「真・恋姫無双  君の隣に」 第11話
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「記憶が戻る事はありえんのじゃろう?」

「そうね、まずありえないと思うわん」

二つの人影が焼け焦げた砦の中腹に姿を現し、声の主たちは眼下にある光景を見ながら会話を続ける。

「悲しい話よ。心はあれほど求め合っておるというのに」

「そうかしらん、私はそう悲観したものではないと思うけど」

「何故だ?戻る事はないと言うたでは無いか」

「私は御主人様を信じてるだけよん。今の事態を起こしている、御主人様とあの娘達の絆の強さを、ね」

 

 

「真・恋姫無双  君の隣に」 第11話

 

 

野営の跡があんなあ。

「あちゃ〜、これは遅れをとってもうたか」

運よく黄巾の伝令を捕らえて本営の位置を掴んだんやけど、跡の規模から二つの軍はおるな。

となると今からでは遅いやろうけど、確認はしとかんとな。

紺碧の旗を掲げさせる。

「行進速度あげんで、しっかり付いて来いや」

 

 

地図からすると、そろそろ黄巾の本営である砦が見えてくるわね。

稟や風と協議を重ねた戦術に、兵の士気の高さからいっても勝利は間違いないわ。

でも戦に絶対は無いわ、華琳様へ捧げる勝利の為にも気を緩めては駄目よ、桂花。

・・それなのに、・・この状況は何なのよ。

「兄ちゃん、これも美味しいねえ。流琉、今度作ってよ」

「作り方が分からないよ。あの、兄様、教えてもらって良いですか?」

「いいよ。これはチーズといってね、山羊の乳から作ってるんだ」

「興味深いわね、それに燻製にして保存状態に工夫もしているわ」

「ふむ、この邪鬼というのも干し肉より美味いな」

「姉者、じゃあきいだ」

「それでは真桜殿達は、私達と入れ替わりで仕官されたのですね」

「籠売りに来て仕官する事になるなんて夢にも思わんかったけどなあ」

「ご飯、おごってくれたの〜」

「それでそのまま喰われちまった訳か、チッ、相変わらずだぜ」

「く、喰われてなどいません」

「風は何も言ってませんよー」

私達は一刀の軍と共に張角確保の為に行軍している最中よ。

一刀、そう、私はアイツを真名で呼んでる。

生家と縁を切ってでも華琳様にお仕えする決心を一刀に貰ったから、寿春を出発する時に預けたのよ。

驚いた後で物凄く嬉しそうにしてたから、まあ、男だけど許してあげるわよ。

男と真名を呼び合うなんて本当は嫌だけどね。

でも一刀が私を真名で呼ぶのに、私だけ呼ばないなんて癪だから仕方ないわ。

ともかく、この現状よ。

戦の前なのよ、何で和気藹々に喋ってるのよ、しかも華琳様まで。

おまけにあろうことか、どうして昨日の今日で華琳様と一刀が真名で呼び合ってるのよ。

結局、皆が真名を交換する事になったし。

一体、何があったのよ。

「このチーズはね、身体の成長にとてもいいものなんだ」

「そうなんだ。それじゃ僕も春蘭様みたいに背も胸もおっきくなるの?」

「う、うん、天の国ではよく言われてるけど」

ちょっと待ちなさい!聞き捨てなら無い言葉が聞こえたわ。

華琳様が私の傍に来られ耳打ちされた。

「このちいずは我が民や兵士に多大な恩恵を与えるでしょう。何としてでも製法を手に入れなさい」

「我が魂魄にかけて」

手に入れる為なら拷問も辞さないわ。

「季衣、効き目は個人によって差があってだな」

私と華琳様に一刀の声は最早届かないわ。

 

「ねえ、人和ちゃん。官軍の人達が攻めて来たってホント〜」

「本当よ。でもこっちは約二十万、官軍は四万程と聞いてるから、それなら大丈夫だと思うわ」

それなのに、直ぐに逃げるようにと伝令が来た。

ちい姉さんが駄々をこねる。

「何で逃げなきゃいけないのよ、ちい達、何も悪い事してないじゃない」

「そんな事言ってる場合じゃないよ。捕まったら死刑は確実だわ」

「え〜、お姉ちゃん、死にたくないな〜」

状況の分かってない姉二人を連れて抜け道から砦を出ると、とても強そうな人がいて無手で護衛の人達が瞬時にのされてしまう。

ここまでね、死にたくなかったけど。

諦めた私をよそに天和姉さんが一歩進み出る。

「あの、私が張角です。私が捕まりますから妹達は見逃してもらえませんか」

姉さん、何を言ってるの。

「違うわ!私が張角よ。私が捕まればいいでしょ!」

ちい姉さんまで。

「ま、待ってください、あの」

強そうな、いえとっても強い人が話しかけた私を制する。

「付いて来て下さい」

背中を向けて歩く、穏やかな声だった。

連れて行かれたのは官軍の天幕。

中央に居る小柄な金髪の人と、その隣にいる男の人が指揮官みたいね。

態々連れて来たという事は、処刑は無いかも。

金髪の人に促されて、騒動になってしまった原因の書と経緯を説明した。

名乗られた陳留太守の曹操もそうだけど、天の御遣いには驚いた。

私が説明しづらかった事も的確に見抜かれて、ちい姉さんが言い返す言葉も本心では気にしている事を突かれて、弁明の余地はなかった。

「貴女達、自分達の行いが何を生んだか理解したわね」

私たちは頷く、思っていた感情も全てを話すと素直に罪が理解できる。

「よろしい、ならば貴女達に罪を償う機会をあげる」

まさかの言葉だった。

「一刀、貴方から説明してあげて」

御遣いから募兵や慰問の為の活動を説明され、資金の援助も受けられるとあってはむしろ有り難すぎる話だ。

漢帝国には内密の事の為、姓である張は取り上げられ、北を名乗るように言われた。

私達は北角、北宝、北梁と呼ばれる事になった。

御先祖様に申し訳無いけど、生まれ変わったと思って頑張ろう。

私達は決意も込めて華琳様と一刀さんに真名を預ける。

「予定だけど、ビッシリ詰まってるから休暇は月に一度位かな。それに寝てる間の移動が基本だから馬車での寝泊りだね。それと個人的な給金も当面無しだから」

一刀さんの言葉に私達は凍りつく。

「大丈夫、俺も二ヶ月ぐらい殆んど休まずに仕事したけど、辛さも超えれば楽しくなるから」

「まだまだね。私は三ヶ月はいけたわよ」

天和姉さんが一刀さんに縋りつく。

「死んじゃうよ〜、私、かよわい女の子なんだよ〜」

「で、でもね、罰も兼ねてるから」

「でも、そんなに働いたら自慢の胸が小さくなっちゃう〜」

言いながら一刀さんに胸を押し付ける天和姉さん。

一刀さんは困り果ててる、いいわよ姉さん、微妙に面白くはないけどね。

「・・一刀」

華琳様の絶対零度の声が聞こえた。

 

 

砦が派手に燃え盛っとる。

あ〜、やっぱり終わっとるなあ。

旗は曹と袁と十文字、つ〜事は天の御遣いとやらかいな。

月と何進のおっさんに報告せにゃあかんし、ウチも興味あるしな、挨拶しとこか。

天の御遣いか、強かったらおもろいんやけど。

 

「曹孟徳よ。貴女が噂に聞く神速の張遼将軍ね」

「張文遠や、よろしゅうな。あんたらこそ噂の陳留太守と天の御遣いかいな」

「よろしく、北郷だよ」

俺はまさかの霞の登場に胸が一杯だった。

かつての魏の皆が此処に全員いる。

会いたかった皆に会えた、それだけで嬉しすぎるよ。

・・たとえ、皆が俺を覚えていなくても。

気を落ち着けて、俺は霞に華琳と共闘で張角を討ち取った事を話す。

替わりの首は用意したけど納得するのは難しいかな、なにしろあの手配書だ、どう見ても人外の。

散発な騒ぎは残るだろうけど、後は自然沈下するだろうと繋げて後の判断は任せる。

「わかった、ウチからも報告しとくわ。ほんじゃ時間とらせて悪かったな」

踵を返す霞を俺は引き止める。

「待ってくれ、日も直に暮れる。華琳、宴でも開かないか、折角だし張遼将軍もどうかな」

これは少しでも皆と居たい俺の我儘だけど。

「悪くないわね、大功をあげたんですもの。兵にも報いてあげないと」

「そうやな、ウチの兵も走りっぱなしやし休ませてやらんと。ご相伴にあずかるわ」

「よし、じゃあ宴の料理は天の国の料理を振舞うよ。材料は何でもいいから提供してくれるかい。実は酒もそれなりに用意してるから」

シチューなら何をぶっこんでしまっても問題ないし。

「一刀、酒って最近評判の「天の酒」っていう銘の?」

「ホンマか!あれ目茶苦茶高いんやで」

うちの領地では他の酒より少し高い位の値段で売って貰ってるんだけどね。

何しろ天の御遣いなんて呼称だ、朝廷から詰問の奴らが絶えず来るんだよ。

袁家の名前で追い払うのも可能だけど、今は波風立たないように賄賂渡すしかないんだよな。

とはいえ民の血税をそんなもんに使いたくないし、だから天の国の物って商品化してる物を渡して帰って貰ってる。

受け取ったらもうホクホク顔だしな、原価は安いから懐も左程痛まないし。

渡した奴等がどう使ってるかは知らないけど、勝手な値打ちをつけてるんだろうな。

「良かったら感想を聞かせてくれ、まだまだ改良の余地はあると思うから」

感想は杜氏さんに伝えとこう。

「天の国の酒と料理、フフ、楽しみにしてるわ」

「いや〜兄ちゃん、気前ええなあ、そら楽しみや」

「そうだ。華琳、天和達に覚えてもらおうと思ってた歌、今から叩き込むから宴で披露するよ」

「本当に準備がいいわね、でも間に合うの?」

「間に合わせてもらうよ、もう罰は始まってるんだから」

「意地悪ね」

「何か知らんけど悪そうな顔しとんな〜」

料理は輜重隊の者に任せて、天和達に歌を教える。

結論を言えば流石で、各人にソロ1曲ずつとユニット1曲を直ぐに覚えた。

歌を唄ってる天和たちはとても輝いてる。

天和、地和、人和、良かった、無事に保護できて。

 

ちいって天才よね。

こんな短時間で完璧に新しい歌を唄えるようになるんだから、自分の才能に惚れ惚れしちゃう。

天和姉さんはまだ練習したいって別の天幕に移ったけど、人和は一休みしてる。

一刀に教わった天の国の歌、中々良いわ。

三人で唄う歌もいいけど、一人で唄う歌なんて初めてだからすっごく楽しみ。

姉さんや人和には悪いけど、私の人気が飛び抜けちゃうかも。

でも、仕事一杯で給金出ないのよね。

「人和、私達ホントに一刀の言ってた待遇なの?」

「当面仕方ないわよ、ちい姉さんだって反省してるでしょう?」

そりゃ反省はしてるけど、いくらなんでもきついわよ。

「だからって、体調管理だって大事じゃない」

「それはその通りよ。でも多分大丈夫、華琳様は分からないけど一刀さんは考えてくれると思う」

「無茶言ってたの一刀じゃない」

「そうね。でも歌を教えてくれてた時の一刀さん、優しかったでしょ」

まあ、確かにそうね、あれならちいの召し使いにしてあげてもいいかな。

話していたら兵士が食事を持って来てくれて、四刻後に出番だと伝えてくれた。

初めて見る食べ物。

ふ〜ん、しちゅうって美味しいわね。

 

賑やかな喧騒が広がっている。

袁術軍だけでなく華琳や霞の兵士達にもシチューの評判は良さそうだし、酒や天和達のライブもあって楽しそうだった。

俺も皆と色んな話が出来て嬉しかった。

華琳が作っている酒と天の酒との比較論に盛り上がり、

春蘭と秋蘭に華琳に似合いそうな服の話をしたり、

季衣と流琉に料理の話をしていたら二人が喧嘩になってしまったり、

桂花にチーズの製法を鬼気せまりながら聞き出そうとされ、胸のサイズを気にしている事に気付いて、

「桂花は今でも充分魅力的だけど」

そう言ったら顔を真っ赤にして罵詈雑言を浴びせられて走り去った、直に戻ってきたけど。

その様子を見ていた稟が鼻血を派手に噴出し、

風が俺の膝の上に乗ってチクチクと言葉で俺の心を刺してきて、

霞が酒を大事に抱えながら凪に甘えてて、

真桜と沙和は異様にハイテンションで俺に抱きついてくる、周囲の目が怖かった。

天和、地和、人和は待遇改善を訴えてきた、お願いだからもうちょっと反省する態度を見せていて。

楽しかった宴も終盤を迎え兵士達は休む準備に入り、今は以前の魏の仲間達だけで集まって談笑している。

そんな時、天和が唄いたいと言って俺たちは耳を傾ける。

満月を背景に唄い始める天和に綺麗だなと思っていたら、教えた歌の詩が違う事に気付く。

俺はその詩に、声に、心に引き込まれる。

 

私は今、教わった歌を唄ってるの。

ちいちゃんと人和ちゃんと私で、大陸一の歌手になると誓って旅を続けてました。

それなのに私達は、応援してくれる人から貰った本を使って大騒ぎを起こして、とても迷惑を掛けてしまったの。

私達はこれから償なっていくのだけど、私に出来る事は歌を唄う事だけ。

でも一刀は、歌で荒れ果てた大陸の人たちを励まして欲しいと言ってくれた。

私達なら出来るって。

嬉しかった。

夢を諦めずにすんで、励ますことが出来ると言って貰えた。

一刀が教えてくれた歌はとても素敵だったけど、私には異なる詩が浮かんだんだ。

それは、悲しい詩。

大切な人がいなくなる、決して届かない処にいってしまう、そんな悲しい詩。

心がとても苦しくなったよ。

涙まで出た。

でも、唄わないといけないって強く思ったんだ。

諦めずに、大切な人に届くまで唄い続けようと思ったの。

今、私は歌ってる。

聞いてくれてる皆が泣いてるよ。

私も歌いながら泣いてる。

皆の気持ちと一緒に、心を込めて唄おう。

この歌が、心が、大切な人に届くように。

説明
天和たちの保護に向かう一刀たち
そこには他の者たちも
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コメント
記憶が無くても魂が繋がってる、そんな感じですねぇ…北郷にしてみればそれだけでも涙不可避でしょうね(はこざき(仮))
ここまでで一番切なくなった(y)
いい話だ・・・・(mame)
記憶は戻らなくても欠片が残ってるんですな〜;;(nao)
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 北郷一刀 真・恋姫無双 

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