アメシストに降る星〈三次創作〉
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アメシストに降る星

 

ーーここは、くらい

だれも、いないーー

 

纏わり付くような闇のなか、かすかに音が響いた。

" Maa le awfema "

それは高く低く旋律を産む。

" Wie lu wa onowir "

人がおよそ聞いた事のない言葉で紡がれゆく詩は、確かに謳となって行った。

 

ーーわたしは、だれ?

わたしは、なに?ーー

 

幾星霜を経て、謳は溢れ出す。

暗い闇のなか、それは細い一筋の光となり、束ねられーー

 

* * *

 

ぐいっと衣紋のあたりを持ち上げられ、途端に目の前から光の洪水があらわれた。

「……!!」

「もふもふー」

「Liey gellga……Liey tahfaca!」

やめて、いたい!と言ったつもりだった。

「え?背中乗る?いやーごめんごめん。やっと見つけたよ」

「……。」

「なんかね、波動があるって聞いたから探しに来たんだ」

「わ、た、し」

「そうそう。あぁよかった!もうずっと探しててお腹ペコペコだよ、早く帰るよ!」

「……Fyio l'u wa revat」

どこへいくのだろう?

 

風が顔に当たり、長い髪をなびかせた。

あたりはキラキラと輝く星と、もやもやとした何かに囲まれており、中天にはまるく黄色いあかりが灯されている。

あれは月だ、と彼女は思った。

さっきまで硬く冷たかった地面は柔らかく暖かい何かで覆われ、こごえた身体にぬくもりを与えていた。

 

しばらくして再び衣紋がぐいっと掴まれ、反射的に目を瞑ってしまう。

「とうちゃーく」

いたわるようにそっと降ろされた床には、四角い布で作られた柔らかな敷物があり、彼女はおもわず身を引こうとした。

「Maa le lu wa fyio……」

ここはどこ?

「はいはい。だいじょぶだいじょぶ!」

後ろから極彩色の何かが彼女を抱きとめた。

えもいわれぬ匂いがする。

驚き振り向くと、大きな鳥がわずかに口をあけ、微笑むような顔つきをしていた。

彼女を包んでいるのは鳥の羽で、体温がじかに伝わってくる。

「別に取って食いはしないよ、むしろこっちが食べられる側だし。あ、わたし鳥獣命!よろしくね!」

自己紹介をしつつ羽で彼女の肩をなでると、鳥獣命はどこかへ去って行った。

 

ふと顔を上げると、柔らかな光とたくさんの薄布をまとった女性、ばつの悪そうな顔をした人、そしてエビ天(胴つき)が、少し離れた場所に座ってこちらを見ている事に気がついた。

「………」

「ようこそ……」

薄布をまとった女性が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

「突然驚かせてごめんなさいね」

甘く良い香りが分かるくらいの位置まで来ると、女性はそっと腰をおろし微笑んだ。怯えさせないように気を使っているのだ、と彼女は思った。

「ずっと1人でいたのね、見つけてあげられなくてごめんなさい」

「Yak lu wa onowir?……Maa le lu wa fyio」

あなたはだれ、ここは、どこなの?

「ここは、総意の御許、天の国って言ったら分かりやすいかしら?私はーーいえ、私たち、あなたも、星の意志、この星の子。星を守り、いつくしみ、謳うための存在。私の名前は、緒歌愛讃」

「お、か、あさ、ん」

「そう、よく言えました」

緒歌愛讃はにっこりと笑い、後ろを振り向く。

「あそこに座っているのは慈謳冠神ね、あなたの遠いご先祖さま、かな?」

慈謳冠と紹介された髪はさらにばつの悪そうな顔をした。

「見つけるのが遅れてすまなかった……その……」

「それからこっちが」

緒歌愛讃が海老天を紹介しようとした矢先、

「エビフライ」

と慈謳冠がちゃちゃを入れた。

「なんでやねん、天ぷらだよ」

「そう、天賦羅神ね」

海老天も神になれるのか、と彼女はとても驚いたが、長年のうちに凍ってしまった顔はそれを表す事をせず、わずかに目をひらいただけであった。

「さて、まずはあなたの名前を決めなくてはね」

緒歌愛讃はすっと立ち上がり、ぐるりとあたりを見回した。

「Rrle fyio ri lu wa bockd……」

これから、なにを、するの?

なまえ?

 

彼女は緒歌愛讃の視線を追う。

 

目に包帯を巻いているもの、不思議な髪の色をもつもの、力強いオーラをまとうもの、全身を衣服で覆い顔の分からないもの、美しい水晶を飾り付けているもの……

 

さわさわと話し声が響く。

皆物珍しそうに、彼女を見ていた。

 

そんな中突然、つんざくような泣き声が響いた。

赤子の泣き声であった。

「あらあら、どうしたのかしら」

緒歌愛讃が泣き声のする方を見やる。

 

ちょうど彼女の正面に、引きずるほど長い織物をまとった女性が、赤子をなんとか泣き止ませようとしているのが見えた。

きっと母親なのだろう。

隣では黒髪をきっちりと結い上げた男性が、赤子を抱き上げ高い高いをしてやったり、変な顔をしてあやしている。

しかし、年若い両親には赤子が何を要求しているのか分からないようで、おろおろと抱く向きを変えたり、こすれた服の裾を直したりしている。

 

彼女には、泣き声が言葉として聞こえた。

「おなかすいた、って」

「えっ」

思わず口に出していた。

赤子がしきりにお腹がすいたと訴えているのが、かわいそうでならなかったから。

「まあ、ありがとう!そうね、まだミルクをあげていなかったわ!ええと、あなたのお名前は……」

赤子の母親はさらさらと流れるような銀髪を後ろでまとめながら微笑む。

額に星のような飾りが見えた。

「それをね、今決めようとしてたのよ、北天帝」

緒歌愛讃が頷きながら言った。

「まあ、新しい方なのね?ごめんなさい、うちの子がご迷惑を……!」

目に涙をいっぱい貯めた赤子がこちらを見ている。

母親が手持ちの袋から哺乳瓶と白い液体を取り出し手早く口に含ませると、赤子の視線はそちらに向いた。

「わたしフェルカドっていうのよ、この子はキノスラ、で、あのトーヘンボクがアル・シャマリーね」

トーヘンボクと言われた男性ーアル・シャマリーーは何か言いたげにこちらを見ていたが、フェルカドにきっと睨まれ慌てて目線をそらす。

そのやり取りが何だか面白くて、思わず少しだけ口角が上がった。

「あら!笑った方がかわいいわよ!」

緒歌愛讃が両手の人差し指で、無理やり口角をあげてくる。

「……」

かわいい、なんて始めて言われた。

少し驚いていると、ミルクを飲み終わり満腹になった赤子がふたたびこちらを見ている事に気が付く。

「あなたの事気に入ったみたいね!抱っこしてみる?」

「え、あ」

ひょい、と手渡され、そっと手が添えられた。

香の匂いと、乳の匂いが合わさった良い匂いがする。

赤子の顔を覗き込むと、夕暮れの空のような色をした瞳がこちらを見返していた。

「あら!あなた、きれいなアメジストの瞳!この子も紫だけどタンザナイトみたいな色なのよ、あなたのほうが深い紫色ね」

フェルカドが何やら嬉しそうにこちらを見ている。自分の容姿なんて気にしたことがなかった。

アメジスト、どんな色なのだろう?

そんなことを考えていると、突然フェルカドが手を叩き

「アメジスト……そうだわ、アメジストにちなんで、あなたの名前、紫水ノ宮はどうかしら!」

と、良いことを考えついたといった表情で言った。

 

緒歌愛讃が驚いたように、

「フェルカド?」

と声を掛ける。

「いいじゃないの緒歌愛讃神、いい名前でしょう?ね?あなたもそう思わない?」

フェルカドが手をとってぶんぶんと振る。

「あ……」

こういう時、なんと返していいか分からない。

戸惑っていると緒歌愛讃がにっこりと笑い、

「……そうね、それがいいかもね。

あなたは今日から紫水ノ宮よ」

そう言うと立ち上がり、

「今ここに新しい星の意志を迎えます、紫水ノ宮に祝福を」

と、凛と張った声で報せた。

あたりからはおめでとう、おめでとうと寿ぎの声が上がり、それはさざなみのように紫水ノ宮を優しく包んだ。

声が、音が、暖かい。

「………」

知らない感覚。なのに、どこか懐かしくて嬉しい。

「よかったわね!!」

フェルカドが嬉しそうに再び手を握ってくる。

ふと気がつくと、腕の中の赤子はすやすやと寝息を立てていた。

 

 

* * *

 

数年後。

 

少女が懸命に笛の練習をしているのが天の河原から聞こえる。

その音色はたどたどしくも心地よく紫水ノ宮に届いた。

あの赤子は立派に育ち、もうすぐ星の意志としての初めの一歩を踏み出す。

 

紫水ノ宮はそっと目をとじ、笛の音に合わせて小さく歌った。

あの子に「音」の祝福がありますようにと祈りを込めて。

 

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アルトネリコ三次創作
星の意思
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ヒュムノス 星の意志 

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