えて妹婚にした。それは何故なの?」

 同じ家に暮らしているとはいえキリトさんは正確には直葉ちゃんの義兄。血縁上の2人の関係は従兄妹。

だからキリトさんが18歳になって正式な手続きを踏めば、形式的には“普通の結婚”も可能だった。

 けれど直葉ちゃんは敢えて妹婚に踏み切り15歳でキリトさんの妻になった。それは妹婚しかなかったアタシと比べれば選択肢が多かったことを意味する。そして、敢えて苦難の道を選んだとも言える。

「…………っ」

 黙りこむ直葉ちゃん。その沈黙は答えが分からないんじゃない。分かっていて口に出せないのだ。

「キリトさんへの愛が深かったからだよね。世間に立ち向かう覚悟と勇気があったからだよね」

 直葉ちゃんの代わりに答えを述べる。妹婚を果たす者に例外なく突きつけられる問題。そして答え。

「周りに嫌なことをされたのなら……愚痴はアタシが幾らでも聞くからさ。旦那さんのこと……お兄ちゃんのことをもっと信じてあげなよ」

 直葉ちゃんの右手を上からそっと握る。

「…………うん。私、弱気になってた」

 直葉ちゃんは左手をアタシの手の甲に添えた。

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「お兄ちゃんのお嫁さんになってから……学校に居ても、他の場所に居ても……色々と辛いことがあって……」

 ポツポツと事情を語り始めた直葉ちゃん。

 アタシの手に触れている直葉ちゃんの手に力が篭る。

 リアルでは口下手な彼女は多くのことを語ってはいない。でも、何が言いたいのかはよく分かる。

「アタシも同じ状況だよ。アタシも同じことを経験している真っ最中だから」

 アタシを知る人間の中でかつての万能優等生として見てくれる人は1人もいない。

「家に帰って和人さんの顔を見て安心したいのに。だけどお兄ちゃんはアルバイトに忙しくてなかなか帰ってきてくれなくて」

 直葉ちゃんの声が詰まる。

「そう……だよね。アタシも、家に帰ってきて京介がいないとそれだけでとてもガッカリするもん。で、代わりにお義母さんと顔を合わせるとすごく惨めな気持ちになる」

 友達がみんな離れていき居心地が悪くなった学校を終えて疲れた心で帰宅。夫の顔を見て癒されようと思うのだけど、アイツはバイトで夜遅くならないと帰ってこない。

 アタシのためだとは分かっているのにそう割り切れない。悲しくて腹立たしい。

 実の兄と結婚した。しかも同居している長男の嫁であるのにも関わらずアタシの家事技能は0に等しい。そんな事情から実母にして現義母はアタシに対する風当たりが厳しい。

 そんな義母と向かい合って、義母の作った料理を食べるのはどれだけ気まずいことか。今夜もそんな時間がもうすぐ迫っているかと思うと胃がザワザワしてくる。

「お兄ちゃんは私のために頑張ってくれているのに……。なのに、和人さんの顔が見えないとすごく孤独を感じて。私はこの世界に独りぼっちなんだって思えてきちゃって……」

 直葉ちゃんの綺麗な瞳に再び涙が溜まっていく。

「アタシも昨日、同じようなこと考えてた。せっかく受験が終わったと思ったら今度はバイト漬けになっちゃってさ。愛する奥さんのことをもっと構えって枕を壁に放り投げてた」

 直葉ちゃんの悩みはアタシには痛いほどよく分かった。

 

 妹婚では近親婚という生物学的・モラル的な問題が一番騒がれている。それでアタシも人間関係が崩壊したクチだ。

 けれど、当事者にとってそれに劣らず厄介なのが経済上の問題。妹婚は若年結婚を推奨する法律でもある。それは逆から見ると経済基盤がない男女を結婚させることにもなる。

 妹婚の核心には親の経済力に頼った結婚という歪な生計手段の確保が裏の側面として確かに存在する。

 要は親の助けありきの結婚なのだ。うちもそうだし直葉ちゃんの所もそう。実家に同居しての結婚生活。でも妹婚を果たした子供と親の仲が円満なはずもなくて。

 で、お金を巡っても色々なギスギスが生じる。更にその余波でアタシや直葉ちゃんは夫がなかなか帰ってきてくれなくて寂しい思いをしているというわけだ。

 

「お兄ちゃんが辛い目に遭っているのは知っているから……私はお兄ちゃんに我がまま言えなくて。でも、私も辛くて……」

 直葉ちゃんの頬にふた筋の涙の川が流れ出す。

「アタシも同じだからさ……アタシに話してくれればいいよ。アタシも直葉ちゃんに話すから」

 直葉ちゃんの手をギュッと握る。

 妹婚制度が登場して約半年。妹婚を果たした女の子たちはネットワークを築いて互いを励ましあっている。

 それでも直接顔を見合わせて励まし合える友達は多くない。アタシも頻繁に会える子は直葉ちゃんだけ。

 でも、だからこそアタシは直葉ちゃんとは特別な関係だと思っている。

「うん。ありがとうね、桐乃ちゃん」

 直葉ちゃんが涙を拭いて笑ってみせた。彼女の笑顔を見てすごく嬉しくなる。そして自分も救われた想いになった。

 

「そうだっ!」

 手をパンッと思い切り叩く。

「明日は週末で学校は休みだし2人で買い物に行こうよ。渋谷とか原宿とかパァーッと回って気分転換しよ♪」

 我ながら名案だと思った。

「う、うん」

 直葉ちゃんはちょっとおっかなびっくり返事する。

「でも私、幼いころから剣道ばっかりやっていて。その、お洒落とかあんまりしたことないし…」

「大丈夫。現役読モのこのアタシが直葉ちゃんを最高に可愛くコーディネートしてあげるから♪」

 直葉ちゃんの素材の良さはピカイチ。アタシのこの手で彼女の可愛さを最高に開花させたい。

「直葉ちゃんが可愛いお洋服着ていればキリトさんだって大喜びしてくれるわよ」

「和人さんが喜んでくれる……」

 直葉ちゃんの頬に熱が篭っていく。

「そう。愛するお兄ちゃんのためにアタシたち妹妻は自分を精一杯可愛くしなくっちゃ♪」

「そうだね。お兄ちゃんのために……私も、もっとお洒落に気を使おうかな」

 小さく頷く直葉ちゃん。何、この可愛い生物?

 妹ゲーの男主人公たちが、他の女には眼もくれず妹にだけフォーリン・ラブしていく気持ちがよく分かる。やっぱり妹は最強のヒロインの称号♪

「それじゃあ明日は2人でお買い物に行こうね♪」

 直葉ちゃんの手を今までで一番強く握る。

「うん。よろしくお願いね」

 直葉ちゃんもまた強く握り返してくれた。

 

 中学卒業を間近に控えた週末。

 アタシは久しぶりに楽しく過ごせそうだった。

 

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 VRMMORPG上で出会ったアタシと直葉ちゃんはすぐに仲良くなった。 

 出会って翌週にはオフライン上、要するに実際に会って互いの悩みを打ち明けるようになっていた。

 何しろアタシたちは他人とは思えない似通った存在だったからすぐに共感を覚えた。

 

『そっか。直葉ちゃんもお兄さんのことがラブの意味で好きなんだ』

『うん。だけどお兄ちゃんにはアスナさんっていう好きな人がいるから……この想いは叶わないってもう分かってるんだ』

『アタシの兄貴にも好きな女がいるんだ。もっとも、先月末に振られちゃったんだけどね』

 アタシたちが似ていたのはゲーム上のキャラメイクだけじゃなかった。

 兄に恋する妹。そしてその兄には他に好きな女がいるという点で一致していた。

『でも私、お兄ちゃんのことをやっぱり諦め切れなくて……』

『アタシも同じ。地味で凡才で、シスコンぐらいしか取り得のないダメ人間なのに……兄貴のことがずっとずっと大好きで。恋人ができても諦められなくて……アタシもどうしようもないブラコンなんだ』

 直葉ちゃんの前では素直になれた。

 黒いのやあやせにも言えない京介への想いを正直に告げることができた。

 消せない兄への想い。一方で恋を成就させるには大きすぎる障壁。

 この息苦しさこそがアタシと直葉ちゃんを結びつける何より固い絆に違いなかった。

 

 アタシと直葉ちゃんは似ている。でも、アタシたちには個々の特有の事情もある。

 兄貴が色々あった末に黒いのと別れ再び平衡状態が戻ったアタシに比べ、直葉ちゃんが直面している状況はより危機的なものだった。

『アスナさんはゲーム世界内で妖精王子安って男に囚われていて……現実世界では寝たきりになっているの』

 キリトさんの想い人は悪い奴らに捕まっている。

『アスナさんの身体は長期の入院で段々衰弱している。早く解放して目覚めさせてあげないと、アスナさんは……』

 身体を震わせる直葉ちゃん。アスナさんがかなり危険な状態であるらしい。

『だからお兄ちゃんはアスナさんを救おうと一生懸命になってて。私もお手伝いしているんだけど……でも、上手くいかなくて』

 直葉ちゃんは力なくうな垂れてみせる。

 アスナさんを捕らえている悪の親玉である妖精王子安は、アタシたちがプレイしているゲームALOの運営会社の責任者であるらしい。

 自在に設定を操れるゲームの管理者相手にゲーム内で勝利せよというのがどれほどの無理ゲーなのかは言うまでもない。

 だけどその無理ゲーを攻略することがアスナさん救出には絶対に必要な状況。

『アスナさんは助けられるから』

アスナさんを救わなければキリトさんはきっとおかしくなる。そしてキリトさんがおかしくなれば直葉ちゃんもまたきっと……。状況はあまりにも逼迫していた。

『直葉ちゃんは仲間を集めることでキリトさんの役に立ってるよ。子安の元には単独じゃ辿り着けないことはもう明白なんだし』

 アタシと出会う前に、直葉ちゃんとキリトさんは2人で子安の居城ダンジョンに挑んだ。けれど結果は惨敗に終わった。子安はチートクラスの圧倒的実力を持つ守備隊を揃えて門を守らせているらしい。

 それでキリトさんはダンジョンを突破する糸口探しに躍起になっている。抜け道のようなものはないかとかそういう情報収集だ。

 一方で直葉ちゃんはダンジョンに一緒に挑む仲間を募る行動に出た。直葉ちゃんはダンジョンを少人数では突破できないと判断したのだ。

 そして直葉ちゃんの考えに賛同したアタシと馬鹿兄貴は子安攻略組へと参加することにした。

『桐乃ちゃんがお友達を連れてきてくれて。おかげで私たちはどんどん大きな戦力になっているから。本当に感謝してるよ』

『みんな直葉ちゃんの想いに共感した……アタシたちの友達だよ』

 アタシの友達じゃなくて、アタシたちの友達である点を強調する。

 アタシはアタシが所属しているSNSサークル『お兄ちゃんがシスコン過ぎて困っちゃう妹達』に窮状を訴えかけた。

 アタシと同じく兄に恋をしてしまっている妹たち(+その兄たち)はすぐに直葉ちゃんの元に馳せ参じて仲良しになった。

 キリトさんの単独行動だった時と比べると現在は相当な戦力に発達している。本当にすごい戦力はキリトさんと直葉ちゃんだけで後はそのサポートだけど。

『そうだね。みんなの協力があるから……私もお兄ちゃんも頑張れるんだよ』

 直葉ちゃんは9月の日差しを眩しそうに見上げた。

『絶対に子安の手からアスナさんを取り戻そうね』

 直葉ちゃんの顔を見ながら誓いを訴えかける。

『そして、解放されたアスナさんの手からキリトさんを直葉ちゃんが奪い返さなくっちゃ♪』

『えっ?』

 驚いた表情で直葉ちゃんがアタシを見る。

『だって、キリトさんのお嫁さんになるのは……直葉ちゃんなんでしょ?』

 ニヒヒと意地悪く笑いながら直葉ちゃんの可愛い顔を覗き込む。

『今月から妹婚制度が正式に始まったじゃない。アタシたちは大好きなお兄ちゃんと結婚できるようになったんだから。こんな美味しい制度を使わない手はないわ♪』

『わっ、私がお兄ちゃんのお嫁さん……』

 真っ赤になって俯く直葉ちゃん。自分の新婚生活を妄想しているに違いない。

『左手の薬指にお兄ちゃんからの指輪を嵌めるのがアタシたちの共通の目標。ガンガン行くわよっ!』

 左手を空に向かって突き上げる。

『そうだよね。頑張らないとね』

 直葉ちゃんは何も嵌められていない左手の指を眺めている。

 

 この時のアタシたちはまだ妹婚できると具体的に信じているわけじゃなかった。まして恋に消極的な直葉ちゃんの方がアタシより先に結婚するなんて考えていなかった。

 けれど妖精王との戦い。そしてその黒幕の真妖精女王との戦いは、直葉ちゃんを大きく変えて、キリトさんと結ばせるに至った。

 そしてそんな直葉ちゃんの恋愛成就はアタシに大きな勇気を与えてくれた。それがアタシと京介が結ばれるきっかけにもなった。

 けれどその時のアタシたちはまだそんな妹婚へと至る流れを知らないでいた。

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「ただいま〜」

 午後6時、実家兼嫁ぎ先へと帰宅を果たす。

「あら、桐乃さん? 今日は学校が2時で終わりのはずなのに随分と遅い帰宅だわね」

 そして早速始まる姑の小言。わざわざ玄関前で待ち構えている。ちなみにこの姑、昨年のクリスマスに京介と結婚するまでは実母というポジションにいた人物だったりする。

 お母さん、もとい現在のお義母さんはアタシが京介の嫁であることに対して極めて冷淡な態度を取ってくる。アタシが嫁いだことを快く思っていない。

「今日はモデルの仕事の打ち合わせが東京の方でありましたので」

 帰宅が遅れた理由を述べる。ちなみにこれ、嘘ではない。直葉ちゃんと会う前に仕事関係の話はしていた。

とはいえ、10代の既婚者モデルに仕事の依頼が多いわけがない。大半はこの3月でスポンサーとの契約が切れるというもの。世知辛い話ばかりだった。

「そんなことを言って、本当は男と会っていたんじゃないの?」

 蔑む視線がアタシを突き刺す。

「桐乃さんって、ろくに家事もできないくせに男性のハートだけは掴むのが上手いのよねぇ」

「クッ」

 怒り出してしまいそうになるのを必死に堪える。アタシは高坂家に嫁いだ身。義理の母と争ってばかりいられない。

「ご、ご冗談を。アタシは生まれてこの方京介さん以外の男性が目に入ったことはありませんわ。おっほっほっほっほ」

 できる限り融和的な態度で姑の言葉を否定する。

「そんなこと言って、去年の夏休みには御鏡さんを交際相手だって連れてきたじゃない」

「いきなり素に戻って母親情報持ち出さないでよ!」

 この人は突然実母のポジションから自在に鬱陶しい情報を引き出してくる。

「大体あれは京介さんの気を惹くための小芝居ですから。お義母さまの心配には当たりませんわ。おっほっほっほ」

 高笑いを奏でる。ムカつきで煮え繰り返そうな腹の中を抑えつけながら。

「ふ〜ん。まあ、いいわ」

 少しも納得していない威圧的な瞳で頷く姑。だからこれは実の母娘の会話なのです。

 

「ところで今日の夕飯の当番は桐乃さんだったわよね。もう6時を過ぎているのだけど、準備は大丈夫なのかしら?」

 そしてまた角度を変えて攻めてくる。この人の嫌味はエンドレスなのだ。

「ちゃんとお弁当を4人分買って参りました」

 お弁当が入った紙袋を見せる。

「仕事で疲れて帰ってきた夫や京介に出来合いのお弁当を食べさせるだなんて。桐乃さんには仕事で疲れた男性を労う心がないのかしらねぇ。はぁ〜」

 わざとらしいため息。3日に1度の割合でカレーばかり作っていた自称専業主婦の分際で労うとか言うなっての。

「これは千葉駅周辺で最も美味しいと評判のお店に並んで買ってきたお弁当です。味と栄養バランスにおいて決して落胆させることはないと思いますわ。おほほほ」

 必死に耐える。

「そうよねぇ。桐乃さんが作ったんじゃ、栄養どころか救急車を呼ぶ事態にしかならないものねえ」

 アタシの仕事を認めずに白い目だけを続けて放つ姑。

「けど、桐乃さんに食事を頼む度に高価な外食を準備されたのでは、京介の安月給では辛いわよねぇ。このゴク潰し嫁は……」

「現在手料理は修業中ですので。近々お義母さまにお披露目する日が来ると思いますわ。おほほほほ」

「そういう花嫁修業は嫁入り前に済ませておくものじゃないかしら?」

「そ、それは……」

 言い返せない。アタシに嫁スキルが圧倒的に不足しているのは事実。でも、それは……。

「嫁入り前にどんな教育を受けてきたのやら。親の顔が見たいわね」

「おほほほほ」

 手鏡を取り出してその顔を思い切り映してやりたい気分でいっぱい。

 アタシに家事を習得させずに、陸上やらモデル活動に専念することを推奨したのはお母さんだった。今ならその理由が痛いほどに分かる。

「京介が麻奈美ちゃんか瑠璃さんかあやせちゃんをお嫁にもらってこの家に同居。桐乃が金持ちの男を捕まえてお嫁に行って実家に毎月仕送りをしてくれていたら……私の今後の人生は何一つ憂うことがなかったと言うのに」

 お母さんは大きく息を吐き出した。

「よりによって京介の嫁は家事技能0で口だけは生意気で、桐乃の婿が将来まるで稼げそうにない冴えないダメ男だなんて。最悪の組み合わせよ」

 ガックリと首を落とす。

「これじゃあお父さんには定年退職後も警備員か何かで再就職してもらわないとダメね。私の老後の生活の安泰のために」

「ブレないよね……お母さんって」

 自分がパートするという考えが全く出ない所が如何にも高坂佳子だ。アタシの頑固さはこの人譲りだと自信を持って言える。

 

「私は息子と娘がバツイチでも全然構わないわよ」

 フッと笑う姑。

「何をおっしゃっているのかよく分かりませんが?」

 睨み付けて返す。

「別に。私が望む高坂家のあり方を述べているだけよ。京介の嫁は私に従順で家事技能が高く、桐乃の婿はうちにたくさん仕送りしてくれるお金持ち。そんな理想の高坂家をねっ!」

 ドヤ顔してみせる実母。つまり、アタシと京介に離婚して再婚しろと述べている。

「来年には初孫を抱かせて差し上げますので、子育てのご教授をお願いしますね……お義母さまっ!」

 アタシも負けじとドヤ顔を返して見せる。やっぱりこの人にだけは絶対に負けられない。この人こそがアタシの前に立ち塞がる最大の壁なのだ。

「なら、そうなる前に京介に麻奈美ちゃんとのお見合いの席でも設けようかしら」

「婚姻状態にある男性が未婚の女性とお見合いするのでは……京介さんが訴えられてしまいますわよ」

 睨み合う嫁と姑。実の母と娘。

「まあ、いいわ。その威勢の良さは桐乃さんの唯一の取り柄よね」

 お義母さんはクルリと背中を向けた。

 学業優秀、容姿端麗、スポーツ万能で鼻が高いと誉められていたアタシはもういない。

 今のアタシはただの役立たずの失格嫁。でも、だからこそこれから這い上がっていく余地が幾らでもある。アタシは諦めない。京介との幸せな結婚生活を続けるために。

「お父さんはもう帰っているわ。京介は遅くなるみたいだし、先に頂いちゃいましょう」

「はい」

 妹婚における最大の具体的な障壁の背中を見ながらアタシは家の中へと入っていった。

 

 結婚後のアタシとお母さんの関係はいつもこんな感じだったりする。

 笑う家内は鬼ばかりだ。

-7ページ-

 

「ただいまぁ〜。今日も疲れたぜぇ」

 午後10時。すごく疲れた表情を見せながら京介は部屋へと戻ってきた。

「お帰りなさい……ア・ナ・タ♪」

 アタシは正座姿勢で新婚3ヶ月目の旦那さまを迎える。

「いっ? 桐乃っ!?」

 京介はアタシを見ながら驚いている。

「お前、その格好は一体?」

「アタシもちょっち直葉ちゃんを見習ってお嫁さんの本懐を果たそうと思っただけよ」

 京介の視線が普段よりも激しくまとわり付いていることを肌に感じる。掴みは上々か。

「お嫁さんの本懐って何だよ?」

「それはもちろん♪ 疲れて帰ってきた旦那さまを癒すことに決まってるでしょ♪」

 正座を崩してしなだれてみせる。セクシーポーズのおまけ付き。

「…………お前が俺を癒そうとしていることは一応理解した」

「うんうん」

 コクコク頷いて返す。

 京介ったら、アタシのサービスにメロメロなのね♪

「だがなあ……」

「だが?」

「その変なオタクに媚売っているとしか見えないマニアック過ぎる扮装は何なんだ!?」

 京介がビシッとアタシに指を差してきた。不審者を見る目で。

「何って……各種様々な妹ゲーを元にしてお兄ちゃんがグッとくる格好を選んだのよ」

 胸を張って京介に言い返す。アタシのチョイスに間違いはないはず。

「どうしてスクール水着に縞々ニーソックスなんだよ? プールにも入れんし、日常生活も送れない半端な格好だろうが」

 京介はアタシの大好きな服装にイチャモンを付けてきた。

「お兄ちゃんは妹のスク水ニーソックスが大好きですぐに野獣に帰るってエロゲーでは当然の展開でしょうが」

「そんな特殊な世界の当然をリアルの俺に押し付けるなっての!」

「何よ。実の妹と結婚、しかも中学生と結婚したシスコンの分際でまだ常識人を気取るの? アンタはどうしようもないぐらいに重度のシスコンで変態じゃないのよ」

「…………返す言葉もねえが、それを認めるとお前はその変態の嫁になるんだぞ」

 京介は黄昏て明後日の方向を見ている。

「いいのよ。京介がシスコンでロリコンで変態なんてのは嫁入り前から重々承知なんだし」

「…………お前、何で俺と結婚したんだ?」

「と・に・か・くっ! アタシの長年に渡る入念な調査の結果、お兄ちゃんと呼ばれる種族は妹のスクール水着姿、妹のニーソックス姿に異常なまでに欲情するという確信を得たのよ」

「それは単にお前の性癖だよな? スク水、ニーソ妹キャラが好きだっていうオタク特有の……」

「アタシの感性は世界で最も敏感な最先端レーダーなんだからっ」

 読モ舐めんな。そう視線で京介に訴える。

 

「じゃあ、服装についてはもうどうでもいい。どうせ俺しか見ないのだから、身内の恥が世間に広まることもない」

「その言い方。すっごくムカつくんですけど」

 京介ったら、今にもアタシに襲い掛かりたくて堪らない癖に。何なのよ、その態度は。

「で、そのツインテールは何だ?」

 今度はアタシの髪型を指摘してきた。

「妹って言ったらツインテールに決まっているでしょうが。ツインテールでない妹なんて妹に似た他の何かよ」

「お前、今日までずっとツインテールじゃなかったよな?」

 京介がまた呆れた声を発する。

「とにかく、このアタシがツインテールになった以上、京介は野獣の本性を露にしてアタシに襲い掛かるしかないのよ。来年の今頃にはあのオバサンに孫を突きつけないといけないの。それはもう、決まっていることなの」

「俺の妹兼嫁は完璧なゲーム脳だ……はぁ〜」

 ガックリとうな垂れる京介。理由は不明だけど、アタシの渾身のチョイスは京介のお気に召さなかったらしい。

 

「けど、今日は一体どうしたんだ?」

 京介はアタシの正面に座りながら尋ねる。こういう所で変に誠意を見せてくるからアタシはこの男を嫌いになれない。それどころか結婚までしてしまった。本当に困った男。

「直葉ちゃんがさ。妹婚に不安を抱いちゃったみたいで……」

「あんなラブラブ家庭が、不安、か……」

 京介は窓の外を眺める。カーテンのせいで夜空は全く見えないのだけど。

「妹婚ってそういうもんじゃない」

「まっ、かもな」

 京介は真面目な横顔でずっとカーテンを見ている。

「だからさ。直葉ちゃんに言ったんだ。お兄ちゃんのことをもっと信じてあげてって」

「なるほどな」

 京介は軽く目を瞑った。

「それでアタシももっと京介と愛を確かめ合うことが必要だなって思ったの。いっぱいいっぱい愛し合わないといけないって」

「それで、珍妙なコスプレに走ったと」

「コスプレ言うなっ!」

 京介のために恥ずかしいのを我慢してこの格好になってあげたというのに。

「でも、桐乃や直葉ちゃんの言う通りだな」

 京介はアタシに身を寄せると正面から抱きしめてきた。

「妹婚は世間には祝福されない結婚なんだ。だからこそ嫁さんにはいつも精一杯の愛情を示さないとな」

 京介は強引にアタシの唇を奪った。許可なくキスするなんて京介の癖に生意気。でも、それがすごく嬉しい。いつもこんな風にグイグイとリードして欲しい。

「愛してるよ……桐乃」

「アタシも……」

 2度3度と唇を重ねる。

 全身が段々と蕩けてくる。京介を誘惑するための服装への執着もどんどんどうでも良くなってくる。

 頭の中が京介への想いで溢れていく。

 京介の望むことを何でも叶えてあげたい。そんな気分でいっぱいになる。

「これ……つけるね」

 アタシは京介悩殺用にもう1つ取っておいたブツを取り出す。

 それはアタシの趣味ではないのだけど……京介が大好きな装飾品で。

「お兄ちゃんが大好きな……メガネ桐乃、だよ」

 アタシは黒縁伊達メガネを掛けてみせた。

「桐乃っ!!」

「きゃっ!?」

 視界が瞬間的にグワンと大きく揺れる。そして次の瞬間にアタシはベッドの上に寝かされていた。しかも京介に圧し掛かられる体勢で。

「今夜は寝かさないからな」

 キリッとした普段比200%のイケメン顔で宣言する京介。

「すっ、好きにすればいいじゃないの。どうせアタシからは何もできないんだし……」

 恥ずかしさで目を逸らしながら強がって答える。

 ちなみに結婚してこの3ヶ月。夫婦の夜の時間にアタシから何かしたことは1度もない。いつも固まっている。エロゲーじゃないんだから恥ずかしいことなんかアタシからできないっての。

「に、2時過ぎまでずっと愛してくれても構わないから……」

 直葉ちゃんにちょっとした対抗意識を燃やす。アタシの方が愛されてるって証明してみたい。

「へっ?」

 京介は首を捻る。京介は全然分かっていない。説明していないのだから当たり前なのだけど。

 

「…………アタシたち、世界で一番幸せな夫婦、だよね?」

 上目遣いに覆い被さる京介に尋ねる。

 アタシも不安なのだ。京介に本当に愛されているのか。世間や実家の重圧を跳ね除けてくれるほどに愛してくれているのか。

 だから京介にいつでも愛を示して欲しくて欲しくて堪らない。

 アタシと直葉ちゃんの状態は実際には大して変わらない。

 今日は相談を持ち掛けてきたのが直葉ちゃんの方だったからアタシが励まし役になった。

 結局はそれだけのこと。

「ああ。俺は桐乃が妻になってくれて世界で一番幸せ者だって確信しているぞ」

 京介が首筋にキスしてくる。

「……いっぱい、キスマーク付けてね」

 そしてこの不安は京介しか根本的には解消してくれない。

 だから結局、夫婦で積極的に愛を確かめるように常に頑張るしかない。

 それが妹婚というものなのだ。

「アタシも京介と結婚できて最高に幸せだから。アタシたちは世界一幸せなカップルだよ」

 アタシは京介との結婚生活をいつまでも続ける意志があることを笑顔で表明する。

「愛してるよ……桐乃」

「アタシも♪」

 アタシは京介の首の後ろに両手を回しつつ目を閉じたのだった。

 アタシと京介の長い長い夜の始まりだった。

 

 

 了

 

説明
桐乃さんと直葉さんは妹婚したので日常が大変です。
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タグ
高坂桐乃 俺の妹がこんなに可愛いわけがない SAO 桐ヶ谷直葉 

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